最近のトピックス

  ここでは最近Nature誌やScience誌などに掲載されたトピックの概要を紹介しましょう。

メキシコで、遺伝子組み換えトウモロコシが問題になっている Nature 462, 404 (2009)
 メキシコはトウモロコシが初めて栽培された所で、これまで遺伝子組み換えトウモロコシの栽培は禁止されていました。 最近モンサント社とダウ・アグリサイエンス社は、メキシコSonora州など24か所で合計約13ヘクタールの圃場に、遺伝子組み換えトウモロコシを試験栽培する許可をメキシコ政府から受けました。 この実験は、その地の環境に適した品種をテストするためのものですが、遺伝子組み換えトウモロコシの遺伝子が在来種に拡散しないよう見守ることが義務ずけられています。そのため、試験区画は1/2ヘクタール以下で、植え付け時期を在来種の植えつけとずらし、その後、遺伝子の拡散を調べなければなりません。

 モンサント社は、Sonora州で、在来種のトウモロコシ畑から500m離れた場所に、試験区を設け実験を開始しましたが、多くの科学者が「在来種への遺伝子流入は避けられない」として、実験を取りやめるよう嘆願書を提出しました。これに力を得たグリーンピースや他の反対グループは法的な異議申し立てを行いましたが、それは政府により拒絶されました。

 メキシコで実験的に組み換えトウモロコシ栽培を行うには、遺伝子拡散をモニターできるだけの能力がなければなりませんが、メキシコにはその能力がないというのが理由です。また、遺伝子解析をメキシコ政府が米国の企業に依頼したことにも問題があったようです。この企業の遺伝子解析能力に疑問がもたれたからです。

 このように、メキシコも遺伝子組み換えトウモロコシに興味をもっているようですが、賛否両論があって、容易に結論が得られないようです。

トウモロコシ・ゲノムの全塩基配列 Naure 462, 404 (2009)
 トウモロコシのゲノムの全塩基配列が明らかにされました。4年間の歳月と 3,100万ドルをかけたトウモロコシ(Zea mays)のゲノム配列プロジェクトは、米国研究所の研究者達によって成し遂げられました。23億ベース・ペアーの配列は、これまでにゲノム配列が明らかにされた植物中で最も大きなゲノムDNAで、10本の染色体に32,000のタンパクがコードされています。

 トランスポゾンと呼ばれるDNA断片がたくさん存在し、これがゲノム間を動き回り突然変異がおこります。これにより、優良な品種が作出されるでしょう。このゲノムはScience 326, 1112 (2009)に掲載されています。

遺伝子組み換えトウモロコシの栽培と生態系の汚染 Nature 461, 27 (2009)
 Emma Rosi-Marshall問題は、2007109日に起こりました。この日は彼女の論文がProc. Natl. Acad. Sci.誌に掲載された日です。Rosi-Marshallは河川生態学者で、この2年間の大部分をインディアナ州北部の河川の研究に費やしてきました。ここは見渡す限りトウモロコシ畑が広がり、その大部分はBt組み換えトウモロコシ(Bacillus thuringiensisという細菌が作る殺虫性タンパクの遺伝子を組み込んだトウモロコシ)が栽培されています。

 Rosi-Marshallは、この川にBtトウモロコシの葉、茎、花粉などの断片が含まれていることを発見しました。これらの断片が水生生物の成長に影響するかどうかを調べるために、室内試験を行い、 Btトウモロコシを与えて育てたトビケラ幼虫(草食性水生昆虫、トビケラ目、 Trichoptera属)の成長は、 Btを含まないトウモロコシを与えた幼虫の成長期間の2倍の日数がかかることを知りました。また、Btトウモロコシ花粉を高濃度に含んだ餌を与えた成虫の死亡率は、Btを含まない花粉を与えた時の2倍でした。これらの結果から、彼女らは 「Bt作物を広く栽培すると、生態系に予期せぬ結果を招く」という要約に始まる論文に、組み換えトウモロコシは「農業地帯の川の生物相に負の影響を与える」と書きました。

 これが問題の発端ですぐに反論が出ました。2週間以内に、Rosi-Marshallと共著者、この論文の出版社、彼女らが研究費を受けているNSFに対して、実験計画や結論に関する猛烈な反対意見が寄せられ、さらにこの分野全体に波紋は広がっていきました。

 これまで、遺伝子組み換え作物の研究を行ってきた人達、すなわち遺伝子組み換え作物に賛成の研究者たち、は遺伝子組み換えに反対の活動家からの復讐を受け、実験圃場は破壊され、嫌がらせの手紙を受けてきましたが、Rosi-Marshallのように、遺伝子組み換え作物は環境に対して有害であるという遺伝子組み換え作物に反対の研究者達も、違った意味での攻撃を受けるようになってきました。賛成側の研究者達は、科学的に疑問のある論文が出ると、それが世論を動かし行政に影響するので、これを防ぐために公開討論会を開いてこれを批判したり、反証論文を行政、研究費を出している機関、論文の編集者に送りつけるなどの行為を行なっています。

 遺伝子組み換え作物の安全性に関する研究が行政にどれほどの影響を及ぼすかを見るには、1999年に Nature 461, 27 (2009)誌に掲載された研究論文を振り返ってみるとよくわかります。この論文の中で、コーネル大学のJohn Loseyらは、Btトウモロコシの花粉で汚染された葉を食べたオオカバマダラの幼虫は4日後に半数が死んだが、非組み換えの花粉では死亡は見られなかったと報告しています。マスコミや遺伝子組み換え生物に反対する組織は沸き立ち、1999520日号のSan Francisco Chronicleは「遺伝子を操作したトウモロコシがチョウを危険に曝した」という見出しでこれを報じました。グリーンピースの活動家達は、米国議事堂前で、「殺し屋」遺伝子組み換えトウモロコシによって殺されたオオカバマダラの恰好をしてデモンストレーションを行いました。
 米国環境庁(Environmental Protection AgencyEPA)は、種苗会社 にBtトウモロコシ花粉のオオカバマダラに対する毒性試験データの提出を求め、提出しなければ種子の販売権をはく奪すると通達しました。その結果、2001年のProc. Natl. Acad. Sci.誌に 6つの論文が掲載され、結論として、Btトウモロコシ花粉は、通常圃場でオオカバマダラが遭遇する濃度では、毒性はないということで決着がつきました。Loseyの論文が組み換え生物反対論者に大きな活力を与えたために、この懸念を振り払うのに莫大な労力と研究費を費やしたことも事実です。二度とこんなことが起こらないことを念じているところに、今回のRosi-Marshall問題が再発しました。

 Rosi-Marshallの論文には多くの疑問が存在します。例えば、トビケラに影響を与えたのは Bt毒素そのものなのか、あるいはBtトウモロコシと非組み換えトウモロコシとの差異にあるのかはっきりしません。この可能性を調べるには、Bt遺伝子以外は遺伝的に全く同じトウモロコシの系統のトウモロコシをトビケラに与えればよいのですが、Rosi-Marshallらは、 Btトウモロコシは非組み換えトウモロコシに比べてリグニン含量が高く栄養価が低いとの理由で、全く別の系統のトウモロコシを与えてえいます。また、トビケラがBt毒素をどれだけ摂取したかもはっきりしません。彼女らはトビケラに欲しいだけ、自然界にいると同じように食べさせたので、Bt毒素をどれだけ摂取したか全くわからないと答えています。また、この論文が掲載される4ヶ月前に、彼女らは野外試験でBtトウモロコシの花粉はトビケラの成長に影響しないことを学会で口頭発表しています。野外試では条件を整えることは難しいし、統計的有意差検定も精度が低いので、条件が揃えられ、統計的にも精度の高い室内試験のみを論文に掲載し、口頭発表のデータは削除したと答えています。さらに、両試験に供試したトビケラの種が違うので、食性も違うとも答えています。これらのデータから 「Btトウモロコシの広域栽培は河川の生態系に悪影響を及ぼす」という結論は得られないというのが批判者の意見です。

 ともあれ、Rosi-Marshallのトビケラに関する論文は、反遺伝子組み換え生物グループの活動に利用されています。フランス政府はモンサント社のBtトウモロコシの栽培を禁止しました。科学的な結論が待たれるところです。

鳥に似た恐竜は毒を用いて狩りをしていた CBC News Dec. 22 (2009)
 米国と中国の古生物学者が、鳥に似た恐竜(sinornithosaurus)の頭蓋骨の側面に窪みと溝を見つけ、このことから、この恐竜は毒を出して狩りをしていたのではないかと考えられています。 この恐竜は、現在の北東中国に12,900万年前に生息していたと考えられ、頭蓋骨の構造はメキシコドクトカゲやrear-fanged snakeのような毒を持つ爬虫類の頭蓋骨に見られる構造と似ています。Sinornithosaurusは七面鳥ぐらいの大きさで、羽毛を持っていたと思われます。頭蓋骨の側面にある窪みは毒腺に相当し、毒はこの腺から長い溝をつたって上歯に送られると考えられています。毒を送り込む機構は単純で、高圧で毒を注入するのではなく、かみ傷に毒をしみこませるもので、メキシコドクトカゲの毒と同様に相手を殺すほど強いものではなく、相手にショックを与え、逃げたり、抵抗したりするのを困難にする程度のものであろうと思われます。相手に気付かれないよう背後から襲い、相手の皮膚に歯をたて、毒を送り込みます。ショック状態に陥った獲物をゆっくりと食べたのでしょう。

生態系の再生 Science 325, 555 (2009)

中国の病んだ森を再生する
 中国、憑祥市(ひょうしょう市)の丘陵地に森林伐採跡が広がっています。これはにモミの木の伐採し、切り株を焼き払った跡で、ここに生長の早いユーカリをオーストラリアから輸入して、植林しようとしているのです。ユーカリは木材としての材質はよくありませんが、5年も経つと大きく育つので、これを伐採して紙の原料パルプを作るのです。

 このような森林利用は手っ取り早く利益を上げることができるので、南中国では、地方政府の協力のもとに、盛んに行われてきました。ユーカリ以外にも、ゴム、パームヤシなどの換金植物が植林されています。これは、2003年中国政府が共有林の管理権限を30年から70年に引き上げた結果、管理者はほぼ一生の間所有権が保障され、森林を自分勝手に使用して、短期間の利益のみを追及したからです。この何十年間、世界中で中国ほど植林を行ってきた国はありません。中国の森林面積は国土の18%に過ぎず、材木は質、量ともに他国に劣っています。

 このように単一種の樹木を植林すると、害虫や病気の被害が大きく、また土壌が劣化するため、生態系は不安定になります。中国にはこのような大規模な森林破壊が多く見られるとのことです。2008年の着氷性暴風雨でもたらされた世界規模の森林損失は単一種の植林が主な原因であったことが報じられています。(Science 7 March 2008, p1318

 中国の森林を手遅れになる前に再生しようという気運が高まり、これを実践するグループが現れました。彼らは、憑祥市のユーカリ林から 1km足らずの所に、多目的森林を造成しています。2005年、彼らはコウヨウザン(Cunninghamia lanceolata)の成木のみを選択的に伐採し、そのあとにスダジイの仲間 (ブナ科、Castanopsis属)、セイロンテツボク (オトギリソウ科、Mesua ferrea)、オガタマノキの1種( モクレン科、Michelia hedyosperma)など20種以上の広葉樹の苗を植林しました。単一種から多様種に変えることにより、経済的な利益ではなく、生態的な利益を求めたのです。

 このように森林を回復するためには、遷移の先駆者となる木、中間あるいは極相となる木を混ぜて植えなければなりません(註1)。これらの木はそれぞれ違った生態的役割を持ち、土地を肥やし、林冠を形成し、鳥や野生動物を寄せ付ける果実を実らせるなどの働きを持っています。数年後には、目的の大きさに育ったコウヨウザンを切り出し、20-30年後には、価値の高い堅い材木を次々と切り出すことができます。目的にあった樹木のみを選択伐採するのは、皆伐よりもお金がかかりますが、材質のよい材木からより高い利益が得られるので、高いコストが相殺され、それ以上の利益が得られる可能性もあります。このような多目的森林の育成試験はこれ以外にも数か所で行われています。

 このような「自然に近い」森林育成はドイツでは、早くから行われており、これに習ったものです。 その土地の気候に合った自然植生の理にかなった健全な森林生態を作ることを選択したのです。

