昆虫のさまざまな寄生・共生関係
生態系内の特定の二種間の相互作用を、生態学では、細かく六種類に分類していま
すが、ここでは、一方が利益を、他方が一方的に損失を受けるものを「寄生」、両者が利益を受けるもの、あるいは一方のみが利益を
受けるが、他方は全く影響を受けないものを「共生」として、いくつかのトピックを紹介しましょう。
昆虫界には様々な寄生や共生関係が存在しますが、両者の関係が寄生であるのか、あるいは共生であるのか曖昧な場合も多く
見受けられます。この場合、体内に入られた方を「寄主(宿主)(host)」、入った方を
「寄生者(parasites)」あるいは「共生者(symbiotes)」と呼びます。
1. アワヨトウに寄生するカリヤコマユバチ
寄生バチであるカリヤコマユバチ(Cotesia kariyai)
は、イネ科植物を食草とするアワヨトウ(Mythimna separata)のみに寄生します。
カリヤコマユバチが寄主を探索するには、寄主の生息域の発見、寄主が加害している植物の発見、寄主の探索、産卵
の4段階を経なければなりません。
寄主の生息域の発見
カリヤコマユバチはアワヨトウが加害するトウモロコシやイネはもとより、アワヨトウが加害しないタンポポ、ネギ、クワなどにも
誘引されます。寄生バチを誘引する物質は植物の青臭い匂いである青葉アルコールや青葉アセテートで、まず彼らは青臭い匂いを
たよりに植物を目がけて飛んで行きます。
寄主が加害している植物の発見
アワヨトウがトウモロコシを加害すると、トウモロコシはSOS物質を発散し、天敵である
寄生バチに助けを求めます。このSOS物質として、すでに4種の化合物
が同定されています。このSOS物質は紙やすりやはさみで傷をつけても発散されませんが、
この傷口にアワヨトウの唾液をつけると発散されます。従って、寄生バチはSOS物質をたよりに
アワヨトウが加害している植物を容易に見つけることができます。
SOS物質の生産を誘導する物質として、
すでにアワヨトウ幼虫の唾液からvolicitinという物質が同定されています。
寄主の探索
カリヤコマユバチは昼行性で、アワヨトウは夜行性です。アワヨトウの若齢幼虫は昼間は葉鞘にひそんでいるので、
カリヤコマユバチは葉の噛み跡を見つけると、糞や脱皮殻を探し、次に葉鞘へと向かいます。葉の噛み跡、糞、脱皮殻についている
物質(これを定着因子といいます)も同定されています。
産卵
カリヤコマユバチは触角でアワヨトウ幼虫の体表に触れ、寄主であることを確かめるとすぐに幼虫体に飛びのリ、産卵管を
刺しこみ幼虫の体内に産卵します。一度に40から100個の卵を産み、
すみやかに幼虫から逃れます。アワヨトウの幼虫も寄生バチの攻撃に対して、噛み付いたり、口から吐き戻し液を出して防戦します。
吐き戻し液のかかったカリヤコマユバチは動けなくなって死んでしまいます。従って、産卵はカリヤコマユバチにとって、命がけの
行動なのです。
カリヤコマユバチが寄主を確認するのは、体表の炭化水素(ワックス)で、アワヨトウ以外には近縁種にも産卵はしません。
カリヤコマユバチの生長とアワヨトウ幼虫からの脱出
通常体の中に異物が入ると、免疫系が働いて、異物はすみやかに排除されます。カリヤコマユバチがアワヨトウ幼虫に産卵すると、
これは異物ですから、当然攻撃を受けるはずです。昆虫には抗体はありませんが、顆粒細胞やプラズマ細胞が異物を取り込んで、
食べてしまいます。ところが、この寄生バチの卵は攻撃を受けることなく、孵化して順調に育っていきます。何故
攻撃を受けないのでしょうか?一般に寄生バチの雌の卵巣内にポリドナウイルスというウイルスがいて、産卵の時、卵と共にウイルス
も注入されます。ウイルスを紫外線照射などで失活させると、卵は攻撃を受けるようになります。どのようなメカニズムで、ウイルス
が血液細胞の攻撃を回避させるのか?まだ解明されていません。
寄生バチの卵は1-2日で孵化し、10-11日で成熟してアワヨトウ幼虫
の体外に脱出しますが、この間寄主は決して蛹化しません。寄生バチの幼虫が成長するためには、寄主がどんどん餌を食べて栄養を
