バイオ燃料
ほとんど無限に存在する太陽エネルギーを捕らえる方法として植物を用いるという考え方は、将来実用化の可能性は高く、
夢のある魅力的なアイディアです。しかし残念なことに、屋根の上に並べられたソーラーセルに較べると、植物の太陽エネルギー
転換は非常に非効率的で、非常によく管理された森林でも、
平均1-2 W/m2を蓄えるのがやっとであるとのことです。
しかしその反面、植物は水と栄養が適度に与えられれば、太陽エネルギーを利用して自分で育つのでコストがかからないし、
その過程で炭酸ガスを吸収するので環境にとってプラスとなり、その炭素を安定な有機化合物に変換することができます。
この有機化合物にある程度のコストをかけ、工夫をすれば、炭化水素*1燃料
に加工され、ほとんど手を加えなくても車、トラック、飛行機に利用できます。化石燃料輸入の安定性や地球規模での石油の生産
を懸念する国にとって、これは非常に重要です。
今までは効率が悪いために植物は地球規模のエネルギー問題の解決にはならないと考えられていましたが、石油価格が高値安定で
ある限り、石油不足に悩む交通機関にとっては、カーボンニュートラル燃料(大気中の炭素量の収支がゼロとなる)の資源として、
大きな潜在能力を持っています。
*1:炭素と水素からなる化合物で、その代表である直鎖飽和炭化水素は
CnH2n+2で表わ
されます。メタン、エタン
などは気体ですが、炭素数が大きくなるにつれて、液体から固体になります。
2006年12月、Nature誌がバイオ燃料
についての特集を掲載しましたので、これを要約してここに紹介します。
第一は、世界で最も実質的な成功を収めているブラジルのサトウキビを原料とするエタノール産業の現状、影響、将来性について
述べ、、
第二に、アメリカが力を入れているトウモロコシを原料とするエタノール産業、さらにこれを発展させて農作物残渣や木材の
セルロースからエタノールあるいはその他のアルコールを作る可能性に注目します。
第三では、石炭を熱化学的に液化する技術とこの技術をバイオマスに応用してバイオ燃料を作り出す方法について、将来の見通し
について解説します。
1. サトウキビを原料とするエタノール産業
ブラジルでは、サトウキビから作られたアルコールをライムジュースと少量の砂糖を混ぜ合わせてカイピリーニャという飲み物
を作り、これを飲んで週末を大いに楽しむとのことです。ウイークデイには、サトウキビから作られたエタノール
(エチルアルコール)を燃料タンクに入れて車を走らせます。ブラジルのガソリンは大部分がガソホール
(gasohol、ガソリンに10%程度アルコールを混入したもの)で、
現在は23%のエタノールを混ぜることが認められています。
1930年代からサトウキビから作られたエタノールを燃料として用いておりますが、
1970年代に、OPECの原油価格が上昇してからは、政府が代替燃料の
使用を推奨しています。
熱帯に位置するブラジルはサトウキビの生長には最適の場所で、世界で最大のサトウキビの生産国です。二番目のインドの
約2倍を生産しています。サトウキビから蔗糖液を絞り出し、酵母によりアルコール発酵させ、
蒸留してエタノールを作ります。絞りかすは燃やして、この生産過程の動力源とします。
最近数年間の石油価格の高騰と石油とエタノールの混合比が変わってもこれを感知し、調節できる
「代替燃料車、(flex-fuel車)」が出現したお陰で、ブラジルのバイオエタノール産業は新たな
発展を見せています。この代替燃料車は2003年にマーケットに現れ、現在は
ブラジルの新車の半分以上を占めています。リッター当たりの走行距離は20-30%少ないのですが、
ガソホールの価格は石油価格と地方税によって変わるので、ガソリンとガソホールのどちらか有利な方を選ぶことができます。
そんなにうまい話か?
代替燃料車の出現で、ブラジル国内のエタノール市場は広がり、
その生産は2001年に日産192,000 バレルであったものが、
2005年には282,000バレルになっています。
2010年までに日産442,000バレルに引き上げる計画です。
とはいっても、石油もまだ多く使用し、2006年の初めには一日あたり200万バレル以上を消費しています。
しかし、ブラジルの車の燃料の40%は自国産のエタノールです。
失業率10%の国で、サトウキビ産業は、100万人以上の労働者を
支えています。絞りかすを動力として作ったエネルギーを送電所に売っています。
石油を燃料とする車が空気中に放出する炭素は化石燃料から出たものですが、エタノールから出てくる炭素は、
ほんの2-3年前に
空気中にあった炭素で、これをサトウキビが捕らえ、光合成の魔術を働かせたものですから、炭素の収支には関係がありません。
これだけでは、サトウキビはただで手に入いり、いいとこだらけのように聞こえるかもしれませんが、
サトウキビを育て、収穫し、発酵させて蒸留し、これを配送するのは大変な仕事です。サトウキビを育てる窒素肥料、
収穫のための燃料など他からのエネルギーも必要としています。また、土壌浸食、温室効果ガスである窒素酸化物
の発散などの悪い副作用も持つています。これらのマイナス面を考えても、エタノールは見かけどおりに良いものでしょうか?
サンパウロ州のサトウキビ工業で、肥料生産、農業機械などに要するエネルギーコストは
サトウキビ1トン当たり25万キロジュールで,
これに対して、サトウキビ1トンから、エタノールおよび絞り粕の燃焼から得られるエネルギー
は200万キロジュールで、8倍のリターンであるという試算もあります。
これは後述する米国のトウモロコシからのエタノール生産に勝っています。その理由は、サトウキビ畑を歩いて茎をかじったことの
ある人ならば誰でもわかるとおり、サトウキビが生産するのは蔗糖で、トウモロコシが生産するデンプンよりも、エタノール生産
の原料として勝っているからです*2。
おまけに、サトウキビは投入エネルギーが少なくてすみ、現在その大部分を生産しているブラジルの生産地では、灌漑の必要もあり
ません。サトウキビは切り株から再生長してきますので、5年毎に耕し植えつけを行っています。
その間は、収穫毎に収量は少しずつ
落ちますが、収穫を繰り返すだけでいいのです。
これら全ての理由から、サトウキビを原料とするエタノールは現在世界で一番製造コストが安いエタノールです。
リッター当たりの製造コストは25セントで、ガソホールに混ぜる
無水エタノールの商品価格は27セントです。
それ故に、莫大なお金がサトウキビ生産に最も適したブラジル中央―南部地域に投じられています。ブラジルの
サトウキビを原料とするエタノールが地球上の最も優れたバイオ燃料になると考えられるからではなく、その他のバイオジーゼル、
ブタノール、液化石炭、現在流行の先端にあるセルロースエタノールなどの液体燃料技術の多くが世界中で、投資の対象として
魅力があるからです。投資家は、市場がどのような結果を出すかを見極めるまで、あらゆる可能性に賭けているのが現状です。
*2:蔗糖はブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)からなる二糖類で、デンプンはグルコースが
多数つながった多糖類です。エタノールはグルコースからアルコール発酵で生産されますので、デンプンを原料とするよりも、蔗糖を
原料とした方が有利となります。
セルロースはデンプンと同様、グルコースが多数つながった多糖類ですが、つながり方が異なり、デンプンよりもこれを
グルコースに分解するのが困難です。シロアリの中腸内や牛の胃内の原生動物がセルロースを効率的に分解します。
バクテリアにもセルロースを分解するものがいますが、それほど効率的なものは見つかっていません。
燃料供給の変化
ブラジルのみならず世界中の国もエタノールには興味を持っていますので、燃料そのものとして、あるいは
添加物*3として、ブラジルのエタノール輸出は伸びています。
*3:環境上の理由で廃れかかっているアンチノッキング剤
methyl tertiary-butyl etherに代わるものとして用いられています。
ブラジルの企業はエタノールの輸出を活発に進めています。ブラジル最大の石油会社Ptrobrasは、
ブラジル中央部から南部の港までエタノールのパイプラインの建設を計画しています。
エタノールの輸送にパイプラインを使うと、輸送中に湿気や不純物を吸収する恐れがあるため、
これまでは問題視されてきましたが、2007年1月に建設が始まる
とのことです(多分現在は工事が始まっているでしょう)。
外国の市場が全て容易に開拓されるわけではありません。米国は、ブラジル産エタノールの輸入が増加したことから、
政府が補助金を出して支援しているトウモロコシを原料とするエタノール製造企業を保護するため、14
セント/リッターの関税を課すこととなりました。Bush大統領の弟で州知事を務めている
Jeb Bushはアメリカ中西部から高いエタノールを買うよりもラテンアメリカから安いエタノールを
買うことを望んでいるため、大統領との間に対立が生まれたとのことです。
環境保護主義者もバイオ燃料に注目しています。エタノール燃料生産に用いられる1トンの
サトウキビは、同じ量のエネルギーを得るための石油に較べると、炭酸ガス220.5 kgの放出を減じる
