2007年10月13〜18日までアメリカに行っておりました。
今回はボストンとニューヨークに行き、もちろん普通の観光もしましたが、メインは何といっても世界最高水準を誇る、アメリカの大学の見学です。具体的には、以下の14大学16キャンパスを見学しました。
【ボストン】(10大学11キャンパス)
ハーバード大学(本部、メディカルキャンパス)
マサチューセッツ工科大学
レスリー大学
ボストン大学
エマニュエルカレッジ
シモンズカレッジ
ノースイースタン大学
ウェントワース工科大学
マサチューセッツ美術大学
バンカーヒルコミュニティカレッジ
【ニューヨーク】(4大学5キャンパス)
コロンビア大学
ロックフェラー大学
ニューヨーク大学(本部、美術学部キャンパス)
ペイス大学
いつかはアメリカに行ってみようと思っていたのだが、ついに決断したきっかけは、福澤諭吉の自伝を読んだことだった。
幕末・明治という、現在と比べてはるかに厳しい時代に、高い志を持ち、日本の近代化に尽力した彼が、アメリカでどれだけの衝撃を受けたか。あれから百数十年以上の時がたち、今やアメリカは益々世界の頂点に君臨する帝国と化している。
私も福澤諭吉にならって、狭い日本を飛び出して、アメリカをこの目で見てみよう、そして、世界最高の大学を見よう。そんな志を胸に、私はアメリカン航空でシカゴへと飛んだ。なぜシカゴかというと別にシカゴ学派に興味があるわけではなく、ボストンには日本からの直行便がないので乗り換えただけである。
初めて行くアメリカがボストンというのも珍しいと思うが、ハーバード大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)の両校があるほか、60を超える大学が存在し、まさに世界最高の学園都市であるこの街に行くことは、大学研究家として義務であると言わざるを得ない。
@ハーバード大学とイギリス

ジョン・ハーバード像
ハーバード大学は、正確にはボストンではなく、隣のケンブリッジという人口10万人ほどの小さな町にある。この町の名は、イギリスのケンブリッジにあやかって1638年に付けられた。その2年前に、全米最初の大学としてハーバード大学が開学しており、当時まだ国家ですらないアメリカで、本場イギリスのケンブリッジ大学を仰ぎ見て名付けられたものと思われる。
地下鉄のハーバード駅から地上に出ると、道路のロータリーを囲んで赤レンガ風の低層ビルの街並みが続き、賑やかな商店街となっている。ここから歩いて1分ほどで、すぐにハーバード大学の正門に着く。赤レンガでできた小さな門で、予想していたような威圧感のある壮大な雰囲気ではなかった。さっそくキャンパスに足を踏み入れる。
ここは、ハーバードヤード(オールドヤードとも)と呼ばれる、ハーバード大学で最も古いキャンパスだ。マサチューセッツホール(1720年)、ハーバードホール(1766年)などの3・4階建ての古い校舎が、美しい芝生の林の中にたたずんでいる。正門の正面、ユニバーシティーホール(1815年、ワシントンDCアメリカ合衆国連邦議会議事堂と同じブルフィンチ設計)の前にあるのが、ジョン・ハーバードの銅像だ。そう、ハーバード大学は人名に由来するのである。
ハーバード大学にあるハーバード像というからには、当然大学内でも有数の観光名所である。中国人パックツアーの一団がぞろぞろやってきていて、皆が皆、像の左足をこすっていった。この左足は、触れると幸運が訪れるとか、もう一度ハーバードに来ることができるなどと言われ、みんながこするので、金色に光っている。
ところでこの像は、とんでもない嘘つき像で、「3つのウソ」があるといわれている。まず、創立1638年と彫ってあるが、これは1636年の誤りだ。次に、「創立者ハーバード」と彫ってあるがこれも誤りで、ハーバードは寄贈者の1人である。最後に、精悍な顔つきは、1884年に像を制作した時にイケメン学生をモデルにしたもので、ハーバード本人とは何の関係もない。ここまでインチキにも関わらず、尊重されているのだから、最高のアメリカンジョークだ。

落ち着いた雰囲気のキャンパス
固有名詞の入った古い校舎群が、広い芝生を囲んで静かに、おごそかにたたずんでいる。ハーバードヤードは、気持ちとしては早稲田大学の本部キャンパスや、慶應義塾の三田キャンパスほどの広さでしかない。
これが、本当に7人もの米国大統領と40人ものノーベル賞受賞者を輩出し、1530万冊の蔵書(全米2位、世界4位)と東京大学の300倍以上の資金を持つ化け物のような大学なのだろうか。あまりにも落ち着いたたたずまいで、余裕すら感じさせる。キャンパス内はリスが走り回っており、のどかな雰囲気で、散策する学生や観光客を眺めていると、とても2万人の学生がいる大学には見えず、まるで小規模なリベラルアーツカレッジに迷い込んだかと見まがうほどだ。実際、学生の2/3は大学院生で、学部教育は全寮制。少人数で熱い友情を育んでいると聞く。
私がイギリスのケンブリッジ大学で見たような、圧倒的なキャンパスの美しさは感じなかったが、内面の美のような、にじみ出る実力、パワーのようなものが、じわじわとキャンパスから湧き出しているような気がした。本場イギリスのケンブリッジにあこがれて誕生したハーバード大学が、400年近い時を経て、父親を凌駕していくというロマンを感じさせる。
ハーバード大学は、まさにアメリカの歴史そのものであり、魂であり、しかも最先端であり続けている。これが世界のトップランナーの姿だ。
A想いを形にして永遠にとどめる

