| 裁判の状況 |
3月21日、遺棄化学兵器被害者弁護団と中国の弁護士協会、中国人権発展基金会は、ハルピン(中国黒龍江省)で、化学兵器被害者の救済を求める共同声明を発表しました。以下にその内容を掲載します。
戦後60年を経た今も、中国の大地には、旧日本軍が遺棄した膨大な化学兵器が眠っている。この化学兵器が、今も中国に活きる人々の命を奪い、体を蝕み、環境を脅かし続けている。
戦後、遺棄化学兵器によって傷ついた中国国民は約2000人である。そして、2003年8月4日には、中国黒竜江省チチハル市内の建設現場から、イベリットの入った5つのドラム缶が発見され、子供5人を含む44人が中毒し、そのうちの一人の方が尊い命を失った。さらに、2004年にも、中国吉林省敦化で、川遊びをしていた少年2人が偶然発見した毒ガス砲弾に触って、被害に遭い、2005年にも広州毒ガスによる被害者が生まれた。
こうした化学兵器の被害者は、皮膚・呼吸器・内臓・免疫機能・生殖器など、体のあらゆる場所に癒えることのない後遺症を負い、その心にも深く傷を負って生きている。それと共に、化学兵器被害者は、夢に向かって努力する、家族のために働く、子供を守り育てる、そうした人間として生きる当然の権利を奪われた。
日本政府は、国際社会の定めた「化学兵器禁止条約」の廃棄義務の履行を承諾している。1999年7月30日に、中日両国政府は、北京で、「中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」を締結した。現在、中日両国政府の関係機関は、その趣旨に基づき、日本の遺棄化学兵器を如何に早期廃棄するかに関する具体的事項について協議している。それと共に、中国各地で新たに発見された日本の遺棄化学兵器の回収を進めている。しかし、中国侵略の旧日本軍の遺棄した化学兵器は膨大な量で、中国の無実な民衆への被害は今も止まることなく生まれ続けており、明日にも新たな被害者が生まれることになるかもしれない。
遺棄化学兵器の被害結果は極めて重く、その原因は日本政府にある。
私たちは、新たな被害者を生み出さないために、日本政府に対し、遺棄化学兵器の収集及び無害化処理の一日も早い実現を求めると共に、今深く傷つけられている化学兵器の被害者たちが、せめて安心した毎日を送れるよう、医療支援・生活支援などの人道的支援を早急に行うことを求める。
2006年3月21日
旧日本軍による組織的遺棄を弁論した決定版!「準備書面」をPDFでアップしました。(06.3.15)
中国人戦争被害者の戦後補償について
及川 信夫(毒ガス被害者損害賠償訴訟弁護団長)
旧日本軍遺棄の毒ガスに因る、中国人被害は東北地区を中心として多々有ると思われるが、現在この関係弁護団が東京高裁で担当している事件はハルビン・牡丹江地区とチチハル地区の被害者2件であり、一審は何れも地裁で、前者は原告被害者の全面勝訴で、後者は全面敗訴となっているので、前者については被告たる国より控訴、後者については原告被害者より控訴されている。
両件とも原告の被害事実は認めているものゝ、前者については被害発生原因の毒ガス遺棄と以後の放置について国の責任を認めたが、後者については遺棄は認めたものゝ国の不関知とのことで責任を杏定している。
毒ガス事件に限らず数多くの中国人戦争被害者訴訟で当初は裁判所が此の種事件については国際間の戦後条約により処理されるべきで、関係国の個人被害者は加害国の裁判所に対して直接に損害賠償請求は出来ないとして被害事実自体の認定さえ怠って来たが、現在では被害事実そのものは否定出来ないとして認定せざるを得なくなっていることは周知のとおりで、しかし極く少数の前者訴訟の如きを除いて戦時加害国の軍隊によるもの(これは公権力の行使と言い得るが全く別の私的犯罪でも)は如何なる非行をも裁判所は不問にしていたことを想起し、我々を含め皆様の一層の奮起を願うものである。 (2006.2.6)
06年の裁判日程
毒ガス裁判支援者の皆さん
今年は相当大変な一年になることが予想されます。
弁護団の全精力を結集してがんばりますのでよろしくお願いします。(文責・弁護士藤澤整)
昨年12月に第24民事部で行われた進行協議期日で第2次訴訟の今後の日程が決まりましたのでご報告いたします。
まず,証人高暁燕と李国強の尋問については,裁判所はやはり採用しないとの見解で,これに対して,弁護団としては大変に遺憾であるが,それに代わる立証の日程の確保を求め,具体的には,3月に事実論のまとめの主張立証,5月に被害論の主張及び追加立証,その後法律論の主張そして最終弁論とするよう求めました。
裁判所もかなり長い時間合議をしていましたが,結局,具体的には,3月9日午前11時 遺棄事実についての最終的な主張・立証 808号法廷(傍聴券なし)(提出期限 3月2日)5月30日午前11時 被害論の最終的な主張・立証 808号法廷(提出期限 5月29日)8月29日午前11時 法律論の主張・立証 808号法廷(提出期限 8月15日)11月30日午後3時 最終弁論 101号法廷(提出期限 11月15日)となりました。
とうとう最後までの日程が決まりましたので,みなさま日程の確保のほうよろしくお願いします。
また,第1次訴訟の進行協議期日では,3月1日午前11時 遺棄事実についてのまとめの主張,吉田勇雄氏の陳述書等の立証 101号法廷(提出期限 2月22日)4月24日午前10時30分〜午後4時 原告本人尋問(司明喜さん,劉振起さん 主尋問90分反対尋問30分ずつ) 101号法廷(提出期限 3月31日)というところまで決まっておりますので,こちらも日程の確保をお願いします。
| 吉見義明教授尋問の概要 2005年10月31日実施 毒ガスの製造・配備・使用と違法性 1 毒ガス使用の違法性(国際慣習法) @1989年にハーグ宣言で「窒息性あるいは有毒性のガスを投射物につめて使用することを禁じました。(日本は1900年に批准)Aついで1907年「陸戦の法規慣例に関する条約」の附属規則では、毒及び毒を施した兵器の使用が禁止されました(日本は1911年批准)。 しかし、第1次世界大戦では、大規模な毒ガス戦が展開され、約88万から130万人の死傷者が出たといわれています。国際社会はその反省にたち、B1919年ヴェルサイユ条約で、毒ガス使用は既に禁止されているということを改めて確認しました(日本は政府批准)。更に1925年ジュネーブ議定書において、あらゆる有毒ガスと生物兵器の使用禁止が確認されました。当時、毒ガス兵器を(戦争で)使用することが違法であることは、国際慣習法となっていた。 2 毒ガスの使用 日本軍は、毒ガス兵器を国際法に違反して使用した 日本軍は、毒ガスを使用することが違法であることを認識しながら使用した @ 1930年代前半のジュネーブ軍縮会議で、日本代表は、毒ガスの使用は禁止されているとのべ、その毒ガスの中には催涙ガスも含まれると主張しています。 日中戦争では嘔吐性ガスや糜爛性ガスの使用許可の指示を参謀総長が出していますが、その際、使用の事実を秘匿するよう厳重に注意しています。 原爆投下時、日本政府は原爆の投下は、国際法に禁止されている毒ガスの使用以上と抗議していること(甲263号証) 3 毒ガスの製造(生産) 陸軍では1929年からですが、本格化するのは1934年頃からです。海軍では1942年以降から本格化。製造量についていずれもアメリカ軍の資料からの推計による 日本軍の毒ガスの生産額は、陸軍が6616トン、海軍が760トン、計7376トン程度 これらの数字は、判明している資料に基づくもので、今後資料がさらに明らかになれば、増える可能性があること。(このうちイペリット・ルイサイトは陸軍で4472トン、海軍で520トン、計4992トン)砲弾(きい弾)として填実された量、ひとつの推計で48万2651発 4 イペリット・ルイサイトの中国への配備 松野意見書(表9、p.39)にあるように、現存する旧軍資料によれば、イペリット・ルイサイト弾は、中国東北(満州地区)には、45,032発、きい剤は東北に73.5トンA “Intelligence Report on Japanese Chemical Warfare,” VoL.4.アメリカ陸軍太平洋軍化学将校部編「日本軍の化学戦に関する情報報告」第4巻(日本軍の化学戦補給システムと備蓄諸施設)、1946年5月15日によると、満州地域への配備量は、あか弾17万発、きい弾が9万発。 5 中国での配備はどのレベルの部隊に配備されたか(配備された部隊・地域)イペリット・ルイサイトは、野戦兵器廠・野戦砲兵廠・野戦航空廠・野戦瓦斯廠や、その支廠レベるが基本。但し1941年10月の宜昌攻防戦では国民党軍に完全に包囲された第13師団がイペリット・ルイサイト弾を使用している実例があるので、ほかにも各師団レベル(各部隊)に配備されていた可能性 「部隊(終戦時)索引簿」 中国東北では、野戦兵器廠が長春に、その支廠が奉天・ハルビンにあったほか、各軍に野戦兵器廠がありました。1942年頃には、第2軍(琿春)に第20野戦兵器廠、第3軍(掖河)に第16野戦兵器廠、第5軍(東安)に第17野戦兵器廠、第20軍(鶏寧)に第16野戦兵器廠、第4軍(孫呉)に第18野戦兵器廠、第6軍(ハイラル)に第19野戦兵器廠がありました。 これらの野戦兵器廠には毒ガスが配備されていたと思います。 また、敗戦時には、第1方面軍(敦化)の第16野戦兵器廠、第5軍(鶏寧)の第17野戦兵器廠、第4軍(ハルビン)の第18野戦兵器廠、第44軍(奉天)の第19野戦兵器廠、第3軍(牡丹江)の第15野戦兵器廠・第20野戦兵器廠がありましたが、ここには毒ガスが配備されていたと思われる。また、佳木斯には野戦兵器廠の支廠がありました(甲第167号証)。 また、関東軍化学部があったチチハルや関東軍化学部練習隊があったフラルキには配備されていた。 本件毒ガス兵器は旧日本軍のものである。 1 日本政府自身が毒ガスの遺棄を認めて廃棄義務を誓約していること 2 政府調査と報告書 これまでの政府調査の中で、外国軍(ソ連軍。国民党軍)の毒ガス兵器と認定されたもの、あるいはその可能性があると指摘されているものはないこと。 3 本件ジャムス・牡丹江の毒ガス兵器は日本軍のものであること 形状や発見場所その他の事情から見て日本軍のものであると推定できること。 4 本件毒ガス兵器が旧日本軍のものとする証拠はないとの国の主張について国民党軍は、ジャムス、牡丹江までは侵攻していないというのが、学説の通説的な見解であること。 国民党軍が実戦配備に足るイペリット・ルイサイトを製造し保有していたことを認める証拠はないこと。国民党軍やソ連軍が、本件事故の原因たる糜爛性毒ガス兵器中国東北に配備し・持ち込んだとする証拠もないこと。 国は、ソ連の「毒弾」がハルば嶺から発見されている。だから、本件の毒ガス兵器が日本軍のものであるとする証拠はないなどと主張しているが、まず「ソ連の毒弾」との点は訳が正確でないこと。 日本軍の組織的遺棄 1 数々の証言や記録に残された組織的遺棄の実例が存在するということ 2 旧日本軍が組織的に毒ガス兵器を遺棄しなければならない背景・理由が存在する事 (国際法に違反して毒ガスを戦場で使用してきたことから、その追求を恐れ、毒ガスの存在をも隠そうとした) 例 大湊警備府司令官・宇垣莞爾中将の回想 海軍は、敗戦直後、陸奥湾にイペリット爆弾を密かに投棄しますが、その理由について、宇垣莞爾中将は、8月16日に「米軍の進駐に備え、国際法に違反しているガス弾をそちらへ移す」旨の極秘電報が届き、ついで毒ガス弾が送り込まれ、「わからないように投棄処分せよ」という電報が届いたと回想しています。毒ガス弾をもっていること自体は違法ではないのですが、陸軍が中国で使用しているので、追及をおそれて、廃棄の指示を出したということでしょう。 マジック情報・・・8月25日、海軍第23特別根拠地隊司令部は「化学戦資材(防毒面を含む)の全ての痕跡を完璧に廃棄すべし」と指示を出している。(甲228号証意見書7頁) 731部隊との関連性 3 武装解除による武器引渡し 国は、旧満州地区に配備された全ての兵器等については、基本的には大本営の命令に従った武装解除によりソ連軍に引き渡されたから、遺棄していないと主張。 しかし、糜爛性毒ガス(本件イペリット)を武装解除により引き渡したとする証拠はないこと。 むしろ、逆にイペリット・ルイサイト等の糜爛性毒ガスに関しては、一切引渡さなかったとするつまり、組織的な遺棄があったとする証拠があること。 アメリカ陸軍化学戦統轄部隊の広東派遣班(班長N. John Gay大尉)の1945年9月7日の調査で、調査班は四つの弾薬庫と一つの航空弾薬庫を訪れています。ガスマスク25万個・防毒衣3000着・発煙筒1000個・あか筒6個など発見しますが、マスタード・ルイサイト・ホスゲンなどの毒ガスは見つからなかったと書かれている。 その一部を引用すると「一つの倉庫には青酸手投弾を詰めるための空のケースが250個あった。我々は日本軍側から、これらは船積みの時壊れたので廃棄したと聞いた。換気装置のついたこの倉庫の10%のスペースはからっぽだった。それについて聞いたら、日本軍側はここには以前から何もなかったのだと語った。しかしながら、床を調べてみると、重量のある資材を急いで動かしたことを示す箱の跡と新しい跡があることがわかった。この移動はごく最近に行われたので、床には埃がなかった。ゲイ大尉の意見は、化学剤がおそらくこの場所に貯蔵されていたのだが、連合国軍関係者が到着する前に移動され廃棄されたというものだった。」 明らかに毒ガスは国民党軍に引き渡しておらず、事前に投棄していることが伺える。 まとめの所感 「現在の日中間の友好関係にとって、棘となっているのは、戦後補償問題です。そのうち遺棄毒ガス問題について、日本は、廃棄に関してはまじめに取り組んでおり、この点は高く評価できる。しかし、同時に日本軍の遺棄毒ガスによる事故については、謝罪も賠償をしていない。日本政府が糜爛性毒ガスの使用を正式に認めること(1995年日本政府は糜爛性毒ガスの使用についての見解を後退させました)、そして、被害に遭われた方々に謝罪と賠償をしてはじめて、子々孫々にわたる日中両国の真の平和と友好を築く事が可能となるでしょう。その意味でこの裁判は重要な意味をもちます。裁判所が以上の点を認識されて賢明な判断を下される事を期待します。」 |
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| 追いつめられる国側代理人 毒ガス裁判(第一次・第二次)で弁護団の奮闘もあり、国側代理人を追いつめている状況が生まれています。 その一つが、敗戦時に哈爾濱郊外で毒ガス弾を遺棄した満蒙開拓青少年義勇軍の軍属だった方が証人となる勇気ある決意をして頂いたので、弁護団が第一次裁判の証人申請を行ったことです。国側代理人は昨年行われた元下士官の遺棄場所も今回の元軍属が遺棄した場所も被害発生場所とは異なるから証人採用は必要はないと弁論しました。その発言に対して裁判長は「現在になってはピッタリしたところを探すことは出来ませんよねー」と言いました。すかさず弁護団は「裁判長が述べたとおり敗戦後遺棄した場所や部隊を追及してこなかった国側の不作為行為そのものがあったからだ」と切り返しました。 もう一つは、国側代理人が第二次裁判とは異なる第一次の争点についての準備書面を多数提出していることに対して裁判長から注意がありました。弁護団は国側の出した争点なのでやむを得ずに争ってきたと述べ、裁判長から注意に従い準備書面の取り下げを国側に求めました。それにたいし国側代理人は取り下げないことをヒ大きな声でステリックに叫び、傍聴席からは冷笑が浴びせられました。 第一次裁判の判決でよもや敗訴を予想だにしていなっかた国側の焦りと勝訴への執念がここにあるだろうと考えると私達も改めて高裁勝利の運動を強めたいと思います。皆さんのさらなるご支援をお願いいたします。 (05.4.8事務局長長谷川 順一) |
