糸結び

  手術の基本の一つが糸結び(結紮)です。
  糸を切らずに結び、なおかつ、適切な力で締める必要があります。
  丈夫な糸でも、急に引っ張ったり結びが乱暴だと切れてしまいます。
  
  
「糸結びが上手な外科医は手術が上手である」
  一般的に、よくそのように言われています。さらに糸結びは術者の技量ばかりか手術姿勢をも反映します。どんなに大きな手術でもすべて基本的手技をひとつずつこなしてこそ完成します。
  一回一回の糸結びを大事にする姿勢は術者の誠実さを表すと言っても過言ではありません。
  
  糸結びをマスターするためには、充分な訓練が必要です。
  糸結び用模型を利用したり、暇を見つけては椅子の脚などで糸結びを練習することもあります。
  また、もろい組織と見立てて豆腐やこんにゃくを利用することもあります。手術の経験年数にはかかわらず、術者は糸結びにこだわり練習を重ねて技術を確立するべきです。
単に手術経験が多く獣医師歴が長くとも糸結びが上手であるとはいえません。

(T) 糸結び【結紮(けっさつ)】

結紮は以下の2つの目的があります。
  
1.縫合時の結紮
 離れた組織を糸で縫い合わせる時に結紮します。糸をきつく締めすぎると組織の血流を妨げ生着(創が治って組織同士がつながること)が悪くなります。程度がひどい場合は組織が壊死します。
皮膚の縫合箇所は肉眼で状態を観察できますが、腹腔内の縫合箇所は観察できません。
万一消化管縫合時の状況が悪いと、縫合糸が溶けて抗張力を失う1〜2週間前後に縫合不全を起こし、腹膜炎となります。

また緩すぎると組織同士が離れて創がつかないことがあります。

緊張のかかる離れた組織を寄せるときは、手前の組織を相手側の組織に押しつけるようにしながら距離を縮めます。相手側の組織を糸の力で引こうとすると組織が裂けてしまいます。

2.止血や組織切除時の結紮
 止血のために血管を結んだり、臓器を摘出するために周囲の支持組織から分離切断するときに断端(切り口)を糸で結んでとめます。
「血管を結紮して止血した」、「子宮靱帯を結紮、切離する」 などと表現します。

この状態の結紮は縫合時とは異なり、充分に強くしっかりと結ぶべきです。
万一血管の結紮が緩むと、致死的な出血をおこす危険性があります。
また、奥深い手術野では、目で確認できないまま結紮しなければならない場面もあります。その時は指の感触だけで確実に糸を結ぶ必要があり、相応の熟練が必要です。

(U)   結び方


最低2回の結び(半結び)が必要です。1回目の半結びでは、引っ張る手の方向がそれぞれ糸の方向に一致する(順結び)と十分な張力をかけることができます。糸同士が交錯反転すると切れやすくなります(逆結び)。

1.女結び
 同じ結び(半結紮)を同じ手で2回繰り返します。もっとも素早く結ぶことができる結び方です。
できあがりは縦結びであり、ほどけやすい欠点があります。

2.男結び
 2回目の半結びが女結びと逆です。つまり両手で交互に2回半結びします。
確実な結び方であり、止血や重要な部位の結紮に使います。

3.外科結び
 最初の半結び時に、糸を二重に絡ませて男結びを行います。最初の半結びの糸の摩擦抵抗が大きくほどけにくいため、強い緊張のかかる組織の縫合に用います。
しかし、最初の半結びが締まりにくいので注意が必要です。

         
    女結び             男結び               外科結び

(V)   両手結び 片手結び 器械結び

 結びには 手を使う手結びと器械を使う器械結びがあります。
術者はまず始めに、基本である手結びを覚えます。手、指の感触で糸の太さ、すべり、締まり方などを確認します。手結びは両手結びと片手結びがありますが、左右の手を同じように動かせるように練習します。結紮箇所は臨機応変で変わるためいつも利き手で結べるとは限りません。

両手結び
糸を左右均等の力で充分強く締めることができるもっとも基本的な結紮です。結紮点の横ズレも少なく重要な血管結紮などに有用です。しかし両手を動かすための空間が必要であり、また結ぶ動作が大きくて時間がかかります。急ぐ時や視野が狭い場所では多用できません。また両手でしっかりと把持するに必要な長さの糸(両手とも同じ長さ)を使うため、糸の消費が増えます。

2.片手結び
一方の糸を持つ手はそのままで、反対の手指だけで糸を結びます。両手結びよりもさらに素早く結ぶことができ、手を動かす空間も少なくてすみます。慣れた術者は多用します。

器械結び
片手結びの手の代わりとして鉗子(ペアン鉗子)や持針器(針を持つ鉗子)を用います。
鉗子は指よりも細く長く、かなり狭い場所でも結紮可能です。また鉗子でつかむための糸の長さは1cmでも可能であり、つかむための動作もわずかで済みます。
糸の消費量はもっとも少なくなります。
しかし鉗子で掴まれた糸はキズがついて弱くなります。また締める時の微妙な指の感触が伝わりません。
重要な部位の結紮には不適です。


