| ここでは,大学院時代に行った中国北京での史料調査について書き残しておきたいと思います。現時点で最初の調査からは5年が経過しており,詳しいことはほとんど覚えておりませんが,これ以上忘れないうちに…。 【2002年7月1日〜7月15日】 当時M2だった私は,修士論文で黨武彦先生が利用していた「軍機処録副奏摺」や彭沢益先生が利用していた「清代鈔档」を用いようと考え,ちょうど先輩方が人民大学・民族大学に留学中だったこともあり,上記の日程で北京を訪れました。宿泊地は,先輩に人民大学の宿舎を手配していただきました。 なにせ初めての海外で,わからないことだらけでしたが,筑波大鈴木先輩・村上先輩,日大綿貫先輩,一橋大加藤先輩らに,空港への送り迎えを始め何かとお助けいただき,なんとか2週間の調査を乗り切ることができました。 主に調査を行ったのは中国第一歴史档案館です。そこでは,黨武彦先生が1995年の論文において利用されていた「軍機処録副奏摺」の乾隆初年の銭法関係史料を調査しました。黨先生は論文に档号を記しておられましたが,リール番号は記載されていなかったので,閲覧室手前に配置された冊子体の目録『乾隆朝軍機処漢文録副奏摺』によってリール番号を確認し(若干の新史料も発見),マイクロフィルムを申請し,閲覧室のリーダーを用いてコマ番号を確かめ,コピーを依頼しました。コピーには2週間程度かかるということでしたので,私の帰国後に先輩に受領してもらい,私のもとに送っていただきました。本当に,助かりました。こういう自分ではどうしようもないシチュエーションで受けた御恩というのは,忘れないものです。 また,綿貫先輩らにご案内いただいて,中国社会科学院経済研究所において「清代鈔档」の調査を行いました。あとから知ったところでは,この頃には既にマイクロフィルム化されていたはずですが,図書館員の方が持ってきてくださったのは冊子になった原本で,そこから私が指定した箇所をその場でコピーしていただきました。ほんの2時間ほどの調査で目的の史料を確保できたのは,綿貫先輩を通して中国社会科学院近代史研究所劉小萌先生に便宜を図っていただいたからです。この時に得た史料の一部は,私の論文5(研究業績参照)で重要な位置を占めることとなりました(その内容は博士論文にも取り込まれています)。劉先生にはその後もお会いするたびに親切にしていただき,心からありがたく思い,お慕い申し上げています。 さらに,週末には諸先輩方に連れられて東陵に行ったり,劉先生・綿貫先輩とともに香山地区の史跡を訪れたりしました。帰国前日には一人で王府井に行きましたが,その日の北京の最高気温は41℃。緑の乏しい王府井の路上では50℃くらいあったのではないかと思いますが,それもいい思い出です。 【2004年9月5日〜9月13日】 この年の4月から,私は日本学術振興会特別研究員DC2に採用していただき,この時は平成16年度科学研究所補助金(特別研究員奨励費)によって調査を実施しました。 初めてではないですし,先輩も留学しておられなかったので,ホテルの手配も空港から市内へ行くのも,当然のことながら自分でやりました。この時宿泊地に選んだのは,かつて多くの先生が利用されていたという「新北緯飯店」でした。周囲に繁華街はありませんが,ホテル1階に「品川」という日本料理屋が入っていました。たまたま茨城大澁谷浩一先生も宿泊されており,何度か品川でご一緒させていただきました(偶然にも帰国便まで同じで,チェックアウトから成田到着までお供させていただくことができました)。また,帰国前日には,大分大甘利弘樹先生がいらっしゃって,ホテル内の中華料理屋で夕食をご一緒させていただきました。 この時主に調査したのは,前回に引き続き「軍機処録副奏摺」でしたが,終盤におもしろ半分で「戸科史書」を申請し実見したことが,翌年の調査,さらには論文9・10および博士論文(研究業績参照)に直結していくこととなりました。 ちなみにこの時,前回も訪れた徳勝門付近にある銭幣展覧館に行ったのですが,前回は静かなところで一枚数元で買えた古銭が,数人のアキンドが競うように売り場を構えて値段もどういうわけか数十元に上がっており,驚きました。こんなことなら,前回もっと買い込んでおけばよかったと思ったものです(※私は古銭収集の趣味はありません)。 【2005年8月21日〜9月3日】 この時も,平成17年度科学研究所補助金(特別研究員奨励費)によって調査を実施しました。 宿泊地は,多少値段があがってもいいから档案館に徒歩で行けるところに泊まりたいと思い,王府井の少し北にある天倫松鶴大酒店を選びました。設備・サービスともにいいホテルです。朝食はビュッフェ形式で,親切なスタッフさんにコーヒーをやたらと注がれまくりました。歩いて数分のところには,日本料理屋「江戸川」があり,とてもおいしかったです。すぐ向かいに支店がある(台湾飯店1階)というのが少し謎ですが。 前半の調査は日本人は私一人でしたが,後半は東大相原先輩・明治大小松原先輩・山形大中村先生・早稲田大石濱先生など,多くの日本人研究者とお会いしました。特に石濱先生とは,数時間にわたってスタバでお話しし,とても楽しい時を過ごさせていただきました。 この時の調査では,専ら「戸科史書」を見ました。写しとはいえ,康熙朝の档案史料がざっくざっくと出てくるだけでも感動モノなのに,しかも数々の関係史料が見つかって,それまでの調査で一番興奮しました。また,「内閣漢文題本(北大移交部分)」も見せてもらい,活字化された「順治年間制銭的鼓鋳」(題本参照)では編者による漢訳が載っていた漢文欠落部分の満文を確認しました。それらの成果に基づいて,帰国後さっそく作成したのが論文9です。また,論文10では「戸科史書」の史料紹介を行いました。 また,この頃ちょうど閲覧室パソコンでの档案閲覧が可能になり,雍正・乾隆両朝の軍機処録副奏摺を見ることができました。その後閲覧対象はかなり広がったようですね。 なお,銭幣展覧館にはもちろん行ってません。 以上,大学院時代の3度の史料調査について振り返ってみましたが,本当にいろんな方々にお世話になったということ,そして,とにかく史料を調べていれば何か研究上いいことがあるということを,あらためて実感します。人にせよ,史料にせよ,出会いに恵まれるのは幸せなことです。 |