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| 第1次毒ガス訴訟 判決の評価と今後の展望 9月29日の第1毒ガス訴訟判決は、砲弾で負傷した原告1人について請求額2000万円のところを1000万円としたほかは、原告全員に靖求通りの金額(被害者1人あたり2000万円)を認めた極めて画期的な全面勝訴判決です。 戦後何十年も経て、平和な市民生活を送っていた原告らの味わった理不尽な苦しみ、日本政府に対する怒りを、裁判所が全面的にくみ取った内容です。 事実認定においては、原告1人1人の受けた肉体的・精神的損害を極めて詳細に認定しており、例えば李臣さんが障害の苦しみや家族も扶養できないという屈辱感から2回にわたり自殺しようとした事実も被害として認定しています。 法律論では、結果回避可能性について、日本政府が毒ガス兵器や砲弾の遺棄状況、兵器の特徴、処理方法について可能な限りの情報収集をしたうえで、中国政府に回収の申出をしたり、情報を提供するという能動的な措置をとっていれば、事故発生を回避できた可能性はあったと判示しました。 被害を避ける術がなかったとする国の主張を、「できるだけ多くの場所で、できるだけ発見されにくい方法で遺棄・隠匿し、関係の書類も焼却して、それで年月がたてば、遺棄兵器が存在する場所を具体的に把握することができなくなって、結果回避の可能性がなくなり、作為義務も認められなくなるというような考え方は採用できない」と切り捨てるくだりには、裁判官の強い怒りすらにじんでいます。 他の戦後補償裁判との関係では、大きな壁であった20年の「除斥斯間」の適用を制限した点も画期的です。 判決は、@除斥期間による利益を受けるのが制度を創設した国自身であること、Aその国の行った毒ガス兵器の配備、使用、遺棄・隠匿、放置行為にはわずかの正当性も認められないこと、他方、B中国においては1986年2月まで私事で出国することは制度的に不可能であったこと等をあげて、除斥斯間の適用を制限することが条理にかなうとしました。 これらの事情は他の中国戦後補償裁判においても同様であり、非常に大きな影響が考えられます。 「原告らが、なにゆえに賠償を請求することができないのか。裁判所は、その合理的な理由を見いだすことができなかった」と結んだ判決により、原告らの長年の苦しみが報われました。私たちは、この正義の判決を国が真摯に受け止めて、一刻も早くこの問題を全面解決するよう強く求めていきます。 【弁護士 藤澤 整】 |
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| 平成15年9月29日判決 東京地裁民事35部(裁判長片山良広,裁判官松田典浩,裁判官北村ゆり) 平成8年(ワ)第24230号 損害賠償請求事件 判 決 要 旨 原告 孫景霞ほか12名 被告 国 主 文 1被告は,原告孫景霞,原告劉振起,原告李臣,原告押世俊,原告仲江,原告司明貴,原告孫文斗に対し,それぞれ,2000万円とこれに対する平成9年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告張淑云,原告斉正剛,原告斉広春に対し,それぞれ,1000万円とこれに対する平成9年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,原告祁淑芳,原告劉敏,原告劉波に対し,それぞれ,666万円とこれに対する平成9年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告斉広春のそのほかの請求を棄却する。 5 訴訟費用は被告の負担とする。 第1 事実の概要 中国の国民である原告ら (死亡者の遺族と負傷者本人)は,旧日本軍が日中戦争中に中国に持ち込んだ毒ガス兵器や砲弾を終戦前後に遺棄・隠匿し,被告の国がその後もこれを放置していたために,1974年,1982年,1995年に中国東北部でその遺棄兵器による事故が発生して死亡・負傷したと主張して,その被告の不作為について,国家賠償法などに基づき,被害者1人につき2000万円の損害賠償を求めた。 2 被告は,これに対し,@本件の被害の発生について予見可能性や結果回避の可能性はなかったから,国には被害発生を防止すべき作為義務はない,A1974年の事故については,20年の除斥期間(民法724条)の経過により請求権は消滅した,B1972年の日中共同声明により,戦争賠償の請求権は放棄されたと主張した。 第2 事故の発生 1 松花江紅旗09号事件 く毒ガス) 1974年10月,黒竜江省佳木斯(チヤムス)市内を流れる松花江で,吸引式浚渫船紅旗09号が浚渫作業中に,吸泥ポンプから直径10センチ,長さ50センチの砲弾を吸い込んだ。砲弾からは黒い液体が流れ出していた。 乗船していた肖慶武,原告劉振起,原告李臣は,ポンプから砲弾を取り出す際に,この液体が気化したガスを吸い込み,また,液体が体に付いた。 黒い液体は,びらん性ガスであるイペリット(マスタードガス)とルイサイトの混合剤であった。イペリットとルイサイトの中毒症により,肖慶武は,結膜炎,皮膚のびらん・壊死,呼吸困難などで入退院を繰り返して,1991年に死亡した(原告孫景霞は,肖慶武の妻である)。原告劉振起,原告李臣は, 皮膚のぴらん,筋肉の萎縮,呼吸困#などで入退院を繰り返し,現在も目や皮膚の症状,全身の機能障害などの進行性の傷害に苦しんでいる。 2 牡丹江市光華街事件(毒ガス) 1982年7月,黒竜江省牡丹江市の光華街で,下水道の敷設工事中に,深さ2.5メートルに掘った地中から直径50センチ,高さ85センチ,重さ100キロのドラム缶が発見された。 作業員がドラム缶の栓をつるはしでたたいて開けると,缶の中から黒い液体が勢いよく噴き出し,近くにいた作業員の原告邪世俊,原告仲江の顔や体にかかった。原告司明貴は滑って尻餅をつき,液体の混じった混が体に付いた。 告孫文斗は排水作業の時に,液体の混じった水に両足を漬けてしまった。 黒い液体はイペリットであった。イペリット中毒症により,原告らは,結膜炎,皮膚のびらんなどで入院して治療を受けたが,現在も目や皮膚の症状,全身の機能障害などの進行性の傷害に苦しんでいる。 3 周家鎮東前村事件(砲弾) 1995年8月,黒竜江省双城市(ハルピンの近く)の周家鎮東前村で,村民らによる道路工事中に,道路脇の畑から直径15センチ,重さ35キロの砲弾が発見された。 工事をしていた斉広越と劉遠国が砲弾の信管を取り外す作業をしていたところ,突然,砲弾が爆発した。 この爆発により,斉広越は即死した(原告張淑云は斉広越の妻,原告斉正剛は子である)。劉遠国も両腕切断,・全身火傷などの瀕死の重傷を負い,18日後に死亡した(原告祁淑芳は劉遠国の妻,原告劉敏と原告劉波は子である)。 近くにいた原告斉広春(斉広越の弟)は,左足の筋肉断裂,腕の骨折,顔面火傷などの重症を負い,入院して治療を受けたが,足には機能障害が残った。 第3 毒ガス兵器の遺棄 1 日本軍による毒ガスの生産・配備 当時,国際法では戦争における毒ガスの使用が禁止されていたが,日本軍は1929年から広島県大久野島で毒ガスを生産するようになり,1932年の満州国建国後,毒ガス兵器を中国に持ち込んで,主に満州国(中国東北部〉に駐留して、いた関東軍に配備した。 1937年7月の虚溝橋事件以降,日中戦争の展開に伴って,日本軍は,中国戦線において寺ガス兵器の使用を始めた。 2 中国における毒ガス兵器の遺棄・隠匿 1945年8月14日,日本は,ポツダム宣言を受諾した。ポツダム宣言では,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきものとされていたので,各地に駐屯している日本軍に対しては,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器や装備は現状のまま引き渡すべきことが命じられた。 しかし,終戦前から終戦後にかけて,中国においては,日本軍の部隊に配備されていた毒ガス兵器につき,上官の命令により,部隊でこれらを川に投棄したり地中に埋めたりして,隠寧することが行われた。 陸軍の機密書類については,8月14日,陸軍大臣の命令により,各部隊の保有する機密書類は速やかに焼却すべきことが指令され,化学兵器に関する書類も焼却された。 第4・国家浩儀法1条に基づく請求についての判断 1 旧日本軍の遺棄兵器による被害 (1)毒ガス兵器の遺棄・隠匿行為は,中国国内に毒ガス兵器を配備して使用していたことにつき国際的非難を避けるため,日本軍の組織的な行為として実行されたものと認められるから,終戦時に日本軍が駐留していた各地で,毒ガス兵器の遭棄・隠匿行為が行われたものと容易に推測することができる。 日本軍は,イペリットとルイサイトの混合剤を充填した砲弾を製造していた。佳木斯市には終戦時に関東軍が駐屯していて,発見された砲弾の形状も日本軍が製造していた化学砲弾と矛盾しないから,原告李臣らが被害に遭った砲弾は,終戦前後に日本軍によって遺棄されたものと認められる. 〈2)牡丹江市にも終戦時に関東軍が駐屯していた。発見されたドラム缶の形状も,中国各地で発見されている化学剤入りの特殊容器と矛盾しないから,原告仲江らが被害に遭ったドラム缶は,終戦前後に日本軍によって遺棄されたものと認められる。 〈3)双城市周家鎮東前村には日本軍の弾薬倉庫があり,1945年の日本軍投降の際,大量の砲弾が倉庫内に遺棄された。倉庫は爆破処理されたが,爆破されずに残った砲弾が倉庫付近に散在する状態となった。 砲弾の発見現場は倉庫があった地域に隣接していて,砲弾の形状も日本軍が使用していたものと矛盾しないから,劉遠国らが被害に遭った砲弾は,終戦前後に日本軍によって遺棄されたものと認められる。 2 遺棄兵器の放置行為の評価(1)旧日本軍による毒ガス兵器や砲弾の遺棄行為は,日本軍が戦争行為に付随して組織由に行った行為であり,国の公権力の行使に当たる.その後の放置行為は,遺棄された毒ガス兵器や砲弾の処理について,被告が国家として行うべきことをしなかったという不作為を問題にするものであるからこの不作為も,国の公権力の行使に当たるということができる。 〈2)毒ガス兵器や砲弾の遺棄は,単に物を置き去りにするという行為にとどまるものではなく,その物によって生命や身体に対する危険な状態を積極的に作り出すという行為である。危険な状態を作り出した者には,その危険な状態を解消して結果の発生を回避する措置をとることが要請されるのであり,そのような措置をとらないで放置する行為に対しては,遺棄行為とは別に,独自に法的な評価がされなければならない。 したがって,本件で問題される遺棄兵器の放置行為については,国家賠償法施行後の行為として,国家賠併法1条の適用を考えることができる。 3 被告の作為義務の存在 〈1)旧日本軍による本件の毒ガス兵器や砲弾の遺棄は,国の牟権力の行使として実行されたものであり,これによって人の生命や身体に対する危険な状態を作り出したものである。このような先行行為がある場合,@人の生命や身体などに対する差し迫った重大な危険があり危険の存在),A国としてその結果の発生を具体的に予見することができ(予見可能性),B作為に出ることにより結果の発生を防止することが可能であるときには(結果回避可能性),条理上,被告には法的義務として,その危険な状態を解消するための作為義務が認められる。このような場合には,その不作為は違法なものと評価されなければならないからである。 〈2)危険の存在 遺棄された毒ガス兵器や砲弾は,それ自体,高度の殺傷能力があり,危険性の高いものであるから,遺棄された場所の付近では,住民らの生命や身体に対する差し迫った重大な危険があった。 〈3)予見可能性 被告の国としては,中国から引き揚げてきた旧日本軍の関係者から事情を聴取し,残された軍関係の資料を調査するなどの方法をとることにより,日本軍による中国国内への毒ガス兵器の配備状況,・弾薬倉庫の使用状況,終戦前後における毒ガス兵器や砲弾の遺棄状況について,相当程度の把握をすることができたと考えられる。 したがって,佳木斯市や牡丹江市のように日本軍の部隊が終戦時に駐屯していた地域では,その付近に遺棄された毒ガス兵器からの毒ガスの流出により,双城市周家鎮東前村のように日本軍が終戦時に弾薬倉庫を使用していた地域では,その付近に残存している砲弾の爆発により,住民らの生命や身体に危険を及ぼす結果が発生することは,予見することができた。 〈4)結果回避可能性 日本の主権は中国国内には及ばないので,被告が中国国内で,中国政府の関与なしに直接に毒ガス兵器や砲弾の回収などを行うことは不可能である。 しかし,被害発生の防止のために,終戦時における日本軍の部隊の配置や毒ガス兵器の配備状況,弾薬倉庫の場所,毒ガス兵器や砲弾の遺棄状況,各兵器の特徴や処理方法などについて可能な限りの情報を収集したうえで,中国政府に対し,遺棄兵器に関する調査や回収の申出をすることは可能であった。あるいは,少なくとも,遺棄された毒ガス兵器や砲弾が存在する可能性が高い場所,実際に配備されていた兵器の形状や性質,その処理方法などの情報を提供し,中国政府に被害発生の防止のための措置をゆだねることは可能であった。 より詳細で具体的な情報が被告から提供されていれば,中国政府による調査や回収などの作業が促進され,より少ない年月で,より多くの場所で遺棄兵器が発見され,安全に処理されていた可能性がある。中国の国民も,これらの具体的な情報提供があれば,遺棄兵器への対応を慎重にした可能性がある。そのような可能性が認められる以上は,本件の各事故についても,結果回避の可能性はあったと考えなければならない。 4 不作為による違法な公権力の行使 (1)以上によれば,被告には,旧日本軍が中国国内に遺棄した毒ガス兵器や砲弾により被害が発生するのを防止するために,条理により,@終戦時における日本軍の部隊の配置や毒ガス兵器の配備状況,弾薬倉庫の場所,毒ガス兵器や砲弾の遺棄状況,各兵器の特徴や処理方法などについて可能な限りの情報を収集したうえで,中国政府に対して遺棄兵器に関する調査や回収の申出をするという作為義務,あるいは,A少なくとも,遺棄された毒ガス兵器や砲弾が存在する可能性が高い場所,実際に配備されていた兵器の形状や性質,その処理方法などの情報を提供し,中国政府に被害発生の防止のための措置をゆだねるという作為義務があったと認めることができる。 〈2)ところが、被告は、1972年9月に日中共同声明により日本と中国の国交が回復されて,この作為義務を履行することが可能になった後においても,その義務を履行せず,本件の各事故が発生した。 したがって,1972年9月の日中共同声明以降,それぞれの事故発生の時までの継続的な不作為は,違法な公権力の行使に当たる。 5 相互保証の存在 〈1)国家賠償法6条は,外国人が被害者である場合には,相互の保証があるときに限り適用すると規定している。 この相互保証主義を採用した趣旨は,日本の国民に保護を与えない外国の国民には日本が積極的に保護を与える必要はないという衡平の観念に基づくものであるから,相互保証の時期については,外国人に対して国家賠償法に基づく損害賠償請求を認める時,すなわち,裁判の口頭弁論終結時に相互保証が存在すればよい。 