| 題本が明朝から引き継いだ公式の上奏文書であるのに対し,奏摺はもともと官員から皇帝への親展状として康熙・雍正年間に発達したもので,乾隆帝の即位後は政策決定全般を担うようになりました。上せられた奏摺には,皇帝がみずから朱筆で指示を記入しました。それを朱批といい,朱批の書き込まれた奏摺を朱批奏摺といいます。中央の監察御史・給事中(科道官)や地方の総督・巡撫・布政使・按察使などの奏摺は,朱批が加えられた後に一旦上奏者に返された上,宮中に戻され保管されました。それらは,宮中档と呼ばれます。ただし,「奏摺=宮中档」というわけではなく,朱批の入らなかった奏摺は軍機処に留めおかれましたし,六部の奏摺は基本的に宮中に戻ることなく六部で保管されました。 朱批を加えられた科道官・地方官の奏摺は,上奏者に返却される前に軍機処において抄録が作成されました。それを録副といいます。録副は必要に応じて内閣に一時的に送られ,そこでさらに複写がつくられて,関係機関への処理結果通達に用いられました。録副は,最終的に軍機処に返却され保管されました。また,軍機大臣らの奏摺は,軍機処で議覆档という档冊に写し取られました。さらに,六部は持ち帰った奏摺の複写として奏副(副摺)を作成し,内閣に送り届けました(乾隆から嘉慶初年まで)。これらの抄録は,現存しない奏摺の内容を知るために有用です。 現在,奏摺の原件や抄録は基本的に北京の中国第一歴史档案館と台北の故宮博物院に分かれて所蔵されており,両機関によって影印出版・マイクロフィルム化されているものもあれば,両機関に赴いて現物を閲覧する他ないものもあります。以下では,清代貨幣政策史の研究に直接関わる奏摺史料について,史料へのアクセス方法に重点を置いて,若干の解説を行いたいと思います(学術的利用に際しては,書誌データ等をご自身で確認して下さい)。 |
| 名称 | 宮中档朱批奏摺財政類 |
| 分類 | 宮中−奏摺−原件 |
| 所蔵 | 中国第一歴史档案館 |
| 形態 | マイクロフィルム(全64リール,1988) |
| 電子ファイル:同館閲覧室のパソコンで検索・閲覧可能 | |
| 概要 | 北京の中国第一歴史档案館に所蔵される朱批奏摺のうち,財政に関係するものをマイクロフィルム化したものです。国内では,筑波大学に所蔵されています。 このマイクロフィルムに関しては,『中国第一歴史档案館館蔵朱批奏摺財政類目録』(中国財政経済出版社,1990。なお,中表紙および奥付には『中国第一歴史档案館館蔵清代朱批奏摺財政類目録』とあり,「清代」の2字が挿入されている)が出版されており,とても助かります。第1冊には「田賦」,第2冊には「関税」「塩務」「雑税」「地租」「房祖」,第3冊には「庫儲」「倉儲」,第4冊には「経費」「貨幣金融」,第5冊には「捐輸」「其他」が掲載されており,それぞれ分野ごとに各奏摺の档号(整理番号)・上奏者と主旨(20〜30字程度)・上奏年月日(陰暦と陽暦)が記されています。また,それぞれ巻末には上奏者索引が付されていいます。ただ,惜しむらくは,リール番号・コマ番号に関する情報がないことです。 「貨幣金融」は,第60リールから第64リールに収録されています。各リールの収録時期は, 第60リール: 康熙54年11月6日から 第61リール: 乾隆23年7月20日から 第62リール: 乾隆38年8月25日から 第63リール: 乾隆56年3月2日から 第64リール: 道光20年11月26日から宣統朝まで となっています。ただし,康熙の奏摺は2件,雍正の奏摺は24件しかありません。 「貨幣金融」の部分を見ると,乾隆元〜14年に戸部の満漢合璧奏摺が35件収められています。