2004年になりました。今年は一体、どんな年になるんだろう?
年末には世界1周旅行に出かけたいなあ。
夢はでっかく、だ!

2月29日(日)再び退院願い
今日も朝、看護婦に「今日は退院できるから、早くこの点滴を外して。」とお願いしたけれど、もう1度血液検査して、その結果次第だからまだ点滴は外せないと言われた。朝ご飯の前に、身体を拭いてもらい、ベッドのシーツも取り替え、パジャマも着替えさせてくれたので、すごくさっぱりした。

朝は海老のお粥、昼は魚の雑炊だった。どちらも10口ほど食べられた。少しずつ食べられる量が増えてきて、うれしい。食べても吐かなくなったから、胃の消化機能も回復したようだ。12時半、血液検査用の血が抜かれた。今日は、ゆうべみっちゃん達に私のアパートに寄って退院用の着替えを持ってきてと頼んであったので、1時頃彼女達3人が到着し、後は血液検査の結果を待って着替えるばかり。2時にはルアンもまたお見舞いに来た。私の顔を見て、また言葉を失っている。うーん、まだ腫れてるからなあ。

3時頃になって、やっと医者が来た。「思ったほど、ソディウムの価が回復していない。まだ標準よりはるかに低すぎるから、今日も退院は許可できない。」と言われてしまう。そんなあああ〜! 2004年03月12日 02時48分49秒

2月28日(土)退院願い
朝、左手の手首(親指の付け根下)に入れられた点滴の針の部分が傷くてたまらず、朝の薬を運んできた看護婦に、今日はもう退院できると思うから(←根拠無し)点滴はもう止めてほしいと頼んだら、先生に聞いてあげると言ってくれた。で、頭のレントゲンをもう1度取って、問題無いようだったら退院しても良いとの事になった。点滴も中止してくれ、針を抜いたら血が大量に出て、看護婦も慌てていた。これで点滴の棒を引きずらずにトイレに行ける!あの棒、キャスターがついているとは言え、重いのよね。

しばらくして、看護士が移動ベッドを運んできて、寝たまま移された。まだ自分で頭を持ち上げる事が出来ないのだ。そのまま、ベッドでレントゲン室に運ばれ、頭をさまざまな角度からレントゲンを取られた。で、個室に戻ってすぐランチ(海老のお粥とりんご)が運ばれてきた。お粥は5口ほど、りんごは1切れがやっと食べられた。食事のために身体を起こすのも、ベッドの背に身体を支えているとはいえ、起きた状態でいるのも辛い。今日はお昼からゆり達3人がまた付添いに来てくれた。私の腫れ上がった顔が酷すぎて、退院するまで付きそう事にしたようで、ありがたかった。彼女達も、ソファでおしゃべりしたり寝たり、近くのカルフールやロータスに買い物に出かけたり、気ままに過ごしてくれていて、気が楽だった。その場にいてくれるだけで、とてもありがたい事ってあるんだね。

1時過ぎに退院前の最終チェックという事で、血液検査のために血を抜かれた。今度はおとなしかったね、とあきちゃんが言うので「え?今度はってどういう事?」と聞いたら、初日にも血を抜かれたとか。へ?全然覚えが無いと言うと、でも腕に針の跡がついてるでしょ、といわれ、右腕の内側を見たら、あら本当だ。

2時、医者が巡回診察に来た。「まだ、退院は出来ません。血液検査の結果が悪すぎます。」そ、そんなあああ!!ソディウムの価が危機的なまでに低い(クライシスって英単語まで使われた)そうで、この状態で退院させるのは危険、医者として許可できないと言われたので、「木曜日から何も食べてないから、血液の価が標準以下なのは当たり前よ。ご飯食べたら、血液もすぐに正常に戻るから。」と言ってみたけれど、医者は「ご飯は関係ない、点滴を24時間しているのに、この価なのが問題なんだ。運び込まれた時の血液検査では問題なかったのに、3日目で問題が見つかったのは、本当に異常がある証拠だ。今日は絶対に退院は許可できません。」と言われてしまい、がっかり。。。あきちゃん達にも「そうだよ、まだ退院しない方が良いよ、もう少し良くなってから退院しなきゃ。」と言われた。でも、病院のベッドにはもう、うんざりなんだよね。

で、また点滴の針を入れられる事になった。今度は右手の甲に針を入れられる事になり、痛くしないでねと看護婦にお願いしたら、今度のはドロッピング速度は遅くなるけれど、細い針にしたから痛くないですよといわれた。確かに、前より痛くないかも。 2004年03月12日 02時45分44秒

2月27日(金)個室へ移動
朝なのか昼なのかわからないまま(腕時計を外されていたので)うつらうつらしていると、あきちゃん達が来てくれたようだ。それで昼前だとわかった。医者からは水さえも禁止されていたので、喉が渇いてカラカラだった。と、猛烈に吐き気が襲ってきて、また血を吐いた。その時に口をゆすぐ水を看護婦が持ってきてくれたので、この水を飲んでも良いかと聞いたら、医者から飲み物も食べ物も厳禁されていると断わられた。それでも、吐き気がおさまらずに涙を流しながらゲホゲホやって水を飲みたがる私を見るに見かねたのか、内緒だといって他の看護婦の目を盗むように、湯冷ましの水をコップにほんの少しだけくれた。

昼過ぎになって一般病棟に移すから、4人部屋、2人部屋、個室から選ぶように言われた。巡回検診に来た医者に「枕が合わないから帰りたい、首と頭が痛くてここには居たくない。」と言ったが、そんな状態で帰宅を許す事は出来ないと断わられた。友人達も退院なんてもっての他、という顔をする。私はどうやら、自分がどんなに酷い状態にあったのか、全く自覚していなかったようだ(^^;

個室のタマダーを選び、部屋を準備する間に遅めのランチをという事で、ドロドロの味のしないポタージュスープとションプーのランチを出された。でもスプーンがもてなかったので、看護婦がポタージュをすくって食べさせてくれたが3口でダウン。でもションプーは3切れ食べた。その後、看護婦が身体に装着していた装置を点滴以外は全て外して身体を拭いてくれた。ちゃんとボディソープをつけてベッドの上で洗ってくれ、さっぱりした。ただ、個室の準備がまだ出来ないとかで、しばらくそのままICUで待機。うつらうつらしていたら、ルアンがお見舞いに来てくれたようだ。でも、声がみっちゃんとそっくりで、なんでみっちゃんはタイ語で私に話し掛けるんだろう、とぼーっと見たらルアンだった。頭を打って内出血していたせいか、血が右目の周りにまで降りてきたようで、それが皮膚を透して紫色にまぶた周辺が変色し、さらには擦り傷もあって顔がはれ上がり、どうやら別人のような顔になっていたようで、いつもは五月蝿いルアンも、言葉が出なかったようだった。

この日、ゆりとみっちゃんがトンロー警察に私の代わりにバイクの運転手と一緒に出頭してくれていたようで、入院治療費の話が更に詰められたようだった。夕方5時過ぎに病院に戻ってきて、私がまだ個室に移動していなかったので、驚いたようだった。結局、早めの夕食(カオトムプラーとソムオー)がICUの方に運ばれてきたが、一口も食べられなかった。やっと6時過ぎに個室に移動となった。みっちゃん達も個室のソファに居場所が出来たので、それぞれ勝手に寛いでくれていた。個室に移ってすぐ、看護婦さん達がパジャマを着替えさせてくれた。トイレもキャスター付きの点滴の棒を引きずりながら自分で行けるようになり、助かった。初めてトイレの鏡で自分の顔をまともに見て、驚いてしまった。右側は目を中心に紫色に腫れあがり、左側も擦り傷だらけで浮腫んでいる。まったく別人のような顔だった。パジャマを着替えた後、突然また吐き気が襲い、また血を吐くのかなと思ったら、さっき食べた諸ンプーを吐いてしまった。胃の消化機能が相当定価しているようだ。あきちゃん達が帰った後にまた吐いてしまい、結局胃の中はからっぽに。

この日もまだ、自分で自分の頭を持ち上げる事が出来ず、トイレのために起き上がるのが大変だった。また、この日も2時間おきに看護婦がチェックに来るので、眠れなかった。 2004年03月12日 02時46分26秒

2月26日(木)初めての入院
ソイ24の奥に新しく出来たDAVES HOTELでランチビュッフェを食べる為に、みっちゃんとBTS駅で待ち合わせ。DAVES HOTELはスクムビットプラザ破壊事件の首謀者として逮捕された犯罪王・チューウィット氏がオーナーのホテル。犯罪王が建てたタイ様式の豪華なホテルとの事で、興味があったのだ。で、12時半に待ち合わせていたら、改札からトシが出てきた。トシってば私を見るなり「あれ、俺と待ち合わせ?約束してたっけ?」とボケをかましてくれました。違うよ!!

トシは今はエンポリで英会話を習っているらしい。時間があれば一緒にランチをと思ったけれど、授業の時間が迫っているので、また今度って事になった。そうしているうちにみっちゃん登場。

さ、ソイ24からどうやってホテルまで行くかって話になり、バイクタクシーに乗ることに。ああ、これが間違いの元だった。慣れないもんだから、バランス崩して落っこちちゃったんだよ、走ってるバイクから。お陰で頭を打ったらしく、気を失い、気がついたら病院に向うタクシーの中。ソイ24の中ほどでバイクから落ちたので、そこから1番近い病院って事で、テープタリーンという名前の私立病院に運ばれた。

すっごく頭が痛くて死にそう。みっちゃんとあきちゃんが面会時間ぎりぎりまで付き添ってくれて、警察への事故届けや治療費の支払いの事を交渉してくれ、また、私が教えている学校にも事故の連絡をしてくれたりで、本当に助かった。持つべきものは友人だわ〜!

結局この日はICUで過ごす事になった。3回血を吐いたが、胃やお腹は全く問題ない。不思議だわ、あの血はどこから出たのかしら。晩は2時間おきに看護婦が血圧と体温のチェック及び眼球に光を当てて虹彩をチェックするので、全く眠れぬ夜を過ごした。おまけに枕が高くて固いので、首と頭が凝って痛くてたまらなかった。 2004年03月12日 02時45分49秒

2月17日(火)〜25日(水)
特に何も無く、バイトに、小論文に、打ち込むだけの日々。 2004年03月12日 02時45分00秒

2月16日(月)新しいプライベートの生徒さん
朝は二コールの授業。だんだん難しくなっていく。はああ。試験はどうなる事やら。

昼過ぎ、ヌッが彼女の勤める語学学校に連れて行ってくれた。BTSアソーク駅から徒歩1分の便利なところで、大学からも近くて都合が良い。クラスは2人のセミプライベートで、一人はオーストラリア人、もう一人は中国系カンボジア人との事だった。2人共、クラスで日本語を勉強したことはないけれど、独学でベーシックは話せるから、同じレベルとの事。で、授業をはじめて驚いた。

いや、確かにレベルは同じくらいなんでしょうが、オーストラリア人は英語だけ、中国系の方は英語が苦手でタイ語で教えて欲しいというので、トリリンガル授業となった。まず日本語を話し、次に英語、さらにタイ語で説明するのだ。同じフレーズを日本語・英語・タイ語で繰り返すたびに、なんだかおかしくなって笑ってしまった。授業の最後に感想を聞いたら、中国系の生徒は3ヶ国語で授業してもらうのは申し訳ないというし、英語オンリーの生徒は、英語しか話せないのが恥かしいと言い出すしで、なんか、はちゃめちゃな授業をしてしまった。深く反省。授業後のおしゃべりで、日本語を勉強したい動機を聞いてみたら、なんと2人ともご主人が日本人なのだとか。私は日本人なのに、日本人男性とは縁が無いわよと冗談半分に言うと、生徒さん達は顔を見合わせて「それは、私たちが取っちゃったからね。」ですって。

授業の後、忘れていた時給の確認。今、教えている学校よりも百バーツ低かった。ま、いいか。20時間で終了だし、ね。 2004年03月11日 11時48分33秒

2月15日(日)新しい仕事
夜、ヌッから電話があり、彼女が働いている語学学校で日本語教師を急募している、来週の月曜から月水金の3日、午後から2時間教えられるかと聞かれ、2つ返事で引き受けた。ちょうど午後は空いていたもんね、これで収入アップさ。あれ、でも時給聞くの、忘れてた。 2004年03月11日 11時46分42秒

2月14日(土)バレンタインデー
今日は中級2と上級3のクラスの日。両方のクラスでバレンタインデーの過ごし方を聞いてみたら、恋人のいる子もいない子も、別に特別な事はしないという。「先生、あれはファランの日ですよ。愛し合っている恋人同士には、毎日がバレンタインデーじゃないといけません。」と反対に言われてしまった。そっか。

夜、素敵なカードが届いた。例えファランの日でも、やっぱうれしいじゃん。 2004年03月11日 11時46分08秒

2月13日(金)俵まちを知らないなんて。。。
今日は、夕方からみっちゃんにチュラの図書館に付き合ってもらった。行った事がないから、行き方や利用の仕方を説明してもらう為だ。結構広い図書館でびっくりした。一般の人は入る時に20バーツ払わないといけない。中に入ると、まずはコンピュータで必要図書を調べる。えーっと、あれ、チュラにも無いのか。まずいなあ。アメリカから取寄せすると、めっちゃ高いぞ。他に何か良い本がないかな、と思い、次に言語学関係の図書が何階にあるかをチェック。それから、その階に行って本を2冊選び、必要箇所をコピーしてもらう。コピー代はMSWと同じで安い。いいなあ、タイは。コピーライトなんて関係ないもんね。

それから、サイアムの街に出て、MAOさんに送る小包用の封筒を探す。特大サイズの茶封筒なら、定形外でもあるはず。で、3軒目の小物ショップででかいサイズの封筒をやっと見つけた!よかった。EMS用の封筒は大サイズでも小さすぎたけれど、この茶封筒なら布バッグがちゃんと入りそう!