4.深部結紮
 特殊な深部結紮用鉗子を用います。かなり専門的な結紮です。
(W) 結紮の種類

結紮では、状況に応じた確実な結びが必要です。1回の手術で何十〜何百本もの結紮糸が使われますが、そのうちの1本が緩んでも手術が失敗する危険性があります。

(1)単結紮 
組織を1回だけ結びます。多くの場合、単結紮で充分です。

(2)二重、三重結紮
太い動脈や固い組織(各種靱帯)などは、単結節では滑ってはずれてしまう可能性が少なからずあります。万一の予防のため、同一組織を複数部位(数mm離れた間隔)で結紮します。

(3)集束結紮
幅の広い組織(大網や臓器周辺の結合組織)では、ある範囲の組織をまとめて縛ります。これを集束結紮と言います。
糸を太くしてきつく締めれば大きな組織も1回で結べると考えることは危険です。
1回にあまり大きくまとめて結ぶと、組織の真ん中がずれて糸がはずれます。
また、糸が太くなると組織への食い込みが緩くなりがちです。

(4)刺通結紮
結紮糸が絶対にはずれないようにする方法です。
結紮する前に結紮糸に針を付けて結紮部位に1回針を通します。その糸を用いて同部位を結紮します。糸が組織にかかっているので糸がはずれる危険性はありません。
固い組織や重要な血管の結紮に用います。

(X) 結紮の実践(訓練)

A.結紮点を動かさない。

特に深部では結紮点が移動すると周囲の組織がちぎれ出血や組織損傷の原因となります。狭い空間では結紮部には片手しか入りません。ごく微妙な動きでさえも重大な危機をもたらします。
繊細な結紮を行うためには、固定された対象物を結ぶ練習だけにとどまらず、鉛筆などの軽く動く物、さらにはもろい綿やティッシュを結ぶ練習などが必要です。

以下の点に注意します。
1.結紮部に入れた指先(仮に左手)はできるだけ結紮点の近くに置きます。指は適度に曲げて微妙な力を感じるようにします。
2.糸を締める時は、左手指は絶対に動かさずに創外の右手を引いて力をかけます。
3.糸は余裕のある長さとし、手で軽く持ちます。1回目と2回目の結びの間は糸に無用な緊張をかけないようにします。
糸を【つかむ】感覚ではなく、【触る】感覚が大事です。

B.結節が緩まないようにします。
確実に締めるためには男結びまたは外科結びが原則です。男結びで結節が緩まないためには、1回目から2回目の結紮の間に左手の糸を緊張させた状態にします。1回目の糸をねじって緊張を緩める方法は皮膚縫合時のみ許されます。
なお外科結びでは1回目の結紮後は糸を引っ張ってはいけません。

結び目は小さいほどほどけにくく、また体積が小さいと感染の点からも有利です。十分な力でしなやかに確実に締めるために、糸の限界張力(切れる直前の力)を指の感覚として覚えておく必要があります。


C.素早く結紮します。
結紮にかかる時間で短縮できる部分は、糸の持ち替えなどの糸さばきの時間です。
糸を締める時はゆっくりと力をこめます。その後肩の力を抜いて素早く次の結びを準備するといった緩急が結紮時間短縮につながります。

結紮は、「正しい姿勢、正しい方法、確実な動作」が大切です。指先だけで糸および組織の情報を感じ取れるようになるためには練習あるのみです。手術の経験年数にかかわらず努力が必ず実を結びます。
誤った縫合手技を続けると修正ができなくなります。またその誤りを指摘してくれる人がいつもいるとは限りません。

D.一般的注意事項
●縫合時の結紮が強すぎると組織の血流が悪化してかえって治癒が遅れます。創は一時的に腫脹するので創面は軽く接触させる程度で十分です。

●糸は組織の強度にあわせた太さを用います。糸が細いほど組織に優しいとか、細い糸を結べるほど技術が優れているわけではありません。
なお、例えば3-0と4-0バイクリルでは何がどのように違うかを説明することは困難ですが、術者が使いやすい糸を使って確実に結紮ができれば大差はありません。

●残り糸の再滅菌使用は厳禁です。  
再滅菌(ガス滅菌、アルコール消毒など)によって糸の強度は低下します。繊維の劣化やコーティング剤の劣化が原因です。また消毒剤はすべて組織毒性があるため異物反応も出やすくなります。
消毒には費用もかかるため、手間をかけてまで品質保証のない危険な糸を再利用する経済的メリットはありません。

● まれに年配の獣医師では、軟部組織でも金属製ワイヤーを使用する人がいます。

関連リンク

1.器械結び、他 【皮膚外科手術の基本手技(ビデオ)】
  HP作者:  兵庫医科大学皮膚科学教室   伊藤孝明  氏

  実際の縫合手技などをビデオ映像で提供しているサイトです。大変理解しやすい内容です。
  
 ※注釈  該当HPへのリンクは作者の許可を戴いております。
  
上記HPに含まれるすべての内容(ビデオ映像を含む)の著作権は作者にあります。
  作者に無断でリンクすることはできませ
。ご了承下さい。


2. 名古屋市立大学第二外科
学生卒業試験課題2004に糸結びの実技があり、糸結びのビデオ映像を提供しています。大変参考になります。


3.深部結紮鉗子 

4.外科手技【医学用品関連製品】 





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