縫合糸について



この話題は当HP掲示板でも討論されています。
過去ログ No.4100〜4376 をご参照下さい。

離れた組織と組織をつなぎ合わせる縫合はすべての手術の基本です。
組織同士をうまくあわせ、かつ組織の回復力(創傷治癒)を阻害しないことが肝要です。
なお皮膚縫合が終わっても、手術がすべて終了して安心とはいえません。手術創がきれいに治ってこそはじめて手術は成功したといえます。

(T)縫合についての一般的な基本事項

1. 組織を愛護的に扱い物理的挫滅を極力避けます。
縫い合わせる組織を鉗子(ピンセット)でつまむ時は不要に強くはさまず、また組織を大きく掴みすぎないように心がけます。

2.「層・層縫合」(同じ層同士を正しく合わせる縫合)を心がけます。
例えば腹腔手術切開層は、深い層から腹膜、筋膜、(筋肉)、皮下組織、真皮、表皮があります。これらがずれないように一括〜数層単位の層層縫合をします。

3. 死腔(dead space)を作らないように注意します。
死腔とは本来の生体構造にはない空間です。
例として、筋膜縫合が不十分では筋肉層にすきまができることがあります。また、皮下腫瘍を切除すると腫瘍体積に相当する空間ができます。死腔防止のため周囲の組織を過度の緊張なく縫合するなどの工夫が必要です。死腔が形成されると浸出液や壊死組織がたまって感染源となり、創傷治癒の妨げとなります。死腔を形成しそうなときはドレーン(液体排出用の管)を入れたり、外から圧迫したりすることがあります。

4.  
血腫ができないように注意します。
止血は丁寧に行います。血腫も重大な感染源になります。

5. 縫合糸の特性を理解して使用します。
縫合糸にはさまざまな種類があります。使用する縫合糸は術者の好みもありますが、状況にあわせた選択が求められます。
(U)参照。


(U) 縫合糸に求められる条件
1.抗張力が充分にあり結節が緩まないこと
2.組織損傷が少ないこと
3.異物反応が少ないこと
4.感染源になりにくいこと
5.しなやかさがあって結びやすいこと
6.品質が安定してコストが安いこと


(V) 縫合糸の分類
1. 吸収性と非吸収性 
2. 天然素材と合成素材
3. 糸の構成
  ●マルチフィラメント
(複数の細い糸を編み込んだ編み糸(ブレード、撚(よ)り込んだ撚り糸(ツイスト】と、
  ●モノフィラメント【1本の繊維で作られる単糸】

縫合糸製品比較表

 吸収と非吸収 天然と合成素材 モノフィラメントとマルチフィラメント 製品名 素材 コーティング 生体内抗張力(残留度)
(%)
吸収期間
吸収性 天然 モノフィラメント
(単糸)
カットグット
(販売中止)
(H12.12.12付)
(BSEに関連して)
腸線 1週間
(50%未満)
70日
合成
編み糸
(ブレード)
(マルチフィラメント)
オペポリックスU ポリグリコール酸
(PGA)
リジン誘導体・ポリ乳酸 2週間(65%以上) 60〜90日
デキソンU 2週間(70%以上) 90日
コーテッドバイクリル PGA+
ポリ乳酸(PLA)
(=ポリグラクチン910)
グリコリド/ラクチド共重合体
(ポリグラチン370/ステアリン酸カルシウム)
21日(50%) 56〜70日
ポリソーブ 2週間(60%) 56〜70日
バイクリルラピッド 5日(50%) 42日
モノフィラメント PDSU ポリディオキサノン
(PDS)
なし 28日(50%) 180〜210日
マクソン PGA+
トリメチレンカーボネイト(TMC)
なし 約4週間(60%) 180日
バイオシン PGA+
PDS+
TMC
なし 約2週間(55%) 90〜110日
モノクリル PGA+
ポリエプシロンカプロラクトン
(ポリグリカプロン25)
なし 7日(50〜60%) 91〜119日
非吸収性 天然 マルチフィラメント 編み糸
(ブレード)
シルクブレード
(セリシンを除去)
絹糸
ワックス/シリコン / 数年以上
撚り糸
(ツイスト)
硬質絹糸
(セリシンを除去しない)
絹糸 - /
モノフィラメント ・ネスティール
・サージカルワイヤー
ステンレス - /
合成 編み糸
(ブレード)
・ネオブレード
・サージロン
ナイロン - /
・ネスプーレン
・タイクロン
・エチボンド
ポリエステル ポリブチレン /
ネスプロン ポリエチレン - /
モノフィラメント ・ナイロン
・エチロン
ナイロン6&66 ワックス /
・ネスピレン
・プロリーン
・サージリン
ポリプロピレン - /
プロリーンメッシュ(組織代用繊維布)
・モノフレン
・アスフレックス
・プロノバ
ポリ2フッ化エチレン(ヘキサフルオロプロピレン−VDF) - /
ゴアテックススーチャー ポリ4フッ化エチレン - /
ノバフィル ポリブテステル - /


(下図 代表的な合成吸収糸の生体内抗張力と吸収時間)

               


生体内抗張力の経時的変化


糸が溶けて組織に残らなくなるまでの経時的変化


(W)糸の特性

性質。構造。 特徴
組織反応
感染性
組織抵抗
摩擦
結びやすさ
抗張力
適用目的
素材 合成吸収糸 化学合成プラスチック素材。生体内で加水分解され、最終的に水と二酸化炭素に分解される。
体内に残らない。
異物反応は少ない。感染源になりにくい。
編み方によって異なる 編み方によって異なる 糸が吸収されるべき部位(尿路、胆道系など)
非吸収糸 絹糸 糊状タンパク質(セリシン)と、繊維状タンパク質(フィブロイン)から成る。
長期間体内に残る。
異物反応が大きく反応性炎症や感染源になりやすい。 大きい しなやかで柔軟性があり手になじむ。結びやすい。
1本1本の繊維は短く、抗張力が小さい。
原則として絹糸使用は推奨されない。

