女と男の話
香港人男性と日本人女性
| このサイトの読者は女性の方が圧倒的に多く、私自身、今までに何回となく香港人男性との交際や結婚問題について相談を受けているので、ここに基本的な事柄を纏めておこうと思います。 男と女は、本来全く異なった役割を持った、別の生物です。それが「人」という一つの範疇に入っているため、無意識のうちに「同じもの」だという前提に立ちがちですが、それは幻想もしくは錯覚に過ぎません。 キリスト教によって世界に普及した一夫一婦制が持つ問題点や、婚姻の社会学的な意味については論ずるべきことが多くありますが、このサイトの趣旨から離れすぎてしまうため、ここでは論じず、一夫一婦制を前提として、生物としてのオスとメスの意味と、異なる文化における両性の行動様式の違いの問題ならびに言語の問題を取り上げて、簡単に述べてみます 生物編 二つの性は何のためにある 生物は、有性生殖を選択することによって、個体の死という有り難くない物を背負い込むことになりました。 無性生殖であれば、原則的に個体の死はありません。生物にとって死は避けられないものだと思われていますが、元々生物には本質的には死はなかったのです。細胞分裂で増えて行く限り、千年経っても元の個体は生きていることになります。 私達二倍体細胞の生物はいつも「死にたくない」と思っています。それ程いやな個体の死を背負い込んでまで、生物は何故有性生殖を選択したのでしょうか。 それはDNAの新しい組み合わせを作るためです。細胞分裂による繁殖では、何年たってもDNAは変化しません。完全に同じ個体が殖えて行くだけです。その結果、進化は不可能になりますから、環境の変化に対応することも出来ませんし、新たな環境の中に進出することも出来ません。 実際には無性生殖の生物でも、別の要因でDNAは変化しますが、極めて緩慢な変化ですし、偶然に頼ることしか出来ません。 二倍体細胞による有性生殖を採用することによって、別の個体、即ち別のDNAとの組み合わせをどんどん作って行くことが出来るようになりました。飛躍的な進化が可能になりましたし、新たな環境の中にどんどん進出して行くことも可能になりました。この変化を手に入れるために、個体の死という代償を背負い込んだのです。 両性の役割 さて、このようにDNAの新たな組み合わせをどんどん作って行くために、有性生殖が採用されたわけですが、その中でオスとメスの役割は何なのでしょうか。 オスは「DNAの異なる組み合わせ」を次々と作って行く(ということは、進化の可能性、種の発展の可能性をどんどん探って行く)使命を負っており、メスはそのようにして作られた組み合わせを一つの個体として具現化し(と言うことは進化を具現化し)て行く使命を担っています。 オスの使命は「DNAの異なる組み合わせ」を可能な限り沢山作って行くことなのです。生物が有性生殖を選択した理由はまさにこの一点にあるのですから。オスは有性生殖というシステムの中で最も重要な役割を演じているのです。 「DNAの異なる組み合わせ」を作るとはどういうことかというと、本人のDNAは一定で変化しないのですから、可能な限り多くの異なるメスのDNAとの組み合わせを作ることが使命だということになります。オスはそのために存在しているのです。 オスは選ばない ですから、原則的には選り好みをすることは許されません。進化の可能性を最も高い効率で探って行くことがオスの使命なのですから、新しいメス(ということは今までに自分のDNAとの組み合わせを作っていないメス)と見れば、選り好みせず、すぐさま、新たな組み合わせを作るために全てのエネルギーを注がなければならないのです。 このオスの役割には、見方によっては一つだけ欠点があります。選り好みをしないのですから、優れた子孫を作るための選択はなされないことになるからです。この選択の役割はメスが担っているのですが、オスは何故選択をしないのでしょうか。 それは、オスの使命が「DNAの異なる組み合わせ」を最大限の効率で作って行くこと、即ち最大限の効率で「進化の可能性」を探って行くことだからです。どちらの方向に可能性が存在するのかは、事前にわかってはいません。従って,進化の可能性を探るときには、当然全方位で探ることになります。 そこには何を以って「優れている」とし、何を以って「劣っている」とするかの判断基準は存在しません。オスが選択しないのは、その使命から言って当然のことなのです。 