昆虫のさまざまな情報交換
言葉を持たない昆虫たちは、化学物質、音、光など様々な媒体を使って他の生物や環境との情報を交換しています。ここでは、
これらの情報交換についてのトピックを紹介しましょう。
1. 化学物質による情報交換
化学物質を感じる化学感覚には味覚と嗅覚があり、比較的高濃度の化学物質を接触して感知するときを味覚、
低濃度の気体物質を感知するときを嗅覚といい、前者は主に口器や脚の付節で、後者は触覚で感じます。
摂食誘引
昆虫は植物の二次代謝物を情報源、すなわち誘引物質(カイロモン)として植物を発見し、口器や付節で物質を感知し摂食や
産卵をします。チョウが葉を叩いているのは、物質を付節で確認しているのです。これをドラミングといいます。植物は
これらの虫から逃れるために、忌避あるいは毒物質を作って対抗してきました。これをアロモンといいます。ところが、一部の昆虫
はこれらの
忌避あるいは毒物質を克服し、逆にこれらの物質を摂食や産卵の刺激物質とするように進化して、広食性から狭食性へと分化して
きました。例えばモンシロチョウの幼虫(アオムシ)はアブラナ科植物に含まれるグルコシノネート(シニグリンはその代表的な
化合物)を摂食・産卵刺激物質としていますが、アゲハチョウなどはこの化合物を嫌って食べません。
日本には約20種のアゲハチョウがいますが、ナミアゲハはミカン、サンショウ、カラタチ;クロアゲ
ハ、カラスアゲハはミカン科植物;キアゲハはセリ科植物;ジャコウアゲハはウマノスズクサ;ギフチョウはカンアオイというよう
に、種によって食草が異なります。摂食刺激となる物質が微妙に違うからだと考えられますが、まだ摂食刺激物質は同定されていま
せん。また忌避物質の存在も考えられます。
コクサギはミカン科の植物ですが、オナガアゲハしか食べません。これはコクサギが摂
食・産卵忌避物質を含んでいるからだと思われます。
アゲハチョウの幼虫に触れると、頭の背面から臭いにおいのする臭角を出しますが、この臭みの成分はアリストロキア酸で、
ウマノスズクサ(Aristolochia debilis)の学名に由来します。食草から得たアリストロ
キア酸を体の中に貯め込んでいるのです。これを選択蓄積といいます。
昆虫にも勿論味覚はあって、甘い蜜は好んで食べますが、塩辛いものは好みません。しかし、味覚に関する研究はまだそれほど
進んでいないようです。動物では甘み、旨み、塩味、酸味、苦味の5つの味があり、甘みは糖;旨みはアミノ酸(タンパク質);
塩味はミネラル;酸味は腐敗物;苦味は毒のシグナルとなっていて、舌や喉の奥、食道などにある味蕾で感じます。水や炭酸は
喉の奥で感じるので、「喉越しがいい」というようです。トウガラシの辛みは味ではなく痛みで、喉よりもっと奥で感じるために
食べてからしばらく経って辛みを感じるということです。
防御物質
昆虫の防御物質の多くは、食草に由来しています。すなわち、植物の毒物質を摂取し、選択蓄積して天敵から身を守っています。
しかし、昆虫自体が毒物質を作る場合もあります。
カメムシが臭いのは経験した人は多いと思いますが、これは青葉アルデヒド(2-ヘキセナール)
という物質で、危険を感じた時に放出します。オサムシ、ゴミムシ類は防御物質を噴射します。噴射の時音を発するので、
ヘッピリムシなどといわれます。ミイデラゴミムシは手で触ると「ぶっ」と音を発して煙霧状の噴射をし、熱を感じます。
ハイドロキノンと過酸化水素を別々の貯蔵器官に貯えていて、攻撃を受けたときにこれらの物質を混ぜて反応させ、ベンゾキノン
を放出するのです。この反応は発熱反応なので熱を感じます。
江戸時代、ハンミョウの粉が毒薬として使われたそうです。これはカンタリジンという物質で、マメハンミョウやキオビゲンセイ
などに多く含まれ、防御物質として用いています。カンタリジンは少量では催淫性があるため、お金持ちの色男たちが競ってこれを
求めたということです。効き目の程は知りませんが、試してみてはいかがですか?でも量を間違えると、取り返しのつかないこと
