テープ300回の聞き方
| 何故300回聞くのか 詳しい説明は「広東語(外国語)習得の本質」の中の「外国語は何故間違える」等を見ていただくことになりますが、掻い摘んで言えば、300回聞く目的は、勿論完全な広東語能力をつけるため以外にはありません。 完全な広東語能力とは、発音に就いても、語彙についても、文法についても、自分の表現したい内容を正しく言い表すことが出来る能力です。 そのためには、発音に就いても、語彙についても、文法についても、一切発明しないことです。 「外国語は間違えるのが当たり前」では決してありません。正しい学習法を実行していれば、外国語は「間違えないのが当たり前」なのです。 それなのに何故一般には「外国語は間違えるのが当たり前」と思われているのでしょうか。それは、殆どの人が、外国語を使うときに自分で「発明」をしてしまうからなのです。日本人が発明すれば,それは日本語なのであって、広東語ではないのです。一見広東語のような外見をしていても、その実日本語なのです。日本語の用法を、広東語のような発音で言っているに過ぎません。 一切発明しないためにはどうしたらいいのかといえば、発明しなくても済むように、予め全て暗記しておけばいいのです。 完全に大人になってから学習した外国語に就いては、生成能力は無いと考えなければなりません。生成能力というのは、その言語のネイティブスピーカーが備えている能力で、他のネイティブスピーカーが完全に受け入れることの出来るような言葉の連なりを、自由に作り出す能力のことです。 大人になってから学習した外国語に就いては,厳密な意味ではこの能力は付きません。でもほぼそれに等しい能力は身につきます。 予め暗記しておいた文しか話せないのであれば、ほぼ生成能力に等しい能力など付く訳がないと思われるかもしれませんが、そうではありません。 最初のうちは、自分が今書いたり話したりしているこのセンテンスはあそこに出てきた文章だと意識できる状態でしょう。でも、暗記された文の量がどんどん増えてくると、自分が今しゃべっている文がどこに出ていた文だか意識できなくなってくるでしょう。 でも、その時点でも、落ち着いて分析してみると、「あー、この文章はあそこで覚えたこの言い回しと、ここで覚えたこの言い回しとをつなげて、中の単語をこれと入れ替えたものだ」などと分析することができます。 そしてさらに暗記した内容が増えてくると、このような分析も全くできなくなります。その状態が「ほぼ生成能力に等しい能力」が付いた状態なのです。これをさらに続けてゆけば、ネイティブを凌駕する表現能力をつけることも夢ではありません。 目的は「日本語を基点としたベクトル情報をきちんと組み込む」こと 現地に長年住んでいると、その外国語をほぼネイティブに近い速度でべらべらしゃべるようになりますが、大抵の場合、母国語の影響を強く残しています。その原因は母国語を基点としたベクトル情報を頭の中にきちんと組み込んでいないからなのです。 では、母国語を基点としたベクトル情報はどのようにしたらきちんと組み込むことができるのでしょうか。 その方法は二つの要素から成っています。即ち、先ず「母国語を基点とした正確なベクトル情報」そのものが必要です。そしてその次に、この情報を、あやふやでなくがっちりと頭に組み込む作業が必要です。 この二つの作業がまともにできていないからこそ、香港に長年住んでいても完全な広東語が話せるようにならないのです。私が「ネイティブに誉められたら自殺しろ」とか「留学はするな」とか「香港に住んでいることのデメリット」等と言っているのは、すべてこの点と関係しています。 留学にも、香港に住んでいることにも、もちろんメリットはたくさんあります。そのメリットは計り知れないといってもいいかもしれません。特に、広東語のように辞書がしっかりしていない言語においては、現地にいることには大きなメリットがあります。 でも、それには前提条件があります。香港に行くまでに、大きく、がっしりとした基礎が出来ていることが大前提なのです。このサイトの雑談掲示板でも、この大前提を満足させた上で香港に住んでいらっしゃる方から、私が逆に香港で現在使われている広東語について情報をもらったりしていますが、前提の必要性であり、香港に住んでいることのメリットでもあります。 