とのことです。従って、ブラジルは、年間2,580万トン相当の炭酸ガスの放出を減じていると
推定されます。米国エネルギー省もブラジルの炭酸ガス排出量が少なからず減少していることを認めています。
しかし、エタノール産業に伴う環境への危惧もあります。肥料や燃料だけでなく、農薬や焼畑から出る液体老廃物や煙などの
汚染物質も計算に入れなくてはなりません。Washington州立大学のグループによる
と、ブラジルのエタノール産業は、広い視野から見ると、環境に悪影響があることを述べています。
もちろんこれに対する反論もあります。現在環境に悪影響があっても、効率化が進めば、改善されると考えられます。
例えば、蒸留の残渣は今まで川に投げ捨てられていたのですが、今はカリウム肥料として畑にまかれています。
マチェーテ(中南米で用いられているナタ)で収穫するのを容易にする焼畑は、法律で禁止されるとともに、機械による収穫に
より減っています。耕起を減らすかあるいは全く耕起しない植え付け方法が研究され、
土壌浸食も減少するに違いありません。
最も大きな環境上の懸念は、エタノール工業が広がるとその行く手の森林を荒廃させ、その結果生物多様性が減少し、
蓄積した炭素が放出されることです。しかし、ブラジルは広いということを忘れてはなりません。
ブラジルはサトウキビ畑を大きく広げるには十分なほど大きく、食用作物を減らすことも、熱帯雨林を切り開いてサトウキビ畑を
作る必要もありません。サンパウロ州は英国に匹敵する大きさです。
ブラジルはすでに世界一のサトウキビ生産国ですが、サトウキビは、歳入面では第4番目の商品に
過ぎません。家畜、鶏、ダイズはもっと多くの収入をもたらしています。サトウキビ畑を広げるのに制約となるのは土地ではなく、
むしろ資本なのです。
栽培域
ブラジルのサトウキビ畑は8億5,000万haの国土のうちの570万haを占めています。中南部にサトウキビ産業が進出可能な放棄された農地や牧場がすでに1億haあります。
またブラジルには2億haのセラード(ラテンアメリカのサバンナ)
があり、その70%近くがすでにサトウキビに代わっています。サトウキビには乾燥が必要なので、
熱帯雨林を切り開いて植えつける植物ではありません。この面では、バイオジーゼルに最も適したパーム油よりも、サトウキビは
環境に対して優しいのです。バイオ燃料を得るためのパームヤシの植林はインドネシアで熱帯林に対して重大な影響を持っています
が、ブラジルではバームヤシは今のところ大きなビジネスにはなっていません。
総じて、サトウキビ生産による環境問題は、ダイズや家畜でもたらされる土地利用問題により、小さく見えますが、
やりかたによっては、悪くなるかもしれません。サトウキビ栽培を推し進めると、ワタ、ダイズ、家畜などアマゾンで育つ
作物が追い出される可能性もあります。
サトウキビが長期間持続する保障はありませんが、されどサトウキビ以外の農作物にも持続の保障はありません。
地球全体の石油生産の1/10をエタノールに置き換えるためには、ブラジルのエタノール生産
を40倍程度高めなければなりません。それはほとんど不可能でしょう。
2014年までに2倍になると見込まれています。新品種を
開発して、収量を2倍にする努力もされていますが、あまり進んでいるとも思えません。
最もサトウキビに熱心なブラジルが開発した技術を、ラテンアメリカあるいはその他の国に広めることに注目が集まっています。
すでにエタノール産業は、世界の砂糖の価格を左右するほどのビジネスになりつつあり、石油市場の変化に対応して、変化してい
ます。だから一杯のカイピリーニャの価格もOPECの操作に左右されています。
2. トウモロコシを原料とするエタノール
米国中西部のコーンベルトの農家に支払われている補助金は環境面では疑問が多く、単に政治的な目的しかないとの批判の声も
少なくはありませんが、コーンベルトの中心であるアイオワ州は、大統領予備選の始まる州で、全ての候補者はエタノールの
原料としてトウモロコシを用いることを支持しています。大統領予備選ではアイオワ経済に良いものが支持されますが、これは環境
に対しては、必ずしもよいとはいえないようです。
トウモロコシを育てる肥料、収穫、輸送、精製などエタノールを作るのに要するエネルギーとこれを燃焼して得られるエネルギー
を比較すると、最も条件のよい場合でも2倍の純益に過ぎません。にもかかわらず、
1980年以降、米国のトウモロコシを原料とするエタノール(コーンエタノール)生産は、
平均6,500バレル /日(100万リットル/日)
から260,000 バレル/日に伸びており、2010年までに
これを2倍にすることが計画されています。しかし、
2006年、Bush大統領が、米国のエネルギー安保のために、
政府はセルロース(植物の茎葉や木質部を原料とする)からエタノールを製造することを進め、6年
以内にコーンエタノールと競合するバイオ燃料になるであろうと表明して以来、コーンエタノールの人気は徐々に衰えているようです。
トウモロコシが蓄えるもの
トウモロコシがエタノールの原料として用いられるのは、トウモロコシの実がデンプンを多く含むからです。デンプンはグルコース
が規則的に結合したもので、容易に分解されてグルコースを得ることができます。
不利な点は、トウモロコシは多量の肥料、水、農薬が必要なここと、光合成で作ったデンプンをそれほど多くは穀物に蓄積しない
ことです。多くのグルコースを茎葉に送り、セルロースに変えて外部構造に蓄積します。セルロースは非常に分解しにくいので
す。
デンプンや蔗糖のような容易に利用できる形のエネルギーを多量に蓄積できる植物は、何千年もの進化で得られた変わり者で、
サトウキビだけが熱帯に生育し、しかもエネルギーをバイオエタノールを作るのに容易な蔗糖に
変えることのできる魅力的な植物です。大部分の植物は太陽から得たエネルギーをセルロースやその関連化合物である
ヘミセルロースに蓄積し、木本植物ではリグニンという別の化合物にして構造の中に蓄えます。
セルロースは植物の細胞壁を作り上げ、デンプンと同様に6つの炭素がつながった糖
(グルコース、C6H12O6)
のポリマーです。一方、ヘミセルロースは多くの糖を含みますが、主成分は5つの炭素から
なるキシローズ(C5H10O5)
から成り、いろいろな分子が枝分かれのした複雑な鎖の様につながっています。
リグニンは、セルロースやヘミセルロースを木質に変えるための補助の役割をする化合物で、フェノールが複雑に結合した
大きな分子です。
植物が作るこれらの物質は、原則的には、バイオ燃料として利用することが可能です。しかも、デンプンやグルコースよりも
はるかに豊富に含まれていますが、微生物による分解が難しいのです。従って、現在までセルロースからエタノールを
大量生産して市販するに至った企業はありません。セルロースエタノールを市場化するための技術開発が必要ですが、
まだ最良の方法は見つかっていません。技術開発には、租税優遇措置など政府のインセンティブが解決策の一つとなるでしょう。
小規模の企業がすでに技術開発に手をつけていますが、大規模の企業もこれに加わる必要があるでしょう。
セルロースからエタノールを作るのに最もコストがかかるのは、バイオマスを前処理して、ポリマーからグルコースに変えるた
めの酵素反応を容易にする過程です。典型的な前処理は、原料を機械的に圧縮あるいは切断して、酸、過酸化物、
アンモニアなどで化学的に処理し原料の容積を減らす処理です。この前処理をしないと収率は著しく落ちるので、コスト削減のため
にこれを省略することができません。少ない化学薬品ですみ、投入エネルギーが少なく、グルコースが高収率で得られる
前処理技術の追求が進んでいます。
前処理の次の過程は、ポリマーを切ってグルコースにする過程で、この過程はバイオテクノロジーの技術を用いれば、改良できると考えられます。
フロリダ州に本拠を構えるDyadic社は、もともと石で洗ったジーンズを製造するための軽石の
大手メーカーでしたが、デニムを擦るために開発した酵素を木質をぼろぼろにする技術に応用しました。この反応は自然界では
カビ類が行っています。この会社はロシアでたまたま見つかったカビが木質を繊維状に砕くことに注目し、このカビを
プロセッシングや遺伝子工学の技法によって改良し、今では特許となっています。このカビの全塩基配列は決定され、セルラーゼや
キシラナーゼ(セルロース、ヘミセルロースを分解して発酵しやすい単糖類に分解するタンパク)の遺伝子を過剰に発現させること
ができます*4。
*4:2007年4月19日
のインターネットによると、オランダで象の糞の中から糖を効率的に分解する菌が見つかり、これの実用化を目指すという
記事が掲載されました。まだ詳しいことは分かりません。
セルロース問題の解決
米国には年間24億バレルのセルロースエタノールを生産する原料があり、セルロースエタノール
市場は米国で200億ドルになると考えられています。これは燃料としての石油の半分以上を置き換え
ることができるとれると推定されます。(米国では、年間33億バレルの石油が消費されていますが、
エタノールのエネルギー量は石油よりも小さいので、24億バレルのエタノールは石油の半分程度に
