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日曜日だけど、お昼前に大学の図書館に勉強に行った。家にいると、コンピュータゲームをしたり、ネットサーフィンをしたり、テレビを見たりでダラダラしてしまい、絶対に勉強しないから。でも今日の図書館はすっごくすっごくすっごく寒くて、鼻水は出てくるわ、頭は痛くなるわで、手が冷たすぎて指が動かなくなり、字も書けなくなったんで、3時間弱で図書館を出てしまった。冷房、効きすぎだよ!!でも、タイ人は平熱が高いせいか、日本人が風邪を引きそうなほど寒い部屋が、丁度良いらしい。暑い国の人は、体温も高いのか。でも、来週水曜日に提出するタイ語教授法の宿題が2つもある。両方ともまだ中途半端。一つだけでも先に終わらせなきゃ、という事で珍しく、家でも集中して勉強した。お尻に火がつくと、家でも勉強できるんだな。
2003年09月07日 12時27分47秒 |
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今日はバイトの後、スクムビットはソイ19にあるスイスレストランに行ってきた。うーん、場所がイマイチ。だって、あの居酒屋『花子』の奥隣りなんだもん。スイスレストランのメニューの表紙には【日本人のお客様を歓迎します】と日本語で印刷されてたんだけど、夜な夜な『花子』に詰め掛ける日本人達を見て、あの日本人達の一部でも良いからこっちに流れてくれたらなあ、との願望の現れと見た(あくまで想像だけど)。でも、『花子』の客層がスイスレストランに興味を示すとは、とても思えないなあ。
ちなみに『花子』は居酒屋なんだけど、お運びの女の子が料理を運んできたついでに、お客さんにお酌をしたり、あまり混んでいない時にはテーブルに一緒に座って、話相手をしてくれるという、日本の居酒屋には無い独特のサービスを始めた最初の居酒屋らしいです。これ、1人でご飯を食べなきゃいけない単身赴任者や出張者に異常にウケて(日本人のおじさまって、1人でご飯を食べたくない寂しがりが多いから)今ではほとんどの居酒屋で同じシステムを導入している。中には「ここはカラオケクラブかい?」と思うほどに可愛い女の子を必死に集める居酒屋も増えた。本末転倒だな。 私は『花子』の料理が結構好きで、特におろし冷やし蕎麦は絶品だと思う。私が通った頃に居たお運びの女の子には、はっと目を惹くような美形は少なかった。田舎丸出しで愛嬌のある、どこかほっとする子が多くて、私は居酒屋にはその方が合ってると思うんだけど。だって、どうせ食事の後はタニヤかソイ11あたりのクラブに行くんだろうし、食事の時くらい、素人っぽい女の子がテーブルの片隅に居てくれた方が、ほっとすると思う。第一、飯屋だぜ。飯屋に飯以外の何かを期待する方が間違ってる気がするんだけど。 と、長々と行ってもいない『花子』の事を書いたのは、行ったスイスレストランが明日にも潰れそうな寂しい雰囲気であまりパッとせず、書くような内容もなかったから。日本人歓迎と書かれても、それだけじゃ日本人は来ないぜ。日本のパスポートを持参したら30%引きにするとか、何かプロモーションしないとね。 スイスレストランの次は、ソイ20の奥にあるタリスマンクラブに入ろうとしたけど、何となく女性2人じゃ入りづらい雰囲気で、早い時間に食事に行くか、男性のエスコートがあった方が歓迎されそうな感じだったのでパス、同じソイにあるドイツレストランのパブの方に入った。すっごい久しぶりだったけど、いつもカウンターの中にいるおばちゃん、私の顔を覚えていてくれたようで、にこっと笑って頷いてくれた。ここは、日本のガイドブックにも紹介されたりしていて、レストランの方は日本人客も多いのだが、入り口が分かれているパブの方は白人の常連客が多く、日本人はその雰囲気を敬遠するのか、ほとんど来ない。日本人率の高いスクムビットで日本人客が少ないので、マイ隠れ家的パブ。私は結構ここの雰囲気が好きである。 2003年09月07日 12時25分59秒 |
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今朝は時間があったので、久しぶりにYAHOOの方のメールチェックをして、読者さんからの質問に答えた。
私のビザについてだが、もしかしたら他にも誤解されてる方がいらっしゃるかも知れないので、はっきりと書いておきます。私は去年まで勤めた会社を辞めた際、ワークパーミットとBビザの両方をキャンセルしています。っつーか、キャンセルしなきゃ、学生ビザに切り替えられないから。 大学にビザ用の書類を用意してもらっていたのに、会社から、ワークパーミットとビザをキャンセルしたと連絡を貰ってすぐ、サトーンのイミグレにビザ切り替えの手続きに行かなかったので(だって面倒臭かったんだもーん)Bビザをキャンセルした時に押される○月X日までに出国するようにとの日付スタンプの日を超えてしまい、オーバーステイとなってしまいました。でも、罰金(200BXオーバーした日数)を払って、事なきを得ました。罰金の領収書もちゃんと貰いました。 私はてっきり、ノンイミグラントカテゴリーB(ビジネスビザとかBビザと呼ばれているもの)がキャンセルされたから、カテゴリーEd(エデュケーションの略、いわゆる留学生ビザ)に切り替えられるものと思っていたのに、何故かBのまま、延長された。だから、私と他の留学生達とではパスポートに押されたスタンプが違っている。他の生徒達は【タイ国内での就業を禁ずる】の一文が入っているのだが、私のビザにはこの一文は記載されていない。で、念の為に2階にあるビザ延長オフィスの一番奥に座っていた偉そうなおっさんに、パスポートに押されたビザを見せ、モーソーウォーの学生だけど、このビザで合法的にアルバイトは出来る?と聞いてみた。おっさんは私のパスポートをじっくり見て「労働局の見解は知らないけど、イミグレ側の意見を言えば、働いても構わんよ。でも学生だろ?80%以上出席しないと、ビザを取り消すから、働き過ぎに気をつけなさい。」と言われた。とりあえずイミグレからはオッケーと言われた(オッケーと言ったおやじの名刺もゲットした)ので、現在、アルバイトをしている。 ビザの件は、色んな人が色んな事を言う。これは、嘘をつく云々ではなく、ケースバイケースでイミグレの対応が変わる事が多いからだと思う。良く言えば柔軟な対応、はっきり言って、いい加減って奴ですか。 私はビザやワーパミのスペシャリストでは無いので、ビザのような大事な事は、コンサルタントや弁護士、イミグレのお役人等、専門職の方に聞いた方が良いと思います。私ではお答え出来ないし、間違った事を書くのも怖いので。 2003年09月07日 02時02分20秒 |
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今朝は、タイ語スピーチの授業。私がさぼっと先週は中間試験だったが、タイ人生徒で時間が潰れ、我々外国人生徒は今日、2分間のスピーチをする事になっている。題材はその場で言い渡されるので、準備時間は30秒前後。2分じゃカップラーメンは食べられないけど、みんなの前で2分間タイ語で話すのって、結構長く感じるんだよね。今週もさぼろうと思ったけど、逃げてばかりじゃいけない、と意を決して行った。
8時半ジャストに教室に入ったら、タイ人生徒とゆりの2人しかいなかった。いつもは時間ぴったりに来る先生も、今日は5分過ぎても来ない。もしかして、休講??と喜んだのも束の間、8時40分に先生が入ってきた。日本人の子が2人とケミー、タイ人も1人増えて、全部で7人になった。ニタヤ先生が「授業の前に、テストから始めましょう。」とまずはカコが指名された。彼女が引いたお題は「コンドミニアム」彼女は以前住んでいたプール付きのコンドミニアムの事を説明して終わった。先生が期待した内容とは違っていたらしいが、でも題はコンドミニアムだから、自分の身の周りの事を話すのもありです、良く出来ましたと誉めた。次は誰?と聞かれたので、早く終わらせたくて手を挙げた。先生も先週は私が逃げたと薄々感づいていたようで、それが自分から手を挙げたから、え?と一瞬、驚いた顔をされた。だってね、9時を過ぎたらタイ人学生がどやどやと遅刻して入ってくる。まだ7人しかいない内に済ませた方が、よっぽど気楽だもんね。私が引いたお題は「トゥクトゥク」良かった、簡単な奴で〜!!神は我を見捨てずってとこですか。 「トゥクトゥクの料金はタクシーに比べたら、高いです。特に外国人は高い料金を言われます。それはタマダーな料金を知らないからです。でも外国には、例えば日本にはトゥクトゥクが無いので、エキゾチックなトゥクトゥクには、高くても乗りたいと思う外国人が多いです。在住者は適正料金を知っているので、あまり乗らなくなります。」というような事を2分間でスピーチ。いやあ、トゥクトゥクの事なら2分間話し続けられるって思っていたのに、2分はすっごく長かった! 私の次はケミーでお題は眼鏡、ケミーのスピーチの間に更に日本人が1人入ってきた。ケミーの次はゆりで、お題は石鹸。みんな、無難なお題を引いて、なんとか切り抜けた。最後に入ってきた日本人の男子生徒のスピーチで試験は終了。先生が「これで全員テストを終わりましたね?」と言ったら、最後にスピーチした男の子が私の方を見て、あれ?って顔をした。ふっふっふ、先週は確かにおばちゃん、逃げたけどさ、今日は君が来る前に済ませたのだよ。ほっほっほ。 ランチは、珍しくケミーがトンローの日本食屋に行こうと言い出したので、ふみちゃん、かこの4人でボートに乗って行く。今日は唐揚げ定食にしたけど、同じ揚げ物なのに、フライの方がおいしいと思った。次はまたとんかつか魚フライ定食にしよう。 夜は欠かさず「おしん」を見ている。今月はずっと佐賀の田倉家でおしんが苦労している話だ。確かに姑のおしんいびりはすごいんだけど、昔ほどおしんに同情を感じない自分がいる。なんていうか、もし自分がキヨの立場なら、確かに可愛くないと思うだろうなあ、という態度をおしんも取っているから。最初に見ていた頃は、ただひたすらおしんに同情し、酷い姑だと憤りながら見たものだが。トシをとったのかな? 2003年09月06日 02時39分33秒 |
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朝は心理言語学のクラス。ニコールは一生懸命に講義を進めるのだが、授業中はどうしても、英語での講義が理解出来るグループと、ほぼ理解していないグループに別れてしまう。理解出来るグループ(理解しようと努力する生徒を含む)は、二コールの質問に果敢に答えようとチャレンジするが、何か質問は?と聞かれると何も質問出来ない。理解していないグループは諦めムードで、授業の後で、理解できたクラスメートにタイ語で教えてもらおうと思っているから、講義を聞く姿勢もあまり熱心ではない。でも、学部との大きな違いは、おしゃべりしない事。そりゃ、少しはするけど、学部の生徒よりは大人なので、授業の邪魔をしないように、自制はしている。
でも、理解しているグループの生徒達も最近はあまり発言しなくなってきた。大きな理由の一つに、生徒の自由討論型の授業から、二コールが講義するレクチャースタイルに変わった事が挙げられる。8月初旬までは、生徒を3つのグループに分け(グループは毎回変わる)、それぞれに課題を与え、授業時間内に生徒達に考えさせて、ディスカッションさせた結果を授業の最後に発表させていた。でも、クラス内の英語レベルがピンキリの状態では、自由に討論できる生徒は限られてしまう。結果、いつも同じ生徒が意見を述べ、発表する事になる。だから、レクチャースタイルに変更になったのかも知れない。 午後は、タイ語教授法。もうすぐこの講義も終わると思うと、すごくほっとする。一番大変だったからね。授業の途中で先生が、「私は第2次世界大戦が始まる前に生まれたんですよ」とさらっと言った。決して聞き間違えじゃない。第2次世界大戦前に生まれて、スワディー先生とニタヤ先生の恩師で、ニタヤ先生が現在54歳だから、アジャーンウィプッは80近い年齢になる。ひゃああ、そうは見えないよ! 今日は授業の最後に、先生が何かを指示したらしく、クラスメート達が一斉に何かをノートに書き出した。でも私はぼんやりしていて、先生の指示を聞き逃してしまった。先生に、何をしたら良いのか聞き返したら、授業の最初に渡されたプリントにあったタイ語のエッセイを指差し、それを書くのよ、と言う。え、タイ語のエッセイを書き写すの?と疑問に思いつつ、タイ語エッセイをタイ語で書き写していたら、先生が私のノートを覗き込み、「タイ語のエッセイをタイ語で写して、何の意味があるの!」と怒られた。うん、私も変だなあと思ったんだな。「あなたは、私の言った事が理解出来なかったんですか。」と怖い顔で聞かれたので、正直に「はい、理解できませんでした。」と答えたら、ため息をつきながら「サタアクソンで書くのよ!」と教えてくれた。なーんだ、やっぱりね。私の馬鹿。それくらい、気付けよ>自分! 授業が終わってから、プンさんが先週のプレゼンをまとめたレポートを先生に提出した。サンさんが私に、あなたもレポートを出した方が良いわよ、と先生の前で言うので、タイ語でタイピングが出来ない(本当はタイ語でレポートを書くだけの力が無い)からと言って、逃げようとしたのに、サンさんが気を回して先生に「手書きでも大丈夫ですよね?」なんて聞いてしまい、先生も「手書きでも構いませんよ、書こう、とのやる気があるなら、受け取ります。」結局、来週に提出する事になっちゃった(涙) で、先生がプンさんのレポートを開いて目を通してすぐ、猛烈に怒り始めた。「あなたは、一体何を聞いていたんですか、私の言った事を全然理解していないじゃないですか!」ちらっと先生の手元にあるプンさんのレポートを見ると、何と彼女はテキストの『はじめに』と目次だけを書いた例のプレゼンを提出したようなのだ。先生が怒るのも無理は無い。だって先生、彼女が傷付かないように言葉を選んでプレゼンの不十分さを指摘し、更には彼女が選んだテキストを使って、アナライズのお手本まで見せてあげたのに、彼女は先生が不十分だと指摘した最初のプレゼン内容を箇条書きしたものを提出したのだ。しかも、彼女は先生が何故こんなに怒っているのか、理解していない!! 何故、目の前の人が怒っているのか理解出来ない時に、タイ人が取る典型的な態度は、とりあえず「はい、はい」と返事をして目上の怒りをやり過ごし、後で誰かに説明してもらうのだ。彼女が怒られるのを見ていられなくて、先に教室を出てしまったが、きっとトーさんとサンさんが顔を顰めながら、プンさんに理解出来るように一から教えてあげるのだろう。 少し勉強しようと図書館に立ち寄ったら、みっちゃんから電話が入った。彼女もまだ構内にいるそうで、少しおしゃべりしたいという。きっと、就職の事だな。図書館前で落ち合い、アソークまで出て、サーミットタワーの中にあるミスタードーナツでコーヒーを飲みながら、話を聞いたら、就職の事じゃなくて、最近出会った日本からの旅行者の事だった。恋愛相談って奴?「で、どう思う?」と聞かれても、おばちゃんは日本の平成恋愛事情とは無縁に過ごしてきたから「若いって良いわねえ、何でもおやりなさい、全ては経験よ。」と言う以外、意見のあるはずも無し。ジェネレーションギャップを感じながら、帰途についた。 2003年09月06日 02時38分22秒 |
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朝は、タイ語のライティングのクラス。祝日や学校側の都合で休講が続いていたので、久しぶりの授業だ。教室で配られるプリントは、相変わらず私のタイ語能力を無視したハイレベルなもの。でも、最近は驚かなくなった。辞書を引く回数は相変わらずだけど、なんとなく知ってる単語が増えたような気がする。気がするだけかも知れないけど。。。
2003年09月05日 11時50分53秒 |
