水滴は、海に




 「医学博士・水野亜美先生からじゃないか」
 宅配ボックスから回収してきた小包の差出人に、はるかは声をあげた。
 はるかの誕生日は、ランチも手を抜かなくってよ。
 …と意気込むみちるは、大切な1月27日の昼、はるかを海辺のレストランに連れ出した。すばらしい、しかしメイン・イベントであるディナーのさまたげとならないランチを楽しんでマンションに戻ると、それが届いていたのだった。
 「ここに戻ってきたこと、なんで知ってるんだろう」
 うさぎや亜美達と、ときに敵対し、ときに共闘しつつタリスマンを探し、世界を破滅から救おうとしていた日々。
 そのとき住んでいた場所に、戻ってきていたことを、なぜ彼女が。
 はるかの疑問に、みちるはさらりと答えた。
 「このあいだ、亜美ちゃんに会ったのよ。そのとき話したの」
 亜美ちゃん、大学病院に勤務して、臨床で活躍していたそうだけど、最近は研究のほうに軸足を移しているらしくて。
 その研究っていうのがね…
 「…なんだこれ」
 みちるの言葉をさえぎるように、小包を開いてのはるかのつぶやき。
 「そう、亜美ちゃんが今研究しているのは、アンチエイジングなの」
 はるかは、壜らしき重さを中にもつ、きれいな箱のひとつを取りだす。
 それは、いわゆる“アンチエイジング化粧品”と呼ばれるもののセットだった。

 「…なんで?」
 僕たちのところに、これを?
 はるかは首をかしげる。
 はるかもみちるも…そして亜美も、セーラー戦士としての宿命ゆえに、彼女達が最も激しく戦っていた、十代半ばの姿から、ほとんど変わっていない。メイクを変化させることにより、みちるは大人の女性らしい美しさをたたえていたが、その素顔は出会ったころのままだった。彼女達は、アンチエイジング化粧品というものを、最も必要としない種族だというのに。

 「ねえ、はるか。ほたるを育てていた頃のこと、覚えてる?」
 世界が破滅する寸前、赤ちゃんになったほたるを、一緒に育てていた頃のこと。
 「ほたる、普通の人間にはあり得ないスピードで、どんどんほたるが成長して。
 ひと月もすると、御近所に怪しまれるくらい大きくなってしまうから、私達引越しの連続だった」
 忘れるはずもない日々。
 穏やかで、しあわせだった、でも、ずっとひとところに落ち着くことは許されなかった日々。
「これからは、私達も、ほたると同じ悩みを抱えるのよ」
 二十代ならば、メイクや服装、アクセサリーを変えることで、大人の階段をのぼっているという演出もできた。しかし、三十代、四十代と年齢を重ねるにつれ、それも難しくなってくるだろう。
 アンチエイジング化粧品どころか、その逆の薬がほしいくらいのセーラー戦士。彼女達は、いつまで今の生活を続けられるのだろう。知人に囲まれ、社会的なつながりをもって、住み慣れた家に定住する生活を。

 「そこで、これよ」
 みちるは、亜美が送ってきた小包から、きれいな箱を取り出し、開けてみせる。
 中からは、海を思わせる、美しい壜が出てきた。
 「まわりの人達も、変わらなくなれば…全員でなくても、普通の人間で、長い間その姿を変えない人達が増えれば、私達も逃げ隠れしないですむ、そう亜美ちゃんは考えたのよ。
木の葉を隠すなら、森に」
 みちるははるかをみつめ、断言する。

 「私達にこれを送ってきたのは、きっと彼女のメッセージ」
 人のなかで、生きようと。

 はるかは、自らも、きれいな箱から壜を取り出して、眺める。
 そして、小さく笑った。
「君達のそんなところには、木の葉…落ち葉なんて枯れたものは、似合わないな。
“水滴を隠すなら、海に”
それぐらいのスケールと、どんな器にでもぴったりとかたちをあわせる水や海の姿が、ふさわしいよ」
「褒め言葉をして、いただいておくわ」
みちるは艶然と微笑んだ。
「果敢に年を重ねましょう。
あらためて、誕生日おめでとう、はるか」