相当します)
現在、セルロースエタノール市場をリードしているのは、Iogen社で、カビの酵素を使用して、
セルロースを分解しています。この会社のオタワ工場では、少量ではありますが、麦わらからエタノールを作っています。
これを大量生産するには相当の時間がかかるでしょうが、麦わらを原料とするのでは、年間
16,000バレル(250万リットル)を生産できるに過ぎません。
しかし、前処理とイースト醗酵システムに適した酵素を得るのに重要な段階はすでに済んでいるようで、
アイダホとドイツに新しい工場を建設する予定です。
米国の巨大企業であるDuPont社もセルロースエタノールを手がけているようですが、
技術の詳細は秘密にしていますので、どの会社が大量生産に成功するかよく分かりません。
セルロースエタノール生産はまだ技術的な問題があるため、現在エタノール産業に投資される資金の多くは、
米国内外を問わず、従来のコーンエタノールに投資されています。しかし、
コーンエタノールへの投資熱は衰えつつあるようです。これまで成功していたエタノール製造会社の株価は、
石油の価格が最高値の1 バレル当たり78ドルから下がって以降、
落ち込んでいます。これは、当面は助成金によって利益が保たれるかもしれないけれども、コーンエタノールが、長い目で見て、
エネルギー状況に大きな変化をもたらすことはないことを市場が知っていることを意味しています。
石油の輸入に代わり得るエタノール生産には、背の高い草原の草であるキビ属の草あるいはアジアから輸入されたススキのような
植物をセルロース原料として用いるプロセスが必要です。これらの草はヘクタールあたりのバイオマスがトウモロコシの実よりも
はるかに多く、農業に適さない土地にも生育できる利点があります。これ以外にも農業廃棄物、樹木、エタノール生産に
適するよう遺伝子組み換えされた植物などの利用が考えられます。
バイオ燃料とは別に、熱と触媒を用いる全く別の方法でバイオマスを燃料に変える方法もあります。
この方がやっかいな酵素による魔法の発酵が必要ないというのが主な理由です。
アメリカのコーン・エタノールのブームは去った
米国では、バイオ燃料への投資熱がコーン・エタノール生産のうねりを起こし、トウモロコシの価格を押し上げてしまいました。もともとトウモロコシを原料とする以上、食糧・飼料と燃料との競合は避けられないと考えられていましたが、これが、現実のものとなっています。昨年の飼料用トウモロコシの価格は2倍になってい
ます。2000年と較べると、コーン・エタノール生産がほぼ2倍になったことを考えれば、トウモロコシ価格の高騰は驚くべきことではありません。近い将来、新しい工場の建設や既存工場の拡張があれば、さらに価格は高騰するでしょう。米国のエタノール産業が原料として用いるトウモロコシは、2000年以前は全生産量の5%に満たなかったのですが、2007年に
は、20%近くになるでしょう。
エタノールブームはエネルギー安全保障とエネルギー自給から生じたものです。アメリカでは、2012年までに280億リットルの石油をバイオ燃料に置き換えるという法律が2005年に成立しました。さらに、2007年に
は、2012年までに2,270億リットルに引き上げるという法律案が提案されました。一方、消費者は石油にエタノールを混ぜると税控除が受けられ、コーン・エタノール産業は関税によって外国との競争から保護されています。
また、アンチノッキング剤、methyl-t-butyl ether(MTBE)、の代わりとしてエタノールが使用できることもエタノールの需要を高めました。多くの州では、MTBEは健康上のリスクから禁止されています。そのため、MTBEは段階的になくなってきていますが、
まだ750億リットル分をエタノールに代えなければならないとのことです。
これらの要素が、アグロビジネスのメジャーであるArcher Daniels Midland
(ADM)やCargillなどの投資家を引き付けました。
ADMは全米エタノールの20%を生産し、これを25%以上に増やす計画です。これ以外にも100以上の会社が投資に加わっていますが、まだエタノール産業に参画していない会社にとって、投資は数年前はばら色でしたが、今は輝きを失っています。
コーン・エタノールに賛成の人たちは、農家の努力によってトウモロコシの生産は増え、コーン・マーケットは回復すると考えているようです。他方、環境保護者たちは、より多くの肥料や農薬を用いるため、環境にも悪影響を与えることを心配しています。
一方において、アメリカのコーン・エタノール産業は急激過ぎたという反省も聞かれます。米国が石油への依存度を下げるためにエタノールを選ぶのならば、もっと時間をかけて、ゆっくりと展開することが重要で、その間に、エタノール収量の高いトウモロコシを遺伝子組み換えで作出したり、スイッチ・グラス(Panicum virgatum、イネ科、キビ属)や鋸くずのような食糧以外の材料からエタノールを作出したりするなどの技術開発も可能だと主張する人たちもいます。先日のニュース番組
で、Bush大統領もスイッチ・グラスを強調していました。
エタノールに代わるもの
経済的に余裕のある会社は特殊な技術開発に賭けるよりも、基礎研究の方に力をいれようとしています。
BP社は大学に付属したEnergy Biosciences Instituteの設立のため、
10年間で、5億ドルの投資を行うとのことです。
Cambridge大学、Stanford大学、などが候補としてあがっています。
研究の1つは、エタノールを他のアルコールに置き換えることです。
エタノールは発酵により容易に製造できるのですが、水を吸収しやすいので、輸送が困難です。
特にパイプラインによる輸送は困難です。また、腐食性もあり、揮発性も高く、エネルギー量も石油に比べて劣ります。
これらの理由から、BP社とDuPont社は、
エタノール発酵工場でブタノールを生産しようとしています。ブタノールは、炭素が4つの
アルコールで、エタノールは炭素が2つのアルコールです。ブタノールを生産するには、
新しい微生物を育てる必要がありますが、それほど難しい問題ではありません。最初は原料としてその地で採れた
サトウキビを使うのでしょうが、将来的には、セルロースを原料として用いることを目標としています。
精製はエタノールよりもブタノールの方がたやすく、エネルギー産業界はブタノールを求めているようです。
3. 石炭の液化技術の応用
米国のモンタナ州は世界の石炭埋蔵量の8%を持ち、2,400億
バレルのジーゼルを作るに十分な石炭を持っています。この量はサウジアラビアの石油の公式確認埋蔵量に匹敵します。
現在、この石炭を液体燃料に変えるFischer-Tropsch法と呼ばれる化学反応が注目されています。
この反応は固形の炭化水素や天然ガスを液体燃料に変える反応で、この最も大きな利点はエネルギーの安全確保にあります。
この技術を用いれば、米国は国産の石炭を輸入の石油と置き換えることができます。もう1つの潜在的利点は環境に対する影響で、Fischer-Tropsch法で作られた燃料はジーゼルよりもクリーンなので、
ジーゼルエンジン車の排ガスをクリーンにすることができます。特に、米国は今まで、このような技術に
あまり力を入れてこなかったので、この技術の導入は大きな意義があります。
しかし、環境に対して欠点もあります。石炭を液体燃料に変え、これを輸送に用いる過程で、原油から作られたジーゼルを燃焼した
ときの約2倍の炭酸ガスを放出します。気候変動が世界的に注目される中で、過剰の炭素の排出は
問題です。この問題を回避する1つの方法は炭酸ガスを集めて地中に埋めることですが、技術的にも
問題が多く解決はしていません。
もう1つの方法は、原料の石炭を植物バイオマスに置き換えることです。これは魅力的な選択
ですが、これまでのところ、技術的に未熟です。
問題はコストです。現在まで、Fischer-Tropsch法は
他に代替法がない時にのみ用いられていました。これが最初使われたのは、第二次世界大戦の時で、封鎖されたナチスがジーゼルと
航空燃料の90%をこの方法で作り出したということです。この方法は、1932
年、Kaiser Wilhelm 研究所のFranz Fischerと
Hans Tropschが考案したものです。南アフリカはアパルトヘイトに対する経済制裁を受けたために
この方法で石炭の液化を始め、現在も燃料の約30%を石炭液化燃料に頼っています。
石炭から液体燃料を得るには、まず長鎖の炭化水素を高熱、高圧下で水素と一酸化炭素に分解し、反応釜に流し込んで、炭素と
水素を再結合させ、いろいろな長さの炭化水素を作ります。その間に炭素の一部が炭酸ガスとなって放出されます。
水銀や硫黄などの不純物が存在すると反応を阻害するので、液化前にガスから不純物を取り除く必要があります。触媒を選ぶこと
によって、これらの不純物やベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素が取り除かれるので、この方法で作られたジーゼルは
高品質で、普通のジーゼルを燃やした時よりも微粒子が少なくなります。
炭素を捕集する
