昆虫の行動

1. 昆虫の大移動
オオカバマダラ(Danaus plexippus
  NHKのプラネットアース、第10集「森林 命めぐる四季」 の中に、メキシコ、シエラマドレ山脈に集まる何億匹という夥しい数のオオカバマダラの大群が写しだされています。 集まったチョウはモミの木に群れをなしてとまり、これを上から見ると、紅葉のように黄金に輝き、非常に感動的なシーンです。 NHKの「ダーウィンが来た」ではこれを「黄金の樹」と表現しています。
オオカバマダラはトウワタ(ガガイモ科)を食草とし、トウワタに含まれる毒物質を体内に選択蓄積して、天敵から身を守る ことはよく知られた事実で、「植物はどのように病害虫から身を守るのでしょうか?」で 詳しく述べられています。
  このチョウは、11月カナダ、北アメリカからメキシコのシエラマドレ山脈を目がけて 3,500Kmを南下移動し、モミの木に群れをなして止まって越冬します。春になると、 彼等は500Kmほど北上し、北アメリカ南部で交尾・産卵し、第2世代と なります。第2世代成虫は更に北上し第3世代となり、 第3世代の成虫は更に北上してカナダに入り、ここで育った第4世代 の成虫がメキシコに南下するのです。

オオカバマダラ以外にも大移動をする昆虫には、アルゼンチンのトンボ(Aeshna bonariensis)、 アフリカのサバクバッタ(Schistocerca gregaria)が有名で、バイオマスの大きさでは オオカバマダラに勝ります。
わが国では、農作害虫のトビイロウンカ(Nilaparvata lugens)と ナガカメムシがよく研究されています。

*:カンシャコバネナガカメムシ(Cavelerius saccharivorus)、 コバネナガカメムシ(Dimorphopterus pallipes)、 ニッポンコバネナガカメムシ(D. japonicus)の3種がいます。

トビイロウンカ
  トビイロウンカ(右図の左) は秋ウンカの代表で、梅雨期にジェット気流に乗って、中国本土から東シナ海を渡ってくることが 1967年、潮岬南方約500kmでの定点観測により明らかにされました。
イネの汁液を吸ってイネを枯らしますが、あまり移動性がなく部分的にイネを枯らすので、「坪枯れ」(右図の右)と呼ばれ ています。 生息密度が高いと、翅が長く飛翔力の高い個体(長翅型の個体)が出現し、新天地を求めて移動します。 通常、数世代を経て北上しますが、日本では越冬することができず、全部死んでしまいます。
右図は島根県農業技術センターの許可を得て、掲載しました。

ナガカメムシ
  ナガカメムシ3種もイネ科植物を食害し、密度が高くなると長翅型が出現して移動しますが、 条件が良くなるまで休眠する個体も現れます。移動をする個体は産卵はしません。長翅型の出現と産卵は同じホルモン (幼若ホルモン)の影響を受けているからです。

  ケニアのオグロヌー(Connochaetes taurinus)、北米の カナダヅル(Grus c. canadensis)など、大移動する哺乳類や鳥類 は多くいますが、これら脊椎動物の移動は、年間を通じてある期間(例えば子育ての期間)良質の餌を利用するための メカニズムとしてとらえられています。従って、これらの個体は往復移動をします。昆虫の場合、オオカバマダラ以外は往復移動 はしないし、移動の目的はほとんど分かっていません。オオカバマダラだけは、世代が代わって往復し、越冬のためであることが 分かっています。
昆虫の大移動とは、自然界で、周期を持って繰り返される方向性のある移動と定義されます。もし昆虫が、 翌年良質の餌場に戻らなければ、何のために大移動するのでしょうか? 大移動の理由は、現在の生息地に留まるよりも適応上の利が多い時と考えられますが、適した場所に到達すると移動を やめてしまうのでしょうか?あるいは個々の昆虫は疲れきって死ぬまで大移動を続けるのでしょうか? 移動の方向はどうして決めるのでしょうか?など多くの謎に包まれています。

