植物の生長と生殖
植物のたくましい生長とたくみな生殖
  植物は炭酸ガス、水、少量のミネラルを原料として、有機物を作ることのできる独立栄養生物です。これに対して動物は 植物の作った栄養素を摂取しなければ生きていけない従属栄養生物です。また、植物は移動ができないので、配偶相手を 容易に見つけることができません。従って、植物は動物と違った生長や生殖を進化させてきました。ここでは、植物に特有の 生長や生殖法について述べましょう。

1. 植物の生長と光合成
  植物の葉は食物工場で、葉の表面の気孔から空気中の炭酸ガスを取り入れ、根から吸い上げた水とミネラルを原料とし、 太陽の光をエネルギー源 としてデンプンを作ります。この操作過程を光合成といい、葉緑素の中で行われます。この光合成の副産物として、 酸素を生成し放出します。光として赤色光を利用するので補色である緑を反射するため、葉は緑色に見えるのです。 一方、植物自体の生長に必要な物質を生産するためには呼吸作用も必要です。光がある一定の強さ以上では、光合成作用のほうが 呼吸作用よりも盛んで、光を次第に弱めていくと両作用は同じになります。この点を補償点といい、その光の 量を最小受光量といいます。最小受光量以下では植物は生長できません。陰性植物では最小受光量が小さく、陽性植物で は大きくなるので、陰性植物の方が少ない光で生長することができます。逆に光が十分あるときは、光合成は陽性植物の方が高い ので、早く生長します。

  植物は大気中の炭酸ガスを固定してデンプンを作りますが、大気中の炭酸ガスだけでなく、体内の化学変化で生じる炭酸ガスを 再利用できる植物もあります。前者をC3植物、後者をC4植物とい います。C4植物にはトウモロコシやシバがあり、この方が光合成の効率はまさります。 C3植物にはイネ、ムギなど多くの植物が含まれます。現在の大気中の炭酸ガス濃度は 355ppmですが、この濃度はC3植物には不足です。炭酸ガス濃度が今 以上に高まると、C3植物の生長はよくなりますが、気温が上がるなどの気象条件が 変わるので、最終的にはマイナスの影響が出ると予想されています。

2. 花を咲かせるものは何か?
植物の光周性
  高等動物では性ホルモンによって、栄養生長から生殖生長へ転換することが知られ、よく研究も進んでいますが、植物では 生殖生長への転換についてはまだ関与するホルモン(花成ホルモン)は見つかっていません。日の長さや低温などが関与して いることはよく知られています。例えば、ホウレンソウやダイコンは夜間電灯をつけておくと、早く花をつけますが、逆に ダイズはいつまでも花が咲きません。このように、光に対する反応は植物種によって異なり、植物が感じとる日の長さを日長、 日長に反応する性質を光周性といいます。植物には日が短くなると花芽形成が促進される短日植物、日が長くなると 花芽形成が促進される長日植物、日の長さと無関係に花芽をつける中性植物などがあり、その代表的な 植物には以下のものがあります。

短日植物:アカザ、アサ、アサガオ、オナモミ、キク、コスモス、シソ、ダイズなど
長日植物:シロイヌナズナ、ダイコン、ホウレンソウ、ナノハナ、ムシトリナデシコ、コムギ、ヒヨスなどで、ロゼット 型植物が多い。
中性植物:インゲンマメ、キュウリ、タンポポ、トマトなど

  シソは日長が14時間15分を境にして、これより短ければ花芽を つけますが、長いとつけません。このような境となる日長を限界日長といいます。アサガオは、日本では 7月に花が咲くので、長日植物と思われますが、実は短日植物です。 これは限界日長が15時間と長いため、日本の日長条件では夏に花が咲きますが、高緯度地方では 秋に花が咲きます。

  植物は日長を感じると言いましたが、実は明るい時間を測っているのではなくて、暗い時間を測っているのです。すなわち、 短日植物の花芽形成に必要なのは、短い明期ではなく、長い暗期なのです。逆に長日植物には短い暗期が必要となります。