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今日の社会言語学の授業は、労働者階級の英語の発音を聞く、という名目でイギリス映画「モンティ・パイソン」を見た。実はこの映画、雑誌の映画批評を読んで、ずっと見たいと思っていた映画だったので、とてもうれしかった!ストーリーは、炭鉱が閉鎖され、失業した元鉱夫達が次の仕事が見つけられず、仲間を募ってストリップショーをする、というもの。主演男優は歯並びの異常に悪い、痩せた30代の男性で、一緒にストリップをする事になった仲間達も、50代のおやじ、主人公の親友のデブ、同じ30代の小柄で痩せた男性に初老の黒人、唯一見られる身体をしているのは、歌や踊りの芸は無いけれど、イチモツのデカさだけは誰にも負けないという役の男性くらい。ストリップショーに出るような身体とは無縁の男性達が中心なので、それが逆に妙なリアリティーを醸し出していて、ショーのための踊りの練習場面とか、もう腹を抱えて笑ってしまった。たまには、こういう息抜き的な授業もあって良いよね。労働者階級の英語は、オックスフォード英語と違って、とにかくイントネーションの上下流動が激しく、半分くらいしか理解出来なかった。エデュケーティングリタという映画の方が、オックスフォード英語と労働者階級の英語の対比がはっきりして良いんだけど、タイ人学生達には退屈だと思うので、二コールの選択は正しかったと思う。
労働者階級の英語が使われた映画には、リトルダンサーもある。主人公を演じた少年がキュートで、胸きゅんになる映画だ。ストリップをするおやじに、ボクシング教室でバレエに目覚める少年等、イギリス映画は侮れないぞ。 午後は久しぶりにスワディー先生のリーディング法の補習に出た。正規の授業は時間の都合が付かなくて、出ていないのだが、補習の方は参加させて下さいと頼んでおいたのだ。2ヶ月ぶりかな。リーディングの勉強というより、自分の聴解力がどれだけ上がったかを知る為に出てみた。久しぶりだったからこそ、聴解力が上がっているのが実感できた。うれしかった。でも、何故かルアンには敵対視されてしまった。他の生徒がテキストを数行読まされる時は黙って聞いているのに、私が読むと彼女も一緒に小声で読み、私が発音につまったり間違えると、鼻でふふーんって笑って、正しい読み方を聞こえよがしに言う。で、私の番が終わって他の子が読み始めると、静かになる。久しぶりに補習に出た私に、自分の方がタイ語は出来るのよ、というのを見せるつもりだったんだろうけど、あまりの子供っぽさに笑ってしまった。40のおばちゃんを相手にするより、もっと他にタイ語の出来る留学生がいるでしょうに。 授業の後、先生から「アジャーンウィプッの授業はどう?」と聞かれてびっくりした。アジャーンウィプッはタイ語教授法の先生。どうして私がアジャーンウィプッの講義を聴講しているって知ってるんですか、と聞いたら、集中タイ語講座で私にタイ語を教えたスワディー先生に、私の事を色々と聞いたらしい。「タイ語が酷すぎるってコンプレインしてませんでしたか?」と聞くと、スワディー先生は笑いながら「でも、なんとか講義を理解していると言ってましたよ。」と。そういえば、ニタヤ先生はアジャーンウィプッは恩師だと言っていた。で、ニタヤ先生とスワディー先生はクラスメートだったというから、スワディー先生にも恩師にあたるのか。すごい関係だね。あれ、って事はアジャーンウィプッは何歳になるんだろう。私は50代後半か60代前半だと思っていたけど、誕生会でニタヤ先生が54歳になったと言っていたって事は、その先生の恩師にあたるアジャーンウィプッは。。。え〜?? 2003年09月04日 11時11分37秒 |
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平凡で何もない日。
2003年09月04日 11時11分01秒 |
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今日は昼から、アルバイトの面接に行った。採用が厳しいから無理だと知人に言われた学校。でも、今は大募集期間中らしいのだ。最初に電話をかけた時に、略歴をメールで送って欲しいといわれ、至極簡単な奴(在タイ年数も最後の会社名すら記入しなかった)を送ったのだが、それでも面接のお知らせが来たので、本当に人手が足りないのだろう。面接日時の連絡の電話では、今週は、午前中から午後4時まで毎日面接が入っているって言ってたので、既に20人近く面接した計算になる。そんなにたくさん、募集してるのか。すごいなあ。他の週は何人面接したんだろう。 面接自体は簡単だった。面接官が並んでいる前で、与えられた課題で模擬授業をして見せるだけ。その後、専門知識と一般的な質問を2、3されただけで、退室するように言われ、別室で待っていると、面接の担当者が来て別の部屋に連れていかれ、そこで合格と言われた。全部で1時間にも満たない面接だった。面接の結果を待っている間、待たされた部屋に同年代の女性が入ってきたのだが、彼女は私の次に面接を待っている人だった。本当に、次から次って感じ。 すぐに仕事がある訳じゃなく、10月以降からのようだ。働く時間は減るけど、時給は今の3倍になる。でも、私にまで仕事が回ってくるのかなあ? 2003年09月04日 11時09分33秒 |
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午前中のタイ語スピーチ、さぼっちゃった。今週は中間試験期間なんだけど、タイ語スピーチのクラスは、タイ人学生だけじゃなく、外国人学生も強制的に試験を受けさせるっていうんだもん。大学院だけで手一杯、学部でまで試験なんか受けたくない。それに、強制ってのが嫌。ノンクレジットなんだから、試験を受ける受けないは個人の任意選択にすべき。全く、これ以上プレッシャー、かけないでよね、ぷんぷん。 テストには出なかったが、図書館に勉強しに行ったら、図書館前の小道でケミーとばったり。テストはどうだった、と聞いたら、タイ人学生達で時間が尽きたので、外国人学生は来週に変更されたらしい。げっ。じゃあ、来週も休まなきゃ。学食で一緒に早めのランチを取り、図書館に戻ったら、入り口前でルアンに会った。ルアン曰く、来週は休みじゃないけど、9月1日から5日まで大学1年生達が中間試験をするから、2年生以上は1週間、授業が休みになるという。なんじゃ、そりゃ。第一、1年生はオンカラキャンパスという、バンコクから約1時間離れたところにある別のキャンパスで学んでいる。自分達だけのキャンパスがあるのに、なんで中間試験の時だけ、プラサ−ンミットキャンパスに来るの??それに、1年生が試験をするからって、何で私たちの授業が休講になるわけ?? わからん事の多い大学だわ、全く。 2003年09月04日 11時08分49秒 |
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朝は心理言語学の授業だった。授業の前にクラスメートに来週の試験休みの事を聞いたら、休みなんか無いという。大学院は平常通りの授業なのかな?今日の授業内容はいつもより難しくて、頭が痛くなった。おまけに、いつもは10分ほど早めに授業が終わるのに、今日は逆に10分ちょっと時間オーバー。少しでも早く終わらせて、タイ語教授法のプレゼン、練習したいのに。。。言語心理学の授業が終わるのは12時で、タイ語教授法の授業が始まるのは12時半。30分しか休憩が無いのだ、早く終わってえええ〜! 心理言語学の授業がやっと終わり、5階にあるタイ語教授法の教室に駆け込んだら、タイ人クラスメートが5人とも、全員来ていた。私が逃げた先週の授業では、5人のうち3人がプレゼンを終わらせたようで、今日は残り2人とみそっかすの私の番。先生が時間通りに入ってきて、まずはサンさんのプレゼンから。彼女はタイ人の子供達に英語を教えているので、人前で話すのは慣れているはずなのに、前に出てプレゼンを始めたら、1分もしないで緊張のあまり声が震えてどうしようもなくなり、しばらくプレゼンを中断して、用意してきた原稿の陰に顔を埋めてしまった。ああ、どうしよう。他人事じゃないよー。 サンさんは、3分もしないで立ち直り、顔を上げて、プレゼンを再開。がんばれ!と祈るような気持ちで聞いていた。でも、タイ語が難しくてよく判らなかったんだけど(ごめんね、サンさん!) サンさんのプレゼンが終わった後、先生が採点した結果、つまり、良かった点とアナライズが不十分だった点、今後の課題等を話して下さり、次は、最後のタイ人学生プンさんが発表。でも彼女はタイ人なのに、『ウィクロ』の意味が判っていないのか、アナライズではなくて、自分が選んだテキストの『はじめに』と目次を読み上げただけで、終わってしまった。 先々週、このプレゼンの宿題が出された時、先生がアナライズとはこうするんですよ、と「レッツスピークタイ」という話す事に重点を置いたテキストの内容分析をされ、その時に第1課はこういった内容を教え、第2課ではこういった内容を教え、というように、内容の難度がどう上がっていくのかも分析してみせてた。で、私が逃げた先週の講義では、3人の学生がそれぞれのテキストを分析した時も、やはり同じように第1課ではこういう内容、第2課では。。。と、授業進度の目安や教える内容の順番が適切かどうかを分析したらしい(一昨日、図書館で会ったノックが教えてくれた)でもプンさんは、どうして第1課、第2課と各課で教える内容を説明するのか、多分理解していなかったんだと思う。だから、単に各課の内容を述べれば良いと誤解して、目次を読み上げるだけで終わったのだろう。 プンさんがプレゼンの最初で、テキストの「はじめに」を読み上げた時には、先生が何度か「自分の言葉で言いなさい」「自分の考えを発表しなさい。」と注意したのだけれど、彼女は「はじめに」を読みつづけ、次に、目次を読み始めた時には先生、諦めたように黙ってしまい、クラスメート達からも失笑がもれた。となりに座っていたサンさんが、何かメモした紙を回してきた。何かと思ったら、”What do you think about her?"と書かれていた。お願いだから、聞かないでとメモして返すと、またメモがきて、ノーコメント?と聞かれたので、コメントがありすぎて書けないと返事をしたら、妙に納得された。 プンさんが、テキストの「はじめに」と目次を読むだけのプレゼンを終了して席に戻ると、先生が口を開き、息を吸い込んで吐き出し、という深呼吸を2回されてから、気持ち悪いほどの優しい口調で、プンさんのプレゼンの感想を言い始めた。先生、呆れて言葉が出ないって状態ですね。「あなたの発表が悪いと言ってるんじゃありませんよ。あなたを叱ってる訳でもないです。ただ、もう少し、あなたの言葉で説明して欲しかったですね。」と言った後、先生はプンさんが選んだテキストを、プンさんのためにお手本として、アナライズしてみせてくれた。それが終わった後は、いよいよ私の番。先生が「あなたは、プレゼンしなくても良いんですよ。もちろん、プレゼンするとディーマークですが、例えしなくても構いません。どうしますか?」と聞かれ、一応用意した事だし、やりますと言って、でも前に出るのは勘弁してもらい、自分の席でプレゼン開始。小さい教室だからね。 プンさんのプレゼンの後だったので、やり易かったのは事実。クラスメート達も、身を乗り出して聞いてくれ、発音に詰まると皆で訂正したり、正しい発音を教えてくれ、途中で先生も助け舟を出してくれ、タイ人なら10分で済む内容のプレゼンを、実に30分もかけてしまったが、なんとか無事終了。どっと疲れがこみあげた。。。最後の方は、私が述べたテキストの欠点について、つっこまれたけれど、ああ言えばこう言う屁理屈で返したら、笑いながら及第点をくれた。「内容は貧しかったけれど(!!)ウィクロの仕方やアプローチは正しかったので、あなたが授業内容を理解している事は、判りました。言葉はまだまだ不自由だけど、何とか理解できます。」だって。最初の頃の『お荷物』扱いから、何とか理解できるレベルにまで浮上したのか。感無量だね。 2003年08月24日 16時08分05秒 |
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今週は、大学の学部の方は試験週間。でも、タイ語の書き方のクラスは、試験が無いと以前、先生が言っていたので、多分普通に授業があるんだろうと思って教室に行ったら、日本人生徒しか来なかった。今週は試験期間で、来週は試験休みなのだそうだ。試験休みって一体何?日本の大学って、試験の後に休みがあったっけ?あまりに昔の事過ぎて、よく覚えていない。 30分待っても先生も他の生徒も来ないので、休みなんだと結論づけて、ゆりと一緒にイミグレにリエントリーパーミット取得に行く事にした。先週の段階では、昨日行く予定だったのだが、私は大学院で授業があるから学校に来るけど、ゆりは月曜日は授業が無いので、だったら、2人とも授業のある今日にしよう、という事になったのだ。結局、授業は無かったけどね。休講の連絡は、ちゃんとしてもらいたいな、ホントに。 イミグレには、アソークからタクシーで行った。71バーツだった。9時50分頃に到着したけれど、8月26日からビザの申請代が約4倍に値上がりする為、駆け込み申請が多いようで、人、人、人の波。こんなに混んでいるイミグレは、初めて見たわ。リエントリーの申請窓口にも、人がたくさんいて、窓口には受取まで2時間かかる、との張り紙が。。。通常は、30分から1時間以内で受け取れるのに。もう1枚、気になる張り紙があった。今まで、リエントリーの料金はシングルが5百B、マルチで1千Bだったのが、値上がり後はシングルが2千B,マルチが3千8百Bになると聞いていた。でも、窓口の張り紙によると、シングルは1千Bになるとか。え、2千Bじゃないの? 10時きっちりに申請が終了し、2時間後に受取に来てと紙を渡され、ゆりと時間をどうやって潰そうかと話した。最初はシーロムのロビンソンまで出ようか、と話したけれど、外に出たら、暑くて歩く気がしなくなり、イミグレのまわりをぶらぶらするだけにした。近くに、可愛いくて小さいコーヒーショップがあり、ケーキや菓子パン、クッキーなども売られている。スタバのコーヒーも飽きていたので、この喫茶店に入ってみる事にした。クッキー1袋に菓子パン2個とコーヒーで70B。中にはコンピュータも4台あり、ネットカフェも兼ねているようだ。私たちがコーヒーを飲んでいると、女子大生が1人入ってきて、ホットメールをチェックし始めた。 12時少し前にイミグレに戻ったら、朝よりも更に人が増えていて、すごい事になっていた。リエントリーが取れたかなと受取窓口に並んだら、ちゃんと出来ていて、ほっとした。良かった。それから、大学に戻った。みっちゃんが自習していて、一緒に学食でお昼を食べようと約束していたのだ。無事にリエントリーが取得出来たので、なんだかうれしい。うれしいけど、明日のタイ語教授法のプレゼン、どうしよう。。。 また、逃げようかなあ。なんて甘ったれた事を考えながら、バイトが終わってから、プレゼンの準備。 2003年08月24日 16時06分34秒 |
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朝、がんばって起きて、8時半前に大学の学食で朝食を取った。それから図書館の入り口前のテーブルで、テキストを読む。中に入らなかったのは、エアコンの効き過ぎで寒いから。9時半ちょっと前に教室へ。今日の授業は、楽しかった。2時間半だけど2時間で終わったし(これが一番うれしい)でも、講義の最後にミッドタームテストが返された。96%のAだ。隣りの席のニンは90%で、心理言語学よりもポイントが高かったので「良かったね、今回はAじゃない!」と言うと、うれしそうに笑っていた。彼女はとても聡明で頭の良い女性なのだが、英語で自分の考えを表現するのが不得手なだけ。もしタイ語で試験を受けたら、結果はかなり違ったものになるだろうな、と思った。 お昼はクラスメート達と、運河を渡ったところにあるマーケットでぶっかけ飯を食べた。タイ人達にはおいしいようだが、私には学食のタイ飯の方がおいしいと思うのだが。その後、図書館に移動して自習。タイ語教授法でプレゼンしなきゃいけないのだが、その資料を図書館の5階でやっと見つけた。先週、図書館司書の女性にコンピュータで探してもらった時は、無いとの検索結果が出たのだが、信じられずに探したらあった。やっぱ、タイだなあと思った。図書館で本を借りるのは今日が初めて。貸し出しカードとか作る必要があるんだろうか、なんて思いながら貸し出しカウンターで聞いたら、学生証を見せるだけで良いとの事。2冊借りたが、ずしりと重い。今晩と明日でこの2冊の内容をアナライズし、プレゼン用の原稿を作らないといけない。心理言語学の方のテキストも読まなきゃいけないし、本当に時間がいくらあっても足りない感じだ。。。 2003年08月22日 17時15分54秒 |