米国では、全ての石炭の液化燃料プラントは、設計上は炭酸ガスを捕集し、これを除去するようになっているいるとの
ことですが、これまで炭酸ガス問題を解決したものはありません。米国に本拠を置く環境団体によると、仮に炭素
の90%を捕集したとしても、炭酸ガスの放出量は、同じエネルギーを得るための石油を燃焼した時の
8%増であるということです。
中国は、米国と同様、京都議定書の制約を受けていませんが、莫大な石炭埋蔵量を持ち、炭素の除去はやっていそうもありません。
また、2つの石炭液化プラント建設を考慮中ですが、どちらの計画にも炭素除去の計画はない
ということです。
Fischer-Tropsch法による液体燃料製造の原料として、石炭に代わって植物バイオマスを用いると、
製造中に生じる炭酸ガスを除去する必要がありません。排出される炭素はそもそも大気中にあったものですから、除去装置をつけると
炭素収支はマイナス(carbon negative)になります。
その上、リグニンを多く含み、エタノールを製造するにはセルロースが十分でない植物材料でも
Fischer-Tropschシステムは使用できます。また、間伐材やその他の屑木あるいは
セルロースエタノール製造から出るリグニンの多い残渣などにも使用できる可能性があります。
しかしバイオマスを原料とする技術は、石炭を原料とする技術の発達に比べて遅れをとっています。オランダでは、
この製法を精力的に研究していますが、未だ試験的なバイオマスプラントが稼動しているに過ぎません。ドイツの
Choren社とShell社はFreibergに
商業用のプラントを建設中で、この工場では年間15,000トン(11万
バレル/年)の燃料が生産できます。また、木材や農業廃材を原料とする20万トン/年級の施設
を5つ建設する計画が2008年に開始されますが、
このプロジェクトでの総生産量は、2015年にドイツが必要とするジーゼル
の4%を供給するに過ぎません。
もう一つの大きな問題はコストで、1970年代石油価格が高騰した時に建設された石炭液化プラント
のいくつかは、1980年代初め石油価格が下落したため閉鎖されています。石炭液化プラントが長期的
に経済性を保つためには、石油価格が50-55ドル/バレル以上でなければなりません。現在の石油価格
は60ドル/バレルを下回っているので、これでは安定した状態ではないし、石油価格がこの程度に
留まる保証もありません。
バイオマスを原料とする
米国で最も大きい石炭会社のPeabody Coal、石油大手
のChevron、Shell、ExxonはFischer-Tropsch法の開発に
投資しています。この技術を確立するには、大手が儲け抜きでやるか、国産の燃料なら高く買ってくれる人、例えば米国空軍、を
探さなければなりません。しかし、バイオマスを原料とすることにとって、状況は悪化しています。例えばヤナギの木を原料とする
液体燃料が経済性を保つためには、石油価格は70-80ドル/バレル以上を保たなければならないとい
われています。バイオマスを原料として、この製法で燃料を製造するには、炭素税免除や排出量取引の対象とすることなどが
考えられなければならないでしょう。
これが、バイオマス技術が大規模化するまで、バイオマスに代わって石炭が原料として選択される理由です。現在の技術
でも、石炭89%とバイオマス11%を混ぜると、
石炭だけを用いた時よりも炭素の排出は19%減少するということです。
南アフリカは、中国とインドで、石炭液化の採算性を研究しています。中国、インド、フィリピンでは、液化プロジェクトに
対して、政府の支援保証を取り付けています。
ドイツでは、バイオマスからの燃料は、他の燃料に課せられている重い税金が免除されています。
米国は石炭液化燃料プログラムに対して、税控除と資金供与を提案しており、最終的には米国が主導権を握ると自信を持っている
ようです。
これに対して日本は、バイオ燃料に適合するエンジンの開発には力を入れていますが、燃料
を100%輸入に
頼っているにも拘らず、
肝心のバイオ燃料の開発にはまったく手をつけていません。世界のトップレベルの技術力を誇っているのに、何故でしょうか?
この特集記事を読んで、日本政府も代替エネルギー問題に本腰を入れて取り組むべきではないかとつくづく感じました。
4. 大草原にかける夢
バイオ燃料の原料として、サトウキビやトウモロコシを用いる方法について述べてきましたが、今度は原料について、現在世界で
進められている研究を紹介しましょう。
世界には果てしなく続く大草原が沢山存在し、そこには背の高い草もあれば、低いものもあります。セイタカアワダチソウ、
アカツメクサ、アザミやトウワタなど全てが、ほとんど未開拓の大草原に育っています。これがバイオ燃料の原料となるとは
考えにくいかもしれませんが、このような植物はトウモロコシなどと同様、すべてバイオ燃料の原料となり得ます。
アルコールの原料として育てる植物は、食用作物(穀類やサトウキビ)と競合せず、その価格にも影響しないものでなければ
なりません*5。また生態的には、複数の植物が混ざって生育しているほうが
望ましいのです。それは、
多くの種の植物が混ざって生育している複雑な植生の方が、農業の単一作物栽培よりも乾燥や病虫害に強いからです。これらの雑草
のバイオマスの量はトウモロコシの約3倍といわれ、現在エネルギー作物として注目を浴びている
オオクサキビ(イネ科、Panicum属)よりも多いとのことです。
セルロースからエタノールを得るには、バイオマスの量が多ければ多いほど多くの燃料が得られます。
*5:
平成19年4月29
日の読売新聞によると、オレンジ果汁の世界生産量の6割
を占めるブラジルで、オレンジのサトウキビへの転作が進み、世界的にオレンジの生産量が減ったため、オレンジジュースの値上げ
が決定されたということです。
農業には向かない土地でもこれらの植物は育つので、大草原への関心は高まっていますが、これ以外にも品種改良から
遺伝子組み換え植物に至るまで、広い範囲の選択が可能で、これらの研究にも関心が集まっています。
複数の植物を混植するには、違った環境に適合する植物種を見つける必要があります。また、
バイオ燃料を製造する側にとっては、原料は均一な方が望ましいのは当然です。バイオマスを燃料に変える酵素が
いろんな植物の持っている物質で容易に阻害を受ける可能性があるからです。
湿潤な気候では、ポプラ、乾燥した温帯では、オオクサキビ、ススキ、チカラシバなどが原料として最適とされています。
これらの多年草はエタノールの原料としてトウモロコシよりも優れています。トウモロコシに較べて、オオクサキビの栽培には
肥料や水が少なくて済み、その結果 窒素の流亡は1/8、土壌浸食
は1/100に減少するとのことです。現在のセルロースエタノール技術を用いても、オオクサキビは
トウモロコシに勝るようです。
カリフォルニアのバイテク会社Ceres社はバイオマスの量を高め、投入するエネルギーを減らし、
荒地で育つ植物の作出を目指し、これらの性質に関与する遺伝子をシロイヌナズナ(植物界のショウジョウバエやラット
といわれ、遺伝子の解析が進んでいます)で見つける研究を行っています。今までのところ、
バイオマスの量、窒素の利用効率、乾燥、寒さ、塩に対する抵抗性に関与する遺伝子を発見しているということです。
Ceres社はこれらの遺伝子をトウモロコシやダイズのような作物に導入した新品種を作るための
ライセンス契約をMonsanto社と交わしていますが、将来はオオクサキビなどの
燃料植物にもこの技術を応用し、植物の機能を高めることを目指しています。
またオオクサキビやその他の燃料植物に、従来の育種法で、新品種を作出することも手がけており、
オオクサキビの収量を25%高めることにも成功しています。
遺伝子組み換え技術で、望ましい性質を持った植物が作出されたら、その植物の単一栽培が可能となるでしょう。
Fischer-Tropsch法のような熱化学法を用いれば、混植から得られる不均一な原料でもアルコールは
製造できますが、この場合は、環境負荷の軽減にはなりません。現在の技術では、燃料をとるか、環境に良い方を選択するか
の二者択一の関係にありますが、新しい酵素法が開発されれば、この両者を満たす道が開けてくるでしょう。
5. 藻類が見直されている
コロラド州Fort Collinsで、今は廃墟となっている電力会社の駐車場にある大きなタンク一杯に、黄緑色の藻類が繁茂し、春の光を受けて、きらきらと輝いていました。これはヘドロの塊ではなく、
当地にあるSolix Biofuels社が、バイオ燃料を生産する目的で実験的に藻類を育てているプラントなのです。サトウキビ、トウモロコシ、ナタネ、ダイズ、アブラヤシなどからバイオ燃料を作り出すことがブームになっていますが、藻類もこれらの強力な競争相手となり得ると考えられるからです。
Global Petroleum Clubの資料によると、ダイズからは年間ヘクタール
当たり450リットルのバイオジーゼルが作られ、
ナタネからは1,200リットル、アブラヤシからは6,000リットルが作られています。これに対して、藻類はヘクタール当たり90,000リットルあるいはそれ以上を作りだすことが可能だということです。