その大前提となる「大きく、がっちりとした基礎を作る」段階に於いては、最重要なのは「日本語を基点とした正確なベクトル情報」なのであり、この情報は香港に住んでいても手に入るものではありません。 かつて、私が広東語の手ほどきをして差し上げた方が、香港に留学した後私宛に書いてきた手紙に「同級生がかわいそうです。彼らは発音も声調も狂っていますが、先生方にはこれを矯正する能力はありませんし、本人たちも自分の発音が間違っていることに気が付きません。このまま後何年香港に住んでいても変わらないでしょう。単語の意味のずれについても同様です。本当にかわいそうです。」と書かれていました。 香港に住んでいる場合と日本に住んでいる場合の、おのおのの勉強方法については別項で述べますので、ここでは省略しますが、いずれにせよこの正確な情報が手に入ったとして、その次の段階、と言うよりは、同時進行でやらなければ成らない作業は、それをきちんと頭の中に組み込む作業です。 この作業の段階でも、特に香港に住んでいる必要はありません。とにかく聞いて聞いて聞きまくり、しっかりと頭に染み込ませることです。 歌の覚え方 皆さんは、歌を覚えるときどうやっていますか? 大抵はメロディーも歌詞も耳で聞いて覚えるでしょう。耳で聞いて覚えていれば、歌詞にしても、音程にしても、音の強弱にしても、特に意識しなくても自分で再現することができますが、一度も聞いたことがない状態で、楽譜と歌詞だけを見て歌うのは、なかなか骨が折れるものです。 何故そうなるかと言えば、耳で聴いて覚えて、頭の中に自然に涌いて来るような状態では、その頭の中の音に引っ張られて自然に口が動いて歌うことができるからです。もちろん、この状態になれば、楽譜や歌詞を見る必要も全くありません。 広東語を覚えるときでも全く同様です。何回も聞いて頭に染み込んでいれば、その頭の中の音に引っ張られて口が自然に動きますから、とても楽なのです。 いまここで言っているのは、広東語を覚えるには広東語の歌を覚えるのが有効だということではありません。外国語を覚えるのに歌から覚えるのがいいと言う人は多いのですが、私は賛成しません。 何故なら、歌詞というのは詩であって、普通の文章もしくは会話ではない、特殊な言い回しであるという点が一つ。更に今ひとつの問題点として、広東語のように声調のある言語では、歌を覚えても、その単語の声調は覚えられないと言う点があるからです。 勿論、学習段階で広東語の歌を覚えてはいけないと言う意味ではありません。どんどん覚えればいいのですが、それを広東語を身に付ける有効な手段であると思ってはいけないと言うだけです。 文章の場合 文章でも同じことです。文章を覚えることの重要性については別項に譲って、ここでは述べませんが、文章だからと言って、覚える手順が会話と異なるわけではありません。先ずその文章を録音したテープを何回も聞いて頭に染み込ませることが大事です。このステップを踏んでいれば、自分で読む時に非常に楽になります。 それに、読むのと聞くのとどちらが楽かと言ったら、聞くほうが楽に決まっています。くたくたにくたびれて、ごろんと横になっていることしかできないような状態でも、テープを聞くことならできます。 聞くだけで、自分の口で言わないのはだめですが、100回読むのと300回聞くのでは、300回聞くほうが楽に決まっていますし、朗読のうまさと言う点でも、読むだけのやり方とは比較にならないほど上達します(当然、上手な朗読のテープをもちいなければだめですが)。 私の経験では、このようにして暫く学習した外国語で、ネイティブの前で朗読して聞かせたところ、そのネイティブは「私より遥かに上手い朗読だ」と言って、私が外国人であることを信じてくれなかったことがあります。 文章を耳から入れることの大切さが一般に全く認識されていないのは、全く理解に苦しみます。何故音声教材と言えば会話のものしかないのでしょうか。外国語の実力を付けようと考えたら、先ず文章力を付けることを目標にしなければ成らないのですが、先ずこの点が認識されていません。世の中、語学と言うとすぐに「英会話」ですが、全く馬鹿げていると思います。 そのため、英語のようにあらゆる教材がそろっている言語でさえ、文章の音声教材は殆ど作られていません。いい文章、名文を名朗読で聞けたら、これほど幸せなことはないのに、と私なら思いますが、出版社はそうは思わないようです。 