補給してくれなければならないからです。アワヨトウ終齢幼虫が蛹化するためには、体内の幼若ホルモンを完全に分解しなくては
なりませんが、寄生バチの体液中に幼若ホルモンを分解する酵素(JHesteraseといいます)
を阻害する物質があるからです。
完全に成熟したアワヨトウ終齢幼虫は蛹化するために土の中に移動しますが、カリヤコマユバチの寄生を受けたアワヨトウの終齢
幼虫は葉の表面に現れます。しばらくすると、カリヤコマユバチの成熟幼虫がアワヨトウの表皮を食い破って表面に出てきますが、
体液が漏れ出すことはありません。これは、カリヤコマユバチの幼虫は頭の部分をアワヨトウの表皮の内側に固定し、最外層を残し
て、中身だけが脱出するからです。これをカプセル脱出と呼んでいます。
脱出したカリヤコマユバチ幼虫は集団でまゆを作りますが、まゆの集団の下にアワヨトウの死骸があると、これが腐って微生物が
繁殖するので、アワヨトウの幼虫に最後の力を振り絞らせて移動させます。このようにアワヨトウの行動を制御することによって、
まゆを微生物の汚染から守っています。このような行動制御のメカニズムはまだ解明されていません。
アワヨトウとカリヤコマユバチの関係は、最終的に寄主を殺してしまうので、parasitoidsと
いいます。Parasitesは通常寄主を殺さないのですが、この両者は必ずしも厳密に使い分けられている
わけではありません。
2. カギバラバチの寄生
寄生バチは20-30万種いるようですが、この中でも極めて特異な生活をする寄生バチがいます。
その一つがカギバラバチ(Poecilogonalos属)です。
このハチ(右図:橋本宏行氏から許可を得て、掲載しました)は体長10-20mmで、雌成虫の腹部末端が
カギ状に曲がっているので、カギバラバチと呼ばれています(正直に言うと、私は実物を見たことがありません)。
このハチの寄主はスズメバチですが、寄主にたどり着く過程が非常に変わっています。
カギバラバチの雌はヤナギやネムノキの葉肉に卵を産みつけます。この葉をアオムシやシャクトリムシなどが食べると、口器で傷
付いた卵のみが体内で孵化しますが、食べられなかった卵はそのまま死んでしまいます。孵化したカギバラバチの幼虫はアオムシ
やシャクトリムシの体内では成長できず、1齢のままに留まっていますが、
このアオムシやシャクトリムシがスズメバチに狩られて肉団子にされ、スズメバチの幼虫に与えられると、スズメバチ幼虫の体内で
成長します。複数のカギバラバチ幼虫が1匹のスズメバチ幼虫に入ったときは、仲間を食い殺し、強い
ものが1匹だけ残ります。
4齢になると、スズメバチの幼虫から脱出し、さらにもう1回
脱皮して、5齢になると、巣穴の奥に潜り込んで蓋をかけ、一番奥で蛹化するので、スズメバチに
見つかることはありません。その後羽化して、スズメバチの巣から脱出しますが、どのように脱出するのか分かっていません。
もし獰猛なスズメバチに見つかったら、たちまち肉団子にされてしまうのでしょうが、カギバラバチが生存しているので、何らかの
方法で脱出していることは間違いありません。
このようにカギバラバチが無事に一生を終えるには偶然性と危険性を伴います。生存の確率が非常に低いの
で、雌は1万個以上の卵を産みます。このように多くの子を産んで、その一部を育てる種を生態学で
は、r戦略種といいます。逆に、人のように少数の子を産み、その大部分を育てる
種をK戦略種といいます。
3. タクシーを呼ぶツチハンミョウ
場所を移動するのに、自ら歩いたり、飛んだりすることなく、他種の動物を利用するものはは多く知られています。
最近、ツチハンミョウの1種(Meloe franciscanus)がタクシー
を使って目的地に行くことが、Saul-GershenzとMillarによって
報告されました。
このツチハンミョウはアメリカ南西部の砂漠地帯に生息し、成虫(左図の左)は植物を食べ、その植物に産卵しますが、
幼虫はある種のハチ(Hobropoda pallida)の巣の中で、花粉、蜜あるいはハチの幼虫を
食べて育ちます。
では、どのようにして、ツチハンミョウの幼虫は蜂の巣のなかに潜り込むのでしょうか?