  シソは短日植物ですが、これを長日条件で育て、短日条件で花芽をつけたシソの葉を接木すると、長日条件にもかかわらず、 花芽をつけます。このように日長調節や接木の手法を用いて、花成ホルモンは、あるとすれば、葉で作られ、植物全体に 移動する物質で、植物に共通なものと考えられていますが、まだ物質が同定されていません。
  最近、従来の古典的な手法に代わって、分子生物学の手法から花芽形成のメカニズムが徐々に解明されつつあります。 シロイヌナズナ(Arabidopsis)で、花芽形成を制御している遺伝子群が見つかり、 この中にFLOWERING LOCUS CFLC という花芽形成を著しく抑制する遺伝子があることが分かりました。このFLC遺伝子を 働かないようにすれば、花芽形成が始まります。植物にはある一定期間低温に曝さないと花芽が形成されないものが古くから 知られています。これを春化現象バーナリゼーション)といいます。低温処理をすることによって、 FLC遺伝子の発現を抑制する別の遺伝子が発現し、花芽形成が進むことが明らかにされて います。このように、花を咲かせる物質の探求はもう一歩のところまできており、 物質が同定される日も近いと思います。

長い間求めていた花芽形成シグナル、「フロリゲン」が顔を現わした
  1930年代、ロシアの植物生理学者Mikhail Chailakhyanは、植物の葉が日長を感じた時、「フロリゲン」と呼ばれる移動性シグナルが生殖シュートの先端に送られ、そこで花芽形成が始まると提唱しました。しかし、この幻の「フロリゲン」はようとしてその姿を現わしませんでした。2007年、ドイツと日本 の2つのグループが別々に「フロリゲン」と思わしき物質を探り当てました。

  ドイツのグループはシロイヌナズナを材料とし、葉のflowering locus T遺伝子 (FT遺伝子)にマーカー遺伝子 としてgreen fluorescent proteinGFP)遺伝子をつなぎ、FT遺伝子を持たない突然変異体に導入しました。 この組み換え体がFTタンパクを作ると、同時にGFPタンパクも作られるので、容易にFTタンパクの存在部位を知ることができます。その結果、FTタンパクはまず茎の導管組織に、4日後に生殖シュートの先端に現れ、花芽が形成されました。また、この組み換え体を台木とし、FTタンパクを作らない突然変異体を接木すると、台木で作ら れたFTタンパクは上方に移動し、接ぎ穂の突然変異体に花芽を形成しました。

  日本のグループはイネを用いて、葉のHd3a遺伝子(シロイヌナズナ のFT遺伝子に相当する遺伝子)にGFP遺伝子をつないだ組み換え体を作出しました。その結果、Hd3aタンパクは葉、茎、シュートの先端に現れるのが確認されました。次に、Hd3a遺伝子にプロモーターをつないで、Hd3a遺伝子が葉では発現するが、生殖シュートでは発現できないようにしても花芽は形成されました。

  これらの結果から、花芽を誘導する物質はFTタンパク(あるいはそれと相同のタンパク)で、葉で形成され、生殖シュートの先端に送られることが明らかとなりました。すなわち、このタンパクが「フロリゲン」の正体と考えられます。しかし、まだ花芽が誘導されるメカニズムは全く明らかにされていないので、「フロリゲン」は顔を現わした程度で、大部分は未だベールに包まれています。近い将来このベールがはがされることを期待しています。

花の構造を決定するもの
  複雑で優雅な花の構造を作るためには、多くのタンパクを活性化する必要があります。これらのタンパクは MADS-boxとして知られるタンパク群に属し、これらが複合体を形成することにより、同心状に 輪生するガク片、花弁、おしべ、めしべを作ります。 これらのタンパクのうちの4つのタンパクを同時に働かないようにすると、葉の塊のみが作られる ことが示されています。シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)は MADS-box100以上の遺伝子を持ちますが、そのうち、 SEPタンパク群と呼ばれる4つのタンパク全てに突然変異を起こすと、 花器を全く欠いた花となることが見出されました。これを拡大して見ると、正常な葉の真皮細胞と同じ形と配列からなり、 疑いもなく葉の構造をしていました。 このことから、花は葉の変形であることが分かります。

