ブローチ鳥のパワーアップ




「どこへやっちゃったんだろう」
 アクセサリー棚の引き出しを次々に開閉しながら、はるかは誕生日の朝にふさわしくない、情けない声を出す。
「みちるのニースでのコンサートに合流したときが、着けた最後だと思うんだけど……」
「あのときは敵襲があって、テレポートで日本に戻ったりしたわね」
「そうだ、それでちょっと怪我して、病院に行く行かないでモメて」
「『ちょっと』……?」
 みちるの周囲の空気が、急激に不穏さを帯びたことを察して、はるかは固まる。
 しかし、はるかがおそるおそる振り向いたときには、みちるは美しい微笑みを浮かべていた。
「はるかが大怪我したときに着けてたような縁起でもないブローチ、今日の日にはふさわしくないわ」
 さっきからはるかが探しているのは、七宝焼きに宝石をあしらった、鳥のかたちのブローチだ。
「でも、今日の服には絶対あれが合うんだ」
 確かに、その鳥のブローチは、はるかに似合うものだった。
「すごく気に入ってるし、それに」
 はるかの声のトーンが、いちだんと沈む。
「大事な、みちるからのプレゼントなのに」
 しょんぼりした背中を、みちるはふんわりと抱え込む。
「またプレゼントするわ。もちろん、本来の誕生日プレゼントとは別に」
「それじゃ、だめだよ」
「とにかく、大事な大事なはるかの誕生日を、探し物で終わらせるなんて、いやよ。もう出ましょう」
「……ごめん。そうだな」
 はるかは、気持ちに区切りをつけようとするかのように、とん、と勢いをつけて、引きだしを閉じた。



 少し遠出のドライブをして、海が見える小さなレストランで、とびきり美味しいランチを食べて。
 街中に戻ってきたときには、もう日は大きく傾いていた。
「少し、歩きましょう」
 ディナーの予約の時間にはまだ早いうちから、車を置いて、冬の夕暮れの街を歩く。
 空が次第に暗くなるにつれ、瀟洒にディスプレイされたウィンドウの光が、存在感を増してくる。
 そんな、輝きを強めていく灯りのひとつの前で、みちるは立ち止まった。
「入りましょう」
 そこは、自然のさまざまな姿を切り取ったデザインが魅力の、宝飾品の店だった。
「いらっしゃいませ」
 店に入ると、店員が出迎えて、深々と頭を下げる。
 みちるがうなずくと、店員はいったん店の奥に下がると、空色の箱を持って戻ってきた。
 店員から受け取ったその箱を、みちるは、花のような笑顔で開いてみせた。
「はるかの鳥、帰ってきたわ」
 小枝で編んだ巣のような色合いのビロードの上には、七宝焼きに宝石をあしらった、鳥のかたちのブローチが翼を広げている。この鳥のように、自由であってほしいと、かつてみちるが贈ったものと、同じ作家の作品だ。
 はるかは目をみはって、ブローチに手を伸ばす。
「ありがとう」
 ブローチに触れる寸前で、その指が止まる。
「でも」
 はるかの顔には、微かな苦笑が浮かんでいた。
「僕がなくした鳥が帰ってきた、というのは、無理があるだろ。一回り大きいし、石も前より、たくさん使われてる」
 ……それは、みちるにも、どうにもならなかったのだ。
 家を出る前に、みちるは、以前贈ったブローチと同じものを、と、手配した。が、作家の一点ものだったので、全く同じものは、この世に存在しない。作品数がそう多くないというのに、よく半日で鳥のブローチがみつかったものだと、みちるはどちらかというと、感心しているところなのだ。
 だから、はるかのそんな無粋な言葉にも、みちるは引かない。
「あら、はるか。鳥は旅をして、パワーアップしたのよ」
 その言葉に、はるかは朗らかに、笑い出す。
 ……はずだったの、だが。
 パワーアップ、と聞くや、はるかはなんとも言えない、しかめっ面になった。
 けげんな顔のみちるの耳に、はるかが口許を寄せてくる。
「それって、戦いのことを思い出して、ちょっとイヤだな」
 『パワーアップ』といえば、はるかの愛するレーシングカーのモーターだって、するだろう。
 それなのに、そこで、セーラー戦士のパワーアップを連想してしまうのか。
 セーラー戦士の職業病だろうか、それとも、ブローチがどこかに紛れてしまったときの、ハードな戦いの話を、今朝したばかりだからだろうか。
 でも。
 みちるは、はるかをみつめる。少し幼く感じられる、しかめっ面を。
 『戦いのことを思い出してイヤだな』というのは、戦いのことを忘れていたいという意思表示だ。
 使命第一で、全てを犠牲にしなければならない、戦いのことを片時も忘れてはいけないと、思いつめてばかりだった、ウラヌス。そのウラヌスが、はるかが、そういう意思表示をした。みちるはうれしかった。胸の奥が、じわ、と、熱くなった。
 少し口をとがらせたはるかの頬を、みちるは両手ではさんで、みちるのほうを向かせる。
「ごめんなさいね。おわびに、何もかも忘れるくらい、楽しい夜をあげるわ」
 満面の笑みを浮かべて宣言するみちるに、はるかの腰が、少し引けている。
 こんなすばらしい日を、最高の夜でフィナーレでしめくるべく、みちるは心の中で、ぐっとこぶしを握った。