二人だけの世界など




「あ」
 真夜中の山道のヘアピンカーブで、はるかがハンドルを切った瞬間、みちるが小さく声をあげた。
「日付、かわったわ。お誕生日おめでとう、はるか」
 隣に座るみちるに、はるかは微笑んだ。
「ありがとう」
 そんな短いやりとりを交わす間にも、次のヘアピンカーブにさしかかる。危なげなくハンドルを切ったはるかは、ちょっとため息をついてみせた。
「みんなあきれてたぜ。何もこんな真夜中の山を越えなくたって、って」
「しかたないじゃない。はるかと二人きりで、夜明けの海を見たいんだもの」
 はるかとみちるは、二人の共通の知人の別荘でのごく個人的なパーティーで、リサイタルを開いたところだった。当然泊まっていくだろうと、部屋を用意してくれていたホストの申し出を断って、夜遅くに車で走り出したというわけだ。
 灯りなど、ごくまばらにでも存在することのほうが不思議に思えるような、細い山道。
 車の中と、ヘッドライトに照らされたわずかな先だけが、世界のすべてのように思えてくる。
「このまま」
 少しトーンが変わったみちるの声に、はるかは敏感に、視線を向けてくる。
「二人だけの世界に、行けたらいいのに」
 戦いは、断続的に続いている。
 高校生だった二人が、命を失いかけるほど激しく戦ったあの頃から、ミレニアムよりはずっと短い、それでも人間の一生のなかでみると、長い長い時がたったというのに。
 侵入者、クライシス、沈黙。そうしたものの影は、忘れかけた頃に、繰り返し訪れる。セーラー戦士には、解放などないのだと、思い知らせるように。
 そんなことなら。
 それらの手の届かない、二人だけの世界に、行けたらいいのに。
 はるかがまた、大きくハンドルを切る。
「平和ボケだな」
 みちるは思わず、はるかの横顔を、まじまじと見た。
「太陽系の果てで、月の王国を遠くから見守るしかなかった頃のこと、忘れたのか」
 忘れてなど、いない。ただ、いきなり過去世の話を持ち出されて、戸惑っているだけだ。
「月の王国が滅びるのを、見ているしかないなんて絶対にいやだ、ってのはもちろん。そんなことになる前も、さびしいものだったじゃないか」
 ……私は、あなたしか話し相手がいない、あなたにとっても私しかいないあの頃、悪くなかったと思うけど。
 などということを、はるかに言ったら、怒られそうなので、みちるはその言葉をのみこんだ。
「このあいだも、小競り合いがあったばかりだったのに、平和ボケできるみちるの大物ぶり、うらやましいな」
 冗談とも本気ともつかないことを言って、はるかはまた、ハンドルを切る。
 ──平和ボケ。
 はるかのいう『小競り合い』に、必要以上に神経をたかぶらせていた自分に、みちるは気がついた。みちるが『セーラー戦士には、解放などないのだと、思い知らせるもの』ととらえていたものは、単なる『小競り合い』で、それがあったところで『平和ボケ』できてしまう程度のことなのだ。そう思うと、さっきまでの思いつめた気持ちが嘘のように、肩のあたりが軽くなった。
 ヘアピンカーブをもう一度曲がると、真っ直ぐな道が開ける。
 暗くてよくわからないけれど、前方には、海が見えているはずだった。