| 文句の多い誕生日は
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「あ」
ホテルのチェックインカードに走らせていたペンを止め、みちるは時計を見た。
「いやだ、もう27日になっちゃってる」
はるかは時計を見た。
「ほんとだ」
はるかとみちるは、はるかの誕生日を過ごすために、スイスに向かう途中だった。が、パリで乗り継ぐ予定の便が、ロシアの大雪だとかで、機材繰りがつかず、何時間も待たされた挙句、その夜は飛ばないことになってしまった。
はるかとみちるはしかたなく、パリの市街地にタクシーを走らせて宿を求め、ようやくチェックインしているところなのだ。
「翌日便への振替え手続きに、ちょっと出遅れて並んじゃったからな。
遅くなって、ほんとにごめん、みちる」
「はるかがあやまることなんて、ないわよ!」
「いや、でも、みちる怒ってるみたいだし。
ここには僕しかあやまる人間、いないし」
…と言うと、みちるがさらに眉を吊り上げたので、はるかは黙った。
「せっかく今年のはるかの誕生日は、どんな邪魔も入らないような場所で、24時間お祝いしようと思ったのに。
27日になった瞬間、お誕生日おめでとうって言って、最高のシャンパンで乾杯して…」
はるかは途方に暮れたような顔で、文句を並べ立てるみちるをみつめていた。
その、はるかの途方に暮れたような顔が、不意に、なんともしあわせそうな笑みに転じた。
「…はるか?」
怪訝な顔のみちるに、はるかは。
「うれしくってさ」
「何が?」
はるかは、再びチェックインカードに目を落として、ペンを走らせながら言った。
「みちるに、“はるかとなら、どんなつらいことでも、一緒に耐えてみせる”なんて言われるのは、ほんとにつらいからさ。
みちるがそんな風に、どうでもいいことでぶんぶん文句を言ってくれるなんて、うれしいなあ、しあわせだなあ、って思ってさ」
みちるはじっと、はるかを見た。
はるかは書きあがったカードを点検して、しみじみ言った。
「いい誕生日だなあ」
みちるの胸には、はるかに言いたいことが、嵐のように渦巻いていた。はるかとならどんなつらいことでも一緒に耐えられる、そんなみちるにとってあたりまえのことを、いちいちつらくなんて思わないで。そんなにつらく思っていたなら思っていたで、どうしてずっと一人で抱え込んで黙っていたの。はるかとほんとうに一緒にいられるなら“つらいこと”なんてみちるにはないと、どうして未だにわからないのかしら。だいたい、年に一度の、はるかの誕生日をどうお祝いするかっていう、とてつもなく大事なことを“どうでもいいようなこと”って、どういうことよ…
でも、その嵐のように渦巻くたくさんの言いたいことの中から、口にだすのは、たったひとつだけにしておいた。
「お誕生日おめでとう、はるか」