〈2)原告らは中国国籍を有する外国人であるが,1995年1月に施行された中国国家賠償法には,日本の国家賠償法1条と同趣旨の規定がある.相互保証の程度についても,中国の裁判例では精神的損害に対する金銭賠償が肯定されている。 したがって,本件について,中国との間では国家賠償法6条の相互保証があるものと認めることができる。 6 民法724条後段の適用制限 〈1)民法724条後段の趣旨 国家賠償法4条により適用される民法724条後段の20年の期間は,被害者側の認識という主観的な事情のいかんを問わず,・一定の時の経過によって法律関係を確定させるために,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものである。この2.0年の除斥期間の起算点は,条文の文言から明らかなように,不法行為の時である したがって,本件の訴え提起が1996年12月9日であるから,1974年10月に事故が発生した松花江紅旗09号事件について,民法724条後段の適用が間題となる。 (2)除斥期間の適用制限 除斥期間の制度は,その適用によって被害者の損害賠償請求権が消滅することになる反面で,加害者は損害賠償義務を免れる結果となるのであるから,そのような結果が著しく正義,公平の理念に反し,その適用を制限することが条理にもかなうと認められる場合には,除斥期間の適用を制限することができる。 本件で除斥期間の対象とされるのは国家賠償法上の請求権であって,その効果を受けるのは除斥期間の制度を創設した被告の国である。ところが,被告が行った行為は,国際法的に禁止されていた毒ガス兵器を中国に配備して使用していた旧日本軍が,国際的非丼を避けるためポツダム宣言にも違反して,終戦前後に組織的にそれを遺棄・隠匿したという違法な行為につき,戦後になっても被害の発生を防止するための情報収集や中国への情報提供をせず,1972年に中国との国交が回復された後も積極的な対応をしないで遺棄された毒ガス兵器を放置していたというものである。その行為には,わずかの正当性も認めることができない。 他方,原告ら中国の国民は,1986年2月に中国公民出国入国管理法が施行されるまでは,私事で出国することは制度的に不可能であった。原告らが被告に対して権利行使をすることは,1974年10月の事故の時から法の施行までの11年余りの間は,客観的に不可能であったといえる。これに対し,原告らが訴えを提起.したのは,事故から20年が経過した時点から,約2年後である。それにもかかわらず20年が経過したということだけで権利行使を許さないとすることは,衡平を欠く。 これらの事情を考慮すると,本件において被告が除斥期間の適用によって損害賠償義務を免れるという利益を受けることは,著しく正義,公平の理念に反し,その適用を制限することが条理にかなうというべきである。 したがって,除斥期間の適用は制限するのが相当であり,松花江紅旗09号事件についても,原告らの損害賠償請求権の行使が許される。 第5 日中共同声明による請求権放棄について 1972年9月の日中共同声明は,「中華人民共和国政府は,中日両国国民の友好のために,日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」と規定している。 被告は,この声明は日華平和条約によるのと同じ処理,すなわち,サン・フランシスコ平和条約14条(b)に従った解決をすることとしたものであるから,「戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた中国及びその国民の請求権」は中華人民共和国によって放棄されていると主張する。 しかし,本件で問題としているのは,日中共同声明以降の,それぞれの事故発生時までの継続的な不作為である。この不作為は,戦争の遂行中の行動ではないから,これによって生じた原告らの請求権は放棄されていない.原告らの請求権が毒ガス兵器や砲弾の遺棄行為によって生じたものと考えたとしても,その請求権が放棄されたというためには,遺棄行為が「戦争の遂行中に」行われたものであることが要件となる。 ところが,旧日本軍による毒ガス兵器や砲弾の遺棄行為は,終戦後にも行われているのであり,本件の遺棄行為が戦争の遂行中に行われたものであることについての証明はないから,いずれにせよ,被告の主張は失当である。 第6 原告らの損害 1 松花江紅旗09号事件,牡丹江市光華街事件 〈1)紅旗09号事件の被害者である肖慶武は,イペリットとルイサイトによる中毒症のため,入退院を繰り返して,事故から17年後に死亡した。肖慶武の妻である原告孫景霞には,2000万円の慰謝料を認める。 〈2)紅旗09号事件の被害者である原告劉振起,原告李臣はイペリットとルイサイトによる被害を受け,光華街事件の被害者である原告邪世俊,原告仲江,原告司明鼻,原告孫文斗はイペリットによる被害を受けて,いずれも,事故後29年あるいは21年が経過する現在に至るまで,中毒症状に苦しめられている。稼働能力の低下と,それによる環実の収入の低下もある。 このように長期間にわたって,治癒する見込みのない進行性の傷害に苦しむ原告らには,認定されるそのほかの事情も考慮して,それぞれ2000万円の慰謝料を認める。 2 周家鎮東前村事件 叫 周家鎮東前村の事件では,被害者の斉広越は即死した。斉広越の妻である原告張淑云,子である原告斉正剛には,それぞれ1000万円の慰謝料を認める(合計2000万円)。 被害者である原告斉広春は,砲弾の爆発により重傷を負い,足には機能障害を残した。稼働能力の低下と,それによる現実の収入の低下もあるから,原告斉広春には,1000万円の慰謝料を認める. (3)被害者である劉遠国は,砲弾の爆発により瀕死の重傷を負い,事故から18日後に死亡した。劉遠国の妻である原告祁淑芳,子である原告劉敏,劉波には,それぞれ666万円の慰謝料を認める(合計1998万円)。 以 上 |
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1 はじめに
本件遺棄毒ガス砲弾第2次訴訟は、毒ガスや砲弾による被害者が原告となって日本国に対し損害賠償を求めた訴訟である。
なお、遺棄毒ガス砲弾訴訟には、今回判決のあった第2次訴訟に先立ち提訴している第1次訴訟も存在する。第1次訴訟も今年3月31日に結審し、今年9月29日に判決が予定されている。
現在、日本全国の裁判所でいわゆる戦後補償裁判が数多く提起されている。両親ですら戦後生まれであるような若い世代の人にとって戦後補償という問題は、ともすると「いまさら」という感を拭えない問題かも知れない。しかし、本件は、戦後50年以上経過した現在においてなお、日本軍の残した戦争の遺物により被害が発生しており、戦後補償が決して過去の問題ではなく、まぎれもなく現在の問題であることを端的に示す事例である。
戦争と全く関わりなく生活していた一般の人が、ある日突然、何の言われもなく、このような戦争の遺物により悲惨な被害を受け、人生を滅茶苦茶に破壊されたとしても、これらの人々は何らの救済も受けられないのか、あたかも天災に遭ったかの如くこれらの被害を甘受しなければならないのであろうか。本訴訟で問うているのはまさにこの点である。本稿では、このような意義を有する日本軍毒ガス・砲弾遺棄被害賠償請求事件第2次訴訟について、事件の概要、主要な争点、判決の内容及び問題点について紹介したい。
2 事件の概要
本件は、1950年から1987年にかけて発生した別個の4つの事件から成り立っている。すなわち、1950年8月、黒龍江省チチハル市内において、建築現場で発見された毒ガス缶の液体を黒竜江師範専科大学の化学教師が調査中に毒ガスとは知らずに手に塗布して被害を受けた事案(第1事件)、1976年5月、黒龍江省拝泉県において、鉄くず処理中に、毒ガス弾の中から毒ガスの液体が噴き出し作業中の農民が被害を受けた事案(第2事件)、1980年4月、黒龍江省依蘭県において、自宅の庭を掘っていたところ、鍬が砲弾に触れ、突然砲弾が炸裂し、被害者の体中に砲弾の破片が突き刺さったという事案(第3事件)、1987年10月、黒龍江省チチハル市内において、建築現場から発見された毒ガス缶をやはり医師や業者が調査中に触れたり吸い込み被害にあった事案(第4事件)である。
これらの事件は、全て日本軍が終戦時に遺棄・隠匿した毒ガス兵器及び砲弾によるものであり、第1,2,4事件は、いずれもイペリット(マスタードガス)とルイサイトによる被害である。原告らはみな、これらの毒ガスにより、現在まで皮膚のびらんや呼吸困難、気管支炎等様々な毒ガス傷害に苦しみ、肺ガン等の死の恐怖におびえて生活することを余儀なくされ、仕事も奪われ、高額の治療費のために生活も困窮している状況である。第3事件の被害者である原告は毒ガス兵器ではなく通常砲弾の炸裂による被害を受けたのであるが、18歳の時に被害に遭い、今も砲弾の破片が脳内にも残っている状態で、40歳を越えた現在においても労働することも全くできない状況である。
3 主要な争点
本件において原告らは、国際法、中国法、国賠法1条1項、2条1項、民法709条、715条、717条に基づく請求をしており、争点も多岐にわたるのであるが、最も特徴的でかつ中心的な争点は、中国内に遺棄・隠匿してきた大量の毒ガス・砲弾について、何ら回収措置や危険性の周知等の被害防止措置を執らなかったという国の不作為が、国賠法1条1項にいう「違法」行為にあたるかどうかという点である。このように国の戦後における不作為の違法性を問うことで、従来戦後補償裁判で大きな壁として立ちはだかっていた国家無答責の法理や除斥期間の主張を排斥することができる点も本件の特徴といえよう(但し、一部の原告は除斥期間も問題となる。)。
以下は、中心争点である国賠法1条1項の「違法」評価に関する争点である、国の作為義務が認められるための要件及びそのあてはめ、という点に絞って判決内容を検討する。
4 判決の内容について
判決は、まず、原告らの主張した日本軍による毒ガス兵器の製造、中国内への配備、実戦での使用、終戦時の毒ガス兵器・砲弾の遺棄行為及び戦後国がこれらの遺棄毒ガス・砲弾について何らの措置も執らずに放置した各事実を、ほぼ原告の主張通り認め、これら遺棄された日本軍の毒ガス・砲弾により原告らが深刻な被害を受けた事実を認定した。
その上で、判決は、作為義務の発生根拠・要件について、「原則としては、公務員の作為義務が法令によって規定されていない場合には、不作為をもって職務上の義務違反とすることは相当でないといわざるを得ない。」と述べた上で、「しかしながら、他方、国家が公務員の作為義務を定める法令を制定していないことのみをもって…不作為が違法とならないとするのは相当でない。例えば、公務員による違法な先行行為によって危険な状態が作出されているにもかかわらず、国家がその状態を解消する義務を公務員に負わせる法令を制定しないような場合に作為義務が発生する余地がないとすることは、法令を制定さえしなければ全て許されるというに等しいからである。」として、@公務員ないし国家機関により一定の重大な法益侵害に向けられた危険性ある行為が行われ(違法な先行行為の存在)、Aその法益侵害の危険性が現存し、かつ、差し迫っている状況にあり(危険性及び切迫性の存在)、B当該公務員がその法益侵害の危険と切迫とを認識することができ(予見可能性の存在)、かつ、C一定の作為を施すことにより結果の発生を回避することができる(結果回避可能性の存在)場合には、法令上に具体的な根拠がなくとも、条理に基づき当該公務員に作為義務が発生し、その不作為は違法となるとの判断を示した。
そして、@違法な先行行為の存否については、前述の事実を認定した上「特に、毒ガス兵器の使用は、当時既に国際法により禁止されていたものであるから…これを遺棄することは、顕著な違法性を有する行為」として違法な先行行為の存在を認め、さらに、A危険性及び切迫性の存否についても、毒ガス兵器及び砲弾が「いずれも人の生活圏内に存在し、これを開缶したり接触することにより直ちに人の生命・身体に危険をもたらした」ことから「人の生命・身体という重要な法益に対する危険性を有し、かつ、その危険が切迫した状態にあった」ことを認めた。
B予見可能性の存否については、「本件第1、第2及び第4事件が発生するまでの時点において、各事件が発生した場所を含む中国の日本軍の駐屯地付近に毒ガス兵器が遺棄され、その付近に存在していることを予見し、かつ、その毒ガス兵器が付近の住民等との接触により危険性が現実化して、人の生命・身体に危険を及ぼすことを予見することは可能であったと認めることができる。」として、毒ガス兵器による被害である第1,第2及び第4事件について予見可能性を肯定し、本件各事故の発生をを具体的に予見できたことが必要であるとの国の主張については、「先行行為の危険性とそれが現実化する因果の基本的な経過につき予見可能性が必要であり、かつ、それで足りるというべきである」と予見可能性を一定程度抽象化する判断を示して、これを排斥した。
しかし、毒ガスでない通常砲弾による被害である第3事件については、「毒ガス兵器と異なり、中国に駐屯していた日本軍が常に多量に保管し、実際にこれを使用しており、終戦時に遺棄されたものだけでなく、引き渡されたものや、不発弾等が多数中国内に残存したであろうことは推測するに難くないのであって、これらについて、被告の前記行政機関に所属する公務員に調査を求めることは困難であり、所在場所を把握することが可能であったと認めることはできない」として、予見可能性を否定した。
そして、第1,第2及び第4事件におけるC結果回避可能性の存否について、判決は、回収措置と調査・情報伝達措置とを分けて検討している。まず、回収措置については、日中友好条約締結(1978年)前においては日本の主権が及ばないこと、それ以降においては中国政府が日本に毒ガスの廃棄を要求するに至ったのは1990年であり、それまでは中国が自らの行政措置により毒ガス兵器の処置をしていたことを理由に、「被告が…自ら回収活動をすることは著しく困難であった」とし、また、中国政府に対して回収・保管業務を依頼することも、「これを行うか否かは中国政府の判断に委ねられるから、被告がそのようなことを行うことが本件各事件の発生を回避するにとって有効な手段であったとみることができ」ないとした。
次に、被告が自ら中国国内で調査・情報伝達措置を行うことについては、遺棄毒ガス兵器の遺棄場所の調査を実施してもその存在する場所を把握できたと見ることはできず、また、国家主権との関係で制限があるとしてこれを排斥した。さらに、中国政府を通じて遺棄場所を周知する方法については、「中国政府の判断が介在することからすれば、その有効性の面で不確定な要素が多」いとの理由で、さらに、中国政府を通じて遺棄毒ガス兵器の形状、大きさ、危険性対処方法、治療方法等を周知する方法についても、「中国政府の対応及びこれを受ける中国国民の対応如何によって、その効果が左右され得るから、結果回避に至までの経緯に不確定な要素が多いといわざるを得」ないとの理由で、いずれの方法についても結果回避可能性を否定し、原告らの請求をすべて棄却した。
5 判決の評価
本判決が、毒ガス兵器の製造、配備、実戦での使用、終戦時における毒ガス・砲弾の遺棄、その後の国の放置行為とこれにより原告らに深刻な被害が発生している事実を認定した点は評価しうるが、第1,第2及び第4事件について結果回避可能性を否定し、第3事件について予見可能性を否定した点は強い疑問が残るといわざるを得ない。
