Dnbstep/Dnbdance

ここでは、ロシア発祥の歴史として紹介していこうと思う


私が考察するDnbdanceの歴史

2007年頃既に流行っていた所謂クラブダンスの類のtecktonik(テクトニック)、jumpstyle、shuffleに乗じてdnbstepという小さな流行りがモスクワで生まれたのが始まり。
当時のdnbは今でいうオールドスクールでファンクな要素が多かったため、疾走感のある踊り(dnbdance)はまだ生まれていない。
ちょっと興じるのには良かったはずだ。だがあくまでステップダンスなので、hiphop、lock、poppinなどのダンスとはまた類が違う。ライブやレイブ、クラブに行って音に合わせて自由気ままに踊れるというメリットは今も変わらない。
初めは一人のハンガリー人が、pendulum - talantula(2007/08/06)に合わせて自分自ら、Techstep(2007)と称したステップをYoutubeにアップした事をきっかけに次々と他のハンガリー人も感化されることで、広まっていった。
その後、それはDnbstepと名付けられ、ヨーロッパで広まる。(oldschool)もちろんロシアにも広まり、ロシア人もoldschoolをしていた。
イギリスでは、このoldstyleが続けられていて、今(2016)でも彼らが後々に出しているdnbstepチュートリアルが沢山見ることができる。
さらにその後Szmess(2009最盛期)というハンガリー人が自らのスタイルをYoutubeにあげ、普及に貢献した(このスタイルがNewschoolの流行りの根源)。
勿論その後、さらにインターネットで広まったのは言うまでもない。
それに目をつけた一人のロシア人Kakoc(2009最盛期)が模倣したことでハンガリーよりロシアで本格的に広まった。
これをみたロシア人たちが徐々に今のNewschool styleになるまでスタイルを改変していく。
その結果、ロシアでのdnbstepとヨーロッパでのdnbstepはスタイルが完全に異なるものになり、
ロシア人達は自分達のスタイルを"step"ではなく"dance"、
即ち"dnbdance"と名付ける。
(Youtube内でも、stepとdance両方散見されるのはこのため)


Szmessという人がdnbstepの文化を作り上げたのが事実だが、kakocの方が影響が大きかったようだ。
勿論両者の間でどちらが先に始めたのか議論になったのはKakocの一番最初の動画内のコメントを見ればわかるだろう。
4apaというロシア人も同時に動画を出しているが、ここでは発症の源はKakocということにしておく。
その後の2010~2011にかけて、モスクワ周辺で著しい勢いでひろまる。
モスクワの南東サマーらでも活発になり、
サマーラのRaisky dance schoolでもAmerican idiotkaがダンス講師としてdnbstepを教えることもあった。(現在2016年ではしていない)
この時期にOniksやPlageatなどの偉人が現れている。
ステッパーの中には動画サイトYoutubeやロシアのSNS VKにダンス動画をアップする者が多く、
それを機に 2011~2015にかけてチェコ、イタリアでも模倣する者がでてきている。
今の”Qiist”、”Skyten”などがそう。
しかし2016年の今、ロシアでは流行りの山場を越えたのか、現在ほとんどのステッパーが引退している。
2016年8月にモスクワでdnbダンスバトルが行われる予定だが、古き偉人達はもうとっくにやめている。


ーまとめー ロシアロシアうるさくて申し訳ない。(筆者はロシアにはまってしまいました笑) dnbdanceはやり方を知っていれば難しくない。
ただあまり認知されていないので、やり方を見出すのに一苦労する。
今でもdnb"dance"より"step"のほうがはるかに認知されている。
日本でも"ライブキッズ"と呼ばれる人たちがdnbstepをしているが、
使う音源が元祖Dnbではなくロックバンドの音楽だったりアニソンのdnb remixだったりと
多種多様な変化を今日も遂げている。