になりますからご用心。山道などで人の歩く前を飛ぶ「道おしえ」といわれる虫はハンミョウで、これには全く毒は含まれていませ
ん。
シロアリは土や木を粉砕し、唾液や排泄物で固めて巣を作りますが、この巣の中にナフタレンが含まれています。ナフタレンは
防虫、防かび効果があるので、衣類やカーペットの防虫剤、防かび剤として用いられていることはご存知のことと思います。
シロアリの巣では、これがかびの増殖を抑えていることが確認されています。またシロアリの捕食者であるアリはナフタレンで
麻痺しますが、この濃度ではシロアリには全く影響がありません。でももう少し濃度が高くなると、シロアリも影響を受けるので、
微妙なバランスを保っていることになります。ナフタレンは石油から作られる物質ですが、シロアリはどこからナフタレンを
持ってくるのでしょうか?謎は解かされていません。
性行動刺激物質
性行動を誘発する物質は性フェロモンで、大部分は雌が放出して同種の雄を誘引する物質です。勿論種に特異的で、種ごとに
物質は異なります。現在までに、600種以上の昆虫の性フェロモンが分離・同定され、一部は害虫防
除剤として、果樹や茶で実用化されています。性フェロモンとトラップを組み合わせて雄成虫を集める方法と性フェロモンを多数配
置して、雌の存在位置を分からなくする交信撹乱法がありますが、前者では十分な防除効果は得られないので、発生予察に利用され、
後者の交信撹乱が実際に用いられています。
オオカバマダラの雄は雌が飛んでいるのを見つけると、雌の後を追って飛び、しばらくすると今度は前に回って、腹部の先端の
毛をタンポポの綿毛のようにふくらませます。これをヘアーペンシルといいます。雌はヘアーペンシルを触角で触り、気
に入ると葉の上に降り立ち雄を受け入れますが、気に入らなければそのまま飛び去ります。
何が気に入る、気に入らないを決めるのでしょうか?オオカバマダラの雄はキョウチクトウ科、キク科などの樹液を吸いますが、
これらの樹液にはピロリジジン・アルカロイドというかなり毒性の強い物質が含まれています。雄はこの毒物質を摂取し、体内で
ダナイドンという物質に変換してヘアーペンシルに貯め、これを雌が感じとると、雄を受け入れることが分かりました。ヘアーペ
ンシルを有機溶媒で洗うと雌は相手にしてくれません。また、毒のある樹液を与えないで、蜜だけを吸わせても雌に見放されます。
これと同じようなことがオオゴマダラでも観察されています。オオゴマダラは沖縄、台湾などに自生するホウライカガミ
(キョウチクトウ科)を食草とし、これも毒のある樹液を吸います。この雄はヘアーリキッド、サロンパス、白粉などに引かれる
ことから、これらに共通して入っている物質が探索され、防かび剤のパラベンであることが、京都大学の研究者達により、見つかり
ました。
オオゴマダラの雄にパラベンを与えるとしきりに吸って、これがヘアーペンシルに貯まることも確認されています。しかし、
パラベンは人工物質で、自然界には見つかっていないし、オオゴマダラはキョウチクトウの樹液を吸うのに、ダナイドンは
蓄積していません。これも謎につつまれています。
カブラハバチ幼虫はアブラナ科植物を食草としますが、成虫はクサギ
(Clerodendrum trichotomum)を訪れ、葉の表面をなめ回っています。クサギの葉の抽出物
を与えると、これに誘引されることが確認され、その物質はクレロデンドロンであることも分かっています。しかし、何故クレロデ
ンドロンを摂取するのか分かっていません。クレロデンドロンは大変苦い物質ですから、これを体内に選択蓄積して身を守っている
とも考えられますが、もし防御物質であれば、幼虫もこれを蓄積しているはずです。しかし、幼虫には含まれていません。クサギを
与えないで、ダイコンのみで累代飼育すると、繁殖力が著しく低下するので、生殖と関連があるのではないかと思われます。
人には効き目がないと思いますが、試してみては如何ですか?