ツチハンミョウの幼虫は、左図右に示すように、植物の茎に集まって球状の玉を作ります。
雄のハチがこの玉を雌バチと間違って交尾をしようとやってきた時に、ツチハンミョウの幼虫は
雄バチに乗り移ります(右図の左)。この幼虫を付けた雄バチが本当の雌バチと交尾をすると、今度は雌バチに乗り移って(右図右)
巣に運ばれるのです。
ドラゴンオーキッド(オーストラリア特産のラン)の花の形は、コツチバチの雌に似ていて、しかもフェロモンを出して
雄バチを騙し、受粉の手伝いをさせる(これを偽交尾といいます)ことはよく知られていますが、このツチハンミョウの場合は、
球状の幼虫の塊が、視覚的に雌バチと似ているからではありません。ツチハンミョウの幼虫と雌バチの匂いの成分が
同じであるためです。この成分は雄バチにはなく、雄バチにとっては魅力的な物質です。
ツチハンミョウは、ハチの生殖システムを巧みに利用して、雌バチをタクシー代わりに利用するように進化してきたと
考えられます。
上の図はサンフランシスコにある生態保全センター所長のDr. Leslie Saul-Gershenzから
許可を得て転載しました。
4. シロアリと共生する原生動物
シロアリはシロアリ目に属し、膜翅目のアリとはかなり遠縁で、その食性や社会構造なども全く異なっています。アリとシロアリの
主な違いをまとめると以下の通りです。
| 項目 | シロアリ | アリ |
| 性決定 | 雌雄共に倍数体(2n) | 雌は2n、雄は半数体n |
| コロニー | 単雄、単雌が普通 | 単雌が普通 |
| 交尾 | 結婚飛行後定期的に行う | 結婚飛行中のみ |
| 変態 | 不完全変態(蛹がない) | 完全変態 |
| 構成 | 王、女王、兵蟻(雄、雌)、職蟻(雄、雌) | 女王、兵蟻(雌)、職蟻(雌) |
|
|---|
シロアリのカーストと分業
シロアリの第一次生殖虫(有翅、羽蟻)が群飛を行ったのち、一つがいが翅を落としてコロニーを作り、生殖活動を開始します。
シロアリは定期的に交尾を行います。産卵を開始した女王はぶよぶよと太り、グロテスクな格好をしているばかりか、
体の大きさも、下図(山岡郁雄・亮子氏の許可を得て、
Biology of Termites
より転載させて頂きました)に示すように、王と較べるとひとまわりりも
二まわりも大きくなります。
女王の仕事は交尾して、卵を産むことだけで、身の回りの世話はすべて働きアリがしてくれますが、
その代わり一日に3万個もの卵を産まなくてはなりません。
卵は孵化後、若齢から老齢幼虫へと育ち、ここでコースが分かれます。エリートコースに進んだものがニンフで、これが次世代の
生殖虫となります。大部分の幼虫はエリ−トコースからはずれ、兵蟻あるいは職蟻となり、いずれも生殖能力を欠いています。
兵蟻は大きく頑丈な頭部を持ち、巣の防衛に当たります。職蟻は食物の採取、他のシロアリたちの世話をします。一度兵蟻あるいは
職蟻に進むと、絶対に後戻りはできません。
これ以外に、第二次生殖虫(副生殖虫あるいは補充生殖虫)がいて、王、女王がいなくなった時にこれにとって代わります。
これらのカースト制ができるメカニズムはよくわかりません。
シロアリ後腸内の原生動物
職蟻の後腸内に原生動物(べん毛虫)が共生しています。昆虫の消化器系は前腸、中腸、後腸からなり、中腸が人間の小腸に相当し、
消化、吸収の大部分はここで行われます。シロアリが木材をガリガリかじると、セルロースはほとんど消化されないので、後腸に
送り込まれます。後腸にいる原生動物はセルロースを取り込み、グリコーゲンに転換し、自分の栄養として利用しますが、
その代謝物をシロアリの腸内に戻します。その代謝物はシロアリに利用され、さらに体外に排泄されたものが、職蟻以外の生殖虫、
兵蟻、幼虫などの栄養源となります。このような給餌を栄養交換といいます。
シロアリは食べ物を選り好みする
シロアリは食べ物の好みにうるさく、あまりに硬かったり、解毒できないような毒物質を含んでいたりする木片は食べません。
従って、シロアリの種が違えば、食べ物の好みも異なります。そのような選択性があるから、競争を少なくして、同じ場所に共存
することができるのでしょう。また、木片の大きさに関しても、家屋の木材にのみつく種もあれば、小さい木片のみを好むものもい
ます。
では、どのようにしてシロアリは木片の大きさを知るのでしょうか?
