チックスの魅力の一つがその選曲の良さ。名曲やベテランの曲はもちろん、あまり知られていないテキサスの
ミュージシャンの曲も取り上げている。そういったライター達のことを調べてみました。

|
No.4
TROY JOHNSON
(SOME
DAYS YOU GOTTA DANCE)
TOTWツアーでは2曲目に、VOTE FOR CHANGEツアーでもジェイムス・テイラーと一緒に演奏されたこの曲。チックスにとって欠かせ
ない曲のうちの一つです。
チックスの他サラ・エヴァンス、キース・アーバンにも曲を提供しているトロイ・ジョンソンはテキサス州ヒューストン出身。子供の頃、ラジオ
から流れてくる曲を聴いては、自分ならもっと良い曲が書けると考え手を加えていたという。
ナッシュビルにある大学に通い始めると、作曲家の世界に憧れるようになる。同時に自分にも才能があることに気づき、キーボードをギター
に持ち替え、本格的に作曲家を目指す。
「自分自身を単なるシンガーでなく、ソングライターだと思い始めるようになった。自分にも出来ると分かったから、お金を貯めて3曲入りの
デモテープを作った」そのうちの1曲が、後にマルチプラチナアルバムとなるディクシーチックスの「FLY」に収録された、SOME DAYS
YOU GOTTA DANCEだった。
その後大手レーベルと契約しソングライターとして活躍。数年間のキャリアの後チックスのSOME DAYS〜がヒットした頃、自分自身のア
ルバム制作にも取りかかる。
「あの時は変な状態だった。(せっかくライターとしての作品がヒットしたのに)ただ曲を書くだけなのがつまらなくなってしまった。だからア
ルバムを作った」 |
| |
そして2003年にファーストアルバムとなる「12」を発表。評論家達から、エルトン・ジョン、ヴァン・モリソンからジョン・メイヤーまでと
比較される。
「自分の曲を気に入らないと言われても構わないと思えるようになった。でも気に入ってもらえる自信はある。自分に言い聞かせてい
るのは、決して世界で一番のアーティストになろうとしなくても良いってこと。一番なんていない。一人のアーティストとして、作品を出
していけばいい。」
以上オフィシャルサイトほかより
この人の声、結構好きです。ジョン・メイヤーをもうちょっと現実に引き戻した感じというか。ちょっとスティングにも似てる気がします。
さすがソングライターだけあって各曲見事なフックラインです。アレンジもこれ以上ないってほどオーソドックスなもので、こらー批評家
の中には眉をひそめるやつもいるかもな、って思いました。でも、Ordinary
Loveと言う曲にはちょっとびっくり。ミ○チルかと思った。 |

|
| |
No.3
DARRELL SCOTT
(HEART BREAK
TOWN,LONG TIME GONE)
&
TIM
O'BRIEN
(MORE LOVE)
マルチプレーヤーとして、ソングライターとして米ブルーグラス界の中心人物的なお二人です。
ダレル・スコットはケンタッキー州ロンドン生まれ。父親がミュージシャンだったので音楽に囲まれて育ち、15才で初ステー
ジを踏む。大学で詩と文学を学んだあとレコード会社と契約するが、1stアルバムはお蔵入りに。その後ナッシュビルに活
動の拠点を移して成功。チックスの他にもガース・ブルックス、トラヴィス・トリット、サラ・エヴァンス、ダリル・ワーレイ、
ブラッド・ペイズリーらに曲を提供している。
今の時代で最も優れたソングライターのうちの一人。詞とグルーヴとメロディが完璧なパッケージになって出来ている。
彼の曲には、彼自身の体験が現れているのを感じる。
〜ディクシー・チックス
「他のアーティストが演奏してヒットした曲というのは、他の人は到底演らないだろうなと思っていた曲なんです。とても個
人的な曲だから。でも本当に気に入っていたから、自分のアルバムに入れた。それでみんなこういう曲があるって知った
というわけ。」
ご存じの方も多いかと思いますが、「Heartbreak Town」の「Town」とはナッシュビルのことで、子連れで田舎から出てき