ワイドナー記念図書館
ハーバード大学には、ほかにも様々な印象的な校舎が立ち並んでいる。
ワイドナー記念図書館は、蔵書300万冊、書棚の長さが92キロに達する、世界最大級の大学図書館。名前の由来となっているハリー・エルキンズ・ワイドナーはハーバード大学の卒業生で、図書収集家であったが、父親とともにタイタニック号の沈没事故で死亡した。残された母親は大学に遺産を寄贈し、1915年に開館した。ここも有名な撮影ポイントとなっている。例によってギリシア神殿風の壮大な建築で、掲げられた3枚の校旗が美しい。図書館前の広場はターセンテナリー劇場と呼ばれ、6月の卒業式の会場である。
メモリアルチャーチは学内にある教会で、第一次世界大戦の学生戦死者を祈念して作られた。メモリアルホールは南北戦争の戦死者を祈念して作られたホールで、重厚なゴシック風建築は大学の校舎には見えない。中には大きな美しいステンドグラスが飾られており、様々な銘盤が刻まれていた。内部のコンサートホールは木造で金色に輝いており、天井は3階ぐらいまであろうかというほど高く、英文が刻まれており、荘厳な雰囲気。ここはイグノーベル賞の授賞式の会場である。地下に学食があり、学生の憩いの場となっていた。

メモリアルホール
道路をはさんでキャンパスはいくつかの区画に分かれている。奥に進むと、東洋風の狛犬が鎮座している校舎があった。東アジア言語・文明学科の校舎であった。日本に関する事物でもあるかと思い覗き込んだが、日曜で人影はない。さらに奥に進むと自然史博物館The
Harvard Museum of Natural History
を発見。ハーバード大学内には美術館などもあるがとても回りきれないため、ここだけは見ようと入場料$7を払い中に入る。
ハーバード大学自然史博物館
自然史博物館は、ハーバード大学の教授だったスイス生まれの博物学者ルイ・アガシー(1807-1873)の「Study Nature,
not
books」という理想を実現した博物館である。アガシーの弟子には大森貝塚を発見したモースがいる。入ってすぐの展示は北米インディアン。彼らの境遇を考えると、複雑な気持ちで展示を見てしまう。2階には世界中の動物たちの標本や剥製がぎっしり並んでおり、壮観だった。恐竜の骨なども沢山あり、親子連れが楽しそうに見ている。展示物に熱中する子どもたちを見ていると、彼らが幼いころからこうやって科学や学問に高い関心を持つ機会が与えられているのが本当にうらやましい。学ぶことの楽しさや好奇心がなければ、中学・高校で理科や数学の初歩でつまずいてしまう。そこで知への愛とお別れではあまりに悲しい。
展示物の中で最も有名なのがGlass
Flowersで、この博物館の目玉だ。これは、800種類以上に及ぶ草花を、すべてガラス細工で再現したもので、その精巧さには目を奪われる。色も形も驚くべき造形である。ガラスケースの中だし、写真ではとても表現できなかったので撮影はしていないが、これはぜひ他の人にも見せたいものだ。
この作品群は、植物学者であり、ガラス職人でもあったレオポールド・ブラシュカ、ルドルフ・ブラシュカが、1886年から1936年にかけてつくったもの。2人は生涯で4400近いガラス模型を作製した。
ジョージ・リンカーン・グッデール教授は、当時の紙かろうでできた植物模型に飽き足らず、実物大のガラス模型による植物王国の創設を夢想し、熱帯・温帯植物などを1年中研究するため、この作品を依頼した。そのため、これらのガラス花は、花の部分が拡大されて作られているものもある。
大学というのは、校舎や研究施設だけあればいいというものではなく、広く社会に開かれた設備が大学の存在を大きくアピールするべきものだ。ハーバード大学においては、歴史ある校舎の一部を一般公開したり、博物館や美術館を創設して展示をすることで、大学内外の人々に広く学問の価値を訴えている。世界のすべての人に向けて自分たちの研究をアピールすることは、世界最高の大学に課せられた、いわば使命なのだろう。それにしても印象的なのは、様々な人の想いが、校舎へと形を変えて残されているということだ。息子と夫を亡くした母の図書館、戦没者を追悼する教会やホール、研究業績を集めた博物館。そこには、携わった人々の思いが形となって残り、後の世代に受け継がれている。一人の人間の一生は短くてちっぽけなものだが、その想いを形にして永遠にとどめることができるということが、ハーバード大学を見るとよく分かる。
【ハーバードこぼれ話】
ビル・ゲイツはハーバード大学を中退したが、後に名誉学位を授与されている。
Bハーバードの真髄・大学院めぐり

