植物生態系の構成と植生の遷移
ある土地に生育している植物の集団を全体的にとらえて「植生」といいます。植生は
その土地の土質、気候など環境条件により、違った植物の集団から成り立ち、これを植物群落といいます。
植物群落の外観は、その群落の主体となっている優先種の形態的な特徴により異なり、その全体を視覚的に
捉えて相観といいます。
ここでは広葉樹林や針葉樹林の相観とその構成などについて説明しましょう。
1. 植物の進化と分布域の変遷
維管束を持つシダ植物が出現したのは、今から3億5千年から4億年前の古生代シルル紀からデボン紀と言われています。
この当時は、温暖、湿潤の恵まれた気候でした。シダ植物は、葉の裏に胞子ができ、この胞子が地上に落ちて、
卵と精子を作る前葉体と呼ばれる小さな植物体に生長します。精子は成熟すると前葉体を出て、水の中を泳いで
成熟した卵を持つ他の前葉体に到着して受精します。このように、シダ植物の受精には水が不可欠なため、水辺を
離れて、内陸に進出することはできませんでした。今でもシダ植物は湿り気の多い所のみに生育しています。
精子の移動に水が必要だからです。2億5千年前の二畳紀になると、精子の代わりに花粉を作り、風で運ばれて受精する
裸子植物が出現し、内陸に生存領域を拡大していきました。種子繁殖と生育に都合の悪い時期を休眠で耐えるという
特性を持った裸子植物は、内陸部や高緯度地方まで適応放散して地球上の主役となりました。さらに1億5千年前のジュラ紀には、
被子植物が現れ、花粉を昆虫や動物に運ばせることによって、受粉効率を高めることに成功しました。
被子植物はさらに甘い蜜や果実を作って動物や昆虫を引き付け、受粉効率を高めると共に種子を遠くまで運ばせるなどにより、爆発的に
進化をとげ、1億年前の白亜紀には、裸子植物に取って代わりました。この時、裸子植物の中でも針葉樹だけが絶滅せずに生き残る
ことができたということです。
2. 森を作る植物種
常緑広葉樹
常緑広葉樹はシラカシ、アラカシ、スダジイ(全てブナ科)などに代表され、初夏に新旧の葉を入れかえ、
冬も青々と葉をつけています(右図)。
巾広で面積の大きい葉と果実をつける被子植物で、樹冠(樹木の最上部)が「もこもこ」と丸くなるのが
特徴です。太陽が当たると、葉が「てかてか」光るので、照葉樹とも呼ばれています。地中海地方の
ゲッケイジュ(クスノキ科)やオリーブ(モクセイ科)も常緑広葉樹ですが、葉が硬いので硬葉樹とも呼ばれています。
常緑広葉樹は通年の環境変化が少ない良好な環境に生育します。日本では、関東以西の温暖な地域に常緑広葉樹林が
成立しますが、現在は「鎮守の森」などごく一部が残っているに過ぎません。東京にある「神宮の森」は常緑広葉樹林
ですが、これは植生の遷移を考え、人工的に作った樹林です。図は宮崎県綾町の照葉樹自然公園の照葉樹で、許可を得て
掲載しました。
落葉広葉樹
落葉広葉樹はブナ(ブナ科*1)、ケヤキ(ニレ科)
などに代表される木で、生活に不利な期間を休眠で過ごします。
日本では、冬に葉を落とし、雨期と乾期が分かれている地域では、乾期に葉を落とすので、それぞれ夏緑林、
雨緑林と呼ばれています。
樹冠は逆円錐形をした被子植物です。落葉広葉樹林は冷温帯地域に成立し、日本では東北地方に広がり,
白神山のブナ林はその代表です。右図は、新潟県湯沢町の
ブナ林で、佐藤さん(著者)の許可を得て掲載しました。
*1:
ブナ科には、ブナ属、マテバシイ属、シイノキ属、クリ属、コナラ属などがあります。
このうち、コナラ属はコナラ亜属(ナラ)とアカガシ亜属(カシ)に分かれ、前者にはコナラ、クヌギ、ミズナラ、カシワ、
ウバメガシなどがあり、一般に落葉樹ですが例外的にウバメガシは常緑樹です。後者にはシラカシ、アラカシ、アカガシ、
イチイガシなどがあり、常緑樹です。オーク(oak)は、
カシを指すと思われがちですが、ブナ科の総称です。
針葉樹
針葉樹はアカマツ(マツ科)、スギ(スギ科)、ヒノキ(ヒノキ科)のように針のような葉をつけ、
秋に葉を入れ換える裸子植物で、果実をつけません。樹冠は円錐形で、スギ、モミ(マツ科)、シラビソ(マツ科)
