ディクシーチックスの二人、自身のプロジェクト「コートヤードハウンズ」について語る
〜エミリー・ロビソンとマーティー・マグワイア、「憶測を避けるために活動は伏せてきた」〜
February 19, 2010; Written by Chris Willman
http://www.cmt.com/news/

ファンは何年も、長期活動停止中のディクシーチックスが戻ってくるのをいつかいつかと待ち続けていた。
しかしその「いつか」は今や「こんなプロジェクトが始まるなんて?!」に変わっているだろう。


それが「コートヤードハウンズ」だ。エミリー・ロビソンとマーティー・マグワイア姉妹が始めたサイドプロジェクト。二人は、ディ
クシーチックスが二十年以上前に結成された当初から主要メンバーだった。しかし彼女たちがフロントウーマンだったことは
一度もない。ナタリー・メインズ加入前にも二人ほどリードシンガーがいたが、その時もコーラスに徹していた。しかしこの五
月に発売になるセルフタイトルアルバムでは、ロビソンがセンターマイクの前に立ち、スポットライトを浴びることになる。


ロビソン「自分たちにもこういう側面があるんだっていうことが割りと簡単に発見できたのはよかった。日に日に自信がつい
てくるのが分かる。お互いの存在が安心感に繋がってる。だから今のところ思ったほど違和感はない。やっぱり姉妹だか
ら、お互いの言わんとしていることが分かる。感覚も似ているから、アルバム作りもとてもうまくいった。これ、というカタチが
いつもそこにあったし、二人で歌うのもごくごく自然なことだった」真新しいリードボーカリストとなった彼女はこうも付け加え
た。「でも、新しいことを覚えなくちゃいけないというのはやっぱり少し、頭が痛い作業だった。」


レコーディングは既に昨年の初夏、マグワイアの自宅スタジオでスタートしていたが、その活動が公にされたのはほんの数
週間前。


ロビソン「活動は意識して伏せていた。まだ初めの段階で余計なことに計画を邪魔されたくなかった」
“余計なこと”とはチックスが解散するのでは、という噂だ。

「ひとつのバンドから離れてこういうことを始めると、噂が流れ始める。そうすると、話題は本来語られるべき音楽ではなく、
違うものになってしまう。だから確かに、その手のものに邪魔されずに活動を進めることに関しては気を使った。作品が出
来上がって、みんなの前にどうぞって出せる前に色々説明しなくちゃならないのは気が進まないし、負担。その前に自分た
ちのやりたいことを自信を持って仕上げられることが重要だった」


チックスとしての最後の活動は2007年のグラミー賞授賞式。2006年発売のアルバム「テイキング・ザ・ロングウェイ」とシ
ングル「ノット・レディ・トゥ・メイク・ナイス」で、アルバム、レコード、ソングの三部門を受賞。その後活動休止に入るものの、
二、三年のうちにはアルバムの発表やツアーがあるのではと期待されていた。しかし
2009年半ばになっても、チックスが
活動を再開するというめどさえたっていないことが明らかになった。しかしロビソンとマグワイアにはまだ引退するつもりはな
かった(原文“ノット・レディ・トゥ・メイク・リタイアメントプラン”)


ロビソン「ナタリーは今はまだ音楽を作ったり、その他の色々な作業をしたくはない。でも彼女とは年末年始に会ったし、
“いつ曲を聴かせてくれるの?”って言ってくれた。でも皆にはなかなか分かってもらえない。”へえ、じゃあもう彼女要らな
いんじゃないの?”って言う人もいた。だから、もう、そうじゃなくて!人って深読みしたり、好きなように解釈したりする。
バンドのことでも、私の離婚のことでも。もう、好きにしてって(笑)」


「そういうことがこの活動の理由じゃない。私たちも自由に活動できるし、彼女から”やらなきゃいけない”、というプレッ
シャーを取り除いてあげることにもなるから。今ナタリーがチックスをやりたくないなら、それでいい。私たちはこれをやるか
ら。それに彼女は”いいよ”って言ってくれた。言ってくれなくちゃ出来ないわけじゃないけど、彼女が賛成してくれるのはも
ちろんとても嬉しいこと」