ハーバードロースクール図書館
自然史博物館を出た私は、駅前の売店で買った$5.95のハーバード大学キャンパスマップを眺めつつ、さらに別の区画に進んだ。ハーバード大学に隣接して溶け合うように、小さなレスリー大学というのを発見したので、キャンパスに入ってみる。2階建ての一軒家のような瀟洒な校舎に、表札のように学科名が書いてある、本当に小さな大学だった。アメリカでは、世界規模の巨大大学ではなく、こうしたミニ大学を選んで少人数の密度の濃い教育が受けられるのも魅力である。
Lesley University
レスリー大学を眺めて、再びハーバードの敷地に戻る。すると、ロースクールの区画に来た。他の学部の校舎も混じっているが、この区画だけで大学1つ分ぐらいある。ギリシア建築風なのにガラス張りの図書館が雄大なイメージだった。
ハーバード大学で特徴的なのは、このように学部(大学院)ごとに充実した図書館があることで、他にもサイエンスやビジネスの専門図書館を見たが、どれもそれだけで1つの大学並の規模であり、これには圧倒された。日本でも学部・学科ごとに図書館を持つ大学はあるが、多くは「図書室」レベルであるし、それなどまだましなほうで、中堅大学になるとどんなマンモス大学でも中央図書館しかなく、しかも学生は勉強しないので図書館に来ない。
何でもハーバードが偉いというわけではないが、図書館にとても力を入れるこのアカデミックな校風は、日本の大学には感じられないものだった。
ハーバードロースクール
アメリカには学部教育に法学部がなく、ロースクールが法曹養成機関として機能している。3年間の大学院生活が一般的。ここを修了してから各州の司法試験を受ける。ロースクールの図書館を撮影していると、なぜか女子学生ばかり出入りする。ロースクールは女子学生も多いのだろうか。
いったんハーバード大学を出て市街地に戻る。すると、地下鉄の駅の上にハーバード大学の生協があった。生協と言ってもほとんどが書店で、2階建てのかなり大きな書店だった。ここで$24.95もする高額なキャンパスガイド(大学案内)の本を購入。写真も多く詳しい本だが、全部英語なのでいつ読むのか私は知らない。なお、この本を作っている出版社は、シリーズとしてほかにもプリンストン大学、イェール大学、スタンフォード大学、デューク大学を発売していた。
ほかには大学グッズのTシャツやパーカーを売っており、どれにも誇らしげにHarvard
Universityとプリントしてある。意外だったのは、町を歩くと、このグッズを着て歩いていたりランニングをしている学生がかなり目についたことで、単なるおみやげではなく学生自身が愛好しているのが興味深かった。

バスの左の建物がケネディースクール
メインキャンパスから離れ、市街地を5分ほど歩くと、赤レンガ風のビルの校舎が広がる区画がある。行政大学院ケネディースクール(John F.
Kennedy School of
Government)だ。世界最高峰の公共政策大学院として米国政治の中枢に高官を輩出している。ケネディースクールの名は、卒業生でもあるケネディー大統領に由来する。ニューヨークの国際空港もJFKと名付けられているし、アメリカ人のケネディーに対する思い入れは深いようだ。世界約80カ国から900名あまりの留学生も受け入れており、日本人も毎年10人ほど入学する。
ここは校舎の入口で警備員が厳しく監視しており、中には入りずらい雰囲気だった。テロの標的になりやすいのだろうか。
John F. Kennedy School of
Government
アメリカの大学の図書館は観光客は入れないが、私はかつてイタリアのボローニャ大学で、入口でゴネてなかば無理やり図書館に入り、英語でガイドしてもらったことがあるので、意欲のある方はアメリカの図書館でも見学を打診したら見せてくれるかもしれません。
ケネディースクールからさらに5分ほど歩き、チャールズ川を渡ってボストン市に入ると、ビジネススクールのキャンパスがある。ここも1つの大学を構成しているほど広く、緑の芝生や木々が大変美しい。学生寮も充実しており、世界中から優秀な学生を集めているのがうかがえる。ここではなぜか図書館の閲覧室に自由に入れてしまい、内部をゆっくりと見学できた。明日のビジネス戦士たちが静かに勉強しており、荘厳な雰囲気だった。建物も立派で内装も高級感にあふれており、まるで美術館のようだった。
ハーバードビジネススクール