ダイコクシロアリ(Cryptotermes domesticus)
( 右図)
の職蟻は目が見えないので、木片の大きさを
視覚で判断することはできません。シロアリは振動のシグナルで交信しているのです。シロアリが木を齧る時の騒がしい音
は、仲間への信号となります。また、兵蟻は差し迫った危険を知らせるのに、頭を木に叩きつけます。
職蟻にいろいろなサイズの木片を与えると、特定のサイズの木片のを好みます。これは木片の大きさで共鳴振動が変わるからで、
人為的に振動を変えると好みも変わります。生殖虫への成長分化にも振動シグナルが影響しているそうで、
シロアリの世界では、振動シグナルは重要な役割を持っていると考えられます。
5. 昆虫に寄生するボルバキア(Wolbachia)
ボルバキアは節足動物の生殖組織にごく一般的に広く見出されるバクテリアで、卵の細胞質を通じて垂直伝播し、生殖不和合性や
単為生殖の誘導、雄の雌化など寄主の生殖に多くの影響を与えます。しかし、寄主の成長に負の影響を与えず、
バクテリアに一方的に利益をもたらすので、偏利共生とも考えられます。
またこのバクテリアは節足動物種間を水平伝播することも知られ、近年、これらの興味深い微生物の研究が著しく進んできました。
ボルバキアは、最近の調査では、昆虫種の16%以上に存在し、またダンゴムシやワラジムシなどの甲殻類
やダニでも発見されていますが、脊椎動物ではまだ確認されていません。
ボルバキアによる生殖不和合
精子と卵が合体しても細胞質に何らかの異常があって、正常に受精できないものを細胞質不和合といいます。ボルバキアが
生殖組織に共生しているために細胞質不和合が起こり、生殖が妨げられる例が知られています。
オナジショウジョウバエ(Drosophila simulans)には1系統
のボルバキアが感染しており、このボルバキアは雄の精子に毒素を入れます。感染を受けた雄が感染を受けていない雌と交尾すると、
毒素が働くために、不和合となって子供は得られません。
感染を受けた雌の卵はこの毒素を分解してしまうため、和合となり子供を作ることができます。
これに対して、2系統のボルバキアの感染を受けると、同じ系統のボルバキアの感染を受けたもの
同士のみが子孫を残すことができます。
寄生バチNasonia属には3種類の近似種
(N. vitripennis、N. giraulti
、N. longicornis)がいます。N. vitripennis
は世界中に広く分布し、いろいろなハエに寄生する万能型で、他の2種は北米に分布し、鳥の巣に
つくクロバエの蛹に寄生していますが、この3種ははっきり区別できる別系統のボルバキアの感染を
受けているために、完全にあるいはほぼ完全に生殖不和合で、交配して雑種を生じることはありません。しかし、抗生物質を投与
してボルバキアを除くと、交配が可能となります。
N. giraultiとN. longicornisは非常に近い種である
ことが、遺伝的にも分子生物学的にも、明らかにされており、この2種が分岐したの
は25万年前で、N. vitripennisと
は80万年前に分岐したと推定されています。
抗生物質を投与してボルバキアを除いたN. giraulti
とN. longicornisを交配すると、
その雑種F1およ
びF1同士の
子供F2は正常に育ちます。
次に、同様にしてボルバキアを除いたN. giraulti
とN. vitripennisの交配実験で
は、F1は得られます
が、F2に障害が現れます。
このことから、N. giraulti
とN. vitripennisは80万年前に、ボルバキアが原因で
生殖隔離され、その後両集団に突然変異が積み重なって新しい種へと分岐したと考えられます。
他方、N. giraultiとN. longicornisでは、