3. 樹木はどこまで高くなれるか?
  植物は根から水やミネラルなどの栄養素を吸い上げ、道管を通じてあらゆる組織に水と栄養を補給し、光合成で作られた有機物 質は師管で茎や根に送られ貯えられます。このように道管と師管で物質の輸送を行う植物を維管束植物といいます。 道管内部は水で満たされ、葉の表面から水が蒸散で失われると、その直ぐ下の水が引き上げられ、 地上60mにも及ぶ大木でも、てっぺんまで水を引き上げることができます。単に真空だけ では、10mしか水は上がらないのに、60m以上も吸い上げるのは驚き です。でも限界があるのではないでしょうか?すなわち、木はどこまで高くなれるでしょうか?また、何がそれ以上高くなるのを とめるのでしょうか?世界で最も高い樹木の頂上で測定することによって、これらの疑問に対する量的な答えをだした物好きな人が います。

  最も背の高い木はカリフォルニアにあるアメリカスギ(giant red-wood、Sequoia sempervirens) で、樹高が112.7mあり、30階建てのビルに匹敵します。 Kochらは世界で最も高い8本のアメリカスギを選び、そのてっぺんに 登って実験を行いました。木の高さの限界を決めているのは基本的には、木のてっぺんへの水の供給であると考えられます。 葉の表面の気孔を通じて、水が葉から蒸散することによって水は木のてっぺんまで上ります。この引っ張り上げる力が重力および 摩擦力より大きければ、水は上昇しますが、小さくなると、気泡が入って水柱は途切れてしまいます。

  木のてっぺんの葉に達した水は細胞の生長を促すします。水の量が小さくなると、木のてっぺんの細胞が小さくなり、細胞壁が厚く なり、その結果、葉は小さくなり、密度が増します。事実110mの高さのところでは、葉の密度は最も 高く、生長が抑制されていることがわかります。これが高さを制約する第二の理由であると考えられます。また、葉の光合成能、 酸素ー炭酸ガスの交換能も影響すると考えられます。これら4つの生理的制約を高さを変えて測定し、 これからアメリカスギの高さは122-130mmaxであろうと予測してい ます。現在最も高いアメリカスギは樹齢2,000年を超えていますが、年に 0.25mづつ伸び続けているとのことです。 アメリカスギの幹の根元から侵入した水は24日という長い時間をかけててっぺんに達します。 乾期に水の補充が遅れると、葉は気孔を閉じて、水の蒸散を止めます。水が少なくなると光合成は減少しますが、これに必要な水は 幹の白木質(木の外層4-5cmの深さで、心材と樹皮の間に存在する)に貯えられています。 アメリカスギが生育するカリフォルニアは、年間3-4ヶ月の乾期がありますが、この期間 は霧が発生し、これを捕捉、利用しています。

4. 植物の生殖
  植物には無性生殖(栄養生殖)と有性生殖とがあります。ヤマノイモのムカゴ、ジャガイモやサトイモの塊茎、サツマイモの根茎 などは種子ではなくて、茎や根などが変形したもので、これらから新しい植物体が生じます。これが無性生殖で、遺伝的には親と全 く同じDNAを持った個体(クローン)になります。これに対して有性生殖は別の個体から遺伝 情報を取り入れるので、環境への適応の幅を広げることができます。環境が安定していれば、無性生殖の方が繁殖には有利ですが、 環境が変化すると全滅するおそれがあります。他個体から多様な遺伝子を受け継いでおけば、環境変化に適応し得る個体が生き残れ ます。植物はこのような2つの方法で子孫を残すように進化してきた生物です。
維管束植物であるシダ、裸子植物、被子植物は生殖のしかたが違っていますので、以下に簡単に説明しましょう。

