判決書の特徴 by lawlibrarian
リアリズム法学の知見を承継した法社会学の世界では、判決書・判決文の構成や内容の適切性が学問的に検証されている。日本の判決文に対する主な指摘は以下の通り。

1一つの文が極めて長大であり、いかに読解力に優れる者でも読み返さなければ論旨が理解できない。また、不必要な美辞麗句が過剰に並べ立てられている。
2日本語の誤用が顕著である。特に、「けだし」の意味を「なぜなら」と取り違える用法が知られ、これは既に法律家の世界での業界用語として定着している。
3判決書は、勝訴した側を一方的かつ全面的に讃美し、敗訴した側を徹底的に貶める傾向にある。敗訴した者の尊厳を傷つけ、いたずらに心情を逆撫でする危険がある。
4法律審のみならず事実審に関する箇所でも、当事者を見下した尊大な書き方が目立つ。法律を最も正しく知っているのは法律家だが、事実を最も正しく知っているのは当事者である。裁判官の思い描く事実こそ客観的な絶対の真実とみなす姿勢は、当事者への配慮に欠けている。
5論理の飛躍や説明不足が多い。「○○なのは〜〜に照らして明らかであり」と書かれているが、どう考えても明らかではない。訴訟中に大きく争われた論点も当然のように一行で片付けられている。
6論理に厳密になりすぎるあまり、理路整然とはしているが、結論が人情に合致しない判決が下されることがある。これとは対照的に、特定の結論を出すのを急ぐあまり、論理的に支離滅裂な文章が書かれることがある。

裁判の判決は公開法廷で行われなければならない(日本国憲法第82条)。刑事裁判においては判決主文に加えて、裁判官による理由の朗読ないし理由の要旨の告知も必要的(刑事訴訟規則35条2項)であるが、民事訴訟においては裁判官の任意(民事訴訟規則第155条2項)である。なお、民事訴訟の当事者は、判決が下されたら弁護士を通じて直ちに事件の結果を報告するよう嘱託していることが多く、たいていは判決言渡しの期日に欠席する。刑事訴訟の第一審においては、被告人の判決言渡し期日における出廷が原則として必要的である。
地方裁判所など下級裁判所では、判決書は裁判官が職務の一環として自ら起草する。最高裁判所では、最高裁判所調査官と呼ばれる専門の職員が、担当の裁判官から論旨の方向性を聞かされた後、ゴーストライターとして裁判官に代わって起案する。判決書の様式は形式的な箇所を除いて特に法律で定められてはいないが、起案のマニュアルは存在する。
著作権法第13条に明記されている通り、判決文に著作権は存在せず、自由に転載することができる。