生殖隔離はされていますが、その後25万年しか経ていないので、両集団での変異が十分に集積されて
おらず、まだ完全に新しい種に分岐してはいないと思われます。
新しい種が形成される主な原因として、空間的および時間的な生殖隔離が考えられてきました。すなわち、生息域が分断されて
生殖ができなくなったり、昆虫のように越冬の形態が卵、幼虫、蛹、成虫と異なるために、生殖が隔離されたりします。
しかし、Nasonia属の場合は、共生関係が寄主の生殖を隔離し、新しい種形成が起こったと
考えられ、共生微生物による種形成の初めての例として注目されています。
単為生殖の誘導
タマゴヤドリコバチ科の寄生バチ(Trichogramma wasps)は単為生殖をすると、
生まれてくる子供は全て雌となる産雌単為生殖です。ボルバキアの感染を受けると、受精が阻害されるために、生まれてくる子供は
全部雌となりますが、抗生物質でボルバキアを除くと雄を産むようになります。
雄を雌化するボルバキア
ダンゴムシはボルバキアの感染を受けると、雄は雌に性転換します。ヒトや多くの動物の性染色体の遺伝子型は雌がホモ
(XX)、雄がヘテロ(XY)ですが、ダンゴムシは反対に雄が
ホモ(ZZ)、雌がヘテロ(ZW)です。感染を受けた雄は遺伝子型
はZZでも雌になります。このZZの雌が産んだ子孫は
全部ZZになりますが、感染を受けているので、全部雌になります。
ボルバキアからアズキゾウムシへの遺伝子水平移転
アズキゾウムシ(Callosobruchus chinensis)
は3系統のボルバキア(wBuCon、wBruOri、wBruAus)
に感染しています。
前2系統はアズキゾウムシに細胞質不和合性を起こさせるので、同じ系統に感染したもの同士のみが
子孫を残すことができます。しかしwBruAusは不和合性を生じることはありません。また、
前2系統は抗生物質投与で容易に除去することができますが、wBruAus
は取り除くことはできません。
分子生物学的解析から、wBruAusはバクテリアそのものではなく、アズキゾウムシ
のX染色体に移されたボルバキアののゲノム断片であることが示されました。
すなわち、ボルバキアの遺伝子の一部がアズキゾウムシのゲノムに水平転移した可能性が高いと考えられます。もし、本当にそう
であれば、バクテリアと動物間で遺伝子の水平転移が自然状態で起こったことになり、これが最初の発見とし注目を浴びています。
6. 共生菌の侵入により、昆虫の進化が早まる
微生物学者は、遺伝子の水平移動(生物間の遺伝子の移動)が生物の環境適応に重要であることを古くから認識していました。例えば、バクテリア間の遺伝子の移動は、プラスミド(染色体DNAとは別に存在するリング状のDNA)やファージ(バクテリアに感染するバイラス)などに見られ、これによって、重要な特性がある種から別種に導入されます。例えば抗生物質抵抗性などの特性は、プラスミドによって導入された例が多く知られています。それに対して多細胞生物では、種は突然変異と自然淘汰によって、特性を持つようになるのが一般的です。しかし、最近、特性の水平移動が節足動物の進化に重要な役割を果たしてきたことが明らかにされてきました。この特性は多くの場合、共生バクテリアの遺伝子に由来していることが、多くの昆虫で明らかにされています。
多くの昆虫は細胞内に共生バクテリアを持っており、これが親から子へと垂直に伝播しています。これらの細胞内共生菌は相利共生で、宿主である昆虫の生存には不可欠で、何百万年もの間この宿主昆虫と安定した共生関係を保ってきました。これに対して、宿主昆虫の生存には関わりなく、単に共生している「二次共生菌」の存在も多くの昆虫で見つかっています。これらの二次共生菌の多くは、例えば天敵に対する抵抗性のような特性を宿主にもたらしています。
Himlerらは、米国南西部で6年間に及ぶタバココナジラミ