などにその典型が見られます。針葉樹は一般に常緑樹ですが、例外的にカラマツ(マツ科)は落葉樹です。
ここに示した図はこのホームページから
拝借して、掲載しました。
イチョウ*2(イチョウ科)、
ソテツ(ソテツ科)は広葉樹のように見えますが、精子で受精をする裸子植物ですから、
針葉樹に入れられています。
針葉樹林は比較的厳しい環境のところに成立します。北海道は、道南を除いて、トドマツ、エゾマツ(共にマツ科)などの
針葉樹林が連なっています。また、亜高山帯には、シラビソ、トドマツ、エゾマツ、トウヒ(マツ科)、コメツガ(マツ科)
などの針葉樹林が成立します。
このように、温度と水の環境が共に恵まれた所から、いずれかあるいは両方とも悪化する勾配に沿って、
常緑広葉樹林(照葉樹林)→落葉広葉樹林→針葉樹林という序列ができます。
*2:
イチョウは15,000年前に栄えていましたが、
7,000年前から急速に衰退して、現在は
1属、1種しか残っていません。シダ植物に近い
下等な植物で、花弁はなく、精子で受精します。精子で受精する現象は、1895年
東大の平瀬作五郎博士が小石川植物園で始めて発見しました。そのイチョウの木はまだ現存します。銀杏は
果実ではなく種子で、一番外側の肉質部は種皮の外層、白い木質部は中層、薄皮が内層に相当し、可食部は胚乳です。
イチョウ(銀杏)はローマ字でGinkyoと書きますが、リンネが命名の時に、スペルを
yをgに書き間違えたために、学名が
Ginkgo bilobaとなってしまいました。英語で
も、ginkgoあるいはgingkoです。
その他の木(ヤシ型の木、気根を持つ木、つる植物)
その他の木として、ヤシ型の木、気根を持つ木、つる植物などがあります。
ヤシ型の木は、直立する幹の先端にのみ葉がついた木で、ココヤシ、シュロ(共にヤシ科)などが代表的なものです。
右図は石垣島に自生する
ヒカゲヘゴの林で、梶本興亜さんと中島 萌さんの許可を得て掲載しました。
これらは一般に熱帯、亜熱帯を特徴づける植物種です。ヒカゲヘゴ(へゴ科)もヤシ型の木ですが、これは木生シダで、裸子植物や
被子植物と違って、胞子を散布して繁殖します。
気根を持つ木とは、枝から気根といって幹のようなものがたくさん地上に垂れ下がり、これが根付いて、
あたかも沢山の幹があるように見える木です。代表的なものはガジュマル(クワ科)で、沖縄では多く見られます。
これもやはり熱帯、亜熱帯の植物です。
左図は沖縄大学法経学部山門研究室のホームページ
から拝借しました。
つる植物*3には、
アケビ(アケビ科)、フジ(マメ科)、クズ(マメ科)などがあり、他の木に
巻きついて、これを巻き殺すこともあります。これを「巻き殺し」あるいは「しめ殺し」植物と呼んでいます。
*3:これらの
つる植物がつるを伸ばすのは、つるの伸びが早く、光を得るのに有利となる
からです。つる植物が他の植物あるいは建物などに巻きつくにも、いくつかのタイプがあります。アサガオのつるは
何かに触れると、触れた面の生長が止まり、反対側の面のみが伸びるために曲がり、ぐるぐる回りながら他のものに
巻きついていきます。アコウ、ガジュマルなどのクワ科、イチジク属の植物もこれと同じです。
バラやブラックベリーは棘で他のものに引っ掛かり、自分を固定し這い登っていきます。ツタは吸盤を持ち、
これで他の木ばかりでなく、コンクリート壁でもよじ登ります。キヅタは気根を出して、他の植物の幹に挿入して
這い登ります。
これらのつる植物は、アサガオはヒルガオ科、スイカズラはスイカズラ科、ツルマサキは
ニシキギ科、ツタはブドウ科、キヅタはウコギ科、テイカカズラはキョウチクトウ科というぐあいに近縁関係はありません。
これらは進化の過程で、最終的に似たような機能を持つようになったもので、これを収斂進化といいます。
3. 森の姿とその構成
樹木の最上部を樹冠、森の最上部の葉が生い茂って全体を覆っている部分を林冠といい、
光合成の大部分はここで行われます。森林の最上部に樹冠を広げて、森林の相観を呈しているものが高木で、
この層を高木層と呼びます。ブナ、シイ、カシ、ケヤキなどが代表的なもので、はっきりとした幹を持っています。