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図書館で勉強しようと家を出たら、雨が降っていた!最近は雨期らしく、雨が多いのだ。小雨だから、行けない事もなかったが、大雨になっては帰りが大変なので、フジスーパーでキュウリとセロリと人参を買って、家に戻った。この野菜で即席のピクルスを作るのだ。野菜が不足しがちだからね。 キュウリと人参を細切りにし、塩で揉んで30分ほど置き、水気を抜いてからセロリと合わせ、オリーブオイルとりんご酢(ワインビネガーでも良い)と荒く刻んだニンニクを混ぜたドレッシングに一晩漬けとくだけ。塩コショウして味を調えるのだが、1日に数回野菜をかき混ぜて、全体にドレッシングを馴染ませる。1日から2日ほど漬けとくだけで出来るのだが、結構うまい。タイの大ぶりのキュウリを使う時は、真中の種は取り除き、しっかり水気を抜くのがコツだ。人参も塩で揉んでしんなりするまで水気を抜いておくと、ドレッシングが染み込むのが早い。作り置きしないで、2日以内に食べきるのが良い。 これは、ワインのおつまみにもなる。分量は全部適当。オリーブオイルのほかに、香り付けにごま油を少々入れ、醤油もほんの少しだけ入れると、イタリアンチックなピクルスが、ちょっと和風な味わいになる。今度、醤油で溶いたわさびも少々、入れてみよう。で、まぐろや白身魚の刺身を薄切りにして、食べる直前にピクルスに和えたら、和風カルパッチョのピクルス添えになる。これにキリッと冷やした辛口のシャブリを合わせたら、もう極楽だね。 ピクルスを漬けたあと、来週の水曜日のタイ語教授法の宿題に着手した。外国人向けに各種出回っているタイ語の学習本を各生徒が1冊づつ選び、その内容をアナライズして発表するのだ。良い教科書もあれば、あまり良いとは思えない教科書もあるし、読み書き文法に重点を置いた教科書もあれば、聞く・話すに重点を置いた教科書もある。自分が選んだ教科書が、外国人にとってどんなものか、どのような教え方で薦められていくかをアナライズするだけなので、それほど難しくは無いのだが、最大の問題はそれをタイ語でまとめ、タイ語で発表するって事。うーん。。。タイ語、煮詰まってます。 2003年08月22日 17時14分58秒 |
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今日は、ニタヤ先生の誕生会。会場はトシの家だ。4時でバイトを早退させてもらい、大学に先生を迎えに行った。オフィスに上がると、先生が満面の笑みで迎えてくれた。そうだよなあ、私だって生徒が自分の為に誕生会を開いてくれたら、うれしいよ。 先生、運転は苦手だと言っていたけど、言って悪いが本当に下手だった。直進は出来るのだが、曲がったり車線変更が出来ない。助手席に座り、あ、あのビル知ってますか?と話し掛けても、先生は前方をしっかりと見据えたまま、わき目もふらずにハンドルを握っている。うーん、怖いなあ。トシのコンドミニアムの近くまで来て、電話を入れて、入り口まで迎えに来てもらった。先生は、駐車場が上にあっても、運転が下手だから、出来れば一階の入り口近くに車を止めたいと言っていたが、ビジター用の駐車スペースは一杯で、半地下の駐車場に止める事になったのだが、下に行けない(!!)と言い出し、トシが運転を代わって車を駐車させた。うーん、先生。帰りは大丈夫なの?すぐに、ケミーも到着した。トシの部屋番号を知らなかったようで、コンドミニアムの入り口で警備員に止められていたのを、ロビーから呼び入れた。警備が良いのは良い事だけど、うっとうしい。 今日の料理は全て、サツキさんの手作り。お皿も、紙皿じゃなくて、ちゃんとしたお皿だ。瀬戸物のお皿でご飯を食べるのは、久しぶりだわ。だって、学食はプラスチックのお皿だし、うちにあるのもプラスチックのお皿。引っ越しばかりしてたから、5年前にお皿は全てプラスチックに代えちゃったのだ。それはともかく、トシとサツキさんの家のインテリアは、全てアジアンテイストにまとめられ、サツキさんは趣味が良いなあと思っていたら、なんとインテリアは全てトシのアイディアなのだとか。すごいよ、トシ。センスがとっても良くて、びっくりしちゃった。チェンマイで買ったという銀細工の山岳民族風のネックレスも、それとマッチした二重の木の額縁に入れられ、壁に飾ってあったが、それもトシのテイストだという。うーん、やるな、おぬし。サツキさんが、ネックレスは150バーツだったのに、額縁が2千バーツもしたのよ、と笑っていた。 少し遅れて、みっちゃんが到着。みっちゃんはケーキを買う係りだったのに、1時からの面接が4時間15分もかかったそうで(試験もあったらしいけど、長すぎだよね)ケーキを買う暇もなく、急いで駆けつけたようだ。続いて、あきちゃんも到着。全部で7人だけど、全員が先生とタイ語でおしゃべりするのに、ちょうど良い人数だ。先生も、居心地良さそうにしてくれたし、良かった良かった。料理は、めっちゃおいしかった。特に肉じゃが。うーん、何年ぶりだろう。トマトとモッツァレラチーズのカナッペも、シラスと大根のサラダも、ピータンと木耳と鶏肉の煮物も、キムチ煮込みうどんも、全部おいしかった。こういった家庭料理が、とてもうれしい。普段は日本食を食べなくても、全然平気なんだけど。 8時になって、先生が帰りの車の運転が心配だから、そろそろ帰ると言い出した。ケミーも先に帰るといので、途中まで先生の車に乗せて貰う事になった。可哀想なケミー。。。怖いんだよ、ニタヤ先生の運転は。 私とみっちゃんとあきちゃんは、11時半頃までトシの家でまったりと寛いでおしゃべりしていた。サツキさん、疲れただろうなあ。 2003年08月22日 17時13分29秒 |
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本当は授業は無いのだが、月曜日の社会言語学が今日に変更になった為、大学に行った。学食で朝ご飯を食べ、のんびりとテキストを読み返して講義に備える。今日は試験結果が判るかと思ったけれど、先生曰く、まだ採点が終わっていないとか。テイクホームテストだったから、採点が大変なんだろう。 バイトに行く前に、ニタヤ先生のオフィスに、明日のパーティーに来られるかどうか、聞きに行った。最初は、まだパヌポン先生とのアポが確定していないと言われた。ところで、明日は誰の誕生日会なの、と聞かれたから、先生のですよと答えたら、すごく驚いた顔をして、だったらパヌポン先生を断わってでも、行くわねと言って下さった。でも、トシの家の行き方が判らないというので、私が明日、バイトを早退して先生を大学まで迎えに来る事になった。うふふ、楽しみだわ。 2003年08月22日 17時12分31秒 |
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朝は、タイ語スピーチ法の授業。昨晩は、自分のタイ語が上達するどころか、下がってきたように感じて、腹が立ったりウダウダ考え過ぎてよく眠れず、目覚ましのベルで目は覚めたものの、学校にすっごく行きたくなくて行きたくなくて行きたくなくて、登校拒否寸前だったけど、気力を振り絞って大学に行く。 教室に着くと、相変わらずタイ人学生は来ていない。先生が来る前に来たタイ人は、2人だけ。後は全員、外国人学生。それでも、9時半にはかなりの数の学生が来た。おしゃべりで五月蝿くなったから、学生達が来たんだなと判るのだ。本当に五月の蝿とはよく言ったものだ。先生は、タイ人学生のうるさいおしゃべりに、不快そうな顔はするが、注意しない。10時20分終了の授業なのに、今日も10時を過ぎても学生達が教室に入ってくる。先週は、10時15分に教室に入ってきた学生がいた。5分でも出席扱いになるなんて、どうなってんだろうね、この学部は。 先生も、私たち外国人にタイ人学生の愚痴をこぼしたりしないで、直接学生本人達に言えば良いじゃん。どうして「そこの学生達、おしゃべりしたいなら、廊下に出てしなさい。」と注意できないんだろう。どうして「9時を過ぎたら、教室に入って来る事は認めません。」とか「10時15分に教室に入っても、欠席扱いですよ。」と言えないんだろう。私たちに「先生が学生の頃は、教師を敬い、真剣に授業を聞いたものだ。最近のタイの若者は、なってない。」なんてこぼさないでさ。先生が直接注意しないから、この講義は出席に厳しくない、と舐めらるんだって、気が付かないのかなあ。自分が学生の頃は真剣に講義を聴いたものだ、だから今の学生達にも、自主的に態度を改めてもらいたい、と本気で願っているなら、甘いと思う。それに、学生の態度だけじゃなく、教師の態度というものもあるはずだ。五月蝿いおしゃべりを放置し、残り時間5分、10分しか授業に出ない生徒を出席扱いにしていたのでは、真面目に勉強しようとする他の学生達の意欲を削ぐって事に、気が付かないんだろうか? まあ、おしゃべりは五月蝿いけど、今日は先生の講義の内容は良く理解できた。質問にも答えられたし。もしかして、昨日ぐだぐだと考え過ぎて、脳みそが沸騰しちゃって刺激されたのかしら? 授業の後、ゆりがイミグレに学生ビザの更新に行くというので、私も一緒に行く事にした。私のビザは来年3月まであるけれど、リエントリーパーミットを取っておきたいのだ。だって、26日から値上がりしちゃうからね。今まで、シングルは5百バーツ、マルチは1千バーツだったのに、今月の26日からは、シングルが2千バーツ、マルチが3千8百バーツに値上がりするのだ。そりゃあね、海外旅行は再来年までしないと決心したけど、何が起きるか判らないからね。とりあえず、転ばぬ先の杖って事で。でも、ゆりが国際課に書類を取りに行ったら、教職員が全員出払っていて、書類を受け取れず、今日は行けなくなってしまった。来週の月曜日に行く事にして、学食でランチ。それから、教育学部での講義に向った。 教室には、タイ人学生3人のうち、2人が先に来ていた。院は学部と違って極端に生徒の数が少ないから、ある意味アットホームな雰囲気だ。先に来ていた2人は、僧侶のプラ・アディットと高校教師のチャ。この講義は「タイの中高等学校における英語教授法」なので、チャは英語の先生なのかな?今日、初めてチャの英語を聞いたけれど、とても綺麗な発音だった。今日は珍しく、プラ・アディットが私とケミーに英語で話し掛けてきたのだが、普段英語を話さないので、なかなか単語が出てこない。で、プラ・アディットの言いたい事を察してチャが英単語を言い、それを使ってプラ・アディットが簡単な英語を話すって感じ。で、私たちはタイ語を話したいので、彼が英語で話し、ケミーと私がタイ語で答えるというバイリンガルな会話となった。ケミーは、女性は僧侶に触れちゃいけないとか、丁寧な言葉を使わないといけない、といった僧侶への礼儀を誰からも教わっていないようで、プラ・アディットに向って「ギンカウルーヤン」と聞いたりするので、ちょっとドキドキした。でも、プラ・アディット自身は英語を考えるのに忙しく、気にしなかったようでホッとした。英語の練習をしたいから、交換授業をして欲しいとも頼まれた。僧侶から頼まれたら、断われないでしょう。不可侵な方々ですから。丁寧に名刺までもらう。え、お坊さんが名刺?? 少し遅れて、先生が入ってきた。今日の授業は、いつもより判り易かった。先生のタイ語に耳が慣れてきたのかしら。 2003年08月22日 17時11分30秒 |
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午前中の心理言語学の後、午後は12時半から3時半までタイ語教授法があるのだが、タイ語を聞くのが嫌で、二コールに言って、午後から彼女が言語学専攻の院生達用に開いている英語補習クラスに、出席させてもらう事にした。タイ語教授法の先生には、今日は1時から言語心理学の補講(本当は英語補習クラスなんだけど)があるので、今日は講義に出席出来ませんと伝えたら、宿題から逃げたのねって顔をされてしまった。ずばり、大当たり。宿題、全然手を付けていなかったのだ。最近、言語学の方の宿題が多過ぎて、とてもタイ語科にまで手が回らなくなってきたのだ。ごめんなさい。来週には、絶対に宿題を提出します。 英語補習クラスは、予想通りに簡単だった。授業の後、教室でダラダラしている時に「タイ語はもう嫌!とちょっとヒステリックになってしまった。ニンが「タイ語の何が嫌になったの、私に出来る事があれば手伝うから、何でも言って。」となだめてくれた、けど。「タイ語がちっとも上達しないし、理解出来ないし、訳わかんないの。マイカウチャイルーイ!もう、タイ語は勉強したくない。」と、今までの不安と不満が一挙に爆発してしまった。タイ語を勉強する為にこの大学に来たのに、英語に逃げてしまった自分。タイ語は毎日、少しでも勉強を積み重ねないといけないのに、ここ3週間は英語漬けの毎日。次の講義までに読んでおかなければならないテキスト量が、半端じゃなく多い。ニコール曰く「あなたがたは英語のネイティブじゃないから、テキストの量をかなり控えているのよ、アメリカで勉強する場合は、教授たちは容赦しないから、こんなもんじゃないわよ。」と。確かにそうだと思う。日本でも大学院で講義の予習に読み込んでおかなければならない書籍量は、相当なものだと聞いている。でも、それを自分の母国語で読むのと、第2外国語で読むのとでは、読みこなすのにかかる時間が違う。予習分のテキストが日本語で読めるなら、もっと簡単だよなあなんて思うけど、これがタイ語だったら、英語の30倍くらいの時間がかかるだろうし。。。 図書館に篭って、英英辞書と心理学用語辞典を引きながら、予習に明け暮れる毎日。それだけで1週間が潰れるので、とてもタイ語にまで手が回らない。それがフラストレーションになる。私はタイ語を勉強しに来たのよ、キー!って感じかな。なのに、ここでの「タイ語」は所謂専門の学問としてのタイ語で、日常に役立つタイ語ではない。このままだと、自分が何をしたいのか、目標がぶれておかしくなりそうだ。 「タイ語、判らない事があれば、何でも聞いてね、諦めないで、チュアイするから。」と必死に私をなだめるニンとガイを「もういいの、ちょっと1人で考えたいから。」と振り切って、図書館に行く。彼女達の善意は心からだと感じたけれど、自分でも何をどうしたいのか、考えがまとまらないのだ。図書館のいつもの自習机で、とりあえず社会言語学のテキストを開いた。ヒステリーを起こそうが、タイ語学習に躓こうが、時間は止まっちゃくれない。でも、英語のテキストを読んでいるうちに、また腹が立ってきた。なんで英語なのよ?!自分で選んだくせに、こうなると八つ当たりだね。1人でカッカしていると、ノットとチョークが本を借りに来たようで、声を掛けてきた。 「タイ語がマイカウチャイって、どういう事?ちゃんと私たちと会話してるじゃん。」とノット。「でも、言いたい事の半分も言えないの。聞けるけど、書けないし、話せないの。それに、ソシオ(社会言語学)とサイコ(心理言語学)の予習に追われて、タイ語の勉強が全然出来てないのよ。それに、ブリンヤトリーで勉強しているタイ語の内容と、今の自分のレベルが合ってないから、授業はさっぱり判んないし、ああ、もう全てが嫌だわ!」と言うと、疲れているんだね、と言われた。そうかも知れない。チョークが「ジャイイェンイェン、リラックスしないと駄目だよ。息抜きしなよ。」と言う。「俺達だって、英語での授業が大変だから、気持ちは判るよ。タイ語が出来ないとかじゃなくて、今は疲れてるだけだよ。」と慰められた。自己嫌悪に陥っている時は、がんばってと励まされるより、疲れてるんだから息抜きしなよって言われた方が、随分と気が楽になるんだね。その後、15分ほどノットとチョークと馬鹿話をして気を紛らせ、これ以上勉強しないで、今日はもう家に帰る事にした。 2003年08月22日 17時10分10秒 |
