大気中の炭酸ガスの増加が植物の生長に及ぼす影響
大気中の炭酸ガス濃度が高まると、地球全体の気温が上昇し、生態系に様々な影響を与えます。これまで、
炭酸ガスの濃度が高まることは、農作物の収量に対してはプラスの効果を持つとされてきましたが、これは閉鎖的な環境
での試験から導かれた結果でした。最近、オープンフィールドでの試験が可能となり、従来の考え方に疑問が投げかけられて
います。
1. 炭酸ガスの増加による地球温暖化
地球は太陽から可視光線や近赤外線として太陽エネルギーを受け、大気層や地表面でこれを吸収し、熱エネルギーに変換します。
また、地球は吸収した太陽エネルギーと等量のエネルギーを赤外線として、宇宙空間へ放出しますが、炭酸ガスなどの気体が
放出された赤外線をつかまえ、宇宙空間に逃がさないようにするため、地球の周りの気温が上昇します。これを温室効果
と言い、赤外線をつかまえる気体を温室効果ガスと呼んでいます。温室効果ガスには、炭酸ガスのほか、オゾン、メタン、
亜酸化窒素、フロン、水蒸気などがありまが、炭酸ガスが地球温暖化への寄与率が最も高いので(51%)、
炭酸ガスの排出抑制が叫ばれているのです。メタンは、量的に少ないのですが、赤外線をつかまえる力は炭酸ガスよりも強いので、
寄与率は20%で、
メタンの増加も大きな問題となります。水蒸気も熱をよくつかまえますが、雨となって循環しますので、地球温暖化の
原因にはなりません。
2. 炭酸ガスの増加と植物の生長
化石燃料の燃焼と炭酸ガスを吸収する森林の減少により、大気中の炭酸ガスの濃度がだんだん高まってきて、地球が温暖化しつつ
あるといわれています。このように、大気中の炭酸ガス濃度の増加が気候に及ぼす影響が、ここ何十年間の
懸案事項となっています。これまで炭酸ガスの増加は植物の生長にプラスの効果をもたらすと考えられ、「気候変動」という
暗雲に一抹の希望の兆しを与えていました。
植物は光合成により、大気中の炭酸ガスと水からデンプンを作ります。この時、大気中の炭酸ガスのみを用いる植物を
C3植物といい、イネ、ムギ、ダイズなど多くの主要作物が含まれます。
C3植物にとって、現在の炭酸ガス濃度(380 ppm)は
不足で、炭酸ガス濃度を高めると、植物生産はほぼ直線的に増大し、800-2,000 ppmで
飽和状態に達すると考えられています。
これに対して、大気中の炭酸ガスだけでなく、植物体内で生じる炭酸ガスも光合成に利用する植物もあり、
これをC4植物といいます。
トウモロコシ、ソルガム、シバなどがC4植物に含まれます。
このように、C4植物は炭酸ガスの利用効率がよいので、
現在の炭酸ガス濃度(380 ppm)で十分で、それ以上
濃度を高めても光合成の活性は高まりません。
それでは、炭酸ガスの増加による地球温暖化で、農業生産はどのように変わるでしょうか?
これまでの多くの研究は、炭酸ガス濃度の増加は主要作物の収量に対してプラスの効果がある事を示しています。これは直接的
には炭酸ガスの増加により光合成が高まり、間接的には作物の水分要求量が減るからです。前者により作物は生産を高め、
後者により作物は乾燥に抵抗性となります。
炭酸ガスの増加が農作物の収量におよぼす影響を調べる試験は、これまで温室などの閉鎖系で実施されたもので、
温度、湿度、日照などの生育条件を人為的に現在と同じ条件に調節し、炭酸ガス濃度のみを550-600 ppm
に高めたときの、光合成量や収量を測定したものです。これらの試験によると、将来の穀物収量
は20-30%高まると言われてきました。
最近FACE(the free-air concentration enrichment)
という新しい技術が開発され、より実現性の高い収量予測が可能になってきました。典型的なFACE試験
は、穀物畑の中に直径20mの円形の試験区を設け、風上から作物表面に向けて炭酸ガスを
送るもので、風の方向、風速により、炭酸ガスの放出量や位置をコンピュータ制御で行います。このシステムは播種から取入れまで
常時働くように設計され、炭酸ガスの設定濃度は、
550あるいは600ppm(±10%以内)
に保たれます。炭酸ガスが増加すると、水の蒸散が減少し、
従って蒸発熱も少なくなるので、日中は試験区内は外部よりも若干温度は上がります。
このようなFACE研究ネットワークは世界中にあり、自然あるいは半自然生態系に適用されていますが、
農作物や牧草地に適用されているものは比較的少なく、米国、スイス、ニュージーランドなどで実施されています。
日本には、静岡県のイネの栽培で試験が実施されています。
過去十数年間のFACE試験の結果、炭酸ガスの増加が作物に及ぼす影響は、過去の閉鎖系での研究で
予測されたレベルの半分に満たないことが分かってきました。特にC4植物では、乾燥に対して
強くなることは認められても、収量の増加は全く認められません。
これが正しいとすれば、これまでの収量予測はあまりにも楽観的
であるかもしれません。
2001年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、
「炭酸ガス増加により温度が上昇するので生産性は高まるが、適温を超えると収量は減少する。炭酸ガス増加の穀物収量に対する
プラスの効果は実験室条件では認められているが、これは熱帯作物や栽培条件があまりよくない作物には当てはまらない」
と結論しています。
地球温暖化が農作物の生産に及ぼす影響の予測は楽観的で、地球温暖化によってもたらされる懸念のリストでは、
下のほうに入っていましたが、FACE試験により、これがリストの上位を占めることになるかも
知れません。
炭酸ガス濃度が高まって光合成が活発になっても、これがバイオマスや収量の増加には、必ずしも