2. 世界に進出するヒトスジシマカ
 ヒトスジシマカ(The Asian tiger mosquitoAedes albopictus)は白の横縞を持つことから、タイガーモスキートーと 呼ばれる蚊で、東アジアおよび東南アジアの森林の水溜りや木の洞などで成長します。最近、これが北米、南米、ヨーロッパ などに侵入し大問題となっています。

 1983年昆虫学者Paul Reiterが米国テネシー州の墓地で ヒトスジシマカを発見しましたが、その時は、これが大問題になるとは誰も思いませんでした。 25年後、この蚊は米国の36州ばかりでなく、中南米の多くの国 に侵入し、さらにアフリカおよび中東を進行中です。また、イタリア、オランダなどヨーロッパの広い地域を征服しようと しています。

 2005-06年にかけて、インド洋に浮かぶ島で、チクングニヤ病(バイラスによる感染症) と呼ばれる病気が大発生しました。 また、同じ頃イタリアでも小規模な発生があり、この原因がヒトスジシマカにあることがわかりました。 ヒトスジシマカの体内では20種以上のバイラスが増殖することが実験室で確かめられています。 すなわち、ヒトスジシマカはこれらのバイラスを人に運ぶベクター(病原媒介体)となり得るということです。 しかし、これまでにヒトスジシマカが媒介する病気として知られているのは、チクングニヤ病とデング熱のみで、いづれの 病源媒介性も弱いと考えられています。その理由は、ヒトスジシマカが広い範囲の哺乳類、鳥類、爬虫類などから血を吸う からです。もし、ヒトスジシマカがデング熱患者の血液を吸ってトカゲや鳥に移ったとすると、デング熱は霊長類以外には 感染しないので、これ以上病気が広がることはありません。それに対して、ネッタイシマカ (Aedes aegypti)はほとんど人間の血しか吸わないので、デング熱が爆発的に発生 する原因となります。ネッタイシマカによるデング熱の大発生は熱帯地方でしばしば起こっています。 ヒトスジシマカによるデング熱の発生は、これに比してマイルドで、2001-02年に ハワイで発生したデング熱は、感染者は僅か100人程度に感染したに過ぎませんでした。 ヒトスジシマカはもともと森の中の水溜りや木の洞などで育ちますが、もちろん人里でも育ちます。ネッタイシマカは主に 人里近くで育つので、ヒトスジシマカが人里に現れると両者が競合して、ネッタイシマカが減るとする研究者もいます。 しかし、インド洋の島でのチクングニヤ病の大発生では、チクングニヤバイラスが突然変異を起こし、ヒトスジシマカが ベクターとして最適になったといわれています。 これと同じようなことがデング熱やその他の病気でも起こる可能性は誰も否定できません。したがって、やはり、 ヒトスジシマカの侵入は防がなければなりません。

 では、どうしてこのヒトスジシマカがアジアから欧米に広がったのでしょうか?第二次世界大戦の後、米軍が資材を 戦地から米国に送り返した時に、ヒトスジシマカが他の6種の外来種と共に、古タイヤの中に 入って密航してきたのが見つかりました。さらに1972年、米軍がベトナムから送り返した 古タイヤにも見つかりましたが、徹底的な防除により、ヒトスジシマカの定着はまぬがれました。 1985年、テキサス州ヒューストンの道路端にある古タイヤの集積所でヒトスジシマカの個体群 が見つかりました。何百万本の古タイヤが毎年日本やドイツから米国に輸入されています。日本やドイツは再生タイヤの使用 規制が厳しいのであまり使いませんが、米国は規制がゆるいため、中古タイヤを輸入して、再生タイヤとして用いています。 古タイヤに残っている水は蚊の卵や幼虫には理想的な場所です。この水が蒸発しても、卵は乾燥に強いので、タイヤが目的地 に着くまで生き延びています。マラリアの媒介をするガンビハマダラカ (Anopheles gambiae)は生き延びることはできません。 米国に侵入したヒトスジシマカは日本から来たのであろうと考えられています。日本の種と同じように、米国の ヒトスジシマカは短日に反応して休眠に入ることにより、寒い冬を乗り切ることができます。熱帯産のヒトスジシマカは この能力を欠いています。

