平成の奇行

どん底−てっぺんツアー‘03


【どん底−てっぺんツアーとは】

ことの始まりは、変わったことして富士山登りたいなでした。

かわったこと、といっても、なかなかおもしろそうなのはありません。自転車で5合目まで上がって、というのなら、やった人がいくらでもいる。富士講の再現、といってお江戸・日本橋から歩いて、という人もいるに違いない。

それでは、2番煎じ。うーむオモロナイ。

 

考えてみれば、フージはニーッポンいちの山、である。

ちゅうことは、日本一標高の低いところからあるいてやろうか?と思いついたというわけ。

ただ、厳密に日本一標高が低い場所、というのが定義しにくいですね。

JR京葉線の東京駅ホームというわけでもないだろうし、

国土地理院の地図で一番低くなっている八郎潟干拓地の水路の際(−5m)というのも、どうも納得いかない

(干拓地がいいなら、潮が引いた時に顔を出す海底でもいいわけで……)

 

そのように除外していくと、意外な場所に行き当たりました。

東京都江東区南砂……標高−4m!そりゃ確かに埋め立て地ですよ。それが地盤沈下を起こした場所ですよ。

けれど、江戸時代から陸の上になっている場所が、こんな標高でいいんですか!?

 

−ともかく。出発地は決まりました。ゴールはいうまでもなく富士山剣ヶ峰。

この間直線距離、約100kmを6回に分けて踏破しようというプロジェクトなのです。

 

【闘いの軌跡】

6/22 どん底(江東区南砂5丁目)−(R20号)−京王線調布駅南口間を踏破。水平距離32kmを7時間で歩いた。

いったんは標高65mまで上がったのですが、終了地点は多摩川の河岸段丘の下。

6/29 京王線府中駅南口−神奈川県津久井町三ヶ木間を歩く。水平距離33kmを踏破も、とにかく暑かった。

7/6 津久井町三ヶ木−山梨県大月市猿橋を踏破。途中調子に乗って旧街道に入ったのが運の尽き、

累積の登りが500m下りが400m、差し引き約100m高くなっただけ。ああ……。

7/15 大月市猿橋−富士吉田市富士浅間神社を踏破。だらだらとした登りと、暑さにイライラしつつも、なんとかアプローチ編を終結

8/23 富士吉田−(旧登山道,五合目)−吉田口七合目を踏破。浅間神社で水汲みを拒否されるハプニングがありつつも、標高差1900mを無事登り詰める

8/24 七合目−てっぺん(富士山頂)−須走口五合目。山頂は微風快晴!余裕の登頂であった……

 

 


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