10月7日(火)北バスターミナルに夜9時集合〜!
例によって例の如く、夕方は日系美容院で通訳のバイト。夜8時にバイトを終え、一旦アパートに戻り、荷物を持ってBTSに直行。9時にBTSの終点モーチット駅で、ニン、ガイ、ケミーと落ち合う。私は誤解していた。BTSのモーチット駅から、モーチット北バスターミナルまで、歩いていけると思っていたら、なんとバスで移動する距離だという。ああ、眩暈が。。。私の疲れた顔を見たニンが「タクシーでも良いよ」と言ってくれた。そう、4人で割れば大した金額じゃないもんね?!

大学院のクラスメート達、北バスターミナルにて
9時半前にタクシーは北バスターミナル着。なんてでかいバスターミナル!!パタヤ方面行きバスが発着するエカマイの鄙びた東バスターミナルしか利用した事が無かったが、東バスターミナルとは比べ物にならない規模の大きさだ。っつーか、サムイやコラートの飛行場よりも大きい。さすがは北バスターミナル!(意味不明)
マハ−サラカム行きのバスは夜10時15分発。バイトで小腹が空いていたので、軽くアーハンジャーンディアウ(ぶっかけ飯)を食べる事にした。さすがはバスターミナル、ぶっかけ飯が30バーツもする。しかも、美味くない。。。
10時15分発のバスは、遅れて10時30分過ぎに出発。ま、タイだから。バスの座席は、飛行機のエコノミークラスの座席とは比べ物にならないほど広く、座席の背を倒すとフラットにまではならないが、エコノミークラスよりは寝心地が良さそうだ。でも、やはりファーストクラスの180度フラットになる座席には、かなわない(当たり前か。。。)
バスが出発してすぐ、軽食入りの箱が配られた。油がベトベトに浮いたカップケーキと、かっぱえびせんの小袋が入っていた。食べたくないなあ。。。イスの背のポケットに箱を無造作に押し入れ、毛布を被って寝る事にした。お休みなさ〜い!
【旅行に費やした諸経費】
ニンの家族へのお土産・一人105B、水の大ボトル1本9B、小ボトル4.5B、バス片道272B、ぶっかけ飯30B
10月8日(水)マハ−サラカム観光、でも何も無かった。。。
明け方2時半過ぎ、コラートの巨大ショッピングセンターでトイレ休憩。コラートはイサ−ン地方への玄関口にあたる。ここまでくると、マハ−サラカムはもうすぐだ。巨大ショッピングセンターには明かりが煌々と灯り、駐車場には大型バスがずらりと並んでいた。夜食を食べる人も多かったが、私は眠いので、トイレだけ済ませてすぐにバスに逆戻り。20分ほどの休憩で、バスは再び出発した。
明け方5時、無事にマハ−サラカムのバスターミナル着。いや、バスターミナルを想像していたのだが、普通の道路にバスは停まった。うーん、やっぱイサ−ンだねえ(←意味不明)
バスから降りると、ワラワラとシーローの客引きが群がってきた。バスの乗客は、シーローのおやじと交渉を始める人たちもいたが、ほとんどは家族が迎えに来ていたようで、シーローのおやじを避けるようにその場を去っていった。ニンも、確かな足取りで客引きおやじを無視しながら、ずいずいと歩いて行く。が、客引きも諦めずに、後ろをついてくる。それもたくさん!
で、気付いた。ニンじゃなくて、このおっちゃん達はデラの後ろについてくるんだよー!すっかりタイ人に成り切ったと自分では思っていたのだが、一言もしゃべってないのに、外国人だとバレバレだったのだ。タイ人のニンやガイと一緒にいるにも関わらず、香港人のケミーをも無視して、私にだけ「シーロー、アオマイ?(シーローに乗らんかい?)」と口々に言いながら後ろを付いてくるのには、閉口した。ニンから後で「肌が白いから、珍しかったんだよ。」と言われたが、あっしは珍獣かい?!