註1:神宮の森は大正時代に、遷移を考えて、先駆者、中間、極相となる木を混ぜて植えたので、100年足らずで、鬱蒼とした照葉樹林が形成されました。

ボルネオの「生物的砂漠」を再生する
 インドネシアでは、この30年間、自然生態系の再生プロジェクトに成功した例は見られません。これは地域住民の協力が得られなかったからで、プロジェクトを成功させるためには、地域住民に対する経済的インセンティブ(誘引)が必要です。 Samboja Lestariプロジェクトは、ボルネオの森林伐採地をオラウータンの棲む生態系に再生するプロジェクトで、インドネシアで成功した初めての再生プロジェクトです。詳しくは(http://www.bos-japan.jp/moridukuri/index.html)を見てください。

 Smitsはインドネシアの市民権を持つオランダ人で、オラウータンの孤児を救うために、 Borneo Orangutan Survival Foundationから基金を受けて、2002年に、東ボルネオに、2,000haの森林伐採跡地を購入しました。これがSamboja Lestari プロジェクトの始まりです。この地域は生物的砂漠であるとともに、地域住民は最も貧しい生活を送っていました。Smitsは地域住民を雇い、この地に生長の早い木、遅い木を混ぜて、1,600種の木を植林しました。現在はこの森はオラウータンやマレーグマのよい棲みかとなり、137種の鳥が確認されています。この緑化によって、この地域の気温は3-5度下がり、雨量は25%増したということです。

 このプロジェクトは地域住民に3,000人の雇用を生みだし、地域住民はこのプロジェクトで働くと同時に、プロジェクトの所有地の外で、換金作物を栽培し生活も安定しました。地域住民は伝統的に連帯感が強く、密漁や勝手に木を切る人達もいないし、不法者の監視も行っています。

Golden Triangle のゴム林
 Ban NammaGolden Triangleの一端にある、鬱蒼とした森林のある山岳地で、ラオスと中国の境にあります。長い間、ヘロイン、アヘンなどケシ産物で悪名が高かったこの地域は、今やパラゴムノキ (トウダイグサ科、Hevea brasiliensis)で知られるようになっています。

 中国は雲南省に30万ヘクタールにも及ぶゴム林を持っています。これは南部の熱帯林を切り開いて作ったものです。しかし、現在はパラゴムノキに適した土地は中国にはないため、ラオスに手を広げていった結果です。将来この地域は全部ゴム林に変わるのではないかと、懸念されています。

 天然ゴムは植物が作る樹液(乳液)中に小さい顆粒として分散するもので、多くの植物が作りますが、人の使用に適したゴムを生産するのはゴムノキで、最も重要なのがアマゾン原産のパラゴムノキです。木から樹液を採り、乳液をボイルしてゴムを取り出します。問題は、大規模な乳液抽出が、雲南省の南部山麓の地下水を涸らすことで、すでに川の水は減り、地域住民人は水の供給を断たれ、村を去ることを余儀なくされています。もう一つの問題は、中国とラオスのゴムノキは、遺伝的に多様性に乏しいことです。1930年代、自動車王Henry Fordが、アマゾンの低地に巨大なパラゴムノキの植林地を作りましたが、このゴム園は、 South American leaf blightMicrocyclus ulei)というカビで消滅してしまいました。
中国やラオスなどアジアで育てられているパラゴムノキは、このカビに弱いことがわかっています。アジアにこのカビは現在いませんが、ジェット機の時代ですから、このカビがアジアに広まるのはそう遠くはないでしょう。そうすれば、大発生が森を裸にしてしまうことが懸念されています。

 パラゴムノキのブームを止めるのは、そう容易いことではありません。南部雲南省はその生産で非常に潤っているからです。また、世界の天然ゴムの需要は伸び続けているので、この地域はさらに潤い続けると思われます。

 第一次世界大戦後合成ゴムが出現しましたが、天然ゴムは安価で、高圧に対してもすぐれているので、ジェット機やトラックのタイヤにはほとんど天然ゴムが使用されています。軍隊が主な消費者で、米国が朝鮮戦争の間中国でのゴム封鎖を行ったのは、軍への供給のためでした。この封鎖により、中国は1951年からゴムの生産を優先的に行なってきました。しかし、この熱帯種であるゴムノキに適した土地は中国では少なく、雲南省の南端にあるXishuangbann(シーシュアンバンナ)のみでした。

 シーシュアンバンナは長い間、中国で最も生物が多様な所でした。中国の全国土の0.2%に過ぎませんが、高木種の25%、鳥の36%、脊椎動物の22%が生息していたと報じられています。1950-60年代、人民解放軍がこの豊かな森をゴム林に変えていきました。この植林地は、軍のベースとなり、10万人の労働力が投入され、その大部分は都市の学生たちでした。文化革命が続く間、学生労働者たちは毎朝3時に起こされ、森の伐採に駆り出されました。植物学者の忠告を無視し、ゴムノキを栽培しましたが、風と霜により枯死しました。しかし社会主義は自然を克服すると彼らは主張し、ゴムの木を植え続けたため、ゴム林は荒廃し、川は破壊されていきました。

 1970年代後半、中国の経済発展が始まると、学生たちは生まれ故郷の都市に戻り、農村はひどい労働力不足に陥ったため、雲南省の村人たちにゴム園が引き継がれました。その後、シーシュアンバンナの条件に合った栽培法が研究され、ゴムの栽培地 は10倍に増え、熱帯山林地は、この省の50.8%から 10.3%にまで縮小してしまいました。

 このような背景から、中国は世界一のゴム生産国になりましたが、生産をさらに高めるには栽培面積が不足したので、ラオスに目を付け始めたのです。中国政府は、ラオスやミャンマーでのケシの栽培に代わるものとして、補助金を出して、ゴムノキの栽培を進めました。 2003年ラオスのゴムの栽培は、国境付近の約1km2に過ぎませんでしたが、2006年には 45km2になり、2010年までに、1,800kmに増えるとラオス政府は見込んでいます。

 Golden Triangleは年間254cmの雨が降り、その3/45月から10月にかけて降ります。その他の月は、朝霧からの露に頼って、森は生き延びています。1980-90年代には、午前中は深い霧に覆われていましたが、 現在は11時には霧は晴れています。これは降水状況が変わってしまったからで、これはゴムノキのせいだと考えられています。 最も大きい影響は地下水に現れています。霧からの水分採取が減り、さらに乳液を採取するため、パラゴムノキは地下水からより多くの水を吸い上げた結果、地下水位が下がってしまったのです。 シーシュアンバンナは、2006年、新しくゴムノキを植えることを禁止しましたが、ゴムの木はすでに隣接地に入り込んでいるので、この地域はゴムノキが生長し続けるでしょう。

 パラゴムノキの原産地であるブラジルでは、遺伝的多様性がカビの攻撃からパラゴムノキを守っています。また、パラゴムノキは通常他の木に混じって、森にまばらに分散している程度です。ゴムの植林地を守る最良の方法は、他の樹種が混ざった多様な森にすることです。

 シーシュアンバンナはプーアル茶として有名なチャノキ(Camellia sinensis var. assamica)が育つ場所でした。共産主義時代に入いると、人民農園が作られ、背丈の低い、刈込まれた灌木のチャノキが栽培され、野生のチャノキは時代遅れとして捨て去られましたが、 1990年代の初め、高所得層向けの茶として、野生のチャノキが見直されるようになりました。 森で育つチャノキは他の多くの木の下で育つので、典型的な茶畑やゴムの植林地などよりも多様性が増します。しかし、これを完全にゴムノキに置き換えることは容易ではありません。

外来種の侵略と生態系の再生:ニュージーランドの経験に学ぶ
 生態系を再生する場合、再生された生態系はしばしば元の生態系とは違った生態系になります。 気候変動のような非生物的原因でにより水や土壌の条件が変わり、生態系は徐々に変化しますが、外来種の侵略のような生物的原因でも、生態系は大きく変化します。

 ここに、外来種の侵略がどのように生物系を変えるか、ニュージーランドを例に考えてみましょう。ニュージーランドは、多くの孤立した島から成り、固有種が豊富です。ここに、過去700-800年の間に、多くの人が移り住んだ結果、外来生物の侵略の影響が特に顕著になりました。少なくとも30種の哺乳類、34種の鳥類、 2,000種の無脊椎動物、2,200種の植物が帰化しています。生態系を再生するためには、これらの種を制御しなければなりませんが、これを根絶することは不可能です。従って、外来種の駆除管理は続けなければなりません。また、駆除管理は外来種のごく一部で行われているだけで、他の多くの鳥や無脊椎動物は全く管理されていません。
 このような外来生物の侵略の結果、在来種の数は減少し、中には絶滅したものもあります。例えば、ニュージーランドで林冠を形成するクスノキ科のタワ(Beilschmiedia tawa)の果実を食べ、種子を運ぶのは、ニュージランドビション (Hemiphaga novaeseelandiae)だけになりました。それも昔に比べると、数は遥かに減少しています。他の運び屋は、侵略種の肉食哺乳類に捕食されて、非常に数が減少するか、モアのように絶滅してしまいました。また、侵略してきた鳥はこの木の種子を分散させることはできません。 種子の分散が減ると、林冠を形成する樹種が長期的には変わってくるでしょう。肉食哺乳類を駆除しただけでは、ニュージランドの森は、侵略前の状態を取り戻すことはできません。

 アカシカ(Cervus elaphus scoticus)はニュージーランドの森林に広く生息し、低木層を形成する樹木の実生を食いつくしています。アカシカを駆除しても、ひどく数を減らした植物は回復することがないので、もとの森林に戻すことはできません。

 ニュージランドには、帰化植物が非常に多く見られます。特に関心が持たれているのは、カモガヤ(オーチャードグラス、 Dactylis glomerata)、スズメノチャヒキ属(Bromus spp.)、オオウシノケグサ(Festuca rubra)、シラゲガヤ(Holcus lanatus)などのイネ科外来種とエキウム(ムラサキ科、Echium vulgare)、ヤナギタンポポ属 (キク科、Hieracium spp.)、シャジクソウ属(Trifolium spp.)などの広葉の雑草で、群落として広くはびこっています。これらの外来雑草は天敵がいないので、放牧をやめた牧場跡などに繁茂しています。家畜が若芽を食べると、特定の種のみがはびこることはなく、多様性が保たれますが、放置すれば、生長の早い雑草が他の植物の生長を抑えるからです。 ニュージーランド在来のイネ科植物limestone wheatgrassAustralopyrum calcis)は絶滅が危惧されています。

 外来侵略種が森林再生にプラスに働くこともありますが、その結果できる森林は予期しないものとなるかもしれません。例えば、外来のハリエニシダ(マメ科、Ulex europaeus)は、イネ科植物を覆って、その生長を妨げるので、それに代わって、在来種のレモンウッド(トベラ科、Pittosporum eugenioides)の実生が生長し、ハリエニシダが枯れた後は、レモンウッドの森となります。従来はフトモモ科のKanuka(フトモモ科、Kunzea ericoides)が低木として、遷移の途中に 繁茂していたものが、ハリエニシダに代わると、そのあとに生長する樹種が変わります。

 絶滅危惧種のトカゲ(Cyclodina whitakeri)の生息地を確保するために放牧を止めたところ、雑草が繁茂しネズミが増えたため、これを捕食する動物を導入したことがかえってトカゲの数を減らしてしまいました。

 絶滅が危惧されているキク科の低木、Olearia adenocarpa、を守るために、放牧を止めたところ、雑草が繁茂して、このキクの生長を妨げた例も見られます。

 ニュージーランドでの生態系の再生プロジェクトから、次のような結論が得られています。
1)外来種の侵略を受けた生態系を再生させると、その結果は全く新しい生態系となる。
2)複数の侵略種がある場合、その一部の侵略種を駆除あるいは根絶するための管理を行っても、必ずしも望み通りのよい結果は得られない。
3)侵略種は根絶することは難しいので、駆除などの管理をしなければならないが、管理を怠るとすぐに元に戻ってしまうので、管理は続けなければならない。そのためには、資金面での裏付けが必要である。

ミツバチの大量死の原因 Science 327, 152 (2010)