私見ではあるが、以下では2点ほど指摘しておきたい。
まず判断枠組の問題として、本判決は、被告による違法な先行行為が存在し、それにより、最も重大な法益である人の生命・身体に対する危険が切迫していることを認定しながら、予見可能性、結果回避可能性の要件を厳格に解しすぎているという点である。すなわち、一般に、行政権限の行使によって利益を受ける者が当該権限の行使の懈怠を違法であると主張して争う場合には、薬害のように、被規制者、行政庁、規制により利益を受ける者という三面関係が存在する場合と、野犬による被害から国民を保護する場合のように行政庁と受益者の二面関係のみの場合に類型化される。そして、二面関係の場合は、被規制者の利益や権利尊重の要請が働かないために、当該不作為が違法と評価される余地が広がると考えるのが、学説・判例の大きな流れといえよう。ただ、後者の場合であっても、行政の義務がむやみに拡大することを懸念する要請が違法評価に対して抑制的に働く場合があろう。
しかし、本件は、いうまでもなく二面関係であるが、さらに、国の違法な先行行為があるという特殊事情がある。いわば行政庁と受益者の関係というよりも、端的に加害者と被害者という関係であり、国の作為の必要性を作り出したのは外ならぬ国自身なのである。とするならば、自ら危険を作出した国は、何を差し置いてもその危険の除去に努めるべきなのであり、行政の義務がむやみに拡大するなどという懸念が働く類型でないことは明らかであろう。さらに、被侵害法益が生命・身体という重大なものであり、被害者救済の必要性が極めて高いことを併せ考えれば、二面関係の考えをさらに推し進めて作為義務発生の要件を相関的に捉え、予見可能性及び結果回避可能性の判断について極めて緩やかな判断基準、すなわち被害を予見すること又は被害結果を回避することが全く不可能であったという場合以外は予見可能性、結果回避可能性を認めるという判断枠組によるべきではなかったか。本判決は、国の違法な先行行為の存在と重大な法益侵害の切迫性を認定しながら、そのことが予見可能性、結果回避可能性の判断に全く反映されていないのである。
次に、特に結果可否可能性についてのあてはめの問題として、中国政府の判断が介在することをもって、結果回避の可能性を不確定であるとしている点にも重大な問題がある。毒ガスの回収や遺棄場所、その危険性の周知を行う際に、中国政府を介在させねばならないとすると、なぜ、結果回避に至るまでの経緯に不確定な要素が多いということになるのであろうか。この問題が政治的・外交的な問題などではなく極めて人道的な問題であることからすると、そのような政治的・外交的あるいは政策的な考慮が働くことを前提とするあてはめには首を傾げざるを得ない。およそ政府というものは、自国民の生命・身体を守るという責務を負っているのであり、現に中国政府が自らの行政措置によって毒ガス兵器の調査・埋設処置等を執っていたことを判決は認定しているのである。日本政府が、人道的な見地から、自ら隠匿してきた毒ガス兵器の遺棄場所、形状やその危険性等の情報を中国政府に進んで提供していれば、中国政府も回収措置や住民に対する周知を行うことに当然協力していたと考えるのが合理的ではなかろうか。少なくとも、日本政府が、中国における被害を避けるために、早い時期からそれらの措置を行っていれば、原告らの被害を防止できた可能性が高まることは間違いないのである。このような努力を全く怠ってきた国の責任を免れさせるために、安易に結果回避可能性を否定するあてはめ手法には大きな疑問が残る。
6 結びに
日本国は1995年化学兵器禁止条約を批准し、次いで中国も1997年に同条約を批准したことにより、日本国は明確に中国内の遺棄化学兵器を廃棄する義務を負うこととなり、1999年には日中政府間で遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書も締結された。しかし、これらの廃棄作業も遅々として進んでいないのが現状である。
また、近時、日本国内においても神奈川県、茨城県内で相次いで日本軍の遺棄毒ガス兵器による被害が発生している。
原告らはみな、賠償のみならず、今後二度と自分たちのような被害者が出ないこと、不幸にして被害が生じてしまった場合に最大限の医療ケア及び補償を受けられる制度の確立を切に願っている。本件は、今後控訴審において、予見可能性、結果回避可能性の有無を中心に審理されることになる。裁判での勝利と世論の喚起によって、一日も早くこの問題が全面的な解決を迎えられる日がくることを望んで結びとしたい。
(弁護団藤澤整)
◆H15. 5.15 東京地方裁判所 平成 9年(ワ)第22021号 損害賠償請求 事件番号 :平成 9年(ワ)第22021号 事件名 :損害賠償請求 裁判年月日 :H15. 5.15 裁判所名 :東京地方裁判所 部 :民事第49部 判示事項の要旨: 要 旨 日本軍が日中戦争中に中国に持ち込んだ毒ガス兵器及び砲弾により負傷した中国国民が,終戦時にこれらの兵器等を遺棄した作為及びその後も回収することなく放置した不作為について,国際法〔陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約ないしこれを内容とする国際慣習法,国際人権規約(自由権規約)及び世界人権宣言〕,中国法(中華民国民法184条,185条,188条,193条及び195条,中華人民共和国民法通則119条,中華民国民法及び中華人民共和国民法通則の前記各規定を内容とする条理),日本法(国家賠償法1条1項及び同2条1項,民法709条,715条1項及び717条1項)に基づき国に対して損害賠償を求めたところ,これらがいずれも棄却された事例 主文1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。事実及び理由第1 請 求 1 被告は,原告A,原告B及び原告Cに対し,それぞれ金2000万円及びこれに対する平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告D及び原告Eに対し,それぞれ金1000万円及びこれに対する平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,中華人民共和国(以下,昭和24年(1949年)10月1日の同国成立前も含めて「中国」という。)の国民である原告らが,日中戦争中に日本軍が中国に持ち込んだ毒ガス及びこれを施した兵器(以下「毒ガス兵器」という。)並びに砲弾(毒ガス兵器ではないもの。以下,特に断らない限りこの意味で「砲弾」の語を用いる。)を終戦のころに遺棄し,その後も被告がこれを放置したため,それぞれ昭和25年(1950年),昭和51年(1976年),昭和55年(1980年),昭和62年(1987年)に毒ガス兵器又は砲弾による事故に遭い,傷害を負ったと主張し,被告に対し,国際法,中国法(中華民国民法,中華人民共和国民法通則又はこれらを内容とする条理)又は日本法(国家賠償法又は民法)に基づき,損害賠償金及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 原告らが主張する損害賠償請求権は次のとおりであり,(1)と(2)の各請求は選択的併合の関係にある。 (1) 国際法による請求ア 「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(以下「ハーグ条約」という。)ないしこれを内容とする国際慣習法に基づく損害賠償請求権 イ 「市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約(自由権規約)」という。)及び世界人権宣言に基づく損害賠償請求権(2) 国内法による請求ア 中国法による請求(ア) 中華民国民法184条,185条,188条,193条及び195条に基づく損害賠償請求権 (イ) 中華人民共和国民法通則119条に基づく損害賠償請求権 (ウ) 前記(ア)及び(イ)の双方又は(イ)の規定を内容とする条理に基づく損害賠償請求権イ 日本法による請求(ア) 国家賠償法による請求 a 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権 b 国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求権 (イ) 民法による請求 a 民法709条に基づく損害賠償請求権 b 民法715条1項に基づく損害賠償請求権 c 民法717条1項に基づく損害賠償請求権3 原告らは,前記2(2)の各国内法による請求に関し,まず毒ガス兵器及び砲弾の遺棄と放置とを一体として捉えた不法行為,次に遺棄と放置とを別個のものとして捉えた場合におけるそれぞれの不法行為に基づく損害賠償請求権を主張し,前者の一体的な不法行為及び後者のうち放置行為については,主位的に昭和24年(1949年)10月1日の中華人民共和国成立までは中華民国民法が,同日から1986年(昭和61年)4月12日の中華人民共和国民法通則公布までは同民法通則,又は,同民法通則及び中華民国民法の双方を内容とする条理が,同日以降は中華人民共和国民法通則がそれぞれ適用され,予備的に同イ(ア)の我が国の国家賠償法が適用され,第三次的に同(イ)の我が国の民法が適用され,後者のうち遺棄の不法行為については,主位的に同ア(ア)の中華民国民法が適用され,予備的に同イ(イ)の我が国の民法が適用される旨主張するので,これらの各法条に基づく損害賠償請求権が前記の区分に従って訴訟物となる。 第3 当事者の主張 1 原告ら(1) 前提となる事実関係 ア 毒ガス兵器の生産(ア) 日本陸軍は,昭和4年(1929年)から昭和19年(1944年)までの間,広島県大久野島所在の陸軍造兵廠火工廠忠海兵器製造所(以下「大久野島製造所」という。)において毒ガス兵器を生産し,昭和13年(1938年)からは福岡県所在の陸軍造兵廠火工廠曾根兵器製造所(以下「曾根製造所」という。)において毒ガスを砲弾に充填した。 また,日本海軍は,昭和18年(1943年)以降,神奈川県寒川町所在の相模海軍工廠において毒ガス兵器を生産した。 (イ) 生産された毒ガス兵器の種別及びその特徴は,おおむね次のとおりである。 a きい1号 その成分はイペリット(マスタード・ガスとも呼ばれる。)であり,芥子臭又は腐敗キャベツ臭のある油状の液体であって,一般的には茶褐色又は黄褐色をしている。 これが皮膚に接触すると,皮膚の発赤,水疱を生じ,次いで,びらん,潰瘍,化膿,壊死へと進展し,瘢痕や機能障害を残す。眼については,疼痛,流涙,充血,結膜炎,角膜炎等を生じ,重症になると,結膜潰瘍,角膜の壊死,全眼球炎へと進展することもあり,視力の低下や失明が後遺症となって現れることがある。気状ガスの吸入による呼吸器等への影響としては,鼻炎,咽頭炎,喉頭炎,気管炎,気管支炎等を生じ,進展して化膿性気管支炎,気管支肺炎を生じ,重症になると,壊死性気管支炎から肺閉塞や窒息に至ることもある。その後遺症として,発咳,息切れ,慢性気管支炎,肺癌等が生ずることがある。その他にも,全身吸収中毒により,神経系統,造血機能,免疫機能等の全身状態にも影響を及ぼすこともある。 これらは,砲弾・爆弾に充填した「きい弾」,特殊ドラム缶に充填した「きい剤容器」などの形で使用された。b きい2号 その成分はルイサイトであり,一般的には黄色を帯びた油状の液体で,嘔吐を催す刺激臭がある。 身体症状の特徴は,きい1号とほぼ同じであるが,より即効性がある上,砒素を含有しているため,砒素中毒の症状を呈する。 砲弾・爆弾に充填した「きい弾」,特殊ドラム缶に充填した「きい剤容器」などの形で使用された。c あか1号 その成分はジフェニール・シアンアルシンであり,眼・鼻・呼吸器に作用する毒ガスで,被毒すると,眼・鼻・のどの灼熱性の痛み,流涙,くしゃみ,咳,鼻汁,悪心,嘔吐などの症状を呈する。 砲弾・爆弾に充填した「あか弾」,発射筒に充填した「あか筒」などの形で使用された。d みどり1号・みどり2号 その成分は,前者が臭化ベンジル,後者が塩化アセトフェノンであり,いずれも催涙ガスで,即効性があり,主に眼を強く刺激して一時的に視力を失わせ,鼻や呼吸器も刺激する。 砲弾・爆弾に充填した「みどり弾」,発射筒に充填した「みどり筒」などの形で使用された。e あを1号 その成分はホスゲンであり,無色の液体で,腐敗林臭又は刈草臭がある。 吸入してから2,3時間後に呼吸困難,肺の充血・出血・肺水腫を生じ,重症になると虚脱状態,唇の蒼白化,口からの泡状の粘液の流出を生じ,窒息死に至ることもある。f ちや1号 その成分は青酸ガスであり,無色の液体である。 呼吸器のみならず,皮膚からも吸収され,頭痛,呼吸困難,嘔吐,けいれんを生じ,失神,死亡に至る。 砲弾・爆弾に充填した「ちや弾」,手投丸瓶に充填した「ちび」などの形で使用された。イ 毒ガス兵器及び砲弾の中国への配備(ア) 日本軍は,生産した毒ガス兵器を使用することを目的に中国に駐屯する各部隊及び毒ガス兵器専門部隊に配備した。 日本から持ち込まれた毒ガス兵器は,中国東北地方における補給拠点であった南満州兵器補給廠や当時の新京市(現長春市)所在の関東軍野戦兵器廠を経由し,又は直接に関東軍配下の各部隊に交付されて,中国に配備された。 そのうち,黒竜江省斉斉哈尓市(以下「チチハル市」と表記する。)及び黒竜江省拜泉県は関東軍の部隊の拠点であり,特にチチハル市は毒ガス専門の部隊である関東軍化学部(516部隊)とその練習部隊(526部隊)が駐屯した地であったことから,これらの地に毒ガス兵器が多く配備された。 (イ) なお,黒竜江省依蘭県にも日本軍の憲兵隊などが駐屯しており,砲弾等の兵器が配備された。ウ 毒ガス兵器の中国における使用(ア) 日本軍は,昭和12年(1937年)に日中戦争が開始された後,参謀総長から駐屯軍司令官に対する使用許可の指示に基づき,まず同年7月からみどり剤(催涙ガス),次いで翌年4月からあか剤(くしゃみ性・嘔吐性ガス),さらに昭和14年(1939年)5月からはきい剤(びらん性ガス)というように拡大しながら,順次毒ガス兵器を中国において使用していった。 (イ) 中国において用いられた毒ガス兵器の使用方法及び形状は,おおむね次のとおりである。 a 直径75ミリメートル,90ミリメートル,100ミリメートル,150ミリメートルの各砲弾に毒ガスを充填したきい弾,あか弾などのガス弾を撃つガス弾射撃 b 毒ガスを充填したガス手榴弾の投擲 c あか筒,みどり筒などの放射筒を発射させる放射 d ドラム缶を用いて毒ガスを撒布する撒毒 e 空中から毒ガス爆弾を投下するガス空襲 f 航空機から毒ガスを撒くガス雨下 g 大量のちや弾の短時間での噴射エ 毒ガス兵器及び砲弾の中国への遺棄中国に駐屯していた各部隊は,昭和20年(1945年)8月,第2次世界大戦終了前後のころ,毒ガス兵器を極秘のうちに遺棄するようにとの指示を受け,これを地下に埋めたり,付近の河川に沈めるなどして,あるいは通常兵器と一緒に倉庫に放置し,これらを中国に遺棄した。オ 毒ガス兵器及び砲弾の中国国内における放置被告は,その後,日本軍が中国に遺棄した毒ガス兵器及び砲弾について,回収したり,その存在を中国政府に伝えて対処を求めるなどの措置を講じずに,これらを放置した。(2) 原告らの被害事実並びに損害の発生及びその数額 ア 原告Aについて原告Aは,大正5年(1916年)11月13日に出生した男性である。 