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せっかくの祝日だけど、バイト。働かなくちゃね。でも、今日もガラガラ、開店休業状態。
2003年08月22日 17時09分25秒 |
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お盆が近くて日本人はほとんど一時帰国しちゃったせいか、バイト先はお客が来なくてガラガラ。いつもの4分の1の入りだった。まあ、暇で良いんだけどね。
2003年08月22日 17時09分00秒 |
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本当は授業の無い日なんだけど、水曜日にニコールが体調を崩して休講になった為、その代講の日。この日、講義の最後にミッドタームテストが返却された。きゃああ〜〜っドキドキ!大学を卒業して以来、久しぶりに試験なんてものを受けたけど、結果は99ポイントのA+だった。やったね。すっごいプレッシャーを感じながら受けたテストだったので、素直にすごくうれしい。 今日はもう、何もしないでこのまま寝たいけど、バイトがある。少しでも働かないと、更にお金は減っていくからね。バイトが終わった後、試験をがんばった自分へのご褒美に、ドイツのピノノワールを買った。ブラックタワーという名前の赤ワインだ。スイスにいた頃は、ちっとも珍しくなかったピノだけど、タイで売られている赤はメローやシラー、カベルネが多いから、ちょっと珍しいかな?優しくてフルーティな味が大好きな、お気に入りの一本。これに、チェダーチーズとゴーダチーズ、ペッパーハムも買った。ささやかなご馳走だ。お祝いしたって、良いよね。 2003年08月22日 17時07分52秒 |
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特に可も無く不可も無くって日かな。午前中はタイ語スピーチのクラスだが、タイ人生徒達は、相変わらず遅刻アンドおしゃべり。まったく、何しに学校に来てるんだか。。。
2003年08月22日 17時03分37秒 |
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朝8時過ぎ、サンさんから電話が入った。ニコールの言語心理学の授業に出てみたいけど、教室はどこ?という。教室番号を教え、でも、二コールの授業は8時半じゃなくて9時半からだと言ったら、ええ〜!と驚いていた。うんうん、判るよ。午前中の授業は大抵、8時半からスタートだもんね。 教室に着いたら、サンさんとヌンがおしゃべりしていた。私もおしゃべりに加わったところで、サムが"I have someting to tell you!"と言いながら、教室に入ってきた。どうしたの、とヌンが聞くと、今日は休講になったという。ニコールが体調を崩したそうだ。サンさんが、え〜、せっかく来たのに、と残念そう。今日の授業の代講は金曜日の9時半から。でも、サンさんは8時半から別の授業があるから、出られない。お昼からはサンさんと一緒のタイ語教授法だ。それまで時間があるので、図書館に移動しておしゃべりする事にした。 彼女と色々と話していて、モーソーウォーの学生への連絡の悪さは、外国人学生に対してだけじゃなくて、タイ人学生に対しても同様に対応が悪いという事が判明。彼女曰く、大学側の対応は酷すぎる、内容がコロコロ変わるし、連絡体系も不備。ちょっと酷すぎるわよ、とこぼすので、外国人学生窓口の国際課も対応は酷いものだと教えてあげた。担当者の先生、とにかく仕事が出来なさ過ぎ。あんなにスタッフがいて、何やってんだろうね。モーソーウォーはチュラに比べたら、外国人の数はまだ少ないのに。 2003年08月22日 17時02分04秒 |
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今日は午前中、国語の書き方の授業。でも、なんだか疲れていたので頭がボーっとしてしまい、みっちゃんに電話して、授業はサボるけど10時半までには図書館に行く、プリントが配られたらコピーさせて、とお願いしておく。10時50分頃、授業を終えたみっちゃんが図書館に来て、プリントのコーピーをくれた。今日は先生も遅れてきた上に、生徒もほとんど来なかったので、授業らしい授業にはならなかったとか。 あきちゃんが、夕べから嘔吐と下痢が止まらず、バムルンラート病院に入院したというので、学食でランチを取った後、お見舞いに行ってきた。本当は今日の夕方、退院予定だったのが、下痢が止まらないので、もう1日入院する事になったようだ。食中毒。チーズと卵たっぷりのお菓子、買ってすぐに食べないといけないのに、1日置いて、しかも冷蔵庫に保管しなかったので、中ってしまったらしく、自業自得だ〜とベッドの上で自嘲気味に笑っていた。お腹はもう痛くないけれど、おしっこをすると、いきんでないのに水様便も一緒に出てきてしまうほど、緩々の状態らしい。うーん、可哀想に。上からも下からも水芸ね、とみっちゃんと2人で爆笑。命に別状無いから、つい笑い話に話題がいってしまう。ごめんね。ただ、体内の水分がかなり失われているので、点滴はずっと続けられているとか。明日の夕方、無事に退院できると良いね。バムルンの病室は、プララーム9病院の病室よりも広くて豪華だった。 2003年08月12日 14時19分18秒 |
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ちょっと寝坊して、10時に起きた。コーヒーを煎れている間にシャワーを浴び、着替えをしてから大学の図書館に直行。夕べ完成させた答案をプリントアウトして外に出たら、もう11時ちょっと過ぎだった。やったね、まだ正午には時間がある。図書館を出たところですぐ、ガイに会った。いつもプリントアウトをするコンピュータラボのプリンターが壊れていて、うまく印刷できないと焦っているので、図書館のプリンターが使える事を教えてあげた。今日は何時までにニコールに提出しなきゃいけないかと提出期限を聞かれたので、正午までに提出しなければ受取拒否だと言うと、時計を見て「あと40分しかない、じゃあねー!」と図書館に駆け込んでいった。人文学部の3階の二コールのオフィスに着いたのは、11時半ちょうど。答案用紙を提出して、私は何番目?と聞いたら、なんと最初の提出者だという。先生も11時半になるまで誰も現れないから、ちょっと不安になっていたようだ。良かった良かった。 答案を提出してほっと一息、学食で遅い朝食兼早い昼食を食べていると、ニンがやってきた。彼女も答案を提出したばかりで、ニコールから最初の提出者が私で、彼女は2番目だと聞かされたらしい。彼女とおしゃべりしていて「え?」とびっくりした事があった。なんと彼女、大学の敷地に入ってからの私の行動を、全て知っていたのだ。「朝、図書館でプリントアウトしてたでしょう?それから外でガイと立ち話をして、それから人文学部の建物に入って、二コールのオフィスに行き、答案を提出してからまっすぐこの学食に来たでしょう?」と言われたのだ。図書館の中では、彼女を見かけなかったし、もし彼女が図書館内にいたとしたら、外でガイと立ち話をしていたのを見られる訳がないし、人文学部の建物からまっすぐ学食に来た事も、知る由も無いはず。彼女は一体、どこで私を見ていたんだろう???彼女に聞こうと思ったら、ヌンとサムがやってきて、私たちのテーブルにジョインしたので、聞きそびれてしまった。見られてまずい事をした訳じゃないから、別に良いんだけどさ。 今日はパーマをかけたかったので、食事が終わってすぐにクラスメート達にバイバイを言って、大学の裏にあるバイト先の支店に向った。学部では制服を着用する為、ストレートに戻したのだけれど、元々がクセ毛なので、ブローでもしない限り、真っ直ぐにはならない。でも、ドライヤーを使う時間がもったいないし、ストレートだと髪をアップにしても、きれいにまとまらない。それで、またソバージュに戻す事にしたのだ。洗いっぱなしで済むし、アップも綺麗に出来るから。制服の時はアップにすれば、パーマをかけたのはあまり判らないはず。なんだか、不良学生みたいだけどね。院は私服なのでどんな髪型でもOKだけど。 バイト先の支店には、私の大好きな美容師がいる。とても腕が良く、彼女がこの支店に移ってから、評判を聞いて客が増えたほど。料金は、スタッフ割引で50バーツ。プラス、パーマ液は自分で買わなければいけない。ロレアルの液は髪に合わないので、ウェラのパーマ液をフジスーパーで買って、持ち込もうと思っていたけれど、時間がなくて支店で購入する事にした。支店で買うと仕入れ値だから、スーパーで買うより安く済み、50バーツ+パーマ液で合計185バーツなり。普通は、シャンプーブローの助手がロット巻きをするんだけれど、今日は美容師の彼女が1人で全部巻いてくれた。巻き方もちゃんとしなければ、仕上がりに影響する。へナをするとパーマが取れるから、できるだけ強くパーマをかけてとお願いしたら、望んだ通りのかかり具合になり、しかも仕上げのセットの時に、パーマはこうやって整えると長持ちするのよ、と縦巻きロール風にセットしてくれて、髪だけ豪華なお姫様風になった。本当にうまい。バイトを始める前、客として通っていた頃は、カットで50バーツ、パーマで100バーツのチップを渡していたので、彼女に100バーツを渡そうとしたけれど、スタッフ同士だからと、彼女は受け取らなかった。彼女、パーマをかけたいというお客さんに、髪が痛むから今回はカットだけでと勧めたり、ハイライトを筋状に髪全体に入れたいと希望するお客さんには、部分的に入れるだけで充分とアドバイスしたり、お客さんの言うとおりにすれば、自分の収入も増えるのに(歩合制だから)あくまで客の髪質を重視してアドバイスする。多分、そんな彼女の性格が気に入られ、お客が新しい客を紹介し、増えていったようだ。大好きな美容師なので、あまり忙しくなられると、私は待ち時間が増えて困るんだけどね。 2003年08月12日 14時17分40秒 |
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朝、9時過ぎに大学の図書館へ、試験勉強に行った。大学の図書館は、祝日じゃない限り、土日も開いているのだ。開館時間は平日より少し短いけどね。驚いた事に、学食が3店ほど営業しており、数人が食事をしていた。日曜日に大学に来たのは初めてだけど、まさか日曜日にも開いてる学食ブースがあるとは思わなかった。ラッキー!構内の売店は、さすがに閉まっていた。 図書館でまずは、1階のコンピュータラボのコーナーで、係りのおじちゃんにディスクを渡し、プリントアウトをお願いする。1枚2バーツはリーズナブル。芸術学部かどっかのコンピュータ室では、プリントアウトは1枚1バーツだが、日本語はプリントアウト出来ないのだ。 計8枚をプリントアウトし、16バーツを払って、2階の自習コーナーへ。5階までの各階に自習できる机が用意されているが、私はいつも2階で勉強する。2階には心理学専門の辞書や、オックスフォードの英英辞典が揃っているから、便利なのだ。プリントアウトした資料をもとにお勉強。今日はとっても捗って、5時にはほぼ答案用紙の原案が出来上がった。後は、家に帰ってコンピュータに打ち込むだけだ。5時半過ぎに図書館を出て、のんびり歩きながら帰宅。夜はベジタリアンのイタリアンを食べに行く予定なので、手早くシャワーを浴び、テレビをつけたら、武蔵をやっていた。主演の新之助を「おーいお茶」のコマーシャルで見て、格好良いなあと好きになったので、最初の頃は毎週欠かさず見ていたのだが、過去に大河に出演した歌舞伎役者達と違い、彼って演技が下手なんじゃないだろうか、と思えるほどつまらなくて、あまり見なくなってしまった。だって、最初の頃は目をぎろりと見開くだけで、なんだか力み過ぎでイマイチ。。。主演なのに彼がほとんど出て来ない回も何度かあり、悪いけどそっちの方が面白かったり。内容が原作とかけ離れ過ぎとも思うけど、吉川・武蔵ではなく鎌田・武蔵だと思えば、逆に新釈武蔵として楽しめるけれど、主演がイマイチなのはねえ。 7時にBTS駅で待ち合わせた友人は、3色アイスのような涼しげで素敵なブラウスを着ていた。ストロベリーアイスとチョコアイスとオレンジシャーベットの色が縞々になった色合いで、アイスクリームが食べたくなるかわいい柄だ。レストランは、ソイ22のベジタリアンのイタリアン、ゴヴィンダ。ここは、雑誌で紹介されていて見つけた。ベジタリアンだから、ハムもチキンも大豆製品を代用しているはずなんだけど、おいしいのだ。ベジタリアンだと知って食べるから、おいしいのかな?昔、知り合いの日本人男性が、タイ人スタッフにあるレストランに連れていかれたのだが、味が変で楽しめなかったというので、店名を聞いたらベジタリアンレストラン。彼は、ベジタリアンだと知らなかったから、お肉の味が変だ変だと思っていたそうで、べジの肉と知ってやっと合点がいったらしかった。 10時過ぎに帰宅して、社会言語学の答案作成にとりかかった。原案は出来ているので、後はそれを更に内容をふくらませながら、ワードに打ち込んでいく。どんどん捗って、2時にはなんとか納得のいくものが仕上がった。後は明日の朝、図書館でプリントアウトし、正午までに二コールのオフィスに提出すれば良い。今晩はぐっすりと眠れそうだわ。 2003年08月12日 14時16分58秒 |
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バイトで疲れる。本当に土曜日は、バイトが終わると何もしたくない程に疲れる。でも、ミッドタームテストの答案用紙作成がある。夜も、ネットで資料を集め、フロッピに保存。明日、図書館に行ってプリントアウトし、答案作成に役立てるつもりだ。
2003年08月12日 14時16分21秒 |
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今日は授業の無い日だ。社会言語学の試験勉強をしに、図書館に行くつもりだったが、家でコーヒー飲んでのんびりしてから、まずは階下に家賃を払いに行く。電気代、電話料金、メイドさんへのお給料で家賃以外の諸経費が約3千バーツ。水道料金は、オーナーさんのご好意で、無職の学生の私は無料。どうせなら、電気代を無料にして欲しかったけれど、それは無理よね、やっぱ。一番高いし。 今年も既に後半に差し掛かったので、無職になった去年の12月から先月末まで、いくら使ったのか、銀行残高をチェックしてみると。。。合計31万2千バーツも引き出していた。しかも、1月末からバイトでお小遣い程度(最初の頃は1万5千、今はバイト時間が減って9千から1万バーツ)を稼いでいるから、実際に使った金額は40万になる。げ、使い過ぎだよ>自分!!ここらで心を入れ替えて、定職が無い=無職としての自覚を強く持たなければ、お金なんて湯水の如くに消えていく。まずは、最大の出費である海外旅行を止めよう。いや、年に1度に減らそう。今年は3回行ったから、来年分も行ったと考えて、次の海外旅行は再来年までお預けだ。あと出費を抑えるとしたら、毎晩グラス一杯飲む赤ワインと、アロマセラピーか。うーん、たかが知れてる。別に贅沢している訳じゃないじゃん。日々の生活が質素なのに出費が嵩むのは、やっぱ旅行だね。特に年末年始のインド旅行は、日本の旅行代理店に手配をお願いしたので、一番お金がかかったし。今後は、無職であるという事は、お金が出ていく一方で、入ってくる事は無いのだという事を、しっかりと肝に銘じておかねば。 色々と今後の生活費を計算していたら、バイトに行く時間になってしまった。やばい、図書館に行けなかったよ。明日は丸一日、バイトで潰れるから、今日は少しでも試験勉強しなきゃいけない。社会心理学のミッドターム(中間試験)は、テイクホームテスト、つまり試験用紙を渡され、それを期限までに提出しなければならないのだ。先生の二コールが大学院で勉強していた頃も、試験のほとんどがこのテイクホーム形式だったとか。これ、楽なようで実は厳しい。だって、教室で受けるテスト以上に、完成度の高い答案提出を求められるから。おととい受けた心理言語学の試験のように、教室で試験用紙を配られ、時間内に回答する形式の場合は、結果が悪くても言い訳出来るけれど(緊張して忘れたとか)テイクホームの場合、言い訳は利かないから、かなりプレッシャーが高い。 しかも、試験問題の数は、心理言語学よりも多いのだ。回答するには、授業のノートやテキストを見るだけじゃ足りないので、バイトから戻ってご飯を食べ、おしんを見終わってから、インターネットで社会言語学で検索し、日本語で情報を仕入れる。英語より日本語の方が早く深く理解できるから。こうして集めた情報をワード文書にコピペし、保存しておく。日曜日にでも、図書館でこれをプリントアウトし、回答作成のヘルプとして活用するつもり。試験の提出期限は月曜日の正午。あああ。。。 2003年08月12日 14時15分14秒 |