 この2-3年、わが国でセイヨウミツバチ(Apis mellifera)の大量死が、新聞やテレビで大きく伝えられていますが、米国やヨーロッパ各地でもセイヨウミツバチの大量死が問題となっています。このような大量死は最近に限ったものではなく、この何世紀間、世界各地で繰り返し起こっているとのことです。米国では、カリフォルニアのアーモンド生産に大きな打撃となっています。日本でも、ミツバチの数が減ったためか、最近イチゴ畑でミツバチの盗難が続発しています。

 では世界中でセイヨウミツバチを殺している原因は何でしょうか?
2006年の秋から2007年の春にかけて、米国で、多くのセイヨウミツバチの巣が空になっているのが見つかり、病原性の強い病原菌の出現ではないかと考えられました。しかし、その原因が分からないので、 ”Colony Collapse Disorder”CCD)という名前が付けられました。

 これまで、CCDの原因について、遺伝子組み換え作物、害虫や病気、農薬など数々の説明が試みられましたが、まだ最終的な結論は出ていません。20101月、北米およびヨーロッパ の16カ国でのミツバチの大量死に関する調査が報告され、害虫や病原菌の可能性が高いことが示されましたが、まだ疑問が多く残されています。

   遺伝子組み換え作物の中にはBt毒素を発現する作物があり、この毒素の殺虫性により、作物を害虫から守っています。この毒素は、作物の花粉中にもごく微量ながら含まれますので、これがセイヨウミツバチを殺したと考えられました。しかし、 オオカバマダラのケースと同様、このような量では、セイヨウミツバチには全く影響がないことが示され、これは否定されています。

 外部寄生性のミツバチヘギイタダニ(Varroa destructor)に感染したコロニーでは、 CCD様の症状が出ることがヨーロッパでしばしば報告されています。このダニの元々の宿主はアジアのニホンミツバチ(Apis cerana)ですが、セイヨウミツバチがアジアに導入されて以来、セイヨウミツバチも宿主となっています。このダニは現在オーストラリアを除く世界中の養蜂地域に分布しています。オーストラリアでは、CCD症状は今まで観察されていません。数々の室内試験が繰り返され、セイヨウミツバチを殺すのはこのダニそのものではなく、これが運ぶ数種のバイラスであることが明らかになりました。 これらのバイラスは通常ではセイヨウミツバチには害がありませんが、ミツバチヘギイタダニがセイヨウミツバチに寄生するようになってから、これらのバイラスの感染が増えたことが野外試験でも確かめられました。例えば、英国のある研究によると、 deformed wing virusというバイラスによるコロニーの感染は、1994-1995年では全く見られなかったものが、ミツバチヘギイタダニが寄生するようになった1997-1998年には 100%感染していることが観察されています。しかし、ミツバチヘギイタダニの関与だけでは、 CCDの大量死を説明することはできません。このバイラスに感染したコロニーには必ずこのミツバイへギイタダニがいますが、ミツバチヘギイタダニによる大量死に比べると、ダニの数が極端に少ないからです。また、ミツバチヘギイタダニが寄生する前からこのバイラスは、セイヨウミツバチに感染しており、ハチからハチへと直接感染していたことも明らかになっています。

   コロニーを殺すもう一つの病原体は寄生虫(微胞子虫、Nosema ceranae)で、これも元々はニホンミツバチを起源としています。この寄生虫は成虫に寄生し、最近スペインで大量死したセイヨウミツバチのコロニーで見つかりました。しかし、この寄生虫は健全なコロニー中でも見つかり、CCDが問題になる前からセイヨウミツバチに寄生していたことが明らかにされ、これだけがCCDの原因とは考えにくいようです。

   殺虫剤はミツバチ大量死の原因の有力な候補と考えられてきました。特にネオニコチノイドと称される浸透性殺虫剤がコロニー崩壊の原因とされ、大問題となり、フランスではネオニコチノイドのイミダクロプリドは、蜜や花粉を汚染しハチを殺す恐れがあるということで、ヒマワリとトウモロコシでの使用が禁止されました。しかし、それでもコロニー崩壊は続きました。10年間の研究の結果、イミダプロクリドはフランスのハチの大量死とは関連がないと結論が下されました。

 20097月に出版された米国CCD 運営委員会の年報で、CCDは今まで知られていなかった病原菌によるものではなく、既知の害虫と病原体との相互作用、天候不順による餌不足、殺虫剤の使用など管理上の問題、巣箱を餌場や受粉地に遠距離輸送するときのストレスなどいろいろな原因が組み合わさって起きたものであろうことが示唆されています。また、ミツバチの飼育に花粉の代替物が広く用いられていますが、この代替物がコロニーの健康状態に影響を及ぼしたのではないかとも考えられています。現在世界のミツバチ研究者と養蜂家が、ネットワークを通じて、 CCDを含むミツバチの大量死の原因解明や、コロニーの管理法について、問題の解決に当たっています。

アグロサイエンス通信もご覧ください。

 読売新聞2010, 04, 10)によると、これとは別に、20101月ごろから、日本の首都圏の都市近郊でセイヨウミツバチが大量死するケースが続発いるとのことです。名古屋大学と畜産草地研究所が調べたところ、気管内に体長約0.1mmのアカリンダニ(Acarapis woodi)が寄生していることがわかりました。このダニはバイラスを媒介し、バイラスに侵されたハチは飛べなくなって死にます。アカリンダニの国内での発見は初めてで、ミツバチを輸入した際に入ってきたのか、密輸で入ってきた可能性もあるとのことです。

土壌微生物が作り出すメタンガスを樹木が吐き出す Nature 463, 861 (2010)

 メタンガスは温室効果ガスで、熱を捕える効果は炭酸ガスの20倍以上も高いのですが、このメタンガスの大気中濃度が過去200年で倍増しています。メタンはシロアリおよび牛や羊など反芻動物の消化管はもとより、沼、湿地、水田など水を含んだ土壌中の嫌気的条件で発生することは古くから知られています。しかし、2006年、ドイツ、マックスプランク研究所の Kepplerらが、植物もメタンを生産し、その量は地球上の総メタン量の10-30%にもなるという驚くべき事実を発表し、大きな話題となりました。これについては、 温室効果ガスをめぐる諸問題に詳しく述べましたので、ここを見てください。

 これに対して、オーストラリアのNisbetは、2009年、植物はメタンを生合成する系を持たないことを報告しています。また、ごく最近(2010年)アメリカの Riceらは、嫌気性微生物がメタンを大量生産できるような条件を作るために、3種類の木を水浸しにして育て、発生するメタンガスの量を測定しました。その結果、植物は、土壌微生物が作ったメタンガスを、根、茎、葉を煙突代わりにして、大気中に放出していることが示されました。ただこれだけの実験では、出てきたメタンガスが、土壌微生物が作ったものか植物が作ったものか、区別することは、同位元素を用いても、できません。

 このように、植物は好気的にメタンを生産するとの考えは多くの研究者に受け入れられていませんが、植物は、予想以上に、大気中へメタンを放出していることは徐々に明らかになってきていると Kepplerは強気の態度を崩していません。

ツボカビからカエルを守る Nature 465, 680 (2010)

  ツボカビ(chytrid fungus、 Batrachochytrium dendrobatidis)が世界中に広まっています。世界の研究者たちは、ツボカビにより絶滅の危機に瀕しているカエルの個体群を救うために、思い切った方法を試みています。

  Jaime Boschはマドリッドにあるスペインの自然史博物館に勤務する進化生物学者で、 2009年からマジョルカ島北部の地中海が見渡せる海岸近くの小さな池で、カエルの個体群をツボカビの攻撃から守る研究を始めました。この池は、石灰岩に囲まれた崖下にある浅い池で、サンバガエル(the midwife toad)が生息しています。この池を実験場所に選んだのは、サンバガエルがツボカビに侵され易い上に、比較的乾燥した地であり、他から孤立しているため、ツボカビの根絶が比較的容易と考えられるからです。

  2009年、3月の終わりから8月の初めまで Boschのチームの研究者は、この池に4往復して、 2,000匹以上のオタマジャクシを、エアーポンプ付きの容器に入れて、3時間の道のりを歩いて運び出しました。さらに、そこから、数時間車を運転し、イルカの観光アトラクションで有名な研究施設に運び込みました。そこで、オタマジャクシは15分間殺菌剤、イトラコナゾール液、に浸けて殺菌し、 これを1週間繰り返した後、水槽に入れて7カ月飼育しました。
  その間に、Boschらは数回池に戻り、バケツで水を汲みだして池を干上がらせ乾燥させました。それは、ツボカビ菌が生き延びるには湿気が必要だからです。秋になって池に再び雨で水が満たされると、彼らは、この池にオタマジャクシを飛行機で運んで放しました。

  翌20104月、Boschらがこの池を訪れた時、かすかなベルのような鳴き声を聞いて、彼らは期待に胸をふくらませました。この鳴き声を辿っていくと、岩の裂け目に 2匹のオスのカエルを見つけました。そのうちの1匹は後脚に数個の卵をくっつけていました。サンバガエルなどヒキガエルの仲間(toads)は、オタマジャクシからカエルになると池から離れて陸上生活をします。(これに対して、frogsの仲間は、湿気の多い水辺で生活します) だからカエルを見つけるのが難しいのです。

  サンバガエルの特徴は子育てにあり、メスが一塊の卵を産むと、オスはその卵塊を脚の周りにくっつけて、そこで受精し、その受精卵を外敵から守っています。それ故にサンバ(産婆、midwifw)ガエルと言います。孵化直前に、雄は池の浅いところに移り、ここで卵からオタマジャクシが孵化します。ここで見つけたオスのカエルは卵を放つために間もなく池に戻るでしょう。

  ツボカビはケラチンにつきます。サンバカエルは皮膚全体にケラチンを持っていますので、ツボカビに感受性が高いのですが、オタマジャクシは口の周りにのみしかケラチンを持っていません。カエルの個体群がツボカビにどの程度感染しているのかを調査するには、オタマジャクシをサンプリングし、その口の周りを綿棒で拭って、この先に捕えられたDNAを分析します。
  20104月の終わり、マジョルカ島でオタマジャクシの口を拭き取った綿棒の分析を行っているロンドン動物学会の仲間から、Boschは結果を受け取りました。意外にも、全てのサンプルにツボカビが検出されました。ということは、この池のオタマジャクシは全てツボカビを持っているということです。しかし、ツボカビの胞子数は、前年の調査の胞子数に較べて、はるかに少なく、感染のレベルははるかに低いことを示しています。そうであっても、このニュースは Boschらを落胆させました。

  サンバガエルにはオタマジャクシと大人のカエルの間にfrogletsというステージがあって、この時期は一時的に池から離れます。このfrogletsが他の場所でツボカビに感染して持ち帰るのではないか?またツボカビも水の外で過ごすステージがあるのではないか?と考える研究者もいますが、本当のところはまだわかりません。

  Boschはマジョルカ島での彼の初めての実験にはやや落胆しましたが、あきらめてはいません。感染力が弱まったために、この池でカエルたちは生き延びているのだと彼は確信しています。彼のチームは今年の夏に再度殺菌剤処理実験を行う予定で、オタマジャクシだけでなく、定住が難しい大人のカエルも薬剤処理の対象にしています。
Boschはポルトガルやハンガリーでも、ツボカビに感染した両生類の個体群を探しています。彼は、マジョルカ島の方法を、東ヨーロッパなど多くの場所で試してみたいと望んでいます。

  マジョルカ島の試験結果に研究者達は若干落胆したようですが、ツボカビの大発生を抑えようとしている研究者にとっては、貴重な資料となりました。ツボカビを根絶するのではなく、数を減少させることによって、感染を抑えることが重要だということです。この試験結果は、スイスやカルフォルニアで試験を行っている他の研究者達にとって、大いに役立っています。

  サンフランシスコ大学の生物学者Vance Vredenburgは、ツボカビの攻撃を受けても、生き延びるカエル個体群があるという事実を参考にして、カエルの保護を考えようと、Sierra Nevadaを調査しています。この地域の the mountain yellow-legged frogsは米国では絶滅危惧種の1 つで、過去10年間に何回もツボカビの大発生に見舞われています。 彼らは、Boschの手法にならって、野外でカエルを捕まえて、1週間の間、 毎日5分間殺菌剤に浸けて、放すことを始めています。