ハーバードビジネススクール図書館
C文武両道のハーバード

ハーバードスタジアム
ロースクールに隣接して、Soldiers Field Athletic
Areaというスポーツフィールドがある。ここにはハーバード大学のスポーツ関連設備が集中しており、グランド、野球場、テニスコート、陸上競技場、屋内プールなどのほか、体育館、アイススケート場、ソフトボールやテニスの屋内競技場まであり、多くの学生がさわやかに練習に励んでいた。
スポーツフィールドだけでハーバード大学のメインキャンパスに匹敵するほど広く、野球場もグランドも陸上競技場も、全部2つある。テニスコートは屋外だけで26面(室内は不明)。こんなに充実したスポーツ設備が都心にある大学は日本ではお目にかかったことがない。
古代ローマのコロシアムのような「ハーバードスタジアム」はフットボールやラクロス、フィールドホッケーに用いられ、壮大な観客席を見ていると、ここでスポーツ大会が開かれる際の学生たちの歓声が聞こえてくるようだ。

チャールズ川でボートの練習。奥の校舎はビジネススクール
チャールズ川ではボート部が練習に励んでいた。川に面したボートハウスは、風景画のように川面に溶け込んだ古風な建物で大変美しい。ちなみにハーバード大学では競艇部のボートハウスに至るまで2つ所有している。メインキャンパスからも近いので、大学Tシャツやパーカーを着て街を歩いたりランニングをしている学生を多く見かける。スポーツをしていなさそうな女子学生も普通に大学グッズを着ており、実はファッションという意味では日本の女子大生ほどオシャレではない。しかし、あまりにも自然にカジュアルな服を着こなしているので、とても洗練されて見える。

川に面した美しいボートハウス
アメリカには名門私立大学8校で構成される「アイビー・リーグ」というスポーツリーグがあるのはよく知られているが、実際に充実したスポーツ設備を見ることで、学術だけでなくスポーツでも、これらの大学同士が高い水準で競い合っていこうという気概が感じられた。重要なのはスポーツにいくら力を入れようとも学業をおろそかにしない点で、テスト用紙に「相撲部」と書けば卒業できる日本とは違う。まさに文武両道の人たちなのだ。
Dマサチューセッツ工科大学

MITグレートドームと私
ハーバードから地下鉄で2駅、ボストン市街地方面に戻る。Kendall(MIT)駅で降りて地上に出るとすぐ、マサチューセッツ工科大学(以下MITと略)のキャンパスだ。
MITは1861年に設立された大学で、工学系単科大学と思われがちだが、現在は理、工、建築および都市計画の学部に加え、人文科学・社会科学、経営、健康科学・健康技術の学部も擁する理工系を中心とした総合大学である。ハーバードと同じケンブリッジ市にあるが、ボストンとはチャールズ川を挟んだ対岸で、ほとんど町は一体化している。60名以上のノーベル賞受賞者を輩出する、世界最高の理工系大学・研究機関であり、MIT見学はハーバード同様今回の旅の1番の目的のひとつだ。
駅はキャンパスの東の外れにある。ここにはTech
Coopという生協があり、書籍はハーバード大学の生協に劣らない充実ぶりで、理工系が充実しているのはもちろん、幼児教育書籍も沢山あった。大学Tシャツやパーカーなどの種類はハーバードよりも多く感じた。
キャンパスは特に門などもなく、どこからも入れるので、何となく中に入る。ところどころ傷んだアスファルト道路の両側に研究室が詰まった高層校舎が立ち並び、あちこちが工事中・建築中で、その雰囲気は東大工学部や東工大、東北大などの日本の旧帝大の工学部とそっくりだった。表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術の教育、研究を専門とする、世界的に著名なメディア・ラボの校舎に入り、デジタルアートの展示なども見たが、正直、MITの最初の印象は、「日本の工業大学とあまり変わらないなあ」という感じである。工業大学の設備自体は日本がずば抜けて劣るわけでもないので、キャンパスを歩くだけでは真の力は分からないのかもしれない。
MITがその魅力を少しずつ私の前にあらわし始めたのは、「グレートドーム」といわれる象徴的な校舎に入ってからである。この校舎は5階建てのビルぐらいある壮大なギリシア風建築で、MITといえばこの校舎の写真を見ることが多い。とにかく日本の大学とはスケールが違う。
どうしてアメリカは大学も美術館もこんなにギリシア風が好きなのだろう。アメリカは歴史が浅いからコンプレックスでもあるのだろうかと最初は思ったが、次第に、これは自分たちこそが人類の歴史を継承しているのだという誇りを表現したものなのかもしれないと思った。

こんなに大きいグレートドーム
グレートドームはいくつかの校舎と連結しており、ラボ(研究室)も多くは外から見放題である。観光客が校舎内をゾロゾロ歩き回っている。MITは他のアメリカの大学に比べサークル活動なども盛んなようで、ここでは今回の旅で唯一、日本と同じようなサークル部室棟も見つけたし、アニメサークルのポスターも発見した。ご丁寧に日本語で「マサチューセッツ工科大学 アニメ」と書いてある。世界一賢いアニメオタクだ。