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朝、教室に行く前に人文学部前の売店でチョコレートシェイクを買いに寄ると、ゆりにばったり。彼女、私の顔を見るなり、顔色が悪いね、大丈夫?と言う。試験勉強で寝不足が続いたからかな?でも、元気なんだけどね。 10時半にタイ語スピーチの授業が終わってから、ゆりとあきちゃんと3人で、水上バスでトンローの日本食レストランにランチを食べに行った。レストランはペッブリ寄りにあるので、BTSでスクムビットから行くより、水上バスで運河から行く方が早いのだ。水上バスがすぐ来たので、バス+徒歩でわずか10分で着いてしまった。 以前は11時開店だったのが、11時半開店に変更になっており、中に入れてもらえなかったので、40分ほどレストラン前の噴水でおしゃべり。話題はタイ語学習について。私たちの悩みは共通だ。タイ語集中コースで1月から5月まで5ヶ月間勉強してすぐ、学部の授業をタイ人生徒達と一緒に勉強する事になったのだが、5ヶ月じゃ明らかに足りなかった。 例えば今の私のタイ語の書く能力は、ブリンヤトリーどころか、マタヨンにも覚束ないレベル。辞書が無ければ、スペルミスが怖くて短い文章さえままならず、多分、文法理解度も合わせれば、ポー3かポー4レベルだろう。読む方は、とりあえず一通り文字とレギュラー・イレギュラーな発音を習ったので、大学構内に貼られる各種お知らせや、タイラットの3面記事程度なら、ゆっくり時間をかけたら読める。スラスラとはいかないのが、情けない。 発音は、まずトータオのTが発音できない。「しかし」という意味の「テー」は、よく使う言葉だが、いつも先生から訂正される。また、ロールアのRとローリンのLや、語尾のNとNGが区別できない。つまり、RIANとLIAN、MUANとMUANGの聞き分けが出来ない上に、発音が情けないほどに酷すぎるのだ。話す事は、言いたい事を何とか相手に伝えられるレベルで、語彙が決定的に不足している。 ゆりはポー6を取得していて、私たちの中では、一番タイ語ができる。そのゆりでさえ、知らない単語だらけだと、授業中は何度も辞書を引いている。私も、タイ人と一緒に9年働いてきたが、彼等がフアコ−とかウィクロと云った単語を使っているのを聞いた事が無い。大学の講義で使われるタイ語は、日常生活とは全くかけ離れた、ある意味で浮世離れの言葉かも知れない。 聴解力だけは、大学院の方の講義のお陰で、少しずつ上がっている。学部と院とでは、講義中の集中力と緊張の度合いが全然違うからだ。 自分のタイ語レベルの低さを嘆いていると、あきちゃんもゆりも「同じだよー!」と言う。初めて知ったのだが、ゆりは大学近くの語学学校にも通っているらしい。60才くらいの先生に個人授業を受けているそうで、教え方が非常にうまくて、ゆりのニーズにぴったりはまった事を教えてくれるとか。あきちゃんも、来年春の帰国まで大学には通うけれど、自分の今のレベルにあった語学学校も探してて、帰国までにタイ語をブラッシュアップしたい、と言っていた。みんな考える事は一緒なんだね。私はユニティかトンロー語学学校に通おうかなって思っていたんだ。 6月初旬からスタートした学部での国語(タイ語)授業。約2ヶ月経って悟った事は、学部は外国人がタイ語を勉強する場ではない、という事だった。こんな簡単な事が判るまでに、2ヶ月もかかったなんて。。。外国人が習うタイ語と、タイ人が習う国語は違う。この2つが同じになるのは、外国人がタイ人並の国語能力がある場合か、もしくは外国人がタイ語を専門課程として専攻する場合なんだよね。 この2ヶ月、学部で習った講義内容は、はっきり言って自分の糧とはならなかった。国語スピーチの授業は、タイ語の理解力を別にすれば、講義内容自体は母校の教養課程レベルで、いまさら学ぶ内容ではない。今は専ら、講義で使われる単語習得の時間となっている。国語の書き方の授業では、修辞法や韻律、散文や詩の書き方を教わっているのだが、ポー3,4レベルの私に修辞法を説かれても。。。 大学院での講義が無ければ、時間の無駄と後悔するところだった。はっきり言って、学んでいると自覚できるのは、大学院での講義だけ。 うだうだとタイ語学習について悩みを打ち明けあっているうちに、日本食レストランの開店時間となった。今日のランチは、サカナフライ定食を選んだ。前回はとんかつ定食だったが、ここのフライは衣がさくっと軽く、とても美味いのだ。MBKの日本食で食べたとんかつとは大違い。満足、満足。ランチの後はまたボートで大学に戻る。午後は、英語教授法の講義があるのだ。図書館でケミーと落ち合い、教育学部へ。が、講義が始まる時間になっても、クラスメートの3人が来ない。どうしたんだろう、と先生のオフィスに行くと、彼等は別の先生に引率されて、中学校での英語の授業を見学に行ったという。なので、今日は先生とケミーと3人だけの授業。用事があったら帰っても良いのよ、と先生に言われたけれど、タイ語がなかなか上達しない悩みを先生に相談、カウンセリングとなった。また、タイ人一般の大学観についても、教えてもらった。 私とケミーが、学部は院と違って授業中のおしゃべりがひどい、学生の質も低いような気がすると言うと、先生、大きく頷いて「低いのよ。」だって。あらら。タイの最高学府はやはりチュラ。その次が、タマサートとカセー(カセサート)、そしてこの3つのどれにも入れない、受験失敗を恐れて上位3校に挑戦できない生徒の受け皿となっているのが他の国立大学、他の国立大学に挑戦できない生徒の受け皿が、私立大学というのが、タイ人一般の大学評価らしい。面白いのは、日本人の間ではタマはチュラと並ぶ名門と認知されているが、タイ人教育者の間では、カセーの方が評価が高いらしい。古いからか?そういえば「大学生」を指すニシットという言葉、元々はチュラとカセーの学生に対してのみ、使われていた。今では私達でさえ、ニシットと呼ばれるけれど。また、マヒドンは医学においては、チュラの医学部と双璧を成しているそうだ。それに引き換え、うちの医学部は。。。 で、残念ながらうちの大学には、上位3校を諦めた生徒が来るから、チュラやカセーに比べたら生徒の質は低くて当然、それが嫌でがんばって翌年チュラを再受験し、移っていく生徒も少数だがいるらしい。大学院も、やはりチュラが一番レベルが高いとか。だろうなー。うちの大学が他よりも優れているのは、元々が教師養成の師範学校だったので、ティーチャートレーニングの分野なのだそう。院の言語学でのクラスメート達は全員、卒業したら故郷に帰って教師になるって言ってたしなあ。先生とのおしゃべりは、とても楽しかった。先生も、論文や教育雑誌で紹介されている日本や香港の教育が、実際のところはどうなのかを知りたがり、とても楽しい2時間だった。先生は英語学で博士号を取得しているけれど、私たちが英語に頼らず、タイ語を話そうと努めていると、辛抱強くこちらの言わんとしている事を理解しようとして下さるので、とても助かった。スピーチ法の先生は、こちらがつまると「レオレーオ!(早く早く!)」と急かすので、プレッシャーでうまく話せなくなるのだ。急かされたくらいでプレッシャーを感じる事自体、タイ語能力が低いって事なんだろうけど。ああ、自己嫌悪。 2003年08月12日 14時13分59秒 |
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眠い。超ウルトラに眠いよ。ぎりぎりまで寝ていたかったのに、タイ語教授法のクラスメート、サンさんから電話が入った。午後の授業で提出しなきゃいけない宿題の事についてだが、昨日遅くまで試験勉強して、寝不足の頭はタイ語を理解してくれない。結局、彼女が何の用件で電話を掛けてきたのか、判らず仕舞いだった。でも、彼女は私が今日の午前中、中間試験があるを覚えていたようで、電話を切る前に試験がんばってねと言ってくれた。ベッドに戻ってすぐ、今度はヌットから電話が入ってしまった。昨日、コールバックできなくてごめんね、との事。そんな事はどうでも良いから寝かせてくれ〜!でも、もう8時半。いい加減起きてシャワーを浴びないと、試験に遅刻してしまう。コーヒーメーカーで濃い目のコーヒーを煎れている間にシャワーを浴び、服を着て、ミルクパンをかじりながら、コーヒーを飲む。頭のスイッチが入らない。思考能力ゼロって感じだ。 9時25分ちょっと過ぎに教室に行くと、チョークとヌンが先に来ていた。試験準備は万端の様子。特にチョークは張り切ってたからなあ。9時半を過ぎても全員がまだ来ない。先生が、時間を過ぎたから、他の生徒は待たずに先に始めましょうと言って、試験問題を配ってくれた。問題数は思ったほど、多くない。 まずは、提示された専門用語10語の中から、好きな用語5つを選んで解説。私が選んだ専門用語は、Psycholinguistics, Competence, Performance, Universal Grammar, Critical Periodの5つだ。CompetenceとPerformanceは、一般用語としての意味じゃなく、言語学上の定義を書かなきゃいけないので、ちょっと手間取った。 次は、Behavourism, Nativism, Functionalismの3つのセオリーについて2つづつ出された質問、計6題のうち、各セオリーで1題づつ選んで答えるもの。私が選んだのは、Behavourismでは、深夜までかかってまとめたOperant Conditioningじゃなくて、スキナーのFirst Language Acquisitionについての解説だった。やっぱりOperant Conditioningは、理解したつもりで理解しきれておらず、途中で詰まってしまったのだ。Nativismは、どっちの質問を選んでも回答できる自信はあったが、Language Acquisition Deviceを解説すると長くなるので、Logical Problem of LanguageとPoverty of Stimuliがそれにどう関与しているかについて解説、Functionalismからは、敢えてPiagetのセオリーと批判についてを選んだ。 最後は、授業で学んだ各セオリーをベースに、自分自身のセオリーを打ち立て、そう考えた根拠を説明するという小論文。これが一番点数配分が高い。そうだよねえ。 全て答える事は出来たが、充分に説明出来なかった個所もある。特に最後の小論文は、自分でも何が言いたいのか、論旨のぼやけた内容になってしまった。全体としては、7割の出来かな。ま、こんなもんでしょ。 試験の途中で携帯が鳴ってしまった。マズイ!オフにしとくのを忘れてた!みっちゃんからだったが、オフにする。あとで掛け直したら、アマリホテルのランチビュッフェ99++バーツが31日で終わるから、今日の昼にまたみんなで食べに行こうというお誘いだったようだ。99++バーツビュッフェ、結構評判だったようで、良かった。 12時で試験が終了、12時半からタイ語教授法が始まるので、急いでランチを取って5階の教室へ。今日が提出期限の宿題、私は知らなかった事にして、すっとぼける事にした。ケミーから、社会言語学のノートを見せてと頼まれていたので、授業が終わる3時半に図書館で待ち合わせていたが、とにかく眠くて眠くて、もう一刻も早く寝たかったので、授業の後、ケミーに電話してキャンセル、明日の授業の後、図書館で勉強する事にした。そう、心理言語学の次は、社会言語学の中間試験なのだ。試験さえ無ければ、学生ほど気楽な商売は、無いんだけどねえ。 4時過ぎに帰宅、早めの夕食を取って、5時過ぎにベッドへ直行。でも、おしんを見たかったので、夜10時に目覚ましをセット。夢見心地の頃、電話が鳴った。トシだった。今週からブリティッシュカウンシルで英語の勉強を始めたけど、宿題が判らないから教えてという内容。高校生の頃に習った文法をド忘れてしまったらしい。っつーかさ、君達、日本での私の専攻は国文学だったって事、忘れてないかい?まあね、現在完了形くらいなら、私でもまだ説明できるけどさ。電話で宿題のドリルを読み上げてもらい、それに答えるという電話勉強会にちょこっと付き合って、またベッドに戻った。 2003年08月01日 01時51分11秒 |
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朝、シャワーの時から気付いたけれど、全身から赤味が消えている。よかった、完全にアレルギー症状が収まったようで、うれしい。薬の副産物もあった。良い方の副産物。なんと、顔の皮膚がすべすべになったのだ。川海老の煮付けで顎の下に膿上の発疹が広がって以来、こんなに皮膚がすべすべになった事はない。発疹が出来る前の皮膚よりも、調子が良いくらいだ。 午前の国語の授業後、図書館に移動して、明日の中間試験に備える。何度も何度もテキストを熟読したので、スキナーとチョムスキーの2人のセオリーだけは、やっと頭に入った。 バイト先でも、暇があればテキストに目を通した。帰宅後は、晩ご飯を食べたり、シャワーを浴びたりして、おしんを見終わってから、最後の勉強に取り掛かる。一段落ついたのは、午前2時半。これ以上勉強しても、明日の朝、寝不足で体調を崩すだけなので、ベッドに入った。 2003年08月01日 01時50分22秒 |
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朝、腕や足、おなか、顔の皮膚をチェックした。昨日までの赤味は消え、腕の内側と腿の部分が、うっすらピンク色になっている。昨日までの、肌の表面がチリチリするような痒みは、まだ少し残っているが、掻き毟るほどではない。顔色は悪い。非常に悪い。でも、顔を洗う時に気付いた。顔色は土気色だけれど、肌触りはとってもよく、すべすべつるつるしているのだ。バムルンラート病院でもらった薬、結構キツイので飲むとフラフラになるけれど、飲まないとぶり返しそうで、朝だけ飲む事にした。 社会言語学の授業で、先週に提出したレポートを戻された。文法上の小さいミスの訂正がたくさんあったけれど、レポートの内容自体は及第点だった。これをリライトして、来週の月曜日に再提出だ。 授業のあと、14番校舎のエアコン付きの食堂でケミーとランチを食べていたら、クラスメート達が合流してきた。あさって水曜日の試験の話になり、急遽、勉強会が始まった。2時間くらい、マジで勉強する。その後、バイトへ。帰宅後、ダラダラしながらおしんを見て、それから深夜1時まで勉強して、寝た。 2003年08月01日 01時49分10秒 |