で、お腹が空いたので、センターというタイ料理屋さんで晩ご飯。みっちゃん推薦のお店だけあって、安くて激美味だった。牡蠣の炒め物(オースワンとかって奴)と上海サラダ(ヤムウンセンのウンセンが幅広のセンヤイみたいな奴)とムーヤーンのサラダ風とカオニャオ一皿とご飯一皿、それにお水1本で一人120バーツだった。味と量を考えたら、安過ぎでね。

食事時に、サラダ系をたくさん頼んだので、俵まちのサラダ記念日をちらっと言ったら、すごく感心された。っつーか、ギャグじゃなくて、短歌なんだけど。え、ひょっとしてみっちゃん、俵まちを知らないの?と聞いたら、全然聞いた事が無いという。ひょえ〜、本が大嫌いとは言ってたけど、読まなくても名前くらい知っていそうなもんだけど。というと、えー、デラが特別なんだよ、普通は知らないよおと言われ、よし、じゃあトシに聞いてみようとトシの携帯に電話したら「俵まち?知ってるよ。」さつきさんも「知ってるよ。」ほらね、みっちゃん。えええ〜って言ってたけど、知ってるのが普通で知らない方が特別だと思うんだけど。。。

帰りは、ガトーハウスで御気に入りのチョコパンを買って帰った。 2004年03月11日 11時47分13秒

2月12日(木)落第点、みんなで取れば怖くない(涙)
朝はワナガ−ン先生の講義。その後、先月2回に別けて行われた中間試験の成績を聞く為に、一人づつ先生のオフィスに呼ばれた。私はガイの次。1回目の試験は、私はヌッの次に結果が良かったとの事で、ほっと一安心。次に、2回目の試験の答案用紙を見せられた。えーと採点結果は。。。え、23点?!30点満点で23点って、落第じゃん。ガ−ン。。。

大学ではC以上(71点以上)が及第点だが、大学院はB(81点以上)以上じゃなければ落第だ。で、30点満点で23点というのは、100点満点に換算してもC。どう転んでもC。どうあがいても落第だ。ひぇええ〜っお代官さまあ、なんとかして下せえ。

落第点を取ったショックで青ざめている私に、先生は「とても満足しています。」とのたまった。え、満足?何が満足なのよ?私が落第して満足だってえの?とちょいと荒れた気分で(心の中で)激しく先生に突っ込みを入れたら、先生は1枚の紙を取り出した。生徒の名前と点数の一覧表だった。30点満点で20点を超えたのは、23点だった私と21点だったヌッだけで、他の7人は10点から18点の間に散らばっていた。落第点、みんなで取れば怖くないってかい?落第点の中では1番良い点数だったと考えるべきか、1番良くても所詮は落第と考えるべきか。50歩100歩を、どっちも同じようなもんだと考えるのか、同じようなものでも確実に50歩の差はある、と考えるべきか、迷うようなもんだ。シュールだなあ。

お昼は皆で運河を渡った橋の袂にあるイサ−ン屋台でソムタムを食べ、学校に戻った。午後は一人づつ、今度は二コールとの個人面談があるんだ。3月中旬提出予定のSemanticsの小論文の出来具合を、報告しなきゃいけないんだ。これは修士論文の練習だ。私は1番最後に名前をサインしたので、クラスメート達が全員終るのを待たなきゃいけない。と、1時頃にみっちゃんから電話があった。履歴書に添付するカバーレターの英語を添削して欲しいというのだ。お安い御用さ。

1時半過ぎにみっちゃんが大学に来て、二コールのオフィス近くの廊下のテーブルにいる私に合流した。みっちゃんの英文、しっかりした文章じゃん。履歴書用の文体にさくっと訂正して、後は二コールとの面談の最後に直してもらった。二コールと話している最中、携帯が鳴った。ルングラットからだった。面談が終ってからコールバック。なんと彼女、バンコクに今向っている最中だという。最後に会ったのは去年、まだ彼女のおなかに2人目が入っていた頃だ。これから会おうというので、エンポリまで来てくれるなら時間があるけど、他の場所なら無理だと答えた。だって6時半から日本語の授業があるからね。3時半にまた電話が入り、道が混んでいるから4時迄にエンポリは絶対に無理、セントラルチットロムまで出て来れないかと言われた。うーん、授業は6時半からだから、5時半にチットロムからBTSに乗って、教科書を取りに1度家に帰らなきゃいけない。ルングラットと会える時間は、1時間ちょっとか。日曜日にゆっくり会おうよ、と言う私に、日曜日はもうナコンパトムに戻るから、時間は今日しか無いという。えー、と尚も授業の時間を心配して出渋っていたら「グダグダ言ってる暇があったら出ておいで、この面倒臭がり屋が!!」と一喝されてしまった。「はい」と返事して、とりあえず大学から1番近いBTSアソーク駅に向った。

4時15分にセントラルチットロムのスタバで待ち合わせ。久し振りに会った彼女、体重を少し戻すのに成功したようだった。最後に会った時は妊娠中で、12キロ太ったと言ってたからなあ。身体はともかく、顔は相変わらず綺麗だ。そう告げたら「まだまだ男、騙せるかな?」とケラケラ笑う。「あと、せめて5キロ痩せたら、完璧だよ。」と真顔で言ってあげた。ルングラットとは、歯に衣着せずに話せるので気が楽だ。

ご主人の両親とは相変わらずのようで、同居の苦労に国籍は無いんだなあと思った。「本当にね、可能なら夫を取り替えたいわ。若くて新しいのが良いなあ。」なんて言う。彼女は独身の私に決して「結婚なんてするもんじゃないよ。」とは言わない。その代わり(?)ずっと同じ男とこれからも一生暮らすのかと思うとうんざりだとか、もう飽き飽きだ、刺激が欲しいと言う。うーん、こういう不満にも国境は無いようで(^^;

でも、久し振りに元気な彼女と会って、なんだかすっごく気分転換になった。出不精の私を叱り飛ばして、チットロムまで呼びつけた彼女に感謝しなきゃ! 2004年02月25日 02時19分59秒

2月11日(水)我が愛しのサムスン
朝はSemanticsの授業、その後は日本語のプライベート。今日で30時間のコースが終了。最後のレッスンなのに、最後の最後までやる気が見えず、本当にこの子はなんで日本語を勉強しに来たんだろう、と思ってしまった。親の金で払う授業料だから、痛くも痒くもないのだろうけど、教える方としては、復習するなり1日最低1単語覚えるとか、何か目標持って勉強して欲しかった。。。なのに授業の最後に「僕は良い生徒だったでしょ?」というので、はああああ〜っと脱力。

一体彼はこの30時間で、何を学んだのだろう?私は川べりに彼を連れて来る事は出来ても、彼に水を飲ませる事は出来ない。彼には、自分で水を飲まない限り、川に来ただけでは知識は自分のものにはならない、という事に気付いて欲しい。お父さんの跡を継いで、いづれはイタリアや日本、中国とも取引のある会社の社長になるんだから。。。

夕方、大学が終ってからフジスーパーで買い物したいというみっちゃんと、フジで待ち会わせてチュラの図書館に行く約束をしていたのだが、ガウ君最後の授業で精魂尽き果て、とてもサイアムまで遠出する元気がなくなった。大学での講義が終った5時過ぎ、みっちゃんとゆりの2人からフジスーパーに着いたよ、との電話が入り、私もフジに行ったけれど、2人に疲れちゃったと事情を話し、スクムビット界隈でご飯を食べるだけになった。チュラの図書館は金曜日に改めてみっちゃんと行く事になった。フジスーパーでは、さつきさんも買い物をしていた。さすがは日本人の社交場、フジ。一緒に夕ご飯をどう?と誘ったけれど、トシを一人でほっとく訳にもいかないようで(当たり前か)私たち3人だけでの夕ご飯となった。

ご飯の場所は、フジ近くのタイ料理屋。ここ、本当に安くておいしいのだ。こんな一等地でこんなに安い値段で大丈夫?って感じだが、よく言えばガーデンスタイル、はっきり言えば屋台が巨大化しただけのエアコン無しの食堂だから、高い料金は付けられないのかも。フジで飲み物を買って持ち込み、料理だけ頼む。ゆりもみっちゃんも制服姿。それでスパイなんか飲んでるんだから、不良女子大生って感じだ。最初は「制服なのにスパイ飲んで平気かなあ?」と心配していたみっちゃん、「大丈夫、外国人だから大目に見てくれるよ。」なんて言って勧めた私が、1番悪いんだけどね。

ご飯を食べながら、近況報告をし合っているうちに、話題はDVDになった。実は機械音痴の自分、DVDが何なのかよく判らないので、ゆりが「時間があるなら、これからエンポリに買いに行こうか?実物見るのが1番早いから。」と言ってくれ、3人でエンポリの家電売り場へ。へえ〜、DVDってヴィデオだけじゃなく、CDも聞けるんだね。多機能で5千バーツで買えちゃうなんて、お値打ちものじゃん。でも、デラの興味は家電売り場横の携帯電話へ。去年の11月中旬、床に携帯を落として以来、バッテリーの消耗が異常に早くなってしまったのだ。それに、ゴムで留めておかないと、バッテリーと本体がすぐばらけてしまう。しかも、バッテリーには落とした時の衝撃で出来たらしいひび割れもある。満身創痍の携帯なのだ。

友人2人に「携帯買いたくなっちゃった。どれが良い?」と聞くと「ノキア!」との答え。電話とメールを送りあうだけだから、1番安いノキアで良いや、と家電売り場の脇にある携帯ショップへ。ノキアは3千9百バーツからあった。売れ筋は4千7百50バーツのモデル(番号は忘れた)だが、ちっとも可愛くない!!ごっつい上に重い。洒落たデザインになると1万バーツ以上する。買って1年で携帯を壊した自分としては、デザインだけに高いお金を出す気がしない。おまけにノキアって蓋が付いてないのね。ずっとエリクソンを愛用していた私、携帯はパカって蓋を開けて使うのが好きなのだ。

1番シンプルでとりあえず電話とメールが出来る3千9百バーツのにするか、もうちょっと機能が多い4千7百バーツ強のにするか。悩んでいたら、サムスンの携帯が目に留まった。あら、可愛い!すごいすごい、手の平サイズだよーん。一目ぼれした携帯の値段をチェックすると、7千9百バーツ。それが1千バーツ引きで6千9百バーツに!でも、使い心地は?と、みっちゃんがミジョンに電話をかけて聞いてくれた。韓国メーカーの事は韓国人に聞けってかい?でもミジョンは、ソニーエリクソンを使ってるんだけど(^^; 

サムスンの携帯を見つめていたら、お店の人が同じ7千バーツ前後の価格帯のモトローラを見せてくれた。韓国製とアメリカ製。10年以上前なら、迷わず米国製を選んだと思うけど、今は、携帯に限れば技術に大差はない。デザインはアジアの繊細美というか、まあ人それぞれで好みはあると思うけど、私はサムスンだなあ。それほど、この手の平サイズの小さい携帯が気に入ってしまったのだ。一目惚れ。でも、衝動買いはいけない。コーヒーを飲んで頭を冷やしてから、買うかどうか決める事にして、ゆり達とスウェンセンへ。ここでアイスクリームを食べながら、満身創痍で瀕死の我がエリクソンをバッグから取り出した。

ここ数週間の内に買い換えないと、エリクソンは本当に逝ってしまう。私の扱いが乱暴なせいで、2度も床に落としてしまい、本来なら3年でも5年でも使えるエリクソン君(ソニーエリクソンは軟弱だが、ソニーが入らない100%のエリクソンは結構頑丈)を、こんな姿にしてしまった私。だとしたら、携帯に高いお金をかける事自体が間違いなのでは?携帯はそもそも、電話が掛けられりゃ良いのよ!よし、決めた!ノキアの1番安い奴にする!さあ、さっきの携帯ショップに戻りましょう!

お店の人は我々が戻ってきたのを見て、満面の笑顔で迎えてくれた。さあ、私にそのノキアを寄越しなさい!と私が指差したのは、でもサムスン君。この指がああ〜!だってだって、一目惚れだったのお〜!

で、サムスンは私のものに。シムカードをエリクソンから移し変えてもらっていたら、みっちゃんがMBKでそのエリクソン売れるよ、と言い出した。だって壊れてるんだよ?お店の人に「このエリクソン、MBKに持っていったら、いくらで売れると思う?」と聞いたら、え、売りたいなら俺が買うよ、だって。でも、アタッチメント部分が壊れていて、ゴムで留めないと使えないんだよと説明したら、それでも買うという。中の部品が売れるのかな?ま、ゴミ箱行きだと思っていたから、値段はどうでも良いや。じゃ、好きな値段でどうぞと言ったら、5百バーツくれた。

サムスン、めちゃ気に入ってます。本当に可愛いの。しかも着メロの音が良い。うれしいなあ。 2004年02月25日 02時17分29秒

2月10日(火)なんか、疲れた。。。
今日は1日、やる気が出なかった。。。 2004年02月25日 02時17分26秒

2月9日(月)携帯辞書の正体
朝、まだ少し頭がフラッとしたけど、平熱だったので講義に出席。午後は日本語のプライベート授業。今日は、東京の気候を聞かれ、湿度が高いからバンコクより暑く感じると教えたら、湿度の意味が判らないと言われた。うーん、バンコクは湿度なんて関係無いから、知らないのかな?普段は「英語も話せる!」と胸を張る生徒・ガウ君にhumidityと英語で書いても、そんな単語は、使った事も聞いた事すらないと言う。じゃあ、家に帰って英泰辞書で自分で調べてねと言ったら「俺の辞書はこの携帯に入っている。」という。え、パナソニックの携帯は電子辞書機能も付いているの?!とびっくり仰天。なので、今すぐその携帯辞書で調べてみてと言ったら、なんと友人に電話を掛けて意味を聞いている。うーん、携帯辞書って。。。そういえば休学中の大学はABAC、タイの大学なのに授業は全て英語で行う名門私立大学だっけ。仲間内で1番英語が出来る友人に電話を掛けたようだが、結果は「聞いた事が無い単語だ。」で、スペルを教えていた。

なので、私も対抗して「じゃ、先生も携帯辞書で調べるわね。」と言ってクラスメートのヌッに電話した。「humidityはタイ語で何ていうの?」と聞いたら、即座に答えが返ってきた。さすがはヌッだ。ガウ君にhumidityのタイ語訳を伝えてもらって電話を切ったら、「そのタイ人は誰?」と聞かれた。モーソーウォーの院生だと答えると、なんでそんな(マイナーな)単語を知ってるんだ?と聞く。結構マジな顔で「俺の大学(ABAC)は授業は全て英語だし、さっきの友人は学部で英語が1番出来る奴なんだぜ。その彼が知らない単語を、なんで先生の友人が知ってるの?」なんて言うので「先生の友人の方が英語が出来るからでしょ。」と答えた。「でも、うちの大学はABACだぜ。」となおも言い募るで「所詮はエカチョンでしょ。モーソーウォーはヘンチャートだからね、レベルが上なのよ。」と澄まして言ったら、悔しそうな顔をされた。大人げ無いとは思ったけれど、ちょっと気持ち良かった。子供相手に何やってんだか>自分。でも実際、どうなんだろ。彼の悔しそうな顔は、世間の一般評価ではABACの方がモーソーウォーよりレベルが上、と物語っているようだが。 2004年02月18日 04時05分12秒