アニメサークルのポスター
キャンパス中心部まで来ると、チャペルや学食がある。何とゲーセンまであった。いくつかのレストランや売店などが複合したビルになっており、上の階は学生のサークル部室という、とても機能的なビルだった。日曜にも関わらずレストランや売店はほとんど営業しており、観光客だらけで、皆キャンパスの写真を撮ったりしている。入口にはキャンパスマップが配布されており、地図には見学コースまで記入されており、どの校舎にどの学科があるのかまで詳しく説明されていた。完全に観光地である。この開放的な姿勢はとても素晴らしい。

お世辞にも立派に見えないMITミュージアム
ハーバード大学は、ほっといても観光客が来るという感じだったが、MITは自ら大学を観光地化して世界中の人に見てもらおうという雰囲気が濃厚で、とても自由で開放的な雰囲気だった。日本の工学部にありがちな、社会と隔絶された閉鎖性がない。これは驚きだ。
そんなMITの社会へのアピールの最大の成果物が、MIT
museumである。これはメインキャンパスから徒歩5分ほどの町はずれにあり、雑居ビルを改造したような貧相な外見のミュージアムで、お世辞にも立派には見えないが、中身は凄かった。(入場料$7)
さすがに世界のMIT。ここは科学館を兼ねており、中は広い。2階建てで、1階にはグッズ売り場、メディア・ラボの最新の研究成果、ガン研究、海洋探査、ハイブリッドだまし絵、クロード・シャノンのコーナーなどがある。
*クロード・シャノン
(Claude Elwood Shannon, 1916年4月30日 - 2001年2月24日)
20世紀における最も偉大な数学者の一人。情報理論の考案者。
2階はバイオテクノロジー、ロボット、ホログラフィー、MITの歴史と過去の発明品などコーナーで、実際に自分でいじくって楽しめる実験が多く、親子連れが楽しんでいた。

細胞関係の展示
私が最も印象に残ったのは、The Great Wall of
Ideasというコーナーである。机とイス、色鉛筆が用意されており、子供たちが思い思いに未来の科学技術を想像して描いた絵が飾られていた。ロボットのようなものから、機構が説明された高度な良く分からない物体まで、いろいろな絵がある。ここに、子供たちの夢と、最先端の科学技術との出会いがあるのだった。
子供たちの絵を見た科学者、技術者が、何かすごい発明を思いつくかもしれない。あるいは子供たちが将来、MITで優れた研究をするのかもしれない。サイエンスとテクノロジーは人類に夢と希望を与えるもの。MITの理想の一端を見た思いだった。