在京衙門は基本的に返却された奏摺を宮中に戻さないのですが,この時期だけは違ったようです。満漢合璧奏摺には,満文部分に満文朱批が与えられるだけで,漢文部分を見るだけでは処理結果がわかりません。議覆に対する朱批の多くは「gisurehe songkoi obu(議した通りにせよ)」「gisurehe songkoi uthai yabubu(議した通りに速やかに行え)」など裁可を与えるものですが,なかには具体的な指示が記されているものもあります。 台北側の朱批奏摺(後掲『宮中档雍正朝奏摺』『宮中档乾隆朝奏摺』所収)との関係についていえば,これも「貨幣金融」を見た限りのことですが,上奏者に関わらず,完全にどちらか一方にしか奏摺がない時期というのが存在します。例えば,乾隆元〜15年は,台北側には関係奏摺が全くありません。一方,同28〜30年の関係奏摺は,このマイクロフィルムには収められておらず,台北側にしかありません。 「貨幣金融」以外の各項目の収録箇所部分は,以下の通りです(目録には記載されていません)。 「田賦」: 第1〜18リール 「関税」: 第18〜25リール 「塩務」: 第25〜30リール 「雑税」: 第30〜33リール 「地租房租」: 第33〜34リール 「捐輸」: 第34〜38リール 「庫儲」: 第38〜46リール 「経費」: 第46〜54リール 「倉儲」: 第54〜59リール 「その他」: 第64リール なお,現在は,後述するように中国第一歴史档案館所蔵の宮中档が電子ファイル化されて同館閲覧室のパソコンで検索・閲覧可能になっています。 |
| 名称 | 宮中档雍正朝奏摺 |
| 分類 | 宮中−奏摺−原件 |
| 所蔵 | 台湾故宮博物院 |
| 形態 | 影印本(全32輯,1977-1980) |
| 電子ファイル:インターネットで検索可能,同院にて検索・閲覧可能(料金を支払えばインターネットで閲覧可能) | |
| 概要 | 台湾故宮博物院に所蔵される雍正朝の朱批奏摺を影印出版したものです(請安摺等,一部を除く)。国内の多くの大学に所蔵されています。台湾故宮博物院所蔵の宮中档と軍機処録副奏摺は,同院のホームページで検索することができます。所定の手続きを行って料金を支払えば閲覧も可能です。 この史料は,清代史研究者にとって最も馴染みの深い档案史料といえるのではないでしょうか。同史料をみれば『雍正朱批諭旨』掲載の朱批がかなりの改訂を施されていることがわかる,ということも,周知の事実でしょう。 管見の限り,貨幣関係のもので満漢合璧は1件のみです。 なお,同史料が収めるのはあくまでも「雍正年間」の奏摺であって,「雍正帝在位期間中」の奏摺ではありません。即位直後の雍正帝が処理した康熙61年付けの奏摺は含まれていませんし,即位直後の乾隆帝が処理した雍正13年付けの奏摺が含まれています。 『宮中档康熙朝奏摺』にも,若干ながら関係奏摺があります。 |
| 名称 | 宮中档乾隆朝奏摺 |
| 分類 | 宮中−奏摺−原件 |
| 所蔵 | 台湾故宮博物院 |
| 形態 | 影印本(全64輯,1982-1987) |
| 電子ファイル:インターネットで検索可能,同院にて検索・閲覧可能(料金を支払えばインターネットで閲覧可能) | |