昭和25年(1950年)8月24日,中華人民共和国黒竜江省チチハル市所在の黒竜江省第一師範学校において,校舎建築工事中に,地中から,高さ1メートル,直径50センチメートル,上部が凹状で3つのボルトが装着されたドラム缶2個が発見され,その中にマスタード臭のある黄色がかった油様の液体が入っていたことから,同校の化学教師であった同原告の研究室にその液体が持ち込まれた。 同原告は,この液体が有毒なものであると知らずに,これを左手及び右手の甲及び掌並びに左腕に塗布したところ,腫れ,水疱,痛みが生じるなどし,翌25日にチチハル市立病院皮膚科においてイペリットガスによるものであると診断され,その2週間後には皮膚のびらん,化膿,発熱などの症状を呈し,3か月半入院することとなり,その後も同年12月末まで通院し,昭和28年(1953年)3月には頭痛により北京協和医院に入院し,同年8月末まで就労できなくなり,その後も左腕に瘢痕が残り,機能障害が生じてこれを動かすことができず,研究活動に十分に従事することができなくなった。(以下,この事件を「本件第1事件」という。) 前記液体が入っていた缶の形状,その発見場所及び発見状況並びに同原告の症状に照らせば,本件第1事件は,日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液がドラム缶に充填されたまま地下に埋められて遺棄され,その後も放置されたことにより起きたものである。 原告Aは,本件第1事件により前記各傷害を負ったため,医療費の支出及び休業による収入の減少等の財産的損害並びに精神的損害を被り,その損害額は2000万円を下らない。イ 原告Bについて原告Bは,昭和24年(1949年)8月23日に出生した男性である。 同原告は,昭和51年(1976年)5月10日ころ,中華人民共和国黒竜江省拜泉県龍泉鎮衛生村所在の鉄鋼場において,廃鉄場から持ってきた砲弾で刃物類を作ろうとしていた鍛冶職人を手助けし,長さ約70ないし80センチメートル,直径約20センチメートルの砲弾の尾部を切断したところ,刺激臭のある黒褐色の液体が流出して同原告の手及び足に付着し,発赤や痒みが生じたほか,吐き気,めまい,のどの痛み,胸の苦しさ,咳などの症状を呈した。同原告は,翌11日ころには,水疱,灼熱痛が生じ,その後,びらん,骨の露出などの症状が発生し,北京307病院の黄韶清医師によりイペリットガスに基づく症状であるとの診断を受け,その治療により皮膚症状は改善されたが,その後も,神経衰弱,頭痛,不眠に悩まされ,左手甲及び同手首,右足及び同足首に瘢痕が残ったばかりでなく,気管支炎及び肺炎に罹患し,体調不良により平成11年(1999年)10月に退職を余儀なくされた。(以下,この事件を「本件第2事件」という。) 前記液体が入っていた砲弾の形状,その発見場所及び発見状況並びに同原告の症状に照らせば,本件第2事件は,日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液がガス弾射撃用の砲弾に充填されたまま通常兵器とともに倉庫に遺棄され,その状態で放置された後,中国国内に出回ったことにより起きたものである。 原告Bは,本件第2事件によって前記各傷害を負ったことにより,医療費の支出及び休業による収入の減少等の財産的損害並びに精神的損害を被り,その損害額は2000万円を下らない。ウ 原告Cについて原告Cは,昭和36年(1961年)12月6日に出生した男性である。 同原告は,昭和55年(1980年)4月19日,中華人民共和国黒竜江省依蘭県依蘭鎮所在の自宅において,小屋を建築するため地面を掘っていたところ,鍬が地中にあった羽のような部分のある砲弾に当たって爆発し,その破片が頭部,左手及び左足等全身に刺さって意識を失った。同原告は,数度にわたって依蘭県病院及びチャムス病院に入院し,砲弾の破片の摘出手術などを受けたが,現在においても体内に破片が残存しているため,度々てんかんを起こすほか,記憶力の低下,不眠,頭痛,視力の低下,握力低下,左足の機能障害,腰痛などの症状を呈し,労働することが全くできない状態にある。(以下,この事件を「本件第3事件」という。) 前記砲弾の形状,その発見場所及び発見状況に照らせば,本件第3事件は,日本軍によって生産された砲弾が地下に埋められて遺棄され,その後も放置されたことにより起きたものである。 原告Cは,本件第3事件によって前記各傷害を負ったことにより,医療費の支出及び休業による収入の減少等の財産的損害並びに精神的損害を被り,その損害額は2000万円を下らない。エ 原告D及び原告Eについて原告Dは昭和24年(1949年)8月8日に出生した男性,原告Eは昭和30年(1955年)1月30日に出生した女性である。 昭和62年(1987年)10月16日,中華人民共和国黒竜江省チチハル市富拉尓基区(以下「フラルキ区」と表記する。)興隆街所在のガス会社の庭において,地中から,高さ約90センチメートル,直径約50センチメートル,重さ約100キログラム,ボルトが約16個装着された鉄製の缶が発見された。 中国第一重型機械集団公司(塗料販売会社)の病院に医師として勤務していた原告Dは,翌17日,前記缶につき調査依頼を受け,これを開缶したところ,中に芥子又はにんにく臭のある褐色の油様の液体が入っており,これから流出した煙により悪心,発咳等の症状が生じたほか,液体を缶からガラス瓶に移し替える際に液体が目頭付近の鼻及び両手に付着し,翌18日には眼の腫れ,水疱,呼吸困難の症状が生じた。 また,原告Dは,同月17日,同社の供応処化建材科(石油化合物担当部署)に前記ガラス瓶を持参し,その中に入っていた液体につき調査を依頼した。そこで,同原告の同僚が調査の目的でその液体を紙に浸み込ませて点火したところ,煙が部屋内に充満し,原告Dや,同室していた同科勤務の原告Eに,呼吸困難,眼やのどの痛み,流涙,脱力感等の症状が生じた。 原告Dは,33日間入院したが,その後も視力の低下,瘢痕,呼吸困難等の症状が残り,定年より前に退職せざるを得なくなった。また,原告Eは,通院して治療を受けた後,前記307病院に入院するなどし,その後も眼やのどの痛み,視力の低下,鼻や歯からの出血,発咳,脱力感,動悸,頭痛等の症状を呈しており,43歳のときに退職せざるを得なくなった。(以下,この事件を「本件第4事件」といい,本件第1ないし第4事件を総称して「本件各事件」という。) 前記液体が入っていた缶の形状,その発見場所及び発見状況並びに同原告らの症状に照らせば,本件第4事件は,日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液がドラム缶に充填されたまま地下に埋められて遺棄され,その後も放置されたことにより起きたものである。 原告D及び原告Eは,本件第4事件によって前記各傷害を負ったことにより,医療費の支出及び休業による収入の減少等の財産的損害並びに精神的損害を被り,その損害額はそれぞれ1000万円を下らない。(3) 本訴各請求の法律上の根拠ア 国際法による請求 (ア) 本件各事件の国際法違反 毒ガス兵器を遺棄する行為,遺棄し放置する一連の行為及び放置する行為は,いずれも明治32年(1899年)の「毒ガスの禁止に関するハーグ宣言」,明治40年(1907年)のハーグ条約及びその附属規則である「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」(以下「ハーグ陸戦規則」という。),大正8年(1919年)の「ヴェルサイユ条約」,大正14年(1925年)の「窒息性ガス,毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」(以下「ジュネーヴ・ガス議定書」という。)及び平成9年(1997年)の「化学兵器の開発,生産,貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約(以下「化学兵器禁止条約」という。)に違反する。なお,そのうちヴェルサイユ条約は,171条において,毒性ガス等の使用を禁止されているためこれをドイツ国内において製造又は輸入することを厳禁する旨規定しているところ,直接にはドイツの再軍備を制限するためのものであるが,毒ガス等の使用禁止を宣言している部分は,あらゆる有毒ガスの戦争での使用を禁止する国際慣習法の存在を確認したものとみることができる。 また,毒ガス兵器及び砲弾を遺棄する行為,遺棄し放置する一連の行為及び放置する行為は,昭和23年(1948年)の国際連合総会における世界人権宣言,昭和54年(1979年)の国際人権規約(自由権規約)に違反する。 そして,前記の各国際法規は,直接的には毒ガス兵器の使用を禁止するものであるが,使用することを前提に他国の領域内にこれを持ち込むことや,使用したことを隠蔽するためにこれを遺棄し,放置することもまたこれらの法規に反するものというべきである。(イ) 個人の国際法における一般的法主体性 かつて国際法は国家間の関係を規律する法として国家のみが法主体となり,個人は法主体性を有しないとされてきたが,国際社会全体の公益を害する国際法違反に対しては,被害を被った個人が直接加害国家に対して国際法上の責任を追及することができると解される。 (ウ) ハーグ条約ないしこれを内容とする国際慣習法に基づく損害賠償請求権 a ハーグ条約3条の解釈 ハーグ条約3条は,ハーグ陸戦規則の条項に違反した交戦当事者はその軍隊を組成する人員の一切の行為について責任を負うものと規定し,ハーグ陸戦規則23条は,毒又は毒を施した兵器の使用を禁止している。 ところで,ハーグ条約の意味内容を確定するに当たっては,条約の解釈に係る一般規則である「条約法に関するウィーン条約」(以下「条約法条約」という。)を参考にすべきであるところ,同条約31条及び32条においては,文脈などを考慮しながら用語の通常の意味に従って解釈するのを原則とし,制定のための準備作業,事後の実行なども重視して解釈すべきであるとされているので,これによれば,以下のとおり,ハーグ条約3条は個人をも賠償請求主体として認めた規定であると解される。 (a) 用語の通常の意味 ハーグ条約3条は,軍隊構成員によるハーグ陸戦規則違反について締結国に「賠償(compensation)」の支払を要求する文言を用いており,原状回復・陳謝・責任者処罰などをも射程に入れた「repatation」という国家責任解除のための伝統的な用語を用いていないから,賠償請求主体として個人をも含めるものと解すべきである。(b) 趣旨(交戦法規としての性格) 交戦法規は,国家と国家の関係のみならず,国家と個人との関係をも規律の対象に取り込み,個人の権利の保障を図ってきたものであるところ,ハーグ条約は,交戦法規の法理を体現したものであり,その前文2段にみられるように交戦者相互の関係及び人民との関係を念頭においている。(c) 事後の実行例 昭和27年(1952年)4月9日の旧西ドイツ・ミュンスター行政控訴裁判所判決及び平成9年(1997年)11月5日のドイツ・ボン地方裁判所判決は,ハーグ条約が個人の賠償請求権を認めたものであるとの判断を示している。 また,昭和62年(1987年)の赤十字国際委員会コンメンタールは,ハーグ条約3条に若干の修正を施しつつも,ほぼそのままの形で再現した昭和52年(1977年)のジュネーヴ条約第1追加議定書91条について,賠償を受ける権利を有する者は通常は紛争当事国又はその国民であるとして,個人の賠償請求権を認めている。 さらに,個人を賠償請求主体と解する解釈は,オランダ・ライデン大学のフリッツ・カルスホーベン博士のみならず,ロンドン大学のグリーンウッド教授,ベルギー・ブリュッセル自由大学のダビット教授,ニューヨーク大学のテオドア・メロン教授といった国際人道法の世界的権威によって支持されている。 また,国際法違反の行為により被害を被った個人に対して国家が責任を負うべきことは,ファン・ボーベン国連最終報告書,マクドゥーガル報告書,R・クマラスワミ国連報告書等の見解に副うものであり,国際的潮流に合致するものである。(d) 準備作業 明治40年(1907年)のハーグ条約及びハーグ陸戦規則の改正の審議過程において,同条約3条は,交戦法規が個人にも権利を付与してきた特殊な国際法分野であるという認識に立って個人の賠償請求権を法定することを目的として提案され,支持を受けたものである。b ハーグ条約を内容とする国際慣習法の成立 ハーグ条約が総加入条項(2条)により第2次世界大戦中には適用されなかったとしても,同条約は少なくとも同大戦時までには国際慣習法化していた。c 小 括 そうすると,原告らは,前記のような意味を持つハーグ条約3条ないしこれを内容とする国際慣習法に基づき,被告に対して直接に損害賠償請求権を有することとなる。(エ) 国際人権規約(自由権規約)及び世界人権宣言に基づく損害賠償請求権 国際人権規約(自由権規約)6条は,生命に対する固有の権利を規定し,さらに,同2条3項は,救済措置を求める者の権利が権限ある司法上,行政上,若しくは立法上の機関又は国の法制で定める他の権限ある機関によって決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させることを規定し,個人の賠償請求を認めているから,原告らは,これに基づき,被告に対して直接に損害賠償請求権を有する。 また,世界人権宣言3条は,すべて人は生命,自由及び身体の安全に対する権利を有するものと定め,同8条は,すべて人は憲法又は法律によって与えられた基本的人権を侵害する行為に対し,権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有すると規定し,個人の賠償請求権を認めているから,原告らは,これに基づき,被告に対して直接に損害賠償請求権を有する。 (オ) 国際法の国内法的効力 憲法98条2項の規定,大日本帝国憲法下における慣行,条約の適用に関する裁判例に照らせば,日本国憲法は,国際法を国内法として一般的に受容する体制を執っているということができるから,前記(ウ)及び(エ)の各国際法は国内法と化している。 そして,国際法を裁判の場で補完措置を伴うことなくそのままの形で援用できるためには,裁判規範としての明確性があれば足りると解すべきであり,被告が主張する主観的要件及び客観的要件の充足を必要とすると解すべきではないところ,前記の各国際法は,裁判規範として明確であるということができる。 (カ) まとめ よって,原告らは,被告に対し,ハーグ条約ないしこれを内容とする国際慣習法又は国際人権規約(自由権規約)及び世界人権宣言に基づき,それぞれ損害賠償金及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。イ 中国法による請求(ア) 国際私法の適用と法例11条1項所定の不法行為該当性 国際私法は,各国の実質法の不統一を前提として,いずれの国の実質法を適用すべきかを決定する抵触規定であるところ,その適用の可否をめぐっては,抵触規定独自の観点から当該問題が公法としての法律関係性を有するのか,私法としての法律関係性を有するのかを決定すべきである。 そして,国家に対する損害賠償請求は,違法な行為によって他人に損害を与えた者にその損害を賠償させ,社会共同生活において生じた損害の公平な分配を目的とするものであるから,私法としての法律関係に属するので,国際私法の適用を受けることとなる。 