バス停から少し離れたところに、緑色のシビックが停まっていた。おお、これはもしかして、ニンのお迎え?そう、ニンのお父さんが迎えに来ていたのだ。ラッキー!!ところが、シーローの運ちゃん達は、私が車のトランクに荷物を入れてもまだ、シーローアオマイ?を言い続けていた。君達、他に言葉を知らんのかね?
バス停から車で15分ほどで、ニンの家に着いた。りっぱな門の向うにそびえる、でかい家。よかった、トイレは家の中にあるぞぅ〜!いや、今回のイサ−ン行きで1番心配したのが、実はトイレ。だって、夜中に家の外でするなんて、嫌じゃないっすか。
朝の5時半で、お母さんも仕事があるのに起き出して、歓迎してくれた。でもでも、眠いの。御願い、ニン、早く寝かせて〜という我侭な客の心の叫びを聞いたのか、ニンがすぐに部屋に案内してくれた。割り当てられた部屋は2つ。一つは元々ニンの部屋。綺麗で清潔な部屋に、2人が充分寝られそうな大きいベッドがある。隣りは長らく空き部屋だったようでカビ臭く、床にはマットレスが一枚敷かれているだけ。最初、ニンは綺麗な方の部屋に私とケミー、その隣りにガイというように部屋割りをしたのだが、かび臭い部屋を見た瞬間のガイの表情を見てしまったので「床で寝るのはジャパニーズスタイルだから、私はこっちが良い。」と言って、有無を言わさずに荷物を置き、綺麗な部屋をガイに譲った。
小さな名も知らぬ虫が這いまわるマットレスを、ニンが気の毒そうにぽんぽんと叩きながら、ごめんねを繰り返す。いやいや、全ては経験よ。
横になった私にタオルケットを掛けてくれ、虫除けに足元で扇風機を回し、窓を少し開けてニンが出ていった。小鳥のさえずり、そよかに吹く風、朝の光、窓からこぼれ見える豊かな緑。イサ−ンは平和で美しい。
神経が高ぶっていたせいか、あまり眠れない内にお昼になった。階下からは、既に起き出した3人の笑い声が響いてくる。若いってすごいなあ。私は寝不足で、頭がガンガンするってのに。
階下に降りて、まずは本格的イサ−ンスタイルの水浴びデビューだ。バスタブのような深い浴槽に、地下から引いた水が波々と湛えられている。浴槽の脇に小さくて底の浅い水溜があり、その横にしゃがむスタイルのトイレがある。大きくて深い浴槽の水は水浴び用、脇の浅い水溜はトイレの後始末用の水だ。そう、ティシューやトイレットペーパーは使わないのだ。うーん、これは辛い、辛過ぎる。知っていたとは言え、手で処理するのは。。。
とりあえず、スッポンポンになって水をじゃぶり。。。ひゃああ〜っ冷たい!でも、冷たさにはすぐに慣れて、髪も水で洗う。郷に入れば郷に従え、だ。
居間では、ガイからのお土産、南部名産の魚チップを揚げたものを食べていた。うまい!でも、ちゃんとしたご飯を食べようという事になり、私とニンが買出しに。スクーターに2人乗りして、ガイヤーン、ルークチン、ゲ−ンノーマイ(竹の子スープ)をそれぞれ買って帰宅。ゲ−ンノーマイはイサ−ン料理で、私の大好物だ。竹の子スープといっても、色んな野菜ときのこが入った繊維質たっぷりのお腹に優しいスープ。
少し遅めの昼食の後、ニンが車でマハ−サラカム観光に連れて行ってくれる事になった。両親はピックアップトラック、弟がスクーターを使い、シビックは私達のために空けてくれたのだ。ニンには、ガソリン代はみんなでシェアしようと申し出た。最初は「お客さんにお金を出させるなんて、とんでもない!」と抵抗したニンだが、ガイからも強く言われて、滞在中の外食費やガソリン代は全て折半する事に納得してくれた。そうじゃなきゃ、こっちも気を遣っちゃうからね。

マハ−サラカム県唯一の観光地(ニン談)
まず、幼馴染で大学も一緒だったというニンの親友、アップを家まで迎えに行った。これから3日間、アップが行動を共にする事になるのだ。タイ人と一緒にいると、友人の輪が自然に広がっていくのが楽しい。
初対面アップの印象は顔がデカイ!一体何を食べたら、こんなに巨大な顔になるのだろう?!ニンの約2倍はありそうな顔の大きさ。それに比例して、身体もでかい。最初はその顔の大きさに度肝を抜かれたけれど、アップは話し方がとてもソフトで、いつもニコニコしている。そして初対面なのに、一緒にいて居心地が良い。あ、言い遅れましたが、アップは男性です。
最初にまず、ニンとアップの母校、マハ−サラカム大学を見学させてもらった。旧校舎とは別の場所に新校舎を建設中で、新校舎の図書館を見学したが、車が無ければ移動が難しいほどの広大な敷地の一角に、最新設備が整った図書館があった。シーナカリン大学の図書館より立派だ!!