具体的な聞き方 では、どのようにしてテープを聞いたらよいのでしょうか。 ハードウエア―については別項に述べてありますからそちらを見てください。ここでは聞き方についてお話します。 と言っても、聞くのはただ耳で聞くだけで、α波が出ている状態にしてどうのこうのとか、何か特別なことをするわけではありません。時間の使い方と、考え方についてお話するだけです。 先ず、回数については、300回というのは一つの目安で、個人差はあると思います。50回ですむ人もいるかもしれませんし、500回必要な人もいるでしょう。途中で弱音を吐いても何にもなりません。弱音を吐けばマスターできるのなら、どんどん弱音を吐けばいいでしょう。でも実際には、弱音を吐いても得るところは何もありません。出来なかったという現実が残るだけです。 先ず内容を全部把握する 聞くテープ(MDでも何でも同じです)については、先ず録音されている内容全部をざっと学習する必要があります。単語の意味、発音、声調、文法などを確認します。 これをやっておかないと、耳に入ってきている音が雑音にしかなりません。時間的に極めて余裕がある場合はそれでもよいかもしれませんが、普通はそこまでのん気なことを言ってもいられないでしょう。 しかし、実際はもっと重大な理由があります。それは、別項で詳しく述べている(必ず「発音は何故完璧にならないのか」を読んで、理解しておいてください)ように、耳から広東語の音を流し込んでも、脳がそれを音として認識したときには日本語になってしまって、実際には広東語の音は聞こえていないわけですから、其の侭何回聞いても効果が出ないという問題です。 これを防ぐためには、最初に理屈で理解する必要があります。テープに録音されている内容全て(発音、語彙、文法)について、日本語を基点としたベクトル情報を概略把握しておく必要があるのです。 頭の中に入れたベクトル情報に基づいて、聞こえてくる音(日本語になってしまっている)を矯正しない限り、何回聞いても意味が無いわけですから、何を置いても、この情報を頭に入れておく必要があります。 この情報に基づいて、聞こえてくる広東語について、「今聞こえた音は、貴方の耳には日本語の〜に聞こえたけど、本当は無気音なんだ」とか、「今の単語は母音で終わっているように聞こえたけど、本当はPで終わっているんだ」等という風に言い聞かせて、毎回矯正してゆくのです。 常に集中して聞くのか さて、このように事前に正確なベクトル情報を頭に入れてから、聞くわけですが、「時間の使い方」に述べるように、なるべく二つ以上のことを同時にやることが大切です。人生は短く、やるべきことは限りなくあるのですから。 テープを聞くときも、机に向かって「さあ、勉強しよう」という感じで聞く必要はありません。何か別のことをやっているときに、同時にテープを聞くようにするといいでしょう。 一般的にいえば、通勤通学の電車の中で聞くのが効果的です。毎日決まって相当の時間を確保できるのですから。 その場合には、「現在のハードウエア―」で紹介しているようなヘッドフォンを使用するのがよいでしょう。ほんとに具合がいいですよ。 先日も、電車の中でずっと聞いていて、電車を降りてプラットホームに立ち、携帯電話で電話をかけるためにヘッドフォンを外した途端に、騒音が怒涛の如く耳に飛び込んできて、「こんなにうるさかったのか」と、改めて実感しました。 眠ったあとと、目が覚める前にも聞きましょう。浅い眠りのときに聞くのはとても効果的ですし、寝ること以外に何も出来ない状態のときに聞くわけですから、時間の有効利用という点からも、理想的な方法です。 この他にも、何か別のことをやっているときに、同時にテープを流して聞くようにします。風呂に入っているときも、スピーカーのついた小型の再生装置なら、ビニール袋に入れて聞くことが出来ます。 このようにして音を流しているとき、声を出して一緒に言える状況であれば、声を出すのが一番ですが、頭の中でテープを追うのも効果的です。頭の中でテープを追う気力もないときでも、とにかく流しておいてください。それだけでも必ず効果が出てきます。 但し、何回も言うようですが、内容については最初に理解しておく必要があります。語彙、文法、発音については、先ず理解しておく必要があります。 