  チューリッヒ大学のSchmidtらも、Boschの方法応用し、スイスでツボカビに感染している個体群を保護しようとしています。彼らは3つの池からカエルを集め、薬剤処理し、それを元に戻すことを考えています。Schmidtはカエルの個体群に脅威となるものを他にも考えています。そのうちで最も大きな脅威は、生息地が無くなったり、荒れ果てたりすることでしょう。Schmidtは、農業、都市化など人間活動がカエルの個体群にストレスを与え、ツボカビに罹りやすくなるのではないかと心配しています。

  ツボカビの影響を分子レベルで解析する研究も始まっています。感染力の強いツボカビの系統は、人のインフレンザ系統のように、毎年変化するのかどうか、ツボカビの感染に反応して、どんな遺伝子が活性化され、どのようなタンパクが生産されるかなどが、解明されつつあります。

  Boschの最初の研究は、カエルの情報交換や交尾習性に関する研究でしたが、この10余年間はカエルの個体群を保全する研究に身を捧げています。彼のiPhoneの呼出音は彼が記録した6種のカエルの声だということです。

昆虫の体色に及ぼす共生菌 Science 328, 574 (2010)

  多くの動物は、周りの環境、餌、敵などを視覚的に認識し、反応を起こします。従って、動物の体色は生態的に重要な特性で、擬態、警戒色、保護色などを通じ、餌食―捕食者間の相互作用に大きな役割を持っています。

  エンドウヒゲナガアブラムシ(Acyrthosiphon pisum)の自然個体群には赤色と緑色の体色をした個体が共存しています。主な天敵のうち、テントウムシは緑の植物についた赤の個体を好んで捕食しますが、寄生蜂は緑色の個体の方によく寄生します。 このように、自然個体群の体色変異は、捕食と寄生による淘汰圧によって保たれてきたと考えられます。
しかし、このような進化の背景には、複雑な絡み合いがあることがわかってきました。すなわち、この赤と緑の体色変異の陰には、ある種のカビが関与し、このカビの遺伝子がエンドウヒゲナガアブラムシのゲノムに移ったという事実が隠されているとのことです。

  MoranJarvikは、室内飼育されたエンドウヒゲナガアブラムシの赤および緑の系統の色素を分析し、カロチノイドの構成に大きな差があることを突き止めました。カロチノイドは色素で、重要な生理機能を持った分子です。緑色の個体は黄色のカロチノイドのみを持っているのに対し、赤色の個体は黄色のカロチノイド以外に赤色のカロチノイドを持つことがわかりました。

  動物は一般に、カロチノイド合成に必要な酵素の遺伝子を欠いているので、エンドウヒゲナガアブラムシのカロチノイドは、餌あるいはアブラムシと共生する微生物のどちらかに由来すると考えられます。 しかし、カロチノイドは油溶性なので、植物の汁液中には含まれているとは考えにくいし、エンドウヒゲナガアブラムシの共生菌もカロチノイド合成酵素の遺伝子を持っていません。(エンドウヒゲナガアブラムシは一次共生菌として、Buchnera aphidicolaを持ち、この菌からアミノ酸やビタミンの供給を受けています。この菌がいないと宿主は生存できません。これ以外にも、二次共生菌として、Hamiltonella defensaRegiella insecticolaなどを持っています) それでは、カロチノイドは何に由来するのでしょうか?

  最近発表されたエンドウヒゲナガアブラムシの遺伝子塩基配列から、エンドウヒゲナガアブラムシのカロチノイドの由来に関する重要な手掛かりが得られました。アブラムシのゲノムには、複数のカロチノイド合成酵素の遺伝子が存在し、これらの遺伝子は、カビからエンドウヒゲナガアブラムシの祖先に移り、アブラムシのゲノム中で複製されてきたことが明らかになってきました。 これらの遺伝子はモモアカアブラムシ(Myzus persicae)でも見られるので、この両方のアブラムシ共通のの祖先に、これらの遺伝子が水平伝播されたに違いありません。

  カビのカロチノイド合成酵素遺伝子が実際にアブラムシの体色変異に関与しているでしょうか?室内飼育されているアブラムシの系統で、カロチノイド合成酵素遺伝子を調べてみると、赤色のアブラムシでは、全ての酵素遺伝子が検出されましたが、緑色のアブラムシでは、 1つの酵素遺伝子が欠けていました。この遺伝子の欠落と緑の体色との間に、相関関係があることも野外で集めた個体群で確かめられました。

  さらに、赤色のアブラムシの突然変異として生じた黄緑色のアブラムシについても調べた結果、黄緑色のアブラムシのカロチノイド合成酵素遺伝子に1塩基置換が見られ、この酵素の活性部位のアミノ酸の1つが他のアミノ酸に置き換わって機能を失っていることがわかりました。

  アブラムシ類は共生菌あるいは病原菌として、カビを持っています。これらのカビから、カロチノイド合成遺伝子が水平移動したのではないでしょうか。この水平移動が起こったのは3,000-8,000万年前頃であろうと考えられます。

  共生バクテリアから宿主に遺伝子が水平移動することは、多くの昆虫や無脊椎動物で知られています。水平移動した遺伝子の中には、機能を失って、偽遺伝子になったものもあれば、宿主の特殊組織で、発現が制御されているものもあります。例えば、Wolbachiaの遺伝子は、ある種の昆虫の組織で発現しますが、その生物学的な役割はまだよく解明されていません。エンドウヒゲナガアブラムシのカロチノイド合成酵素遺伝子の場合は、水平移動した遺伝子の影響が体色に現れるという顕著な例で、環境適応に貢献しているのかもしれません。

 アブラムシのゲノムを解析して、これまでに10以上の水平移動による移入遺伝子が見つかっていますが、カロチノイド合成酵素遺伝子は見落とされていました。それは、原核生物−原核生物、原核生物―真核生物間の遺伝子の水平移動に較べると、真核生物―真核生物間の水平移動にはあまり注意が払われていなかったためです。最近は真核生物のゲノム情報が急速に蓄積されてきましたので、新たな動的な進化過程を見ることが期待されます。

クモの巣に見られる秘密の接着剤 Nature 465, 298 (2010)
  私たちが日ごろ使っている接着剤は、二つの物をくっつけるだけの機能しか持っていませんが、自然界に見られる接着物質には複数の機能を持つものが多く見られます。例えば、イガイは海中で足場を作るために粘着性の物質を分泌し、岩などにくっつきます。しかし、押し寄せる波の物理的な力に耐えるために、ゴムの様な弾力性も持ち備えています。

  Sahniらは、クモの巣の表面に付いた接着成分の小滴について研究し、この接着成分が伸長する速度によって、接着力が高くなったり、ゴムの様な弾力性が高くなったりすることを見つけました。クモの糸をガラス板表面に固定し、小さいガラスの釣針の先に付けた接着剤の小滴をクモの糸にタッチさせ、一定の速度で引っ張り、釣り針の先端に掛る力を測定しました。その結果、接着剤を早く伸ばすと粘度が高まり、ゆっくり伸ばすとゴムのように弾力が高まりることがわかりました。
これから、自然界で起こる現象を良く説明することができます。すなわち、虫などがクモの巣に掛ると、虫が暴れる衝撃でクモの糸は強く引っ張られ、接着力が高まります。捕えられた虫は逃げようともがくために、クモの巣をゆっくりと伸ばすことになります。そうすると、接着剤はゴム紐のようになり、動きを吸収し、ますます逃げられなくなってしまいます。実にすばらしいトリモチを作ったものです。

  この自然界の接着剤の粘着性―伸長性の分子的な基礎は何でしょうか?イガイが用いる粘着物質は、アミノ酸 lysineDOPA分子が繰り返し結合した糊分子です。これに海水の中の金属イオンが浸透し、伸長性が生じることがわかっています。
しかし、クモの巣の接着剤の分子構造は明らかではありません。この接着成分の小滴には、糖タンパクのような高分子のみならず、アミン、アミノ酸、ペプチドのような低分子が含まれることが報告されています。糖タンパクに含まれる糖によって粘性が得られることが、他の生物で示されてます。例えば、N-acetyl-D-glucosamine(糖の一種)はバクテリア Caulobacter crescentusの付着器の接着に重要です。このバクテリアの持つ接着剤は最強の接着力を持つということです。このバクテリアは水道管の内側のような水の多い場所にくっついて生息しています。クモの接着成分も糖タンパクかもしれませんが、弾力性(伸長性)を与える分子はまだ分かりません。

気温が上昇しても、マラリアは増えない Nature 465, 280 (2010)

  地球温暖化に伴なって、いろいろな悪影響が考えられていますが、そのうち最もよく言われているのは、マラリアなどの感染病が世界に広がることです。気温が高くなると、カの分布域が広がり、このカに刺されると、抗体を持たない国民の間にマラリア病が蔓延するということが、マスコミを通じて広く伝えられています。確かに直感的にはそう感じるのですが、科学的な根拠は全くありません。

  英国Oxford大学の疫学者グループが、過去のマラリア発生のデータを集め、解析した結果、気温の上昇はマラリアの発生にほとんど影響なく、医療、公衆衛生環境が大きく影響することが明らかになりました。 気候変動に関する政府間パネルの最近の評価でも、「気候上昇とマラリアの伝播には因果関係があるが、マラリアに及ぼす気候変動の影響は、地域的に見ても、地球規模で見ても、はっきりとしない」とされています。

  マラリアやその他のベクターが介在する病気の発生は非常に複雑で、温暖化など一つの要因のみを解析すると、全体的に筋が通らなくなるということです。 同じことは、ベクターが介在する他の病気にも言えます。例えば、デング熱は地球温暖化で発生地域が広がると予想される感染病で、この病原バイラスを運ぶネッタイシマカ、ヒトスジシマカは米国南部に急速に広まりつつあります。しかし、室内で生活し、カを室内に入れないようにしているために、病気の発生は発展途上国のようにに深刻ではありません。

  これらの研究結果が誤解されることを心配する人もいます。これらの結果は、経済的に発展した国で言えることで、カの防除もままならず、病気のリスクの高い途上国では、気候変動の重要性を全く否定することはできません。

生産性の高い集約農業は地球温暖化を防ぐ Nature 465, 853 (2010)

  近代農業は増え続ける人口を養う一方、自然環境に対しては悪い影響を与えるとして、これを必要悪と見る人たちもいるかもしれません。しかしながら、この近代的農業形態を生産性の低い農業生態に戻すと、かえって野生地は荒廃し、生物多様性は失われ、温室効果ガスの放出は高まることが、米国Stanford大学の研究で明らかになりました。この研究から、農業の集約化をさらに進めることが、地球温暖化への対応として重要であることが示唆されます。

  この研究は、「緑の革命」として知られる近代農業技術を備えた農業と数十年前の生産性の低い農業を比較解析したものです。 その結果は20106月に出版されました。それによると、近代の集約農業では、化学肥料を多用するために温室効果ガスの放出が増えるが、それは森林や野生地などに蓄えられることにより、十分消化されてしまうとのことです。 2005年の農業から出る温室効果ガスは、地球上の人間活動による温室効果ガス放出 の10-12%に相当すると言われています。 1961年から2005年の間、世界の人口は 31億人から65億人へと2.1倍増加し、農業生産 は2.35倍増えていますが、世界の耕地面積は96,000万ヘクタールから12億ヘクタールへ、27%増えたに過ぎません。

 農業生産を1961年のレベルに固定すると、2005年の人口と生活水準を保つには、 約18億ヘクタールの土地が必要だということです。また、農業生産を高めるための研究に投資をすることにより、炭素の放出コストがトン当たり約4ドル低下したということです。

 農業生産性が高まれば、環境は良くなるであろうと言う研究者もいます。米国のある環境チームは、収量が多くなれば、温室効果ガスの放出は減少し、これは風車や太陽光のようなエネルギー技術で減少させる量に匹敵することを報告しています。農業の生産性を高めるには、農学研究に対する投資が必要で、もし第二の緑の革命がなければ、増え続ける世界の人口を養うのに、2050年までに 更に15-20億ヘクタールの土地を農業生産に向けなければならないようです。