コロラド州にあるNational Renewable Energy Laboratoryは藻類からエネルギーを効率よく取り出す技術の開発を過去18年間に亘って行ってきましたが、当時は代替エネルギーの必要性がそれほど高くなかったため、1996年にこのプロジェクトを断念しました。その間に、何千種の藻類をスクリーニングして、オイル生産性の高い300種を同定しています。
藻類は、植物と同様に、太陽エネルギーを利用して水と炭酸ガスから光合成によりエネルギーを蓄えます。しかも藻類の繁殖は早いので、毎日収穫できます。オイル生産が最も多いアブラヤシでも、全重量の20%のオイルが採れるに過ぎませんが、藻類では全重量の50%も採れるものもあります。
しかし、藻類を大規模に育てることはそう容易ではありません。オイル含量の高い種は生育が悪いし、年間を通じて高収率は得られないなどの問題があります。また、藻類はひどく繊細で、太陽光が強すぎると死んでしまいます。温度は一定に保たなければなりません。密度が高すぎると生育が阻害されるし、藻類が生産した「老廃物」の酸素は水の中から連続的に取り除かなければなりません。野外で藻類を培養する場合は、水の蒸発と降雨が繰り返されるため、塩類濃度やpHが変わってきます。これが藻類の生育に大きく影響します。また、別の藻類がはびこって、優良系統の藻類の繁殖を抑えてしまうなど、解決すべき問題は山積しています。
Solix社は、コロラド州立大学とビール工場と共同して、小規模な商業プラントをこの秋にスタートさせる計画を持っています。この計画では、ビール工場の発酵から出る炭酸ガスをサイフォンで引き込んで藻類を育てます。また、将来的には電力会社とも協力を持ちたいと考えているようです。1 ギガワットの火力発電は、
年間600万トンの炭酸ガスを排出し、これで16,500ヘクタールの温室に藻類を育てることができるからです。これが成功すれば、バイオジーゼルの生産だけでなく、炭素の捕集にも大きく貢献できます。
Bush大統領は2017年までに350億ガロンの石油をエタノールとバイオジーゼルに置き換えると公約しています。それゆえに、アメリカでは藻類利用の研究に力を入れているようです。
6. 持続可能な開発と再生可能なエネルギー
再生可能なエネルギーは持続可能な発展を達成するための最も有効な方法の一つです。再生可能なエネルギー
のシェアーが増えると、化石燃料の残存を長くすることができ、気候変動の脅威の解決にもなり、地球規模でのエネルギー供給
の安全保障にもなります。
国連のThe World Commission on Environment and Development(環境と開発に関する世界委員会)
は1987年に、
「持続可能な発展」を「将来の世代が需要を満たすのを妨げることなく、現在の私たちの需要を満たす」開発と定義しました。
「将来の世代」とは何世代後なのか、この定義のあいまいさが議論の対象になりましたが、
エネルギーの場合、世界の総供給量の80%以上がすでに消費されており、現在の生産と消費を
続けると、石油の埋蔵量はあと41年、天然ガスは64年、
石炭は155年と言われています。これは非常に単純化された推測ですが、
化石燃料はせいぜい1-2世代は利用できますが、それ以上に亘って主たるエネルギー源になるとは
考えられません。
化石燃料は枯渇問題以外にも、重大な環境問題である地球温暖化の原因ともなっています。また、埋蔵量が減るに従い、
埋蔵量の少ない油井からも石油を取り出すため、生産コストは上がっています。しかも世界で最も政治的に不安定な地域から
供給されているので、エネルギーの安全保障にも問題が残ります。
化石燃料(石油、石炭、ガス)に代わり得るエネルギーには、核エネルギー、水力発電や薪炭の利用など再生可能なエネルギー、
水素、バイオマス(エタノールなどバイオ燃料)、風力、太陽熱、地熱、海洋の潮流などを利用する「新しい再生可能エネルギー」
があります。
これらのエネルギーが現在どのような比率で利用されているか比較してみましょう。
世界の総エネルギー供給(2004年、総エネルギーは石油に換算して112億トンとなる、Science 315, 808 (2007)より引用)
石油: 35.03%
天然ガス: 20.44
石炭: 24.59
核エネルギー: 6.33
再生可能なエネルギー:13.61
(内訳) 薪炭: 8.48
水力: 1.73
新しい再生可能エネルギー: 3.4
(内訳) バイオマス: 1.91
地熱: 0.23
風力: 0.32
太陽熱: 0.53
水素: 0.41
化石燃料は世界の総エネルギー供給量の80.1%を占め、
核エネルギーが6.3%、再生可能なエネルギーが13.6%と
なっています。再生可能なエネルギーのうち、薪炭は総エネルギーの8.5%とかなり大きな部分を
占めていますが、これは開発途上国で主に使用されており、大気汚染性が高く、これを得るために森林が伐採されるという問題が
あります。「新しい再生エネルギー」は総エネルギーの3.4%に相当しています。
このうちで一番大きいのがバイオマスで、全体の1.9%に相当します。
持続的なエネルギー開発の展望から見ると、再生可能なエネルギーは広い範囲に使用され、エネルギー供給に高い安全保障が
得られ、政情不安な地域からの石油の輸入への依存度を低下させるものでなければなりません。再生可能なエネルギーはまた
環境汚染物質(微粒子、硫黄、鉛など)や地球温暖化の原因となる温室効果ガス(炭酸ガスおよびメタン)の排出も少ない
ものでなければなりません。
「新しい再生可能エネルギー」の使用を推し進めるために、先進国政府や国際金融制度諮問委員会は税制上の優遇措置、
補助金制度や電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置などの政策をとってきました。これにより、
デンマーク、ドイツ、スペイン、米国などの先進国では風力や太陽光発電が大きな生長をとげてきました。これらの技術は、
発展途上国にも徐々にではありますが広まってきています。発展途上国で、新しい再生可能エネルギー利用で大成功をおさめた
最も良い例は、ブラジルのサトウキビエタノールプログラムです。
現在、ブラジルでは年間160億リットルのエタノールをサトウキビから作っており、
300万 ヘクタールでこれを栽培しています
(砂糖をとるためのサトウキビを合わせると560万ヘクタール)。
食料作物と燃料作物との土地利用での競合は見られないということです*6。
*6:2007年5
月9日の読売新聞によりますと、バイオエタノール原料のサトウキビへの転作の影響でマヨネーズの
原料となるダイズやナタネの栽培が減ったため、マヨネーズを値上げするとのことです。前述のオレンジジュースと同様に、
食料作物への影響は徐々に現れているようです。
サトウキビからのエタノール生産は、他の国でも自然生態系を壊すことなく可能です。世界全体では、サトウキビの
栽培面積は2,000万ヘクタールですが、この大部分は砂糖を生産するためです。単純に計算すると、
ブラジルのエタノールプログラムを10倍にして、世界で3,000万
ヘクタールのサトウキビを栽培してエタノールの生産に当てれば、世界で現在使用しているガソリン
の10%をエタノールに置き換えることができます。地球全体で耕作されている農地は
10億ヘクタールですから、それほど難しいことではありません。
何故ブラジルでエタノールプログラムが確固たる地位を占めるに至ったのでしょうか?ブラジルでは、輸出で得た外貨の半分を
石油の輸入に消費していたため、1970年代後半、ブラジル政府はガソリン
に無水エタノールを混合(25%まで)することを承認しました。これがきっかけとなって、
エタノール市場が活性化し、エタノール生産が急増しました。
生産量が1980年の9億ガロンから1990年
の30億ガロン、2006年の42億ガロンと
年平均6%増加するに従って、エタノール生産コストは急激に低下しています。
1980年のエタノールの生産コストは、ガソリンの約3倍でしたが、
政府の補助金でこれをしのぎ、現在は政府の介入なしで、国際市場でガソリンと完全に競合しています。
このように、ブラジルのエタノールプログラムは石油の輸入への信頼が失われたことによりスタートしましたが、結果的には
社会的にも環境面においても非常に重要な意味を持つことになりました。エタノールを混合すると、鉛添加物やアンチノッキング剤
MTBE(methyl tertiary butyl ether)も必要がなくなり、
硫黄、微粒子物質、一酸化炭素の放出も少なくなりました。
米国がブラジルからエタノールを輸入するのに、0.54ドル/ガロンの関税をかけても
1.35ドル/ガロンとなり、燃料効率が30%程度落ちることを考慮しても、
ガソリンと競合できるということです。ちなみに米国の現在のガソリンの卸値は1.9ドル/ガロンで、
コーンエタノールは2.5ドル/ガロンです。
セルロースエタノールは、長期的には有望ですが、技術的に大きな進展が必要です。2012年までに
生産コストを1.07ドル/ガロンに減ずることが当面の課題として研究が進められています。
ブラジルのエタノールプログラムは自国で持っていた技術を用いたもので、他の開発途上国にも容易に技術移転することが