ニンのお母さんは、この大学で情報処理を教えている。15年ほど講師をした後、自分が習った知識は古くなっていると実感したお母さんは、大学講師として働きながら、大学院に入って修士号を取得したとか。凄いなあ。
ニンに、どうしてここの大学院に入らず、わざわざバンコクの大学院に来たの?と聞いたら、本当はバンコクには行きたくなかったけれど、マハ−サラカム大学院には教育言語学が無かったからとの返事。ガイの故郷にも立派な大学はあるが、わざわざバンコクの大学院に来たのは、ニンと同じ理由からだった。
次に連れて行かれたのは、お寺。ニン曰く「マハ−サラカムは、お寺以外に見るところは本当に何も無いの。」という事で、県内で1番大きいというお寺へ。境内にいたスルメ売りからスルメを10バーツ分3枚買い、こういったお寺にありがちな、たくさんの種類の鐘を全部一通り鳴らしたら、もうする事は無い。
次に、お寺近くのムーバーンボラ−ン(古代の村)に連れて行ってもらった。

ムーバーンボラ−ン(古代の村)の管理の行き届いた家々

ムーバーンボラ−ンの一角
ここは、古い家を集落毎に保存したもので、昔ながらのイサ−ンの生活を偲ぶことができる。築百年以上の家々を修繕し、管理保存して自分達の文化を残そうとしているのだ。タイとは思えないほど(失礼!)綺麗に管理されていて、ゴミ一つ落ちていなかった。
さて、このお寺と古代の村から家に戻る途中、崩れかけた古い遺跡が、何故かひょっこり現れた。1970年代から80年代にかけて、発見された遺跡だそうで、一瞬自分がアユタヤの遺跡か、カンボジアのアンコールワットにいるかのような錯覚を覚えた。そう、クメール様式の遺跡が現れたのだ。

まるでアンコールワット遺跡群の一部のようなイサ−ンの遺跡
小さい遺跡で、この写真に写っている部分以外は、石がゴロゴロしているだけ。ニンに由来を聞いたけれど、いつの時代の遺跡かは、解明されていないとの事だった。彼女曰く、この辺はカンボジア領になったり、タイ領になったりと、歴史的に文化が混じっているので、どっちでも良いとの事だった。うーん、なんてアバウトなんでしょ。まあ、遺跡の形状を見る限りは、クメール様式である事は間違いない。って事は、この辺一帯がカンボジアの影響を強く受けた時代のものなんだろう。
アップとニンは、本当に仲が良い。でも、美人のニンとモアイ像のようなアップでは、どうもバランスが悪い。2人でおしゃべりしている姿は、仲睦まじくて微笑ましいのだが、どうも男女の仲には見えないし、まるで女の子同士がきゃっきゃとはしゃいでいる感じなのだ。巨大な体格のアップを女の子みたいと形容するのも変な話だが、優しい話し方や、いつも笑顔を絶やさない表情など、意外と彼は癒し系キャラで女心をくすぐるのかも知れない!?