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昨日はずっと寝つづけた為、今朝は明け方5時半から目が覚めてしまった。覚醒してしまうと、寝ている間は忘れる事が出来た肌表面の不快感、チリチリするような痒みがぶり返す。腕の裏側や腿をチェックすると、まだ赤いまま。もう斑点ではなく、斑点が大きくなって全部くっついたせいか、皮膚表面のかなりの部分が赤くなっている。昨日、病院で処方された睡眠薬も、医者が警告した通りの反応が出る。つまり、覚醒はしたが、頭が朦朧として、二日酔いの朝のように身体が揺れている感じ。 朝、昼、夜とちゃんと薬を飲んだが、相当キツイ薬なのか、飲むと頭が朦朧としてしまう。しゃきっとしないのだ。30日水曜日に心理言語学の試験があるから、試験勉強しなければならないのに、とても出来る状態じゃない。 気ばかり焦ったが、結局この日は1度も教科書を開く事なく、終わってしまった。夜になって、朝よりはほんのわずか、赤味が薄れてきたような気がした。気がしただけかも知れないけれど。 熱は相変わらずの微熱続き。 2003年08月01日 01時46分49秒 |
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薬は全然、効かなかった。でも、夕べ最初の一個を飲んだばかりだし、朝食の後、さらに一個飲んだら良くなるかな、と希望的観測の元、シャワーを浴びてバイトに行く。夕べは痒さでほとんど寝ておらず、身体がだるい。バイト先のスタッフが私の顔を見て、酷くなってると言う。そう、私もそう思ったんだよね。顔が日に焼けた直後のように真っ赤に腫れ、でも両目の周りだけ白いまま。パンダみたいな顔になってる。また、きのうは斑点だった赤いポツポツは、腕もおなかも足も、ポツポツが大きくなってくっついて、赤い面積が広がっているんだ。 朝9時前になって、昨日渡された薬は違うな、これは絶対に医者に見せなきゃ駄目だと思い、社長の携帯に電話を入れて、昨日より酷くなったので病院に行きたい、早退させて下さいとお願いした。バイト先を出て、すぐにタクシーを拾ってバムルンラード病院へ直行。マイ病院だ。皮膚科か内科か判らなかったので、受付で腕を見せたら、アレルギー専門治療科ですね、と言われた。へーえ、アレルギー科ってのもあるんだ。 タイ語できちんと話せる自信が無かったので、日本語の通訳をお願いしようと思ったけれど、なんと先生、日本語がペラペラだった。名札を見たら、名前が日本語名のヒロシだ。ナース達もヒロシ先生と呼んでいる。苗字がタイ人名だったので、母親が日本人なのだろうか?とりあえず先生に、7月16日から飲んでいた皮膚科で処方された飲み薬と、昨日大学の医務室で貰った飲み薬と塗り薬を見せたら、新しい薬を処方するから、今までのは全て止めるように言われた。また、昨日の朝、豚足ご飯を食べて15分ほどで身体に赤い斑点が出てきたと言ったけれど、豚肉が原因では無いとも言われた。だよね、だってもう云十年にも渡って食べてきた豚肉だもん。先生によると、スパイスでも今の私と同じ症状が出る人もいる、アレルギー反応は人によって様々だ、でもあなたの場合は豚肉とは思えないと言われた。 痒くて夕べはほとんで眠れなかったとも言うと、アレルギーを緩和する薬とアンチヒスタミンの他に、夜眠れるように睡眠薬も出すと言ってくれた。ラッキー。また、注射も打ってもらった。 何を食べたらよいか判らないので、中村屋でコロッケとパンを買って帰った。コロッケ、胡椒が良く効いてすごく美味かった。食べ終わった後、すぐに薬を飲んでベッドへ直行。明日はウイが越して来る日だから、少しクローゼットを片付けて、彼女をスペースを作ろうと思ったので、目覚ましを夜7時にセットしておいたのだが、睡眠不足もずっと解消されておらず、疲れていたのか、身体がもっと寝ていたいというので、そのまま朝まで寝る事にした。皮膚の表面の不快な痒みは、多少は和らいでいるものの、やっぱり少し痒い。 2003年07月27日 16時32分05秒 |
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今日は、先週水曜日に休講となった心理言語学の補講の日。でも、ミッドタームが近いので、今までの復習となった。朝、早めに行って、エアコン付きの方の食堂でカーウカームー(豚足ご飯)を食べ、隣りのベーカリーでシナモンロールを買い、教室へ向った。教室でテキストを読みながら、シナモンロールを食べ終わって気がついた。何だろう、腕に赤いボツボツが出ている。湿疹じゃなくて、ポツポツと赤く浮き出た斑点だ。痒くないけど。トイレに行って鏡をチェックすると、顔や喉には出ていない。教室に戻って足を見ると、足にも少し出ている。頭に浮かんだのは、風疹と水疱瘡。日本の母に電話を掛けて、子供の頃に終わっているか聞くと、一通り全部終わっているとの返事。よかった、伝染性の疾病じゃないのね。でも、じゃあこのポツポツは何?斑点の大きさは、小さいものから大きいものまで、様々。先生が教室に入ってきたので、腕のポツポツを見せたら、アンチヒスタミンを処方してもらったら効くよ、と教えてくれた。彼女がカンボジアにいた頃、しょっちゅう似たようなものが出たそうで、でも原因がわからず、色々と薬局で出されたものを試した中で、アンチヒスタミンが一番良かったとか。 授業の後、ウイから、荷物をまとめたから、これから引っ越しても良いかと聞かれた。え〜!ちょっと待ってよ。まだ、部屋を見にきてないでしょう? 今月の初め頃から、ウイとルームシェアしようか、という話はしていたのだが、ウイは家賃を少しでも浮かせるため、私はタイ語を上達するため。ウイが現在住んでいる部屋を見せてもらった時に、この子となら住めると思ったのは、こざっぱりと部屋を片付けていたから。いきなり訪ねていったのに、片付いた部屋だったので、いつも綺麗にしているんだろう。いつも汚くごちゃごちゃして、メイドが掃除に来なければ、座る場所も確保できないんじゃないか、というだらしない私とは、大違いだ。 最初にウイがシェアする部屋を探してきたのは、BTSトンロー駅のすぐ側の5千バーツの新築アパート。でも、私は契約が残っているから、12月末まで出られない。それに、5千バーツじゃバスタブはついていないだろう。私は、エアコンは要らないが、バスタブが欲しい。で、ウイに来年の1月からじゃないと引っ越せない、それまでウイが私のアパートにきても良い、と言ってはいたけれど、部屋を見にくる前にいきなり「今日から移っても良い?」と聞かれても。。。 タイ人との同居については、タイに来たばかりのころ、さんざん失敗談を聞かされていたので、タイ人とだけはルームシェアしない方が良いとずっと思ってきた。でも、タイで大学院まで進む子達は、それなりの高い志と将来へのビジョンがあり、また、家もそれなりの格式を保っている事がわかった。何よりも、身元がはっきりしている。それに、彼女の実家はロッブリで、バンコクからバスで2時間と近く、彼女は金曜日は授業が無いので、木曜日の講義の後はロッブリに帰省してしまう。週のうち半分はいないので、それも彼女との同居を決めた一因だ。 とりあえず、授業の後、私はいつも図書館でバイトの時間まで勉強するのだが、その日はウイを連れて一旦家に戻り、彼女に部屋を見せた。タイ人の常識から外れた部屋だったらしく(彼女が住んでいる部屋の4倍の広さ)何度も私が提示した金額(彼女の負担分って意味)で良いか聞かれた。 今日はいきなりで都合が悪い、明日の土曜日も1日中バイトで家にいない、だから日曜日なら越してきても良いと言い、下のアパートの管理人に、彼女が日曜日から同居する旨を告げた。で、駄目元でベッドが欲しいと言うと、小さいベッドを一つあげようと言ってくれた。良かった〜! 彼女と別れた後、私は勉強のため、また大学の図書館に戻った。この頃には、顔全体が赤くはれたようになっており、腕や足だけじゃなく、喉やおなか、つまり全身がポツポツと赤い斑点で覆われていた。図書館に着いたけれど、全く勉強が手につかない。で、ケミーが学食の近くにモーソーウォーの学生用のクリニックがあると言っていたのを思い出し、彼女の携帯に電話して場所を聞き、行ってみた。クリニックというより、会議室みたいなところの一角に、大きな机があり、そこに当番の医師が座っている。名札を見なかったので、もしかしたら看護婦かも知れない。私服だったので判らない。どうしたのか聞かれたので、腕や足、喉のポツポツを見せたら、ああ、○○ね(タイ語の病名、聞き取れなかった)と言われ、先生に診てもらいますか、と聞かれたけれど、薬を貰えば治ると思ったので、いいえと首を振ると、飲み薬と塗り薬を出してもらい、黒い帳面に名前を学部を書かされて終わり。どうして赤くなったか、とか何を食べたか、いつからかという事は全く聞かれなかったし、この赤い斑点はどうして出たと思いますか、と私から聞いても、返事を貰えなかったので、最初はこの女性は医師かと思ったけれど、看護婦かなと思い直した。 薬代を払うキャッシャーを探したけれど、見当たらないので聞くと、なんと学生は無料とか。 図書館に戻っても勉強が手につかないので、少し早めにバイト先に向った。バイト先では、みんなから「ギンピット」と言われた。ギン=食べる、ピット=間違う、つまり、食べ物でアレルギー反応が出たという事だ。ノックちゃんの妹も、シーフードの何かにやられ、食べて10分くらいしてから、全身に赤い斑点が出来、顔も真っ赤にはれ、まぶたまで腫れたので目も開かなくなり、病院に行って注射を打ち、薬を貰って数日で良くなったとか。私にも、注射を打ったかと聞くので、大学の医務室で薬をもらっただけと言うと、医者に見せた方が良いとアドバイスされた。とりあえず、医務室でもらった薬を飲んで、様子を見てみようと思った。 夜、痒くて痒くて、眠れなかった。猛烈な掻き毟るほどの痒みではないんだけれど、皮膚の表面がチリチリするような、不快な痒み。おまけに全身が熱い。喉も渇くので、何度も水を飲み、それでトイレにも行くので、明け方まで熟睡できなかった。 2003年07月27日 16時31分25秒 |
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朝、顔の皮膚をチェックしたら、しっとりすべすべに!黄色い膿のブツブツが出る前の皮膚より、しっとりふっくらしている。炎症を抑える薬の他に、ビタミンEも塗っているんだが、これが効いたのかな。 今日は、ニタヤ先生のスピーチの授業だけど、学校行事の為にお休み。11時半にスクムビットのソイ5にあるアマリブルーバードホテルのロビー集合。このホテルの1階にあるペッパーミルというレストランで、7月15日から31日までランチビュッフェが99++バーツというプロモーションがあるのだ。99++って事は、税込みで120バーツ弱か。そんなに安いビュッフェじゃ、たいしたものは出ないだろうね、なんて期待しないでいた。 ビュッフェは12時スタートだったようで、11時半少し過ぎに行った私たちが一番乗り。まだ準備中だったけど、8人分の席を用意してもらった。そうこうしているうちに、前菜の用意がまず出来た。見に行くと、おおおおお〜!たったの99++バーツ弱とは思えないほどの品揃え。お寿司や刺身、キムチまであるぞ。みっちゃんは、こんなにたくさんの種類を一度に食べるのは、6ヶ月ぶりだわ、なんてしみじみと言う。カキを蒸してマヨネーズで和え、イクラを飾りに乗せてカキの貝殻に乗せたしゃれた前菜の一つを食べながら、カキを食べるのは7ヶ月ぶり(要はタイに来てから初めて?)とか、いちいち注釈を加えながら食べるので、みんなから「黙って食え」とつっこみが入る。まあ、普段が普段だからね。学生の食生活って、みんな似たようなもんだよ。 ケミーは、前菜と主菜とデザートでそれぞれお金を取られるのか、それとも99++で全部食べられるのか、と冗談にしてはマジな顔で聞く。どうやらチャイニーズネットワークで広めるらしい。このプロモーションは7月31日までだよ、8月1日からは通常料金の342バーツだからね、と言うと、判った、7月31日までだね、と何度も繰り返していた。彼女は寿司と刺身が気に入ったようで、メインコースを食べた後、デザートの前にまた寿司や刺身を食べていた。 日本人、韓国人、香港人と今回一緒にビュッフェを食べて感じたのは、食べ方が綺麗という事。みんな適度な量を皿に乗せ、足りないとまた取りに行く。食べ物を山盛りにして残す、という事はなかった。 以前、同僚の日本人や、知り合いのタイ人とビュッフェを食べた時は、大皿に食べ切れないほどの料理を山盛り乗せて、テーブルに運んできた。しかも、大盛りを最低2皿運んでくるので、ちょっと恥かしかった。気心の知れた昔の日本人同僚には、いくらでも食べられるんだから、大盛りにする必要は無いのよ、と言ったのだが、いちいち取りに行くのが面倒、最初に全部まとめて皿に乗せた方が楽だと言って、スープまで入れると、いつも3皿は目の前に置いていた。タイ人の場合は、他のみんなとシェアするつもりで取るから、例えば3人いたら、3人が3人とも3人分を皿に乗せてくる。結果、食べ切れないから、テーブルの上はぐちゃぐちゃ。ビュッフェというのは、普段の食習慣(国籍というより、各家庭の習慣)が顕著に出る食事だと思った。 1時過ぎにホテルを出た後、図書館に勉強に行こうと思っていたが、トシが3時頃まで時間があるというので、みっちゃん、あーさん、ミジョンと5人でソイ19のロビンソンにあるマックへ。おなかは既にはちきれんばかりに一杯なので、コーヒーだけ。ここで、ダラダラとおしゃべりしていたら、あーさんが突然、バッグが無い!と言い出した。なんと、5人も揃っていて、足元に置いていた彼のバッグが置き引きされたのに、誰も気付かなかったのだ。ひょえ〜!足元に触れるようにバッグを置いたあーさんも、その向いに座っていた私も、誰かが私たちのテーブルに近づいてきた気配を全く感じなかったのだ。不幸中の幸いとしては、バッグには現金が300バーツも入っていなかった事。クレジットカードが入っていたので、すぐに停止の電話を掛けなければならないが。マックの従業員に、バッグが置き引きされたと言うと、責任者らしきおじさんが出てきて、すぐにクレジットカード会社の電話番号を調べてくれた。それから、従業員を1人付き添いに出すから、その人の案内で一番近くの警察に盗難届けを出すように、とも手配してくれた。慣れているんだろう。だからといって、店側を避難できない。あくまで、盗難に留意する事は、自己管理・自己責任の問題だから。現金被害は少なくて済んだが、辞書が痛い。タイ日辞典は、日本発行のものは最低1万円はするらしい。タイ発行のだと、タイ人編纂で300バーツから、日本人編纂で500バーツから、大学で使えるレベルの辞書は、800バーツからと、日本で発行される辞書よりは安く手に入る。辞書だけでも返して欲しい、と頭を抱えながら、マックの従業員に付き添われて警察に向ったあーさんに、来週会ったらタイ発行の辞書の事を教えてあげよう。 2003年07月27日 16時30分18秒 |