チックスは解散しなかったが、2008年にロビソンは夫のシンガーソングライター、チャーリー・ロビソンとの離婚を成立させた。その時感じた気持ちが、曲作りに大いに生かされている。アルバムのうち1曲目
となる「スカイライン」を含め数曲が
100%彼女の実際の経験に基づいている。父と息子の関係について歌った「エイント・ノー・サン」他数曲が純粋な創作で、「フィア・オブ・ウェイステット・タイム」は友人の経
験に基づき、その他はいずれかの中間といったところ。

ロビソンによると、曲の
70%は自身の経験に基づいたものだが、どの部分がどうと「特定するつもりはない」

「聴いた人の想像に任せる。“あ、そこは他の人の経験で”なんていちいち説明するのは骨が折れる。でも、元夫はきっと説明しなきゃならなくなる(笑)」

ロビソンとマグワイアの二人はこれまでも数年にわたってチックスの曲を書いてきた。「ユー・ワー・マイン」は二人の両親の離婚について歌った曲であり、
1998年のNo.1ヒットになったデビューアルバム
「ワイド・オーペン・スペーシズ」唯一のオリジナル曲だ。「テイキング・ザ・ロングウェイ」の頃には全ての曲がオリジナルとなった。そしてロビソンが休止期間中に曲を書き始めようと思った時には、メインズが
次のアルバムには参加しないというということがすでに前提だった。


「以前は全部が自分たちの曲というわけではなかった。だから初期のころと曲作りに関わった「テイキング・ザ・ロングウェイ」を比べてみると、後のほうが自分たちの意見と経験が生かされているし、すごく進
歩したと思う。そこにたどり着くまで時間はかかったけれど。だけどとても個人的な曲だから、必ずしもチックスの曲にしなくてもいいんじゃないかと感じた」同時に個人的だからこそ、他のアーティストに提供
することがためらわれた。


「曲を一緒に書いたマーティン・ストレイヤー(アルバムではアコースティックギターもプレイしている)が私をとても励ましてくれた。本当に頼りになった。デモの段階では人に提供するつもりだったから“これは
誰々に歌ってもらおう”なんて言っていた。そしたら彼が“なんで?”自分で歌えば
?できるじゃん”って。チアリーダー役がいたのは本当によかった。練習をたくさんして、自分にもこの曲たちが歌えるんだって
思えるまでに本気で二年近くかかった。”ガレージバンド”(
PC用音楽録音ソフト)が友達だった。試行錯誤するのに随分お世話になった」 

去年出来上がったものを持ってスタジオ入りすると、アルバム最後の曲となる「フィア・オブ・ウェイステット・タイム」のレコーディングはあっという間に済んでしまった。

マグワイア「チックスと比べると驚くほどあっという間に終わってしまった。デモの完成度も高かったし」。そしてその頃には皆が、マーティーではなくエミリーが歌うべきだと確信し始めていた。
「だって彼女のお荷物だから(笑)」
ロビソン「だいたいが私のお荷物。でもマーティーが書いて歌っている曲は“共同お荷物”ってところ」

マグワイア「私が書いた「グレースフリィ」以外はエミリーが歌ってる。彼女はよく頑張ったと思う。私はリートで歌うのは本当に好きじゃない。この曲を歌えて嬉しかったし、もしかしたら今後もっと歌いたいと思
うようになるかも知れない。でも私はエミリーの声がとても好き。曲も結局彼女の作ったものだし」


アルバム収録の12曲のうち4曲はラジオにサンプルとして送られ、オフィシャルサイトでもストリーミング配信されている。最も爽快なのは文字とおりの「コースト」。イーストでもウエストでもなく、彼女たちの地
元の海だ。


ロビソン「テキサス南部ではみんなこう言う。“どこいくの?” ”ちょっと海へ”って。私の経験ではなく他の誰かについての曲だけど、私もあそこの海に行くことがある。オースティンとかサンアントニオに住ん
でる人はポート
Aとかロックポートに行く。釣りをしている人が多い。時間がゆったり流れて、別世界のよう。」

リラックス度でいうと対極の位置にあるのが「エイント・ノー・サン」。ブルーグラス調のイントロでは、権利を奪われた若者の視点から語られ、一転してロック調にシフトすると、今度は了見の狭い怒った父親
が描かれる。曲では特定の家族問題を取り上げているわけではないが、ロビソンにはある思いがあった。