実際にやってみれば分かりますが、1本のテープの中に、理解している部分と理解していない部分とがあるものを、何回も聞いていると、理解している部分についてはセンテンスが頭に染み込んでいて、自然に流れ出てくるのに対し、理解していない部分に就いては、なかなか頭に染み込みません。 また、発音を、これは第何声だとか、これは有気音だとか、理屈で頭に入れておいてから聞かないと、聞こえてくる音を日本語にひきつけて聞いてしまうため、実際に聞こえているのは日本語の発音になってしまいます。 幻想を抱かないこと その状態で何回も聞くと、頭に定着するのは日本語式になまった広東語になってしまうわけです。この点は,上の「先ず内容を全部把握する」にも述べたことですが、殆どの方々は,テープを一生懸命に聞いていれば,発音は「だんだん良くなる」と思い込んでいます。 しかし,これは根拠のない幻想です。 「発音は何故完璧にならないのか」に詳細に説明してあるように、広東語の発音が飛んできても、日本人がそれを言語の音として認識したときには,既に日本語の発音になってしまっているのです。 超高性能のコンピューターだからこそ、全く意識もせずに,瞬時に処理して,日本語の音の引出しに入れてしまうのです。この状態で何百回も聞いて,広東語の発音が頭に染み込むかどうかは,考えるまでもないでしょう。 貴方がこの状態で何回も聞くことは、「日本語の発音で読んだ広東語」のようなものが頭に染み込んでしまうこととなり、百害あって一利なしの行為です。当然、貴方が自分で発音する段になれば、完璧に日本語式の発音になってしまいます。ところが悪いことに、貴方は自分の発音が完全に狂っているということに全く気づかないことになるのです。気がつくチャンスが全くないのです。 何故なら、貴方は貴方の頭に染み込んだ「模範的発音の広東語」と全く同じ発音が出来るようになっているのですから、当然のことながら、「自分は広東語の発音が掴めた」「発音がだんだん良くなってきた」と思えるはずです。 でも、貴方が掴んだと思っている発音は、本当は広東語の発音ではないのです。 聞く前提として,理屈でしっかりと理解する、正確なベクトル情報を入手するということが如何に大切か、理解していただけましたか? 完全に頭に染み込んだ状態とはどのような状態か ここで、完全に頭に染み込んだ状態とはどのような状態なのかを説明しておきましょう。 例えば、2時間の映画のテープを完全に頭に染み込ませたとすると、その映画が何人の登場人物が登場するものであろうと、全ての登場人物の全ての台詞を、完全に同じ調子で、最初から最後まで淀みなく再現することが出来ます。 そして某るひとつの単語がその映画の中で使われているかと言う質問を受ければ、「使われている」とか「使われていない」とか即座に答えることが出来ます。 そして、その単語が使われている場合、何回使われているかも即座に答えられますし、8箇所で使われていれば、その8箇所の台詞を全て完璧に再現することが出来ます。コンピューターで検索をかけているのと全く同じ状態になるんです。 経験のない方はにわかには信じ難いかもしれませんし、何か特別の才能に恵まれた人の話であって、自分とは無関係の世界だと思われるかもしれませんが、これは事実ですし、何か特別な才能を要することでもありません。 この状態が如何に素晴らしいものか、ちょっと考えてみてください。完璧な発音と完璧な抑揚で、激情も微妙な感情の動きも、ネイティブのプロの役者と同じレベルで表現できるんです。 勿論、その映画に出てくる範囲内では、単語の用法も間違える可能性はありません。パーフェクトな状態です。カンッペキです。 この蓄積をどんどん増やしていけば、どういうレベルに達するか、想像してみて下さい。皆さんも必ずそうなれます。夢に終わらせないで下さい。 聞く回数と効果は正比例の関係にない この点はよーく覚えておいてください。聞いた回数と得られる効果とは正比例の関係にはありません。 殆どの方は回数と効果との間に正比例の関係があると思い込んでいるため、途中で挫折してしまうのです。 300回聞けば完全に頭に染み込んで、パーフェクトな状態になるはずだと思って始めます。100回聞きました。その時点で得られた効果を点数で表現すると10点くらいでしょうか。 ◎ |
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