この点に関する被告の主張は,国家賠償法が民法の特別法であること,相互保証は抵触規定における私法関係にも定められていることを看過するものであって,失当である。 そうすると,本件は,中国における被告による毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為,遺棄と放置が一体となった行為及び放置行為が違法であるとしてこれにより生じた損害の賠償を問題とするものであるから,不法行為の成立及び効力は不法行為地の法律によると定める法例11条1項により,中国法が適用されることとなる。 なお,遺棄行為については,現実にこれが行われた地も被害が発生した地も中国であり,放置行為については,作為義務が課されている地も被害の発生した地も中国であるから,いずれについても不法行為地は中国であることとなる。 (イ) 法例11条1項と同条2項の累積適用について 法例11条2項により本件に日本法が累積適用されるとしても,後記のとおり,国家無答責の法理の淵源及び国内法化されたハーグ条約によれば,同法理は,日本軍による外国における外国人に対する不法行為には適用されないから,同条項により本件に国家無答責の法理が適用されることはない。 (ウ) 法例11条1項と同条3項の累積適用について 法例11条3項は,外国において発生した事実が日本の法律によって不法であるときにおいても被害者は日本の法律が認めた損害賠償その他の処分でなければこれを請求することができないとし,同条1項は,事務管理,不当利得又は不法行為によって生ずる債権の成立及び効果はその原因たる事実の発生した地の法律によるとしているから,除斥制度を含む不法行為に基づく債権の効力の問題については不法行為地における実質法が適用されるのであって,同条3項による累積適用は損害賠償その他の処分にしか及ばないから,同条項により除斥制度に関する日本法が累積適用されるとする被告の主張は理由がない。 (エ) 中国民法の適用と同法上の不法行為該当性 a 毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為 中華民国民法184条は,故意又は過失により他人の権利を不法に侵害した者は損害賠償の責任を負う旨,同法185条は,複数で共同して不法に他人の権利を侵害した者は損害賠償の責任を連帯して負う旨,同法188条は,被用者が職務の執行に当たって他人の権利を不法に侵害した場合には使用者は行為者と連帯して損害賠償の責任を負う旨,同法193条は,不法に他人の身体又は健康を侵害した者は被害者がこれによって労働能力を喪失若しくは減少し又は生活上の需要が増加した場合には損害賠償の責任を負う旨,同法195条は,不法に他人の身体,健康,名誉又は自由を侵害した者に対しては被害者は財産以外の損害についても相当の金額の賠償を請求することができる旨をそれぞれ定めており,毒ガス兵器及び砲弾を中国に遺棄することは,人の生命・身体に危険を生ぜしめる行為であるから,前記各条項所定の不法行為に該当する。b 遺棄と放置が一体となった行為及び放置行為 遺棄行為から昭和24年(1949年)10月1日の中華人民共和国成立までの間は,中華民国民法が,中華人民共和国成立から昭和61年(1986年)4月12日の中華人民共和国民法通則公布までの間は,法の空白期間であったことから,中華民国民法及び中華人民共和国民法通則の両方を念頭に置いた条理,あるいは中華人民共和国の法秩序が支配的であったことから,中華人民共和国民法通則を内容とする条理が,前記の中華人民共和国民法通則公布後は,中華人民共和国民法通則がそれぞれ適用されるところ,中華民国民法の関係各規定は,前記aのとおりであり,また,中華人民共和国民法通則119条は,公民の身体を侵害し傷害を負わせたときは医療費・休業により減少した収入・身体障害者の生活補助費等の費用を賠償すべき旨定めている。 そして,遺棄に係る行為については,前記aのとおり人の生命・身体に危険を生ぜしめる行為であり,放置に係る行為については,後記のとおり中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄した先行行為に基づいてこれらを放置せずに危険を回避する措置を講ずべきであるという条理上の作為義務に違反する行為であるから,遺棄と放置が一体となった行為及び放置行為は,前記各規定ないし条理上の不法行為に該当する。c まとめ よって,原告らは,被告に対し,中国民法上の不法行為に基づき,それぞれ損害賠償金及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。ウ 日本法による請求(ア) 国家賠償法による請求 a 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権(a) 遺棄と放置が一体となった行為 遺棄と放置は一体になった行為としてみるべきであり,遺棄行為については前記のとおり人の生命・身体に危険を生ぜしめる違法な行為であり,放置行為については後記のとおり中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄した先行行為に基づいてこれらを放置してはならず危険を回避する措置を講ずべきであるという条理上の作為義務に違反するものであるから,国家賠償法1条1項所定の要件を充足する。 また,遺棄と放置を一体としてみれば,行為及び損害の発生は国家賠償法施行後であるため,国家無答責の法理は適用されない。(b) 放置行為@ 放置行為の捉え方 放置行為は,それ自体が被害発生の新たな危険を生み出すものである以上,遺棄行為から独立して評価の対象とすることができる。 A 公務員の特定の要否 被告は,作為義務について論じる前提として,加害公務員ないし国家機関の特定及び公務員の作為権限の法律上の根拠が必要であると主張するが,判例上も公務員の特定は不要であるとされているので,これを厳密に要求する意味はないというべきである。そして,被告は,毒ガス兵器及び砲弾の遺棄という先行行為に基づく条理上の作為義務を負うのであるから,これを所掌する国家機関が存しないということはあり得ず,その不存在を作為義務を否定する理由とはなし得ない。これを本件に即していえば,毒ガス兵器及び砲弾を管理する事務を所掌する機関としては,防衛庁,外務省,厚生省,環境庁(いずれも平成11年法律第89,90号による省庁改編前のもの。以下,国の行政機関の権限分掌について同じ。)が考えられるほか,仮に被告が当該義務を所掌する機関を定めていない場合には,総理府がこれを所掌するから,被告の主張は失当である。 B 作為義務の発生要件 違法な先行行為を行った者は,条理に基づきこれによる危険を回避すべき作為義務を負うところ,その発生要件は,違法な先行行為の存在,客観的な危険性の存在,予見可能性の存在及び結果回避可能性の存在である。 C 作為義務を基礎づける事実 @ 違法な先行行為の存在 日本軍は,第2次世界大戦終了前後ころに,ポツダム宣言受諾に基づく武器引渡義務に反して,中国に人の生命及び身体に危険を生ぜしめる毒ガス兵器及び砲弾を遺棄するという違法な行為を行った。A 客観的な危険性の存在 毒ガス兵器及び砲弾を回収せず放置することは,人の生命・身体に対する危険性を有する行為である。B 予見可能性の存在 被告は,日本軍が第2次世界大戦終了直後に中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄してきたこと,各部隊の配置,毒ガス兵器の危険性,戦後の日本国内及び中国国内で毒ガス兵器及び砲弾による被害が多々生じていたことを知っていたのであるから,中国国内の毒ガス兵器及び砲弾を放置すれば,各部隊の駐屯地の付近でこれらにより中国国民の生命・身体に危険が及ぶことを予見することが可能であった。C 結果回避可能性の存在被告は,中国に遺棄された毒ガス兵器及び砲弾を回収することにより,本件各事件の発生を回避することが可能であり,仮に直接回収することができないとしても,中国政府に対してその存在を伝えて回収・保管業務を依頼することが可能であった。 また,被告は,毒ガス兵器及び砲弾の遺棄場所を調査し,自ら又は中国政府を通じて,中国国民に対し,毒ガス兵器及び砲弾の遺棄場所,形状,大きさ,危険性,発見したときの具体的対処方法等を周知し,その対処方法を実現し,被害に遭ったときの治療方法を伝達することは容易であり,このような措置を執ることにより,本件各事件の発生を回避することが可能であった。D 本件における作為義務違反と結果の発生 被告は,自ら本件各事件に係る毒ガス兵器及び砲弾を回収し,若しくは,中国政府に回収及び保管を依頼し,又は,日本軍が本件各事件発生場所に遺棄したことを調査し,自ら又は中国政府を通じて,中国国民に対して毒ガス兵器及び砲弾の遺棄場所,形状,大きさ,危険性,発見したときの具体的対処方法等を周知し,その対処方法を実現し,被害に遭ったときの治療方法を伝達しておくことを怠った。 その結果,本件第1事件において,原告Aは,同事件発生場所に毒ガス兵器があること及び発見された缶に毒ガスが充填されていることを知ることなく,缶を開けずに避難することができず,直ちに毒ガスに対応した治療を受けることもできずに,前記(2)アのとおりの被害を被った。 次に,本件第2事件において,原告Bは,同事件発生場所に毒ガス兵器があること,砲弾に毒ガスが充填されていること及びこれに触れると傷害を負うことを知ることなく,そのような砲弾を見つけて触ることを回避できず,直ちに毒ガスに対応した治療を受けることもできずに,前記(2)イのとおりの被害に遭った。 また,本件第3事件において,原告Cは,同事件発生場所に砲弾があることを知らず,穴を掘る際にその存在に気を付けることや穴を掘らずに危険を回避することもできずに,前記(2)ウのとおりの被害を被った。 さらに,本件第4事件において,原告D及び原告Eは,同事件発生場所に毒ガス兵器があること及び発見された缶に毒ガスが充填されていることを知ることなく,缶を開けずに避難することができず,直ちに毒ガスに対応した治療を受けることもできずに,前記(2)エのとおりの被害を被った。 E 小 括 よって,被告の公権力を行使する公務員が毒ガス兵器及び砲弾を放置した行為は国家賠償法1条1項所定の要件を充足する。b 国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求権 国家賠償法2条1項所定の公の営造物とは,公の目的に供される物を指すところ,毒ガス兵器及び砲弾は,国が軍用に供したものであり,その性格が戦後になって変じることはないから,これに該当する。なお,判例上は動産である拳銃についても公の営造物性が肯定されているから,毒ガス兵器及び砲弾がこれに当たることは明らかである。 また,被告は,毒ガス兵器及び砲弾の所有者であり,これを管理する立場にあるところ,このような人の生命・身体に危険を及ぼす物を遺棄及び放置することは,安全性を欠如した状態にあるということができるから,これが設置・管理の瑕疵に該当することはいうまでもない。なお,設置と管理は一体のものとして捉えるべきであるから,設置が国家賠償法制定前の行為であるとして同法の適用がないとする被告の主張は失当である。c 相互保証について 国家賠償法1条については,中華人民共和国国家賠償法,中華人民共和国民法通則121条及び8条において外国人に対する国家賠償責任が認められており,国家賠償法2条については,これと類似する中華人民共和国民法通則125条,126条及び8条で外国人に国家賠償責任が認められているので,相互保証主義の要件が充たされている。 なお,相互保証を要件とすることは,それ自体が疑問であるばかりでなく,これを充たすべき時期については,請求権行使時を基準として判断すべきであり,その程度についても,要件の具備の有無は緩やかに解すべきである上,中華人民共和国国家賠償法においても慰謝料請求権は是認されているから,被告の主張は理由がない。d 民法724条後段の解釈 次の諸点に照らせば,原告らの請求権が民法724条後段によって否定されることにはならない。 (a) 法的性格 同条の文言,立法者意思,母法であるプロイセン民法における理解,損害の公平な分担の観点に基づく法解釈の妥当性からすれば,同条後段所定の期間については時効期間と解するのが相当である。 これを除斥期間とするのは硬直的な解釈であって,正義に反するばかりでなく,法律関係の速やかな確定は期間制度全般に共通するものであって,時効と解しても法的安定性の要請を充たすことができることに徴すれば,被告の主張は理由がない。(b) 時効期間の始期 同条後段の時効期間の始期については,損害の発生なしに不法行為は成立しないこと,権利行使可能性がないのに権利が消滅してしまうとするのは酷であることからすれば,損害発生時と解すべきである。 そして,累積性(進行性)被害については,その進行が止んだときから時効期間が開始すると解すべきであるところ,前記のとおり,原告らの被害は進行中であるから,時効期間は開始していない。(c) 除斥期間の始期また,これを除斥期間と解するとしても,客観的に権利行使が可能でない場合には,その期間が開始しないと解すべきであるところ,原告らは,平成7年(1995年)3月に中国政府の承認があって初めて権利行使が可能となったのであるから,それより前には除斥期間が開始していないと解すべきであり,仮にそうでないとしても,昭和53年(1978年)10月23日の日中平和友好条約締結までは日中両国間は戦争状態にあったのであって,原告らはこれより後に権利行使が可能となったのであるから,少なくとも前同日までは除斥期間は開始していないと解すべきである。(d) 除斥期間の適用制限さらに,除斥期間の適用が著しく正義・公平に反するときは,条理上その適用を制限すべきであるところ,本件各事件における加害行為の残虐性・悪質性,被害の重大性,証拠の隠滅など権利不行使に対する義務者の関与,加害行為についての認識・行為後の対応など義務者保護の不適格性,不法行為の存在の明確性・採証上の困難性の欠如,権利行使の不可能性などの諸点にかんがみれば,本件については正義及び公平の観点から除斥期間の適用を排斥すべきである。e 小 括 よって,被告は,原告らに対し,国家賠償法1条1項又は2条1項に基づき,賠償責任を負う。(イ) 日本国民法による請求 a 民法709条に基づく損害賠償請求権(a) 遺棄と放置が一体となった行為毒ガス兵器及び砲弾の遺棄と放置が一体となった行為は,国家賠償法1条1項にいう公権力の行使に該当するが,仮にこれに該当しないとしても,同法は民法の特別法であるから,民法が適用される。 被告は,前記のとおり,中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄した行為及びこれと一体となった作為義務に反する放置行為により,違法に原告らに損害を与えたのであるから,故意又は過失により他人の権利を侵害した。(b) 遺棄行為@ 仮に放置行為と区別して,遺棄行為のみを対象として評価するとしても,中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄した行為により違法に原告らに損害を与えたのであるから,故意又は過失により他人の権利を侵害したということができる。 A また,遺棄行為について国家無答責の法理を適用することは,以下の理由により失当である。 @ 私法的性格不法行為に基づく損害賠償請求は,私法的性格を有するので,本件が国の権力的作用に起因することを理由として国家無答責の法理が適用されるとすることはできない。A 国家無答責の法理の淵源 支配者と被支配者の自同性及び国家と法秩序の自同性を理論的淵源とする国家無答責の法理は,国家とその統治権に服する当該国民との間においてのみ妥当するものであり,かつ,国家の制定した法秩序は,当該国家内においてのみ妥当するものであるから,被告は,日本軍が行った行為について外国人である原告らに対して国家無答責を主張することはできない。B ハーグ条約と国家無答責の法理との関係日本は明治44年(1911年)にハーグ条約を批准し,大正元年(1912年)1月13日にこれを公布したことにより,その時点において同条約が国内法化し,これに抵触する国家無答責の法理はその限りで変更されたと解すべきであるから,被告は,日本軍が行った行為について外国人である原告らに対して国家無答責を主張することはできない。 そして,条約法条約によれば,効力を有するすべての条約は,当事国を拘束し,当事国は,これらの条約を誠実に履行しなければならず(26条),また,当事国は,条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない(27条)と定められており,かつ,同条約には不遡及が定められているものの,前記各条項は国際社会で普遍的に承認されていたことを確認したものにすぎないから,被告は,ハーグ条約に基づく賠償義務を免れるために国家無答責の法理を援用することはできない。C 日本における国家無答責の法理の特色 日本における国家無答責の法理は,大日本帝国憲法下において,公法私法二元論により司法裁判所に国家賠償請求訴訟の管轄が認められず,かつ,行政裁判法16条により行政裁判所にも国家賠償請求訴訟の管轄が認められないという訴訟法上の理由により生まれたものにすぎないから,このような限界のない現行制度の下では同法理を適用する理由はない。 また,日本における同法理は,判例の集積により徐々に形成されたものであり,確固不動の原則であったとはいえない。D 国際社会の要請 国家無答責の法理は,国際的に通用する論法ではないから,被告はこれを主張することはできない。E 遺棄行為の権力的行為不該当性 仮に国家無答責の法理の適用を検討するとしても,遺棄行為は,単に捨てる行為であって,国家が優越な支配権の主体として人民に対して向けた強制力の行使と定義される権力的行為には該当しないから,これに同法理は適用されない。(c) 放置行為 毒ガス兵器及び砲弾を放置することは,それ自体が被害発生の新たな危険を生み出すものである以上,これを遺棄行為と一体をなすものとみない場合には,遺棄行為から独立してそれ自体を評価の対象とすべきことは当然であり,仮に放置行為が国家賠償法1条1項所定の公権力の行使に該当しないとしても,同法は民法の特別法であるから,民法が適用されることになる。 そして,被告は,前記のとおり,中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄したのであるから,この違法な先行行為に基づきこれらを放置せずに危険を除去・回避すべき条理上の作為義務を負うところ,これに違反して違法に原告らに損害を与えたのであるから,故意又は過失により他人の権利を侵害したと認められる。b 民法715条1項に基づく損害賠償請求権(a) 遺棄と放置が一体となった行為及び遺棄行為 被告は,毒ガス兵器及び砲弾を遺棄し,これを放置した公務員の使用者であるから,遺棄と放置が一体となった行為及び遺棄行為について民法715条1項の責任を負うことになる。(b) 放置行為 被告は,公務員の使用者として,毒ガス兵器及び砲弾の放置行為について民法715条1項の責任を負うことは前記のところから明らかである。c 民法717条1項に基づく損害賠償請求権 民法717条1項所定の土地の工作物とは,土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物で,人に危害を及ぼす危険性のある客観的存在であれば足り,土地に人工を加えて作った道路のような物と地上及び地下に人工的に設置された各種の物を含む概念であるところ,毒ガス兵器及び砲弾は,地下に埋められ,河川に沈められるなどして地下又は河川に人工的作業を加えることによって成立した人に危害を及ぼす物であるから,これに該当する。なお,判例上,プロパンガスボンベについて土地の工作物性が肯定されているので,これと同様に解することができる。 また,同条項については国家無答責の法理の適用はない。d 民法724条後段について 前記(ア)dのとおりである。(ウ) まとめ よって,原告らは,被告に対し,国家賠償法1条1項若しくは2条1l項又は民法709条,715条1項条若しくは717条1項に基づき,それぞれ損害賠償金及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。2 被 告(1) 前提となる事実関係及び原告らの被害事実に関する主張について 原告らの請求は法的根拠を欠き,その根拠として主張する事実もそれ自体において失当であるから,これについて認否の必要はない。(2) 本訴各請求の法律上の根拠についてア 国際法による請求について(ア) 個人の国際法上の法主体性 国際法は,国家と国家との関係を規律する法であり,国家間の権利義務を定めるものである。したがって,個人の権利に関する規定が置かれていたとしても,国家と国家との国際法上の権利義務として個人の権利に関する規定が遵守されることによって結果として個人の権利が保護されることを意味するにとどまるのであって,これにより直ちに個人に国際法上の法主体性が認められたことにはならず,国際法上の何らかの請求権が付与されることにもならない。 もっとも,例外的に個人に法主体性が認められる場合があるとしても,国際法において個人に請求主体たる資格が認められ,その実現手続が定められていなければ,その個人が加害国家に対して国際法上の損害賠償請求権を取得することはない。 (イ) ハーグ条約ないしこれを内容とする国際慣習法に基づく損害賠償請求権の成否 a ハーグ条約3条の解釈 ハーグ条約3条は,ハーグ陸戦規則の規定に違反した交戦当事国がその損害を賠償する責任を負う旨を規定しているにすぎない。 そして,条約の解釈は,何よりもまず条約文の用語の通常の意味内容により客観的に行うべきであり,また,その際,条約締結後に当事国の間で行われた慣行等をも考慮し得るけれども,条約文の審議経過や提案者の意図は,条約文が曖昧又は不明確な場合に補足的な手段として例外的に利用され得るにすぎない。 (a) 用語の通常の意味 ハーグ条約3条には,責任を負うべき相手方やその実現方法に関する定めがないばかりでなく,同条約全体を見ても,個人に国家に対する損害賠償請求権を付与することを示唆する規定や文言は全く存しないから,交戦当事国である国家が被害者個人に対して直接損害賠償責任を負うことを定めたものではないと解すべきである。(b) 趣旨(交戦法規としての性格) ハーグ条約は,締結国において自国の陸軍に対してハーグ陸戦規則に適合する訓令を発する義務を課しており,国家間の義務を定めるという国際法の基本形態に副って個人の利益を図ろうとした国際法規であって,個人に損害賠償請求の法主体性を認めたものではない。 なお,交戦法規が一般的に国際法上個人の法主体性を認めてきたとはいえないので,同条約が交戦法規の性質を有するとしても,これをもって直ちに個人に国際法上の法主体性を認めたものであるとすることはできない。(c) 事後の実行例 ハーグ条約締結後約90年が経過したが,同条約3条に基づいて個人に対する損害賠償が認められた例はない。 原告らが根拠とするドイツ・ミュンスター行政控訴裁判所判決は,ドイツ人がドイツ当局に損害賠償を求めた事案に関するものであって,加害国であるイギリス政府に対して請求したものではなく,ハーグ条約3条が損害賠償責任については過失のある場合に限定されないことの根拠として,間接的に援用されているにすぎない。ドイツ・ボン地方裁判所判決も,ハーグ条約3条を直接の根拠にして個人の損害賠償請求権を認めた事例であるかは不明である。 また,原告らも指摘する赤十字国際委員会コンメンタールは,例外的な場合を除いて,当事国の違法行為によって損害を受けた外国籍の者は自国政府に訴えを行うべきであり,それに基づいて当該政府において違反行為を行った当事国に対し,それらの者の申立てを提出することになるとしている。 さらに,昭和27年(1952年)の赤十字国際委員会のジュネーヴ条約解説Tにおいては,ハーグ条約も含めた法制度について,違反行為を行った者が所属する国に対して被害者個人が訴訟を提起することは少なくとも現存の法律制度の下では想像し難いことであり,そのような請求は国のみが他国に対してなし得るとされており,同UないしWにおいても,同様の記載がある。 以上に加えて,平成4年(1992年)6月16日の米国第4巡回控訴裁判所判決及び平成6年(1994年)7月1日の米国コロンビア特別区地方裁判所控訴審判決は,いずれもハーグ条約3条は個人に加害国に対する直接の損害賠償請求権を与えたものではないと判示しており,我が国の裁判例においても,このような見解が広く採用されている。(d) 準備作業 ハーグ条約3条のように,条文の文言において,国家間の権利義務を定めていることが明らかで,国家実行例においてもそれが裏付けられている場合には,準備作業に係る事実を解釈の際に考慮する必要はないばかりでなく,同条項の起草過程においても,賠償問題は国家間で解決することが前提とされており,個人に生じた損害の救済方法を具体化・実現化することについて議論された形跡は全くないから,同条約締結の準備作業をもって,個人の請求主体性を認めることの根拠とすることはできない。b ハーグ条約を内容とする国際慣習法の存否 ハーグ条約3条が個人の加害国家に対する損害賠償請求権を定めた規定でないことは前記のとおりである上,国際慣習法が成立するためには,諸国家の行為の積重ねを通じて一定の国際的慣行が成立していること(一般慣行の存在)と,それを法的な義務として確信する諸国家の信念が存在すること(法的確信の存在)の2つの要件が必要であるところ,本件においては,個人が国際法上法主体たり得ることについて前記2要件が存在することが具体的に明らかにされていないから,原告らの主張は失当である。c 小 括 よって,ハーグ条約ないしこれを内容とする国際慣習法に基づく原告らの請求は理由がない。(ウ) 国際人権規約(自由権規約)及び世界人権宣言に基づく損害賠償請求権の成否 これらの国際法も,被害者個人が直接加害国家に対して損害賠償請求権を取得することを定めたものではないから,これらに基づく原告らの請求は理由がない。 (エ) 国際法の国内法的効力の有無 裁判所等の国家機関が条約の内容を適用できるとするためには,原則として国内法の立法等による補完措置が必要であり,例外的にこれを直接国内法として適用することが可能であるとするには,私人の権利義務を定め,直接に国内裁判所で適用可能な内容のものにするという締結国の意思が確認できること(主観的要件),私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められていて,その内容を具体化する法令を待つまでもなく,国内での直接適用が可能であること(客観的要件)の2要件が必要であるところ,原告らの主張する各国際法の条項はこれを具備していない上,これらが個人の加害国家に対する損害賠償請求権を定めた規定でないことは前記のとおりであるから,原告らの主張は失当である。イ 中国法による請求について(ア) 国際私法の適用と法例11条1項所定の不法行為該当性 国際私法は,公法の領域については国家の利益に直接関係するので,特定の国家法を相互に適用可能とすることはできないとしてその守備範囲から除外し,法の互換性が高く国家の利益に直接関係しない私法的法律関係のみをその対象として,渉外的私法関係に適用すべき私法を指定する法則である。 そして,原告らの主張する日本軍による毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為,遺棄と放置が一体となった行為及び放置行為は,戦争行為に付随する国家の権力的作用であり,極めて公法的色彩が強いものである。 また,国家の権力的作用に適用される国家賠償法は,同法制定以前において,私法である民法の適用がなく,国家無答責の法理が採用されていた分野につき,創設的に国の責任を認めたものであり,損害の公平な分担を図る民法とは異なる性質のものとして制定された法律であること,公務員に対する求償権を制限し,相互保証主義を採用するなど,私法の領域とは異なる特別の法政策を採っていることからすれば,国家の公権力の行使に伴う国家賠償という法律関係は,国家利益が直接反映される公法領域に属するというべきである。 そうすると,原告らの主張する本件の法律関係は,国際私法の適用対象とはならず,仮にその対象になるとしても,法例11条1項所定の不法行為の概念に包摂されないというべきであるから,同条項の適用を受けない。 なお,国家賠償法4条は,立法技術的に民法と同じ規定を羅列することを避けたにすぎず,これを理由に国家賠償法が民法の特別法であるとすることはできない。 (イ) 法例11条1項と同条2項の累積適用 仮に法例11条1項の適用があるとしても,法例11条2項により不法行為の成立に関して日本法が累積適用されるところ,本件の法律関係は,国家賠償法の対象領域に属するから,同法に基づく損害賠償請求権が成立することが必要となるところ,原告らの主張する遺棄行為は,同法施行前に行われた戦争行為に付随する国家の権力作用であり,かつ,同法施行前の行為についてはなお従前の例によるとされていることから(同法附則6項),後記のとおり国家無答責の法理の適用によって損害賠償請求権は成立しない。 (ウ) 法例11条1項と同条3項の累積適用 仮に法例11条1項の適用があるとしても,法例11条3項により消滅時効及び除斥期間の問題を含む不法行為の効果全般に関して日本法が累積適用されるところ,後記のとおり,国家賠償法4条,民法724条後段により,原告ら主張に係る不法行為のときから20年を経過しているものについては,その請求権が消滅している。ウ 日本法による請求について(ア) 国家賠償法による請求について a 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権の成否(a) 遺棄と放置が一体となった行為について 遺棄行為と放置行為とでは,行為の主体たる公務員ないしその所属する国家機関が異なり,職務権限及び法律上の義務に係る法令も異なるので,国家賠償法を適用する上で両者を一体の行為とみることはできないから,これを前提とする原告らの主張は失当である。(b) 放置行為について@ 放置行為の捉え方 遺棄行為はその概念からして放置を含むものであるから,放置行為を遺棄行為と別個独立の法的評価の対象とすべきではなく,遺棄行為のみを法的評価の対象とすべきである。 A 公務員の特定の要否 仮に放置行為を遺棄行為とは別個の法的評価の対象とするとしても,作為義務について論じる前提として,加害公務員ないしその属する国家機関が特定されること及び当該公務員が作為について職務権限を有することが必要であるところ,原告らの主張は,これらに関して不十分であり,それ自体において失当である。 