温室効果ガスをめぐる諸問題
炭酸ガス、メタン、フロン、亜酸化窒素などの赤外線吸収ガスの濃度が高まり、地球温暖化が促進されています。
気温が2-3度上昇すると、世界の降水量や海面水位がどのように変わるか予測することは
困難ですが、人間社会や生態系に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。1997年、
京都で開催された気候変動枠組み条約の第3回締約国会議で、これらの温室効果ガス
削減の努力目標が定められました。各国政府は、足並みの乱れはありますが、目標に向かって努力しています。
ここでは、温室効果ガスに関する最近の話題を紹介しましょう。
1. 植物はメタンの発生源か?
最近ドイツのマックス・プランク研究所のKepplerらがNature 誌に
驚くべき発見を掲載し、これが大きな話題となっていますので、簡単に紹介しましょう。
これは、陸上植物が大気中に多量のメタンを放出しているということで、もしこれが本当であれば、
温室効果ガス *1の収支や
メタン発生源の研究に大きな衝撃を与えるでしょう。
メタンは湿地や水田など酸素不足の状態で微生物が有機物を分解するときに生じるもの、あるいは牛などの反芻動物の腸内微生物
が有機物を分解したときに生じ、おくび(げっぷ)として放出されるものが主な発生源と考えられてきました。これ以外にも、
野焼き(バイオマスの燃焼)やメタンハイドレート *2などからも生じますが、
微生物が作るメタン量に較べれば、量的には僅かです。
Kepplerらの研究のきっかけはクロロメタン(塩素化されたメタン)でした。この化合物はオゾンを
破壊するもので、主に野焼きで生じると考えられていました。しかし、2-3年前、
Kepplerらは生きている植物がクロロメタンを作ることを
発見したことから、野焼きからメタンも放出されるので、植物もメタンを作るに違いないと考えました。
そこで彼等は細心の注意を払った一連の実験を行った結果、無酸素条件下での微生物の作用
ではなく、酸素が存在する正常な生理条件で植物がメタンを作ることを発見しました。しかも、
植物が放出するメタンの量は、大気中に放出される年間量の10-30%に相当する大きさです。
ただ植物がどのようなメカニズムでメタンを作るかについては、全く分かっておりません。
近年、大気中のメタンの蓄積は2千万トン/年の割合で減少しています。一方、
1990年から2000年までの10年間で、
熱帯林の面積は12%以上減少しており、熱帯林の伐採がメタンの減少の
原因ではないかと彼等は考えています。
メタンは赤外線をよく吸収する温室効果ガスで、地球を温暖化します。したがって、気候変動に関する京都議定書では排出規制の
対象となっています。京都ルールでは、炭酸ガス吸収源として、1990年以来植林が行われてきました。
しかし、もしKepplerらの説が正しければ、新しく森を作ることは
炭酸ガスを吸収することによって、温室効果を下げるよりもむしろ、メタンを放出することによって、温室効果を高める
結果になるでしょう。
Kepplerらの驚くべき発見は、植物生理学と気象学の二つの分野の科学者に戸惑いを与えています。
現在の植物生理学は著しく進歩しているのに、何故メタンのような簡単な化合物を見逃してきたのでしょうか?