て、スターを夢見てナッシュビルでオーディションを受け続けるカップルの歌です。実際には成功したスコットさんですが、
辛いときもあったのかも知れません。
2000、01年にはナッシュビル作曲家協会から、02年には米国音楽著作権管理団体からソングライターオブザイヤーを受賞。
また、彼は多くの楽器を演奏することで知られている。「弾いたり、叩いたり、吹いたりする楽器はほとんど」中でもギター、
ドブロ、マンドリンに関しては引く手あまたの腕前であり、多数のアーティストのレコーディングに参加している。
ソングライターとしての成功で、
「自分が心からやりたいと思っていることに自信が持てました。私は、ヒットする曲を書くことができる。これが自分のやる
べきことだと言うことです。でも音楽のためであって、お金のために曲を書くようにはなりません。今いる自分の位置は間
違ってないと思います。」
現在は自分のレーベルを持ち、リリースできなかった1stアルバムの曲を最近、NEWアルバムとして発表した。
以上オフィシャルサイトより アルバムAloha From Nashville(HMV・試聴できます)
ティム・オブライエンはウエストヴァージニア州生まれ。12歳の時にビートルズに目覚めるが、その後はフォークミュージック
に夢中になる。その後大学では文学を専攻するが、音楽の道を選ぶため中退、各地を転々とする。’78年にブルーグラスグ
ループ「ホットライズ」に加入。6枚のアルバムを発表し、’90年には米ブルーグラス協会のエンターテイナー・オブザイヤーを
受賞。個人としても’93年に同協会の男性ヴォーカリストオブザイヤーを受賞。さらに3度のグラミーノミネートも受けている。
|

Darrell Scott

Tim O'brien
|
その音程の正確なヴォーカルと多数の楽器の腕前は非常に有名。自身のキャリアを通して、スウィングからトラディショナル、ブルーグラスからカントリーまで幅広くプレイしている。
その功績を買われて、最近では米ブルーグラス協会の会長職を依頼されたという。チックスの他にもガース・ブルックスやニッケル・クリークらにも曲を提供。プロデューサーとしても
活躍している。
ダレル・スコットとは長年の友人であり、お互いのアルバムでプレイしている。そして’00年には共作でアルバム「Real Time」を発表。
「Long Time Gone」と「More Love」が収録されている。
以上オフィシャルサイトより Real time(HMV・試聴できます)
|
No.2
RADNEY FOSTER
(NEVER SAY DIE,
GODSPEED,WHISTLE AND BELLS)
ラドニー・フォスターは1959年、テキサス州デルリオ(サンアントニオの西、メキシコ国境の町)生まれ。弁護士だった父
がよくギターを弾いて歌ってくれたのがきっかけで、音楽を始める。大学時代に一度、カントリースターを目指してナッシュ
ビルに行くが失敗。故郷に戻って復学するが、地元のクラブ等で音楽活動は続けた。卒業後再びナッシュビルに向かい、
ソングライターの職を得る。そこで同じくソングライターだったビル・ロイドと出会い、フォスター&ロイドを結成、RCAレコー
ドからデビューする。3枚のアルバムとヒット9曲を残し解散、フォスターは1992年からソロキャリアをスタート。すぐに数曲
のトップ10ヒットを飛ばした。
「ソングライターであるという事とは、自分自身の人生や周りの世界を観察する人間であるということです」
cmt.comより
オフィシャルサイト Never say
die試聴(amazon.com)
96年に3枚目のアルバムを作り始めたが、そのころ別れた妻と、子供の保護権を巡って1年近くもの間争うことになる。
「妻とは94年に離婚しましたが、その後彼女が96年に結婚してフランスに移住するということになりました。ほとんどの州
ではそういうことは不可能なのですが、テネシー州の法律では、特別の場合を除いては子供自身の利権を考慮しない
のです」
|
 |