メスは選ぶ しかし、進化の可能性を探ることとは別に、種に属する個体には優劣が存在しています。優れた個体というのは、肉体的に強く、頭脳が優秀で、優しい個体です(この選択は外見のみでは不可能で、内面の判断も必要になります)。生物としては当然優れた個体のDNAを残そうとします。この「優れた個体を選ぶ」という役割をメスが担っているわけです。 オスの方だって選べばいいじゃないかと思うかもしれませんが、「優れた個体を選ぶ」という役割をオスも担うとすると、「進化の可能性を探る」効率が極端に低くなってしまい、個体の死という犠牲を払ってまで有性生殖を選択した意味がなくなってしまいます。 そういう訳で、オスは自分が試みた組み合わせを確実に一つの個体として具現化する(ということは、確実に次世代を生み育てる)上で必要な選択しかしないのです(この選択は主に外見に基づいて行うことが出来ます)。 メスの「選択」という行為と、オスの「進化の可能性を探る」という行為とは全く別次元のものなのです。前者はその種の現状の中での優劣の次元の問題であり、後者は変化の可能性の次元の問題です。 以上の説明の中の「オス」を「男性」に、「メス」を「女性」に読みかえれば、男の性と女の性との違いがどういう意味なのか理解できると思います。 文化編 香港人男性の日本女性観 女と男の話し (生物編)に続いて、文化的な側面を見てみたいと思います。 但し、文化的な側面といっても、人間は生物なのであって、生物編で述べたことが基本になっています。ですから基本的な部分では、女性であれ男性であれ、香港と日本で違いがあるわけはありません。只、文化というフィルターを通して実際に現れてくる形は、相互に相当異なったものになるというだけのことです。 それから、以下に述べることはあくまでも一般論であって、具体的な個々人について述べているものではありません。この点は忘れないで下さい。 全ての香港男性が知っている日本語 香港大学の教授の話しから知ったことなんですが、日本語のにの字も知らない香港人でも、男性であれば例外無く必ず知っている日本語があります。何だと思いますか?「一番」なども誰でも知っていますが、全ての香港「男性」が知っているというところがミソです。 それは「やめて」です。思春期から上の香港男性であれば、例外無く知っています。今までに何人もの香港男性に確かめてみましたが、知らないといった人は一人もいませんでした。 香港のAV関係のVCDなどは殆どが日本製AVかその海賊版ですが、このような日本製AVソフトで、女性が男性に無理やりやられる場面で必ず出てくる言葉だそうです。 日本製AVが香港で人気を博する理由 香港で販売されているその手のソフトの殆どが日本製である理由は幾つか考えられます。 先ず、洋物は、俳優の肌が非常に粗く、あまりにも動物的で情緒が無いということで、見る人はいないようです。 また、香港の地元でこの手の映画を作ろうとしても、女優がいません。そういうものに出演してもよいと考えるような女性には、可愛らしい子など絶対にいないからです。日本製のAVではとても可愛らしい子や美人が主役になったりしていますが、香港では考えられないことです。 そしてもう一つ重要な要素は、香港で販売されているソフトは、可愛らしい女の子が男のやりたい放題やられまくるという、女性が完全に物体若しくは玩具になっているものばかりだという点で、この点は全体の状況を理解する上でのキーポイントです。 レディーファースト社会の特徴 香港の男性は、結婚前は女性の奴隷のようなものです。 オスはDNAの新たな組み合わせをどんどん作って行くことが使命ですから、メスと見れば直ぐに組み合わせを作ろうとする。メスの方は優れたDNAを選択しようとするから、オスと見れば直ぐに・・・ということにはなりませんし、一旦選べば、その 自分が優れていると判断したDNAと自分のDNAとの組み合わせによる個体を継続的に増やして行こうとする。 という訳で、男はやらせてもらおうと涙ぐましい努力をし、女はうっかりした組み合わせはつくれないと考えて慎重になる。これは文化云々に関わりなく、共通していることです。 只、レディーファーストの社会では (形の上で)女性を持ち上げることになっていますから、結果的に日本よりももっと女性を持ち上げるようになり、聞くも涙、語るも涙の努力をすることになるわけです。香港の女性はこのようにして育ちますから、当然のことながら大変我侭になります。 