4時を過ぎたら、急激に日が傾いてきたので、家路を急いだ。夕食は、近くのマーケットで食べようという事になり、屋台群のようなところへ。ところが、ニンの携帯にお父さんか「7時過ぎには家に帰るから、みんなで一緒に家で食べよう。」との電話が入り、急遽家に帰る事になった。
お父さんが、職場近くでおいしいと評判のスープを買ってきてくれたが、それだけでは足りないので、ニンがヤムプラ−ムック(イカのタイ風サラダ)を作ってくれた。さっきお寺でスルメを買いながら、イカが大好きだと言ったのを覚えていたようで、知らない間にイカが用意されていたのだ。サラダ用のイカだけじゃなく、酒のつまみになりそうな、イカの一夜干しもお父さんが買ってきてくれて、イカ尽くしの食卓になった。ただ、職場近くで評判のスープはイマイチで、みんなにも今ひとつ人気が無く、ニン手作りのヤムプラ−ムックとイカの一夜干しが飛ぶようにみんなの胃袋に吸収されていった。
ニンが「デラはイサ−ン料理が大好きなんだって。辛いものも大丈夫なのよ、お父さん。今朝なんか、近くのお店で買ったゲ−ンノ−マイ(竹の子スープ)をおいしいと言って、全部食べちゃったのよ。」と、いかに私の胃袋が頑丈かを両親に説明。ご両親も、私がイサ−ン料理が大好きだと知って、とてもうれしそうに目を細め、じゃあ、今日買ったスープはおいしくなかったから、明日はゲ−ンノ−マイを作ってあげよう、と言ってくれた。竹の子よりきのこ類が好き、とまたニンが私の好みを父親に説明している。お母さんじゃなくて、お父さんが料理を作ってくれるのだ。明日の夜が楽しみだ!
夕食の後は、ニンの家から歩いて5分の、ニンお薦めのミルクシェ−ク屋でシェ−クを飲んだ後、家に戻ってみんなでテレビを見ながら、おしゃべり。一家団欒って奴だ。大学卒業以来、こんな一家団欒の時を過ごした事がないので、懐かしい気持ちで一杯になった。お母さんは私、ケミー、ガイを呼ぶ時には「ルークサオ」を最初に付けて呼ぶ。私を呼ぶ時は「ルークサオ・デラ」つまり私の娘デラ、と呼びかけるのだ。優しいお母さんの口調もあって、そう呼ばれるのがとても居心地良く、うれしかった。
10時前には、目を開けていられないほど眠くなったので、先に水浴びをさせてもらい、寝床へ直行した。お休みなさい!
今日使ったお金
朝食兼昼食20B、スルメ10B、
10月9日(木)お隣りのロイエット県へ
朝、まぶしいほどの光と鳥のさえずりの声で目が覚めた。ああ、イサ−ンにいるんだなあ。トイレで一仕事した後、水浴び。お通じがとっても良くて、うれしいわ♪
今日のお昼は、お隣りロイエット県の有名なお寺にピクニックに行こう、という事で、朝からニンが張り切ってお弁当の準備をしていた。鳥の唐揚げのとっても良い匂いが食欲をそそり、手をだしたら「駄目!」と叱られてしまった。ふえーん、食べたいよう、と駄々をこねたら、本当はお昼用だけれど、朝食のおかずに一人一切れづつ食べる事を許され、熱々の唐揚げをほおばる。うーん、おいしーい!昼まで待てないよー!