The Great Wall of Ideas

(写真)ボストンのチャールズ川
今回のアメリカ大学めぐりで、「アメリカは何でもエライ、日本はダメ」みたいな気持になったかといわれると、そうでもない。少なくとも、大学の設備自体は、ある1点を除いてそれほど違いはない(後述)。だが、アメリカの大学のキャンパスで感じる、この精神的な余裕、豊かさは何だろう。帰国してから色々本を読んで調べてみた。
アメリカは高校卒業まで義務教育である。教育内容はゆとり教育そのもので、日本の中学3年生の内容を、高校3年生まででやる。そして、名門大学では4年間はリベラルアーツ教育で、幅広い教養を学び、論理的思考を身につける。大学院で初めて、ロースクールなりメディカルスクールなり専門分野を選び、法律や行政や医者などの専門家への道を進む。むろん、大学が4000もあるアメリカでは2年制の大学も多いし、大学院に進学しない人が多数派の日本と同じような4年制大学もある。また、大学院進学が前提の小規模のリベラルアーツ大学であっても、学年が上がれば専門分野がある。とはいえ、アメリカの大学院生であっても、学力は日本の大学4年生と同じぐらいだという感想を持つ日本人もいるぐらいで、アメリカの教育というのは全体に日本よりも時間をかけてじっくりやっている。
日本の中卒=アメリカの高卒
アメリカの大卒=日本の大学1・2年
アメリカの大学院修士=日本の大卒
と考えれば、のんびりゆとり教育をやっているアメリカに比べ、日本はスピードの速い教育をしているということになる。戦後にアメリカ型の学制になったはずなのに、奇妙なことだ。ちなみにイギリスの大学は専門課程3年のみであり、日本と同じ速成型だ。
こう考えると、日本の高校生がアメリカの高校生よりも優秀というのも納得できるし、日本の大学生が3年生で就職活動をして4年で内定というのも、日本の速成型システムでは問題ないということが分かる。すなわち、企業が大卒者に求める能力を、すでに日本の大学教育は十分に提供できているということだ。いくらロースクールやビジネススクールができたとて、何でもアメリカ型にしなくてはいけないということはない。
だが、私は考えてしまうのだ。日本の速成型教育は、高校生の段階で、医者や弁護士といった専門職への道を事実上決めなくてはいけないシステムである。18歳の若者に、自分の適性が医者かどうかなんて分かるのだろうか。アメリカの大学のように、いつか医者や弁護士になるにしても、まずは大学4年間はじっくりリベラルアーツを学んだり、1年ぐらいは海外留学でもして、ゆっくり考えてから、大学院を選び、22歳〜25歳ぐらいでようやく「私は医者になろう」「行政大学院に行って官僚を目指そう」「日本の文化を大学院で学ぼう」などと道を選んでも良いのではないか。いや、むしろそのほうが良いのではないか。
日本では戦後、大学1・2年が教養教育、3・4年が専門教育というスタイルを長く続けてきた。旧制高校・予科と旧制大学を継ぎ足したこのシステムには無理もあったが、アメリカに比べて速成型なのだから、アメリカでいうところの大学+大学院修士を4年間で実現していたともいえ、今になって思えば決して悪いシステムではなかったのかもしれない。現状では多くの企業はそれで問題ないと思っている以上、おそらく大学院重点化大学以外はアメリカ型名門大学のようになることはあるまい。
しかし、私は思うのだ。私にはアメリカ型が合っていると。高校までで中学3年の勉強をやるアメリカは日本から見ればバカっぽい。しかし、取りこぼしなく基礎が学べ、数学も理科も本当に大切な部分を忘れないのではないか。大学では、リベラルアーツを幅広く学び、豊かな心を手に入れる。そして、大学院修士課程で専門を深め、社会に出て行く。私はアメリカ型のほうが良かった。18歳で医者や弁護士になる決断がつかない若者も、アメリカ型のほうがいいのではないか。もちろんアメリカは、早くからやりたいことが決まっている優秀な生徒は飛び級で大学院に行き、30歳で教授にすらなれる。ところが日本では、ゆっくり学びたいタイプは負け組になるしかない。天才に対する飛び級も普及していない。日本には速成型以外の選択肢がないのだ。私は、ゆっくり学びたいタイプ、あるいはより早く学びたいタイプの学生は、真剣にアメリカの大学に行くことを検討してほしいと思う。速成型だけがもてはやされる日本では伸びない実力が付き、必ずや豊かない人生が送れるだろう。
アメリカに行って感じたのは、意外にも日本の豊かさだった。日本は文化も芸術も科学技術も経済力も、世界有数の優れた国だ。大学の水準だって高い。だが、それゆえに、自分たちのやり方だけがナンバーワンだと思っていないか。東大に入りさえすれば偉い、最高だと思い、有名な企業の会社員や公務員になることこそが成功という、閉鎖的な価値観が若者にも親にも深く浸透している。これに対し、アメリカには世界中から情報と人材が集まり、無限の可能性とチャレンジスピリッツ、ポジティブシンキング、多様性を認める価値観が存在する。なんせ私がくしゃみをしただけでも、周囲の人がいちいち英語でノリツッコミを入れてくるコミュニケーション大国なのだ。国家としての閉鎖的な姿勢はもちろん、若者の精神の閉鎖性においても、日本は非常に問題があると思う。外国でビジネスをやるのは怖い。アメリカに留学するのは日本で進学できない負け組だ(そういう人もいるだろうが)。公務員になりたい。名の知れた会社に入れれば一生安心だ…。私は、日本の若者のチャレンジ精神をむしばむのなら、終身雇用制なんぞ廃止してしまえと思う。アメリカはもちろん、戦前の日本だって終身雇用ではない。戦国時代を見ろ、織田信長株式会社だって倒産するんだ。アメリカや中国には、無一文になろうと何度でも這い上がり、チャレンジするタフな精神がある。一度コケたら終わりの日本人の精神は弱すぎる。日本の若者の安定志向なんて、世界を知らぬ弱虫のざれごとだ。例え1年でも半年でも、夏休みだけでもいい。日本の大学生はアメリカを見て、たくさんの異なる人種や価値観の人に会い、世界中の友達をつくって、世界の広さを知り、日本人がいかにちっぽけな価値観に縛られているかを実感してほしい。私はアメリカをちらりと眺めたにすぎないが、それでもアメリカのパワーや理想を肌で感じた。何でもアメリカが一番で最高とは言わない。だが、ここには世界がある。絶対に見るべきだ。内容の是非はともかくアメリカには理想がある。日本人は世界のために何ができるのか、我々一人ひとりが閉鎖性を捨て、深く考え、行動していかなければならないだろう。
──多様性の受容とチャレンジスピリッツ。これこそが、私がアメリカで感じた、アメリカの精神的な豊かさ、そして強さの秘密だ。大学は専門教育の場である以上に、精神の豊かさを育む人格形成の場である。それを思い知らされたのが、アメリカの大学にあって日本の大学にないもの、日本の大学の決定的な弱点。……学生寮である。

