あなたのことが、わからなくても




 「雪に降り込められてしかたなく、っていうことはあったけど、ねえ」
 「いいじゃないか。好きなんだから」
 はるかはゆるやかにハンドルを操って、交差点を左折した。
 1月26日深夜。
 はるかは突然、みちるをドライブに誘った。
 はるかとのドライブは、みちるにとってもうれしいこと(かつては、叶えてはいけないほど遠く思われた、夢だったこと)であり、みちるは即答でOKしたのだが、車が走り出してから、ドライブの理由を聞いて、みちるはちょっとだけ、首をかしげた。
 「誕生日になる瞬間、走っていたいっていうのは…。
 はるかの言う“風になれるような”、すごいスピードの走りならともかく。
 こんな街中の、まあ渋滞していないだけいいけど、っていうドライブで、ねえ」
 「まあ、“風になる”にはほど遠いよね」
 と、笑うはるかの顔が、深夜も煌煌と光を放つ店の灯りに照らされる。
 「0時を回ったら、どこか入ろう。
 誕生日の特別な食事が1回増えるのは、しあわせなことじゃないかな」
 「そちらのほうは、まだわかるかも」
 みちるは笑いかけて、途中で、その笑みを微妙なかたちに止めた。
 「…理解できないことって、あるものなのね」
 「え」
 「こんなに一緒にいて、運命の相手だと思って、実際、運命を共にしていても。
 はるかのことで、正直、わからないことって、多いなあって思って」
 「そう?」
 「ええ」
 クローズした店の前にさしかかり、車内が暗くなる。
 翳ったみちるの声に、はるかが敏感に反応する。
 「みちる?」
 「なんでもないわ」
 「嘘つき」
 嘘つきはあなたのほうでしょ、少しも大丈夫じゃないときに大丈夫なふり(しかも下手な)を、何度したと思ってるのよ、時には、命に関わるようなときにまで…と、一気に言いたいところを、みちるは押さえた。
 はるかに対する教育的指導としては、ここで“正直な気持ちの吐露”というものをやってみせるのが効果的かも、と、みちるは思った。
 「さびしいな、と思って」
 はるかがみちるの表情を、ちらり、と見る。
 「こんなに、一緒にいるのに。
 こんなに、はるかのことなら、何でも知りたいのに。
 …こんなに、はるかのことが、好きなのに。
 日常のほんの些細なことでも、ううん、些細なことだからこそかも知れない、わからないことがあるのが、さびしい」
 信号が赤に変わり、はるかは滑り込むように車を止める。
 「その論理でいくと、僕もさびしくならなくちゃいけないのかな」
 「え?」
 「わからなくてさびしい、っていう気持ちが、ちょっとわからない」
 みちるははるかの顔を見た。
 「僕は、みちるがどうして僕なんかのことを好きでいてくれるのか、正直、わからないけど。
 でも、みちるの気持ちは、うれしい。
 どうしてなのかわからなくてもうれしい。わからないからこそ、何か無条件、っていう感じで、いろいろなことを許されてるように思えて、うれしい」
 信号が青に変わる。
 ぐん、という軽い衝撃とともに、車は前に進む。
 「人は決して、全部わかっちゃうようなことは、ないんだと思うけど。
 わからない者同士が、わからないなりに一緒に行ける、っていうの、なんだかいいよね。
 僕は、自分では“変わってる”なんて思わないけど、もう数え切れないぐらい何度も“変わってる”って言われ続けてきたから、かなり“わかりにくい”奴なんじゃないかっていう自覚、あるけど、それでもいいのかなあ、って、思えてきて」
 車が前へ、前へと進むので、前方を注視したまま、はるかは言葉を進めた。
 「…そんな風に思えるようになったのって、みちるのおかげだよ。
 ありがとう」
 それは、みちるにとって、うれしすぎる言葉だった。
 こんな言葉をもらえるなんて、まるで、私の誕生日みたい…
 「あ」
 みちるは時計を見た。
 「時間、過ぎちゃってるじゃない!」
 大きな声をあげたみちるに、はるかはちょっと、あきれ顔をした。
 「別に、誕生日が過ぎちゃったわけじゃないから、いいじゃないか」
 「よくないでしょう? 誕生日になる瞬間にこだわったのは、はるかのほうじゃない!」
 「いや、僕は誕生日になる瞬間、運転していたいっていうことだから、それは達成できたわけで…」
 「お誕生日おめでとう…のキスをして、いい?」
 「運転中は危ないだろ…って言いたいところだけど。
 …まあ、店に入ってからより、いいか」
 はるかのその言葉に、信号も、赤になる。
 お互いのことが完全にはわからない者同士の二人は、わからない分だけ神秘的な、一瞬のキスを交わした。







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