揮発性の炭化水素を作る植物は多く存在し、これらの大部分は植物の生産物として同定されているのに、
メタンのみが見逃されていたのは信じがたいことです。
気象学者もこんなに大きなメタン発生源を見落としていたことにショックをうけていますが、まだKeppler
らの結果に疑問を持つ人は多いようです。
*1:地球は太陽からエネルギーを受けますが、同じ量のエネルギーを赤外線(熱線)として、
宇宙空間に放出しています。大気層には、炭酸ガスなどの気体があって、これらの気体が地表面から放射される
赤外線を捕まえ、宇宙空間に逃げ出さないようにするため、気温が上昇します。これを温室効果といい、これらの
気体を温室効果ガスといいます。温室効果ガスには、炭酸ガスのほかメタン、オゾン、亜酸化窒素、フロンガスなどが
あります。水蒸気も温室効果ガスの一つで、熱を捕まえる力は強いのですが、環境問題としての地球温暖化ガスには
入りません。
もし、これらの気体がなければ、地球の表面温度は-18oCとなります。金星はガスの濃度が
地球の90倍あるため、
表面温度は477oCで、生物は棲めません。逆に、火星はガスの濃度が
地球の0.007倍とうすいので、表面温度は-47oCとなり、
生物の生息には厳しすぎます。
これらのガスが地球温暖化に寄与する割合は、炭酸ガス(51%)、
メタン(20%)、フロンガス(14%)、
亜酸化窒素(6%)といわれています。
*2:メタンは永久凍土の下や海洋の大陸棚に水と結合した形で大量に存在します。これをメタンハイドレートといいます。
メタンハイドレートの総量は全化石燃料の2倍と推定され、資源のない日本は
これをエネルギーとして利用する研究を熱心に進めています。
2. メタンガスのミステリー
2006年1月にKepplerらが
「植物がメタンガスを大量に発生している」ことを提唱し、大きな話題となりました。
その後7ヶ月間、多くの研究者がKepplerらの発見を検証していますが、
メタンは容易にその秘密を明らかにしません。
この中で、1995年に大気中のオゾンの研究でノーベル賞を受賞したCrutzen
博士はKepplerの発見を支持する論文を8月に発表しました。
Crutzen博士は、1988年に2人
の気象学者による「ベネズエラでは夜間大量のメタンガスが排出されている」という発表を見つけ、
このデーターを基に、熱帯サバンナは毎年3,000-6,000万トンのメタンを放出していると発表しました。
この値はKepplerらが先に発表した値とよく一致しています。
Kepplerらは、隔離温室に種々の植物を育て、植物が排出するメタンの濃度を測定しました。
排出量は僅かでしたが、これを地球規模の植生に当てはめると年間6,200万
ー2億3,600万トンとなり、
地球上の総メタン量の40%を植物が出していることになります。
しかし、全ての専門家がこれに賛成しているわけではありません。生きた植物細胞がどのようにメタンを生産するのか?
分かっていないので、Kepplerらの発見を疑問視する人も多くいます。また,
半信半疑の人達もいます。
温室効果ガスであるメタンは炭酸ガスの20倍もの熱を捕らえます。地球上の
総メタンの発生量は年5億5,000万トンに近いと推定され、
今までに知られている発生源は湿地、水田、ルーメン動物の胃の中、
バイオマスの燃焼、埋立地、エネルギー生産です。そして将来はこれに植物が加わるでしょう。
Kepplerらの説が正しければ、過去何十年間増え続けてきた大気中のメタン量
が、1980年代に横ばいになってきたのは、
伐採による熱帯林の急激な減少で説明がつきます。さらに遡って考えると、氷河期から間氷期に至る気温の上昇は植物が
豊富になり、この植物が発するメタンが熱を捕らえたからであると考えられます。
Kepplerはこの研究で賞を受賞し、少なくとも今後5年間は
この分野の研究を続けることとなり、現在も研究をつづけております。
昨年ブラジルで行った実験で、「種によっては他種の4,000倍もメタンを放出する」ことを、
未発表ではあるが、示しています。
もしこれが事実とするならば、地球温暖化防止のための植林では、樹種を選定しなければなりません。
昨年、European Envisat衛星が熱帯雨林の上空にメタンの大きな雲を検出しています。しかし、
湿地や沼とは対照的に、
遠隔探査ではメタンガスが植物から発生しているということを証明することができません。
大気中の炭酸ガスを測定するために、世界の200箇所以上