2月8日(日)熱
なんか、身体がだるいなあ。と思ったら、熱があった。38度5分。参ったなあ、風邪引いちゃったよ。急いでアーユルベーダの薬を服用。アーユルベーダって穏かにゆっくり効くはずなんだけど、夜には体調が良くなった。ほっ。 2004年02月18日 04時04分58秒

2月7日(土)不吉な日
昼から日本語上級のクラスだ。なんか今日は、気分が乗らない。頭が痛い。。。で、学校に向う途中、また鳩の死骸を見てしまった。不吉過ぎる。。。

夜、雨だよ、雨。雨が降ったよ。びっくり。。。雨だからかな、なんか寒くなってきた。早く寝よ。 2004年02月18日 04時04分23秒

2月6日(金)ガウ(仮名)家の教育方針
今日の日本語プライベート授業は、ゆりとみっちゃんに飛び入り参加してもらった。今の生徒さん、全く復習しないから、何度も何度も何度も同じ単語の意味を聞く。何度も何度も何度もその単語は習ってないと言う。わずか30分前に繰り返した単語ですら、まだ習っていないという。その脳みそはザルか!?いくら気が長い私でも、いい加減にしないと堪忍袋の緒が切れるぜ。

って訳で、彼には何か刺激が必要だろうと思い立ち、彼と同年代の日本人女性に飛び入り参加してもらう事にしたのだ。最初にみっちゃんが登場。ええええ〜っ、何で前もって言ってくれなかったの?と驚愕する生徒・ガウ君。今の実力の日本語で自己紹介して欲しかったからね、と答えたら、意地悪と言われた。いやいや、復習を全くしない君が悪いよ。彼のように、遊びの為に日本語を勉強している場合、いつどこで使うか判らないから、とにかく実践あるのみ。みっちゃんには「この子は日本から来る女の子の為に、日本語を勉強しているのよ。」と説明したら、それはもう、どうでも良いと言い出した。「今はとにかく、勉強に専念するんだ。まずは中国語と日本語をしっかり勉強して、中国のビジネスについても学び、学位もちゃんと取得して、見識を深めてから会社に入れば、今まで培った知識(見識)が仕事に必ず役立つ。数ヶ国語を話せて、博学で仕事も出来れば、何もしなくても女は寄ってくる。」と力強く言い放った。すごい!とみっちゃんと2人で感心したら「って、お父さんが言った。」だって。素晴らしいお父様だわ(^^; 授業が終ってから、ゆりも来た。しばらくみっちゃんとゆりに、ガウ君との簡単な日本語会話に付き合ってもらった。やっぱり若い女の子と話す方が楽しいのか、ノートや教科書をめくりながら今まで習った単語や文章を駆使して、一生懸命に会話しようとするガウ君。やっぱ、女の力は偉大だな。

飛び入り参加のお礼(?)に、ガウ君がMBKまで新車で送ってくれると事になった。彼の車はセリカ。馬の名前かと思ったら、トヨタだった。さすが新車、乗り心地が素晴らしく良い。そう誉めたら、この車は弟に譲るという。ええ?だって弟はニュージーランドに留学中だし、まだ17歳じゃん。「でもあいつ、この車を欲しがってたから。」で、自分用に既に新車を買ったらしく、誇らしげに携帯のカメラで撮った新車の写真を見せてくれた。天井の無いスポーツカー。オープンカーっていうのかな?車の事はよく判らん。でも、弟は17歳なのに免許はどうするんだ?と聞いたら、車はやるけど、あいつは成人するまで親父から運転は厳禁されてるんだ、と言う。そういえば、弟は中学生まで札付きの不良って自分で言ってたから、それでかな?じゃあガウ君はいつから車を運転しているの、と聞いたら、運転暦は長いよ、もう4,5年は運転しているという。えーと、君は今20歳だから、4,5年前ってーと。。。え、それって違法じゃないの?なんでそんなに早くから運転してるの?と聞いたら、大学に入ったのが早かったから、との超意外な答えが返ってきた。飛び級して16歳で大学生になり、郊外のキャンパスに通う為に運転を始めたらしい。え、頭良かったの、この子?思わず「凄い、頭良いじゃん!!」と叫ぶと、ちょっと照れたように「入るのは早かったけど、まだ卒業してない。」あ、そっか。バンコクの大学を卒業してから北京に留学したんじゃなくて、休学して行ったのか。卒業していないのを恥じるだけの謙虚さはあるのね。良い子じゃん。今日でたくさん、見直したよ。

彼はMBKに着くまで、家族の話を沢山聞かせてくれた。母親のポートレートも財布に入れており、それがまた、めちゃくちゃ綺麗なんだ。肌なんか真っ白!今年で44歳なのに、マジで30代半ばにしか見えない。3人も子供を産んで、こんなに若さと美しさを保っていられる(しかも老化の早いタイ人が!)なんて、やっぱり金持ちは凄いなあと感心。あまりにも世界が違い過ぎて、嫉妬する気すら起きないよ。姉や弟と写した写真や、父親とカラオケしている写真も見せてくれた。いや、良い家族だよ。しみじみ。

家のカラオケ装置で歌うのが趣味というお父さん、趣味が嵩じてタイの演歌をCDに吹き込んだらしく、これが親父の声だよ、と言って父親のCDを聞かせてくれた。お世辞抜きで、上手だった。。。またある日、父親の運転する車に乗っていたら、右折禁止の標識のある道路で右折し、警官に止められたそうだ。警官に「あの標識が見えなかったんですか?」と職務質問された父ちゃん、答えて曰く「いえ、あの標識は見えましたが、あなた(警官)が見えなかったんです。」と答えて、罰金を徴収されたとか。うーん、この息子にしてこの父親ありだね。

夜、タイは何曜日に生まれたかが重要だというのを思い出し、曜日占いなんてあるかなって思って検索したら、ありました!デラのを占ってみたら。。。え、あたしゃ妖怪かい。

● ● ● 無垢の水曜生まれ−★妖怪人★ − 水曜生まれのあなたは妖怪人-ようかいじん-

昔話に出てくるような人間好きの優しい妖怪に近い人。人間じみた欲望が薄く、幻想的で純粋。

■長所***●豊かな創造力と、弱い者を守ろうとする母性的、父性的気質を持っています。感性が鋭く、他者の痛みを我が事のように感じることが出来ます。戦争や差別のニュースを見ると落ち込む優しさを持っています。自己犠牲的で、穏やかで暖かい海を連想させるような性質せす。普段は穏やかですが、本当に怒ると、怖い人に変身します。怒りにふれた人はあなたを二度と怒らせないよう気遣うでしょう。能力面では、幅広い芸術性に恵まれており、芸術を趣味に持つ人が多いようです。寂しがりやな一面もあり、人と一緒に居る事を好みます。七曜の中では一番汚れない純粋な人です。あなたを助けてくれる人は大勢います。損しているようで、実は得な人柄です。

■長所以外***●人を信じ夢見がち。戦うよりも譲ってしまう。人を笑わせようと無理にユーモアを披露して、後で疲れることも。八方美人で気遣いすぎます。自主性に欠ける面もあります。

■恋愛では***●好きになると、相手の為に自分が出来る事はないか?、とまず考えます。誰かに必要とされたい愛情が特徴です。感謝を素 直に現してくれる異性と相性が良いです。「有り難う」の一言で、全ては報われるあなたです。重厚型恋愛【相手の人生と自分の人生を重ねあわせ、必要要素となろうとします】


<守護エレメント>--水-

<向いている職業>●インテリアなど、衣食住関係の仕事。保母さん保父さんも向いています。看護婦、ケースワーカー。社会福祉関連のお仕事。音楽、舞踏系の芸術家。カウンセラー、占い師など癒しの才。

<守護星>●*ファーストスター*想像力と母性の星::月*セカンドスター*夢と陶酔の星::海王星

<守護を司る神>●汚れなき処女神アルテミスが強く守護し、海の神ポセイドンが温かな海水で包み込むように、母性の女神デメーテ ールが穏やかに見守り補助しています

<ラッキーカラー>●スカイブルー,アクアブルー,キャノン,ターコイズ,ドジャーブルー

感想。全部当ってます。は、私は妖怪です。 2004年02月18日 04時03分11秒

2月5日(木)暗算できないタイ人たち
今日もまた、大学のベーカリーでお釣りを間違われた。合計40バーツなのに、50バーツだという。今日は疲れていたので、女の子に電卓を指差して、あれで足し算するように言ったら、むっとして電卓を叩き始め、あって顔で「やっぱり40バーツです。」と表示画面を指し示した。こういう時、タイ人は決して「コートー(ごめんなさい)」と言わない。別に良いけど。もう慣れてるし。昨日に引き続き、わざとじゃないとは思うけど、暗算出来ないなら、最初から電卓使えよって思った。でもほんと、タイ人って暗算出来ない人が多いよね。電卓使っても合計金額間違う事あるし、1千バーツ以内の簡単な買い物なら、自分で暗算した方がよっぽど信用できるよ。

今日も遅刻しなかった生徒さん、偉いなあ。今日は第6課『今、何時ですか。』をやるので、朝は何時に起きて、朝ご飯は何を食べてというように、生徒さんの1日を言わせた。すると、学校には12時に着いて、お昼ご飯は学校のキャンティーンで食べていると言う。遅刻したのを叱られたからだ。正直、見直した。 2004年02月18日 04時02分19秒

2月4日(水)やっぱり疲れる生徒さん
朝、大学のエアコン無しの学食で鳥の照り焼きセットを頼んだ。今まではチキンカツカレーも親子丼も、鶏肉の代わりに小海老のフライが入っていたので、てっきり鳥の照り焼きもムーヤーン(豚の炭火焼)に変更されてると思っていた。ところが!なんと鶏肉が出てきた。おお、学食にも鶏肉が戻ってきたか。KFCは170度の油で5分揚げてるそうだから、菌の死滅が信じられるけど、この学食ブース(SIAM JAPANESE)では、ちゃんと熱を通してるのかな?と一瞬躊躇ったけれど、同じ鳥の照り焼きセットを食べているタイ人の男子学生がいたので、思い切って食べてみた。あら、結構おいしいじゃん。でも、今朝見た限りでは、他のブースで鶏肉料理を出しているところは、やっぱり無かった。当たり前か。。。

午前中はSemanticsの授業。今日の授業も難しかった。本当は学期末論文のTitleとOutline、今日が提出期限だったんだけど、来週月曜日のプレゼン準備でSemanticsの方まで気が回らないんだ。それで、二コールに「来週のプレゼンが終ってから考えたいんだけど、良い?」と聞いて、許可を得た。

授業のあと、ヌッから「3月中旬から5月末まで、夏休みでしょう?彼(日本人の婚約者)に頼んで日本に行こうかなって思っているの。自分の滞在費くらいは自分で稼ぎたいから、向こうで2ヶ月ほど仕事するつもりなんだけど、どんな仕事があるかな?」と無邪気に聞かれた。「観光ビザで働いて、もし捕まればタイに強制送還。そうしたら今後、日本への再入国は10年くらいは無理だと思うよ。」と答えたら、すごくびっくりされた。「どうして働けないの?」「だって、観光ビザでしょ。」「えーっ、私は卒業後に彼と結婚するのよ。配偶者ビザみたいのは取れないの?」「まだ結婚してないでしょ。外国人が日本で働くには、労働許可証が必要だよ。」「じゃあ、労働許可証があれば働けるんだね。東京なら、タイ語を教えている語学学校がきっとあるよね。そこに連絡したら、労働許可取れるかな?」「2ヶ月じゃ雇ってくれないんじゃないの?」「じゃあ、修士論文のリサーチの為って事で労働許可は申請できないかな?」「・・・あのね、絶対無理。大体、そんな簡単に労働許可が下りるなら、不法労働者が日本にたくさんいる訳無いでしょ?」「・・・そっか。」判ったのかどうか、彼女はあやふやな顔で首を傾げてした。

留学生なら、週に20時間くらいは合法的にアルバイトが認められていたはず(今はどうなのかな?)と言うと、週に20時間しか働けないの?と、びっくりされてしまった。もし、婚約者の日本人が彼女に「大丈夫だよ、アルバイトならすぐ見つかるって。」なんて安請け合いしていたとしたら、とんだ大馬鹿者だ。警察や入管に見つからなければ大丈夫、とでも思ってるんだろうか?無邪気な彼女よりも、日本人婚約者に腹が立った。自分のカミサンになる女性だろう、もっとしっかり調査して、日本の現状を教えてやれよ。

ベーカリーで大好きなチョコパンと生ハムパンを買って、100バーツ札を出したら、お釣りを間違われた。100−24=66?彼女に受け取ったお金を見せて、お釣りが足りないと言ったら、「パンは2つで24バーツです。」と堂々と言われた。彼女にもう1度計算するように言うと、最初は間違って無いと言っていたのに、途中で「あっ」と小さく叫んだ。ま、わざと誤魔化したんじゃないとは思うけど。それから、日本語を教える為に学校に直行、生徒さんが来る前に急いで食べた。昨日は大幅に遅刻した生徒さんを叱ったせいか、教室に入るなり「今日は遅刻しなかったよ。」と胸を張った。それって、当たり前じゃん。。。

なんていうか、彼って本当に何で日本語を習いに来たのか、よく判らない。弟の方には、ニュージーランドの高校を卒業したら、日本の大学に留学という明確な目的(使命?)があった。同じ理由で姉は今、イタリアの大学に、彼自身も北京の大学に留学中で、北京語会話はマスターしたようだ。この冬休みが終って北京に戻ったら、読み書きの特訓が始まるらしい。3人兄弟の中で、日本語の担当は弟のはず。

とにかく、ちょっとでも発音が上手くできて、進歩が少しでも見えたら、大袈裟なくらいに誉めた。まるでベビーシッターか幼稚園の先生になった気分だ。で、今日は「本当ですか?」と「大丈夫ですか?」が言えるようになった。大したもんだ(←嗚呼、投げやり) 2004年02月06日 03時39分33秒

2月3日(火)チョムスキー、再び
今日は大学の講義は無く、午後にプライベート、夜は初級と中級のクラスを教えた。初級も中級もクラスなので、色んな生徒がいて楽しい。初級は人数が減って、それでもまだ20人いて、ずっと名前を覚えられなかった。が、1月末から出席簿を見ながら名指しで質問するようにして、今日はなんとか全員の名前を覚えられた。まあ、15人しか来てなかったからね。残りの子達も、木曜日に来れば覚えられるとは思う。中級はいつも来るのは5人から6人で、名前は全員覚えている。夜のクラスは、時間も遅くなるし結構大変だけど、楽しい。