(Bemisia tabaci)と共生菌の関係を研究してきました。
彼らの実験では、タバココナジラミがリケッチャ(普通のバクテリアよりも小型の微生物、バクテリアに属している)に感染すると、非感染個体に較べて、約2倍の子を生み、その子が成虫にまで生き延びる割合が高まるだけでなく、雌の出現率が高まることが示されています。しかし、そのメカニズムはまだ明らかではありません。このリケッチャは親から子へと受け継がれ、宿主個体群中に広がります。
もう一つの特徴は、このリケッチャがタバココナジラミの個体群に広まる速さにあります。2000年にタバココナジラミ個体群の1%に感染が見られましたが、2006年には
97%が感染していたということです。このように早い侵略は昆虫では一般的のようで、他にも多くの例が知られています。
例えば、カリフォルニアのオナジショウジョウバエ(Drosophila simulans)の個体群に
Wolbachia属の細菌が共生し、ショウジョウバエに細胞質不和合性(精子と卵とが授精しても胚発生が起こらない)が起こり、感染虫と非感染虫間での子孫ができなくなりましたが、逆に感染虫はバイラス病の感染に対して抵抗性になったことが報じられています。しかもこの細菌は3年間でこのショウジョウバエの個体群中に広がったとのことです。
最近の報告によると、1980年代以降、Drosophila neotestacea(キノコショウジョウバエ)の個体群にSpiroplasma属の細菌が共生し、線虫の寄生から宿主昆虫を守っているとのことですが、いずれの場合でも、遺伝子の突然変異に基づく適応よりも速やかに進行するのが一般的のようです。勿論このようにして得られた特性は、垂直伝播してその種の特性として残ります。
更に最近の報告によりますと、共生菌がアブラムシの食草を変えることが知られています。日本の研究グループは、アブラムシ体内に生息する特定の共生細菌Regiellaを異種間移植することで、ある種のアブラムシが、これまで餌として利用できなかった植物上で生存や繁殖が可能になることを発見しました。この関係を農業に応用して、害虫防除に役立てる日も来るかもしれません。
7. 寄生虫を媒介する昆虫
人の病気を媒介する昆虫はたくさんいますが、そのうち、寄生虫が原因となるマラリヤとフィラリアについて、簡単に解説しま
しょう。
マラリア
マラリアはマラリア原虫(原生動物の単細胞生物)によって起こされる病気で、ハマダラカが原虫を媒介します。この病気の
感染者は世界に8億人、年間死亡者は150万人といわれております。
ヒトに感染した原虫はまず肝臓に入り、赤血球に選択的に侵入します。赤血球を破壊しながら、無性的に分裂増殖した原虫は
有性生殖に使われる生殖母体を作ります。この生殖母体はヒトの体内では増殖しませんが、そのヒトの血を吸ったハマダラカ
の中腸内で、雄性と雌性生殖体が合体し胞子を作ります。ハマダラカが次のヒトを吸血するとき、この胞子が感染します。
このように、ハマダラカを介さないと感染は起こりません。感染を可能にする胞子を形成するハマダラカが一次宿主(終宿主)、
ヒトが二次宿主(中間宿主)となります。
フィラリア
フィラリアはバンクロフト糸状虫、マレー糸状虫などの寄生虫で、カやアブなどの吸血昆虫によって媒介されます。これに感染
すると、象皮病や陰嚢水腫になります。男性の方が感染しやすく、去勢すると感染率は低下し、去勢雄に男性ホルモンを投与する
と感染率は高まります。西郷隆盛が陰嚢水腫に罹っていたとの噂もあります。
目黒にある寄生虫館に、これに罹った男性が自分の陰嚢を天秤棒で担いでいる写真がありますが、滑稽だと笑ってもいられません。
現在日本には、これに罹っている人はいないようです。
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