朝食は、ニンがカイジアオ(タイ風オムレツ)を作ってくれた。ニン自慢の料理だけあって、本当にほっぺがおちそうなほど、おいしかった。ただのオムレツが、こんなにおいしいなんて!ガイは、作り方を知りたいとニンの傍で見ていたが、なんと生まれてこのかた、1度も料理をした事がないそうだ。家では家事は一切した事がないらしく、野菜すら切った事が無いとか。うーん、色んなタイ人がいるんだね。
軽い朝食を済ませ、支度を整えて、いざロイエット県へ出発!その前に、アップの家に彼をピックアップに行く。今日のアップの服装を見て、昨日ニンとまるで女の子同士のように仲睦まじくしていた訳がわかった。今日の彼は、前髪をハローキティのピン止めで2箇所留め、ピンクのTシャツの左胸には可愛い象さんの刺繍、左手首には小さい花を連ねた可愛いブレスレット。まあ、そちらの筋のお方だったのですね。
マハ−サラカム県は、小さくて観光地が無いけれど、隣りのロイエット県には見所がたくさんある、との事でまずはマハ−チェディーワットチャイモンコンという、いまだ建設途中の巨大なお寺の境内でピクニック。ニンの家からは車で途中、道に迷いながらも2時間半で到着。
イサ−ンにおけるお寺の役割は、ただお参りするだけの場所ではなく、バンコクでいうところのデパートのような役割も果たしているようで、週末に家族が散歩したり、お弁当を作ってきて食べたりと、憩いの場になっているのだ。なので、境内には、家族がお弁当を食べられるような8人掛けの大きな石造りのテーブルとイスのセットがたくさんあった。また、近くには水道もあり、手や食器を洗えるようになっている。ゴミ箱もあり、みんな綺麗に利用していた。タイ人といえば、他人の事にはお構い無し、自分勝手で公共性ゼロというイメージが強いけれど、さすがにお寺は大切にしているようだ。
あ、ちなみにタイやタイ人を美化して、タイには日本人が忘れてしまった心の豊かさがある、なんていう日本人がたまにいますが、それは単に、日本人が失ったものを、勝手にタイ人に投影しているだけ。タイ人も日本人も、自分勝手な奴もいれば、心優しい人もいるわけで、基本的には一緒です。
さて、ランチは鳥の唐揚げの他に、メーンディッシュはなんとソムタム!イサ−ンで本場のソムタムを食べたいと言い続けてきた希望が、やっと叶えられました。重い思いをして、ソムタム用の石臼を運んできたかいあって、お寺で作りながら食べたソムタムのおいしかった事!作るそばから無くなっていくので、ニンも作りがいがあったようで、満足そうだった。デザートは甘いパイナップル。汁が滴り落ちるほどの甘さで、もうお腹一杯だ。
食後の運動って訳じゃないけど、建設途中のチャイモンコン寺で、完成して一般公開されている部分を拝観する事にした。チェディーというだけあって、塔があるのだが、6階まで登れるのだ。

マハ−チェディーチャイモンコンの塔の4階から撮影した門の一部
いや、とにかくでかい寺でした。とりあえずは、昇れるところまで昇ろうと、老体に鞭打って6階まで上がったけれど、疲れました〜!2階部分は金ぴかりんの豪華絢爛さで、ダンスパーティーでも出来そうだな、なんて不謹慎な事を考えてしまいました。

チェディー内部、2階部分の豪華絢爛ダンスホール?!