高木層の下に、亜高木層、低木層、草本層、
林床が存在する階層構造になっています。
亜高木層には、ニシキギ(ニシキギ科)、マサキ(ニシキギ科)、ウバメガシ(ブナ科)などのように、背は低いが
はっきりとした幹を持つ亜高木、あるいは高木の若木などが生育し、低木層には、ヤツデ(ウコギ科)、
ヤマツツジ(ツツジ科)など背が低く、はっきりとした幹がない低木が育ちます。草本層は林床に生える植物からなり、
これらの植物を林床植物あるいは下草といいます。
階層構造ができるのは、植物種によって太陽エネルギーのとりかたに違いがあるからです。樹木は出来る限り多くの太陽光
を集めるために、枝や葉が重なり合わないよう配列を工夫しています。低木や林床植物は高木や亜高木の間からこぼれてくる
僅かな光や散乱光を利用しています。このような光を木もれ日といいます。
植物は可視光線のうち、赤色に近い光を光合成に利用するので、赤色の補色である緑色の光が反射されて、緑色に見えるのです。
また、緑色光が相対的に多い所を避けるて枝を伸ばすので、枝や葉が重なり合わないのです。
森の周辺はつる植物に覆われます。これらのつる植物群をマント群落といい、さらにその
外側に背の低いつる植物が繁り、これをソデ群落と呼んでいます。これらのつる植物の生長には
強い太陽光が必要なので、森の中につる植物が入り込むことはあまりありません。台風や落雷などで森の中の大木が
倒れると、そこに大きな空き地ができます。これをギャップといいますが、ギャップにはつる植物も入り込み、
他の大木にからみつき、これを絞め殺します。マント群落やソデ群落がよく
発達すると、森の中に強い風が吹き込んだり、強い太陽光が射し込んだりしないので、森の中は非常に安定した環境が
保たれます。
4. 植生の遷移
一次遷移と二次遷移
火山の噴火跡や大規模な土砂崩れ跡など、有機物を含まない裸地から始まる遷移を一次遷移といいます。
これに対して、
放棄した畑や休耕田など、土壌が残されている裸地から出発する遷移を二次遷移といいます。
右図は
このホームページから拝借しました。
裸地にコケ類や地衣類が入り有機物が堆積すると、最初に侵入してくる植物は1年草や
2年草*4で、続いてマメ科、タデ科、
キク科、イネ科などの多年草が優先種となります。これらの植物の枯葉や枯れ枝が堆積し、土壌が肥えてくると、
アカマツ、クリ、コナラ、シラカバ(カバノキ科)などの木が生えてきます。これらの木の幼苗が育つには
多くの光が必要なので、陽樹と呼ばれています。陽樹が繁茂すると、次世代の芽生えは光が不足するため
この陽樹の下では育たず、薄暗い光条件でも幼苗が育つ陰樹が育ってきます。陰樹にはシイ類、カシ類、
ブナ、シラビソなどがあります。陽樹は比較的短命で、陽樹が枯れると陰樹に置き換わります。陰樹の下でも陰樹の
芽生えは育ちますから、陽樹林は陰樹林へと変遷して安定な森となり、これ以上変化はしません。
これを植生の遷移といい、最終的にできあがった森を極相林といいます。
裸地が極相林になるには数百年から千年を要するといわれています。
神宮の森は大正時代に植生の遷移を考慮して植物が植えられたので、80年で極相の常緑広葉樹林が出来上がっています。
*4:一般に
秋に播き翌年の春に開花するものを2年草といっていますが、これは
正しくないのだそうです。厳密には、タチアオイ(アオイ科)、マツヨイグサ(アカバナ科)、ツリガネソウ(キキョウ科)
などのように、最初の年は栄養生長を、翌年生殖生長をして、二年以内に枯死するものを2年草というのが
正しいようです。ここでは、厳密な意味ではありません。
土地的極相
岩だらけで土がほとんどないような岩尾根や雨の少ない乾燥地など、植物の生長にはあまり適さない環境では、陰樹林を
形成するまでには至らないで、多年草や陽樹がいつまでも長い間その場所を占め続けます。このような草地や林を
土地的極相といいます。陰樹は水や栄養条件の悪い所では育たないからです。植物の生長は
温度、光、水、栄養などの環境因子に支配され、環境条件の良から不良になるに従って、陰樹林→陽樹林