でも、プライベートの方はねえ。。。今の生徒さん、今日は本当にやる気がなくて、苦労した。とにかくおしゃべりしたがるのだ。おまけに25分遅刻したので、次は待たないで帰るからね、と叱った。「ごめんなさい、気を付けます。」と殊勝に謝った後、先生、怒ってる?と顔を覗き込むので、本当に子供なんだなあと思った。弟も子供っぽかったけど、にいちゃんは21歳にもなって、17歳の弟以上にガキじゃん。最初の印象、しっかり者の兄貴と甘えん坊の弟、は撤回。

夜は、来週月曜日のプレゼン準備のため、テキストをチェック。ああ、チョムスキーよ再びって感じだ。またまた、CompetenceとPerformance、surface structureとdeep structure。これって、心理言語学の講義でも習った内容のような気がする。すっごく範囲が広いんだよなあ。1時間もテキストを読んでいたら、頭が痛くなったので、寝る事にした。 2004年02月06日 03時39分56秒

2月2日(月)プレゼンのうち、一つが終ったよ〜!
今日は10時からプレゼンだった。Constituent and Constructionのうち、私がConstituentを担当、ノットがConstructionについての発表だった。昨日の夕方、「明日のプレゼンの範囲を教えて!」と電話を掛けてきたくらいだから、ノットは敵前逃亡で今日は来ないかと思ったけれど、ちゃんとやってきた。で、彼女が用意したプリントを見たら、やっぱり。。。教科書を要約&丸写ししただけ。まさか、それをただ読むだけじゃないでしょうねと思ったら、やっぱり他の子達同様、プリントを棒読みして終った。うーん、これが大学院レベルの発表かい。なんか違うんじゃないかい?私はホワイトボードに図を書きながら、教科書の内容丸写しではなく、それを咀嚼して自分の言葉に直してプレゼンしたのに。うーん、この調子では、来週のプレゼンが思いやられる。だって、来週はチョムスキーの爺さんの論説と彼が提唱したUniversal Grammarと Transformational Grammarについての発表で、今日以上に難しい内容だ。3分の2は私、ノットには3分の1だけやって貰う事にした。本当は、全部一人でやった方が、気が楽なんだけどね。

その後、語学学校に行ってエレベータに乗ったら、中でニュースが流れていた。女子アナウンサーが「一昨日にタクシン首相がKFCで鶏肉を食べてみせ、昨日の日曜日、私もKFCに言ってみた。すると、行列が出来ていたわ。私も並んでやっと注文できたけれどね。」と言っていた。KFC、ナヨック、タークシン、ローキウと言った単語が聞き取れて、うれしかった。日本語を教えたあと、家に帰ろうと学校の外に出たら、鳩が1羽、死にかけていた。なんか、ぞっとした。SARSの時は全然怖くなかったのに、今回の鳥インフルエンザは結構怖いなって思う。それは、鳥の死骸を目にするから。テレビの画面に写る、死んだり処分された鶏じゃなくて、家の近くに落ちている鳥の死骸だから、余計にリアルだ。 2004年02月06日 03時37分57秒

2月1日(日)勘弁してよ、タイ人!!
昼過ぎでバイトを終わらせ、エンポリデパートのKFCに行ってみた。昨日、タクシン首相が鶏肉の安全性を国民に訴える為に、KFCでチキンをしこたま食らうとのパフォーマンスを演じたのだ。昨日の今日じゃ、すぐには結果は出ないかなって思ったら、行列が出来ていて、超ウルトラ級にたまげた。白人が多かったのは、MBKのKFCも同じだが、エンポリのKFCでは、タイ人のほとんどは家族連れ。一人でカウンターに座ってチキンのセットメニューを食べていた男性は、日本人だと思っていたけれど、携帯が鳴って話し始めたタイ語を聞いたら、しっかりタイ人でした。

お昼を家で食べたあとは明日のプレゼン準備。最後の仕上げだ。資料を熟読して、ブツブツと発表練習をしていたら、夕方4時過ぎにノットから電話があった。

「あ、デラ?あたし、ノット。明日のプレゼンの範囲を教えて。私は何をやれば良いの?」はあああ?1月26日にノット自身が、デラはこっからここまでお願いね、あたしはここからここまでやるから、と内容分担を決めたのに。しかも、

「明日は、2人で発表するの?それとも明日はデラで、残りは9日にあたしがやるの?」もう、先生の話の何を聞いていたのよ〜〜〜!!!更には、

「ところで、今までのプレゼンは一人づつだったのに、どうして今回は2人でやる事になったの?2人の方が負担が少なくて助かるけど。」ああ、頭が痛い。

とりあえず、全てノットに説明したけど、彼女明日はドタキャンで休むかも。はああ〜。。。 2004年02月06日 03時37分09秒

1月31日(土)やっと原稿仕上がる
昨日、配信できなかった出た邦のメルマガ、やっと夜遅くに配信する事が出来た。ほっとした。鳥インフルエンザについてまとめてあるので、興味のある方はどうぞ。

http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000023691

04年02月01日の配信分です。 2004年02月06日 03時29分08秒

1月30日(金)KFCはうまかった
朝、テレビをつけたら、今日閉幕予定の鳥インフルエンザ緊急対策国際会議の模様が中継(生かな?)されていて、タクシン首相が英語で演説中だった。インタビューの時と違い、原稿を用意する演説での英語は、さすがにうまい。その後、外務副大臣が議長挨拶、彼の英語は首相と違って、もっと自然で聞き取り易かった。これで会議は終るが、質問があればどうぞ、という質疑応答の場面では、やはり中国への質問が集中した。出たっきり邦人のメルマガ原稿用に、鳥インフルエンザについて情報整理したいので、この会議にも注目していたけれど、あまり芳しい結果は出なかったようだ。

お昼は、HPで一万ヒットをゲットされた読者さんと一緒に、ランチに行った。11,111もゲットされたとかで、ありがたや〜!同じ大学のタイ語集中コースでタイ語を勉強中というのも偶然だし、何かご縁があるのかしら(←あ、女性ですよ、念の為)図書館前で待ち合わせ、ソイ23に新しく出来たBUONOというイタリアンに行ってみた。イタリアンと言っても、お店の雰囲気は、同じソイの中にあるイタリアンのジュストと違い、イタリアンっぽい喫茶店って感じかしら。お値段は超お手頃。お昼だから、ランチセットを頼んだのだが、前菜(サラダかガーリックブレッドかピザパン)メイン(パスタ3種類とタイ料理)飲み物(コーラかミネラルウォーター)デザート(ジェラート1スクープか、コーヒーか紅茶)からそれぞれ1品づつ選んで、なんとたったの149バーツ。味は普通で、まさしく喫茶店のスパゲッティ。でも、内容と値段を考えれば、絶対にお得なランチセットだ。今日はお子さんも一緒で、とっても可愛かった。4歳なのに大きくて、その子がふと発した言葉が、チョムスキーが半世紀前に提唱したSurface structureとDeep structureについての、理解の手助けとなった。

午後は2時から日本語の授業。今日も生徒さん、ノートを持って来なかったので「弟はノート用意して、ちゃんと勉強してたよ。宿題だって、忘れたこと無かったしねえ。」と嫌味ったらしく言うと「あいつは、本当に真面目に勉強してたからなあ。あいつのノート見たけど、習った単語をちゃんと整理して書いてたし。」うん、だからお兄ちゃんもノートくらい、持ってきなよ。なんて思ったら「あっ先生、あいつに『屁』って単語を教えただろう。」へ?「一体、どんな会話してたんですか?」へ?屁なんて教えたっけ?全く記憶に無いと言うと「先生が教えなきゃ、誰が教えるんですか?あいつ、日本人の友人なんてバンコクにいないし。」へ?うーん。。。記憶に無い。

夕方はゆりとみっちゃんとMBKで待ち合わせ。しっかり加熱調理すれば平気って事で、KFCのフライドチキンを食べる事にした。客は少ないはずなのに、結構いた。久ぶりのKFCはうまかったけれど、ゆり達は食べなかった。その後、スヴェンセンでアイスクリームを食べ、さらにセンターの一番上のレストランでスパゲッティを食べた。ずっと昔、トシと来た事があるレストランで、安いのに本格的な味を出すんで、びっくりしたものだ。今日食べたスパゲッティも95バーツだったけど、パスタはアルデンテで美味だった。 2004年02月06日 03時24分09秒

1月29日(木)やっと中間試験は全て終了
やったぞ!やっと終ったああああ〜!なんだか、ほっとしてしまった。しかーし、来週月曜日と再来週の月曜日、2週連続でプレゼン予定が入っている。試験が終っても、のんびり出来ないなあ。

午後、学校に行ったら、今日も生徒さん、ノートを持って来ていない。私が言った事や板書したものを、教科書の余白にメモしている。ノート取った方が、単語を調べたりするのに楽なのになあ。

昨日、とうとうバンコクでも鳥インフルエンザに罹った鶏が見つかったらしい。朝のニュースを読んで、ちょっとびっくり。今までは、どこか遠い田舎での出来事と思っていたのに、自分の住んでるバンコクにも感染が拡大していたなんて。。。 2004年02月06日 03時24分47秒

1月28日(水)急に決まった日本語のプライベートコース
朝、大学で朝ご飯を食べていたら、語学学校から電話が入った。先方の都合で、なんとか今日から教えて貰えないだろうか、との依頼。びっくりしたけど、まあ、2時間くらいなら良いやと思って、1時から3時で予定を入れておいた。

朝はSemanticsの講義の日。その前に、中間試験が戻された。こっちもA。やったね。後は、ワナガ−ン先生の試験だけだ。

それから、学校に向った。教室番号その他をまだ聞いていなかったので、最初にインフォメーションセンターに行くと、そこにいたバイトの子がカウンターに座っていた男性に「あ、この人が先生ですよ。」と説明した。え、これが新しい生徒さん?今ドキの若者って、みんな似たような髪形なのね〜と、先週まで教えた高校生の男の子を思い出した。今日から30時間教える生徒さんは、大学生っぽいけれど、でも、大学生がダイヤモンドぎらぎらのロレックスの時計、するかな?趣味がおじん臭いぞ、と第一印象はあまりよくなかった。ロレックスをコピーだと思わなかったのは、うちの学校でプライベートコースを申し込むのは、裕福な家の子弟が多いから。普通の会社員は、夜のクラスに来る。授業料が3分の1以下だから。

今回の生徒さん、教室に入ってくるなり、自分はこんな本(事務室が生徒に買わせた教科書)では勉強したくない、話すようになれれば良いから、会話帳みたいなのを買って、それで発音練習したい、と言い出したので「最低限の文法知識が無ければ、会話帳の中にある文章しか話せないよ。でも、最低限の文法を覚えておけば、自分で応用して文章を作っていけるでしょ。だから、ベーシックをしっかりやりましょう。」と言ったら、不承不承頷いた。でも、自分の意見や要望をはっきり言えるのは、良い事だ。自分の意見が通らなくても、我を張らずに(顔には出していたが)引き下がる態度も、良いといえよう。

日本語の単語や挨拶で、知ってる事を言わせたら、「ありがとう」と「おはようございます」の2つしか知らないと言う。あと、単語ではないが、所有格の「の」だけ知っていた。変な奴だ。さりげなく日本語を勉強したい動機を聞いたら、日本人の友人が出来たけれど、友人はタイ語も英語も出来ない、だから自分が日本語を話せるようになりたいと思った、との事。ふーん。友人って女の子かな?ま、どうでも良いけど。

まずは「あいうえお」の発音から。まるで中国語みたいな発音で、タイ人の発音と全く違う。聞けば北京に留学中で、今は冬休みでタイに帰省中とか。なんで中国語なの?と聞いてみたら、父親の会社の取引先が中国にあるから、自分は中国語と中国人を知る為に北京の大学に留学中。父の取引先はイタリアと日本にもあるから、姉が今イタリアに留学中で、弟は来年から日本の大学に留学予定なんだ、と教えてくれた。

ちょっと待て、姉がイタリア留学中で弟が日本に留学予定?その家族構成はどっかで聞いた事があるぞ。それってもしや?

「先週まで教えた生徒さんも、姉がイタリアで自分は来年から日本って言ってたけど、華僑同士だし、知ってるかな?」と聞いたら「あっ、それ弟だよ。え〜っ、じゃあ先生が弟にも教えたの?」とびっくりされた。顔は似てないし、体型も弟の方はひょろっとしてて、兄貴は骨太だ。でも、言われてみれば、仕草や声はそっくり。印象としては、しっかり者の兄貴に甘えん坊の弟って感じか。

もう少し、日本語を勉強したい動機を詳しく掘り下げて聞いてみたら、去年父親が日本に出張する際、一緒に連れて行ってくれた。で、取引先を通して一つ年下の女の子と出逢った。短い滞在だったけど、3回彼女と会った(でも2人きりじゃなかったらしい)彼女はタイ語はもちろん、英語も全く話せない。自分は中国語は会話中心で読み書きはまだ習っていないから、漢字で簡単な筆談も出来ない。来月の8日から、彼女が友人と一緒にタイに遊びに来る事になったけれど、このままでは会話出来ない、だから困ってプライベートで速習する事にしたらしい。愛の力は偉大だなあ。。。 2004年02月06日 03時24分00秒

1月27日(火)久し振りのスキンクリニック
朝10時過ぎに行くと、今日は結構空いていた。診察券をどっかにやっちゃったので、受付で名前を書かされたが、外国人ってせいもあり、カルテを探すのに相当時間がかかっていた。空いていたんで、すぐに名前を呼ばれた。え、このおねーさんが先生なの?それは、大学を卒業したばかりのような、どう見ても20代前半か半ばにしか見えない、若いおねえさん。最初はがっかりした。どうせなら、経験豊かな先生に診てもらいたいよー。でも、すぐに考え直した。女性の悩みは、女性にしか判らないもんね。

彼女に、たどたどしいタイ語で「去年、膿が溜まったような小さい発疹が最初、顎にだけ出来た。で、ここで塗り薬と飲み薬と洗顔剤を処方してもらい、1週間で発疹が消え初めて効いてるなって実感できた。が、その後、ある朝カーウカームーを朝食べて10分後くらいに最初は手足に発疹が出て、昼までにそれが全身に広がり、痒くて夜も眠れないほどになって、翌日バムルンラード病院に行った。向こうではアレルギー科で診てもらい、そこの薬で発疹は1週間で全てきれいに消えた。」と説明した。

たどたどしく、つっかえながらタイ語を話すもどかしさ。普段、おしゃべりしているクラスメート達は、私のタイ語の発音や言い回しに慣れているから、理解してくれるけれど、初対面の人に意思を伝えるのは、本当に大変で疲れた。

女医には「去年、全身に劇症的に発疹が出たのは、最初の医者が処方した2種類の薬の内の1つが原因だと思う。薬自体には、アレルギー症状を起こさせるような成分は入っていないけれど、薬を入れたカプセルに、時々人体に激しい拒絶反応を起こさせる事がある。この薬以外、原因は考えられない。」と言われた。

とにかく、彼女と相談して、飲み薬を決めた。その他、洗顔剤と塗り薬も処方してもらった。なんとか、これが効いて、元の肌に戻りますように!