 南アメリカへのヒトスジシマカの侵入は2-3年遅れましたが、今ではほとんどの地域に広 がっています。アフリカの多くの場所では、データーがあまりありませんが、この蚊はすでに多くのアフリカ諸国で見つ かっています。 ヨーロッパでは、1979年にアルバニアでヒトスジシマカが初めて見つかっています。 これは中国から入った可能性が高いということです。 これまでに、ヨーロッパの国の中で、最も被害の大きいのはイタリアで、侵入初期に防除する機会を失ったからです。 1990年に最初のヒトスジシマカが見つかった時、政府が防除に早急な手を打たなかったために、 北イタリアの都市の観光収入は大幅に減ってしまいました。

 ヒトスジシマカの侵入を止めることはできないでしょうか?一度定着すると、これを除去することは不可能で、せいぜい できることは数を減らすことだけです。しかし、これも困難で、大変なコストがかかります。 イタリアは新しい方法、不妊虫放飼法、を計画し、2008年の夏に野外試験を実施する予定です (現在実施中でしょう)。 放射線を当てて不妊化した雄を大量に野外に放飼して、野生の健全雄を数で圧倒し、健全雄が健全雌と交尾するのを抑える ことによって、個体群密度を低下させる方法で、日本では沖縄のウリミバエ防除での成功例があります。 しかし、蚊に用いられた例はないし、予算もないことから、成功も危ぶまれています。

 イタリアから他のヨーロッパ諸国に広がったのは、自動車やトラックなどの中距離輸送をヒッチハイクしたようです。 ヒトスジシマカが広まったもう一つのルートは、中国から装飾用植物として輸入されている Lucky bamboo(ゆり目、リュウゼツラン科、 Dracaena sanderiana)について持ち込まれたことがわかりました。  園芸の中心であるオランダは、このLucky bambooを広く世界に輸出しており、これが新たな 感染の種を蒔くのではないかと懸念されています。そのため、中国から輸出される前に防除処理を行い、ある程度の効果を あげているようです。

 このヒトスジシマカはどこまで生息範囲を広げるのでしょうか?人によって意見が分かれるところですが、終わりは 見えないようです。

3. 寄生蜂の蛹を守るシャクガ幼虫
   ブラジルのシャクガの 1種(Thyrinteina leucocerae)にコマユバチ (Glyptopanteles sp.)が寄生するとシャクガ幼虫の行動が変化することが紹介されています。 この寄生蜂はシャクガ幼虫に80個ほどの卵を産みつけます。この卵はシャクガ幼虫体内で孵化、 成長し、3週間後には体外に出て、 近くの木の葉や茎で蛹化します。するとシャクガ幼虫は摂食をやめて、 右図のように、寄生蜂の蛹の見張り番をはじめます。 外敵が近寄ると、激しく頭を振って外敵に頭突きをして追っ払います。 寄生を受けていないシャクガ幼虫は寄生蜂の蛹の近くに置いても、餌を食べ続けるだけで、決して見張り番はしません。 また、捕食者であるカメムシ(Supputius cincticeps)の攻撃から寄生蜂蛹の約半数が救われる ことが実験的に示されています。さらに、シャクガ幼虫の見張りによって、寄生蜂蛹の死亡率が 半減していることも野外試験で確かめられています。 寄生蜂が羽化した後すぐにシャクガ幼虫は死んでしまうので、このようなシャクガの行動は寄生蜂には大きな利となりますが、 シャクガにとっては全く利とはなりません。何故このような無駄な行動をするのでしょうか?またどのようにしてこの行動を 起こさせるのでしょうか?まだ全くわかっておりません。

 

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