できます。途上国の多くはブラジル方式のサトウキビエタノールプログラムを実行する条件は整っています。
そうすれば、地球規模のエネルギー問題はもとより、環境問題の解決にもなりえると共に、途上国の経済的発展にも役立つと
考えられます。
7. トウモロコシ熱の過熱を鎮めよ
黄金色に輝くトウモロコシはバイオ燃料の原料として世界の注目を浴び、今や王座におさまったように見えますが、その前途は必ずしもばら色ではありません。むしろ、悪しき「ゴールドラッシュ」を思わせる観があります。最近、
Nature誌に「キングコーンを殺せ」と題して、トウモロコシ・エタノールの過熱に警告を発する報告がなされていましたので、これを要約してみましょう。
コーンエタノールの欠点
トウモロコシを原料としてバイオエタノールを作ると、次のような欠点があります。
1. ブラジルのサトウキビ・エタノールに較べて、価格が高いことです。アメリカはサトウキビ・エタノールの輸入に関税をかけて、コーン・エタノールを保護しています。
2. 化石燃料の消費を減らせる効果はあまりありません。コーン・エタノールの使用による炭酸ガスの削減コストは高く、炭酸ガス1トン当たり500ドル以上のコストが掛かります。さらに、このトウモロコシを育てるために使用する大量の窒素肥料は、炭酸ガスよりも温室効果の高いNOガスの排出を大幅に増やします。
3. トウモロコシを、有機物を土壌中に還元することなく、繰り返し集約的に栽培すると、土壌侵食が激しく表土が流亡して砂漠化が起こります。アメリカは過去にこれを経験したために、現在は低投与持続型農業
(これをLISA*7といいます)を進めています。しかし、トウモロコシ熱が過熱しすぎると、LISAに逆行することになります。
4. 現在コーン・エタノール生産は補助金に頼っています。この補助金がいつまで続くのかわかりません。
5. トウモロコシの栽培面積が増えると、コムギやダイズに連鎖的に影響して栽培面積が減少し、これらの穀物類や食品の価格が高くなっています。
それにも拘らず、アメリカでは、ガソリンにエタノールを混ぜると免税措置が得られるため、トウモロコシ熱は益々過熱しており、世界のトウモロコシ価格は2010年までに、20%引き上げられるであろうと考えられています。トウモロコシの高値は先進国の農家の一部にとっては良いニュースですが、収入の多くを食糧に費やしている貧しい人には悪いニュースです。
*7:LISAとは
Low Input Sustainable Agricultureの略で、化学肥料や農薬の投与をできる限り少なくし、土壌に有機物を還元する持続可能な農業のことです。
バイオ燃料を成功させるためには、トウモロコシやキャッサバのような食用作物のデンプンにベースを置くのではなく、食糧作物とは競合しない植物から得られるセルロースにベースを置くべきでしょう。また、エタノールは燃料としてはあまり適していないので、中長期的には、セルロースを原料とたバイオジーゼルを求めるべきでしょう。
タイワンアブラギリの栽培
南の貧しい国の人達がその豊富な太陽の恵みを、北に燃料の形で送り出すようになれば、バイオ燃料の将来はばら色となるでしょう。そのため、南の国の荒地でも育つ燃料植物の栽培が注目されています。その代表として、タイワンアブラギリの栽培およびこれから燃料を作り出す技術研究が進められています。
タイワンアブラギリ(トウダイグサ科、Jatropha curcas)
(左図)
は、中央アメリカ原産の有毒植物で、その種子から取れる油はランプ油、石鹸の原料として用いられてきました。また、生垣としても植えられています。この植物の特徴は窒素の少ない荒地でも育つことです。また、根が深いので、水分の少ない乾燥地でも生育できます。ところが、タイワンアブラギリが実際に生育しているところでは、萎縮した小さい個体がまばらに生えている程度で、一面緑に覆われたタイワンアブラギリの群生地は見当たりません。この植物の栽培方法や品種の改良が進めば、荒地や乾燥地をタイワンアブラギリの緑で覆われた栽培地に変えることができるかもしれません。そうなれば、この種子からバイオジーゼルが安定して生産できるし、将来的にはこの土地も農地として利用できるかもしれません。(左図はWikipediaから引用しました)
インドでは、3億600万ヘクタールの全土のうち、
1億7,300万ヘクタールがすでに耕地となっていますが、
残りの1億8,700万ヘクタールは耕作に適さない荒地や乾燥地です。これらの荒地や乾燥地に、タイワンアブラギリが50年以上に亘って生き延びています。
2000年の初め、時の大統領A. P. Abdul Kalamは、エネルギーの安定供給と不毛の土地を緑化する方法として、この植物を利用することを推奨しました。タイワンアブラギリはインドの貧しい人々の収入源として、またインドのエネルギー自給を約束するものとして期待されるばかりでなく、土壌浸食を防ぐ効果も期待できます。
インド政府はタイワンアブラギリを大規模に栽培し、これからバイオジーゼルを生産する計画を持っています。栽培、バイオジーゼル生産は村単位で実施し、始めのうちは政府が支援するが、最終的にはバイオジーゼルの生産は民営化する予定です。まだこの計画は着手されていませんが、州によっては、すでに農民に苗木を無料あるいは補助金を付けて支給し、生産された種子を買い上げることが始まっています。すでに50-60万ヘクタールの土地で、タイワンアブラギリの栽培が始まっているとのことです。下図はインド海洋科学研究所が試験的に栽培を行っている場所を示したものです。下図左は広大な荒地で、ここにタイワンアブラギリを植えて、右図に示すような見事な緑地を作り上げています。
(図はbaganiのホームページから引用しました)
この低木に望みを託しているのはインドだけではありません。中国は2万ヘクタールの栽培をすでに行っており、2010年までに中国南部で1,100万ヘクタールに拡大することを発表しています。近隣のミャンマーも数100万ヘクタールの栽培を計画しています。その他フィリピン、アフリカ諸国も大規模な栽培を始めています。
微生物を使ってセルロースを効率的にバイオ燃料に変えるには、まだ相当時間がかかると思われます。タイワンアブラギリのような荒地にも適応できる燃料植物を栽培することは、特に南の開発途上国にとっては大きな意義があるものと考えられます。
8. バイオ燃料の環境コストはガソリンよりも大きい
地球温暖化と石油価格の急騰から、環境に優しい燃料を見出すことが緊急の課題となり、トウモロコシやサトウキビから取れるエタノールのようなバイオ燃料が将来性のある救世主と考えられています。しかし、バイオ燃料を大量生産するには広い面積の農地が必要で、そのため食糧価格が高騰するばかりでなく、森林や草地を破壊するため、温室効果ガスの排出量の抑制にはならないとの意見もあります。スイスのZahらは政府の委託により、各種燃料の利点、欠点を詳細に評価しました。
これまで、各種バイオ燃料の評価は、温室効果ガスの削減と化石燃料の使用量の削減のみに焦点が当てられてきました。一般にバイオ燃料は石油に較べて、温室効果ガスの排出を減らすことは事実ですが、米国や欧州のコーンエタノールは、生産するエネルギーよりも消費するエネルギーの方が大きいことを示す研究もあります。
熱帯林を破壊してサトウキビを作ると、熱帯林の持つ有益性(生物多様性の維持、水源機能、土壌保護)が失われるだけでなく、温室効果ガスの排出が増加します。また、トウモロコシやナタネのような作物は、栽培に多くの窒素肥料を必要とし、これが重要な温室効果ガスであるNOの発生源となります。このような環境に対する負荷も考慮しなければなりません。Zahらはこのような環境負荷を環境コストとして評価することにより、各種バイオ燃料の有益性を再評価しました。
その結果、ガソリンの温室効果ガスの排出を100とすると、コーンエタノールは
約90、サトウキビエタノールは約35となりますが、環境コストはガソリンの100に対して、それぞれ250、150になるとのことです。
いろいろな作物や原料から得られる26種のバイオ燃料を比較すると、大部分
(26種の中21種)のバイオ燃料は、ガソリンに較べて
30%以上温室効果ガスの排出を減少させますが、約半分
(26種中12種)のバイオ燃料の環境コストは化石燃料の環境コストよりも大きくなります。経済的に最も重要なアメリカのコーンエタノール、ブラジルのサトウキビエタノール、ダイズのジーゼル、マレーシアのパームオイルジーゼルなど全てがこの部類に入ります。逆に、温室効果ガスの排出、環境コストの両方で、化石燃料よりも優れたバイオ燃料は、草や木から作られるエタノール、生ごみや料理の廃油のような残渣から作られるバイオ燃料です。
この評価の中には、ススキ属やキビ属植物あるいは水中の藻類などのセルロースやリグニンを原料とする次世代のバイオ燃料は、まだ実績がないため、含まれておりません。
温室効果、エネルギー以外に、他の食糧作物の価格の高騰や、政府による補助金あるいは免税措置などのコストも考慮する必要があります。これらも加えて考えると、現在進行しているバイオ燃料は決して化石燃料に優るとはいえないようです。