「テレビをつけたら、A&Eチャンネルか何かのドキュメンタリーをやってた。自分たちがゲイだと告白したら、親から家に入れてもらえなくなった可愛そうな10代の子たちについてだった」歌詞はこんな調子で始
まる“お前なんて俺の息子じゃない。俺が育てたのは立派な男の子だ”。「愛情を持って子供を育ててきたのに、ある日突然それをやめてしまうっていう考えに唖然とした」


まだファンに公開されていない曲の中では、「シー・ユー・イン・ザ・スプリング」の人気が出そうだ。しゃれの効いたこの曲は、ウォールフラワーズのジェイコブ・ディランとのデュエット。テキサスの女の子と恋
に落ちるシカゴの男を歌うが、彼にはテキサスの暑さが耐えられない。ロビソンのほうはといえば、地球が(最低でも地域が)温暖化してしまえば良いのに、といった調子だ。


ロビソン「テキサスの夏はまさに酷暑。マーティーの義理の家族がアイルランドから来て滝のように汗をかいているのを見ると、育った気候の違いで人間関係もダメになりかねないって思った。曲の題材とし
ても面白いかと。私自身もシカゴとかああいうところでは絶対、冬を越せないと思う。寒いのは苦手。ジェイコブはとてもよい仕事をしてくれた。私の声と合う男性ボーカルでかつ曲中の人物にあった性格の声
を探していた。私たち二人とも彼のファンだったし。電話して二つ返事で引き受けてくれる人がいるのは本当にありがたいこと」


「エイプリルズ・ラブ」はアルバムでも指折りのゆったりとしたバラードだ。そしてコートヤードハウンズの活動が、アルバム発表まで行くのか、単なる内輪の実験で終わるのかを決定する際の指針となった。

マグワイア「これが自分たちの音、と言えるものを初めて聴いた。この曲のデモには私は入っていなかったけど、自分がフィドルとかコーラスを入れたい部分がはっきり分かった。でも私がいなくてもこの曲
は十分な出来だったと思う。アリソン・クラウスがよくやるような、アコースティックでシンガーソングライターらしい、私たちらしいものが出来ると感じた」マグワイアは妹の曲作りと演奏スタイルをショーン・コル
ビンにもたとえた。曲を聴いてシェリル・クロウを思い出すリスナーもいるだろう。早口で面白い「ゼン・アゲイン」では、クロウにインスパイアされたことをロビソンも認めている。


チックスファンはハウンズをどう捉えるだろう?前二作「ホーム」と「テイキング・ザ・ロングウェイ」が好きな人ならば、それに続く作品として気に入るだろう。だが、初期の「フライ」の頃のような音を懐かしむ向き
もいるかも知れない。


マグワイア:「もちろん私たちはチックスの三分の二なわけだから、今までやってきたことが少しは反映されることになる。バンドが始まった当時からのメンバーだから、これは必然的に今までのストーリーの
支流にはなると思う。それに今まで何度もスタイルが変わったり色々なことをやってきたから。でもだからといって、今までやったことのどれかに近づけなくちゃいけないとは思わない。いまやりたいことをやっ
ているだけで、他のことはどうでもいい」


もう今やチックスの活動停止は、永遠ともいえる様相になってきた。

マグワイア「私自身、それから全員が分かったのは、芸術というのはけっして強制してやらせることはできない、ということ。望んでいない誰かに対して、けっして強制してやらせることはできない。いつまた
チックスが始められるかと思うと本当に不安だった時期もあった。でも、コートヤードハウンズのレコーディングをしていたある日、突然このことに気がついた。ナタリーは単に休みが欲しいって言ってるんじゃ
ない。彼女には本当の才能があるから、チックスが再開した時には、それはもう最高のものが出来上がると思う。つまりこの
12年間、ずっと一緒にやってきて、騒動とか色んなものをくぐり抜けてきて、私た
ちは本当に休みが必要だった。前作では本当に私たちの全てを出し切って、言いたいことも全部言った。今思ってみれば、この活動停止は起こるべくして起きたこと。エミリーと私は、ナタリーとは少し違った
出身だから、定期的に活動をしたいだけ。だからこの作品が出来た」