さて、お寺の次は公園?ああ、なんて健康的な遊び方なんでしょう。ロイエット県には、魚に餌を与える事が出来る巨大な池がある公園があるとかで、そこに連れていってもらった。ちょうど、各村の美人コンテストをしていたようで、それぞれの村からの代表の娘さんが、晴れやかな笑顔で並んでいた。タイドレスは、どれも微妙に形が違っていて、伝統衣装一つみても、村々で独自の文化が息づいているのが判る。
日差しが強く、喉が渇いてアイスクリームを食べたくなったのだが、公園にはアイスは売られておらず、家に戻る途中、ショッピングセンターに寄る事にした。そのショッピングセンターとは!おお、なんとロータスじゃありませんか。ニンに、すごいね、マハ−サラカムにはロータスがあるじゃない!と興奮して言ったら、「あはは、ここはまだロイエット県内だよ、マハ−サラカムにはスーパーマーケットは無いから。」だって。
みんなでソフトクリームを食べた後、ニンが両親の携帯にそれぞれ電話して、買っておいて欲しい物を聞いていた。私も、パースで使うシャワージェルを買う事にした。ロータスは、どこでも安いね、やっぱ。7時頃に帰宅したら、ご両親は先に戻っていて、お母さんが大量のキノコのえを取っているところだった。このキノコ、タイでよく見かける安い舞茸や、トムヤムクンによく入っているコロンとした袋茸ではなく、日本のなめこ汁に入っている形のキノコだった。これ、タイじゃ珍しいから、普通のキノコの3倍はするんだよね。奮発してくれたみたいで、恐縮する。
ガイとケミーがお母さんのお手伝いをして、キノコのえを取り、私とニンはカイジアオウ作り。朝、ニンが作ってくれたのが、すっごくおいしかったので、また食べたいとリクエストしたのだ。お父さんは、黙々とゲ−ンノ−マイに入れる野菜を切ったりして、下ごしらえに余念が無い。下準備の出来たキノコをお父さんに渡し、ご飯も炊き上がり、カイジアウも熱々に出来上がったところで、お父さんご自慢のゲ−ンノーマイの完成。すっごおおおくおいしいスープで、こんなにおいしいゲ−ンノーマイを食べたのは、お世辞じゃなくて、タイに来てから初めてだった。
もう、無言でひたすらパクパク食べる。だってだって、おいしいんだもん!カイジアウもすっごくおいしいし、もう、この家の子になりたい、なんて年甲斐も無く子供じみた事を言ってしまったら、お父さんがうれしそうに笑った。
食後は、タイダンスをしていたニンの出演ビデオを鑑賞。すごいよ、すごい!ニンってば、どうやったらあんなに踊れるの?と驚嘆しながら、ビデオに見入る。タイの伝統的民族衣装も素敵で、思わず「ああいうドレスを着て、写真撮影したい」と言ったら、ニンが大学の後輩に電話をかけ、ドレスを借りて着付ける手はずを整えてくれた。きゃああ〜!うれしい。やっぱ、女ってこういう着せ替えごっこが好きなのよねえ。って訳で、話はとんとん拍子に決まり、明日の午前中はニンの母校のダンス部で、ドレスを着せてもらう事になった。楽しみだわ。
夜10時前には、例の如くに眠くなり、水浴びして寝た。
今日使ったお金
ロータスのソフトクリーム12B、シャワージェル48B
10月10日(金)タイドレスでファッションショー♪
朝、鳥のさえずりと窓から射し込む日の光で目が覚めた。お、今日も快便の兆しだ、うっしっし。水浴びした後、朝食に昨日のゲ−ンノ−マイの残りをあっためて食べた。ほんと、おいしいんだよね。一晩置いて、さらに味が深くなった感じだ。しかも、竹の子よりもキノコが多く、かつ各根菜類も豊富で、こりゃあお通じが良くなる訳だ。
さってと、今日はニンの母校、マハ−サラカム大学の芸術学部からタイドレスを借りて、ファッションショーをするのだ。いやあ、女って好きなのよねえ、こういう事が。芸術学部はまだ新校舎には移転していないらしく、旧校舎の方に向う。広い構内の一角に、おんぼろの小屋があり、ここがダンス部の部屋とかで、ここの板の間で練習したり、小部屋で着替えたりしたらしい。我々が到着した時には、ニンの後輩の女の子のプンと、後輩の男の子2人がテレビを見ていた。まず、プンを車に乗せて、芸術学部に乗り付けた。5階にある衣裳部屋から、午前中だけ衣装を私とガイとケミーの3人分、一時拝借するのだ。色んな種類の衣装がたくさんあって、どれとどれがセットになっているのか判らないので、ニンとプンの2人に衣装選びは任せた。
たくさんの衣装を車に詰め込み、先ほどの小屋に戻る。男子学生2人は、まだ板の間でテレビ映画に夢中になっていた。タイトルは忘れたけど、デンゼル・ワシントン主演のSFアクション映画だ。我々女性陣は、小部屋に入って着替える事にした。ニンとその後輩のプンが、着付けを手伝ってくれる。

テワダ−(天女?)の衣装で、はいポーズ
最初は、金の塔を頭に乗っける天女の衣装だ。頭飾りは張りぼてなので軽いけれど、頭の上でバランスを取るのが難しい。ちなみに、HPにアップする写真は全て、小さく且つピンぼけで顔が判らないように処理してある。決して私の腕が悪いから、こういう写真になった訳ではない(きっぱり)

村娘の衣装でパチリ!