→低木林→草原→荒原をその土地の極相とするようになります。
岩肌に張り付くように生えているマツ林やライオンが寝そべっているサバンナなどは、水、栄養などの環境
が悪く、他の植物が入り込めないので、いつまでたってもこれ以上の遷移は見られません。
これらがその土地の極相となっています。
5. 富士山での植生の遷移
富士山は1707年の噴火(宝永噴火)から300年を経て、
植生の遷移が進行しています。ここでは、火山礫土と溶岩から始まる2つの遷移が見られます。
礫土上での遷移
富士山南東斜面の標高1,400-1,600mの一帯は先駆植物として、イタドリ、オンタデ(共にタデ科)、
フジハタザオ(アブラナ科)、フジアザミ、ミヤマオトコヨモギ(共にキク科)などが定着しています。これらの
植物は標高2,500m程度の高山帯の植物種ですが、この地帯は乾燥、強風など環境条件が
厳しいために、他の植物が侵入できず、ニッチ(生態的地位=最適な生息場所、棲み分けの意味です)の隙間が生じたために
入り込んできたものです。これらの植物が砂礫上に定着できるのは、それぞれ特異な性質を持っているからです。
イタドリやオンタデは、太い直根を素早く地中深くに伸ばし、安定すると共に水分を確保することができます。
フジハタザオやミヤマオトコヨモギは根は浅いのですが、多量の根を横に広げ、砂礫の移動について一緒に移動し、
適当な場所が見つかると、そこに定着します。富士山にはこの2つの群落が見られます。
イタドリ*5群落について、もう少し詳しく調べてみましょう。
右図は富士山の砂礫地のイタドリパッチで、
このホームページから
呉 炳雲さん(東大)の許可を得て掲載しました。
砂礫地には窒素はほとんどありませんが、イタドリは雨の中に含まれる僅かな窒素を効率よく吸収・利用できるので、
地下茎を伸ばしてどんどん横に広がっていきます。イタドリは典型的な陽性植物で、群落の中心部分では
次世代の芽生えを育てることができません。この空白の中心部分は有機物が蓄積され、土壌が形成されるので、
砂礫地では定着できないノガリヤス、カリヤスモドキ(共にイネ科)やノコンギク(キク科)などの植物が侵入し、
イタドリは外側をドーナツ状に広がっていきます。さらに時間が経つと、中心部分はさらに土壌環境がよくなるので、
カラマツ(マツ科)が生長し、ノガリヤス、カリヤスモドキ、ノコンギクを外側に追いやります。
このように、イタドリを最外周とするイタドリパッチがいくつもできあがります。これらのイタドリパッチはお互いに
融合し始めると、カリヤスモドキ、ノガリヤス、ノコンギクが優勢となり、ここにカラマツが混じった疎林となります。
現在富士山の砂礫地では、このような遷移が進んでおり、多くの研究者の研究対象となっています。
*5:
19世紀半ば、オランダの医師シーボルトによって、イタドリはヨーロッパに持ち込まれ、
当時の園芸ブームにのって広まりました。ところがその旺盛な繁殖力のため、多くの在来種を駆逐し、今では川岸、
民家の庭、墓地、遺跡などに繁茂し、「最も有害な帰化植物」のレッテルをはられています。英国では、イタドリを
植えたり、茎の残っている土を捨てたりすることを法律で禁じているとのことです。他のヨーロッパ諸国、
米国、カナダでもイタドリ駆除に手を焼いているようです。米英の研究所や地方自治体で作る「イタドリ同盟」
は、イタドリハムシや菌類など「蓼食う虫」を日本から導入して、生態的防除を試みているようですが、
成果の程については知りません。
溶岩上での遷移
溶岩上には先ずミヤマハンノキ(カバノキ科)が侵入します。ハンノキ属の植物は根粒菌で空気中の窒素を固定できる
ので、一次遷移の初期での定着は可能です。富士山の標高2,400m付近の溶岩上には
ミヤマハンノキが見られます。ミヤマハンノキの低木林から内側に向かって、ダケカンバ(カバノキ科)とカラマツ
の優先する樹林となり、さらに中心部では極相種のシラビソが育っています。
6. 極相林の水平分布と垂直分布
水平分布
日本を大気候から熱帯、温帯、寒帯などに分け、大気候と植生の関係を簡単に調べてみましょう。
沖縄南部は熱帯に属し、マングローブが熱帯林を形成しています。