不可解な生物間作用物質
猫がマタタビで酔ったような行動をとるのはよく知られていますが、どうしてなのかは全く分かっていません。このような不可解な
関係が昆虫と化学物質の間にも見られます。
ミカンコミバエの雄成虫はユージノールに誘引されます。その性質を利用して、ミカンコミバエの防除にユージノールが使われて
います。すなわち、ユージノールに殺虫剤を混ぜて散布し、集まった雄成虫を殺します。ユージノールは天然物ですが、ミカンには
含まれていません。どうしてミカンコミバエはミカンに含まれていない物質を知っているのでしょうか?
トドマツに含まれるジュバビオンはカメムシ類の正常な成虫化を妨げ、幼虫と成虫の中間型の奇形を生じます。昆虫の幼虫脱皮や
変態は幼若ホルモンと脱皮ホルモンにより巧みに制御されていて、終齢幼虫を過剰な幼若ホルモンに曝すと正常な蛹化(カメムシ
のような不完全変態では成虫化)が妨げられます。この生理現象を利用して害虫防除剤が実用化され、昆虫成長
調節剤と呼ばれています。ジュバビオンはカメムシ類に対して、幼若ホルモン活性を持っているために奇形を生じるのです。この
化合物はカメムシ以外の昆虫には活性がなく、カメムシに特異的に作用します。ところが、トドマツにはカメムシはつきません。
何故トドマツはジュバビオンを持っているのでしょうか?まだ謎は解かれていません。
2. 振動による情報交換
ウンカやヨコバイ類はセミの仲間ですが鳴きません。どのようにして雄と雌は交信するのでしょうか?雄はイネの葉の上で、細かい
動作で尻を垂直に震わせます。その振動を感知した雌は振動を返して、自分の居所を雄に知らせます。この動作を繰り返しながら、
雄は雌に近寄り交尾します。従って、雄と雌がとまっているイネの葉がたがいに接触していなければ、振動は伝わりません。この
振動を音に再生してみると、雄の振動はウウー、ウウーとウシガエルの鳴き声に似ていますが、雌のそれはコトコトと聞こえます。
東南アジアには、ツマグロヨコバイ、タイワンヨコバイ、クロスジツマグロの3種が同一時期に同じ
場所に生息していますが、自然界ではお互いに雑種は生じないようです。2種のヨコバイを同じ場所に
おくと、必ず同じ種同士で交尾します。しかし、別種の雄と雌を同じ場所に閉じ込めると、雑種を作ることもできます。この雑種
同士は交信できますが、雑種と元の種では交信がうまくいかないようです。このように種によって、振動の形がそれぞれ異なって
いるのでしょう。
3. 音による情報交換
スズムシ、マツムシ、カンタンなどはコオロギの仲間で、日本には約50種のコオロギがいますが、それぞれ独特の音をだして
同種の仲間同士の情報交換に使っています。発音器官は翅で、左右の翅をこすり合わせることで音を出し、前脚にある耳(鼓膜器官)
でそれをキャッチします。
コオロギの鳴き方には、コーリングソング、コートシップソング、アグレッシブソングの3種があります。コーリングソングは
音量が多く遠くまでよく響き、夏から秋にかけて夕暮れから真夜中によく聞くことができます。これは雄が雌を呼ぶために鳴く
音です。コートシップソングは明け方に聞かれる弱い鳴き声で、近寄ってきた雌を交尾に誘うささやきに相当します。
アグレッシブソングは近寄ってきた雄を脅して遠ざけるための激しい鳴き方です。コオロギは闘争性が強く、雄同士が激しい
鳴き声でなわばりを争います。
コーリングしているコオロギの雄に雌を近づけると、コートシップに切り替え、交尾が始まります。一度交尾を終えると雄は
約1時間は雌を近づけても何の反応も示しません。このように一定の環境条件のもとで、一定の刺激を受けると決まった反応を
