12月31日(火)大晦日、それは年越し蕎麦から始まった。

2003年最後の日没、ラーッブリ−はダムヌンサドゥアックの水路にて。
大晦日と言えば、やっぱ年越し蕎麦でしょ。って訳で、あき・みっちゃん・ゆりの3人が、大学で今年最後の授業を受けている間(大学院の方は1週間お休みなのだ)、鰹節と干しシイタケでダシを取った年越し蕎麦の準備をする。
3人が制服から私服に着替えるためにうちに来る時間を見計らって、蕎麦も茹でた。フジスーパーで買った信州蕎麦とろろ入り一袋50バーツ。これに餅(八つ切り一袋21.25バーツ)も入れて、年末気分を盛り上げる。蕎麦の袋には熱湯4分と茹で時間が書かれていたが、3分にしておく。スパゲッティもそうだが、袋に書かれた茹で時間マイナス1分くらいがアルデンテで丁度良いのだ。
茹でた蕎麦を笊に上げた時点で、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。おお、時間ぴったしだ。
一袋250グラムを全て茹でたので、ドンブリ4つに盛り分けたら、結構な量。これに餅も2切れづつ入るのだ。残さず全部食べられるかな?自分で言うのもなんだが、結構おいしく出来た!
食べ終わって、着替えタイム。ゆりは制服のまま行くというので、着替えなかったけれど、あきちゃんとみっちゃんの2人は動き易い格好に着替え、いざ出発。ところが外に出たら、あきちゃんとみっちゃんが、まだお腹が空いていると言い出した。えええ?蕎麦は結構な量だったのに?しかも餅も2切れ入っていたのに?うーむ、若いって凄いなあ。で、カスタード中村でパンを買う事になった。ゆりと私は外で待つ。店内は混んでいたので、1泊旅行用の荷物を抱えてみんなで入ると、余計混雑させちゃうからね。
あきちゃんとみっちゃんがパンを選んでいる間に、トシから電話が入る。トシたちは既に集合地のエンポリに着いたらしい。私達もすぐ行くから、待っててね!
集合時間の12時に10分遅れて、エンポリ前に到着。と、トシ達はまだお昼を食べてないという。私達を待ってたって事か。とりあえずエンポリ5階のフードコートに行く事にした。トシとさつきさんはバーミーを、みっちゃんとあきちゃんは中村で買った菓子パンを、私とゆりはジュースだけ。だって蕎麦とお餅でお腹一杯だもん。
午後1時、エアコンバス511番に乗る。終点のサーイタイ(直訳すれば南線、南バスターミナルの事)まで16バーツ。王宮前広場を通って橋を渡りピンクラオへ。帰省ラッシュの為か混んでて約1時間経ちっ放しで、2時10分に南バスターミナル着。この時点で既に疲れ果て、もうこのままタクシーで家に帰りたいと泣き言を言うおばちゃん。ラーッブリー行きのバスは2時40分発。でも、乗客全員が揃った2時35分には出発した。
バスの中では爆睡してました。だって、バスの窓から見える風景は、どこも一緒だしぃ。
5時過ぎ、やっと終点のラーッブリ−着。でも、ラーッブリ−のどこの町かは、さっぱりわからず。だって、田舎の町ってみんな一緒だもーん。バスを降りた地点のすぐ向い側にあるセヴェン(セブンイレブンの事)でスパイ(タイの甘いワインクーラー)とビールやサトー(お米から作られたタイのお酒)を買い足し、更にローカルバスに乗り換えた。
このバス、30分に1本の運行で最終が5時半発。我々が乗ったのはまさに最終バス。間に合って良かったよー。で、ゆりの叔母さんちがある水路へと向う。バス代6バーツ。ローカルバスにバス停はあって無いようなものらしく、みんな、好きなところから乗り、好きなところで下りていく。このボロボロのローカルバスにガタピシ揺られる事30分、途中で農薬を散布中の果樹園や野菜畑を通り、野菜も果物もしっかり洗ってから食べよう、と改めて心に誓った。縦横無尽に通る水路や水上家屋を眺めつつ、ゆりの叔母さんちに到達できる水路に到着した時は、既に6時5分前だった。