シダ植物:葉に胞子ができます。葉など植物体は染色体が対になった二倍体ですが、胞子は染色 体は対にならない、すなわち染色体の数が半分の半数体です。胞子が地上に落ちると、前葉体という小さな植物体に生長し、そこで 卵と精子が作られます。成熟した精子は水の中を泳いで別の前葉体の卵に到達し、そこで合体し、二倍体の植物体となります。 このようにシダ植物は精子の移動に水が必要なので、じめじめした場所でないと繁殖できないのです。進化的には最も 古く、4億年前植物が上陸したときは全てシダ植物で、水辺のみに茂っていました。内陸に入り込め なかったのは、水がなかったためです。

裸子植物:雌雄異株(イチョウ、ソテツ)と雌雄同株(マツ、スギ)がありますが、いづれも 雌花と雄花が別々になった単性花です。花には花弁やがく片がなく、雌しべは花柱、柱頭、子房などを欠いて胚珠がむきだしになって います。従って、種子はできますが、果実はできません。花粉は風で運ばれる風媒花です。針葉樹はすべて裸子植物です。イチョウやソテツは広葉を持って いますが広葉樹ではなく、針葉樹に近い裸子植物です。ただシダ植物と同じように精子で受精します。

被子植物:花は花床(花托)と花葉(がく、花弁、おしべ、雌しべ)から成り、雌しべは柱頭、 花柱、子房からなり、種子以外に果実ができます。花粉は動物、特に昆虫、によって運ばれる虫媒花が多く、彼らを引き付けるため に、多くの被子植物はいい香りや甘い蜜を分泌します。 花粉は柱頭につくと花粉管を伸ばし、2つの精核を胚珠に送り込みます。胚珠の中には卵と極核があり 、精核の1つは卵と、他は極核と受精し、前者は胚に、後者は胚乳になります。このような受精を 重複受精といいます。被子植物は花粉が柱頭についてから、受精にいたる時間が早く、裸子植物よりも生殖的に有利です。

5. 植物の他家受精
  植物の受精には自家受精と他家受精があり、多くの植物はこの2つの機能を備えて います。 安定した環境では自家受精で繁殖を確実にし、環境変化に対しては他家受精により他から優れた遺伝子を取り入れるよう進化したと 考えられています。 環境変化に対して適応の幅を広げるためには、できるだけ他個体の花粉を受け入れるよう、自家受精を避ける工夫をしています。 これを発生的機構、形態的機構、生理的機構に大きく分けることができます。

発生的機構:雌雄器官の成熟が時間的に隔離されているもので、雄しべと雌しべの成熟期が 違い、通常おしべが先に成熟します(雄性先熟)。サトイモやユキノシタなどに見られます。

形態的機構:雌雄器官が空間的に隔離されているもので、異型花柱性といいます。 ソバやサクラソウは長花柱花と短花柱花の2つのタイプの花をつけます。これを二型花柱性といい ます。短花柱花は長い雄しべを持ち、ハチなどが花の基部に頭をつっこんで蜜を吸うと、花粉はお尻に付きます。このハチが 長花柱花に行って蜜を吸うと、お尻に付いた花粉は長花柱の先端の柱頭につくので受粉されますが、短花柱花では柱頭はお尻の位置 にはないので受粉できません。逆に長花柱花は短い雄しべを持ち、花粉はハチの頭に付くので短花柱花のみに受粉できます。 このように同型の花同士では受粉ができないような仕組みになっています。従って、 これらの植物は1/2の相手と交配することが可能です。
ホテイアオイやカタバミなど長、短、中の 3種の花柱を持つものがあります(三型花柱性)。同じ型の花との交配はできませんので、 2/3の相手と交配することができます。