次は、イサ−ンの村娘の衣装だ。イサ−ンといっても、各県にまたがっており、それぞれで民族衣装は違う。これは、あくまでタイダンスショーに登場する村娘の衣装という事で、ご理解願いたい。
これで最後だと思っていたら、もう1種類あるという。今度は、長い布をスカート状ではなく、ズボンのように足下に巻きつけて着る衣装だ。

宮廷に仕える女官の衣装
顔が判らないようにサイズを縮小してしまったので、上の写真では判らないと思うが、紫色の長〜い1枚の布を3つ折りにし、それを股下に通してズボンのようにしている。草に隠れて見えないけれど、ズボン状なので歩き易い衣装だ。トイレの時はどうするの?と素朴な疑問をニンにぶつけたら、この衣装の時はトイレに行っちゃ駄目、我慢するの!と言われてしまった。確かにねえ。
たった3種類の衣装を着るだけで、なんと3時間半も掛かってしまった!気が付けば、もう午後1時。本当は今日は隣接する別の県、ガラシン県にドライブに行く予定だったのだが、片道2時間近くかかるらしく、時間が無くなり、急遽キャンセルに。代わりに、おいしいと評判のタイ料理屋に行く事になった。アップがお腹を空かせて待っているはず。でも、エアコンの無い暑い部屋で着替えたせいか、それだけで体力を消耗し、水分補給の必要があったので、アップをランチに迎えに行く前に、ニンの家のすぐ近くのミルク屋で、シェ−クを飲む事に。ここのミルクシェ−ク、ほんっとにおいしいのだ。ここで、ガソリン代を清算する事になった。一人180バーツだ。4人で割れば、安いなあ。それから、アップの家へ。
今日のアップは、赤いTシャツにジーンズ、昨日とは違う花のブレスレット、髪留めはキティちゃんじゃなく、小さい向日葵の形をした髪留め。顔と身体は巨大だが、それに反比例して、服やアクセサリーの趣味は可愛らしい。私たちも、すっかりアップの少女趣味に慣れた。だって、可愛いんだもん。
タイ料理屋は、沼のようなところに作られた、竹を編んだ高床式の水上長屋だ。風情があって、とても良い。となりのスペースではレズビアンのカップルが、仲睦まじくご飯を食べていた。女性役が男性役にかいがいしく世話を焼き、男性役は男性らしく亭主関白のように振舞っているのが、おかしかった。
カオニャウ3皿、プラ−マナオ、ソムタム2種類、ムーヤーン、ヤムプラームックにコーク2本、ワインクーラー3本で一人49バーツ。5人でお腹一杯食べたのにね。やっぱりイサ−ンは、物価が格段に安いよ。
それから、近くの村にあるイサ−ン工芸品の土産物屋に連れていってもらった。可愛い小物や伝統服がたくさん売られている!ケミーは、イサ−ンの伝統手工芸品である布織のバッグを10個も買っていた。香港へのお土産にするそうだ。私は、民芸調っぽい巻きスカートを買う事にした。バンコクの伊勢丹デパートで、2千バーツで売られていた奴だ。こちらで買うと、3百バーツ。誰かが中間でごっそり儲けているようだ。3百バーツでも充分に安いけれど、もう一声!とねだって、250バーツにしてもらった。おばちゃん、ありがとう!