生物多様性条約について 20101018

 1992年ブラジルのリオネジャネイロで開催された環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)で、「気候変動枠組み条約」と「生物多様性条約」が提起されました。それを受けて、1994年にパナマで 第1回の生物多様性条約締約国会議が開催されました。20101018日(本日)から名古屋で第10回の会議 (COP10)が開催されます(関連会議は1011日からすでに始まっています)。現在193ヶ国がこの条約を締約していますが、アメリカは加盟していません。

 そもそも生物多様性条約は、1980年代にブラジルの熱帯雨林が大量に伐採されるのに危機感を持った専門家たちの問題提起から始まったものです。ここでの生物多様性とは、動植物、微生物など「種の多様性」、それらの種が生息する「生態系の多様性」、およびそれらの種内での個体差をうみだす「遺伝子の多様性」の3つの多様性を指します。

 生物多様性条約の締結を受けて、国ごとに自然環境保全の長期計画を策定しました。日本では、1995年に最初の計画が策定され、2002年、2007年にそれぞれ第二、三次計画が策定されています。この中では、日本の自然の現状を四つの危機として記述しています。第一の危機は開発などによる自然の破壊、第二の危機は里山などに見られるように、人手が入らなくなることによる生態系の劣化、第三の危機は外来種や有害化学物質による生態系の破壊、第四の危機は温暖化が生態系に及ぼす影響です。

 2002年ヨハネスブルグサミットで、「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に低下させる」という2010年目標が合意されました。しかし、欧米などの研究チームの最近の報告によると、「多様な生態系の破壊は依然進行している」との結論で、2010年目標の達成は「失敗」とされております。

 今回のCOP10では、日本は議長国として、2010年目標の達成状況の評価と新たな目標(ポスト2010年目標)の設定を行わなければなりません。
またCOP10でのもう一つの重要な議題は、生物遺伝資源の利用と利益の配分 (Access and Benefit-Sharing, ABS)と呼ばれるテーマです。例えば、中国原産のトウシキミを乾燥させた香辛料「八角」がタミフルの原料として、マダカスカル原産のニチニチソウが抗がん剤として、利用されていますが、これらの生物の遺伝情報を使って稼ぎだした利益を、原産国と利用国がどう公平に配分するか、この課題を解くための「名古屋議定書」を採択できるかどうかが焦点となっています。これまでは、1992年に採択された条約により、利用国が遺伝資源を持ち出すときは原産国の同意を得、利益は両国で公平に分配すると定められていました。しかし、この条約には罰則もないので、法的拘束力のある議定書の採択を原産国が要求し、 2010年までにこれを決定することとなったわけです。
更に、原産国は動植物そのものばかりでなく、その有効成分から生じる派生物から生じる利益も含めるべきであると主張しており、この問題の解決を難しくしています。

 これ以外にも、関連会議として開催されたカルタヘナ議定書第5回締約国会議(MOP5)は1015日、遺伝子組み換え生物 (LMO, Living Modified Organisms)に関する「名古屋・クアラルンプール補足議定書」を採択して閉幕しました。この補足議定書では、輸入された遺伝子組み換え生物が生態系を乱した時は、その事業者に対し、原状復帰などの対応をもとめることができることや、事業者に補償させるための国内法を定める権利があることなどが定められています。

世界の食糧:90億人を養うことはできるか?

  現在世界の人口は68億人ですが、2050年には91億人に増大すると考えられています。今後このように増える人口を果たして養しなうことができるでしょうか?これが現在大きな問題となっています。過去を振り返ってみると、世界の人口は1961年から2007年まで に2倍以上になっていますが、農業生産もこのペースで増えてきました。しかしその間の農地の増加は 9%に過ぎません。そして、将来もそうなるだろうと安易に考えていますが、現在進行中の気候変動が農業生産に及ぼす影響がはっきりわからないので、その予測はかなり不確実です。 国連の食糧農業機関(Food and Agriculture Organization)の専門家によると、 2050年の世界の人口を養うことはそれほど難しくないようです。現在よりも広い土地を利用し、さらに多くの肥料や農薬を散布し、すでに少なくなった地下水を枯渇させるならば、比較的容易に90億の人口を支えることができるであろうと考えられます。しかし、このような資源集約型で、環境破壊的な農業形態を増やして、広大な森林や草地などを農地化すると、水資源や環境がもたないと考えられます。現在南アメリカやアフリカで広げられている耕地の大部分がそうで、これは今後の大きな課題です。耕地を増やすことなく、農業生産をいかにして増やすかを考えなければなりません。

  ひとつは、作物の品種改良です。1940年代に始った緑の革命では、画期的に収量の多い新品種が作りだされましたが、これらは肥料や農薬を大量に投入しないと育たない品種でした。今後は、水、肥料、農薬などの投入が少なくても、収量が多い作物新品種や乾燥、温度、冠水、病害虫に抵抗性の作物品種を作る必要があります。これは第二の緑の革命と呼ばれ、これを遂行するには従来の育種法に加えて遺伝子組み換え技術などの先端技術を農業研究に取り入れることが必要です。すでに害虫抵抗性や除草剤耐性などの特性を遺伝子組み換え技術で導入した新品種が開発されていますが、これらは必ずしも、将来の食糧安全保障を目指したものではありません。むしろ農業の独占、利益のみの追求などと受け止められ、人の健康や環境に対する安全性が保障されていないと反対する人たちも多く存在します。今後は企業だけではなく、公的機関を含めて、将来の食糧供給の立場から、遺伝子組み換え技術による新品種の開発を進めるべきでしょう。また、これらの遺伝子組み換え作物に対する一般消費者の偏見も取り除いていかねばなりません。

  これと同様に重要なのは、作物の輪作、小規模農業における作物栽培と畜産の混合形態、土壌管理などです。世界で生産された食糧 の1/4-1/3が無駄にされたり捨てられたりしていますが、このような無駄を省くことも重要です。これらは、先端技術を用いる必要もなく、従来の農業技術で十分なし得ます。発展途上国では、近代的な技術や農法を導入するだけで、実質的に生産性を著しく高めることができます。

  次に生産から貯蔵、加工までの農業基盤構造の改良も必要です。アフリカでは、道路がないことが物流を悪くし、これが農業生産の障害となっています。このように、農業生産を高めるには、農業技術の改良だけでなく、輸送、加工など多方面からのアプローチが必要となります。 これらを遂行するためには、多額の投資が必要です。農業科学に対する公的な投資は、1970年代にピークに達して、それ以来減り続け、現在は先進国では一定に推移しています。例外は中国で、農業研究費は過去10年間指数的に増え、インドとブラジルがこれに次いでいます。日本では農業の自由化反対だけが叫ばれ、将来の食糧保障にあまり危機感を持っていないようです。もっと食糧安全保障に関する議論を進めるべきと私は考えます。

  現在世界で10億の人達が飢えに苦しんでいますが、これは食糧が不足しているからではなくて、貧困が原因です。 食糧の30%は捨てられているのです。最も飢える人が多いのは、サハラ砂漠以南のアフリカで、栄養不足の人が多いのはアジアです。今後の食糧問題を真剣に考える時であると思います。

  最近の農業政策について、ブラジルを代表例として紹介しましょう。
ブラジルは、豊富な太陽、水、土地を持っているので、将来食糧の生産と輸出で他国を圧倒するであろうと考えられます。しかし、アマゾンの衛星写真をみると、世界最大の熱帯雨林は南側から農地が大きく迫っているのが一目でわかります。アマゾンを破壊することなく、農業上の優位を持ち続けることができるでしょうか?

  世界の牛肉消費量は年々増加しています。過去10年間で、ブラジルの牛肉輸出量は 4倍となり、世界最大の輸出国としてオーストラリアに並んでいます。またダイズの輸出においても、米国と最大輸出国を争っています。国連の食糧農業機関の予測では、ブラジルの農業生産は2019年までに40%増すと考えられています。しかし、このような数字が続くと、アマゾンに破滅の時が来るでしょう。

  これまで、牛肉、トウモロコシ、ダイズなどの食品の世界の需要が高まった時、ブラジルは熱帯雨林を切り開いて、これらの農産物の生産を高め、世界に供給してきました。しかし、2007-08年に世界を襲った食糧危機の時、ブラジルはアマゾンを切り開くことなく、農産物の生産を高め、世界に供給することができました。このことから、食糧生産と森林破壊には直接の相関関係はないとの認識が芽生え、現在は持続的な農業システムを確立し、世界への食糧供給に貢献できるという自信から、農業科学の研究に力を入れています。

  ブラジルを農業大国に押し上げたのはダイズです。ダイズはこの国の最大の食用作物で、2008年の総生産高は 170億ドルに達しています。1960年代、ダイズ畑はブラジルの南部のみに限られていましたが、ブラジル・サバンナ土壌の極度の酸性度を中和し、その土地に適したダイズ品種を育種家が作り上げることにより、この国の大部分の土地でダイズが栽培できるようになりました。今やダイズの収量で、米国と競っています。

  遺伝子組み換え作物に関しては、ブラジル政府は1998年に初めて遺伝子組み換えダイズの栽培を認めましたが、後に裁判所が、米国のモンサントが開発した除草剤耐性ダイズの作付を一時中止する決定を下しました。しかし、ブラジルの農民は、アルゼンチンから、遺伝子組み換えダイズを不法に輸入して栽培を始めました。このダイズがブラジル中に広く栽培されるようになり、 2003年政府はこれを正式に認めるに至りました。現在、ブラジルでは、ダイズ、ワタ、トウモロコシなど 21以上の遺伝子組み換え作物の野外栽培が許可され、遺伝子組み換え作物の作付面積は米国に次いで2番目です。遺伝子組み換えダイズは今年のブラジルのダイズ市場の70%を占め、 2011年には75%になるであろうとのことです。 組み換え作物の広がりを反対する声は今までのところ弱いとのことです。

  ブラジルは他国で開発された組み換え作物に頼っていますが、2010年ブラジルの研究者が初めて開発した組み換え種子が承認されました。国立の農業試験場が開発した除草剤耐性ダイズです。 現在世界で栽培されている遺伝子組み換え作物は、雑草や害虫防除を目的としたもので、個々の作物で収量が直接増えているわけではありません。現在ブラジルの国立農業試験場では、より栄養が豊富で、生産性が高い品種を作り出す新技術を研究しています。ブラジルの作物はまだ改良すべき点が多いからで、トウモロコシ品種の収量は米国のそれに較べて半分以下です。

  ブラジルには2億ヘクタール以上の牧草地があり、これは国土の1/4に相当し、フランスの3倍の広さであるとのことです。ブラジルの牧場では、ヘクタール当たり平均1頭の牛を育てていますが、良く管理され、よい草を生産する牧草地では、ヘクタール当たり 3-5頭の牛を飼うことができます。過去10年間で、アマゾン地域の牧草地は30%増え、ウシの数は80%増えています。 牧場の生産性を2倍にすれば、新たに森林を伐採しなくても、2030年の需要は満たせるとのことです。この数字は容易に可能であると考えられています。

  現在ブラジル政府は2つのプログラムを実行に移しています。1つは、 次の10年間で、1,500万ヘクタールの荒廃した牧草地を復元することです。 他は、400万ヘクタールの土地で、作物栽培と家畜の放牧をローテーションするシステムを採り入れて、土壌の劣化や生産性の低下を防ぐことです。

    これ以外にもいろいろな試みが試されています。その土地に合った作物を栽培するために、政府は、地形、土壌、気温、季節パターンに基づいて、主要作物に関する気候−地域マップを州ごとに作成し、発行しています。農家はこれを見て、作付を決定します。これに適合していれば、銀行からの融資も受けやすいなどの利点があります。まだまだ多くの困難はありますが、ブラジル政府は農業の改善に努力しています。

肉を減らすと、かえって多くの食糧が必要か? Science 327, 810 (2010)

  英国の菜食主義者らの理論では、食糧安全保障を確保するには、肉を食べる量を減らすことだそうです。この理論は以下のように説明されています。コルドンブルー風のチキンからベーコンダブルチーズバーガーに至るまで、先進国の人々は莫大な量の肉を食べています。そして、貧しい国の人々が金持ちになり、食生活が変わるにつれて、肉、卵、ミルクの消費は増えていきます。家畜が消費する穀類の生産のために、 農地の80%近くが使われていますが、動物性の食品はカロリーベースで、15%を与えるに過ぎません。そこで、もし肉の消費量を減らせば、何億もの飢えた人々を養うための農作物の栽培に、優良な農地を使用できるというわけです。

