ゴールデンウィークに一人旅をすることを決めたのは新宿だった。ふと「四国行きてぇ」と思い新宿西口の金券ショップで大阪行き夜行バスのチケットを買った。
昼間は大学で試験を受けたが新宿の集合場所には八時に一番乗りで到着。壱時間ほど待ち、バスに乗り込んだ。通路を挟んで2列づつ、トイレなしでまさに修学旅行用バスだった。僕は真ん中左の通路側。隣は20代後半の男性だったが僕は「一人旅なんだし話しかけてみようかな…。」と思いつつ一言も言葉を交わさないまま7時頃難波に到着した。
コールマンの巨大なバックパックを担ぎ、大阪観光に出かけた。初の大阪だったが観光ガイドは四国しかもっていなかったのでとりあえず唯一知っている地名、道頓堀に行こうと思いバスに乗った。大阪の町は道が広いせいか車が少ない感じがした。しばらく行くとバスを間違えたことに気づいた。どうしようかと迷っていると左手にお城が見えた。あれが大阪城か?と思いとりあえず降りてみた。

10キロ程あるバックパックを背負い天守閣を目指した。僕はあえてエレベーターを使わなかった。一体何の意地を張っていたのか。マジで疲れた。
大阪城をぶらぶらしているとおっちゃんに声をかけられた。このおっちゃんは若い頃やはり一人旅をよくしたそうで、九州2回り、四国は右回り左回り2回ずつまわったそうだ。さらに埼玉に住んでいる息子さんは関西の大学で自転車ツーリングのサークルを立ち上げたという旅人一家らしい。野宿のアドバイスなどをもらった。ありがとうございました。
お昼になったので再度道頓堀を目指した。今度は無事に到着。グリコ、巨大なカニ、食い倒れ人形を横目で見つつタコ焼きとお好み焼きとアンドーナッツを揚げたお菓子を食べた。食い倒れるまで食べたかったが今日のうちに四国入りしたかったため移動のことを考えて断念した。最終日でのリベンジを誓い大阪を後にした。
雨が降り出してきたので即行で高松駅行きの高速バスのチケットを買い、そのまま乗り込んだ。やはり修学旅行バスだった。少し眠り、目を覚ますとがらがらのバスは雨の淡路島を走っていた。窓から淡路島の左右の海が見えた。それを近くのおじさんに言うと淡路島だってそんなに細くないと笑われた。あまりの雨で視界が悪すぎたのだ。
香川県では讃岐うどんばかり食べた。合計5杯くらい食べたが一番おいしかったのは高松市栗林公園付近の店で食べたぶっかけうどんだった。麺のコシがいい感じだった。以前テレビで紹介されていた完全セルフの店にも行ってみたかったが見つけることはできなかった。
夕方銭湯に行った。チャプチャプやっているといきなりタトゥー入りヤ●ザさん2人が入ってきて演歌を歌い始めた。最近ベンツに乗れるようになったらしく、僕に聞こえるように2人でベンツの話ばかりしていた。湯船では僕よりも長く入ろうと必死になっていた。根はいい人なのだろうか。
外はすでに暗く野宿の場所を探さなくてはならなかった。ぷらぷら歩いているとちょうどいい目隠しになる壁のある建物があった。次の日は休館日らしいので警備員も来ないだろう。人生初の野宿に少しビビッていた僕はコンビニに酒とつまみを買いに行った。寝床へ戻ろうとすると自転車に乗った若者3人組を発見した。
話しかけてみると広島の大学1年生だった。僕は彼らも野宿するのではないかと思い仲間に入れてくれないか頼んでみた。しかし野宿の予定はなく、フェリーで広島に帰っていった
シュラフ(寝袋)での一夜は日の出とともに明けた。昨日とはうってかわり晴天だった。JR土讃線の始発に乗り琴平を目指した。またしてもバックパックを背負い金刀比羅宮の石段を上った。本宮の展望台からの讃岐平野はなかなかいい眺めだった。灸まん、という饅頭や味の濃いうどん、へそまん、という出べその形をした饅頭などを食べ琴電にのって高松へ戻った。