でEddy-flux towersが用いられています。これらを利用して、
林冠からのメタンの排出をリアルタイムで正確に測定し、地球規模のメタン収支が正確に推定されることを願っています。
3. Kepplerへの反論
Max Planck研究所のKepplerらによる「植物も少なからぬ量のメタンガスを大気中に放出している」という主張に疑問が持たれていましたが、Nature誌の
2007年5月3日号に具体的な例が報告されましたので、簡単に紹介しましょう。
反論を出したのは、オランダ、ワーゲニンゲンの国際植物研究所のTom Dueck達のグループで、
炭素の同位元素*3(13C)を含む
13CO2中で植物を育て、13Cを含むメタンを分析した結果、13Cメタンは検出できなかったということです。
*3:同じ元素であっても、中性子の数が異なるため、質量の異なるものが存在します。これを「同位元素」といいます。中性子の数が異なるだけで化学的な性質は同じです。炭素の原子数は12ですが、この同位元素の原子数は13です。植物がこの同位元素を取り込んで光合成を行うと、代謝物に同位元素が含まれるので、これを分析すれば、取り込んだ同位元素がどのように変化するか追跡することができます。
彼らはこれが最終的な結論ではないとしながらも、Kepplerらの研究を批判しています。
Kepplerらは植物を空気の流れないプラスチックの箱に閉じ込めているため、陽が当たるとともに温度が上がり、そのストレスからメタンが作られるのであろうというのが、Dueckらの主張です。
イギリス、シェフィールド大学のDavid BeerlingはDueckを支持しています。彼もDueckと同じような実験を行い、メタンが発生しないことを確認しております。この二人の論文から、Kepplerらの理論を潰すことができるとも述べていますが、何故か結果を公表しておりません。また、他にも「未知の発生源、多分嫌気的な発生源があるのではないか」とDueckを支持する研究者もいます。
これに対して、Kepplerらは、
13CO2は植物の代謝に未知の影響を与えるかもしれないし、メタンの生産は植物種によって3桁の違いがあることも考えなければならないと反論しています。彼らはKepplerらの実験を追試し、植物のメタン発生を確認した研究者もいると述べていますが、未だ結果を公表した研究者は見当たりません。
どちらの主張が正しいか?解決にはまだ時間がかかりそうですが、メタン濃度の高い森林が存在することだけは確かです。
4. 水力発電のグリーンなイメージに疑問が持たれている
1980年代、アマゾンの熱帯雨林のかなり大きな面積がBalbina
ダム建設のために水没しました。ブラジルは大きな樹木を失ったのですが、
公害のないエネルギー源を得たので、当時は持続可能な開発の代表例のように思えたに違いありません。
ブラジルは、国内消費エネルギーの80%以上を水力発電でまかなっているのです。
ところが、最近の研究から、水力発電に赤信号が灯ってきました。水力発電の地球温暖化に及ぼす影響は、同じ規模の火力発電よりも
大きいということです。もしそれが本当であれば、現在のエネルギー戦略は、特に開発途上国で、考え直さなければなりません。
問題はダムの中の有機物にあります。ダムを建設して水が張られたとき、大量の有機物が水没し、
これが分解して、メタンと炭酸ガスになります。ダムから水を放出するとき、ラムネの蓋を開けたときに炭酸ガスが噴出すると
同じように、これらのガスが放出されます。特に、メタンは炭酸ガスの20倍以上温暖化効果を持つので、
大きな問題となります。
ある計算によると、年間9,500万から1億2,200
万トンのメタンがダムから放出されているとのことです。
これが正しければ、全地球上のメタン放出の推定量を20%増やさなければなりません。
2006年12月、ユネスコが開催するパリ会議に研究者が集い、
ダムが放出するメタンの量についての討議が行われることになっています(すでに行われたと思います)。
地球温暖化防止のため、京都プロトコール(議定書)が定められ、足並みは必ずしも揃っていませんが、各国は
その目標達成のための努力をしています。その一つとして、
先進国が発展途上国のクリーンエネルギー計画に資金を提供するシステムがあり、水力発電計画は資金援助が受けられます。
この問題に対して、気候変動に関する国家間パネル(IPCC)が、どのような結論を出すか注目されます。
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