但し、レディーファーストという習慣の根底にある考え方は、男と女は対等ではないという考え方です。対等だという考え方を基本にしては、レディーファーストという習慣は成立しません。肉体的にも、精神的にも、頭脳的にも女の方が劣っている。だからこそ(組み合わせを具現化するという機能を支障なく発揮させるために)守ってやる、という発想です。 女性は庇護される立場ということになりますから、レディーファーストの社会における夫婦では、旦那(この言葉自体、「施す者」という意味です)の方が強く、奥さんの方が弱いことになります。これは歴然とそうなっています。アメリカでもそうですし、香港でもそうです。日本とは比較になりません。 でも外見的にはそうなっていません。奥さんの荷物も持ってあげます。夫婦になってもレディーファーストは(特に他人から見える範囲では)実行されます。それがその社会の要請だからです。 アメリカに住んでいて、アメリカ人女性と結婚している友人は、自分の過去における女性関係すら、奥さんに知られることを恐れていますが、目に見えないところで、明らかに奥さんより上の立場にいます。それは奥さんにとっても当たり前のことであるだけでなく、誇らしいことなのです。 香港でも、夫婦関係において夫と妻の関係はアメリカに似ているように思います。夫が仕事をして、妻が専業主婦である場合、妻は夫の収入が幾らなのかは知りません。 夫は月々の生活費を渡すだけで、財布は夫自身が握っています。日本のように夫が収入を得ているのに、その全てを妻に握られていて、夫は妻からお小遣いを貰うなどという屈辱的な状況は想像することすら出来ません。 日本女性に就いての誤解(誤ったイメージ) ところが一方、香港の人達は、女性でも男性でも心の底から、日本は男性天国「大男人主義」の国だと誤解(但し、女性の社会進出という点では、日本は明らかに香港より立ち遅れています)しています。 私が幾ら「日本では奥さんが完全に財布を握っていて、旦那は自分が働いて稼いだ収入であってもその使用上の裁量権を持っておらず、奥さんから月々小遣いを貰って生活している。自分の収入が増えても、それは必ずしも自分が使える小遣いの額の増加を意味しない。これを増やすかどうかは奥さんの裁量権の範囲に属し、旦那は奥さんに頭を下げて、奥さんと「交渉」しなければならない。それでも「だめ」と言われる可能性の方が大きい。財布を奥さんに握らせず、香港の男性のように生活費だけ渡す旦那は、社会的に「ひどい旦那」という評価を受けて、批判されることが多い」と力説しても、絶対に誰も信じてくれません。 「香港のように女性の地位が高く、男性が虐げられている社会でさえそんな馬鹿げたことは有り得ないのに、日本のような男性天国でそんなことがあるわけないだろ。誰がお前の言うことなんか信じるよ、冗談言うのもたいがいにしろ」と言われるのが関の山です。 香港男性のイメージの中では、「日本では女の権利など存在せず、奥さんはいつも旦那の前で三つ指をついてひれ伏している。更にその従順さからは想像も出来ないほど、恐ろしく好き者であり、床上手である。ところが女は男の奴隷みたいなものだから、自分から貪るなどという事は有り得ず、男のやりたい時にやりたい放題だ。しかも、その時の反応がまた半端じゃない。」と考えられています。 このイメージの前半「ひれ伏している」までは伝統的な誤解ですが、後半は皆さんもうお分かりのように、日本製AVによって作り上げられたイメージです。 私は「日本製AVに描かれた日本の女性像は日本の女性の現実を反映していると思うか」と何人もの香港人男性に聞いてみましたが、極めて少数の例外を除き、ほぼ完全に反映していると思っています。 この誤解による事件も発生しています。ビクトリアピークで日本女性がレイプされる事件が起きましたが、加害者は日本製AVを見ていて、信じ込み、やってみたくなったそうです。多分、日本の女は好き者の上に従順だから、やっても問題にはならんだろうという考えも有ったと思われます。 香港社会の中で強大なプレッシャーを受け続けている香港の男性にとって、上述のような通念の中の日本女性を奥さんに持つというのは夢です。その夢を実現した香港男性は当然他の香港男性の羨望の的となります。 また、香港が中国に返還された今となっては、日本人女性と結婚することは、将来について保険をかける効果もあるわけですから、一石二鳥です。 