最近、特殊な花軸を作って他家受粉を高める植物があることが明らかにされました。 南アフリカの固有種であるホザキアヤメの1種、Babiana ringens(アヤメ科)は、 左図のように、地表近くに 上向きの花を咲かせますが、その横に花を付けない花軸をもっています。この花軸は何のためにあるのでしょうか? B. ringensの個体群で観察を行った結果、この植物の唯一の花粉媒介者は ミドリオナガタイヨウチョウ (Nectarinia famosamalachite sunbird)であることが 分かりました。多くの鳥媒花は下向きに咲いて、鳥は下から嘴を花に突っ込んで、蜜を吸いますが、 ミドリオナガタイヨウチョウは、花軸に逆さ向けに止まって、上から曲がった嘴を花に挿入して蜜を吸います。そのとき、 花粉は鳥の胸の部分に付くので、花粉を他の花に運ぶことが出来ます。 実験的に、この花軸を取り除き、人為的に他家受粉してやれば、開花や結実には全く影響はありませんでした。また、 ミドリオナガタイヨウチョウが訪花する頻度は花軸がある植物の方が、若干多いようでしたが、大きな差はありませんでした。 しかし、人為的な他家受粉を行わないと、花軸を取り除いた植物では結実が半減しました。このことから、鳥が花軸に止まって、 上から蜜を吸うことが、この花の受粉効率を高めることが分かります。すなわち、この花軸は鳥の「止まり木」として働き、 受粉に重要な役割を持っています。 花軸を取り除いた植物でも、花に袋をかぶせて自家受粉のみ可能とした花よりは多くの実を付けることから、鳥が下から蜜を 吸っても、ある程度自家受粉の助けとなっていることも分かります。 ミドリオナガタイヨウチョウの雄は、ほとんど花軸に止まって蜜を吸い、地表に降り立つことはめったにありません。 雄は長い尻尾の羽を持っているので、この羽が地上に降りるのを邪魔するし、羽を痛めるからでしょう。あるいはまた、 雄は、目立つ色をしているので、天敵に襲われる危険性があるためか、あるいは目立った場所に止まって、 縄張りを主張しているのでしょう。
このように、 Babiana ringensの特殊な「止まり木」は、他家受粉を高めるために工夫された新しい構造で、 ミドリオナガタイヨウチョウとの見事な共進化を見ることができます。

生理的機構1つの花の中におしべと雌しべの両方がある 両性花では、柱頭が同じ花の花粉を認識すると、生理的に反応しないので、花粉管が伸長しません。これを自家不和合性 といいます。テッポウユリやマツヨイグサがその例ですが、リンゴ、ナシ、モモなど果物にも多く見られます。

  自家不和合性は近縁のものからの花粉を拒絶することにより近親交配を避け、遺伝的な多様性を維持するためのものです。花粉と 雌しべの和合、不和合は際立った特異性を持つ「S-遺伝子」によって遺伝的に制御されています。 このS-遺伝子は非常に多型で、ほんの小さな個体群でも何種類ものS 半数型(S1S2・・など)が存在し、半数性の花粉は、 そのS-半数型が二倍体の雌しべの2つの S-半数型のどちらかと同じであると拒絶され、それ以外の組み合わせでは全て和合となります。 拒絶のメカニズムに2つのタイプがあることが最近の研究で明らかになっています。 ヒナゲシ(Papaver rhoeas)では、柱頭の表面のS-タンパクと 不和合な花粉は、アポトーシス*によって細胞が死に、花粉管の伸長が抑制されます。  ジャガイモ、バラ、ジキタリスの仲間では、S-半数型に特有の酵素が毒性を持ち、不和合な花粉の 細胞を殺して、花粉管の伸長を抑制します。