An
Evening With The Dixie Chicksで、MCの時ナタリーが「テネシー州は唯一・・・」と言いかけたところでお客さんに「No!」と叫ばれて「もういいよっ」って止めちゃうシーンがありましたが、これで何を言わんとしていたか分かりました(^_^;)
「1年の間、息子を行かせないために努力しました。6ヶ月は裁判所で履行命令を受けるのに費やして、もう6ヶ月は州議会に法律を変えるよう働きかけました。でも、だめでした。その年の終わりに息子はフランスに行ってしまいました」
次にフォスターが取った行動とは、”いかにして5000マイル離れていてもお父さんであり続けるか”考えることだった。彼はパリ郊外にあるユーロディズニー社に連絡して、そこのアミューズメントパークでライブを行うことにした。そして訪れる度、息子と一緒に過ごした。
97年に中断していたアルバム制作に戻ったとき、彼は色々な感情に満ちあふれていた。よい感情もあれは、不満や怒りも。しかしその間に彼自身も再婚し、自分のおかれた状況を冷静に捉えることができるようになった。そして98年にSee What You Want To See (Godspeed収録)が発売された。
「自分の人生を犠牲者として、誰かを恨みながら生きていくなんてできない。そうすることは相手を打ち負かすのではなく、自分自身を駄目にしてしまう」
yahoo launchより
|
 |
ところで「あの曲」ですが(著作権協会対応)、私は日本版の対訳には違和感を感じます。恐らく”資料なし”で訳されたと思います。お父さんが
息子に対して「私は貴方を愛す」「愛しい人よ」はちょっと。「チビ、いい夢見るんだよ」くらいだと思いますけれども。そして、「神様は、お父さんと
君がどこにいても(一緒にいなくても)”アーメン”を聞いていてくれるんだよ」というのも一気に省略されてます。
詞の中にGod bless mommy and match box carsという部分があって、「フォスターさんたらそんなことした元奥さんに対してずいぶん
寛大なのね」と思っていたのですが、色んな葛藤があった末のことだったんですね。
|
No.1
SUSAN GIBSON (WIDE OPEN SPACES)
"We
want this song to become an anthem for allyoung
people and people have young hearts.Go out
there and chase your dreams 'cause it's never too
late y'all !! "
Natalie Maines
スーザン・ギブソンはミネソタ生まれのテキサス州アマリロ(ナタリーの故郷ラボックよりさらに北の、テキサスの一番北端の都市)
育ち。小さな頃から教会や学校のコーラスで歌い、高校の発表会ではスザンヌ・ヴェガの”ジプシー”を歌った。ヴェガやインディ
ゴ・ガールズ、トレイシー・チャップマン、ショーン・コルヴィンに影響を受け、作曲も始めるようになった。
ミネソタにある森林保護官学校に93年まで通ったあとソロ活動を始め、96年にはThe Groobeesに参加。2001年までに2枚の
CDを出してグループは解散。
チックスヴァージョンのwide open spacesが大ヒットを記録し、スーザンは自由に作曲、ライヴ活動、レコーディングが出来るよ
うになった。
02年にはソロアルバム”Chin Up”を発表。このアルバムは素直で平和的なサウンドで溢れている。曲のテーマは、うんざりする
ことや過去の恋愛を振り返ったりなど様々。自身はジーンズにブーツといった格好を続け、地に足をつけ子犬のように気取らない
性格。彼女の曲は多くが自分の経験を歌い、時には自虐的なものもあり、自分探しとも言える。”自分の欠点をもの凄く楽しんで
る”と彼女は言う。
(commonfencemusic.orgのプロフィールより)
オフィシャルサイト(アルバムChin Up全曲試聴できます)