その逆に、香港の女性にとっては、日本人男性と結婚することは、最悪の、悲劇的選択ということになりますから、誰も望まないのです。 女性の扱いが上手 一般的に言って、香港の男性は日本人男性より女性の扱いが上手です。これは香港に限ったことではなく、レディーファーストの習慣のある文化の中で育った男性は女性を持ち上げて気持ち良くさせる技術に就いては子供のころから徹底的に訓練されるので、当然日本の男性より上手くなるのです。 浮気は香港男性の方が高い比率 「レディーファースト社会の特徴」で述べた財布の握り方から容易く推測できるように、浮気は香港男性の方がやりやすい立場にいます。香港の場合、或る程度の経済力を有する男性に就いていえば、極めて高い比率で婚外の異性交渉を持っています。 但し、これは倫理観でくくれる問題ではありません。(生物編)を読んでいただければ分かるように、オスの使命はDNAの新たな組み合わせをどんどん作って行くこと、只それだけのために存在しています。そしてメスはその組み合わせを個体として具現化することが使命です。女王蜂などを思い浮かべてみれば一番分かりやすいでしょう。働かなくとも他の蜂から栄養を貰って生きて行けて、まさに女王のように見えますが、「卵生み機」でしかありません。 オスがDNAの新たな組み合わせをどんどん作って行こうとすることの「善悪」を論じるのは、メスがその組み合わせを個体として具現化しようとする(子供を産もうとする)ことの「善悪」を論じるのと同様に見当外れの行為です。 只、現在の倫理観の中で育った人間を前提にして考えれば、浮気をするしないは誠意や愛情の問題としては論ずることが出来るでしょう。一夫一婦制の中でお互いに浮気をしないことを前提に結婚し、浮気をすれば相手が深く傷つき悲しむことが分かりきっている状況で、それでもオスの使命を果たすかどうかは、生物学の問題でも、倫理の問題でもなく、相手に対する思い遣りや愛情の問題であるはずです。 先入観を乗り越える 香港男性のイメージの中の日本女性にせよ、香港男性の女性の扱いの上手さにせよ、根拠のない先入観或いは極めて表面的なことです。それを本質的なものであると見誤れば悲劇ですから、こういうものを乗り越えて、目の前にいる具体的な人間を直接理解することが大事だと思います。 最後に、香港人と日本人では、価値観に大きな開きがあるのが普通ですから、この点についても慎重に判断してください. 文化編―2 言語の問題 別の言語圏で育った人と結婚する場合、相手の母語をネイティブに近いレベルまで勉強することは、最低限の条件です。 理由は、実際的な点を述べれば、言葉は心を通じさせるのに最も有力で、多くの場合不可欠な手段だからです。 日本人同士であっても気持ちの行き違い、すれ違いはしょっちゅう起きます。その結果離婚する人も多いでしょう。外国人同士であれば尚更です。外国語で心の疎通を図るのは大変難しいことです。恋愛期間で、かっかと燃えている間は、言葉なんて問題ではないと思えるでしょうが、実際には言葉は極めて重要です。 でも、もう一つ重要な点があります。それは二人で作って行く婚姻関係に対する姿勢の問題です。 婚姻関係を豊かなものにして行くのに不可欠で、極めて重要な要素である言語について、きちんと準備しようとすることは不可欠ですが、それにも増して、相手を育てた文化を理解し、文化の理解を基盤にして相手の感情、心の陰影、誇り、悲しさ、小さな喜び、笑いの源、悔しさ・・・これらの全てを理解して、いつでも包んであげたいという気持ち、衝動があれば、相手の言語を完璧に習得したいという衝動を抑えられるとは、私には思えません。 アメリカ人男性と日本人女性が結婚している場合、相手の言語を話しているのは殆どの場合女性です。これで本当に対等の世界が成立しているのか、甚だ疑問です。 どちらの言語圏で生活するのかによって、確かに負担は違います。以前も述べたように、香港人女性と日本人男性の組み合わせはかなり少ないので、ここでは一応香港人男性と日本人女性との組み合わせを前提としますが、香港での生活であれば女性のほうが広東語を学習する方が楽でしょう。日本であれば逆に男性の方が楽だということになりますが、楽かどうかは別として、どうしても相手の言語をマスターするんだという気持ちは双方になければならないと思います。 |
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