繋がっていないことも明らかになっています。この原因はまだ分かりません。今後この原因を解明し、
遺伝子工学などの高度な技術を駆使して、高炭酸ガス濃度に適した作物を育成することが重要課題となるでしょう。
そうすれば、食糧問題を懸念リストからはずすことが可能かもしれません。
この問題を提起したLongらは凶事を予言する人(Cassandra)
のように思えますが、「地球温暖化への適応」に対して
創造的な提案をした人達であると受け取りましょう。
3. 黒を緑に変える
19世紀の終わり、探検家のHerbert Smith は、アマゾンの
「黒い大地」で育つサトウキビの見事さについて詳しく述べています。その秘密は、きめが細かく、真っ黒いロームからなる
肥沃な「黒い大地」にあり、表土の深さも1ー2フィートにも及びます。
最近フィラデルフィアで開催された土壌学の世界会議で、専門家たちが、今は荒廃した「黒い大地」を取り戻し、これを
21世紀の炭素の蓄積と生物燃料生産の場所に変える計画について討議しました。
「緑の革命」が開発途上国の植物に与えたと同じ影響を、世界の土壌に「黒い革命」をもたらせることを目的とするものです。
アマゾンの「黒い大地」は川の沿岸に棲んでいた原住民がいろんなものを燃やして黒焦げにしたゴミを大地に捨てることによって
できた肥沃な土地で、古いものでは7,000年も前のものと考えられています。この土は、
周りの土壌に較べて、リンと窒素を3倍含んでいるといわれています。その色から分かるように、
この土は炭素の含量が多く、近隣の土壌が炭素はを0.5 %含むのに対して、
「黒い大地」は炭素を9 %含んでいます。
未開人は炭を土に混ぜて、肥沃にすることを考えるほど賢かったのでしょうか?
この計画のきっかけはオランダのWim Sombroekの研究にあります。
1944年、彼が10才の時オランダ飢饉に遭い、彼の父親が
灰や燃えかすを土にまいて、土を黒く肥沃にしたおかげで、僅かな土地でも生き延びることができたということです。
彼がアマゾンに初めてやって来て、緑豊かな黒い大地を見た時、自分に生を与えてくれた僅かな土地を思い起こし、「黒い大地」
を取り戻すための研究を開始しました。
土を黒くするのは主に炭によるものです。炭は有機物が酸素欠乏状態でくすぶる時に作られます。
炭の粒子は水や栄養物質をよく吸収し、これらの流亡を抑えるだけでなく、微生物の棲みかともなり、微生物が土壌を、
多孔質で、芳香のある黒い土に変えるのです。
土が蓄えることのできる炭素の量は驚くほどで、「黒い大地」1 ha
(深さ1 m)で、250トンの炭素を含んでいます。
これに対して、普通の土では、多くても100トンに過ぎません。
余分に含まれる150トンの炭素は炭からのみ由来するものではなく、炭があるために増えたバクテリア
の死骸などにも由来し、1 haに育つ植物の炭素量よりも大きいということです。
「黒い大地」計画がうまく進めば、年間95億トンの炭素を蓄積すると見込まれ、この量は、
化石燃料の使用で排出する炭素量を上回ります。農業から出る残渣はいたるところにあるので、これを炭に変えて利用する可能性は
無限に存在します。そのようなわけで、炭を農業ビジネスに組み込む道を探る研究が開始されています。
問題は農業廃棄物をめぐる新しい競合相手にあります。植物の主成分は細胞壁に存在するセルロースで、これを
人は消化できません。セルロースの利用法は長い間考えられてきましたが、最近は
生物燃料としてのエタノール生産の原料として、米国ではトウモロコシ、ブラジルではサトウキビを用いています。
農業廃棄物を燃料にするか炭にするかの選択を迫られた場合、誰でも燃料の方を選ぶでしょう。特に補助金が出るとすれば
尚更です。米国では、セルロースからエタノールを作る事業には補助金が約束されています。
ジョージア州のある会社は農業廃棄物を炭に変えると同時に、燃料を作る装置を考案しました。
農業廃棄物料を燻して(専門用語では熱分解して)、揮発性の有機分子から燃料を作り、残渣を炭にして土に
戻せば、炭素の蓄積となると共に、作物の生長を助けます。この方法を採用すると、廃棄物を直接燃やすよりも、大気中に排出される
炭酸ガスの量は少なくなるということです。
このパイロットプラントでは、1時間に10-25 kgのピーナツの殻などを
処理することができます。バイオマス100 kgから、46 kgの炭素
と5 kgの水素が得られ(水素は水蒸気の熱分解から得られます)、これは水素燃料車
を500 km走らせることができます。
最初はエタノールなどの燃料を得るのが目的であったものが、偶然プラントの周りに生えてきたカブ
が大量に収穫されたことから始まりました。
この技術は未解決の問題を多く残しています。未解決の問題だけが「黒い革命」の唯一の障害ではありません。もう一つの問題は、
炭酸ガス排出規制の国際的取り決めである京都議定書のフレームワークの中に、この炭の有効利用が取り入れられないことです。
先進国が開発途上国を支援し、炭酸ガスの排出権を得ることが出来るという「排出権取引」に、炭の利用が取り入れられ
ることを目指して、研究が進められています。そのため、この技術で「炭素を何世紀にも亘って固定することができる」
という証拠固めを行っています。
だいぶ前の話ですが、ラジオで「森林の酸性雨対策には、炭が非常に有効である」ということを聞いたことが
あります。炭が水素イオンを吸着してしまうからです。
これらのことを考え合わせて、私は炭を環境保全と地球温暖化防止に役立てる研究に期待しております。
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