疲れてヘロヘロ〜!まっすぐに立てないおばちゃん。
上の写真、本当に疲れているでしょう。右肩には着替えやワイン入りの重いバッグを背負い、左腕には今晩みんなで食べるお菓子や明日の朝の雑煮の具入りの袋をかけ、もうへろへろで死にそうなデラ。でも、ゆりの叔母さんちはまだ遠い。この後は、写真の後ろに写っているマディソン郡の橋(?)を渡り、どっかの民家の軒先にある小さい船着場で、叔母さんちのボートが迎えに来てくれるのを待つのだ。
ダムヌンサドゥアックは水上マーケットで有名らしく、網の目のように張り巡らされた水路を道路代わりに船で移動する水上タウンだった。もちろん、バスが走っているほどだから、陸にも道路がある。住民達は、水路と陸路を上手に使い分けて生活していた。水路脇に家を持つ人は、ボートと船着場は必需品。そして、船着場は誰でも利用できるようになっている。っていうか、みんな顔見知りなんだろう。
さて、船着場で待つ事10分ほどで、叔母さんちのお迎えボートがやってきた。ゆりの従弟にあたる長男君20歳が操縦するロングテールボートに、きゃあきゃあ言いながら乗り込む。ブウンボンボンとかなりの唸り音を出すエンジンが頼もしい。船着場は大きい水路に面していたが、そこを3分ほど下ったあと、細い水路に入って更に3分、やっと叔母さんちに到着。6時20分過ぎだった。
母屋は風情たっぷりの高床式だったが、すっごく大きい。高床部分は縁側、居間、食堂、台所、物置、トイレ兼水浴び用の部屋、更には寝室2つが仏間で仕切られている。そして、高床式の下の部分は巨大な水瓶6つに家畜用の檻なんかがあった。船着場のすぐ脇には平屋もあり、未婚の子供達(22歳の長女と20歳の長男)が寝起きする部屋になっているらしい。母屋は叔母さん夫婦と次男夫婦(次男18歳に嫁15歳!)が寝起きしているとか。
まずは叔母さんご夫婦にご挨拶。すごく若くてびっくり。トシと「おじさんって30代後半くらいかな。私達よりは年下だね。」なんて言ってたのが、おじさん44歳、叔母さん42歳。でも、二人ともどう見ても30代後半にしか見えない。タイ人って老けるのが早いと一般的に言われているが、叔母さんの髪は黒々して艶があり、顔にも皺はほとんど無い。叔父さんは前髪に白いものが目立っているが、顔の表情が本当に若い。華僑と聞いて、納得した。ゆりのお父さんは沖縄の人でお母さんがタイの華僑、叔母さんはお母さんの妹に当るそうだ。
我々は高床式の母屋の縁側に用意された席で、6時半過ぎから飲み始めた。客の我々がでかい顔して飲み食いし、叔母さんたち家族は我々の食事の用意に追われてるって感じで、何故か家人の方が遠慮してる感じだ。ゆりに、叔母さんたちも座って一緒に食べるように言ってよと頼んだが、遠慮して自分達は船着場の横に席を設けて、そこで息子達が魚や貝、イカを焼いている。叔母さんと長女は台所でトムヤムやトートマンプラ−(さつま揚げみたいなもの)、ノンガイ(鳥の唐揚げ)に鳥足料理(鶏の足部分を揚げて煮たもの。指の間のゼラチン質が身体に良いらしい)を作っていた。
この家には雄鶏と雌鳥のつがい一組に雛が3羽いて、大きくなったらガイヤーンにするのかと思ったら、なんとペットなのだとか。雄鶏の名前は長女の名前と同じジアップで、まるで犬のように人の側にすり寄って来る。撫でられるのが大好きとか。自分の同胞達が、今まさに台所で調理されているとの危機感や恐怖感が全く無い。

ペットの雄鶏ジアップ。人恋しいらしく、ずっと側から離れなかった
側にすり寄ってくる雄鶏を尻目に、鳥の唐揚げに食いつく我々。でも、さすがに鳥足は食べられなかった。あまりにグロテスク(失礼!)というか鶏そのもので、さすがに雄鶏を目にして鳥足は食えない。。。

これで終わりかと思ったら、この後更にイカの炭火焼が登場。
料理は食べ切れないほど出された。お酒はかなり買っていったが、それでもほとんど飲みきった。やっぱりウィスキーが1番人気。ウィスキーをコークで割るのが田舎の定番らしく、赤ワインやジンのソーダ割は、タイ人家族にはイマイチ不評。セヴェンで買ったサトーも日本酒のような色で甘味が強く、これも不評。本当のサトーは濁酒のような白濁色で、甘いだけじゃなくほんのりすっぱいのだとか。田舎では自家製が主流らしく、各家庭で味が微妙に違うらしい。4月のタイ正月で田舎に帰る人たちの中には、お母さんのサトーが楽しみって人も多いらしい。甘酸っぱくて白く濁ったお酒なんて、益々興味をそそられる。本物のサトー、是非味わってみたいっす。

