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「朝の海はいいね」 陽の光を浴びて目を細めながら、はるかは言った。 「…それは、どの時刻の海と比べてのことかしら、はるか?」 みちるに言われて、はるかは難を逃れようとするように、首を縮めた。 朝の海、といっても、みちるが愛する、夜明けの海ではない。 今はすでに午前8時過ぎ、とっくに夜が明けて、陽の光がさんさんと降り注ぎ、夜の間に冷え込んだ空気も、ぬるみつつある。 みちるの言いたいことは、はるかもよく察している。 「それは、夜明けの海も、すばらしいさ。 でも、空からの太陽の光と、海からの照り返しとの、この暖かさはどう考えても気持ちいい」 みちるはため息をついた。 はるかが寒空の下、身体を壊すのもいとわず耐えている、などというようなことは、みちるにとって耐えがたいことだ。 そんな状況と正反対のところに今、はるかはいる、それは望ましいことだ。 でも、このままだと、縁側でひなたぼっこをしたまま動かない、猫のような暮らしへと二人して向かってしまいそうに思える。 それは、気のせいだろうか。 それも退屈で耐えがたいことなどと思ったら、罰がくだされるだろうか。 みちるの眉間に不穏な空気が漂っているのを、はるかは素早く察した。 「ほ、ほら、みちる、海の上の輝きが」 ややうろたえたようなはるかの声に、みちるは、はるかが指さす海を見た。 夜明けにくらべるとずいぶんのぼってしまった、でもまだ昼時の高みには遠い朝の太陽は、海面に、砂浜から沖合の水平線へと連なる、堂々たる、輝きの道を映し出していた。 その輝きの道が、半ばで細くくびれて、金銀に輝く脚つきの杯のようなかたちになっていたのだった。 「こんな器で酒を飲んだら、おいしいだろうなあ」 これは本音らしく、しみじみと、はるかがつぶやく。 はるかの望みをかなえることに貪欲なみちるが、それを聞き逃すはずがなかった。 「そうね」 短く返しながらみちるは、考えていた。 この、まばゆい光の粒が集まってできた杯のような器をかたちづくれるのは、金、プラチナ、ダイヤモンド…いや、そうした天然の素材のみでは、これほどまでのまばゆさを再現できない。まわりの光を集めて何倍にもして反射する新素材…それともエネルギーをたくわえて光を放つ仕組み…あるいはなんらかの化学反応で… そうした開発を受けそうな研究所は世界でいくつぐらいあるだろうか、いくつぐらいの研究所に声をかけて資金を投下し、競わせるといいだろうか… 「…みちる?」 真剣な表情で考え込むみちるに、はるかは、おそるおそる声をかける。 「わかってると思うけど、言葉の、あやだよ?」 「ごめんなさい、はるかのお誕生日を最高に輝く杯で乾杯してお祝いしたいけれど、今日は無理だわ。 でも、きっと」 「…みちる…」 その内容は詳しくわからないが、とにかくとてつもないみちるの決意を翻させる自信など、はるかには、なかった。 そして、この海の輝きに負けないぐらい輝かしいはるかの誕生日、つまり今日のためにみちるが用意しているあれこれのことも、はるかはまだ何も知らない。 とっくに夜は明けたといっても、一日はまだ、始まったばかりなのだ。 |