お望みどおりのバースデーケーキ



「今年のケーキは自信があるのよ」
 別荘にシェフを迎えてのディナーの終盤、みちるは自信満々に宣言した。
 みちるが自信満々なのは今に限ったことではない。が、今のみちるの自信満々は、自信満々がほぼ常態のみちるの自信満々の中でも、かなり上位ランクのものだ。それを目の当たりにして、はるかは少し、恐れをなしそうになる。
 しかし、そんな様子は、露ほども見せない。余裕たっぷりの表情で、微笑んでみせる。
「へえ。それは楽しみだな。
 ただでさえ毎年素晴らしいディナーを用意してくれるみちるの、渾身のケーキだなんて」

 ……正直、みちるは僕の誕生日に力を入れすぎる、と、はるかは思う。
 世界中から取り寄せた珍しい材料を使ったディナーや、凝ったサプライズの数々。
 そんなみちるの気持ちは、うれしい。何より、みちるの見立てた料理や趣向は、はるかの好みを知り尽くしていて、はるかを確実に楽しませた。が、それらの心づくしは、とにかく力の入りようが尋常でないことがままあって、こんなことをしてもらっていいのだろうか、という自問自答に、はるかをしばしば追い込むのだった。一年の中でも特に寒い時期の誕生日ということで、体調を崩して、せっかくの準備を無にしてしまうこともよくあって、そういう申し訳なさの累積も、とんでもないことになっている。
 そうでなくてもみちるには、返しきれないほどたくさんのことを、してもらっているのに。
 ──みちるの『自信があるのよ』ケーキが、希少価値がとてつもない材料を使っているとか、ものすごく困難な工程を経ているとかの、空恐ろしいものではありませんように。
 はるかは気弱にも、そんなことを願うていたらくだった。

 みちるが『自信があるのよ』と言い切る、問題のケーキが運ばれてくる。
 はるかは一瞬目を閉じてから、意を決してテーブルに置かれたケーキを見た。
 ごく淡いベージュの台の上に、赤、オレンジの色鮮やかな果実がちりばめられ、みるからにフルーティーなケーキだった。食卓を照らす灯りを艶やかに反射する、宝石のような球は、よく見ると、プチトマトだった。この一粒一粒は、おそらく手をかけて丹精されたもので、口の中で割れば、濃厚なトマトの味わいがいっぱいに広がるのだろう。
 何より、甘ったるいフルーツの砂糖漬けなどでないところがいい。
 甘いものが苦手なはるかの顔は、この段階で、知らずほころんでいた。
 ケーキがカットされる。
 切れ味抜群のナイフで、すっぱりと切り分けられたカットの断面を見て、はるかは声を上げた。
「これはすごい」
 ナイフを入れられた淡いベージュの中には、ベージュの部分がほとんど見えないほど、色鮮やかな野菜が、立体パズルのように複雑に組み合わされて、ぎっしりと詰まっていた。パンプキン、パプリカ、ヤングコーン──鎌倉野菜をだいぶ使っているのだろう、紫人参のパープル・ヘイズらしいピースも見えた、ということは、オレンジの人参も、金美人参か。
 自分に取り分けられたカットにフォークを入れると、黄色や紫のカリフラワーも姿を現した。なかでもはるかを喜ばせたのは、尖ったらせん状の、ロマネスコ系のカリフラワーだ。
 野菜がこぼれおちないように気をつけて、フォークにのせたひとかけらを、口に含む。
 色鮮やかな野菜たちは、それぞれの野菜らしい滋味を、しっかりとたたえていた。おいしさが、口のなかから、全身にしみわたるようだった。
 色鮮やかな野菜に目を奪われて、何だろうと考えもしなかったが、淡いベージュの地はチキンでできていた。おそらく、生クリームや卵を加えて、ふっくらとさせているのだろう。大葉の香りがして、塩コショウがきりりと効いていて、ほんとうにさっぱりしている。どこまでも、はるかの好みだった。

 黙々と食べているはるかを見て、みちるは満面の笑みを浮かべた。
「以前、野菜を使ったケーキを一緒に食べたとき、はるか、がっかりしてたじゃない。
『せっかく野菜のケーキなのに、普通のケーキと同じように、甘いんだ』って」
 そういえば、そんなこともあった。『野菜のケーキ』というから、甘くない、料理のようなケーキを思い浮かべてしまっていたので、つい、そんな言葉が出てしまったのだ。実際には、そのケーキは甘さは控えめで、野菜のおいしさを生かしていて、はるかにとっても十分、水準以上のものだったのだけれど。
「だから、はるかのお望み通りのバースデー・ケーキを作ってもらったの。
 どう?」
「最高だよ」
 心からの言葉だった。
 最高のバースデー・ケーキにふさわしいお礼を言わなければと思うのに、まずはこのすばらしいケーキを、少なくとももうワンカットは食べたい、そう思うほどだった。

 しみいるように美味しい野菜のケーキを味わいながら、はるかは考える。
 みちるの誕生日、どうしよう。
 みちるの『自信があるのよ』ケーキは、材料の珍しさや、調理の困難さを誇るものではなかった。使われている野菜のひとつひとつは選び抜かれた、おそらくは栽培にも手をかけたものに違いないけれど、材料としてはごく普通のものだった。それよりもこのケーキの価値を高めているのは、みちるの心の働きだった。はるかの言葉のひとつひとつを丁寧に聞き、こまかなことでも記憶し、はるかの望みを、はるかが思い描く以上の精度で実現する、超人的としか思えない、みちるの精神だった。
 これとつりあうようなものを、僕はみちるに、贈ることができるだろうか。
 はるかにとってその問いは、永遠のものとなりそうな予感が、はるかの全身を、甘くしびれさせた。