高松駅で坊ちゃんエクスプレスという高速バスのチケットを学割で買い愛媛県松山市へ行くことにした。松山といえば夏目漱石の「坊ちゃん」の舞台となった街で、今回、唯一出発前から決めていた目的地だった。
「大街道」という繁華街で坊ちゃんエクスプレスを降りた。高松よりだいぶ都会で人も多かった。松山には路面電車が走っていた。終点は道後温泉でこの温泉は聖徳太子も夏目漱石も入った日本一古い温泉らしい。
道後温泉はとにかくすばらしかった。少し高めのチケットを買うとまず2階の畳張りの広間に通された。そこで浴衣に着替え1階の神の湯に行くとそれほど大きくはないがなんとも雰囲気のある浴場があった。入浴後は二階の広間で緑茶と茶菓子が出され、のんびりとくつろぐことができた。
温泉街の店で「道後温泉 坊ちゃん」と印刷されたいかにも坊ちゃんぽいぞうりサンダルを買いからくり時計の前を坊ちゃん気取りで歩いていると前を外国人男性が歩いていた。
”Where are you from?”と受験英語でたずねてみると英語でニューヨークで大工をしているプエルトルコ人だった。彼は日本語をまったく話せなかったがお互いに英語が第2言語だったため英語でのやり取りがしやすかった。彼がネットカフェに行きたいといったので、たぶんさっきの大街道にあるだろうと思い連れて行った。
路面電車の中で彼は日本旅行について話してくれた。彼は自転車で東京から来たらしい。僕も自転車ツーリングのサークル入ってるよ、と言ったら彼の自転車のメーカーを進めてくれたが知らないメーカーだったので忘れてしまった。彼は箱根越えがきつかったとか愛知万博が楽しかったとか言っていた。しかしそろそろ帰って来いと大工のボスに言われて帰らなくてはならなくなったそうだ。
結局僕もプエルトルコ人に付き合ってネットカフェで夜を明かした。しかし、狭い個室は授業中の居眠り程度の仮眠しかできず、野宿のほうがきっと楽だった。安いし。
まだ隣の個室で寝ている彼にさよならをして僕は道後温泉へ朝風呂に行った。今日は1番高級な3階の個室を使えるチケットを買った。お風呂も神の湯ではなく霊の湯だった。僕が通された座敷は一番奥、なんと「坊ちゃんの間」という漱石や赤シャツやマドンナ達の写真が飾ってある部屋の隣だった。お茶菓子もお団子で、3階から見下ろす朝の道後の街はとても風情ある眺めだった。
そろそろ本州へ戻ろうと思いお土産の焼酎セットを買い道後温泉を後にした。帰りの路面電車は楽しみにしていた「坊ちゃん列車」のチケットが取れた。このミニSLが引っ張るレトロな客車は小説で坊ちゃんが「マッチ箱のような汽車」と言っていたとおりの狭さだった。巨大なバックパックが邪魔ですね。すいません、ほかのお客さん。
松山駅に着くと尾道行きの高速バスがちょうど出発するところだった。一瞬、早くつくのと学割をとってから次のバスに乗るのとを天秤にかけたが結局乗ることにした。隣の席になったのはちょっとあやしげなおじさんで昼間から日本酒を飲んでいた。僕は倉敷までの道中、ずっとこのおじさんの説教に付き合う羽目になってしまった。
尾道に着くとまず広島風お好み焼きを食べた。だんだん焼きと言うらしい。その後は坂の町尾道の坂をまたまたバックパックを背負って登る。ほかの観光客からは奇異の視線を浴びせられた。しかし景色は本当にすばらしかった。
映画でも有名な尾道だが、そのときはちょうど
反町たかしなどが出演する戦艦大和の映画のロ
ケをしていて、5百メートルほど離れたところ
