 
■■DETOUR ― 題 辞 ― ■
ようこそお出で下さいました。
ここでは、当ウェブサイトをお読みになる皆様が、
当ウェブサイトについて、よりよく誤解なさいますよう、
簡略にご挨拶申し上げたいと存じます。
提供者は西脇秀典(にしわきひでのり)と申します。
西脇個人のプロフィールに関しては、『自画像』のページをご覧下さい。
次に、解題でございます。
当ウェブサイトの名称は、”DETOURS of ANAMNESIS”と申します。
日本語では、『想起の回り道』と表記いたします。
"Detours"とは、文字通り「回り道」を意味します。
当サイトのコンテンツをお読みいただければ、お分かりになると思いますが、「回り道」には、趣味、習慣性のもの以外に、生き方、思考法についての含意が込められております。
"Anamnesis"とは、プラトンの「想起説」をその語源とする言葉ですが、単純に「想起」「思い出すこと」という意味でご理解下さい。この言葉には、他に「既往症」「病歴」などの意味があるそうです。
実際に聞いたことはありませんが、現在の日本の病院でも病棟内隠語として、「患者さんのアナムネをとります」などのように用いられているところがあるそうです。興味深い語意の派生だと思います。
当サイトを開設するにあたって、わたくし西脇が希求いたしたるところを、以下に記します。
わたくしは、ウェブサイトをパブリックな空間と考えています。ウェブサイト上の発言は、すべて公に向かって表明されたものと考えます。ただし、個々のウェブサイトには、プライベートな領域が常に固持されてもおります。わたくしが、ウェブサイトを面白いと感じうるのは、ウェブサイトは公空間と個空間のあはひにあるという特性があると考えているからです。
インターネットは、インタラクティヴな用法に優れているシステムですが、わたくしは当サイトを一方向的に用いたいと思います。それは、ウェブサイトをインタラクティヴに用いると、この「公空間と個空間のあはひ」という微妙な特性が、稀薄になると考えるからです。
これらの理由から、当サイトは掲示板を設けていません。いずれ方針を変更することもありえますが、当分の間は掲示板を設ける予定はありません。もちろん、メールによるコンタクトは歓迎いたします。
ドイツの文豪ハインリッヒ・フォン・クライストの小文に
『語りながら次第に思考を練りあげていくことについて("Über die allmählich
Verfertigung der Gedanken beim Reden")』(1805〜06年ごろ)という印象的なものがあります。クライストはこの文の中で、ミラボーの演説や、ラ・フォンテーヌの「ペストにかかった動物たち」の寓話などを例に用いて、「心に浮かぶ考えとその表現の順序は、互いに隣りあいながら進んでいくものであり、気持ちの動きは一方に対しても他方に対してもまったく同じなのだ。その場合言葉は、例えば精神という車輪に働く制動機のような枷ではなくて、一つの車輪に並行してまわる同じ精神の軸棒につながる第二の車輪のようなものだ。」(『クライスト全集第一巻』佐藤恵三訳、沖積舎刊、p.451より)と述べています。「語る」という行為の行われる社会的環境は、クライストがこの文章を書いた時代からは大きく変化しています。しかし、わたくしはこの文章でクライストが言わんとしたことは、現代においても有効に用いることができるように思えるのです。クライストが考えている「語る」という行為は、まさしく「公空間と個空間のあはひ」に働きかける行為を意味しています。このようなわたくしの解釈から、わたくしはこのウェブサイト上で「語り」の復権という実験を試みたいと思っているのです。これは勿論、リアルタイムな「おしゃべり/チャット」的なものではなく、ゆっくり時間をかけて練りあげていくような「語り」となっていくことでしょう。
「私の願っているのは、自分の蒙を啓こうとする賢明な意図から君がしゃべるということなのだ。」(前掲書p.446より)
どうか当サイトを末永くお見守り下さいますよう、お願い申し上げます。
西脇秀典 2003年10月12日
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