*:細胞死にはネクローシスとアポトーシスの2つのタイプがあります。 ネクローシス(壊死)は、細胞が物理的に傷ついたときに起こり、細胞は破裂してばらばらになります。すると、これを片付ける ために白血球が集まるので、発熱や炎症を伴います。これに対して、アポトーシスはプログラムされた細胞死で、何らかの 情報により遺伝子が発現して細胞を自殺させます。この細胞死では細胞は小さな断片となり、周囲の細胞に吸収されます。 何の症状も現れず、気づかないうちに進行します。オタマジャクシの尻尾がなくなるのも、イモムシがチョウになるときも、不要 になった細胞はアポトーシスで取り除かれます。動物の手(肢)は初めは野球のミットの形をしていますが、細胞の一部がアポトーシス で死に、指が出来上がります。この過程を阻害すると、肢に水かきができるということです。以上のように、ネクローシスは 「事故死」で、アポトーシスは「自己死」ということができます。

6. 植物の自家受精
  自家受精を促進する仕組みを持った植物もあります。フタバアオイやオオイヌノフグリではおしべが動いて、自分の花の柱頭に花粉 をなすりつけます。キツリフネやスミレの仲間は自家受精しかできない閉鎖花をつけることがあります。オオミゾソバやヤブマメは 地中に地中閉鎖花をつけます。しかし、これらの植物も花弁の発達した普通の花もつけ、他家受精の可能性も残しています。 むしろ他家受精に失敗した時の予備として、自家受精を行うと考えられます。

こ<れに対して、積極的に自家受精のメカニズムを進化させてきた植物もあります。
最近、ショウガ科のCaulokaempferia coenobialisで全く新しいタイプの自家受粉の形態が 見つかりました(左図) 。C. coenobialisは落葉性の多年草で、中国南部に自生し、日陰で風もなく、 昆虫も少ない場所に育つ植物です。花は横向きに咲き、花粉は油状の液中に分散し、この油膜が花柱に沿って拡散することによって 柱頭に運ばれます。自家受粉と人為的に花粉を柱頭につけた時とで、結実に差がないこと、花全体を袋で覆っても結実に影響がない ことも確かめられています。

ごく最近、新しいタイプの自家受精のメカニズムが着生ラン、(Holcoglossum amesianum、 商品名では秋咲き松の葉ランと呼ばれているようです)で見つかりました。 一つの花の中に、雄しべと雌しべを持つ両性花であるこの花は、雄しべを重力に逆らって360度回転し、花粉を雌しべに運ぶことができます。 このランは中国、雲南省の高度1,200-2,000mの森に生える樹木に着生し、乾期 の2月から4月にかけて美しい花を咲かせます。 この時期は湿度は30%程度と低く、虫も少なく、風もありません。  右図のように、 この花の雄しべと雌しべの間には仕切りがあって(図中にはRostellumと記入されています)、 雄しべと雌しべは隔離されています。花が十分に開くと、雄しべのキャップ(図中のAnther cap) が開き、雄しべをずい柱*1から切り離し、 柄(図中のStipe)の付いた2つの花粉塊がむきだしになります。

*1:雄しべ、雌しべに相当する器官が集約されたもので、花の中央部花弁の基部、すなはち、 子房の上の太い突起部

この柄は柔軟性があり、前方、後方、上方、下方自由に曲がり、図に示すように、花粉塊 (図中のPollinia)を、仕切りを乗り越えて、内側の雌しべに届けます。 (この図は清華大学のLaiQiang Huang教授の許可を得て、掲載しました)

  Liu Ke-Wei らは10個体群を、3シーズンに亘って観察した結果、約2,000個体の全てで、この受粉方式を確認しています。
この受粉方式で自家受精した花のほとんど全てが結実し、生殖期間中花に袋をかぶせて、他の花から花粉が飛んでくるのを 抑えても、結実率は変わりません。すなわち、このランは自然界において、全てがこの方式による自家受精をしていると考えられます。 また、受精前に雄しべを除去すると、花に袋をかぶせても、かぶせなくても、全く結実は見られません。従って、単為生殖では ないこともわかります。
このランは距*2のような他家受粉に必要な構造も持っているので、 他家受精も可能かもしれませんが、距は浅く、蜜も匂いも持っていません。事実、観察期間中一度も訪花昆虫の姿を見ていなし、 雄しべを揺らすほどの風もなかったということです。