厚めの組織の縫合や太い血管の結紮に使用される。
ナイロン ナイロン 異物反応がほとんどない。
感染源になりにくい。
小さい 糸は固くて結びにくい。指から滑りやすい。結節が緩みやすい。 長期間の強度が必要な部位(皮膚、瘢痕ヘルニア)
編み方 モノフィラメント 1本の繊維でできている。 細菌が付着しにくい。感染しにくい。 組織通過時の抵抗が少ない。 柔軟性に乏しく、はねて糸さばきが悪い。鉗子でによるキズに弱い。 連続縫合に向く。
(血管縫合など)
マルチフィラメント 何本もの細い繊維が合わさっている。 繊維のすきまに細菌が付着しやすい。
感染すると治りにくい。
組織通過時の抵抗が大きい。
摩擦軽減のため表面コーティングされている。
しなやかで柔軟性があり抗張力が大きい。 繊細な組織
(腸管粘膜など)



(X) 糸の太さと抗張力
抗張力は、糸を引っ張った時にどこまで耐えられるかを示します。
同一素材では、直径が大きいほど抗張力は増加します。
従って、組織に対するダメージを減らしたり異物としての糸の体積を減らしたりするためには、縫合する組織の強度に相応する範囲でもっとも細い縫合糸を使用します。

(A)合成吸収糸の抗張力

糸の太さ 糸の直径(mm) 結節抗張力(kg)
USPサイズ 最小 最大
4-0 0.150 0.199 0.95
3-0 0.200 0.249 1.77
2-0 0.300 0.339 2.68
0 0.350 0.399 3.90
1 0.400 0.499 5.08
2 0.500 0.599 6.35

(B)非吸収糸の抗張力

糸の太さ 糸の直径(mm) 結節抗張力(kg)
USPサイズ 最小 最大 絹糸
合成繊維
(滅菌済み)
モノフィラメント
マルチフィラメント
金属糸
(滅菌済み)
4-0 0.150 0.199 0.60 0.82
3-0 0.200 0.249 0.96 1.36
2-0 0.300 0.339 1.44 1.80
0 0.350 0.399 2.16 3.40
1 0.400 0.499 2.72 4.76
2 0.500 0.599 3.52 5.90

医療用縫合糸の規格(アメリカ薬局方24版)
(注)USP=アメリカ薬局方(US Pharmacopeia)



(Y) 縫合糸選択の考え方

1.組織の治癒状況にあわせた縫合糸を使用します。
消化管や尿路上皮のような治癒の早い組織は吸収糸を使用します。
皮膚や筋膜、腱などの治癒の遅い組織では非吸収糸または持久性のある吸収糸を使用します。

2.感染のリスクがある部位では細菌が付着しにくい糸(モノフィラメント)を使用するか、あるいは体内に残らない吸収糸を使用します。
逆にマルチフィラメント(撚り糸編み糸)は、糸同士のすきまに細菌が付着して感染を悪化させやすいため、感染創には不適です。

.尿路系や胆道系では長期間糸が露出すると糸の表面に結石ができるため、必ず吸収糸を使用します。


4.確実な結紮が必要なときはマルチフィラメントを使用します。糸がしなやかで結びやすく、かつ摩擦係数が大きく、結び目がはずれにくいためです。
これと比較すると、モノフィラメント糸はゆるみやすく、結紮回数(結ぶ回数)を増やすなどの対処と熟練した技術が必要です。

5.糸は異物であるため、その存在は必ず生体反応として炎症を惹起します。
そのため感染がない場合でも癒着は起こります。あるいは糸を核とした反応性肉芽腫が起こりえます。糸に感染を伴う場合、この反応はさらに増強されます。
したがって、術者は糸の異物反応や癒着の可能性に常に注意を払うべきです。術後数日から数年後に、肉芽腫が増大したり感染したりして、再手術して糸を全部摘出しなければならない事があります。最悪命を落とす例もあります。
万一臨床的な異常所見が出現した場合は、抜糸などを含む適切な創処置を行う必要があります。

6.縫合の目的は、縫合部組織が生着できるように寄せ合わせることです。縫合部の強度は、糸の抗張力によってではなく組織の十分な生着によって確保されます。
したがって糸を太くあるいは強くしても縫合部の強度が増加するわけではありません。糸が組織強度よりも強い場合、縫合部に過度の外力がかかると糸が切れずに縫合組織が裂けることがあります。
縫合糸の選択と同時に、縫合部に過度の緊張がかからないようにすることが重要です。縫合部周囲を十分に剥離して距離に余裕のある縫合を心がけ、術後は創の安静が保たれるような対策(固定や防護など)をとる必要もあります。


 
 縫合糸に関連するサイト

1.手術で絹糸を使う理由? (創傷治癒)

2.ETICON Parts of the Johnson&Johnson family of companies(エチコン針付縫合糸)

3.滅菌済み縫合糸(エルプ(秋山製作所)医療用縫合糸)((a((エ

4.縫合糸の特性−FDAの表示ガイドライン (川崎生物科学研究所)

5.医療機器等(コヴィディエンアカデミア )縫合糸の分類/外科手術

6体内に残置する縫合糸


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