お昼は学食に行った。で、気付いた。鶏肉が無い!昨日までは鶏肉を使った料理がたくさんあったのに。どういう事?でも、カイダオ(タイ風目玉焼き)とカイジアオ(タイ風オムレツ)はあった。変なの。

午後から図書館で勉強していたら、学校から電話が入り、すぐに日本語を教えられるかと聞かれた。また、プライベートの生徒が来たらしい。試験終了後の29日からなら良いですよ、と答えて電話を切った。今度は、どんな生徒さんだろう。 2004年02月06日 03時21分15秒

1月27日(火)久し振りのスキンクリニック
朝10時過ぎに行くと、今日は結構空いていた。診察券をどっかにやっちゃったので、受付で名前を書かされたが、外国人ってせいもあり、カルテを探すのに相当時間がかかっていた。空いていたんで、すぐに名前を呼ばれた。え、このおねーさんが先生なの?それは、大学を卒業したばかりのような、どう見ても20代半ばにしか見えない、若いおねえさん。最初はがっかりした。どうせなら、経験豊かな先生に診てもらいたいよー。でも、すぐに考え直した。女性の悩みは、女性にしか判らないもんね。それに、若い先生だと、きっと丁寧に診察してくれるんじゃないかしら?

彼女に、たどたどしいタイ語で「去年、膿が溜まったような小さい発疹が最初、顎にだけ出来た。で、ここで塗り薬と飲み薬と洗顔剤を処方してもらい、1週間で発疹が消え初めて効いてるなって実感できた。が、その後、ある朝カーウカームーを朝食べて10分後くらいに最初は手足に発疹が出て、昼までにそれが全身に広がり、痒くて夜も眠れないほどになって、翌日バムルンラード病院に行った。向こうではアレルギー科で診てもらい、そこの薬で発疹は1週間で全てきれいに消えた。」と説明した。

たどたどしく、つっかえながらタイ語を話すもどかしさ。普段、おしゃべりしているクラスメート達は、私のタイ語の発音や言い回しに慣れているから、理解してくれるけれど、初対面の人に意思を伝えるのは、本当に大変で疲れた。

女医には「去年、全身に劇症的に発疹が出たのは、最初の医者が処方した2種類の薬の内の1つが原因だと思う。薬自体には、アレルギー症状を起こさせる成分は入っていないけれど、薬を入れたカプセルは、時々人体に拒絶反応を起こさせる事がある。だから、カプセルを使ったこの薬以外、原因は考えられない。」と言われた。

とにかく、彼女と相談して、飲み薬を決めた。その他、洗顔剤と塗り薬も処方してもらった。なんとか、これが効いて、元の肌に戻りますように!

お昼は学食に行った。で、気付いた。鶏肉が無い!昨日までは鶏肉を使った料理がたくさんあったのに。どういう事?でも、カイダオ(タイ風目玉焼き)とカイジアオ(タイ風オムレツ)はあった。変なの。

午後から図書館で勉強していたら、学校から電話が入り、すぐに日本語を教えられるかと聞かれた。また、プライベートの生徒が来たらしい。試験終了後の29日からなら良いですよ、と答えて電話を切った。今度は、どんな生徒さんだろう。 2004年02月06日 03時22分00秒

1月26日(月)試験結果
Linguistic Principlesの試験が戻ってきた。Aだった。ほっとした。ここまできたら、オールAを目指したいもんね。いや、それは無理だけど(汗)でも、全く自信が無かったから、今回の結果は素直にうれしい。

授業のあと、ニンから「発疹、ちっとも治らないね。どうしたの?薬が効かないの?」と言われてしまった。自分では、発疹が出た状態が長らく続いて、諦めの心境になっていたんだけど、ニンやガイから「それはアレルギーじゃないよ、もう1度皮膚科に行った方が良いよ。絶対に行くべきだよ。」と強く勧められ、もう1度だけ病院に行ってみる気になった。でも、バムルンじゃなくて、うちの大学の14番ビルに入っているスキンクリニック。去年8月の日記を読み返してみて、ここの薬で最初は順調に回復していたのを思い出したのだ。でも、1週間過ぎてから、突然全身にぶわーっと発疹が出て驚き、最初は校内の医務室に行ったんだけど、そこで出された薬がとんでもないもので、全く効かず、悪化したので翌日、ヒロシ先生のいるバムルンのアレルギー科に駆け込んだんだ。私はスキンクリニックと医務室を混同して覚えていたんだ。

大学のスキンクリニックで去年、薬を処方してくれたのは、水曜日の先生。ここって曜日毎に先生が替わるから、同じ先生は避けて(例えバムルンに戻っても、やっぱりお正月に診てもらった先生は避ける)明日、火曜日に行く事にした。火曜日なら、授業も無いしね。

今日は夕方まで図書館で勉強した後、学食で早めの夕飯を食べた。ヤムウンセンとトムカーガイだ。トムカーガイは冷めていたけど、おいしかった。 2004年02月06日 03時21分06秒

1月24(土)〜25日(日)ちっとも進まない試験勉強
1月24(土)〜25日(日)ちっとも進まない試験勉強

どうしよう。気ばかり焦って、ちっとも試験勉強が手につかないよ。お昼から語学学校に行って、上級クラスを教えてきたけど、先生の方が身が入らない授業だった。ははは。。。(笑い事じゃ無いんだけどね) 2004年02月06日 03時19分09秒

1月23日(金)無料英語診断へ
今日は朝10時から、シーロムにある英会話学校に行って、無料診断テストを受けた。年内にTOEICを受ける予定なのだが、TOEICはTOEFLと同様、実力っていうより受験テクニックなのよね。だから、高得点を取る為のテクニックを教えてくれる英語学校を探していて、今、BTSのプラットフォームなんかで大々的に広告しているこの学校なら、TOEICのコースもあると思ったんだ。

まずは日本人担当者のWさんが対応に出ていらして、校内を案内。午前中って事もあって、生徒さんの姿はほとんど見えず、広いロビーが余計に広くガラ−ンとして見えた。施設案内の後、文法・聴解・読解の3つに分かれた診断テストを受けた。

診断結果は10段階の7だった。いつもは流す感じで喋るから、やっぱ文法が1番点数が低かった。で、診断テストの後、Wさんが授業のシステムを説明して下さったが、肝心のTOEIC対策クラスが無い!!そ、そんなああ〜!ビジネス英語のクラスが、TOEIC対策のクラス代わりになると説明してくれたけれど、テキストを見た限りでは、高得点を得るためのテクニックというか、ハウツーは当然、載っていない。

せっかく時間を割いて、丁寧に学校説明して下さったWさんには、本当に申し訳なかった。予め、TOEICのコースがあるかどうか調べてから、来ればお互いに時間を無駄にしないで済んだのに>自分のアホ。

この学校、ただレッスンを受けに来るだけじゃなく、自分でもしっかり予習しなきゃ授業が理解できないというシステムで、他のただレッスンを受けさせるだけの語学学校と違って、上達は早いだろうなと思った。

昼から大学裏の御気に入りスパで、ハーブサウナとスクラブとオイルマッサージで極楽気分。すっきり汗を流した後は、集中して勉強が出来るだろう。相変わらず、他の客の姿は無い。

家に戻ったのは3時過ぎ。サウナって意外と体力消耗するのよね。で、夜7時に目覚ましをセットして、仮眠を取る事にした。ちょっと昼寝すると、その夜の勉強への集中度が全然違うのだ。ベッドに入った瞬間、みっちゃんから電話があり、夜一緒にご飯を食べようという。何か、相談したい事もあるみたい。6時半に待ち合わせる事にして電話をきり、目覚ましを5時半過ぎにセットし直して、仮眠へ。

エンポリ前で待ち合わせた後、エンポリ隣りにある語学学校へ、パンフレットを貰いに行くのに付き合ってもらった。TOEICの対策クラスがある、との広告を見かけたのだ。しかも日本人講師が高得点取得のテクニックを教えてくれるらしい。興味があったんで行ったら、なんとTOEIC対策クラスは既に開講していて、次は3ヵ月後の開講予定と言われた。とほほ、なんてついてないんでしょ。

晩ご飯、最初はフジスーパーに向う途中にあるオープンエアーのタイ料理屋で食べよう、と話していたのだが、ソイ24まで足を伸ばしてしまうと、またフジの近くまで戻るのが面倒で、エンポリ隣りのビル1階にある丼屋で、ご飯を食べた。丼物が全て60バーツという破格の安さ。ちょっと不安だったけれど、60バーツなら充分に納得いく味だった。 2004年02月06日 03時18分19秒

1月22日(木)寝不足でバタン
今日はワナガ−ン先生のフィールドトリップの日。朝8時に学部建物の入り口集合。でも、ずっと睡眠不足が溜まっていたせいか、7時に目覚ましをセットして起きたものの、頭痛が酷い。シャワーを浴びても頭痛が取れず、ガイの携帯に電話して、今日は休むと先生に伝えてくれるようにお願いした。

それから、ベッドに戻る。晩まで熟睡したいが、そうもいかない。だって、夜は日本語のクラスが2つあるから、下準備しなきゃ。で、3時頃に起き出して、授業の下調べ。あまった時間でオクラスパゲッティを作った。うまかった。授業に出かけた後は、おしんを見て、今日は何も勉強しないで寝た。次のテストは29日。1日くらい勉強休んでも、良いだろう。ああ、眠いよー。 2004年01月24日 22時48分02秒

1月21日(水)今日で高校生のプライベートは終わり
Semanticsの試験は無事終了。内容?書く気も起きん。追試の覚悟は、とうに出来ているさっ

寝不足でフッラフラになりながら、構内のベーカリーでパンを買って、日本語学校に向う。あああ、眠いよ。本当はすっごく休みたかったけれど、日本語のプライベートは今日で終了、だから休むことは不可能だ。

生徒さんは、17歳の男子高校生で難しい年頃のはずなんだけど、よくなついてくれて可愛かった。でも、甘えながらも『親しき仲にも礼儀あり』で分をわきまえた態度は崩さず(デラおばさんが怖かったってのもあるかも)本当に良い子だったなあ。しみじみ。留学先のニュージーランドに戻っても、日本語の勉強は続けて欲しい。 2004年01月24日 22時48分38秒

1月20日(火)いつまで続く試験勉強
朝、久し振りに体重を量ったら、限りなく50キロに近くなっていた。ひゃああ、家に篭っての勉強中、ストレスでチョコやアイスばっかり食べてたからだな。最近は、発疹じゃなくてニキビが増えてきた。うん、発疹とニキビの違いは流石に判るぞ。こりゃ、どう見てもニキビでしょ。だって、表面積がでかいもん。

Semantics. The study of meaning of words. 音韻論も頭の痛くなる学問だけど、意味論は更に輪をかけて頭が痛くなる。だって、Girl、Sisterを{+female, -male}って分類するんだぜ。そんな分類に一体どういう意味があるっていうのか。更にはSister, Cousinの方がGirl, SisterよりもSemantics的には近い関係にあるそうだ。その心は?共に血縁関係を表す単語だから、だって。

だから何?そんな事を調べる事自体に一体、何の意味があるの??

二コール曰く、こんなのは序の口、中間試験が終ったら次はSyntax、統語論をやるらしい。Syntaxは今までのに比べて、もっと訳わかんない学問らしい。なんでこんな事するの?と一々疑問に思っては、先に進めないとか。そしてどのセオリーにも致命的な欠陥があるようで、例えばその内の一つ。Light house keepingというフレーズを分割する際、Lightなhouse keeping(軽い家事)と Light houseのkeeping(灯台守り)の2つに分けられる為、分け方上に矛盾が生じてしまう。今のところ、矛盾の無い完璧なセオリーってのが無いらしい。学者にすらわからない事を、なんであっしらが勉強せにゃあかんのや。なんてテキストに突っ込みを入れて『どついたろか!』と凄んでみても、明日の試験から逃げられるわけじゃないし。

明け方5時45分、やっと試験範囲の全チェックが終了。試験は9時半から。寝る時間無いじゃーん。でも、目覚ましを8時半にセットして、仮眠を取る事にした。 2004年01月24日 22時46分57秒

1月19日(月)2つ目の試験、終了
今日で、Linguistics and Principlesの試験、終了。問題:PhoneticsとPhonologyの違いを述べよ。回答:スペルが違いまーす。って書いたら、やっぱ不正解だろうか。。。頭が疲れたよ。1時半から4時半まで、プライベートで日本語を教えた後、ポーマッサージに行こうと思ったら、そういう時に限って満員。1時間待ちと言われ、隣りのマッサージ屋に入ったら、古式マッサージの1時間は受け付けていない、2時間じゃダメ?といわれる。アロマなら2時間が良いけど、古式マッサージで2時間は身体が辛いのよね。なんて不運な私。。。おとなしく帰って寝よう。

いや、寝れる訳ないじゃん>自分。水曜日もテストがあるってのに! 2004年01月24日 22時46分14秒

1月18日(日)試験勉強で日が暮れて。。。
朝はバイト、昼から図書館に行こうと思ったけれど、図書館の寒さを考えて、家で勉強する事にした。試験の前日に、風邪引いたら大変だもんね。バイトはすごく忙しかった。試験勉強の方は。。。どうもPhonetics やPhonologyが嫌いで、身が入らない。

Wordとは何か。単語?そうだけど、そりゃただの日本語訳。では、単語とは何か。文章を構築する最小単位のユニットで意味を持つもの。では、意味を持たないaやan, theはwordの範疇には入らないのか?そんな事は無い。そもそも意味とは何か。うーん、それを突き詰めると、Semanticsの分野に入ってしまう。Word、それは意思を他者に伝達する為の手段であり、思考を成立させる手段でもある。奥が深いなあ。

では、言語とは何か?その起源は何か?現在ある諸説は1)神からの贈り物、2)人類による発明、3)人間に本来備わっている先天的能力、の3つに大きく分類する事が出来る。

だから、何なの?!