ボストン大学のチャペル
マサチューセッツ工科大学(以下MITと略)は、20世紀初頭にボストンからケンブリッジに移転してきた。川を埋め立てて広大なキャンパス用地を捻出し、校舎を増やしてきたが、そのキャンパスは機能性が高い設計になっている。中央を一般道が横切っており、そこに管理部門や学食・サークル棟といった大学の中枢が集まる。そこを境に、東側は主に研究所、西側はスポーツ施設と学生寮になっている。グランドは広く体育館は大きいが、ハーバードに比べると正直見劣りした。このグランドの周囲に学生寮が立ち並んでいる。寮といっても高層アパート群のような感じの立派なもので、色んな人種の学生が出入りしており、家族の姿もあった。
MITから川を挟んで反対側、ボストン市に入ると、キング牧師の母校ボストン大学がある。日本での知名度はハーバードやMITに劣るが、250の専攻を持ち学生数約3万人(学部16,000人、大学院14,000人)の全米で4番目に大きい総合大学で、世界130カ国の留学生が5000人も居る。医学部もあり、ビジネススクールも有名で、十分に一流大学だ。ボストンバッグ発祥の地でもある。特定の専攻に属さず、教授と相談して自分だけのカリキュラムを作るUniversity
Professor's
Programが有名。こんなにマンモス大学なのに80%の授業が30人以下のクラスで行われており、学生と教員の比率は14:1(日本のICUは19:1、豊田工大は8:1、日大は40:1)。学生サークルは400種類。東麻布(赤羽橋)に日本事務所がある。
http://people.bu.edu/bujapan/
そんなわけでボストン大学もじっくり紹介したかったのだが、取材時はハーバードとMITで正直もうお腹が一杯になってしまっており、これ以上の情報が頭に入らない感じであった。そこでボストン大学には誠に申し訳ないのだが、チャールズ川に沿って東西に長いキャンパスを縦断し、チャペルや学食・学内売店、教養学部や地質学科の研究室などを眺めてきただけである。だがキャンパス縦断をしたことで、すごいものを見た。まるでイギリスの街並みのような学生寮群である。MITの機能性重視のマンションと違い、一軒一軒が個性的で美しい。この学生寮が大学に隣接してどこまでも続いており、1つの町のようになっている。ハーバードでも学部教育は全寮制のため学生寮が多いが、こちらは今回の取材ではじっくり見ていないので、ボストン大学の学生寮の充実ぶりが強く印象に残った。

ボストン大学の学生寮
大学に隣接した学生寮に住んでキャンパスライフを送るというのは、日本では少数派だがアメリカでは常識である。アメリカには隣町まで数十キロというようなすさまじい田舎にも大学があり、寮がなければ生きていけない場合もある。寮は何のために用意されているのかというと、単に家から離れて暮らしているからではない。若者に、寮生活の経験を通して、家族から独立する機会を与えるのだ。また、仲間たちと過ごすことで、リーダーシップや協調性も学べる。学生には大学からだけではなく、先輩やルームメイトからも親身のサポートがなされる。むろん嫌なこともあるだろうが、寮生活で様々な価値観やバックグラウンドを持つ人たちと一緒に暮らすことで、より良い人間関係を築くための知恵や生活への取り組み方が学べる。自分を主張したり、相手の話を聞いたり、みんなで何かをしたり、まさにコミュニケーションを学ぶもう一つの大学だ。
私はある英語圏の学長にインタビューしたことがあるが、彼は学生寮の有効性をこう語っていた。「人格形成は教室の外でやるものだ。人が出会い、交流する、寝食を共にする学生同士の学びこそが全人教育だ。教室の外でクラスメートや教員と過ごす、生活の場で学ぶことの大切さを知ってほしい」と。大学に隣接した学生寮がほとんどなく、あっても数が少なく、留学生に劣悪な住環境を提供している、世界最低の大学教育をしているのが日本である。アジアからの留学生が孤独と差別に耐え、高い家賃を払い、低賃金のバイトをしながら必死で学んでいるという悲惨な現状、私は腹が立って仕方がない。何が留学生10万人計画だ。少なくとも留学生を招く以上、希望者すべてが大学に隣接する学生寮に入居し、日本人学生を含む世界の学生と交流し、大学生活だけでなく日常生活においても互いに学びあい、リーダーシップやコミュニケーションといった無形の財産を勝ち得ていくのは当然である。アメリカや中国の大学の充実した学生寮を見ていると、学生確保の世界戦略において、日本はとても不利だと言わざるを得ない。いまさら学生運動の拠点になるわけでもあるまい、一刻も早く学生寮を増やすべきだ。このままでは世界の笑い物である。