9. 森林や草地をバイオ燃料生産のための耕地に転換するのは逆効果である
石油に代わる燃料を求めて、トウモロコシ、サトウキビ、ダイズ、アブラヤシなどの食用作物からのバイオ燃料の生産が増えています。
その結果、特にアメリカ大陸や東南アジアで、手つかずの生態系がバイオ燃料生産のための作物栽培に変えられているばかりか、
既存の農地がバイオ燃料生産の原料となる作物に変えられています。
土壌と植物体は地球上の炭素を生物的に活性な形で保存する上で、最も大きな2つの保存場所です。これらを合わ
せると、大気中の炭素の2.7倍近くになります。森林や草地のような自然の生態系を穀物栽培地に転換すると、
開墾のために草木を焼きはらい、太陽光が豊富に注がれるため微生物の活性が高まるために、植物体や土壌中に保存されていた炭素が急速に分解
され、大量の温室効果ガスが大気中に放出されます。
その後も残された木の根や枝などの分解、あるいは木製品の分解や燃焼により、長期間温室効果ガスは発生します。
この過程の最初の50年間に放出される温室効果ガスの量を「土地利用転換による炭素負荷」と呼んでいます。
一方、植物に含まれる炭素はもともと大気中の炭酸ガスを植物が光合成で固定したものですから、バイオ燃料の燃焼によって発生する
温室効果ガスは、
大気中の炭酸ガスの収支計算からはゼロと見なされ(カーボン・ニュートラル)、その製造過程で発生する温室効果ガスのみが大気中に放出された
温室効果ガス量として計算されます。バイオ燃料によって置き換わった化石燃料の排出する温室効果ガスの量から、この量(バイオ燃料の製造過程から
発生するガスの量)を引いた差が、
土地利用転換による炭素負荷の返済となります。従って、「土地利用転換による炭素負荷」が全て返済されるまでは、バイオ燃料の
温室効果は、化石燃料の温室効果よりも大きいことになります。
バイオ燃料の「土地利用転換による炭素負荷」がどれくらい大きいか、またこの負荷を返済するには何年かかるかを、代表的な土地利用転換について、
見てみましょう。
1.インドネシアとマレーシアは、世界のパームオイルの86%を生産しています。パームオイルの需要が増えると、
熱帯林を伐採し、アブラヤシ(パームオイルの原料)に転換しなければなりませんが、「土地利用転換による炭素負荷」を全て取り戻すのに
86年を要します。
また、これらの地域にある熱帯泥炭林をアブラヤシに転換すると、泥炭地は乾燥し、酸化分解が起こるために大量の温室効果ガスが発生するので、
「土地利用転換による炭素負荷」を返済するのに、500年以上かかります。
2.ブラジルのアマゾンの熱帯林をダイズに転換すると、「土地利用転換による炭素負荷」を返済するのに、
320年を要します。
3.ブラジルのセラード(イネ科植物を中心とした草地)の中でも比較的雨量が多く、木が散在するサバンナをサトウキビに転換した場合は、比較的
早く返済できますが、それでも17年かかります。雨量が少なく、生産性の低いセラードをダイズに転換すると、
37年かかります。
4.米国中央部の草地をトウモロコシ生産に変えると、「土地利用転換による炭素負荷」を取り戻すのに
93年かかります。
5.米国には農作物生産が放棄され多年草が茂る耕作地がありますが、ここでも多年草が茂ることによって、土壌中に貯蔵される炭素量は回復しており、
ここをトウモロコシ畑にすると、「土地利用転換による炭素負荷」の返済には48年が必要であることがわかりました。
以上のように、現在のバイオ燃料生産技術を用いる限り、自然生態系をバイオ燃料生産のための耕地に転換するのは、温室効果ガス発生の
抑制に関しては、逆効果でしょう。
バイオ燃料が地球の気候変動を防ぐ助けとなるには、土壌中や自然生態系の植生中の有機炭素源を減らすことなく、原料が
生産されなければならないことをこれらの結果が示しています。地力の落ちた耕地あるいは放棄された農耕地で、多年性の在来雑草を育て、
これでバイオ燃料を生産すれば、自然生態系を破壊することなく、温室効果ガスの放出を抑えることができます。
特にススキなどイネ科とマメ科雑草が混ざると、それぞれの単作よりも収量が増え、土中の炭素貯蔵率も高まることから、温室効果ガスの面でも有利と
なると考えられています。
従って、木や雑草、あるいはバイオマス残渣などに含まれるセルロースやリグニンからバイオ燃料を生産する技術の改良が急がれます。
10. 2009年バイオ燃料の現状
2007年以降、バイオエタノール、バイオジーゼルなどバイオ燃料に大きな期待が寄せられてきましたが、その後どのような経過をたどって
いるでしょうか?2009年現在の進捗状況を見てみましょう。
バイオマスからの炭化水素の作出
バイオエタノールが化石燃料に代わり得る唯一のバイオ燃料となると考えられ、すでに添加材を加えて燃焼効率を高めてハイオクタンとして自動車燃料に用いられています。しかし、生産コストが高いばかりでなく、エネルギー効率もガソリンに劣ります。エタノールのエネルギー効率は、ガソリンのそれの2/3に過ぎません。例えば、E85
(85%エタノール、15%ガソリン)の1リットル当たりの走行距離は30%低下します。
今後はセルロースやバイオマス(トウモロコシやスイッチグラスなどの茎葉、木片など)を酵素や触媒あるいは熱分解、ガス化のような物理的な方法で液体炭化水素に転換し、これをガソリン、ジーゼル、ジェット燃料として用いる方向に進むと思われます。これらはエタノールよりも1リットル当たりの走行距離もよく、現存のエンジンでも使用可能です。近い将来、バイオマスからの炭化水素の生産は、商業ベースで進むと考えられます。
バイオマスをエタノールに転換するには、木質組織をセルロース、へミセルロース、リグニンに分解しなければなりません。セルロースとヘミセルロースはさらに発酵可能な糖類に分解されますが、リグニンはバイオマスに保存される全エネルギー
の40%を占める重資源要にも拘らず、容易には糖類に分解できないために、現在はバイオマスからアルコールへの製造過程で燃料として使用されています。最近の技術の進歩にも拘らず、バイオマスからエタノールを生産するコストはトウモロコシからエタノールを生産するコストの2倍です。
バイオマスを炭化水素に変える方法の1つは、微生物を用いる方法です。微生物の中には糖類をアルコールではなく、炭化水素に転換できるものもあります。組み替え技術を用いてこれらの微生物を改良し、イーストを用いてエタノールを作ると同程度の効率で、炭化水素を作ることが可能になってきました。できた炭化水素は、すぐに別の有機質相として分離するので、アルコール発酵のときのように発酵生産物が蓄積して微生物の害となることはありません。この方法は実用化の段階にあり、2011年に実用化が可能であるとのことです。
セルロースやヘミセルロースを触媒の存在下で反応させ、炭化水素を作ることも可能です。条件をうまく設定すれば、望ましくない副産物を生じることはありません。これも、5-7年以内に商業生産し、年間1億ガロン、石油価格に競合できる値段の1バレル当たり60ドルで販売するとのことです。
バイオマスを直接熱分解法によって、バイオオイルと呼ばれる中間体に転換し、これに触媒を加えて、高品質の芳香族炭化水素を作る方法も開発されています。この方法を用いれば、リグニンも炭化水素に変換できます。現在2つの
会社が、2011年までに、年間1億ガロンの規模で、バイオマスから輸送用燃料を商業化することに意欲を燃やしています。
熱分解と同様に、ガス化法も全てのバイオマスに使用することができます。これは、非常に高温で、バイオマスを水素と一酸化炭素の混合物に変えるもので、現在研究が進められています。
以上のように、バイオマスを原料として生産される炭化水素はエネルギー効率が高く、現存の施設が使えることから魅力的です。もし、技術革新によってコストが引き下げられたら、エタノールよりも有力なバイオ燃料となるでしょう。しかし、嵩張るバイオマスの輸送コストが高いために、地域単位の小規模生産になるでしょう。
バイオマス資源としての藻類
現存のバイオマス原料は、米国で使用されている石油の約30%を賄うことができると考えられています。さらにバイオマス原料を得るために、これまでの10年間休眠状態にある藻類が再注目されています。藻類は比較的狭い土地で、多少の塩分があっても育ちます。また、藻類は水素添加により比較的簡単に燃料に変えることができます。問題は藻類の経済的な生産にあります。農耕に適さない土地で、飲料に適さない水を用いて、藻類を育てる技術の開発が行われ、数年以内に実用化することが計画されています。
タイワンアブラギリ
乾燥地でも育ち、種子からジーゼル様の油が採れる灌木、タイワンアブラギリ
(別名ナンヨウアブラギリ、Jatropha curcas)は緑の黄金と期待されてきましたが、現在これがゆらいでいます。この植物は耕作に適さない土地にとっての救世主で、開発途上国を貧乏から救うと考えられてきました。2008年の世界の栽培面積は71万ヘクタールで、
2014年までに2,200万ヘクタールになるだろうと予測されています。しかし、これまで投資を行ってきた140の投資家のうち、僅か4-5の投資家がJこのプロジェクトに参加しているに過ぎない状態になっています。なぜそうなったのでしょうか?