闇に浮かび上がる手、ちょっと不気味ですね
また、大晦日は長女の誕生日とかで、バースデーケーキも用意されていた。甘さ控えめで作ってもらったというチョコレートケーキは、やっぱりタイのケーキ。しっかり甘かった。でもでも、チョコレートクリームが舌に滑らかで、ただ甘いだけのローカルなケーキと違い、本当においしかった。
ところで、叔母さんちの家族って夫婦の他に子供3人プラス次男の嫁の計6人家族のはず。ところが、ここには子供が4人いて、着いた当初は、誰がこの家の住人なのかちょっと混乱してしまった。1番小さい子供は5歳で、隣りの家の子だった。タイって近所の人もまるで家族の一員のように出入りするからなあ。ちなみに、この5歳の男の子の両親も遊びに来ていた。お母さんはまだ20代半ばくらいで、綺麗な人だった。我々6人が年越しに遊びに来るというので、料理を手伝いに来ていたらしい。ありがとー!
男の子・ジェームは最初、すっごく人見知りして、名前を聞いても年を聞いても、石像のように固まって一言もしゃべらなかった。が、夜も更けて我々に慣れてきたのか、下の写真のような無邪気な笑顔を見せてくれるようになった。

やっと我々に慣れた隣りの家の子、ジェーム
美人のお母さんにそっくりの笑顔だ。1度打ち解けたら、後はもうなついてなついて、側にまとわりついて大変だった。みっちゃんが最後の最後まで、相手をしていたが。梅酒をソーダで割って氷をたっぷり入れた薄いお酒を作り、それをジェームに飲ませた我々は犯罪者の一歩手前?年末年始の無礼講って事で、お母さんも「もうこの子ったら、すっかり酔っ払っちゃって。」なんて苦笑していた。ごめんなさい。
さて、この家には雄鶏一家のほかに、犬も3匹いた。その内の一匹、タイ犬のボス(まだ子犬)が1番人懐っこくて、他の犬の名前を呼んでいるのに、真っ先に飛んでくる。

魔犬、参上?!
で、他の犬を撫でようとしようものなら、その犬に体当たりを食わせて追い払い、自分を撫でてくれ〜と飛びついてくる。うーん、すごい自己中な犬だわ。記念に写真を取ったら、目が緑に光って魔犬みたいだった。他の犬とも一緒に写真を取りたかったけれど、ボスが邪魔して無理だった。
午後6時半過ぎから、ただひたすら食べ、飲み、雄鶏や犬や隣りの子供と遊び、まったりと過ごした大晦日。

