中国史料調査 2007夏
 2007年8月27日から9月7日まで,平成19年度科学研究費補助金(特別研究員奨励費)によって,11泊12日の日程で北京に史料調査に行って参りました。宿泊したのは,王府井の側の台湾飯店です。故宮・西華門内の档案館までは徒歩30分程度で,毎日適度な運動量でした。
 調査目的は,今回も中国第一歴史档案館での档案調査です。まず見たのは,「内閣漢文題本(原館蔵・戸科)」,いわゆる「戸科題本」です。「題本」のところで述べたように,当該マイクロフィルムには,筑波大学所蔵マイクロフィルム「内閣漢文題本戸科貨幣類」には収録されていない貨幣類の題本が収められているのです。閲覧の目的は,それらがどういう題本なのかを確認することでした。予想通りであり且つ期待外れだったのですが,各省が戸工両部に納めるべき銅の滞納に関するものがほとんどで,確かに広義の貨幣類には入るけれども狭義の貨幣類には入らない題本群といえます。
 幸いなことに,8時の開館直後に登録してマイクロフィルムを申請したら,その直後の午前の「提調」で出してもらえたので,初日の午前のうちに上記の調査を終えることができました。その日の午後から最終日午前までは,ひたすら雍正朝の「戸科史書」(戸科題本の写し。雍正朝は題本がほとんど残っていないので史書をみるしかないのです。詳細は論文9をご参照下さい)の調査を行いました。「戸科史書」は04・05年の調査でも閲覧し,博士論文などでも利用しましたが,それはすべて康熙朝のものでした。康熙朝はそれ以外に関係する档案史料がほとんど現存しないので,最優先して調べていたわけです。雍正朝は多くの関係奏摺があり,それらと編纂史料とによって政策過程をおおよそ復元できなくもないので後回しにしていたのですが,現在執筆中の論文で利用するためにこのたび雍正朝の「戸科史書」を調査することにしました。合計36冊申請し,すべて手に取ることができ,すべて閲覧可能な保存状態でした。その内訳は以下の通りです。
  ○雍正元年8月:計2冊
  ○雍正2年6〜12月:計7冊
  ○雍正3年10・12月:計2冊
  ○雍正4年正〜11月:計11冊
  ○雍正5年6月:計2冊
  ○雍正7年正月,8〜12月:計12冊
飛び飛びなのは,その間の「戸科史書」が現存していないわけではなく,自分の研究計画に照らし合わせて必要なものを申請していったからです。雍正朝の「戸科史書」は計305冊も存在するので,とても網羅的には見ていられません。今回,初日の午後から最終日の午前まで計7日間で36冊しか調査できなかったわけですから,通して全部調べようと思ったら,約60日(12週間)かかる計算になります。留学中の身であれば困難な数字ではありませんが,短期の調査しかできない場合は必要な箇所を決めてピックアップして見る他ありません。
 写し取ってきたのは,34件の題本です。1件は満文題本ですが,他はすべて満漢合璧題本であり漢文部分のみを写してきました。だいたい1冊に1件は関係史料があるということになります。これ以上少ないと徒労感を感じてしまいますし,これ以上多くても右手首が限界を超えてしまいます(マジメな話)。ちょうどいい頻度といったところです。
 肝心の内容はというと,論文発表前なのでここで詳しいことは書けませんが,私のように政策過程に注目している者にとっては,奏摺のコソコソ話と編纂史料にある裁可日および裁可内容に加えて史書によって題本での政策決定過程を知ることができれば,より一層のリアリティーを感じ取ることができます(制銭供給政策をみている限り,奏摺のみで政策決定過程を追えるようになるのは乾隆朝以降であり,雍正朝ではなお題本によってほとんどの決定がなされています)。やはり,もともとの提議がいつどのような内容としてなされ,それに関する戸部あるいは大学士・九卿らの議覆がいつどのようになされて最終的に編纂史料に掲載されるようなものとして政策が決定されたのかを詳しく知ることは非常に重要です。また,それと同様に,議覆段階で反対され採用に至らなかった提議(当然,編纂史料には載らない)というのが,大変興味深いです。それによって,実施された政策の性格を逆照射できるからです。