*2:花びら(唇弁)につながって後ろにつき出ている部分を距といいます。スミレの花などに見られるもので、ここに 蜜をため、虫を誘引します。

    多くの植物は他家受精を行い、花粉を媒介するものがない場合の補助として、自家受精を行うのが 普通ですが、このランの自家受精は、他家受精ができなかった場合のバックアップとして、存在しているものではない と考えられます。このランは近親交配の弊害を克服して、厳しい生育環境に適応、進化してきたのでしょう。 このような環境に育つ種には、このような自家受精方式が広く採られているのかもしれません。

7. 植物に近親関係の認識は存在するか?
  血縁関係を認識することのできる生物は、縄張りを設けて無駄な争いを避け、また近親相姦による遺伝的障害を避けることができます。また兄弟、姉妹などの遺伝子を共有する個体により、遺伝子を多く残すこともできます。血縁関係の認識は動物界では広く見られ、視覚、聴覚、嗅覚などによって、これを認識しています。植物も根を通じて、近親関係を認識できることが 最近のNature誌に報告されていますので、簡単に紹介しましょう。

    植物は見ることも、聞くことも、におうこともできないので、これ以外の方法で情報交換を行っています。根が放出する化学的なシグナル、柱頭が花粉を認識する物質(まだメカニズムは分かっていません)、寄生植物が宿主を認識する化学的なシグナル、葉が病虫害の攻撃を受けた時に警戒シグナルとして放出される揮発性分子、赤色光の割合の変化(隣の植物が光合成のために赤色光を吸収するために、別の方向に枝を伸ばし葉が重なり合わない)などの情報交換がよく知られています。しかし、植物が遺伝的な近親関係を認識した例は知られていません。もし、植物が、動物と同じように、遺伝的近親関係を認識し、近親関係に基づく特殊な行動をとるならば、近親な種は繁栄し、彼らの遺伝子は、血縁選択として知られる過程により、子孫に多く引き継がれるでしょう。逆に、植物同士に近親関係がなく、お互いに生存競争を行えば、勝者のみが繁栄するか、共倒れになるでしょう。

  DudleyFileは、オニハマダイコン (アブラナ科、Cakile edentula 左図)を用いて、 植物が近親関係を見分けられるかどうかを試験しました。その結果、同じ母株から得た複数の個体を1つのポットに植えると、異なる母株から得た複数の個体を一緒に植えたときよりも、根の総量は少なくなることを発見しました。近親関係を認識した各個体が、空間を分かち合うため譲り合って、根の成長を抑えたのか、近親関係のない個体同士が、より多くの栄養を獲得するために、根の生長を高めたのか分かりません。いずれにせよ、オニハマダイコンの根は、近親関係のある、なしで違った反応をしたわけです。 近親関係がある場合に根が小さいのは、根同士が重なり合わないためで、栄養資源の奪い合いがないことを示しています。 これに対して、近親関係がない個体同士では、根は複雑に重なり合っていました。
(写真はDave's GardenStacey Carr Cyrusさんの許可を得て、掲載しました)

  これらの結果から、近親関係を認識した個体は、根が重なり合うのを避けるために、根を別の方向に伸ばそうとしますが、ポットの中は狭いので 根を伸ばす場所がなく、根が小さくなると考えられます。事実、別の報告によると、野外では近親関係のあるオニハマダイコンは根を重なり合うことなく 大きく伸ばし、近親関係のない個体群よりも多くの子孫を残したということです。

    脳を持たない植物がいかに近親関係を認識するのでしようか?誰にも分かっていません。化学物質、電気的シグナル、細胞表面で機能する酵素などが 可能性として考えられます。