タイワンアブラギリは非常に乾燥した土地にも育ちますが、この植物は生長するのに3年以上かかり、必ずしも実の収穫は多くありません。また、栽培場所の気候にも適さないことがしばしばあるようです。これは、同じ量の油を得るためには、タイワンアブラギリはトウモロコシのようなバイオ燃料作物よりも多くの水を必要とするからです。例えば、サトウキビと比べると、4倍量の水を必要とます。そのため、栽培環境に適し、高オイル含量の品種の作出が急がれています。
将来は地域的な規模では有効な栽培ができるであろうと考えられています。タンザニアでは、タイワンアブラギリの種子を農民に与え、作物の間に植えるか、食糧作物には適さない空き地にこれを植えています。現在3,500ヘクタールで栽培されていますが、2009年の終わりまでには、10,000ヘクタールに増えると考えられます。
ラオス人民民主共和国でも栽培は行われていますが、あまり熱心に行われていないようです。
インドはタイワンアブラギリ栽培に初めて挑戦した国ですが、まだ初期段階にあり機は熟していないようです。
中国はバイオ燃料生産では世界をリードする立場にあり、タイワンアブラギリにも興味を示しています。
2008年は105,000ヘクタールの栽培を行っており、
2015年までにはこれを700,000ヘクタールにするということです。
これ以外にもマダガスカル、タンザニア、エチオピアが栽培適地の候補にあがっています。このように、タイワンアブラギリは広域の砂漠地帯での救世植物ではないかもしれませんが、発展途上国では地域的には重要な栽培植物としての地位を得るでしょう。
バイオ燃料作物栽培――食糧作物、環境への影響
近い将来、バイオ燃料の生産技術が確立し生産が商業ベースで始まると、金もうけのために、農地、放牧地あるいは森林を破壊してバイオ燃料作物の栽培が始まる可能性が考えられます。そうなると、食糧、エネルギー、環境の間に新たな大きな問題が発生します。これを避けるための方策を十分に考えておかなければなりません。
バイオ燃料が化石燃料にとって代わるためには、大量生産ができなければなりません。また、温室効果ガスの削減においても化石燃料よりも優れ、食糧作物との競合がない原料から生産されなければなりません。このカテゴリーに入るものには次のようなものがあります。
農業が放棄されて、荒れた土地に生長する多年草
農業が放棄され、荒れ放題になった土地に多年草を植え、このバイオマスを燃料生産に利用すれば、食糧作物との競合を最小限にすることができます。そうすれば、農地、放牧地、森林などを新たにバイオ燃料作物栽培地に転換する必要はありません。これは長期的には炭素負荷や生物多様性の損失を最小にする効果もあります。その上、廃棄された農地をバイオ燃料作物栽培に利用することにより、野生生物の生息地は増し、水質は良くなり、土壌中への炭素の蓄積も高まります。このような農業が放棄された土地は世界的に見ると、現在世界で用いられている輸送用燃料を賄え得るだけ存在するということです。
作物の残渣
トウモロコシの茎やコメや麦の藁のような作物残渣は豊富に作り出されます。これらは炭素、窒素、リンなどを豊富に含んでいるので、土地を肥沃にしたり、炭素を貯蔵したり、土壌侵食を低く押さえるのにも役立っています。しかし、その多くは捨て去られたり、燃料として燃やされたりしています。このような作物残渣の量はこの土地に多年草を育てて得られるバイオマスの資源量に匹敵し、これをを利用することは農家にとってもありがたいことです。
森林の残渣
森林活動の残渣もバイオ燃料の原料として豊富に存在します。放置された木材、パルプ製造の未使用残渣、間伐材などが利用可能です。
二毛作と混植
夏の栽培期間にはこれまで通りに食糧作物を植え、春の作付前にバイオ燃料作物を収穫する二毛作は農地利用の代表的なもので、食糧作物を減らすことなく、また自然を壊すことなく、バイオ燃料の原料を得るに有力です。食糧作物と燃料作物を同時に育てる混植もこれも同じような効果があります。
生活廃棄物や工場廃棄物
有機物を多く含む固形の廃棄物には、紙、段ボール、家庭のゴミ、プラスチックなどが含まれ、これらは液体燃料に変えることができます。
今後世界の人口は増え生活水準が高まるにつれ、温室効果ガス放出を抑える緊急性と、食糧やエネルギーの要求は高まりますが、
上に述べた5つのバイオマス資源は、将来輸送に必要なエネルギーの大部分を供給できるだけのバイオ燃料を作ることができます。
しかし、バイオ燃料の将来を見ると、いくつかの間違った選択も見えてきます。バイオ燃料を生産するための土地を獲得するのに最も手っ取り早い方法は、農地の転用や自然生態系すなわち熱帯林、サバンナ、草地などを開墾することです。例えば、食糧作物の栽培に用いられている肥沃な土地をバイオエネルギー生産に振り向けると、食糧価格の高騰などを招くだけでなく、食糧作物を作る土地を求めて、自然の生態系が破壊されます。そうすると、野生生物の住処は減少し、その土地に存在していたバイオマスの燃焼や分解、腐葉土の酸化から炭酸ガスが放出され、長い目で見ると、温室効果ガスの削減にはなりません。このように、バイオ燃料が化石燃料の代替として発展するためには、エネルギー安全保障、温室効果ガスの削減、生物多様性、食糧供給の持続性の4つを同時に満たすものでなければなりません。
バイオ燃料のもう一つの欠点:大量の水が必要である
最近の研究から、バイオ燃料の欠点として水の供給にもリスクがあることがわかってきました。すなわち、バイオ燃料に大きく移行すると、水の供給がピンチになり、水質汚染が最悪となる恐れがあるということです。いいかえれば、バイオ燃料に依存を高めると、石油問題を水の問題に置き換えることになります。
2007年、米国議会はEnergy Independence and Security Actを制定しました。この法律は、2022年までに、米国のエタノール生産量を約5倍
の1,170億リットルに増やすことを定めたものです。2015年までは、この量の半分はトウモロコシを原料とすることを予定しており、残りを農業残渣などのバイオマスから作られるエタノールやバイオジーゼルで賄うというものです。しかし、これらの原料作物を栽培するには、現在の灌漑でぎりぎりであろうということです。
トウモロコシからエタノール1リットルを生産するのに、平均98リットルの灌漑水が必要で、上の法律通りにバイオ燃料を作ると、2015年にはトウモロコシの栽培のため、水の必要量は膨大になります。それでなくても人口増により、電気の使用量が増え、水の消費量も増え続けています。このような状態で、トウモロコシの栽培を増やすことはできません。特にコーンベルト地帯での影響が大きいと考えられます。国全体で見るとたいしたことはなくても、地域の水資源には大きな負担になります。
もう1つ地域への影響が大きい例は、メキシコ湾の富栄養化です。窒素肥料がミシシッピー川に流れ出し、海水から酸素を奪うために、カニやエビなど全ての生物に影響が出ています。近年ワタのように栽培に水を多く必要とする作物の栽培が減っていることが救いとなっていますが、これ以上トウモロコシの栽培を増やすと、富栄養化による生物への影響は甚大となります。
水の問題を解決するために、遺伝子組み換え技術によって耐乾燥性のトウモロコシ品種の作出が行われています。また、バイオマスを原料としてバイオ燃料を生産すれば、水要求量はそれほど増えません。トウモロコシの葉や茎は副産物として収穫できるので、余計な水を必要としません。スイッチグラスは、トウモロコシの1/50から1/5の水で同量のエタノールが得られるとのことです。しかし、少しでも多くの収量をあげたいと願う農家がはたして使用する水の量を減らすかどうか疑問です。
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