にある島に戦艦大和が作られていた。尾道ラー
メンを食べ終え、ぶらぶら歩いているとのび太
達が野球をするような空き地で地元の男子高校
生が一人懸命にパラパラを踊っていた。とりあ
えず関わらなかった。
さらに文学でも有名だという尾道には文学の小
路なるものがあった。小路といっても坂の町ら
しく山腹の結構険しい感じの道だった。確か志
賀直哉とかの石碑などがあったと思うが写真は
この十辺舎一九の石碑しかとらなかった。
今日もまた野宿をしようと思ったが尾道駅前は
結構騒がしかった。駅前がすぐ海になっていて
向こうの島の夜景がとてもきれいだから人がひ
っきりなしにやって来た。僕はベンチに座り恋
人達が通り過ぎるベンチで酒を飲みつつ2時間
以上夜景を眺めていた。すると昼間のパラパラ
君が彼女とともに現れた。どうやらけんかして
いるようだ。すると彼は海に飛び込もうと柵に
足をかけ「来るなー!」と彼女に絶叫した。や
ばいと感じた僕は一瞬口出すのはまずいかなと
思ったが死なれては困るのでとめに入った。

酔っ払いの乱入にひるんだ彼らだったが、その後も30分ほどけんかを続けると街へ消えていった。しばらくするとマウンテンバイクに乗った人がやって来た。どうやら今夜は野宿らしくテントの用意を始めた。僕は近づいて話しかけてみることにした。彼は大阪から自転車でやって来た20歳、仕事の休みに友達に借りたマウンテンで九州を目指しているという。仲良くなった僕らは携帯アドレスを交換した。旅人と知り合いになるのはいいものだなとうれしくなった。
駅ビルで野宿をした僕は次の日トイレで顔を洗っていた。するとおかしな音がした。見ると携帯が水没しているではないか!あせった僕は急いで乾かした。幸いメモリーなども無事だった
。
尾道から倉敷に移動した。今度は蔵の街倉敷。純和風な町並みが美しい街だった。モーモタロサンモモタロサンとキチガイのように歌いながら岡山名物キビ団子を食べ早くも岡山市を目指した。

実はこの日、初めて宿の予約が取れたのだ。JR岡山駅から徒歩20分ほどで岡山ユースホステルに到着した。ユースホステルというのは世界中にネットワーク持つ安宿でバックパッカー、ライダー、チャリダー、合宿などに利用されている。
岡山ユースでは5人のライダーと相部屋になった。このうち大阪から来た2人のおっちゃんハーレー乗りと湘南ナンバーのBMW乗りの人と仲良くなった。僕たちはおっちゃんハーレー乗りのおごりでビールを飲みつつ旅の話をした。さすが大阪人、トークがさえまくっていた。
姫路駅に着くと無料のレンタサイクルがあった。僕は早速手続きを済ませると自転車にまたがった。目指すは姫路城だ。城下町で朝飯に焼きたてのメロンパンを買うと目の前はもう姫路城だった。

いやぁ、うつくしい城だ。入場券を買い中に入ると見覚えのある後姿が見えた。昨日ユースで相部屋だったBMW乗りの人だ。年は30半ばくらいだろうか。彼は二度目の姫路城らしく僕のガイド役になって一緒に城をまわってくれた。
姫路城にはあの有名な幽霊、お菊さんが出るというお菊井戸があった。僕はホラーが苦手なので写真を撮ろうか迷ったが幽霊は写っていなかった。
さて、旅もそろそろ終わりだ。大阪に戻り回転寿司に行った。隣に座ったのはベトナムから留学してきた大学生だった。彼女は恐る恐る寿司を手に取るのだが生ものが苦手らしい。回転寿司なので戻すわけにもいかず僕が処分してあげた。正直きつかった。
本当に食い倒れた僕は、その夜の夜行高速バスで東京へ無事到着したのだった。その日の授業には何とか出席したものの爆睡してしまった。ちなみに出発前の試験は無事合格していました。