The Groobees/wide open spaces試聴(amazon.comのリンクに飛びます)
|
 |
texastroubadours.comインタビューより
Wide Open Spaces(若い女性のテーマソングのようになった)を書いたとき、この曲が今のような注目を集めると思いましたか。
思いもしませんでした。夢のような出来事です。元々この曲は特別でした。それまで、書いた曲をリクエストされたことはなかったのです。私のファンというのはずっといなかったのです
が、ミズーリで演奏していたとき、男の人がやってきてこの曲をリクエストしてくれたんです。こういったテーマの曲は何曲かありましたが、中でもこの曲は特別なんだと気付きました。そ
してディクシーチックスがこの曲の可能性を引き出してくれたと思います。シャナイア・トゥウェインやリアン・ライムスが歌っても同じことが起きたかも知れませんが、でもディキシー・チッ
クスは、苦労の末にやっと出せたファースト・メジャー・アルバムに採用してくれたんです。この曲にとって素敵な結婚だったと思います。きれいで才能があって、ハーモニーも素敵ですご
いカリスマを持った3人の女性、みんなが応援したくなるような人たちとこの曲との組み合わせは素晴らしいと思います。彼女たちは持っている才能を最大限に活かして、自分達のアイ
デアをどんどん増やしています。それなのに、彼女がブッシュについて言ったことへの反発や、トビー・キースとのトラブルが起きてしまっています。彼女たちは才能があるだけじゃなく、
商業的なリスクを負ってでも自分達の意見を持ち、それを発言しているのです。あの発言で彼女たちがどれほど代償を払わなければならないか分かりません。きっとラジオやTVで放送
されなくなると思います。でも、アメリカ人でいることとは、たとえ給料がカットされようとも立ち上がって自分の意見を述べることなのです。
管理人注:ナタリーがトビー・キースの”赤白青ソング”を批判したとき、キースの最初の反応は「曲も書かないくせに」でした。
|
 |
チックスやトビー・キースのように、政治的視点を音楽に持ち出すスタンスをどう思いますか。
私は本当に、彼女たちを素晴らしいと思っています。真のアーティストとして、社会に目を向け、それを通して自分達の個性を輝か
せている。トビー・キースがそうだとは思いません。そして彼女たちの意見にはたいてい賛成です。私は歴史の本は読まないし、
新聞を読んだりTVを見ることもあまりありません。だから政治の話をするのは遠慮しておきます。でもチックスの話をするのは得意
ですよ。彼女たちは、カントリー界では少数派の意見を、それでもきちんと持っています。これこそアメリカ的であり、トビー・キース
が旗を振り回して、ジャケットに旗の写真が付いたCDを売ってお金をかき集めることよりもっとアメリカ的です。私にとってはキース
は冒涜であり、愛国心の切り売り行為です。私は国を愛していますし、他の国に住むことなど考えられません。自由がなければ今
の私もないでしょう。アメリカに神のご加護を、と思っています。サダムのおしりをブーツで蹴飛ばす歌を売ることが愛国心だとは思
いません。そんなものは資本主義であり、商売行為であり、みんなの愛国心をもてあそんでいるのです。彼はみんなの愛国心を
お金に換えているのです。だから、チックスの反国的考えより、トビーの愛国観のほうがよっぽど異常だと思います。
またWide Open Spacesのような曲を書かなければというプレッシャーは感じますか。
ええ、特にヒット直後は感じました。それまで私の書いた曲はみんな、大きく、普遍的になろうとする歌でした。この曲を書いたとき
もそれさえ忘れなければ、という感じで、ヒット曲を書くつもりではありませんでしたから。
|
この人の声は太くハスキーでとても素敵です。あまり有名でなくてもすごい人ってたくさんいるんですね。日本でもJ-WAVEあたりでかければすぐ話題になりそうです。
それにしてもナンシー・グリフィスやインディゴ・ガールズ等女性でキャリアが長くてもずっと活動しているのは素敵なことです。 |
|