今学期、講義を受けるといつも頭に浮かぶフレーズが、これ。だから、何なの?!言語学を学ぶ上でぶちあたる壁である。『なんで、こんなどーでも良いこと研究しなきゃいけないの?言葉なんて、しゃべれりゃいいじゃん、意思疎通が出来りゃいいのよ!』

本当に言語学ってのは一体、何て学問じゃい。ところが、国文学やるより言語学やった方が、まだ喰ってけるらしい。かの有名な日本が誇る金田一博士父子。その金田一・父が、同じ道を志そうとした息子に言ったという。「やるなら、言語学やれ。国文学やっても喰ってけん。」

でもねえ。Phoneticsを深く追求したからといって、対象言語の発音が上達する訳じゃないし、ペラペラになる訳でもない。Phoneticsに造詣が深いからといって、英語がネイティブ並みって訳でもい。なのに、何で勉強しなきゃいけないの?と、誰にともなく八つ当たり。明け方2時半で煮詰まってダウン、ベッドに行きました。 2004年01月24日 22時46分39秒

1月17日(土)日本語最上級クラス
今日は日本語の最上級クラスを教える日だ。初日を代わってくれた先生は、自分と生徒達との自己紹介だけで終わり、授業はしなかったらしい。

このクラスは1番上のレベルで、これより上のレベルはない。3時間という長い時間を教える訳だが(途中15分の休憩を挟むので、拘束時間は3時間15分)教科書を読ませてみると、スラスラって訳でも無さそう。今日は11人の生徒のうち9人が来ていたが、そのうち2人しか日本には行った事がないというから、残りの7人はタイにいながら、このレベルまで上がってきたという事だ。そう考えると、頭が下がる。テキストの内容も古いとはいえ、大学の1,2年生に相当するレベル。漢字もすごいぞ。黒板に書く漢字はほぼ理解出来るし、私が普通の速度で話しても充分についてこられる。ある意味、楽だけれど大変だ。ごまかしは効かないって事だもんね。

夕方以降は、来週月曜日の試験勉強。あああああ、どうしよう。。。 2004年01月24日 22時44分52秒

1月16日(金)愚痴をつぶやきつつ、また眠れない。。。
今日もプライベート授業は、1時から4時まで。やっぱり高校生には、1クラス3時間は長過ぎるようで、2時間過ぎた辺りから、テキメンに集中力が途切れる。聞けば、午前中は9時から12時まで3時間、サイアムにあるブリティッシュカウンシルで英語のクラスを取っているらしい。朝9時から12時まで英語、午後1時から4時までが日本語じゃ、途中でエンジンが切れそうになるのも仕方がない。まだまだ子供だし。英語の方はプライベートじゃなくて15人ほどのクラスらしく、プライベートほどには集中力は問われないようで、それでも3時間は長いらしい。去年の前期に取ったアジャーン・ウィプッのタイ語教授法も3時間の講義だったが、気が遠くなるほど果てしなく長く感じたもんなあ(^^;

2時間過ぎた辺りから、韓国の宗教や暦(西暦か仏暦か韓国独自の暦があるのか?)について質問された。何故に韓国?あっしは日本語のせんせいだよーん。でも、暦のついでに日本の植民地政策について、ちょこっと解説した。李王朝を廃絶させた経緯も軽くかる〜く説明。「先生は、韓国を憎んでいるの?」と聞かれたので「まさか!キムチ大好きよ。でも、一般的に韓国人は日本人を嫌いでしょうね。」と冗談っぽく言ったら、一呼吸置いて「そりゃあ、そんだけ酷い事したら嫌いになるよ。」だって。いや、植民地政策には色んな背景や其々の歴史的見解があって、何とも言えないんだけど。しかし、日本人がタイ人に日本語の授業で韓国の歴史を教えるってのも、なんか凄いシチュエーションだよな。記憶があやふやだから、年号とかは間違ってるかも知れない、それとニュージーランドに戻ったら、韓国人のクラスメートにも歴史の授業で教わった内容を聞いてみ、と言っといた。一方向より双方向から物事を見て欲しいからね。仏教についても質問されたけど、彼は一体私を何の先生だと思ってるんだろう??

ニュージーランドに戻ったら、せっかく勉強したのに、日本語はきっとほとんど忘れちゃうね、と言うと、オークランドに日本語教室があるから、戻ったら通う予定とか。すごいね、語学学習はお金持ちの坊っちゃんの道楽かと思っていたけど、本気で日本語をマスターしたいんだ。

帰宅途中にジェラートを買う。甘いもの症候群はまだ続いているのだ。

それにしても、あーあまずいよなあ。明日の日本語の授業の準備、ちっとも手が付かないよ。おととい渡された上級クラスのテキスト、すっごく内容が古い上に、3時間の長丁場だ。プライベートレッスンの3時間と違って、クラスティーチングの3時間は、結構大変だ。大学院の方の試験が無ければなあ。。。

夜はちっとも眠れないし、発疹も治りかけてきたと思ったら、一進一退の膠着状態になるし、参ったなあ。おまけに、日本語のあるクラスでは生徒達が「先生代えろ」ってストライキ起こしてるらしい。非難の対象が、タイ人の日本語講師なのか日本人の日本語講師なのかは判らないけど。タイでは教師の地位が高く、生徒は無条件に教師を尊敬する傾向にあるって聞かされてきたけど、時代は変わったのね。そういえば大学でも、あんたら舐めてんの?!っていうくらい、失礼な態度(おしゃべり&漫画を読む)の学生が多かったしなあ。でも、先生の態度(学生を甘やかして、きちんと注意しない)もおかしいけど。とにかく、あまり変な授業をしないよう、クラスティーチングでは気を付けるにこした事はない。ふーっ、なんか本当に疲れるなあ。旅行に出たいよ。。。

とうとう自衛隊の先遣隊が今日、イラクに出発した。石破防衛庁長官がNHKのニュースで「現地で我々の助けを待っている方々のために云々」って言ってたけど、詭弁だなあ。一体誰が日本の自衛隊を待ってるっていうのか。全く。国際社会、国際協調っていうけど、願わくば、誰も攻撃されず攻撃せず、誰も殺されず殺さず、無事に日本に帰って来て欲しい。 2004年01月17日 01時40分10秒

1月15日(木)橋田せんせー(おしん)へのつっこみ
今日から日本語のプライベート授業は、2時間から3時間に変更だ。生徒さんがニュージーランドの高校に戻る日が迫って、毎日2時間じゃ消化出来ないからだ。来週の月曜日だけ2時間、後の4日は今日も含めて3時間だ。私は慣れてるから良いけど、彼はまだまだ子供だ。高校生に3時間ぶっつづけの授業は、キツイと思うんだけど。

夜、おしんを見ていたら、橋田せんせいらしからぬ脚本のミス発見!雄の戦友だった川村が尋ねてきて、戦地で雄から何度も何度も初子の話を聞かされた、それで会った事の無い初子に恋心を抱くようになった、なんて台詞を言わせてたけど、初子が雄におはぎを届けに行った時、雄が川村を呼んで一緒に食べてるんだよね。だから「1度も会った事の無い初子さん」ってのは、あきらかに間違いだと思うんだけど。当時も誰か、突っ込んだかな? 2004年01月17日 01時38分00秒

1月14日(水)試験一つが終了、あと3つ
朝7時前に起きて、シャワーを浴びたあと、コーヒーを飲みながら試験範囲内のセオリーやメソッドに目を通す。ワナガ−ン先生の試験は午前10時スタートだ。大きな設問が3つ、小さいのが2つで計5つの問題が出た。ほとんど教育に関する原理やセオリーについての論述。半分以上は点数が取れると思う。でも、81%以上回答出来なきゃ、落第なんだよな。。。

寝不足で疲れた体を引きずって、なんとか語学学校に到着。授業は今日から3時間と言われていたけど「先生は寝ていないの、悪いけど2時間で勘弁してね」と言って早めに授業を切り上げた。職員室にボード用のペンを戻しに行ったら、タイ人スタッフに呼び止められ、上級クラス用のテキストを渡された。先週代講してもらった先生、今後も教える気は無いようだ。テキストの内容をパラパラとチェックすると、げろげろ〜すっごく古い内容じゃん。こんなの今ドキ教えるんかい?

それにしても眠い、とにかく眠いよ。でも、家に帰ってベッドに横になった途端、目が冴えてしまった。どーしてー?あんなに眠かったのにぃ〜! 2004年01月17日 01時36分45秒

1月13日(火)眠い。。。
試験勉強、ちっとも捗らない。明日の試験、ワナガ−ン先生の講義のだから、クラスメート達はタイ語で回答しても良いんだよなあ。うらやましいなあ。私も、自分の母国語で回答したいよ。。。本来ならこの修士プログラムの内容上、学生はタイ人外国人関係無く、英語でプレゼンしたり、英語で試験受けなきゃいけないはずなんだけど、先生がタイ人なもんだから、いつの間にかタイ人はタイ語でって事になっちまった。まあ、仕方無いか。こうなったら、私は英語でアピールするしか無い。

夜、眠くてどうしようもなく、とうとう勉強を諦めて寝ちゃった。だって、暗記する内容じゃないし。っていうか、論述形式の試験だからね。Structural Linguisticをどれだけ理解しているか、更にはAudio Lingual MethodとBehaviorismがどう相互に関係しているか。この基本を理解できれば試験は乗り越えられるはず。はず、なんだけど。うーん、イマイチ不安だなあ。考えても仕方ないから、さ、寝よっと。 2004年01月17日 01時35分41秒

1月12日(月)不正出血、再び
朝、家を出たら道路が濡れていて、びっくりした。雨だよ、雨!!

午前中は二コールの授業。授業中に結構強く雨が降った。みんな、季節はずれの雨にすっごく驚いてした。
昼はエアコン付きの方の学食でぱっと済ませ、図書館の5階で文献探しをしていたら、ガイやヌンにばったり。彼女達も試験の準備で資料探ししに来たらしい。ニンもいた。で、一緒に探す事になった。全てがコンパクトに纏められた本をヌンが見つけ出し、必要箇所をコピー。その後、家で勉強するという3人と別れ、私は3階で勉強していく事にした。図書館はエアコンが効きすぎて寒いんだけど、3階だけは何故かエアの効きが悪く、寒くないのだ。

3時過ぎにトイレに行ったら、お月さんが来たようだ。これって、不正出血なのかなあ。だって、前のが終ってまだ3週間も経ってない(確か18日くらい)いくら何でも早過ぎるよね。仕方ないので、構内の生協にナプキン(ばら売りで1個2バーツ)を買いに行った。ついでにベーカリーに御気に入りのチョコパンを買いに行くと、無い!売り切れだ。仕方ないので、別のパンにした。メロンパンみたいでおいしかったけど、やっぱチョコパンが食べたいよー。

今日は何故か勉強がはかどり、6時半近くまで試験勉強。窓の外は既に暗い。図書館の外に出ると、まだ少し小雨が降っていた。雨宿りするほどの雨足ではないので、はや歩きで家に向う。明日は晴れるかな? 2004年01月13日 02時24分31秒

1月11日(日)ストレス溜まる一方
午前中はバイト、午後から大学の図書館で勉強しようとお勉強グッズを用意しておいたのに、結局バイトが終わったら、疲れてそのまま帰宅してしまった。まずいなあ。。。

少しは試験勉強しなきゃ。でも、何から手を付けたら良いのか判らない。だって各教科とも範囲が広すぎるんだもん。それでも3時に机の前に向ったけれど、すっごく眠くて頭が痛くなってしまった。ずっと睡眠不足が続いているからなあ。。。寝つきが悪い上に眠りが浅いので、朝起きてからの倦怠感がすごいんだ。少し仮眠を取ろうと思い、目覚ましを夜6時半にセットしてベッドに横になった。

ちっとも眠れない。あんなに眠かったのに、横になると目が冴えてしまうのだ。で、頭痛だけが酷くなるんだ。参ったなあ。。。それでも1時間ほどうつらうつらしたようで、少し頭がすっきりしたので、目覚ましのセット時間より早い5時半過ぎに起き出した。何かの特集で多少の仮眠は頭をすっきりさせる、とあった。うん、確かに少しすっきりしている。駄目押しで濃い目のコーヒーを煎れる。

そうだ、今日からNHKの新しい大河ドラマが始まるんだ。武蔵があまりに期待はずれの出来だったからなあ。今度のはどうだろう。でも、新撰組ってあんまり興味が無いんで、結局は見なかった。新撰組と並んでドラマの題材によく使われる白虎隊は悲惨過ぎるし、五稜郭戦争もなあ。。。つまり、幕末って時代的に興味が無いのだ。江戸時代中期以降もイマイチ。やっぱり大河は中世から戦国時代にかけてが、自分的には1番好き。本当は平安時代のドロドロした宮廷劇なんかやってもらいたいんだけど、衣装が大変か。。。

夜は野菜サラダにヨーグルト。が、また例の甘いもの症候群が始まってしまったようで、どうしてもアイスクリームが食べたい。でも、油脂は発疹に悪そう。そうだ、気休めだけどジェラートなら少しはマシかな。で、ヴィラスーパー脇にあるジェラートを買いに行った。ここは50バーツで3種類の味を頼む事が出来る。で、結構おいしいんだ。チョコレートのシャーベットなんてすっごく美味しかったけど、今日はフルーツ3種類を選んだ。うちのアパートの最大の欠点、それはスーパーが近すぎる事。夜でもちょっと走って買いに行ける距離なんだ。ダイエットには不向きなんだよな。。。

結局、今日も勉強しないで1日が終るのか?!それは不味いっしょー。なんで、夜11時過ぎにテキストとプリントで、ワナガ−ン先生の試験の勉強。ノートに重要な部分を書き写していく。私は書いて覚える性質なんで、テキストをサマライズしながらノートに要点を書き出していく。はっと気が付いたら既に1時半。もう寝なきゃね。

でも、ベッドに横になると、ちっとも眠れないんだな。参ったなあ。寝つきが悪くて何度も寝返りを打つうちに、やっと眠りに引きずりこまれたようだった。 2004年01月13日 02時23分38秒

1月10日(土)最後のお勤めのはずが。。。義理人情の世界
今朝もバイト先の鍵を開けたのは、私だった。っていうかさー、なんでバイトの私がお店の鍵を開けなきゃいけないの?8時開店って意味、みんな判ってる?8時からお客さんを迎えるって意味なんだよ。客の9割は日本人、日本人相手に商売してるんなら、もうちょっと時間を守ろうよー。

ちょっと手が空いた頃、マネージャーさんに来週の土曜日からもう来られない旨、理由を説明して詫びた。人手が足りないのに、1番混む週末のバイトが辞めるのは、お店にとっては大迷惑だ。なので、迷惑をかけて申し訳ないと心から詫び、頭を下げた。マネージャーさんから、日本語を教えている学校の名前を聞かれたので答えたら、「あそこで教えるなら仕方ないわね。あなたの事を悪く思ったりはしないから、気を遣わないで。」と言ってくれて、ほっとした。で、マネージャーさんが「これ、先月分のお給料とお年玉、どうぞ。」とおもむろにお金の入った封筒を差し出した。年末に受け取りに来るのを忘れていた先月分のバイト代とは別に、ピンクの封筒に1千バーツ入っている。迷惑かけるのに、お年玉なんて受け取れないよ!