これでお土産も買ったし、後は夜行バスに乗ってバンコクに戻るだけ。すっごく楽しいイサ−ン旅行だった。実家に招待してくれたニンに、大感謝だ。
荷物をまとめる為に家に戻ったら、お母さんがスキの用意をしていた。2時過ぎにランチを取ったので、全然お腹が空いていない。晩ご飯は要らないと辞退する私たちに、お母さんは夜中にお腹が空いたら大変だから、とイカをたっぷり入れたタイスキの用意をどんどん進め、結局食べるはめに。私のために用意してくれたイカだしなあ。うーん、もうお腹一杯で入らないよ〜。ニンが、お母さんの後ろから「ごめんね」と口パクで伝えてくる。ううん、うちの母親もきっと同じ事をしたはずだ。子供達がご飯を食べずに家を後にするなんて、考えられないんだよね。
夕食には、アップとその妹、及びニンの恋人も招待されて、一緒に食べた。アップの妹は、顔はアップに似ているが、きゃしゃな身体で顔も小さい。内気そうな、おとなしいお嬢さんで、まだ高校1年生だ。ニンの恋人は、でかしたぞ、ニン!といいたくなるほどの好青年。大学時代の遊び仲間で、ニンがバンコクへ大学院進学した半年後に恋人同士になったらしい。
夜8時半過ぎ、とうとうバスターミナルに行く時間になった。バスは夜9時15分発だ。ニンの恋人とアップ兄妹が送ってくれる事になった。車に乗り込むと、お父さん、お母さんが見えなくなるまで手を振ってくれていた。すごーく暖かい家族だった。お父さん、お母さん、本当にありがとー!
バスのチケットを買い、乗り込む。バスは時間通りに出発した。ここでも、ニン達が見えなくなるまで手を振ってくれた。後期にまた会おうね、ニン!
そして、バスは途中、またコラートの巨大ショッピングセンターでトイレ休憩の後、午前5時にバンコク北バスターミナルに到着した。ケミーはこの後すぐ、香港から来た友人達と遊びに行くとかで、バスターミナルで別れたが、ガイとは同じスクムビット在住。最初は、ニンに教えられた通りにバスでスクムビットまで戻るつもりだったが、時間はまだ朝の5時。バスの本数は極端に少なく、スクムビット方面行きの始発が何時なのかもよく判らない。暗いし、心細くて、タクシーで帰ろうとして財布の中を見たら、オーマイガッ、35バーツしか無い〜!!!ガイに聞いたら、ガイは120バーツあるという。2人合わせて155バーツ。ここからスクムビットにある大学付近まで、155バーツで行けるんだろうか?高速道路を使わなければ大丈夫だろうと踏んで、二人でタクシーに相乗りする事にした。乗って1分もしないで、いきなり雨!しかも雨脚はどんどん激しく、土砂降りの雨となる。タクシーに乗って良かった、と二人で言いながらも、メーターをドキドキしながら見つめる二人。
155バーツで、モーチットからガイのアパート、更にはうちのアパートまでお金が足りるかどうか心配だったので、スクムビットのソイ31入り口で私はタクシーを降り、アパートまでちょっと歩こうと思っていたのだが、外は相変わらずの土砂降りの雨で、歩けたもんじゃない。そこで、ガイのアパートまでタクシーで乗り付け、そこからうちのアパートに向ったのだが、なんとか120バーツ以内で到着。ほっ、良かった〜!
という訳で、最後までハラハラドキドキ(?!)のイサ−ン旅行は、幕を閉じたのであった。
最終日迄に使ったお金
ガソリン代一人180B、ミルクシェ−ク+ミルクパン19B、ランチ49B、イサ−ンの織物による巻きスカート250B、バス片道272B、コラートでのトイレ休憩時のジュース代8B、タクシー相乗り分60B