ボストン大学の床屋
寮生活は日本人学生にも意義がある。親の庇護のもと自宅から通い、サークルにも入らず、同質な数人の群れで行動する薄っぺらい大学生が増えている。これでは多様な価値観を学ぶことができないのはもちろん、企業で上司・先輩ともまともに話ができないコミュニケーション能力の低い大人になってしまう。就職活動をすれば目が覚めるとはいうが、大学で何を学んだかと考えたとき、あまりに貧相な学生生活だと言わざるを得ない。学びでも日常生活でも、大学というのはサバイバルの場であるべきで、そうした真剣勝負をしないと人は育たない。外国人留学生と寮で同居し、互いに様々なことを学ぶ。その意義は、計り知れない。

フェンウェイ・パーク
ボストン大学を見学した後、次に行ったのは松坂や岡島が活躍するボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パーク。入口近くのグッズショップでTシャツやキーホルダーなど色々なおみやげを見た。私は野球にそれほど情熱はないので試合観戦をしたわけではないが、日本人のサムライがバットという刀を持って異郷の地で活躍しているのをこっそりと応援してきた。
さらに市街地を南に歩き、美しい公園を抜けて、Longwood Medical and Academic
Areaという区域に来た。ここにはハーバード・メディカルスクール(医学部)をはじめ、ハーバード大学の歯学部や薬学部、病院などが立ち並んでいる。さらには、複数の大学が隣接して立地しており、その名の通りアカデミックな学園都市となっている。
ここでは、エマニュエルカレッジ、シモンズカレッジ、ノースイースタン大学、ウェントワース工科大学、マサチューセッツ美術大学などを見たが、時間の都合もあり、どこも建物や敷地内をざっと見ただけなので、深く語ることはできない。この区域には有名なボストン美術館があり、せっかくボストンに来て大学を見ただけでは何だと思い、美術館も見学してきた。受付のおじさんがものすごく肥満だったのがいかにもアメリカらしく、どの美術品よりも印象に残っているのが我ながら情けない。

ボストン美術館
この日は朝早くハーバード大学に行ってから、1日かなり歩き回り、途中で足がつるほどだった。さすがにヘトヘトである。陽も大きく傾いてきた。私はボストン美術館の前から路面電車に乗り、ホテルに向かった。
とここで話は終わらない。ホテルの最寄駅の隣に、もう一つ大学があるのだ。バンカーヒル・コミュニティ・カレッジである。正直、ホテルの近くになければ行かないはずだったが、偶然近くにある以上、行かねばなるまい。コミュニティ・カレッジとはアメリカ独特の2年制大学で、多くは州立や公立。高齢者や主婦、低所得者、マイノリティー、労働者といった、高等教育を受けてこなかった層のための短期の大学で、学費が安い。日本の短大とは制度上かなり違う。日本でもカルチャースクールでコミュニティ・カレッジという名は聞くが、アメリカでは正規の大学なので準学士号が取得できる。多様な人種が混在する移民の国ならではの大学だ。
バンカーヒル・コミュニティ・カレッジ
バンカーヒル・コミュニティ・カレッジは、キャンパスも広く、駅と一体化した近代的な校舎もきれいで、なかなかの規模であった。ここは通信教育も行っており、4年制大学への編入などでも実績があり、地域での評価は高いという。アメリカといえば世界に誇る総合的な研究大学ばかりではなく、多様なニーズに応えた色々な大学があるということを理解するために、ぜひともこの大学は内部を見学したかったのだが、さすがに日曜の夕方。ドアは閉ざされており(内部には明かりの点いている部屋もあったが……)、不審に思ったのか警備員が色々話しかけてきたのでうまく説明できず、道に迷ったとか適当なことを言って退散した。
こうしてボストンでの長い1日は終わった。世界的に有名な数々の大学を見ることができ、とても満足だった。本当はもう1日いて、名門タフツ大学や、ヒラリー・クリントンの母校で米国最高峰のリベラルアーツ・カレッジの1つウェルズリー・カレッジなども見たかったが(女子大なので入れるかどうかは不明)、それは欲張りというものだろう。きっとまたいつかボストンには来られるような気がする。なぜなら私はハーバード像の靴をなでたから。
ウェルズリー・カレッジの紹介
翌朝、ボストンのジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港から、ニューヨークに向けて飛び立った。どんどん高度を上げていく飛行機の窓からマサチューセッツ工科大学が見える。あわててカメラを取り出して撮影したが、意外にきれいに撮れた。初めて来たアメリカ、初めてきた都市がボストンだったが、この美しく、学術的な魅力あふれる街を訪れることができて、私は本当に幸福だった。世界のいろんな大学を見たくて旅をしてきて、これだけの充実感を味わったのは久しぶりだ。もう一度この街に行ってみたい、並木道の美しいキャンパスを歩き、ミュージアムを時間をかけて眺めたいと今も思う。

空から見たMIT(川のすぐ上のビル群と、左のグランド)。その奥にハーバード大学のある市街地が広がる
次回はニューヨークです。