「週末は忙しいのに、代わりの人を探す前に辞めて迷惑を掛けるので、お年玉はとても受け取れません。」と固辞したが、「代わりの人は何とか探すから、大丈夫。あなたを悪くは思わないから、本当に気にしないで。受け取って貰わないと私が困ります。」と言われ、受け取らされた。なんだか悪くて、罪悪感を感じまくってしまった。で、日曜日の半日だけバイトを続ける事になった。土曜日がダメでも日曜日、例え半日だけでも出てもらえたら助かる、と言われて出る事にしたのだ。もうこうなったら、義理人情の世界だね。 2004年01月12日 00時18分13秒

1月9日(金)イタリアとスイスからのお土産
昨日はキャンセルだったプライベートの生徒さん、今日はちゃんと来た。時差ボケと寝不足で赤い目をしょぼつかせながら教室に入ってくると、「これ、どうぞ。」とお土産をくれた。イタリアだけじゃなく、スイス経由でフランスにも行き、パリからタイに帰国したようだ。お土産はローマで買った小さな皮製の小銭入れとスイスのチョコで、高校生らしい(?)お土産だ。それにしても、年末年始に一家5人でイタリア−スイス−フランス周遊14日間の旅、しかも両親はファーストクラス、子供3人はビジネスクラスだぜ。タイの金持ちは本当にスケールが違うなあ。

お土産といえば、昨日の初中級のクラスの後、別の教室に移動する私を生徒の一人が追いかけてきた。質問があるのかと思って立ち止まると、「これ、どうぞ。」と差し出されたのは、ファラオの絵とEGYPTの文字が刻印されたペーパーナイフ。そういえば、年末は仕事でエジプトに行ったと言ってたっけ。驚くと同時にうれしかった。でも、お土産と成績評価は別ものだけどね。

授業を終えて家に戻ると、学校から電話が入った。女性スタッフが片言の日本語で「せんせー、あしたからエーさんの授業、大丈夫ですか?」はあ?エーさんって誰よ、エーさんって?それに、いきなり明日からと言われても、毎週土曜日は通訳のバイトだ。いきなり辞める訳にはいかない。私が「エーさんって誰ですか、明日はダメです。」と言うと、「ちょとまてください。」と言って、いつも連絡をくれるタイ人の男性スタッフが代わって電話に出た。「せんせー、エーさんですよ、エーさん。明日からです。」だーかーらー、エーさんって誰よ?!「エーさんって誰ですか?」「あーせんせー、エーさん知らないですか?上級レベルの3です。」あらら、エーさんってA3なのね。紛らわしい。っつーか、知らんがな、そんな事。とりあえず、時間を聞くと土曜日の午後1時から4時まで3時間の上級者向けクラスらしい。

でも、いきなり今日の明日は無理。バイト先に迷惑はかけたくない。そりゃ、ただのバイトだから何の責任も無いと言えるけれど、社長やマネージャーさんから、無責任な辞め方をした日本人通訳の愚痴をきかされてきた。『でも所詮はバイトでしょ?この時給じゃ仕方ないじゃん。』と思いながら聞いていたけど。でもね。大学の勉強の邪魔にならないよう、バイト時間を都合してもらったり、支店選びの我侭も通させてもらった。確かに時給は、日本語を教えるより遥かに低い。ここで10時間バイトして得る日給より、土曜日の午後に3時間だけ教える方が、日給は高いのだ。お金だけみたら、電話一本で「明日から行けません。」で、後は1度だけ嫌な思いをして、給料日にバイト代を受け取りに行くだけ。でも、そうじゃないでしょ、人間関係ってのは。今まで我侭をきいてくれた社長には、マジで恩を感じてるから。電話1本で「辞めます。」って事だけは、絶対にしたくない。

それにしても、他に先生はいないのかね?「いません。」あらら。。。また誰か、ドタキャンしたのか。よくタイ人は無責任と言われているけど、バイト先の通訳といい、学校の日本語教師達といい、身近な日本人の例を見る限りでは似たようなもんだな。とりあえず、明日は絶対にダメ、それ以降の土曜日ならなんとかなると回答すると、明日だけ代講の先生を見つけ、17日からは私が担当という事になった。もし、明日代講する先生が今後も出来そうなら、それがベストだけれど。でも一応、明日バイト先でマネージャーさんに17日以降は土曜日のバイトは出来ません、と断わらなきゃ。A3のクラスを代講予定の先生がずっと教える事に決まっても、この調子だとすぐ他のクラスの話がくるだろう。初級のクラスも初中級のクラスも今プライベートで教えている高校生も、話が来たのは始まる日の前日だったからね。前もって話を貰っていたのは、プライベートで教えたフライトアテンダントの生徒さんだけだ。ったく、どうにかならんのかね。 2004年01月12日 00時17分19秒

1月8日(木)おいしいパン発見!
朝、顔を洗う時におやっと思った。顎部分の発疹の赤味がかなり引いている!右頬に出来た大きめのブツブツも、わずかだけれど小さくなっている。野菜中心の食事にビタミンCと薬が効いてきたって事か。今回はえらく時間が掛かったなあ。。。

午前はワナガ−ン先生の講義の日。最初に来週の中間試験と再来週のフィールドトリップについて説明があった。そして、再々来週つまり1月最後の木曜日は再び中間試験のパート2。ひょえ〜!1月14日がLinguistics Principles、19日がLinguistics Analysis、21日がSemantics、そして29日が再びLinguistics Principlesのテスト。今月は試験だらけじゃーん。睡眠不足に拍車が掛かりそう。。。

14日も29日もタイ語で回答して構わないと言われたが、英語じゃなきゃ無理っす。また、29日の方の試験は私だけ内容が多少異なると言われた。29日の方は、タイ語と英語のエラーアナリシスが試験範囲に入っているからだ。ただでさえ英語で回答しなきゃいけない私に、タイ語と英語の比較アナライズについて、母国語のタイ語で回答出来るタイ人学生と同じ出題内容では、フェア−じゃない。だから、不利というか不公平にならないように配慮してくれたって訳。ありがたいなあ。

今日は最初、ノットとチョークのペアによるMorphemeについてのプレゼン、次いでガイとヌンによるSyntaxのプレゼン。ノットとチョークは英語でプレゼンをやりのけたが、ガイはすぐにタイ語になってしまう。そんなに難しい内容じゃなかったからタイ語でも構わないけど、一応プレゼンは英語って決まっているはず。1度「英語は?」と言ったら、「あっ」と小さく呟いて英語に切り替えたけれど、次の瞬間にはまたタイ語に戻っていた。で、気が付いた。彼女、緊張し過ぎてタイ語で話してるって自覚が無いんだ。完璧にやろうとし過ぎるあまり、プレッシャーが掛かっているようで、いつもよりかなり早口だった。でも、本当にガイらしくないプレゼンだった。こんな簡単な説明、いつものガイなら英語で出来るはずなのに。。。

プレゼンの時間が長引いて、講義終了の12時半になってしまった。が、先生は今日中に全て終らせてしまいたいから、と延長する事に。私は1時から語学学校で教えなければならないので、先生に詫びて先に失礼する事にした。と、ガイが「これでタイ語に切り替えられるわ。」とにこっと笑ったので「今日はイントロ以外、ずっとタイ語だったよ。それに、タイ語でプレゼンすると先生に点数引かれちゃうでしょ。」って言うと、テレ笑いしていた。ほんと、いつものガイらしくないなあ。

お昼はささっと済ませようと思って、大学構内のベーカリーに行った。ここで新作のパン発見!以前、MBKのガトーハウスで買って感動したチョコパン。いや、甘いもの絶ちしようと誓ったばかりなのに、このチョコパンを見た瞬間、そんな誓いはぶっ飛んだ。すっごくおいしい!チョコが思ったほど甘くなくて、2,3個食べられそう。クセになりそう。

1時ちょっと過ぎ、教職員スタッフが教室に来て、今日の授業はキャンセルになったと知らせに来た。今晩タイに帰国するとか。去年は昨日帰国予定だから今日から授業再開して欲しいって言っていたけど、タイのお金持ちはチケットも多分オープンだろうから、変更可能な旅なんだろう。イタリアの他にもどっか周ったのかな?

今日は夜のクラスもあるけど、一旦家に戻り、6時過ぎに再び家を出て学校に向って歩いていたら、白人女性にスクムビットのソイ16はどっちですかと道を聞かれた。最初に英語で、次にソイシップホックとタイ語で言うので、白人から見ればタイ人も日本人も区別つかないんだろうな、とちょっとおかしかった。

おしん、久し振りに初子が登場。初子役に田中好子ってあり、一瞬おしん役の田中裕子が初子役で復活か?!と思ってしまったが、よーく見たらキャンディーズ(古いなあ)のすーちゃんでした。 2004年01月09日 12時04分39秒

1月7日(水)爆弾宣言?!
今日はセマンティックスの講義。久し振りで、しかも予習を全然全くさっぱりやっていかなかった。ああ、なんて奴だ、私は。。。でも、なんとか授業に付いていけた。何故かっていうと、予習をしていなかったのは、私だけじゃなかったから(^^; 正月明けは、みんなだらけムードだな。

授業の後、二コールの爆弾宣言。「私、妊娠したの。お腹の子は男の子、昨日判ったの!」おおおお〜、めでたい。もしかして、だからフランスに行かなかったのかな?ご主人もタイに戻ってくるらしいし、幸せ一杯って感じだった。良かったね、二コール。いつママになるの?って聞いたら、出産予定は5月とか。来学期は6月からスタートだ。もし出産が早まったら、6月からの新学期に間に合うけれど、もし間に合わなかったら、うちの夫が代理で教壇に立つと思うわ、だって。そうか、二コールのご主人も元々は学者さん。「彼が私の代理講師になったら、一杯困らせてやって良いからね。」だって。ふっふっふ。

お昼はヌッと一緒にエアコン付きの学食で食べた。用事があって先に教室を出た私は、一人でランチする予定だったんだけど、食堂のある建物前でばったり遭ったので、一緒に食べる事にした。今日は、いつも気になっていたトムヤムバーミーに挑戦。量はかなり少なめだったけど、すごくおいしかった。スープはちょっと濃すぎるかな、とも思ったけれどね。MBK1階の八番ラーメンで食べたトムヤムラーメンより、遥かにおいしい。

12時半過ぎにヌッと別れ、図書館へ。久し振りに図書館でお勉強。セマンティックスの復習だ。ノート整理だけで、気が付けば5時半になっていた。まずい!今日は帰りに見つけた例のアーユルベーダ式マッサージを試そうと思っていたのに。。。ロケーション的には大学からの帰りに寄るのが1番都合が良いんだ。6時頃からマッサージを開始したんでは、暗くなってしまう。今日は諦めて帰る事にした。

帰宅後、ビタミンCを2グラム分、水に溶かしたものを飲んだ。1,000ミリグラムって1グラムの事だよね。2,000ミリって聞くと、すっごく沢山って気になるけど、同量なのに2グラムって聞くと、すごく少なく感じるのは何故?まあ、面倒な話は置いといて、発疹。ちっとも良くならないんだな、これが。まあ、チョコやケーキ、タルトをちょこちょこ食べてる私も悪い。野菜中心の食事だと物足りなくて、どうしても甘いものが欲しくなる。で、ついつい手を出しちゃうんだ。

でも肌に良くないのは判っているんで、昨日のアップルタルトを最期に、発疹が消えるまでしばらくの間、甘いもの絶ちする事にした。え、遅すぎるって?とにかく、昨日からまたビタミンCを飲み始めたんだ。スイスでも処方されたのと同じメーカーのビタミンCが、ここタイでも売られている。ま、ビタミンCは採りすぎて悪い事はない。だって、採り過ぎたら体外に排出されるだけだもんね。

家でも勉強しようと思ったけど、気が散って出来なかった。ついつい、テレビを見てしまう。依存症になる前に、なんとかせにゃあな。いっそ、管理人に言って、テレビを部屋から出して貰おうかな。 2004年01月08日 02時23分28秒

1月6日(火)久し振りのクラスティーチング
今日は朝、ゆっくりと時間を過ごした。お昼過ぎにカスタード中村で大好きなアップルタルトを買った。これは最近のマイブームで、バナナチョコクリームケーキに次いで大好きなケーキだ。中村のケーキを不味いと言う人もいるし、あれを美味しいと言う人の味覚が信じられないと面と向って言われた事もあるけど、人の嗜好は千差万別なんで、私は気にしない。不味いと思ったら、食べなきゃ良いのだ。まあ、私の味覚が相当破壊されているのは、確かだけど(^^;

夕方、日本語クラスの準備をしている時、みっちゃんから電話が入った。昨年末に日本に一時帰国した際、お土産に名古屋名物の煮込み味噌うどんを買ったのに、ずっと渡すのを忘れていた、生ものだから賞味期限が1月19日まで、だから早く渡さなきゃって事らしかった。昼にあきとゆりと3人でカラオケに行ったらしく、その後はエンポリでブラブラしたいから、その時に渡したいと言われた。でも、私は夜6時半からクラスがあるので、一緒に遊べない。ので、ソイの入り口まで出るからそこで渡して欲しいとお願いした。

ソイの入り口で待っていた3人娘は、今日はおしゃれに着飾っていた。みっちゃんはいつも通りのパンツスタイルだったけど、あきとゆりはとてもフェミニンなスカート姿で可愛かった。

夜は日本語のクラスを教えに出かけた。学校が近いので本当に便利。こんなに便利な場所から引っ越しを考えた自分が、馬鹿みたいに思える。

今日は初中級と初級のクラスを教えたのだが、初中級のクラスに3週間近く来なかった生徒がひょっこり来ていて、ドロップアウトしたと思っていたのでびっくり。エジプトに仕事で行っていたそうで、暑くてうんざりしたとか。いやあ、タイも真夏は暑いんだけどねえ。初級のクラスは、相変わらず楽しい。丸々2週間が年末年始のお休みだったので、ひらがなは覚えていてもカタカナをすっかり忘れてしまっている子が多く、今日は文字の復習だけ。水曜日から文字の練習帳ではなく、教科書を使い始めるのだが、平仮名・カタカナ表記でローマ字の発音表記は付いていない。つまり、文字を読めないと教科書も読めないので、木曜日までに書けなくても良いから、とりあえずは読めるようにだけしておいて、と文字の自宅での復習を宿題に出した。マスターしている子も多いが、まったくの初心者も多いクラスだから、全体に目を届かせるのは、はっきり言ってかなり難しい。熱心に聞いている子が1番可愛いと思ってしまうが、すぐにドロップアウトするかなと思っていた子が1度も休まずに出席したりで、生徒の反応は本当にマチマチだ。 2004年01月07日 02時40分39秒

1月5日(月)久し振りの授業
今日はLinguisticsの講義のある日。確かヌッがプレゼンする日のはず。滝見物旅行に行ったようだが、プレゼン準備の時間はあったかな?