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明け方4時にベッドに入ったけれど、ほとんど眠れない内に、上の階の人が起き出したようで、シャワーを浴び出した。こんなに早く起きるって事は、バンコク郊外の工場勤務かな?なんて考えてるうちに、少し眠ったようで、目覚ましで8時半に目が覚めた。シャワーを浴びてから恒例の皮膚チェック。顎の皮膚はかなり改善され、赤味も全くない。皮膚科に行ってちょうど1週間。薬が効いたって事か。良かった良かった。 昨日仕上げたレポートをフロッピーに入れて図書館へ急ぐ。既に2人待ち。でも、プリントアウトだけなので、すぐに順番がきた。よかった。プリントアウト自体は直ぐに終わったので、となりの建物で朝食を取り、9時半、ギリギリセーフで教室に駆け込んだ。 12時半からはタイ語教授法。クラスメートのエーさんが、別のクラスメートの子が歯医者に行く為に欠席と理由を先生に告げる。大学院と大学と両方に出ていて驚くのが、生徒のマナーの違い。大学の方では、授業終了20分前にでも平気で入ってくるし(出席率を上げるため)おしゃべりもすごい。欠席も自由。でも大学院は、おしゃべりはなし、遅刻や欠席の場合、クラスメートに頼んで先生に理由を告げてもらう。 歯医者に行くので欠席と言った子は、治療が早く済んだのか、遅れてクラスに来た。そこまでは良かったんだけど、彼女、教室に入るなり、別の授業で配られたセミナーの案内書をクラスメート達に配り始めたのだ。聴講生の私を除くとタイ人生徒は5人。小規模クラス用のミニ教室なので、彼女が案内書を配り始めると、必然的に先生の講義を遮る形になってしまう。配られた方は「これ、何?」と聞くし、そうすると配った方は説明を始めるしで、先生が「それは何ですか?」と遅れてきた子に聞いた。「これは、午前中の授業でもらったセミナーの案内書で、1枚しかないのでコピーして他の人に配るように言われていたもので云々」と説明しはじめた。先生が彼女の長い説明を遮って「それは今、配らないといけないものなんですか?」と彼女に問いかけると、彼女は更に「これは、チュラ大のセミナーの案内で」とまた説明し始めたので、クラスメートの1人が「先生の講義を聴く方が先ですよ。」と言った。そこでやっと彼女は自分の礼を失した態度に気付き、あっ、と小さく呟いた。先生が「あなたは大学院生にもなって、まだ判らないんですか?」と口調は優しかったけれど、厳しい事を彼女に言った。外国人の私でさえ、100%理解できるほどの厳しさだった。いつもは彼女、先生のすぐそばの席に座るのだが、さすがに今日はずっと離れた席に座った。 大学の方で、生徒のおしゃべりを注意するでもなく、対抗して声を張り上げるだけの先生を結構見てきたので、こうやって言葉に出して生徒の失礼な態度を注意する先生に、非常に好感が持てた。 夜5時過ぎ、みっちゃんから電話が入り、これから遊びに行って良いかという。あ、忘れてた。先週、私の手作りスパゲッティが食べたいって言ってたっけ。5時半過ぎに着きそうだとの電話だったので、良いよと言ってから、急いでフジスーパーに行った。スパゲッティ、きらしちゃってたんだもん。スパゲッティ(湯で時間6分の細麺)と納豆2個とオクラ1袋。そう、オクラ納豆のねばねばスパゲッティなのさ。これ、結構うまいんだ。おなかにも優しいしね。デザートにはWALLSのチョコチップアイスクリームと、その上にかける無糖のプレーンヨーグルト。無糖のヨーグルトをアイスクリームにかけると、互いの甘さと酸味がうまくマッチして、とても食べ易くなるのだ。 6時ちょっと前に電話が入り、今、フジスーパーだという。明日のトシの誕生日パーティーで渡すプレゼント、ワインにしようと思うけれど、何を選んでよいか判らないと言うので、一緒に選ぶ事にした。最初は日本酒にしようと思ったようだけど、一番安いのでも500バーツ以上するのに驚いた、というので、予算は多分400バーツ以内なんだろう。私は、フルボディタイプの重い赤は飲めないので、自分の知ってる(飲んだ事のある)ワインの中から、カリフォルニアの赤でフルーティなカーロロッシ325バーツと、スペインのテーブルワイン、ドンシモン165バーツを薦めたら、さすがに165バーツはプレゼントには安過ぎと思ったのか、みっちゃんが選んだのはカーロロッシの方だった。 2003年07月27日 16時29分06秒 |
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夕べは、また1時までかかってレポートを作成したけれど、うまくいかない。書きたい事が多過ぎて、うまく段落をまとめられないのだ。また、内容の統一性や順番もまとめられない。ここで、起承転結形式にもどり、イントロダクション⇒本文、そう思う根拠、その根拠を支える情報、その情報源⇒反対意見もあえて提示⇒総合的に結論、というように、主旨だけを箇条書きで書き出してみた。すると、いきなり文章を書きながら推敲していた時と違って、ちゃんと順番等がうまくロジカルにまとまるようになった。なんとか書き直して時計を見たら、既に明け方3時20分。これから、更にアサイメントで出されていたテキストをざっと斜め読み。英文で本当に助かった。タイ語だったら、読み終わるまでに何日もかかる(ああ、情けない)で、適当なところで切り上げて、4時ちょっと過ぎにベッドに入った。
2003年07月27日 16時28分26秒 |
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最近、朝起きて真っ先にする事は、顔の皮膚のチェック。まだ、顎の皮膚が赤い。一体、薬は効いているのだろうか?! 朝は社会言語学の授業。先週は先生がサムイ旅行に行った為、休講だったので、久しぶりの授業。クラスメート達は意外(失礼!)な事に、全員がきちんと宿題のレポートを提出した。オーマイガッ!私のレポートは、朝になって読み返したら、まるで小学生レベルの英作文。とても、小論文と呼べる代物じゃない。やっぱ、眠い目をこすって書いたものは、駄目って事ね。先生には、プリンターが無いのでプリントアウトできなかった、水曜日まで待って下さいますか?と丁寧にお願い(懇願?)したが、敵も去るもの、オフィスのプリンターを使っても良いと言う。レポート用紙に下書きしておいたレポートを見せ、ほら、ちゃんと書いたけれど、タイプが終わっていないので、ちょっと時間がかかる、と言ったら、Bad girl!と言われてしまったけれど、なんとか水曜日でオッケーとなった。ほっ。これから書き直さなきゃ。 2003年07月27日 16時27分27秒 |
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今日も1日、身体が重くてだるく、家にいても全然勉強する気になれなかった。炎症を起こした顔の下半分は、一番症状の酷い部分、まだ皮がむけたりして醜い状態だけど、赤味が多少引いてきた。薬が効いているのか、ボツボツも消えた。でも、この醜い皮膚が再生される日は、本当に来るのだろうか? 微熱(37度2分〜6分)が続き、起きるでもなく寝るでもなくダラダラしていたら、既に夜7時。明日、21日提出期限の社会心理学のレポートを全く書いていない事を思い出した!!あああああ〜どうしよう。なんとか推敲を重ね、まともなものを仕上げたのは深夜1時。でも手書き。うちにはプリンターはあるけど、インクを買っていないので、もう1年半も新品のまま、使われていない。明日、図書館のパソコンでタイプしてプリントアウトしよう。プリンターがない(正確にはインクが無い)ってのも、良い言い訳になるなあ。でもこの宿題、2週間前に出されたから、時間はたっぷりあったんだけど。私って悪い子ね。 2003年07月27日 16時26分32秒 |
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朝、コーヒーを飲みながら熱を測ったら、36度2分だったので、体は鉛のように重く感じられたけれど、バイトに行く事にした。朝8時前にはバイト先に到着。でも、どんどん気分が悪くなるので、マネージャーさんに、具合が悪いからお昼で早退させてとお願いしたら、私の顔色を見て、今直ぐ帰った方が良いと言ってくれた。遠慮なく早退する。今日の実労25分だ。 家に戻って熱を測ると、案の定、37度を越えていた。微熱が、一番辛いのよね。 階下で警備員に水漏れがすると言ったら、今月から来たばかりの新人で、要領が得ない。「水漏れがするんですか。」と繰り返すだけ。あーた、オウムじゃないんだから、繰り返さなくて良いの!熱もあってイライラしてきて、声の調子が上がりかけた時、助っ人参上。メイド頭とエンジニアが、私がイライラしているのを見て、どうしたのかと近寄ってきた。こうなると、話は早い。バスルームで2箇所水漏れがする、と言ったら、すぐにチェックに来てくれた。 どうやら、上の階の部屋が問題らしい。そりゃそうだよね。午後になって、ようやく水漏れが収まった。 2003年07月27日 16時25分50秒 |
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朝8時半からお昼少し前まで、出たっきり邦人アジア編の原稿の手直しをし、配信予約をする。それから、大学の図書館に行く為に家を出た。いつもは朝か夕方しか外を歩かないので、お昼に外を歩くのは久しぶり。もう、暑くて参った。学食で朝食兼昼食を取り、図書館に行く。館内はいつもの事ながら、とても寒い。冷房の効きすぎで、どんどん気分が悪くなってきた。それに熱っぽい。冷房で体が冷えているのに熱っぽいのは、風邪だな、こりゃ。勉強どころじゃないよ。ちっとも頭に入らない。 2時頃には最悪の体調となり、バイト先に電話を入れて、休みたい旨を連絡。すぐに帰ろうと思ったが、午後2時って最高に暑い時間帯。今、外を歩いたら今度は日射病になっちゃうよ。日が少し陰るまで待とうと思い、勉強の続きをする。心理言語学。先生は白人なので、授業もテキストも英語。日本語で文献を読みたいけれど、タイ語よりはマシだ。タイ語のテキストだったら、たった10ページ読むのに1週間はかかる。 2時半過ぎから少し体調が持ち直し、勉強に没頭できた。はっと気が付いた時には、既に5時過ぎ。勉強道具をしまって帰宅しますか。図書館を出たら、急に甘い菓子パンが食べたくなり、最初は大学構内のベーカリーに行ったが、5時過ぎだった為、ほぼ売り切れ。仕方が無いので、構内の隅にある付属小学校のベーカリーを覗く。こっちもほぼ売り切れ。リーフパイとソーセージパンを買い、家まで歩けそうもなかったので、大学内を流していたタクシーを拾う。スクムビットはやっぱり混んでるね。ヴィラスーパーのところでタクシーを降り、脇の小道を入っていくと、いつも通り過ごしていたデー二ッシュベーカリーに目が止まった。デンマークといえば、デーニッシュペストリーでしょ、やっぱ。というわけで、急遽パンを買いに入る。 バターケーキとブルーベリーペストリーとハムクロワッサンを買った。お味は。。。うーん、これが本場デンマークの味だとしたら、別にデンマークには行かなくてもいいやって感じ。全部、イマイチだった。まだ、大学構内のベーカリーの方が、おいしいよ。 夜、テレビを見ていたら、ポツッポツと耳慣れない音がかすかにする。ねずみが壁をひっかいているのかと思ったら、なんとバスルームの天井から水漏れ!参ったなあ。もう夜遅いから、明日エンジニアさんに言って、チェックしてもらわなきゃ。 寝る前に熱を測ったら、37度5分。平熱が35度台と低いので、36度8分を越えると体が辛い。明日はバイトに行けるんだろうか? 2003年07月27日 16時25分11秒 |
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朝はニタヤ先生の国語(タイ語)の授業だ。8時半からのスタートなのに、先生が教室に入ってきた時には、生徒は私を含めて4人だけ。しかも、留学生だけ(日本3香港1)で、タイ人学生はいつものように遅刻。先生はため息をつきながら、どうしてタイの子達って時間が守れないのかしら、と嘆いていた。いえいえ、先生。日本の大学だって似たようなもんですよ。 今日のランチは、ゴーアジの掲示板で知り合った30代の女性と一緒。タイ旅行は今回で5度目とか。タイの国立大学なんて来る機会がないだろうって事で、学食でランチを一緒に取ることになったのだ。今回の滞在は8日間の予定らしい。うっわー、8日間だって。羨ましい。週末からタイの東北部の遺跡を周るつもりだったようだけど、気が変わってアンコールワットに行きたいって言い出した。あああ〜、アンコールワット!授業が無かったら、一緒に是非是非行きたいのに〜!!! 4月にアンコールワットで感動した話をしたりで、アンコールの話題で盛り上がってしまった。行きは周りの景色を楽しむ為にもバス、帰りは疲れるから飛行機が良いとアドバイスしたら、さっそくカオサンに行って申し込むって。 隔週で月曜日の午後の授業が隔週木曜日の午後に変更になり、それが今日から。教育学の歴史について書かれた英語テキストの30ページ分、宿題なのに読むのを忘れていたので、12時半に彼女と別れ、図書館に駆け込んで、1時半の授業までの1時間にテキストをざっと斜め読み。おっと、心理言語学のテキストにも登場する重要な学者の名前が、こっちにも出ているじゃないっすか!ピアジェとビゴウスキー。前回先生が、語学の教育法を学ぶには、心理言語学の知識も必要だと言っていたけど、確かに関係しているなあ。この「タイの中高等学校での英語教育法」の授業は、隔週1回なので、クラスメート達と会うのも2週間に1度と、一番頻度が低い。でも、今日でもう3回目。クラスメート達もお互い、親しみみたいなものが湧いてくる。教室に入ったら、僧侶の1人、プラ・サニッが先に来ていたが、初めて私に笑いかけてくれた。 昨日、病院でもらった薬、飲み薬も塗り薬も効いているのかしら?相変わらず、顎の部分は皮がむけて赤いままだし。日曜日の時みたいに、水疱瘡状の細かくて小さい水疱のような黄色にきびは、中の膿が出たものが多く、なんだかすごい顔になっている。憂鬱だなあ。 2003年07月27日 16時24分37秒 |
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やっと、本当にやっと、大学構内にあるスキンクリニックに行く事ができた!月火と連休だったからね。前回、ちらっとチェックしたら、診察時間は午前中だけ。午前中は9時半から12時まで心理言語学があるけど、先生がこの連休を利用して、サムイ旅行に出かけた為に今日は休講。ラッキーだわーん。10時頃に学生証を持ってスキンクリニックへ。受付で診察券を作る際、英語を話すドクターがいるか聞いてみた。だってタイ語で今の皮膚の状態を説明できない、せいぜい、シウ(にきび)がアクセーブ(炎症)でピウシーデ−ン(皮膚が赤い)としか言えないもん。そうしたら看護婦さんが「英語だけじゃなくて、先生は日本語もできるのよ、日本の順天堂大学で学んだのよ(自慢)」と教えてくれた。おおおおお、それは心強いぜ! 30代後半から40代前半くらいの先生だったけど、順天堂大学で学んだ後、タイに戻ってから、日本人とあまり話さなかったでしょう、という感じの日本語。つまり、皮膚科に必要な日本語の単語は覚えているけれど、普段日本語を話さないから、なかなか日本語が出て来ないのだ。バムルンラードでお世話になってる内科医は、ほぼ毎日日本人を診察し、通訳の日本語も耳にしているせいか、日本留学の経験はなくても、簡単な日本語で診察できるようになっている。日本語が話せる事と、日本留学の経験はあまり関係無いと実感した。普段使ってるかどうか、それだけなんだね。 とりあえず、日本語とタイ語のちゃんぽんで、飲み薬と塗り薬を出すから、2週間後にもう1度来るようにといわれた。ちょっと不安。だって、皮膚が赤くただれたように炎症を起こしているのに、どうしてこの状態になったのか、理由を聞かないんだもん。 午後は12時半から、タイ語教授法の講義。先週は、あっこの送別会の準備のために休んでしまったので、久しぶりって感じ。教室に行ったら、廊下の向うからクラスメート達が私を見つけて、手を振っているのが見えた。私が今日の講義に出るかどうか(つまりドロップアウトしたかと)心配だったようだ。確かにねえ、できるものならドロップアウトしたい。だって、今受けている6つの講義の中で、この講義が一番難しいんだもの。それに、先生の「どうせあなたのタイ語能力じゃ、理解できないでしょう。」という態度がちらっと垣間見えて、結構辛いんだなあ。でもね、ドロップアウトだけはできんのだよ。だって、ヘッドの元に何度も通って、やっと聴講の許可を得た講義だからね。「やっぱり難し過ぎました、だから辞めます」と尻尾を巻いて逃げる事は、意地でもしたくない。難儀な性格や、まったく。それに1ヶ月経って、ウィクロとかピヂャラナー、フアコー、ワンナカム、ネ−ンといった、どの講義にも出てくる「お勉強用語」の意味を理解出きるようになって、少し講義の理解度が上がったのだ。 10分ほど遅れて先生が教室に入ってきた。私を見て、今日は来たのね、ディーディーと言ってくれた。うーん、先生まで私がドロップアウトしたと思っていたみたい。でも、今日の授業では先生の態度がちょっと変わっていた。なんだか、私の存在が「迷惑なお荷物」から「がんばってるからとりあえず面倒見るか」に変わったみたい。で、一番うれしかったのは、先生の笑い話を、今日は他のクラスメート達と同じタイミングで笑えた事。そして、明らかに理解した私を見て、先生も満足そうに微笑んでくれた事。うーん、ドロップアウトしないでよかったぜい。タイ語まだまだのひよっこの私だけど、がんばらねば。 2003年07月27日 16時23分54秒 |