示すことを定型的行動といいます。定型的行動を引き起こす原因をリリーサーといい、雌がリリーサーとなって
交尾行動が
開始されます。一方、雄の行動は神経の働きで生じ、これを調節する内部環境を動機づけといい、動機づけがないと
行動は起こりません。交尾を終えた雄がしばらく反応を示さないのは、動機づけがないためで、精包(精子のつまった袋で、これを
雌の体内に挿入する)が完成するとまた反応を示すようになります。動機づけを促進する物質はオクトパミンで、抑制する物質は
セロトニンです。これらの物質は神経細胞から体液中に分泌され、一定濃度に達するとその作用が現れます。このようなゆっくりと
した神経伝達を起こさせる物質を神経修飾物質といいます。これに対して、早い神経の伝達を行う物質を神経伝達物質
といい、アセチルコリン、ノルアドレナリンやGABAがあり、神経ー神経および神経−筋接合部位で
働いています。昆虫の神経ー筋接合部位の神経伝達物質はグルタミン酸です。神経細胞から分泌
されるものにはもう一つ神経ホルモンがあり、これも重要な働きを持っています。
4. 光による情報交換
ホタルは光を情報交換に用いる代表的な昆虫です。ホタルの雄は種に独特の発光パターンで明滅を繰り返し、草や木にとまって
雄を待っている雌は同種の雄の発光パターンを認識すると、ピカッと1回だけ光を放ちます。すると雄は雌の出す光を目がけて明滅
を繰り返しながら雌に近づき交尾します。
Photuris属のホタルの雌は、他種の雄の明滅信号に対して、その種の雌の発光パターンを
返すことができます。特にPhoturis versicolorの雌は10種もの
他種の雄を騙し、近寄ってきた雄を捕食します。
ホタルはヒキガエルの毒に似たステロイド毒物質を持っているので、鳥やクモから身を守っていますが、
Photuris属はこの毒を持っていないので、他種のホタルを食べてこれを選択蓄積
するようです。
ゲンジボタル(Luciola cruciata)は日本の各地で見られますが、関西と関東で雄の明滅の
間隔が異なることが発見されました。関西のホタルは4秒間隔で明滅し、関東のホタルは
2秒間隔です。面白いことに、中部地方では3秒間隔で明滅します。
ホタルは数学ができるのでしょうか?関西と関東のゲンジボタルを掛け合わせて得られた子供は
3秒であることが確認されています。
5. その他の情報交換
ミツバチ(Apis mellifera)が蜜源の位置をダンスによって仲間に伝えることはよく知られ
ています。フリッツ博士がこれを発見し、1973年にノーベル賞を受賞しました。蜜を集めて帰ってき
た働き蜂は、巣板の上で腹部
を左右に振りながら、∞の字を描いて踊ります。垂直方向とハチの進行方向との角度が太陽と蜜源との角度になります。
踊りのテンポが蜜源までの距離を示し、距離が長くなるほどテンポはゆっくりになります。
多くのアリは餌場から巣まで道しるべをつけて帰ります。これを道しるべフェロモンといいます。道しるべフェロモンを
持たないハリアリは巣に帰ると、仲間に口で知らせ、その仲間を一対一の連結方式で誘導します。これをタンデム・ランニング
といいます。誘導するアリはお尻を触られることで誘導行動を起こし、お尻を触るのをやめると誘導を止めてしまいます。逆に、
ガラス玉に誘導アリの匂いをつけると、誘導されるアリはこれについていきます。従って、匂い物質が信号となっていることが
わかります。
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