    しかし、肉を減らすことは、いろいろな利点もありますが、世界市場や食の伝統の複雑さから、逆効果が現れるかもしれないと言う意見もあります。先進国が肉の消費を減らすと、アジアでは、栄養不良の子供たちが逆に増えるという意見もあります。

  一般に、裕福な国の国民は、貧乏な国の国民よりも石油などのエネルギーを多く使用するとともに、多くの肉を食べています。例えば、アメリカ人は世界人口の4.5%ですが、世界の肉の消費量の15%を消費しています。アメリカ人は1日当たり平均330gの肉を消費するのに対して、発展途上国では、 1日当たりの肉の消費量は平均80gに過ぎません。

  これらの数字から見ると、アメリカ人など裕福な国民が、単に余分なバーガーやチョップを食べるのを控えるだけで、世界の穀類供給を高めることができるのではないかと考えられます。しかし、ことはそんなに単純ではありません。世界の食糧安全保障に及ぼす肉の消費の影響を調べるためには、洗練されたコンピューターモデルにより、肉の消費が農業システムや食品市場全体に、いかに影響するかを追跡する必要があります。
これらのモデルの一つによると、もし裕福な国民が1人当たりの肉の消費量を 1993年に較べて半分に減らしたら、2020年にはどうなるかをシミュレートしたところ、肉の消費が減れば、価格が下がり、肉は世界中で手に入り易くなります。その結果、開発途上国では、より貧乏な人々でも肉が買えるようになるので、1人当たりの肉の消費量は13%上昇するということでした。これは、非常に貧乏な人達の間で動物性タンパクの消費が増えることで、特に子供にとって、栄養的に利があるから良いことです。

  しかし、裕福な人たちが肉を半分に減らしても、貧乏な人がカロリー源として最も重要な穀類を多く得られるとは限りません。このモデルによると、開発途上国の1人当たりの穀類の消費は1.5%上昇したに過ぎません。 これは360万人の栄養不足の子供の飢えを満たす量ではありますが、期待されたほどの値ではありませんでした。その理由は、人と家畜の食べ物が違うからです。裕福な国では、家畜にトウモロコシやダイズを与えています。肉の生産が減るとトウモロコシやダイズの需要が減るので、人の食べる穀物は手に入り易くなります。これはトウモロコシを主食とするアフリカやラテンアメリカの一部の人たちにとっては良いことです。しかし、多くの発展途上国の人たち、特にアジアの人たち、はトウモロコシをそんなに食べません。コメやコムギを常食していので、トウモロコシやダイズの値が下がっても、直接の助けとはならないのです。(トウモロコシを主食とする国民は世界の 約7%です。これに対して、コムギは30%、コメは55%の人たちが主食にしています)トウモロコシの需要が減ったので、これに代わってコムギを育てることもできます。しかし一般的には、気候、土壌、水利の関係で、必ずしも栽培作物を変えることは容易にはできません。例えば、アイオワ州のダイズ栽培者はコメ育てることはできません。コメ作りには、大量の水が必要だからです。

   肉の消費を減らすと、食糧危機を更に悪化させることを示したシュミレーションもあります。例えば、先進国の人たちが肉を減らして、パスタやパンに変えると、世界のコムギ価格は高騰します。これは、インドのようなコムギを主食とする開発途上国では、栄養不足を助長することになります。

  これらのプラスとマイナスを総合すると、肉の消費を減らすことは最終的には世界の食糧安全保障にある程度役立つと考えられています。

  それでは、そうでなくても動物性食品に対する旺盛な食欲が高まっている時に、どうすれば、肉の消費を減らすことができるでしょうか? 一つの方法は価格を上げることです。例えば、肉を生産するまでの生態的なコストや炭素放出のコストなどを正当に評価し、税として肉の価格に上乗せすることです。そうすれば、肉の価格は高騰し、消費者は肉を買い控えると考えられます。また、精肉業への助成金をなくすることも一つの方法であると考えられます。例えば、ブラジルでは、牧場経営で失われた熱帯林のコストは牛肉の価格に上乗せされていません。これは間接的に消費者に助成していることと同じで、この助成を止めることが肉の消費を少なくするには最も効果的な方法と考えられます。しかし、それらの方法で肉の消費を減らすことは非常に困難でしょう。むしろカロリーや動物性脂肪を減らすという健康上の利点を強調した消費者向けのキャンペーンの方がうまくいくかもしれません。これまでも健康管理コストについての関心や病気になるまいという意識から、肉の消費を減らす活動が行われてきましたが、これらの小さな努力が実を結んだかどうかはよく分かりません。

  世界の食糧安全保障を確実にするには、肉の消費を減らすことよりも、農産物の収量を高めるための農業研究にもっと投資することと貧しい国民の収入を高めるための経済発展であると結論されます。

芋虫は新しいステーキになり得るか? Science 327, 811 (2010)

  家畜に代わって昆虫を環境に優しいタンパク源として考えている人達がいます。牛は体重1gを得るのに、約8gの餌が必要ですが、昆虫では2g以下で済みます。国連の食糧農業機関のPaul Vantommeによると、90億の人を養おうと思えば、タンパク質の生産者として、昆虫を無視するわけにはいかないそうです。

  例えば、モパンワーム(Mopane worm)を考えてみましょう。この虫の学名は Gonimbrasia belinaで、ヤママユガ科のガの幼虫です。マメ科のモパンの木(Colophospermum mopane)を食草とすることからモパンワームと名付けられました。アフリカ南部では、極めてポピュラーなタンパク源で、干したり、煮たり、燻製にしたり、フライにしたりして食べるということです。オランダのワーゲニンゲン大学の昆虫学者Arnold van Huisによると、この芋虫は栄養的に素晴らしく、肉、魚、鳥に匹敵するか、あるいはむしろ勝るとのことです。この虫100gで成人が1日当たりに必要なタンパクが摂れ、同時に鉄分、ビタミンB群、その他の必須な栄養素が摂取できると彼は言います。

  食糧農業機関は、食べられる昆虫についてのガイドラインを作成中であるとのことです。これにより、各国では食糧安全保障に昆虫を取り入れることになるかもしれません。最近は、世界中で食べられそうな昆虫が集められているようです。例えば、メキシコではトウモロコシやアルファルファの害虫であるChapulinesというバッタが注目され、これを持続的に供給するために飼育法を研究したり、その利用法を研究する人たちもおります。しかし果たして、虫を食用とすることが欧米で受け入れられるでしょうか?疑問です。

再生可能なクリーンエネルギー生産の大規模化

 20113月の東京電力、福島第一原子力発電所の事故により、世界各国で原発政策が見直されています。欧州先進国では脱原発議論が活発化するでしょうし、スリーマイルショックから立ち直りつつあったアメリカの原発建設再開も難しくなるだろうと思われます。わが国でも、将来のエネルギー政策の見直しが迫られています。
では、太陽エネルギー、風力発電、バイオ燃料などの再生可能なクリーンエネルギーの生産を大規模化して、原子力発電に置き換えることは可能でしょうか?

 化石燃料の時代の終わりはもう見えていますが、原子力発電以外に、その後に来るものが見えてきません。石炭、石油、天然ガスに代わり得るものは、太陽エネルギーや風力などを利用する発電、植物の発酵から作られるバイオ燃料など多くありますが、これらの代替エネルギーの生産を大規模化することは容易ではありません。昨年(2010年)Science誌が再生可能なエネルギーのスケールアップに関する特集を掲載していますので、代替エネルギーを作る方法とスケールアップに関する技術的、あるいは経済的問題点について考えてみましょう。

 化石燃料は他のエネルギーには見られない多くの利点を持つため、広く使用されてきました。化石燃料は容易に運べるし、貯蔵もでき、代替燃料に較べて、単位面積当たり、あるいは単位重量当たり、より多くのエネルギーを得ることができます。例えば、 石油1kgには、植物バイオマス1kg3倍のエネルギーが含まれています。体積当たりのエネルギー量にして比較すると、5倍になります。炭鉱あるいは油井の単位面積当たりの生産電力はソーラー発電の5-50倍、風力発電の10-100倍、植物バイオマスの10-1,000倍といわれています。また化石燃料による火力発電は、天候に左右されることなく働き続けられます。 これに対して、代替エネルギーは潜在的には大きな容量を持っていますが、再生可能ということを除いては、全ての面で、化石燃料に劣ります。また再生可能な燃料も化石燃料と同様に、どこにでも均等に存在するというわけにはいきません。石油は中東に集中し、ロシアには天然ガスが豊富で、アメリカは石炭のサウジアラビアといわれているほど石炭が豊富です。このような偏在性は再生可能なエネルギーでも同じです。 世界中で風が非常に強く、太陽光が豊富な土地の多くには人は住んでいません。このような場所で電力を作っても、人の棲んでいる所まで遠く運ばなければなりません。

 このような代替エネルギーの中で、将来の需要を満たし得るものは太陽光エネルギーであると考えられます。ヨーロッパには、巨大な太陽光ファームをサハラ砂漠に作り、得られた電力を海中ケーブルで地中海を超えて、ヨーロッパに送ろうとしている野望的な多国籍企業があります。これがデザーテック(Desertec)で、再生可能なエネルギーを大量生産しようとする世界で最も野心的で、全世界が目論んでいる計画の一つです。最終目標は、2050年までにヨーロッパで必要な電力の15%に相当する電力を供給できるエネルギー発生施設を北アフリカと中東に建設することで、何万平方キロの砂漠に、集光器と風車、それらをつなぐ何千キロにも及ぶケーブルを設置する予定です。ここでの太陽光による発電は、ソーラー発電(太陽エネルギーを直接化学的に電気に変える)ではなく、集光器で太陽光を集め、この熱で水などの液体を沸騰させて、タービンを回して電気を作る集熱型太陽エネルギー利用です。電気は蓄えることができませんが、熱はある程度蓄えることができるので、この方法では夜間でもある程度の発電は可能となります。このようにして発電した電気を交流でヨーロッパに送電すると、約45%がロスとして失われます。デザーテックはこれを改良するために、交流を直流にして送電時のロスを少なくする方法を開発しましたが、まだ完全な解決には至っていないようです。このプロジェクトはまだ 1キロワットの電力も作り出していませんが、ヨーロッパやアフリカでは、政治的にも経済的にも支持が得られています。

 風車による風力発電は、クリーンなイメージと景観から人々には歓迎されてきましたが、そのムードはだんだんと悪くなっています。風車が回転する時、ものすごい音がするからです。この他野生生物に対する悪影響、空の交通の障害などから、新しい風力発電所の建設に反対する運動が始まっています。米国は、エネルギーの20%を風力発電で賄う計画を立てていたのですが、その実行は危うくなっています。
風力発電が人や環境に及ぼす影響の調査は、20年ほど前に始まりました。きっかけは、カリフォルニアの Altamont Passにできた米国で最初の大型の風力発電所の風車の下にイヌワシなどの猛禽類の死体が沢山見られるようになったからです。多くの猛禽類がねぐらとしているこのような高い尾根では、風車と鳥の衝突事故が起きやすいのです。風車の間隔を広げたり、衝突事故の起きやすい場所を避けたりすることによって、この問題はある程度解決されました。もう一つの大きな問題は、風力発電所間の道路やフェンスなどで生態系が分断され、野生生物の移動が妨げられることです。 また、バージニアにある風力発電所では、毎年4,000匹にのぼるコウモリが衝突事故で死ぬことが報告され、問題となっています。コウモリは山の尾根にそって飛びますが、そこは風も強く、風車にとっても最適な場所であるためです。 カナダのAlbertaの平坦な草原でも、多くのコウモリの死が報告されています。夜中に飛んでいるコウモリは動いている風車の羽に魅せられるようです。これには、風車を回転させる風の最低スピードを高くすると、かなり改善されることがわかっています。また、超音波を発する装置を風車に取り付けることでも、衝突事故は減らせるようです。  風力発電の障害となるもう一つの問題はレーダーです。レーダー基地に近い所では、回転する風車の羽が小型飛行機の電気信号と同じように見えるため、軍や民間の航空管制を混乱させています。これが原因で、風力発電所の建設が遅れたり、中止になったりした例も見られます。これも感知されない材料で羽根を作るなど技術的な検討が行われています。 早く回転する羽根は、より効率的に多くのエネルギーを作り出すことができますが、騒音が大きくなり、鳥やコウモリなどへの悪影響も大きくなります。技術的な改良により、これらの問題も徐々に解決されるとは思いますが、現状では、風力発電には賛成だが、自分の裏庭では反対という、総論賛成、各論反対が強いようです。