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今日もまだ、顎と右頬の下あたりが、手で触るとブツブツしているのを感じる。それだけじゃなくて、赤く爛れたようになってるんだけど。憂鬱だなあ。今日も大学がお休みで、よかった。
2003年07月27日 16時22分54秒 |
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今日は仏教関係の祝日だ。なので、朝からバイトのお手伝い。今日も夜8時までと言われたけれど、7時までにしてもらう。連続しての労働は、おばちゃん、身体がもたんのよね。 朝、起きて鏡を見ると、昨日あんなに酷かった、黄色くてプツプツと細かい水泡状のにきびが、ほんの少しだけマシになっていた。驚くべし、10バーツの魔法の粉(?!)黄色っぽく中に溜まっていた膿が、ほぼ出たので、昨日の赤い皮膚の中に黄色の粒々、というのが、赤っぽく爛れた皮膚に変化していたのだ。まあ、色が一色減っただけだけどさ。でも、50センチも離れると、その赤味もよく判らない。よかった、これでバイトに行かれるわ。 2003年07月27日 16時22分18秒 |
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朝起きたら、オーマイガッ!!!顎と左右の頬下の皮膚が赤く腫れ、顎部分には、水疱瘡のように細かい粒々のにきびが出来ている!しかもその細かいのが、膿で黄色の粒々になっているのだ。左右の頬下部は、触ると粒々のザラザラ感があるが、膿は無いので粒々はよく見えない。ひょえ〜!どうしてこんな事に?! 唯一の救いは、一番肌のダメージが最悪だった個所が、顎だった事。顔全面にこんなのが出来たら、バイトにも大学にも行けず、家に閉じ篭るしかないよ。今日は、日曜日のバイトさんがお休みなので、代わりに出るように頼まれたのだ。お昼までにしてもらって、本当に良かった! バイト先に行ったら、スタッフ達が私の顎を見て、目を丸くしながらどうしたの〜!と驚いていた。理由がさっぱり判らないんで、説明のしようがない。と、スタッフの1人が「昨日、ピーヤイが朝食に買ってきたオームグン(川海老の煮付け、イサーン料理)と蒸した魚に中ったんでしょ!?」と確信に満ちて言い出した。そのイサーン料理を買ってきてくれたヤイちゃんも、ごめんね、ごめんねと謝るんだけど、でも、イサーン料理で中った事って一度もない。しかも、昨日食べたのも初めての料理じゃないし、ヤイちゃん始め、みんな同じものを食べたのに、私だけボツボツ出る訳がないでしょ?と言うと、いや、イサーン料理のお店はスカップロ(不潔、汚いの意味)なところが多いから、きっと食材が不潔だったんだよ、私たちは慣れてるから平気だったけど、あなたは日本人だから反応が出たんじゃない?と、すっかり昨日の朝につまんだ川海老の煮物のせいにされてしまった。本当かなあ?あ、そういえば、これほど酷くないけど、日本酒を飲みながらカニを食べて、頬や腕、足にボツボツが出た事が何度かあった。お酒を飲んでも、カニだけ食べてもボツボツは出ないのだが、カニとお酒が一緒になるとアレルギー症状が出るのだ。もしかして、川海老も似たようなものなのかな? あまりに酷い顔なんで、スタッフの1人がタイ人はニキビが出ると、これを使うよ、と10バーツの粉を買ってきてくれた。コーヒー用の粉ミルク一杯分のと同じサイズの袋に入っている。これを、ちょっぴりの清潔な水で溶き、ニキビの酷い個所に塗るのだそうだ。ようし、家に帰ったら早速つけよう。 2003年07月27日 16時21分39秒 |
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朝、お客さんが途切れ、ちょっと暇になった時に、スタッフのヤイちゃんが秘密めかした顔で、休憩室から私を呼んだ。何だろうと思って行くと、なんと昨日名前を聞いたイサーン料理のオームグン(川海老の煮付け)を買ってきてくれたのだ!!カオニャオと一緒に摘まんで口に入れる。ああ、ピリっとくるこの濃い味、これはまさに夢にまで見た懐かしのあの味だわ〜!!ヤイちゃんって、本当に優しい子だわ。他のタイ人スタッフは、差し出されたスプーンを断わって、指でイサーン料理を摘まんでいるのを、面白そうに見ている。カオニャオは手でつまむのが一番美味いのさ。
2003年07月27日 16時21分12秒 |
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朝から図書館に行って、夕方まで心理言語学の自習。どんなにテキストを読んでも、読んだ片っ端から忘れていくんだな。もう一つの授業、社会言語学の方は、テキストの内容も簡単だし、予習をしなくてもぶっつけ本番で問題なく授業についていけるのに、心理言語学の方はさっぱりだ。テキストの内容が頭から滑り出していくかんじ。は〜〜〜、辛いわ。 夕方からバイトにいった。相変わらず、平日は客が少ない。暇なので、イサーン出身のヤイちゃんに、昔食べた事があるけど、名前を知らなくて飯屋で注文できない料理の名前を、教えてもらった。川海老をちょっとだけピリッと辛く煮付けたやつ、と説明したら、多分それはオームグンだという。すぐに、メモ帳にタイ語でメモした。よし、これでいつでもオーダーできるぞ! 2003年07月27日 16時20分24秒 |
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朝、酷い二日酔いで目が覚めた。うっぷ、何なのこの吐き気は!ああ、どうしてこんなに頭が痛いの〜?しばらくおちゃけは、見るのも嫌って感じでベッドから起き出し、熱いシャワーを浴びる。それから、いつもより濃い目にコーヒーを煎れた。 重い身体を引きずるようにして教室に着くと、あきちゃんもみっちゃんも、青い顔で死んでいた。ああ、みんな一緒に二日酔いね。お酒が飲めないケミーと、泡盛の国・沖縄出身のゆりだけは、けろっとしていた。ひろと韓国人グループは自主休講。まあね、あれだけ飲みゃあね。 携帯のスイッチを切るのを忘れていた為、授業の途中で携帯が鳴ってしまう。表示画面を見たら、学内になっている。大学のどのオフィスだろう?友人からだったら、すぐに切って後でコールバックだけど、学内からだと緊急の要件って事もあるんで、先生に遠慮しながら、机の下にもぐって電話に出た。なんと、教育学部のバンオン先生からだった。授業の曜日が変更になるというお知らせ。今、授業中なのでと断わって、後で先生のオフィスを訪ねる事にし、電話を切って机の下から出てきたら、あ、やばいっ、ニタヤ先生と目が合っちゃった。ニタヤ先生は、生徒の礼儀作法に厳しいのよね。授業中は携帯のスイッチ、切るのを忘れないようにしなきゃ。 あと20分で授業が終了、との間際になって、突然、うっとこみ上げてきた。は、吐きたい。。。変だな、朝食は抜きだし、一晩寝て胃の中のものは消化されちゃってるから、吐くものは無いのに。でも、うっぷ。隣りに座っていたあきちゃんに、吐き気が酷いからトイレに行く、もし授業が終了しても戻って来なかったら、カバンを廊下に出しといてね、とお願いしてトイレへ一直線。案の定、吐き気がこみ上げるだけで、吐けない。それはそれで、結構苦しい。ああ、しばらくはお酒は見るのも嫌よ! トイレから出た頃には、すっかり授業も終わっていて、あきちゃんがカバンを持って廊下で待っててくれた。いつもは授業の後、図書館で自習をするのだが、さすがに今日はみんな、直行で帰って行った。私も帰って寝たいけど、さっき電話をくれたバンオン先生のオフィスに行かないといけない。ケミーも出席している授業なんで、彼女も一緒についてきた。 バンオン先生は、本当に優しくて、でも厳しい先生だ。チュラロンコンから移ってきた先生で、チュラでもまだパートタイムで教えている。私たち留学生が授業中、クラスの中で置き去りにならないように、私たちの反応を見ながら、講義をしてくれる。まあね、私とケミー以外、タイ人の生徒は3人、しかもそのうち2人は僧侶だし、人数が少ないから目が行き届くんだろうけれど。40分ほど、タイ語学習について色々な相談に乗ってもらい、昼も近くなったので、オフィスを辞した。そのまま帰りたかったけど、バイトをさぼる訳にもいかない。そのまま図書館に行って、夕方まで頭痛を抱えながらも、タイ語単語の復習をした。 2003年07月27日 16時19分59秒 |
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今日は、あっこの送別会の日。何人くるのか、当日になってもまだ把握できないデラ。最低8人、多分来ると思われるのが更に2人、来るかもしれないのが更に4人。8人以上14人以下だ。たくさん用意して余るのは嫌なので、確実に来る8人分だけ用意した。これが大きな間違い。結局12人になったから。 朝は心理言語学の授業に出席し、昼からのタイ語教授法は自主休講。クラスメートのエーさんに、友人が来るから今日は授業に出られない、先生に伝えてとお願いの電話を入れた。さ、とっとと帰って料理の下ごしらえをせねば! 麻婆豆腐の豆腐を切ったり、もやしやアスパラを茹でたり、しゃぶしゃぶ用の豚肉を湯通しして油を抜いたり、市販のキムチを刻んだりしているうちに、みっちゃんから電話が。母親からの荷物が今日届いた、お好み焼きの粉が入っていたから、お好み焼きを作りたいとの事、料理が増えるのはオッケーですわ。みんなとは5時にフジスーパー前集合だけど、みっちゃんは4時10分前にうちに到着。と、ケミーも到着。彼女は今晩、こういったホームパーティーでは初めて手料理を披露するのだ。漢方スープ。骨付きの豚肉を2パックも買ってきた。うーん、漢方スープなんてヘルシーだわ。 みっちゃんもケミーも、20代前半の女の子。若くて新陳代謝が良いって事は、すぐにおなかが空くのね。おばちゃんとは大違い。夕方4時なのに、お腹が空いたと言い出した。で、お菓子が食べたいと言われたけど、うちにはお酒しか無い。え〜、お菓子が無いのお?とびっくりされて、みっちゃんがフジスーパーまで軽食を仕入れに出掛けた。今度から若い子が遊びに来る時は、お菓子を用意しておこう。 5時少し前に、待ち合わせ場所のフジスーパーに行くと、ミジョン、ゆり、あーさん、キョンスーが既に来ていた。私とみっちゃんとケミ−で既に7人。すぐにトシも到着。あらら、主役のあっこがまだなのに、これでもう8人になっちゃった。あっこも10分ほど遅れてフジスーパーに到着。主役のあっこ以外から、今日の会費300バーツを徴収、お会計係りはみっちゃん。お酒やおつまみを仕入れ、みんなで狭い我が家へ。ちょうどご飯がうまい具合に炊けていた。 最初に、キムチで和えた韓国風冷しゃぶサラダと、フランス在住のライター仲間、MAОさんに直メで教えてもらった、ごま油ドレッシングに漬けたきゅうりと人参(レシピ上は人参じゃなくてセロリだったけど)とプチトマトのピクルス。キュウリの青と人参のオレンジとトマトの赤が鮮やかで、自分でも綺麗な出来だと満足。麻婆豆腐は熱々が良いと思ったので、サラダとピクルスをおつまみに、先に飲んでもらってる間に、手早く麻婆豆腐を作る。そうこうしているうちにも、ひろとジョンフーンも遅れて到着。お豆腐8丁分も作ったのに、若いってすごいわね。フライパンを洗って流し台を片付けている間に、ほとんど食べ尽くされてしまった。でも、ケミーの漢方スープが出来上がった。また、お好み焼きに入れる具を買いに行ってくれたあきちゃんも、遅れて到着。食事の順番がばらばらだけど、メインの麻婆豆腐の次が漢方スープ、最後はみっちゃんとあきちゃんお手製のお好み焼き。8切り大判サイズで6枚も焼いたのに、これも焼きあがる端から無くなった。 教訓。自分の年齢で、若い子達の胃袋を推し量るのは止めましょう。 私には、食べ切れない量に思えたけれど、20代の若者達は男女を問わず、本当によく食べる。そういえば、私も昔は大食漢と呼ばれるほどの大食いだったっけ(遠い目) 食事が一通り済んでから、恒例のゲーム大会が始まった。これは、タイ語集中コースのレベル2にジョンフ−ンが編入してから始まった習慣(?)で、それまでのホームパーティーでは、皆で集まってただ食べて飲んで、それぞれが勝手に誰かとおしゃべりするだけだった。9人〜12人前後は集まるのだが、日本人が一番多いので、日本語で盛り上がってしまう事も多く、ケミーやスーチンからブア(退屈、つまらない)とこぼされた事もあった。でも、ジョンフ−ンが音頭を取って、韓国のゲームを紹介してくれ、ミジョン達とやり方の見本をみせてくれ、皆でゲームを始めてから、参加者全員が一体感を味わえる、楽しいパーティーになったのだ。今日は「うさぎゲーム」の他に、2人で1チームになって競い合う「自己紹介ゲーム」を教えてもらった。スピードを競うのだが、負けたチームには、一気飲み(少量づつね)の罰ゲーム。それも、ただ飲むだけじゃつまらないからと、男女がペアで1チームとなり、負けたチームは互いの肩から腕を回し、抱き合う形になって酒を一気飲み、それをデジカメで写すのだ。 アパートの管理事務所を通して、今晩は大人数でパーティーするので、騒がしいと思いますが、夜10時までには終わるようにします、と隣りの部屋のご夫婦に伝えておいたのだが、ふと気付くと10時を過ぎてるよ〜!管理事務所のマネージャーによると、お隣りさんは日系大手メーカーの駐在員で、腰の低い優しいご夫婦との事。騒音迷惑は掛けたくない。そろそろお開きにしよう。でもゲームで大笑いして、また小腹が空いてきたって事で、お会計係りのみっちゃんが集金したお金を計算したら、あっこへのプレゼント代に、ケミーや私、あきちゃんへの食材の立替分を差し引いてもまだ、かなりのお金が残っているというので、近所のラーメン亭でラーメンを食べてからお開きする事になった。若いってすごい(←こればっか) 2003年07月27日 16時19分01秒 |
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今日は国語(作文)のクラスがある日。このクラスの先生は、教え始めてから日が浅いようで、経験不足が顕著で、見ていて辛くなる。タイ人学生達には、楽して単位がもらえる簡単なクラスとして、人気が高い。授業は10時半で終わるので、バイトの時間まで図書館で勉強。 バイトの後、明日のパーティーで作る料理の食材を買う事にした。肉や野菜を8人分買い込んで、460バーツ。8人というのは、参加が確定している人数なのだ。声をかけたのは14人だが、残り6人は来るかどうか判らないので、たくさん用意して余っても嫌なんで、確実に来る人数分だけ用意する事にした。8人分でも、結構な量だわ。 家に着いて、久しぶりにメールをチェックしようとしたら、なんとコンピュータの電源が入らない!昨日の朝に1度ネットに繋いで以降、今晩までパソコンを立ち上げていなかったので、いつ故障したのかは不明。今週の金曜日に出た邦アジア編の原稿を配信しなくちゃいけないのに、またネット落ちだよ。明日の朝一番に図書館のコンピュータラボに行き、出た邦掲示板に配信出来ない旨を断わっておこう。いつも学生で混んでるけど、朝早くなら空いてるだろう。 2003年07月27日 16時17分42秒 |
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今日は七夕の日だけど、織姫は彦星と会えたのかなあ?タイでもちょっぴり雨模様。彦星に会えたうれし泣きか、雨で曇って会えなかった悲痛の涙か。
2003年07月27日 16時16分26秒 |