| 概要 | 台湾故宮博物院に所蔵される乾隆朝の朱批奏摺を影印出版したものです(請安摺等,一部を除く)。これも国内の多くの大学に所蔵されています。台湾故宮博物院所蔵の宮中档と軍機処録副奏摺は,同院のホームページで検索することができます。所定の手続きを行って料金を支払えば閲覧も可能です。 前掲『宮中档雍正朝奏摺』と同様に,あくまでも「乾隆年間」の奏摺を収めたものでありますが,乾隆帝は乾隆60年途中で死去したのではなく翌年帝位を嘉慶帝に譲ったものでありますから,嘉慶帝の処理した奏摺がここに収められているということはありません。 管見の限り,貨幣関係のもので満漢合璧は存在しません。上述したように,宮中档朱批奏摺財政類には乾隆元〜14年の戸部の満漢合璧奏摺が多数収録されているのですが,この宮中档乾隆朝奏摺にはちょうど同時期の奏摺が欠落しているため,結果的に満漢合璧奏摺は収録されておりません。 |
| 名称 | 軍機処録副奏摺 |
| 分類 | 軍機処−奏摺−録副(朱批を奉じていない奏摺原件を含む) |
| 所蔵 | 中国第一歴史档案館 |
| 形態 | 電子ファイル:同館閲覧室のパソコンで検索・閲覧可能 |
| 概要 | 北京の中国第一歴史档案館に所蔵される軍機処録副奏摺です。マイクロフィルムは一応購入可能ですが,乾隆朝だけでウン千万円という高額商品なので,未だ国内の大学が所蔵するには至っていないようです。 中国第一歴史档案館では,档案の電子ファイル化が着々と進んでいます。そのなかでも最も早く利用可能になったのが,雍正・乾隆両朝の軍機処漢文録副奏摺で,私が2005年8月に同館を訪れた時には,既に閲覧室のパソコンでの検索・閲覧が可能になっていました。 これまで,録副奏摺の利用は,原件奏摺=宮中档の利用よりも進んでいたといえます。それは,宮中档が財政類を除いてはマイクロフィルム化や詳細な目録の作成が行われていなかったのに対して,録副奏摺はそれが早くからなされており,関係する奏摺の検索と閲覧がはるかに容易だったことによるものと思います。しかし現在では,宮中档の電子ファイル化が完了しており,となれば当然,原件があるものは原件を利用し,原件がなくて録副のあるものは録副を利用する,ということになっていくでしょう。 乾隆朝に関しては,詳細な冊子体の目録が档案館の閲覧室前スペースにどっさり置いてあります。パソコンでの検索が可能になったことで利用者は減ると思われますが,分野別に整理されており,依然として使いようはあると思います。 なお,軍機処で録副が作成されるのは,基本的に科道官や各省督撫らの奏摺であり,軍機処録副奏摺のなかに軍機大臣や六部の奏摺は含まれておりません。軍機大臣の奏摺の抄録には議覆档が,六部の奏摺の抄録には奏副があります(後述)。 |
| 名称 | 清代軍機処档摺件 |
| 分類 | 軍機処−奏摺−録副(朱批を奉じていない奏摺原件を含む) |
| 所蔵 | 台湾故宮博物院 |
| 形態 | 電子ファイル:インターネットで検索可能,同院にて検索・閲覧可能(料金を支払えばインターネットで閲覧可能) |
| 概要 | 台湾故宮博物院に所蔵される軍機処録副奏摺です。国内では,宮中档と同様に,所定の手続きを行って料金を支払えばインターネットで検索・閲覧が可能です。 |
| 名称 | 議覆档 |
| 分類 | 軍機処−奏摺−档冊 |
| 所蔵 | 中国第一歴史档案館 |
| 形態 | マイクロフィルム(全28リール) |
| 概要 | 議覆档とは軍機処で作成された档冊のひとつで,軍機大臣が行った議覆や提出した清単・名単の類を抄録しています。同マイクロフィルムは,国内では筑波大学に所蔵されています。目録はありません。年・月ごとの档冊の現存冊数を示した簡略な目録もありません。 同マイクロフィルムは,北京の中国第一歴史档案館に所蔵される議覆档のうち,満文議覆档を除いたものを収録したものです。とはいっても,それじゃあ漢文議覆档ということかというと,そうではありません。