「それに、みんなちょっとディクシーチックスには飽き飽きしていたんじゃないかと思う。メディアに出まくった後は、グラミー、グラミーで。その後はどうすればいい?少し自分たちのキャリアを見つめ直してみた
い気分になった。そしたらきっと進むべき方向が見えてくる。でもそれには時間が必要。それが人生で、キャリアというもの。休みになってもうしばらくになるけれども、気がついたら年を取りすぎてもうできな
いなんてならない限り、続くと思う」


二人だけのプロジェクトとしてアルバムをリリースすることの利点は他にもある。声明ではなく、純粋な音楽として受け止められることだ。2003年に起きたカントリーラジオ局との確執以降、「テイキング・ザ・
ロングウェイ」の曲たちは、間接的にせよ直接的にせよ、状況に対する答えと捉えられざるを得なかった。ロンドン公演でメインズが反戦、反ブッシュコメントをしてカントリー界から激怒されて以来、もう二度と
三人が“ただの”ミュージシャンとして見られなくなったのは明白だった。ただしロビソンとマグワイアの二人としてなら、そのチャンスはある。


ロビソン「何でもその流れになる。政治がらみだろうが、“ナタリーの次の動きは?”的な話だろうが、何でもかんでも。“次のアルバムはどういうサウンド?”では全くなかった。ネット検索をする時、私たちの
名前がチラッと目に入る、そうするとそれをクリックする前にはいつも心の準備が必要だった。こうやって深く深呼吸して、“さて、どんなことが書いてある?”って。どんな話題でもセンセーショナルな取り上げ
られ方をした。精神的に良いとは言えない。」


チックスの活動を再開させる時、コートヤードハウンズを必ずしも終わらせる必要はない。
ロビソン「両立させる方法を考えていく。チックスが出来る時になったらもちろんやる。とても楽しいし、最高だしみんなが待っているから。でも今は、とりあえず目の前にあるものをやらないと。今はこれが楽し
い。チックスはある意味とても巨大な存在になって、コンサートのコストだとか、ツアーのビジネス的な面もそれに比例して大きくなった。だからこうやって身軽に動けるのはすごく気分が楽。」


ツアーの詳細はまだ発表されていないが、デビューライブが、三月にオースティンで開かれるサウス・バイ・サウスウエスト・ミュージックフェスティバルで計画されている。「ツアーに戻るのはちょっと怖い。三
年半も仕事をしなくて良いというのは素晴らしかったから。子供たちと一緒に、本当に贅沢な時間を過ごせた。(ロビソンとマグワイアにはそれぞれ
3人、メインズには2人の子供がいる)これからはとてもとて
も、忙しくなる。」


ロビソンはスタジオで感じたリードボーカリストとしての自信を、ステージにも呼び戻そうとしているが、一方でこうも告白する。「かなり緊張してる。でも最高のバンドが一緒だからそれは力になる。スタジオで
彼らが演奏するのを見た時、“いいね!最高!”という感じだった。すごく気分を乗せてくれる、そういうのが私が一緒にやりたい人たちだから。だって、絶対に“オレ様の声を聴け
!”っていう態度には出ない
から(笑)」


マグワイア「まあ5回もやれば平気になる。いつでもお互いがいるし、エミリーがフロントウーマンをやることには全く何の心配もしていない」

ロビソン「もう夢でうなされ始めてる。この前見たのはこういう夢。どこかのクラブの楽屋で待っていると、“出番だよ!”って声がかかる。気がつくとそこはコメディクラブで、私はピン芸人になっているわけ。も
う、“どうしよう、面白いことなんて言えない、ジョークなんて言えない”っていう感じ。だから急いでトイレに駆け込んで、面白くもないジョークを書き出した。目が覚めたらすぐ夢だって分かったけれど」


マグワイア「あのね。シェールが、今年は最高の年になるって言ってくれた」

ロビソン「マーティーの個人的な占い師(笑)」

マグワイア「40になることが憂鬱だった。40歳の誕生日にはシェールに会っておきたかったから、会いに行った。彼女は私を廊下に連れ出してこう言った。今年はきっと最高の年になる、って。だからそれを
信じている。今年はツイてるって気がする」


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