 アメリカで非常に望まれていた代替エネルギーであるセルロースを原料とするバイオ燃料は、技術的、経済的障害から衰えています。 ほんの2-3年前には、農林業から出る残渣をエタノールに変え、車やトラックの燃料として使うことは、勝利者と思われていました。雑草、トウモロコシの茎、木片などを構成しているセルロースやリグニン分子を分解するのに必要な新技術の完成は間近であると予想した研究者もいます。 しかし、セルロース・エタノールの製造を大規模化して、石油依存度を下げようとする米国政府の目玉計画は、困難を極めているのが現状です。
初期のバイオ燃料は、「第一世代の」バイオ燃料、すなわちトウモロコシの実から作られるエタノールでした。この産業は着実に成長し、 2005年の30億ガロンから今日の121億ガロンとコーン・エタノールの生産は増えています。その多くはガソリンと混合して(普通はガソリン90%、エタノール10%)用いられています。年間1,400億ガロンのガソリンを使用している米国では、エタノールの需要は140億ガロンが上限となりますが、トウモロコシ・エタノールはすでに 年間121億ガロン生産されており、150億ガロンを生産する能力があります。その結果、エタノール産業は「ブレンドの壁」にぶち当たっており、セルロース・エタノールの入り込む余地はないのが実情です。この状況を打破するには、政府と自動車メーカーが「E85」(85%エタノール、15%ガソリンのブレンド)で走る車の生産を押し進めるか、あるいはセルロース・エタノールをトウモロコシ・エタノールよりも安く生産する方法を見つけるかしなければなりません(セルロース・エタノールの現在の価格はトウモロコシ・エタノールの約2倍)。しかし、どちらもすぐに達成されそうもありません。また、化石燃料は理想的な燃料でしたが、それを広く利用するまでには50-70年を要しました。エタノールあるいはバイオ・ディーゼルを燃料とするエネルギーシステムを構築するにも、相当の時間がかかると考えられます。そのような理由から、セルロース・エタノールへの投資は減少しています。

 以上のように、原子力発電以外のクリーンエネルギーは、潜在的には豊富に存在するが、それを大規模化するには、かなりの日時と困難が伴うと考えられます。脱原発を望まない人はいないと思いますが、そのためには、生活態度を改めて、セーブ・エネルギーに徹するか、地球温暖化に目をつぶり化石燃料に頼るかの選択肢しか残されておりません。軽々に脱原発を唱えるだけでなく、これらを十分に考えて、将来のエネルギー政策を決定しなくてはなりません。

植物のオンライン検索 Nature 474, 263 (2011)

 米国アリゾナ大学の植物生態学者Brian Enquist教授とその共同研究者は、アメリカの植物の分布や特性に関する2,250万の記録を、新しく編纂したデータセットにまとめましたが、このデータセット に611,728種の植物名が含まれています。現在記載されている世界の植物は40-50万種と考えられているのに、それ以上の植物種がアメリカに存在することになります。  この記録には、正式名でない名前が多く出てくるのです。この不正確な植物名は、記録を入力する時の不注意からの単純ミスや植物名の重複に原因があります。また、学名が変ったために、新旧の両方の名前が記載されることも原因の一つです。

   今年(2011年)6月、Enquistのチームは、 Taxonomic Names Resolution Service (TNRS)を公表しました。このTNRSは、アメリカでもっとも権威のある植物データーベースの1つである the Missouri Botanical Garden's Tropicos databaseと繋がっており、正しい植物名を求めることができます。このデーターベースに出てきた611,728種の植物をこのシステムで検証したところ、 202,252種となったということです。言い換えると、インターネットで検索すると、 2/3は不正確な情報であるということです。将来は、世界のデーターベースと繋がり、正しい植物名を知ることができることが望まれています。

 これに関連した記事が最近のNature誌に掲載されています。
動物命名法国際審議会によって定めらた国際動物命名規約によると、種名の公表は、学術雑誌など長期保存する媒体に論文として発表しなければなりません。オンラインで命名するのは、規則違反となります。多分これは、専門家による評価を欠くためでしょう。(通常学術雑誌に論文として投稿すると、その分野の専門家、通常2名、により、掲載に値するか否かの評価を受けなければなりません)植物学においても、これとほぼ同じ国際植物命名規約がありますが、こちらは電子版(オンライン発表)を認めています。今や電子版は永久記録であるとみなされし、発表の機会が増えるうえに、従来の印刷出版よりも早く発表することができる利があり、印刷物にこだわる必要がないと判断されるからです。動物学の分野は、いまだにルールに厳格ですが、電子版を認める日も近いでしょう。要は、正確さをいかに保つかにあるでしょう。

植物のゲノム研究から植物の進化を探る Science332, 1372 (2011)

 11年前、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)ゲノム (全遺伝情報)のほぼ完全なDNA塩基配列(シークエンス)が解読されました。植物のゲノム DNA塩基配列解読は、動物のゲノムDNA塩基配列解読よりも研究が遅れており、現在は約30種の植物のゲノムDNA塩基配列が明らかになっているに過ぎません。その中に、最近明らかになったイヌカタヒバがあります。これは種子ではなく胞子で繁殖するイワヒバ属のシダの仲間です。 これら全てのゲノムDNA塩基配列から、地球上の植物がどのように進化してきたかを伺うことができます。これまでゲノムのDNA塩基配列が解読された植物はすべて被子植物でした。被子植物は、種子を作ることにより、現在地球上で最も栄えている植物です。 シロイヌナズナの他に、ポプラ、トウモロコシ、コメその他約20種の被子植物の DNAが解読されています。しかし、陸生植物の進化の過程で、古い時代を代表する藻類、コケ類、シダ類では僅か1-2種が解読されたに過ぎません。これらのDNA塩基配列を比較することにより、4.5年前植物が陸上に現れ、大型化し、花や実を付けるようになった過程が明らかになります。例えば、色とりどりの花を咲かせるのに必要な多くの遺伝子のルーツは、藻類にあることが明らかになっています。
植物の進化は動物に較べて、驚くほどダイナミックであることもよく知られていますが、これもゲノムの進化から説明することができます。植物ではしばしば、全ゲノムの倍加が起こります。そうすると全DNAが増えるので、サイズが大きくなりますが、時間の経過とともに遺伝子を取捨選択し、全体的にサイズを小さくするなどによって、植物の進化は起こります。

 クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)は初めて光合成を行った緑藻で、水の中だけで生活している単細胞生物でした。そのゲノム中に「緑」である秘密が隠されています。それは光合成に欠かすことのできない葉緑体の存在です。この緑藻のDNAは、初めキンギョソウで発見され、その後多くの顕花植物に見られる花を咲かせる遺伝子群を持っていますが、緑藻ではこの遺伝子群は銅イオンの知覚に関与しているものです。これは進化の過程で、遺伝子が新しい目的に適合してきた例の一つです。

 ボルボックス(Volvox carteri)は、クラミドモナスと極めて近縁ですが、体制や生殖の様式がクラミドモナスよりもずっと進化している緑藻です。クラミドモナスとの違いはボルボックスが、非常に単純ではありますが、多細胞生物であることです。ボルボックスのゲノムをクラミドモナスのゲノムと比較すると、ほんの僅かな違いで、ほぼ同じ数の遺伝子 (14,500)を持っています。従って、ボルボックスは多細胞生物への進化の研究に適した生物で、どのような遺伝子がその進化に関わったのか研究が進められています。

 ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)はゲノムの全DNA塩基配列が明らかにされた最初のコケ植物です。4.5億年前、ヒメツリガネゴケが上陸して太陽光に曝され、変化する温度の中で生き抜くには、新たな遺伝子が必要となりました。そこで、遺伝子に多くのファミリーを持つことによって、ゲノムが複雑になったことが明らかにされています。遺伝子ファミリーとは、遺伝子重複によって作り出された遺伝子のグループです。 ヒメツリガネゴケは種子を作らないのに、種子植物が持っている種子の乾燥を防ぐタンパクをコードする遺伝子を持っています。また、このコケはシロイヌナズナの生長に必要な遺伝子の80%を持っていることが明らかになっています。このことから、現在の植物が持つ複雑な植物構造の遺伝子は、被子植物が進化する前にすでにその先祖が持っていたことになります。

   ヒカゲノカズラ(lycophytes)は維管束を持つシダの仲間です。この植物は、広義のシダ植物ですが、その姿はむしろ巨大なコケのようであったとのことです。  植物が上陸してから、大型化するのを可能にしたのは、水や栄養を運ぶシステムすなわち維管束を構築したことです。ヒカゲノカズラは最初に維管束を進化させたグループの一つです。維管束は持っていますが、種子は作りません。3億年ぐらい前(古生代)に栄えたシダ類で、植物の世界では初めての巨大な植物でした。その残したものが石炭です。現在のヒカゲノカズラは、イワヒバ属やヒカゲノカズラ属のシダで、枝にうろこ状の葉を持った小さな植物で、森にも庭にも普通に見られます。

 パデュウ大学の遺伝学者Ann Banksと共同研究者達は現在利用できる全植物ゲノムに注目し、遺伝子をファミリーにグループ化しようとしています。彼らは、藻類から高等植物に至る全ての植物に共通な3,814の遺伝子ファミリーを見つけています。これらの遺伝子ファミリーは全ての緑色植物に共通の先祖に由来するものであると結論されています。藻類とコケを高等植物と比較することにより、生殖戦略の変遷と維管束植物への移行には516の遺伝子ファミリーが必要であることが分かりました。被子植物への進化にはさらに1,350の遺伝子ファミリーが必要であったということです。 また、植物界において、遺伝子の数と機能が劇的に変化したのは、4.5億年前植物が水中から地上に上陸した時で、3,006の遺伝子ファミリーが出現したと彼らは報告しています。

 植物のゲノムは動物のゲノムよりも早く変化します。その結果、植物では近縁種の間で、多くの変異が生じます。キメラ体の DNA2つの別々の遺伝子の断片が結合したDNA)が比較的頻繁に生じることによって、変異が生じます。これは細胞中を動き回るDNA、転移因子(動く遺伝子)、が活発にゲノムを作り変えるからです。
  1990年代の終わり、DNA塩基配列の解読は技術的にも金銭的にも難しかったので、ゲノムが小さくて簡単な植物をDNA塩基配列解読の材料として取り上げるようになり、ゲノムが 12,500万塩基対からなるシロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana)が選ばれました(トウモロコシは推定 25億塩基対と考えられます)。 また、Arabidopsis属は 2倍体で、各々の染色体を2対持つと考えられたからです。しかし、この植物はゲノムを少なくとも2倍に倍加して、異常な環境を生きながらえてきたことがわかりました。さらに、多くの植物ゲノムはサイクルを以て、サイズが倍加することが明らかになりました。倍加して余分の遺伝子はつぎの200-300万年の中に崩壊し、遺伝子数は元に戻り、そしてまた、倍加が起こると言った具合です。このようにして、ゲノムは徐々に変化していきます。

 また、植物の転移因子は、染色体中あるいは染色体間を飛び回り、DNAの断片を切り離し、ある場所に移し、そこで新たな遺伝子の発現がおこります。また植物では、多くの遺伝子シャフリングが見られます。遺伝子シャフリングとは、 相同DNAをランダムに切断し、再び全長に組み上げることをいいます。これによって、 2つあるいはそれ以上の遺伝子の断片が一緒になって、新しい機能を持つ遺伝子を作り出しています。

   魚と霊長類のゲノムを比較すると、両者が分岐してから4億年も経つのに、この両生物が共通の非タンパク性 DNA(タンパクをコードしていないDNA)を多数保存していることがわかります(非タンパク性DNAはタンパク性DNAよりも変化が早いことが知られています)。しかし植物では、このような保存は早々と消失しています。例えばシロイヌナズナとコメ、トウモロコシとソルガム、コメとソルガムの比較を行なうと、非タンパク性DNAに共通性はほとんど見られません。むしろ、トウモロコシの 2品種間で、DNA20%も違っていました。これはチンパンジーと人間の違いよりもはるかに大きいのです。