同マイクロフィルムには,雍正11年から乾隆25年まで(および乾隆56年のもの)の漢文議覆档と,(道光3年のものおよび)咸豊3年から宣統3年までの満漢文が混在する議覆档(それぞれ別の内容であり,満漢合璧ではない)が収められています。前半の漢文議覆档は政治的に重要な議覆を多数収めるのに対し,後半の満漢文混在の議覆档はほとんどが形式的な清単・名単です。 いずれにせよ,雍正〜乾隆前半(第1-11リール収録)については,最高国政審議機関たる軍機処が示した審議結果を載せているのであり,非常に高い史料的価値を有するといえます。ただ,これまでは,目録が作成されていなかったからか,ほとんど利用されてきませんでした。しかしこれからは,同マイクロフィルムの発売を機に,台湾故宮博物院所蔵分も含めて,議覆档に光が当たり研究に活用されることが期待されます。 なお,同史料については,「中国第一歴史档案館所蔵「議覆档」について」と題した拙文が『満族史研究』第6号に掲載されています。 |
| 名称 | 議覆档 |
| 分類 | 軍機処−奏摺−档冊 |
| 所蔵 | 台湾故宮博物院 |
| 形態 | 同院所蔵現物 |
| 概要 | 上述した議覆档の台湾故宮博物院所蔵分です。影印出版もマイクロフィルム化もインターネット公開もされていないので,利用するには同院に出向く必要があります。 乾隆前半〜中葉のものがチラホラありますが,注目すべきは,中国第一歴史档案館にない嘉慶・道光の档冊が大量に存在することです。私はまだ調査していませんが,それらの档冊を分析することで,前項で推測したような議覆档の変容過程を跡づけることが可能になると考えます。 また,満文議覆档はどの時期のものが存在し北京と台北にどのように分かれているのかは管理者(上田)は今のところ調査しておりませんが,漢文議覆档および満漢一本化後の議覆档と同様に満文議覆档についても詳細な検討を加える必要があると考えます。 |
| 名称 | 明清档案 |
| 分類 | 内閣−奏摺−奏副 |
| 所蔵 | 台湾中央研究院歴史語言研究所 |
| 形態 | 一部影印本(全324冊,1992-1995) |
| 電子ファイル:インターネットで検索可能,同院にて検索・閲覧可能(料金を支払えばインターネットで閲覧可能) | |
| 概要 | 台湾中央研究院歴史語言研究所に所蔵される档案の一部を影印したもので,東京大学・京都大学・筑波大学など,いくつかの大学に所蔵されています。ここでは,『明清档案』所収の奏副について解説します。 「宮中档朱批奏摺財政類」「軍機処漢文録副奏摺」の項で述べたように,基本的に六部の奏摺は原件が宮中に返されることも録副が軍機処で作成されることもありません。原件は六部自ら保管し,複写としては奏副(副摺ともいう)がつくられて内閣に収められていました。六部の档案は周知の如く清末にあらかた焼失してしまったので今となっては六部が自ら保管していた原件奏摺を実見する術はありません。それに対して奏副は,乾隆初年〜同30年代に限られますが,この『明清档案』に収録されています。なかには前掲「宮中档朱批奏摺財政類」に原件が収録されている戸部の議覆の奏副もあり,原件奏摺と奏副の比較検討も可能です。 なお,内閣大庫の奏副のうち台湾へ運ばれず大陸に残ったものも存在するはずですが,今のところ中国第一歴史档案館でそれらしき档案を確認したことはありません。 |
凡例 |
| 名称:所蔵機関が当該史料に付した名前。 |
| 分類:当サイトにて便宜上付した分類。原蔵機関−文書系統−文書種類。 |
| 所蔵:所蔵機関。 |
| 形態:当該史料に研究者がアクセスする場合の形態。 |
| 概要:当サイト管理者(上田)が利用者の観点から記した当該史料概要。 |