  上に述べた実験のみから「植物の近親関係の認識」を結論づけるのは少々無理があるように私には思えます。彼らが今後どんな手法を用いて、 「植物の近親関係認識」を証明するか楽しみにしています。

8. 植物の枝別れを制御するホルモンが見つかった
  植物は移動することができないので、化学物質による巧みな交信システムを進化させて環境の変化に対応してきました。 このシステムの1つに、枝別れをして枝を横に張る性質があり、これが植物の形を決定します。 カエデとスギを比べてみると、その形状は全く異なっています。スギは上に向かって生長し、横に伸びるシュートの生長を抑制 するので、スリムな高木となります。これとは対照的に、カエデは上への伸長はあまり大きくなく、横に生長する複数のシュート を持つので、枝の張った形となります。樹木の形状は主に遺伝子によって決まりますが、環境に応じて形状を 変えることもできます。

  植物の枝分かれはまず腋芽が作られ、これが生長して形成されます。腋芽は常に生長するとは限らず先端の頂芽が生長して いるときは、休眠状態にあります。これを「頂芽優勢」といいます。頂芽優勢の維持には、オーキシンとサイトカイニンという 植物ホルモンが関与していることは古くから知られていました。最近、枝分かれを制御する別の植物ホルモンが、 2つの研究グループによって報告されました。この物質はストリゴラクトンという化合物で、 カロチノイドからできると考えられています。 カロチノイドを分解する酵素の遺伝子に突然変異を持つ植物、すなわちカロチノイドを分解することができない植物は、枝別れ が過剰になります。逆に、この枝分かれ過剰突然変異体にストリゴラクトンを投与すると正常な植物体に戻ります。このことから、 ストリゴラクトンは枝わかれを抑える物質で、カロチノイドの分解により作られることがわかります。また、この物質は根で 作られ、地上部に移動し、そこで作用を現すこともわかりました。従って、ストリゴラクトンは「ある組織で作られ、 他の場所に移動して作用を現す」というホルモンの定義に適合しているので、新しいタイプの植物ホルモンと考えられています。 しかし、ストリゴラクトンが生合成される過程、枝別れを抑える作用機構、ストリゴラクトン自体がホルモンであるのか、 あるいはホルモンの前駆物質であるのかなどについては、まだ解明されていません。

  ストリゴラクトンは、他の植物の根に寄生するストライガ(Striga)属や オロバンキ(Orobanche)属(共にゴマノハグサ科の寄生植物)の発芽を促進する物質として 知られていました。これらの寄生植物は、宿主が分泌するストリゴラクトンを感知して初めて発芽します。 宿主植物は栄養を奪われ生長が妨げられるのに、何故寄生植物を助けるのでしょうか?

  ストリゴラクトンは、植物の根に共生するアーバスキュラー菌根菌 (arbuscular mycorrhizal fungi)を呼び寄せる シグナルとしても働いていることがわかっています。アーバスキュラー菌根菌は、土壌中から栄養分をとって宿主植物に与え る重要な共生菌です。もし、この菌根菌がいなくて宿主植物が十分な栄養を採ることができないと、宿主植物は ストリゴラクトンを大量に作って、地上部では枝別れを抑え、根では菌根菌を誘引します。 このように、ストリゴラクトンはもともとアーバスキュラー菌根菌との共生を築くために宿主植物が分泌する物質で あったものを、ストライガなどの寄生植物がこれを悪用し、自分の宿主を見つけるのに利用していると考えられています。

  今後この研究がさらに進めば、枝分かれ、菌根菌の定着、寄生植物の発芽の制御をターゲットにした化合物がデザインされる でしょう。ストライガやオロバンキは発展途上国では、特にアフリカでは、農作物に大きな被害を与えています。農作物を 植える前に寄生植物の発芽を促せば、寄生は成り立ちません。また、植物の形状を思い通りに変える化合物は、特に装飾植物 を生産する園芸産業で歓迎されることでしょう。

 

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