教室に入ると、チョーク、ガイ、ヌン、ウイの4人が既に来ていた。チョークとウイは遅刻常習犯なのに、時間前に来ていて、ちょっとびっくり。席に着くと、ヌンがカレンダーは手に入った?と聞いてきた。そう、クリスマスのプレゼント交換前、誰が私の名前をクジで引いたか知らなかった頃、教室の中で「誰が私にプレゼント用意するのか知らないけど、来年度のカレンダーだったらうれしいな。」と何度も繰り返したのだ。タイ語で書かれた物語付きの小さいダイアリー型メモ帳は、アルバイト先の顧客業者から貰ったのがあったけれど、卓上カレンダーが欲しい。で、まだだよって答えたら、ハードケース入りの立派な卓上カレンダーをくれた。車関係の会社が顧客に配る為に作ったカレンダーのようだ。どうしたの、これ。と聞くと、ヌンのお父さんがその会社に勤めていて、帰省した際にもらって来てくれたとか。うーん、私がカレンダーを欲しがっていたのを覚えてくれてたなんて。。。予期せぬプレゼントにジーンとなってしまった。

久し振りに受ける講義は、すっごく長く感じられた。ヌッがPhonologyに関するプレゼンをしたが、phonemeとかallophonesとかsegmental phonemesとか、ポケットサイズの英和辞書には詳しい意味が載ってない単語のオンパレードで、頭がクラクラしてしまった。

授業が終ってから、ウイから「これ、あげる。」と言って、大きくて白い螺を加工したキーホルダーに同じく白い貝細工の鳥を模った小さいピンを突然差し出され、びっくりした。もしかして、クリスマスパーティーの時にウイに2つプレゼントを用意したから、貰い過ぎと思って気を遣ったのかな?まあ、深く考えるのは止めて、ありがたく頂戴した。

右側の頬にまで上がった発疹、ちっとも小さくならずに赤く腫れたまま。案の定、サムにまた「どうしたの、すごい事になってるね。」と言われてしまった。ギンピット、と答えたけれど、理由が判らないってのが1番不安だな。薬もいまいち効かないし。出された薬1週間分を終えても良くならなかったら、あの皮膚科の医師の元には戻らず、ヒロシ先生のいるアレルギー科に行かなきゃ。

昼はヌッと一緒に学食でご飯を食べた。タイ人クラスメートの中では彼女が1番年上で、白人達にタイ語を教えているので英語も流暢に話す。日本人駐在員と去年の秋に婚約が整った彼女は、他の子達に比べると、格段に考え方が大人だ。英語が話せる為、授業の好みも私と似ている。一緒にいて気を遣わないで済むので、とても楽だ。ランチの後は一緒に歩いてフジスーパーのところまで来た。アイスクリームを食べようと誘われたので、フジでアイスを買って家で食べる事にした。

ヌッは以前から私がオーストラリアで習ってきたワイルドフラワーエッセンスに興味を持っていたので、彼女に花カード診断を試みる事にした。普通は診断前のカウンセリングで抱えている問題や悩みを話してもらうのだが、友人に花カード診断をする場合、問題や悩みは聞かない事にしている。友人だからこそ知られたくない問題もあるだろうし。で、ヌッにもカウンセリングをせずに花カード診断を開始。最初は、日本人婚約者との事を相談したいのかなと予想したが、ヌッが選んだ花は別の問題を示していた。恋愛問題じゃないですね、と彼女が選んだ花の特性を解説すると、彼女が抱えていた問題と一致したようで、凄い、どうして判るの?と驚かれた。凄いのは私じゃなく、ワイルドフラワーなんだけど。

本当は百会まで行い、解決策を導くのがベストだが、横になってもらう為のソファを修理に出している最中で、ベッドがない。夜寝る為のベッドは使ってはいけないので、床に寝てもらうしか無いが、それは避けたい。フローリングの床では身体が痛くなるし、身体が痛いと問題に集中できなくなり、気が散って百会は成功しないだろう。

夜は近所の日系本屋で、小野不由美の小説を買った。去年の12月初旬、UBCのアニメチャンネルでたまたま見た『十二国記』にすっかりはまってしまい、このアニメの製作元がNHKだった事からNHKのHPをチェックして原作者を知り、ネットサーチで『十二国記』を検索して情報集め。ファンのサイトがたくさんあり、見逃した最初の20話ほどのストーリーをファンサイトのストーリー解説で知った。で、講談社から文庫本が出ている事も知って、買いに行ったのだ。その本屋には1冊しかなかったけれど、他の本屋に行けばもっとあるかも知れない。

夜10時過ぎ、久し振りにおしんを見た。今日から田中裕子に代わって、乙羽信子がおしんだった。いよいよ終盤スタートか。 2004年01月06日 15時24分03秒

1月4日(日)久し振りのバイト
今日は通訳のバイト初日。発疹がちっとも良くならないので憂鬱だ。午後1時までの半日にしてもらったが、お正月明けのせいか、過去最高記録のお客さん数だった。過去最高は8時から1時までの5時間で37人。今日は記録更新で39人。週末は少ない日で50人、多い日で70人以上のお客が来るので、半日で39人ってのは凄いこっちゃ。待ち時間が1時間半と聞いて断わったお客や途中でキャンセルして出ていったお客もいる。とにかく、忙しかった。

そうそう、バイト先の社長から、新年の挨拶代わりに札幌1番味噌ラーメンの5袋入り1パックを頂いた。うっれしいなあ。

夕方はMAОさんとの物々交換品であるリボンバックを買いに行った。また新柄に新作が出ていて、選ぶだけで楽しい。大きめのトート型バックに同じ柄の化粧ポーチにハンカチと3点セットで揃えてみる。ナラヤも初めて来た頃に比べて、各種とも20バーツ値上げしていた。でも日本で同じような品物を買うより当然安いから、いつも観光客で賑わっている。ここ数年は韓国人や中国人が団体で買いに来るようにもなって、1日中客が途切れる事の無いお店だ。ツアーの中に組み込まれているんだろう。エンポリで大型バスが止まり、そこからゾロゾロと下りた団体客がエンポリに入らず、まずナラヤに向うって光景も珍しくは無くなったしね。

もう一つの品・巻きパンタロンは、プラトゥナームでゲットした。ナナ駅周辺の道端でも手に入るけれど、色や柄がださいし、排気ガスで汚れているからね。 2004年01月06日 15時23分19秒

1月3日(土)ちっとも良くならないじゃん
バムルンラートの皮膚科で処方してもらった薬、ちっとも効果が感じられない。通訳にへらへらと言い訳していた医師を思い出し、腹が立ったけれど、まあまだ2日目だし、医師も神様じゃないからね。原因が判らないのは、前回診てもらったアレルギー科のヒロシ先生も一緒だし。あの時は、多分ストレスだと思うと言われたけれど、本当の原因は判らず仕舞いだ。このしつこい発疹、実は2002年の年末から去年のお正月にかけても出たもので、その時はインドはデリーでアーユルベーダの医師に見せた。アーユルベーダの医師からは、発疹が出たあらゆる可能性を聞かれたけれど、シャンプーもリンスも洗顔ソープもタオルを洗う洗剤も食べ物も全て発疹が出る前と同じで、しかもタイに長年住んでいるから気候の変化も関係無い。自然薬を処方してもらったけれど、あまり効かなかった。そうこうしているうちに、1ヶ月後には自然に消えていた。最初は発疹自体も目立たなく、小さいブツブツでしかなかったけれど。

だが、今年8月の2回目の発疹は凄かった。原因は判らないまま、アレルギー科処方の薬で3日ほどで発疹は目立たなくなっていたが。そして今回の3回目。既に2ヶ月目に突入だ。しかも31日の食べ物か酒のせいか寝不足が祟ったのか、発疹は顎から頬にまで増えて悪化。うーん、どうしたもんかい。 2004年01月06日 15時21分47秒

1月2日(金)バムルンラード病院へ再びゴー!
大晦日から元旦にかけての睡眠不足解消の為、朝は10時過ぎまで寝て、それから起き出した。外出の支度も整えて、でもまだお正月だし医師が休みって事も考えられるので、まずは病院に電話してみる事に。時間は11時15分。最初はアレルギー科の先生に予約を入れようとしたら、アレルギー科の医師は今日は全員お休みと言う。えええ、ヒロシ先生がいないのお?皮膚科なら医師が2人来ているという。ヒロシ先生じゃないなら、誰に診てもらっても同じだ、と思って皮膚科にアポを入れたら、朝から患者で一杯で今の段階で11人待ち。私が12番目だという。順番に入れておくので12時半から1時の間に来て下さい、と言われた。新年早々からすごいねえ。

12時40分頃に病院に着いて、まずは2階の日本語受付で診察カードを出す。私の順番は4番目になっていた。で、3階のスキンクリニックへ。2人いた医師はどっちも知らない、聞いた事のない名前の男性医師だ。どっちの医師に当るんだろう。医師指名じゃない場合は、順番に振り分けられるみたいだ。待っている間、さつきさんから電話が入った。なんと彼女達もバムルンに来ていて、しかも同じ3階の眼科にいるという。皮膚科の医師が今日は2人しか出勤していないって事を受付で聞いて、それを教えてくれようとしたみたい。ありがたいこっちゃ。眼科で診察が終ったら、皮膚科にも寄るって言っていたけど、昨日より更に悪化したこの顔は見せたくないので、遭わないで帰ろうと思った。病院に来る時もBTSの中で隣りに座ったお婆さんに露骨にしげしげと顔の発疹を見られたのだ。なんかタイの人って、遠慮が無いよね。普通は気付かれないようにこっそりと見ると思うんだけど、このお婆さんは堂々と顔を私の方に向けてしげしげと見ているんだ。あまりに堂々と見るから、逆に私の気のせいで、私の横にいる誰かを見ているのかなって思ったけれど、お婆さんの視線の先はまさしく私の発疹。失礼な人だなってかなりムッとした。

皮膚科の受付で日本語通訳が要りますか、と聞かれたので、必要ですと答えた。私は必ず通訳をお願いする。通訳がいなくても、医師の言っている事は理解出来るし、自分で症状の説明も出来るけれど、1番怖いのが自分自身の「知ったかぶり」と「思い込み」だ。タイ語や英語が理解できると思って、実は医師の言葉を間違って理解したり、間違って医師に症状を伝えるのが1番怖い。だから、自分の理解が正しいかどうかを判断する為に、必ず通訳をお願いする。

通訳といえば、バイト先で時々「自分はタイ語が話せるから通訳は要らない。」と私に言うお客さんがいる。でも、客が通訳を断わっても、美容師から客のタイ語が判らないと呼ばれてしまう。で、お客は私の日本語の発音そのままの大して上手く無いタイ語が美容師に通じて、何で自分のタイ語が通じないのかとショックを受ける。でもね、それは美容師が私の発音に慣れてるってだけ。その上、初めての客やたまにしか来ないお客だと、美容師も客の言っている事を理解しようとの努力を全くしない。でも、片言だけのタイ語でも、何度も来ているお客は、問題なく美容師と会話が成立している。美容師がそのお客を覚えていて、お客の言う内容を理解しようと努力するから。それだけの違いだ。だから、自分のタイ語が通じないとショックを受ける必要は全然無い。

さて、待つ事20分ほどで順番が来て、診察室に通された。通訳に大晦日に飲み食いしたら、翌朝酷くなっていたと説明。通訳された医師が、石鹸や洗剤、食べ物のアレルギーなんかについて質問する。そして、この病院で診察を受けるのは初めてかと聞かれたので、8月に同じ症状が出た時はアレルギー科で診てもらい、薬を処方されたら直ぐに良くなった。今日も本当はアレルギー科で診てもらいたかったけれど、医師がお休みなので皮膚科に来たと言ったら、医師が困った顔をした。発疹の原因が掴めない上に、アレルギー科に罹ったら直ぐに治ったと言われ、プレッシャーになったのだろう。ベッドの上に座らされ、照明を当ててしげしげと発疹を見ているが、どんな種類の発疹なのか、ただのニキビなのか、判断がつかない様子。

で、アレルギー科で処方された薬はまだ残っていないのか、と聞かれたが、全部飲み切っている。12月中旬に診てもらった時は、様子見で3日分しか処方されず、症状は軽減したがその後薬を貰いに来なかったので、顎の発疹は消えなかった。で、大晦日で一気に悪化したんだ。

とりあえず、飲み薬を2種類、洗顔剤と洗顔後に患部に塗るジェルを処方された。また注意事項として、肉やシーフードは避けるように、お酒も飲まないように、患部には極力触れないように、直射日光は避けるように。ま、良くないと思われるものは全部ダメって事さ、と通訳にヘラヘラしながら告げている。要は、発疹の原因が判らないから、何をどう注意したらよいかも言えないって事なんだろう。こっちは発疹の悪化で憂鬱だってのに、ヘラヘラと無責任に笑う医師に猛烈に腹が立った。皮膚科でシミを取ってくれたナンタヤ−先生やアレルギー科のヒロシ先生は、もっと医師としてプロフェッショナルな態度で接してくれたのに、この医師は全くタイ人のいい加減さ丸出しだよ。1週間分の薬を出すから、効かなかったらまた来てと言われ、心の中で『また来るけど、あなたのとこにはもう2度と来ないよ。』と思った。

治療が済んで、会計に行く途中、眼科の前を通ったら、待合室にまださつきさん達がいた。今日はどの科も出勤医師の数が少なくて、待ち時間が長いみたいだ。廊下から手を振って合図したら、さつきさんがすぐに気付いて、こっちにおいでよって手招きされたけれど、顔を間近で見られたくなかったので、首を振ってその場を去った。お会計は人が少なくているもより早く済んだ。で、薬をもらうために待っていたら、また会計に呼ばれた。なんでも大目に請求してしまったとかで、会計のやり直し。34バーツ余計にチャージしたらしい。34バーツなんて、別に良いのに。。。それより、とっとと帰りたい。

なんか、正月早々から病院通い。最初が悪いと、後は良い方に向うだけって事ね。 2004年01月06日 15時21分52秒

1月1日(木)新年明けましておめでとうございます!
引き続き、♪2003年大晦日のダムヌンサドゥアック♪で年末年始の様子をアップ。 2004年01月03日 17時15分53秒

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