中国史料調査 2008
 2008年9月14〜20日に,平成20年度科学研究費補助金(特別研究員奨励費)によって,北京の中国第一歴史档案館に史料調査に行ってまいりました(台湾飯店宿泊)。当初は,今回もまた「戸科史書」の調査を行う予定でした。しかし,直前になって,同館においては原件档案(マイクロ化もデジタル化もされていない現物)の閲覧ができなくなっている,との情報を得て,状況がもとにもどっていることをわずかに期待しながら,マイクロ化・デジタル化された档案の調査に計画を変更し,中国に渡りました。
 やはり,同館では原件档案の閲覧が停止されていました。そこで,今回は,前々から気になっていた「内閣漢文題本(北大移交部分)」(マイクロ化されている)所収の何件かの題本と,「軍機処録副奏摺」(周知のごとくデジタル化されている)所収の何件かの録副奏摺を調査してきました。
 ただ,編纂史料にない情報を大量に獲得できる「戸科史書」の調査に比べて,興奮する場面の非常に少ない調査になってしまったことは否めません。今にして思えば,昨年,たまたま1年に2度も調査に行ったのは,結果的に大変意義深いものとなりました。やはり,見られる時にどしどし行っておくのは鉄則ですね。
 生々しく,そして膨大な档案史料の利用をめぐっては,具体的な分析手法から研究者としてのモラルに至るまで,さまざまな「警告」が流通しています。それは,どれをとっても至極真っ当な正論です。が,「当時の人が作成した文書が,長い時を経て,いま私の目の前にある」という感動――これは何より重要であると思います。活字にするにはいささか情緒的すぎるのかもしれませんが,原件史料を前にしてそういう衝動にかられるか否かは,意外と,歴史研究者としてのありかたに根底の部分で関わっていると考えます。私は,前回までの「戸科史書」の調査では毎回,時を超えて私の眼前に現れたこの史料から,何か意味のあることを掘り起こしたい,と強く感じてきました。それは決して,倒錯した思考ではないと思います。
 そんなわけで,今回の調査で残念だったのは,「戸科史書」を閲覧できなかったことなどではなく(見るべき史料など他にいくらでもあります),「原件」に触れられなかったこと,そして,それはこれからもしばらく叶わないだろうことがわかったことです。
 しかし,そうはいっても残念がってばかりもいられません。これは,既に手元にある史料と向き合うことに全精力を費やすいい機会だと考えて,このたびの状況変化も今後の研究活動に活かしていきたいと思います。