やめて火の中水の中




「甘くないメロンがのってるなんて、聞いてない」
 みちるの前にサーブされたランチデザートを見て、はるかは口をとがらせる。
「わかってたら、それにしたのに」
「落ち着いて、はるか。確かにトッピングのメロンは甘くなさそうだけれど、本体はチョコレートクレームブリュレよ、チョコレートよ?」
 みちるが選んだコースのデザート『季節のチョコレートクレームブリュレ』は、ココットに入ったチョコレート味のクレームブリュレの上に、セピア色の表面が見えないほどたっぷり、一口大にカットされたフルーツが盛りつけてあった。そのなかのイチゴは、やや気が早い感はあるものの、1月27日における『季節の』というネーミングに呼応しているといえるのだが、瓜とみまごうほどあおあおと硬そうなメロンは、穴埋めにしても場違いに思える。
 その、瓜似のメロンを、はるかはうらやましがっている。
 はるかの好きな果物は『甘くないメロン』だ。
「甘くないメロンのデザートなんて、そうそうない。逃す手はない」
「だから『甘くないメロンのデザート』じゃなくて、チョ・コ・レー・ト・クレームブリュレ」
 甘くないメロンが好き、というはるかは当然、甘ったるいスイーツは好まない。こってりしたチョコレート系のデザートなどは、天敵の部類に入る。
「甘くないから好きなメロンのために、甘いチョコレートのデザートを選ぶなんて、矛盾もいいところでなくって?」
「求めるものを得るためなら、たとえ火の中水の中、だ」
 みちるはため息をついた。
「交換しましょう。ソルベも気になっていたの」
 メロンだけあげるという方法もないではないが、盛りつけられた美しさを、そのままはるかに譲りたかった。フルーツだけ食べて、あとは残してもらえばいい。
「ありがとう」
 はるかはにっこり笑って、自身が選んだソルベ盛り合わせの皿を差し出してくる。とりかえっこ、なんていう、多少お行儀の悪い行為でも、はるかの動作は、みちるの胸を、ほんのりと熱くする。好き、と、何万回思ったかわからないことを、みちるはまた、心に刻んだ。

 こうして、みちるの手許に、はるかが選んだデザートがやってきた。
 柚子と小豆のソルベという、和の素材を組み合わせた一皿。柚子は、香り高くさわやかだ。でも、はるかならこれでも『甘すぎる』と言うのだろう、と、みちるの脳裏にははるかのしかめっ面が、あざやかに浮かんでいる。甘味の代表格のようにみなされる小豆は逆に、氷小豆の小豆の少ない部分のように氷の存在感が強く、甘味も薄い。ソルベというより、グラニテ。全体として、はるかにとっては、実に正しい選択だったのに。
 みちるは、はるかを見やる。
 驚いたことに、スプーンをココットに深く挿し入れ、甘いチョコレートの部分まで、口に運んでいる。
「フルーツだけ食べればいいのに」
「甘ったるいものを食べた後だと、より甘くなく感じて、いい」
 そう言うはるかは、ついさっきみちるの脳裏に浮かんだのとそっくりな、しかめっ面になっている。
 どう考えても、おかしい。
「ねえ、はるか。甘くないものを食べるために、甘さに耐えるなんて、意味ないと思わない?」
「意味はある」
 子供っぽいしかめっ面が、ふと、真顔になる。
「これは決意表明だ」
 みちるの背筋が、ざわ、と、する。
「僕にとって大切なもの、価値あるもののためには、たとえ火の中水の中。そういう一年に、この年をするんだ」

 ──どんな犠牲を払ってでも、世界を救ってみせる。手段は選ばない。

 タリスマンを探していた頃の、はるかのくるしげな表情がよみがえり、みちるの胸を撃ち抜く。
 耐え難い、痛み。

 みちるは手をのばし、はるかの前に置かれたココットを、自分のもとに戻した。はるかはココットを手に持っていたわけではないが、その勢いを表現するには『ひったくった』ぐらいの言葉が妥当かもしれない。
「みち」
 る、と、はるかが発音し終える前に、みちるは猛然とココットにスプーンを突き刺し、チョコレートクレームブリュレを食べ尽くした。はるかの好きな甘くないメロンと、その他のフルーツだけが入ったココットを、たん、と音をたてて、はるかの前に置く。
 茫然とみちるをみつめるはるかの前で、みちるはさらに、自分の、もとはといえばはるかの、デザートにもとりかかる。少しだけ甘い柚子のソルベは片づけて、甘くないかき氷のような小豆ソルベだけを、はるかに返した。
「みちる」
 これがランチのデザートで、よかった。
 はるかが、今日から始まる一年について立てようとしているらしい、まがまがしい方針を、今日のうちにじっくりと、修正させることができる。たとえ今日の日が終わっても、明日も、明後日も、何度でも、みちるははるかに思い直しを迫り続ける、しかし、こういうことは最初が肝心だ。今日のうちに、撤回させる。それこそ手段を選ばずに。
 はるかは、途方に暮れたような顔で、みちるをみつめている。
 みちるは優雅に微笑み、目線ひとつで、デザートを食べるよう、うながす。
 はるかが握ったスプーンの銀が、陽の光を受けてきらめく。
 はるかの誕生日は、まだまだこれからだ。