デラおばさんと20代の3人娘。今年最後の笑顔。
最後はジェームとボス(また目が緑に光っている)とマック(ゆりが押さえている黒い巨大な犬)と共に、2003年最後の記念写真。トシが写してくれたので、トシとさつきさんが写っていないのが残念!で、この写真を撮った直後にはゆりが酔っ払ってダウン。おばさんが、我々4人とトシ達用に蚊帳を2つ吊ってくれて、ゆりはその中に転がり込んで寝てしまった。
その時、叔母さんがテレビをつけた。カウントダウンが始まったばかりで、ちょうど8を数えたところだったようで、7から我々も声を揃えてテレビ前でカウントダウンに参加。ホック、ハー、シィー、サーム、ソーン、ヌン、サワッディーピーマイ!!
ここで私もダウン。蚊帳の中に逃げ込んでしまったが、あきちゃん達はこの後、更に叔母さん達一家と飲み続けたらしい。すごいなあ。。。
大晦日に費やした経費:梅酒+ジン+ビール+スパイ+サトー+お菓子数種類+お雑煮の具+交通費(バス3回乗り換え)で一人306B、水7B、南バスターミナルでのトイレ3B、エンポリでのジュース15B
2004年1月1日(水)お正月はお雑煮でスタート!
明け方4時半、雄鶏のジアップがわざわざ我々の枕元まで上ってきて、コケコッコ−と鳴き出した。本当に、コケコッコ−と鳴くのだ。その五月蝿いこと、首絞めてガイヤーンにしたろか、と思ったほどうるさい!!!何度も何度もコケコッコ−。うるさいと思いながらもまた寝たようで、次に目が覚めたのが朝6時半。その後は細切れに目が覚め、ようするに熟睡できないまま、結局8時半に起き出した。
トシ達もすぐに起きてきて、今年1年分くらい蚊に刺されたという。せっかく蚊帳を吊ってもらったのに、夜中にトイレに起きた際、蚊帳の裾の一部を扇風機に引っかけてしまい、暗かったので蚊帳がちゃんと閉じていないと気付かないまま寝てしまい、蚊は閉じられていない部分からごっそりと入り込んで、朝目が覚めたら蚊帳の中が蚊だらけだったそうだ。うーん、想像するだに恐ろしい。。。
顔を洗いに行ったら、顎部分にしか無かった発疹がなんと上まで増えている!!ぎゃああ〜っこれは凄い、凄すぎる顔だ。昨夜食べた料理がいけなかったのか、それともお酒を何種類も飲んだのがいけなかったのか?明日はバムルンラート病院に行かないと、このままじゃ外も歩けないよ。
みっちゃんとあきは、まだ寝ていた。無理もない。昨夜は明け方4時までおしゃべりして、時計が4時を打つ音とあきの話し声で眠りから引き戻されてしまった私が「うーん、うるさいよー。」と言うまでしゃべっていたようだから。
10時頃、それでも10時頃には起き出し、蚊帳を片付けるお手伝いをしたが、あきはすぐに気持ち悪いとへたりこんでしまった。真っ白い顔で今にも吐きそうだ。典型的な二日酔いだな、こりゃ。
とりあえず、元気なみっちゃんとゆりと3人で、お雑煮作りをスタート。自分で言うのも面映いが、干しシイタケとクノールのチキンブロスと鰹節で作ったダシは、すっごくおいしく出来た。これに、茹でた青菜とカマボコとお餅を入れ、カイワレを上から散らしてお雑煮の出来上がり。うーん、お正月気分が盛り上がるぜ。
でも、あきちゃんに次いで、さつきさんがトイレに何度も駆け込んで吐き始めた。二日酔いが遅れてやってきたらしい。うーん、2人とも辛そうだ。なんて言いながら、元気な私とゆり、みっちゃん、トシの4人は雑煮をお代わりする。
お腹が一杯になったところで、ごろりと床に横になった。時々風が高床式の屋内を通り過ぎていき、とても気持ちが良い。時間がゆっくりと流れていく。床の向こう側には、飲み過ぎた長男も寝転がっている。おじさん達はとっくの昔に起きだして、叔母さんは市場に買出し、おじさんは庭で家仕事をしていた。そのうち、全然知らない若い女の子が居間に入ってきて、テレビを見出した。彼女もきっと、どっか隣り近所の家の子供なんだろう。まるで自分ちのように振舞っている。きっと、この家の子達も隣り近所の家に上がりこんでは、まるで家人のような顔して家族同然に過ごすのだろう。子供の頃から「遠慮しなさい。」と教えられる日本とは大違いだね。
何もしないのにお腹ってのは空くもんで、さっきお雑煮を食べたばかりなのに、お腹が空いてきた。時計を見たら1時頃。この頃にはあきちゃんが回復し、お雑煮を食べていたけど、みっちゃんがお雑煮の出しにご飯を入れて、雑炊を作りたいと言い出したので、あきとみっちゃんの2人に料理を任せた。さつきさんはまだ死んでいる。
あき達が作ってくれた雑炊を食べながら、ゆりが持ってきたタイ語吹き替え版の『呪怨』をみんなで見る。暗くて音響効果もばっちりの劇場で見たら|くて夜も眠れなくなったと思うけれど、タイの田舎でのんびり床に寝転がって見ると、ちっとも怖くない。さつきさんはバンコクの劇場で見たらしく、1番最初に子供の霊が登場した場面でタイ人達の間から笑いが起きてびっくりしたそうだ。日本人が怖がる場面で何故タイ人は笑う?!国民性の違いでしょうかね。
このまま、だらだらと寝転がっていたかったけれど、そうなるとバンコクに帰るのが億劫になって、もう1泊してしまいそうだ。それは困る。明日は病院に行かないとね。今までは私の発疹を「大丈夫だよ、そんなに目立たないよ。」と言ってたみっちゃんも、今日は「うーん、悪化したね。病院行った方が良いと思うよ。」なんて言い出すし。さつきさんとトシも、病院行かなきゃダメだよって言うし、もう気分はすっかりバムルンラードだ。で、3時20分頃にお暇する事にした。で、私達って結局、何しに来たんだろう?人の家に6人で押しかけて、食べて飲んだだけ。それを当たり前のように受け入れてくれたタイ人家族も、すごいなあ。
帰りはタイミング良くバスが来て、南バスターミナルからスクムビット方面行きのバスもすぐに乗れて、夜7時半には家に辿り着く事が出来た。
ふーっ、お疲れ様。楽しい年末年始の1泊旅行だった。
1日に使ったお金:バス代7B+65B+16B