九州南部から沖縄は亜熱帯気候で、
アコウ、ガジュマルなど亜熱帯特有の植物種からなる亜熱帯多雨林が存在します。関東以西は暖温帯に属し、
シイ、カシなどから成る常緑広葉樹林が成立します。また海岸近くでは、タブを中心とした常緑広葉樹林が成り立ちます。
しかし、これらの常緑広葉樹林は他の利用のために伐採され、今ではほとんど残っていません。
常緑広葉樹林を伐採すると、その跡にはクヌギやクリなどの陽樹からなる雑木林ができます。このような雑木林を
二次林といいます。近畿以東や関東地方はコナラやクリを中心とした二次林が多く、
近畿以西の西日本には、アベマキ(ブナ科)、クヌギ、クリからなる二次林が存在します。これらの二次林は
陽樹林ですから、放置すれば徐々に常緑広葉樹林に遷移します。武蔵野の雑木林は人手が入らなくなったため、
シイやカシの極相林に遷移しつつあります。
東北地方は冷温帯に属し、ブナやミズナラを中心とした落葉広葉樹林が成立します。ミズナラは
陽樹なので、ミズナラのみで極相林になることはありませんが、ブナと混じって日本を代表する「ブナ林」を形成
しています。東北地方の二次林は、ミズナラとコナラから成る雑木林ですが、最終的にはブナ林に遷移します。
北海道の南部には、トドマツ、エゾマツなどの針葉樹にミズナラが混じった針・広混交林がありますが、それ
より北は亜寒帯で、トドマツ、エゾマツから成る亜寒帯針葉樹林が広がっています。
垂直分布
森林の垂直分布は、水平分布を縦方向にしただけで、基本的には同じです。高度が100m
高くなると、温度は0.6度低下しますので、500m高く
なると、3度の気温低下となり、これは水平距離で約250m
北へ移動したと同じになります。
丘陵帯には常緑広葉樹林が広がり、その上の山地帯に落葉広葉樹林が成立します。
常緑と落葉広葉樹林の間に、モミやツガ(いずれもマツ科)などの針葉樹が混生したモミ・ツガ林があります。屋久スギ
はこの高さにあります。落葉広葉樹林を越えて上に行くと、亜高山帯の針葉樹林となり、さらに
その上は高木の生えない低木林、お花畑と続きます。この低木林やお花畑の存在する地帯を高山帯と
呼んでいます。高木が全くなくなるところを森林限界といいます。
7. 森林生態系の再生
日本にはスギやヒノキを植林した針葉樹の人工林が多くあります。スギもヒノキも陰樹なので極相林となり得ますが、
手を加えなければ他の草や陽樹に負けてしまいます。植林では最初密植して間伐を行いながら、優良な樹木を育てて
いきますが、高度経済成長が始まって以来、人手は都市の工場生産にまわり、手が加えられないままに放置された
スギやヒノキの林が多く見られます。間伐をしないで密植状態のまま放置すると、木は細く材木としての価値はあり
ません。また、太陽が全く入らないので、樹林の中は真っ暗で、下草も育たずじめじめとしており、バクテリア、
キノコと数少ない小動物が生存するのみで、土壌はどんどん痩せ、貧栄養の状態になります。
最近はこれらのことが見直され、森林生態系の再生を目指した活動も広がっております。愛媛県新居浜に住友林業(株)
の別子銅山跡のスギ、ヒノキの林があります。ここは鉱山の跡で、過去に樹木が乱伐され、大洪水を起こした
所です。現在は計画的に植林と伐採が繰り返され、鬱蒼とした針葉樹林が形成され市民の憩いの場ともなっています。
ここをクリックしてみてください。
昔の荒廃した山の姿と、現在の緑豊かな山の姿が対比して見られます。
気仙沼湾に注ぐ川の上流の樹林が伐採されたため水質が悪化し、湾内の牡蠣の養殖に悪影響が出ましたが、広葉樹の
植林によって海はよみがえり、牡蠣やその他の魚介類の成長が良くなったことが報告されています。大沼公園の周囲は
農地と牧場に囲まれ、ここから動物の糞尿や肥料からの有害物質が湖に流れ込み、水質が悪化しています。付近の住民は
湖と農地や牧場の間に、広葉樹を植えて水質の浄化を目指しています。
地球温暖化防止のためにも、森林生態系の保全は最重要課題です。
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