 このような背景から、植物学者は植物ゲノムのシークエンスにより力を入れるようになりました。これまであまり研究の進んでいない裸子植物も注目されるようになり、4種の針葉樹、loblolly oine(テーダマツ)、 sugar pine(サトウマツ:五葉松の一種)、Douglas fir(アメリカトガサワラ,ベイマツ)、Norway spruce(ドイツトウヒ)、のシークエンス・プロジェクトが 2011年に始まりました。
シダ類は染色体の数が多く、シークエンスは困難ですが、これにも手が付けられ始めています。何故シダ類は遺伝的に複雑なのかの答えがでる日も近いでしょう。

コムギとさび病の闘い Nature474, 563 (2011)

 Ug99というコムギの黒さび病菌(カビ)が、ケニアのある農場に入ってきたのは 2007年でした。この年、ケニアのコムギ畑は壊滅的な被害を受け、地域によっては収穫が 80%減にも及んだということです。この病気が大発生しても、ほとんどのアフリカ農民は殺菌剤を散布する余裕はありません。

 黒さび病は何千年もの間、農民を苦しめてきましたが、Ug99は世界中のコムギの防御遺伝子の 90%を克服したスーパー系統です。1998年に世界で初めて発見されて以来、 Ug99は東アフリカからイエメンやイランに広まりました。さらに東に広がり続けたなら、南アジアや中国の穀倉地帯を襲い、多くの人達を食糧不足におとしいれるでしょう。

 開発途上国では、コムギは主食としてコメに次いで重要です。世界中では45億人以上がコムギを主食としており、コムギの必要量は今世紀の半ばには開発途上国で60%増すと予測されています。しかし、地球温暖化により、途上国でのコムギの生産量は減ると考えられています。この上病原性の強いさび病が出現すると、夥しい数の人達が食糧不安に陥るでしょう。

 黒さび病(Puccinia graminis)の胞子がコムギに取り付くと、赤褐色ないし黒色の突起物が形成されるので、黒さび病と名付けられました。  1960年代、Norman Borlaugらは、黒さび病に抵抗性の遺伝子を持ったコムギ品種を開発しました。その抵抗性遺伝子の1つがSr31遺伝子です。この新品種は病原菌抵抗性だけでなく、高収量や草丈が低く風に強いなど、他にも望ましい特性を持っていました。これは農業上の緑の革命としての大きな業績でした。それ故に1970年、Borlaugはノーベル賞を受賞しました。
彼らの努力によって黒さび病は克服されてしまったので、コムギの供給と価格は安定し、黒さび病の研究は終わり、人々は黒さび病のことを忘れてしまいました。その後のコムギの品種改良は、高収量などの性質に焦点が当てられていました。 1990年、Attilaという高収量のコムギが開発され、これはすぐに北および東アフリカ、中東、アジアの一部で栽培の主力となり、開発途上国の2,000万ヘクタールは現在この品種が主に栽培されています。
その間、黒さび病は東アフリカの暖かくて湿度の高い気候に適応、進化し続け、1998年ウガンダで、非常に高い病原性の黒さび病として出現しました。この黒さび病は、Sr31遺伝子を持つコムギ品種にも感染し、勿論Attila品種にも感染しました。この新しい黒さび病がUg99なのです。  それ以降、Ug99は風に運ばれ、国境を超え、暖かくて湿度の高い気候を求め世界に広がり、そこで大発生を起こしました。

 2005年、Borlaugは黒さび病の復活を聞いて、研究者を招集し、抵抗性新品種の開発研究を再開しました。
コムギは6倍体で、1対の染色体を3コピー持っています。コムギのゲノムは、ヒトゲノムの5倍の大きさなので、注目した遺伝子領域をピンポイントでとり扱うことが難しいのです。このようにコムギを遺伝子組み換え技術で改良することは難しいので、従来から用いられている交配による品種改良法が多く用いています。
Sr31遺伝子は侵入する菌を認識し、コムギの防御機構の引き金を引く機能性タンパクをコードしていると考えられています。しかし、時が経つにつれ、菌は突然変異を起こし、植物の認識や防御機構を回避するようになります。 これがUg99の生まれてきた経緯です。

 現在ケニア農業研究所は、20種ものUg99抵抗性のコムギ品種を開発しています。しかし、開発途上国と農業技術の進んだ先進国の農業との間には大きなギャップがあります。特にアフリカでは、政府も農民もコムギの生産に進歩的な農業技術を採り入れてきませんでした。農民は生来保守的な傾向があり、新しい品種をなかなか受け入れない傾向があります。また新品種を開発する研究者にも問題があり、農民の要望を良く理解していないことです。農民は収量が高いだけでなく、家畜の餌となる藁や屋根をふく麦わらのような副産物が得られることを望んでいます。だから、研究者は、コムギの品種をデザインするに当たって、これらのことを考慮に入れなければなりません。 新品種が農民に受け入れられることは難しいことなのです。

 しかし、アフリカでも最近、研究技術の受け入れに少しずつ変化が見られます。このきっかけとなったのは、黒さび病に近いコムギの黄さび病の大発生でした。

 ケニアの北にあるエチオピアにもUg99は見られますが、コムギ栽培地帯は黒さび病には気温が低すぎ、 1993年以来際立った大発生は見られていません。しかし2010年、黄さび病(Puccina striiformis)が大発生し、収量は激減しました。これはYr27という黄さび病の新系統によるものではないかと考えられています。Yr272002年に南アジアで初めて発見された黄さび病で、Attila品種を含むコムギ全般に被害を与えます。これに抵抗性の Digaluというコムギ品種が開発されていますが、Attilaに較べて収量が低いので、エチオピアでは普及しませんでした。しかし、2010年の黄さび病の大発生の時、 Attilaの畑がひどい被害を受けているのに、Digaluの畑は無傷であるのを見て、 初めて農民はDigaluを求めるようになりました。

 2010年、エチオピア政府は、2つのUg99抵抗性品種を承認しました。そのうちの1つは、黄さび病菌に対しても抵抗性です。この両品種ともAttilaよりも収量が多いので、農民からの要望は多いのですが、種子生産が間に合いません。この品種を大量に生産できるようになったら、状況は改善されるに違いありません。このように、ゆっくりではありますが、科学の成果が東アフリカに根を下ろし始めています。

3万年の眠りから覚めた花、スガワラビランジ Nature482, 454 (2012)

 氷河期、地球の北部地域は冷たく、乾燥した草地に覆われ、マンモス、サイ、バイソンなどが徘徊していました。古生物学者によるとマンモスが徘徊していた草原は、13,000年前に消滅したとのことです。 しかし最近、3万年の間この地の永久凍土に閉ざされていた植物果実や種子から、植物体が、ロシアの科学者チームにより、よみがえらされました。これまでによみがえらされた植物の中で最も古い記録は、約2,000年前の種子からよみがえらされたナツメヤシでした。

 シベリヤ北東部を流れるコリマ川の川岸に広がる永久凍土の表層から20-40 mの地層にあるリスの巣穴に、スゲ類、ギシギシ類、コケモモ類、マンテマ類などの果実や種子が多数見つかりました。これらは低温で乾燥した環境により奇跡的に保存されたのでしょう。この地層には、マンモスなどの動物の化石が多く見つかっています。研究者達は、リスの巣穴で見つかったこれらの種子から植物を育てることを試みましたが、発芽はしても、植物体に成長するものはありませんでした。

 ロシア科学アカデミーのDavid Gilichinskyは発想を変えて、この問題に取り組みました。すなわち、彼は種子ではなく、果実の胎座をin vitro(試験管内)で培養し、シュートの育成に成功したのです(残念なことに、彼は先週、20122月、死去されました)。胎座(たいざ、placenta)とは、植物の子房中の胚珠の接する部分のことで、例えばピーマンでいうと果実の中にある種子の周りの白い部分に当たります。

 彼が選んだ植物は、ナデシコ科、マンテマ属のスガワラビランジ(Silene stenophylla)でした (右図)。彼と共同研究者達は、スガワラビランジの胎座から多くの植物体を得ることに成功しました。スガワラビランジはサハリン、シベリア東部、日本では大雪山系で見られるそうです。「スガワラ」の名前は樺太が日本の領土だった時代に日本人の菅原繁蔵が発見したことに因むものだということです。

 スガワラビランジは現在でもコリマ川の土手に見られますが、3万年前の原始種は現在種に較べて、花の数は多いのですが、根の生長が遅いようです。氷河期の厳しい環境に適応した典型的な表現型なのでしょう。 何十万年前というもっと古い時代に栄えていた植物がよみがえれば、その進化の歴史が明らかになるのではないかと期待されます。

福島第一原発が放出した放射線量とその影響 Nature 485, 423 (2012)

 昨年(2011年)の福島第一原子力発電所から放出された放射性物質に曝されることによる発がんの危険性はほとんどない事が、原子放射線の影響に関する国連科学委員会 (United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, UNSCEAR)および世界保健機構(WHO)によって、独立に報告されました。これらは、核物質の隔離作業に携わった多くの作業員ばかりでなく、日本国民が受けた放射線量とその健康に及ぼす影響を包括的に評価したもので、いずれもNature誌に掲載されています。これらの報告は、20125月ウイーンで開催 されたUNSCEARの年会で討論されました。

 UNSCEARの解析では、原子炉で作業をした167人の作業員は癌になるリスクがやや高まる程度の線量を受けたことが示されています。WHOのレポートでは、一部の人達の被ばく量は政府のガイドラインを超えていますが、速やかに避難することにより、一般市民の健康は大幅に守られたと報じています。これらの報告の作成に携わった研究者達は、可能な限りのデータを集め、解析することにより、原子炉の作業員や一般市民が放射性物質の脅威から解放されることを望んでいます。 また、この報告書によると、作業員の被ばく量、日本政府が推定した放出放射線量は、1ケタ以内で正しいとのことです。更に発電所近くの植物、動物、海の生物に及ぼす影響について調査しなければならないと結論しています。最終報告は 来年のUNSCEARで承認される予定です。将来の研究の基礎として役立つものと期待されます。

 専門家によると、この事故で最も心配されるのは甲状腺ガンと白血病のリスクが高まることです。事故当時の詳しい放射線量は測定されていないので、WHOは、放射性物質の吸入、摂取、降下物の被曝から推定し、福島および近県の住民の被ばく量は 10ミリシーベルト以下であろうと結論しています。浪江町と飯舘村の2つの地区の住民は事故後何ヶ月間か避難しないで、そこに留まっていたので、10-50ミリシーベルトを被ばくしたと推定されます。チェルノブイリの事故では、作業員はこれよりももっと高レベルの放射線を被曝していますが、11万人の作業員の0.1%110人)が白血病を発病しました。被曝以外の原因による発病もあるので、福島発電所の20-30km以内に住んでいた約14万人の市民に対する発ガンリスクはこれよりも低いと推定されます。日本の科学者が行った健康調査でも、福島第一原子力発電所の近くに住む人たちですら、1-15ミリシーベルトあるいはそれ以下の線量を被曝したとの結果を得ており、WHOの計算とよく一致しています。

 子供が100-200ミリシーベルトの放射性ヨウ素131を被曝すると、甲状腺ガンのリスクが高くまります。浪江町の子供たちにその危険性があるかもしれないということで、1,080人の子供を調べた結果、甲状腺に50ミリシーベルト以上の放射線量を受けた者はいませんでした。

 それよりはるかに大きな健康リスクは地震、津波および核災害が原因となる心理的なストレスです。災害を被った人達は、心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder, PTSD)を受けやすくなっています。これらの人達から、ストレスを取り除くためには、科学的な正しい情報が必要です。人々に恐怖を与えるような非科学的で感情的な情報が、人々から信頼を奪っています。 福島医科大学のが実施しているこの地域の健康調査は、この災害の犠牲者のストレスを減じる役割を果たしていますが、東大のラジオアイソトープセンター長のTatsuhiko Kodama氏は「国際機関は日本での僅かな滞在期間で、地方で何が起こっているかもわからないのに、拙速な報告をすることはやめるべきだ」と、科学者とは思えないような感情的な発言をしております。 福島の核災害問題を、国際社会がどのように見ているかも注視する必要があると思います。

 

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