この点に関し,国ぐるみというような漠然とした主張を入れる余地はない上,原告らの挙げる各国家機関は中国に所在する毒ガス兵器及び砲弾を管理する権限を有していないし,他に職務権限を有する機関がないことを前提に総理府の所掌に属しているという主張が不当であることはいうまでもない。 なお,総理府内に設けられた遺棄化学兵器処理室は,化学兵器禁止条約(平成5年1月15日署名,平成7年9月15日批准,平成9年4月29日発効)に基づく義務の履行のために設置されたものであって,遺棄化学兵器の管理全般を所掌する機関ではない。 B 作為義務の発生要件 公務員の作為権限が法令によって具体的に規定されていない場合には,政治上・道義上の一般的責務が生じるにすぎず,法的な作為義務は生じないと解すべきところ,原告らの主張するような作為に関しては具体的な職務権限を付与する法令上の規定は存しないから,国家賠償法上の責任の前提となる法的作為義務は生じない。 また,仮に先行行為に基づく条理上の作為義務が生じる場合があるとしても,これを肯認するための要件としては,具体的事故との関係において,結果発生の危険性,これについての予見可能性及び結果回避可能性が存在することが必要であるところ,本件においてはその存在を認めることはできない。 C 作為義務を基礎づける事実 @ 予見可能性の存否 予見可能性が存したというためには,不作為が問題とされる時期に被告の公権力を行使する公務員ないし国家機関が当該具体的事故の発生を予見できたことが必要であり,一般的に日本軍が遺棄した化学兵器や砲弾が存在するという程度の認識では足りないというべきである。A 結果回避可能性の存否我が国の主権が及ばない中国国内において,被告が回収活動という行政活動をすることができないことは論を待たない。また,中国政府に回収・保管業務を依頼することは,極めて高度な外交的政治的判断を要する性質のものであるから,これを法的な作為義務として捉えることはできない上,中国政府は,被告からの依頼の有無にかかわらず,自国民保護のための措置を講じてきたのであるから,原告らの主張は結果回避と結びつかない作為を求めるものである。 そして,中国政府すら把握していない毒ガス兵器及び砲弾の所在場所を被告が把握して周知することができるはずはないばかりでなく,原告らの主張するような危険防止のための広報活動全般については,前同様に外交的政治的な限界があるほか,これらが結果回避に有用であるとはいえないから,被告に結果回避可能性はなかったというべきである。D 本件における作為義務違反の内容 原告らが主張する本件各事件のいずれについても,具体的事情の下で,その事故の発生について予見可能性の前提となる当該毒ガス兵器又は砲弾の所在場所や所在態様について被告の特定の公務員ないし国家機関が認識していたことに関する具体的な主張がないから,原告らの主張はそれ自体失当である。 次に,日本軍は,敗戦に際して連合国最高司令部の命令により武装の解除と兵器・装備の引渡しを命じられ,これに従ったのであるから,本件各事件発生当時において,被告の公務員ないし国家機関において当該毒ガス兵器又は砲弾がどこにどのような態様で存在しているかを認識することは不可能であった。 なお,被告の関係機関が中国国内において遺棄化学兵器の現地調査を行ったのは,平成3年1月の我が国と中国政府との政府間協議において中国政府から遺棄化学兵器の廃棄を要望されたからであって,これに加え,化学兵器禁止条約上の義務を履行するために,遺棄化学兵器の確認等をすることをも目的としていたのであり,個別の事故調査を目的とするものではないから,これをもって被告に本件各事件に係る毒ガス兵器及び砲弾の存在,所在場所及び所在態様についての認識があったとすることはできない。 そして,遺棄場所の周知については,被告は中国政府の情報提供と全面的協力を得て平成3年(1991年)以降平成10年(1998年)まで12回に及ぶ現地調査を行ったが,本件各事件が発生した場所を把握するには至らなかったから,被告が本件各事件が発生した4か所を具体的に特定して把握することは不可能であった。 さらに,毒ガス兵器及び砲弾の内容並びにその危険性の周知についてみるに,本件第1事件及び本件第4事件に関しては,当該ドラム缶に毒ガスが入っていることを鑑別することはできなかったのであるから,その周知が意味を持ったとはいえず,本件第2事件に関しては,砲弾であることを認識しながら切断しようとしたのであり,本件第3事件に関しては,地面を掘っていたところ爆発したのであって,このような事故態様に照らせば,危険性の周知が結果回避に結びついたとは考えられない。 また,毒ガス兵器及び砲弾が発見されたときの具体的対処方法の周知と実現,治療方法の周知については,本件第3事件については具体的方法が主張されていないし,それ以外についても,原告らの主張する方法を講じたとしても結果が回避できたとはいえない。 E 小 括 よって,原告らの主張する放置行為は国家賠償法上の違法な行為とはいえない。b 国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求権の成否 原告らの主張する毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為時においては,国家賠償法が成立しておらず,同法2条の適用を論じる余地がない。 また,放置行為についてみても,国家賠償法2条1項所定の公の営造物とは,国又は公共団体の特定の公の目的に供される有体物及び物的設備を指すところ,中国国内にある毒ガス兵器及び砲弾が我が国の特定の公の目的に供されるものではないことは明らかであるから,同条項の適用の余地はない。 さらに,国家賠償法2条1項所定の設置とは,設計・建造をいい,管理とは,その後の維持・修繕・保管を指すと解されるところ,被告は,中国国内にある毒ガス兵器及び砲弾について法律上の管理権限を有さず,事実上も管理していないから,同条項の適用はないというべきである。c 相互保証について 国家賠償法6条は,相互保証主義を明らかにしており,かつ,外国人が国家賠償請求をするには相互保証のあることを主張立証しなければならず,この要件は不法行為時に具備されていることが必要である。 しかし,本件第1ないし第3事件は,いずれも中華人民共和国の成立から中華人民共和国民法通則の公布までの間に発生した事故であるところ,この間は中国においては国家賠償を認める法律はなく,国家無答責の法理が妥当していたから,相互保証の要件を具備していない。 また,相互保証の要件は賠償責任の程度についても必要であるところ,中華人民共和国民法通則においては慰謝料の賠償を認めていないから,賠償の範囲は財産的損害に限定されるべきである。d 民法724条後段について 次の諸点に照らせば,原告らが主張する行為のうち,不法行為のときから20年を経過しているものについては, 国家賠償法4条,民法724条後段により,損害賠償請求権が消滅している。 (a) 法的性格 民法724条後段は,同条前段が3年という短期の時効について規定していること及び不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定という同条の趣旨からすれば,除斥期間を定めるものと解すべきである。(b) 除斥期間の起算点 同条後段が「不法行為ノ時」と定めていることからすれば,起算点は加害行為が行われた時点を指すと解するのが最も文理に副った解釈である。 そして,被害者の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって請求権を画一的に消滅させるという除斥期間の制度趣旨からすれば,その起算点は客観的に明確に定められることが要請されるから,原告らが主張するように損害発生時や権利行使が可能となった時を起算点とすること(しかも,後者についてはこれを政府の見解の表明をもって定めること)は,起算点を不明確なものとすることになって前記趣旨に反するから,これらをもって除斥期間の起算点と解すべきとの原告らの主張は理由がない。(c) 除斥期間の適用制限について 前記の除斥期間の趣旨に照らせば,その適用が著しく正義・公平の理念に反するとして適用を排除できる場合は極めて例外的な場合に限られると解すべきであるところ,本件において原告らが主張しているような諸点をもってこの例外に当たると解すべきでない。(イ) 日本国民法による請求について a 民法709条に基づく損害賠償請求権の成否(a) 遺棄と放置が一体となった行為について 原告らの主張する毒ガス兵器及び砲弾についての遺棄と放置が一体となった行為は,公権力の行使であるところ,そのような行為にはそもそも民法の適用がない。(b) 遺棄行為について@ 原告らの主張する毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為は,公権力の行使であるから,前同様そもそも民法の適用がない。 A また,遺棄行為は国家賠償法施行前の公権力の行使であって,かつ,同法施行前の行為についてはなお従前の例によるとされていることから(同法附則6項),以下の理由により国家無答責の法理の適用があるので,損害賠償請求権は成立しない。 @ 国家無答責の法理の根拠及び妥当範囲 国家無答責の法理は,国家の権力的作用から生じた損害について国家は賠償責任を負わないという基本的考え方に基づくものであり,国家の権力的作用については民法の適用を排除し,他に国家の賠償責任を認める実定法の規定を置かず,行政裁判所は損害賠償の訴訟を受理せず,司法裁判所は国家責任に関する訴訟を受理しないこととする法制度が敷かれ,判例及び学説も同法理を確認していたことからすれば,同法理は実体法上の原理であるから,単に訴訟法上の理由に基づくものにすぎないとする原告らの主張は失当である。 そして,同法理が前記のような性格を有する以上,権力的作用によるものについては,被害者が日本人である場合と外国人である場合とを問わず,民法に基づく損害賠償請求をすることができなかったのであるから,中国人である原告らに対して同法理を主張できないとする原告らの主張は失当である。A 私法的性格の有無 国家の権力的作用については前記のとおり民法の適用はないとされているから,これに基づく損害賠償義務は私法的性格を有するものではないので,この点に関する原告らの主張は失当である。B ハーグ条約と国家無答責の法理との関係 ハーグ条約3条が個人の加害国家に対する損害賠償請求権を定めたものでないことは前記のとおりである上,同条約に基づき国際法上損害賠償義務を負うかという問題と国家の権力的作用による損害について国家の賠償義務を認める法令上の根拠がなかったという国家無答責の法理とは次元を異にする問題であって,両者は相矛盾するものではないから,原告らの主張は失当である。(c) 放置行為について 遺棄行為はその概念からして放置を含むものであるから,放置行為を遺棄行為とは別個独立の法的評価の対象とみるべきではなく,遺棄行為のみを法的評価の対象とすべきである。 仮に放置行為を独立の法的評価の対象とするとしても,公権力の行使であるから,そもそも民法の適用がない。b 民法715条1項に基づく損害賠償請求権の成否(a) 遺棄と放置が一体となった行為又は遺棄行為について 原告らの主張する毒ガス兵器及び砲弾についての遺棄行為ないしこれと放置とが一体となった行為は,公権力の行使に該当するから,そもそも民法が適用されることはない。(b) 放置行為について 原告らの主張する毒ガス兵器及び砲弾の放置行為は,公権力の行使に該当するから,前同様にそもそも民法の適用がない。c 民法717条1項に基づく損害賠償請求権の成否 民法717条1項所定の土地の工作物とは,土地に接着して人工的に作業を加えることによって成立した物をいうところ,動産である毒ガス兵器及び砲弾がこれに当たらないことは明らかである。 なお,原告らが指摘する判例は,土地との機能的な一体性を認めた例であって,毒ガス兵器及び砲弾にはこのような土地との機能的一体性はない。 また,設置又は保存とは,前記国家賠償法2条1項所定の設置又は管理と同義に解されるところ,原告らの主張する遺棄行為が設計・建造に当たるとすることはできず,中国国内にある毒ガス兵器及び砲弾については被告は管理権限を有しないから,同条項の適用はない。第4 当裁判所の判断 1 前提となる事実関係及び原告らの被害事実について(1) 本訴各請求の当否を判断するにつき必要な範囲で原告らの主張する前提的事実関係について検討すると,証拠(甲第34号証の1ないし10,第35号証,第47号証,第48号証の1ないし3,第54号証,第57ないし第63号証,第65ないし第68号証,第72ないし第74号証,第76号証の1,2, 第78号証, 第81ないし第84号証, 第99,第100号証,第102号証, 第118ないし第127号証,乙第14ないし第24号証,証人X,証人Y)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができ,この認定を左右するに足りる証拠はない。ア 毒ガスは,第1次世界大戦においてドイツ軍が大正6年(1917年)にイペリット(マスタード・ガス)を使用して以降,各国軍隊において積極的に研究開発されるようになったが,一般的には,大正14年(1925年)のジュネーヴ・ガス議定書等において取り上げられている窒息性ガス,びらん性ガス,嘔吐性ガス,催涙ガス等を指称するものとされている。 イ 日本陸軍は,昭和4年(1929年)ころから,大久野島製造所(昭和15年に東京第二陸軍造兵廠忠海兵器製造所となる。)において毒ガス兵器を製造し,昭和13年(1938年)ころからは,曾根製造所(昭和15年に東京第二陸軍造兵廠曾根兵器製造所となる。)において毒ガスを砲弾に充填する作業を行った。日本陸軍が製造した毒ガスは,その種別ごとにカラーネームを付して呼称され,びらん性ガスについては「きい剤」,くしゃみ性・嘔吐性ガスについては「あか剤」,催涙ガスについては「みどり剤」,窒息性ガスについては「あを剤」,血液中毒性ガスについては「ちや剤」というように分類された。 このうちきい剤には,「きい1号」と「きい2号」の2種があった。 きい1号は,イペリット又はマスタード・ガスといわれる毒ガスであり,一般的には茶褐色又は黄褐色の油状の液体で,芥子臭又は腐敗キャベツ臭がある。そして,その中には,ドイツ式製造法による「甲」,フランス式製造法による「乙」,ドイツ式製造法(不凍性)による「丙」の3種類があった。これらが皮膚に接触すると,皮膚の発赤,水疱,びらん,潰瘍,壊死等の症状が生じるほか,後遺症として瘢痕等が生じ,特に,眼については,疼痛,流涙,充血,結膜炎,角膜炎等が生じ,重症になると結膜潰瘍,角膜の壊死,全眼球炎を招来し,後遺症として視力障害や失明に至ることがあり,また,気状ガスを吸入すると,鼻炎,咽頭炎,喉頭炎,気管炎,気管支炎となり,進展して化膿性気管支炎,気管支肺炎,壊死性気管支炎,肺閉塞,窒息に至ることもあるばかりでなく,後遺症として慢性の発咳,息切れ,慢性気管支炎,肺癌等が生じることもある性質を有するものである。 次に,きい2号は,ルイサイトといわれる毒ガスであり,一般的には黄色を帯びた油状の液体で,嘔吐を催す刺激臭があり,その毒性はきい1号とほぼ同じであるが,より即効性がある上,砒素を含有しているため,砒素中毒の症状を呈させるなどという性質を有するものである。 以上のきい剤は,混合されて直径約75ミリメートル,約100ミリメートル,約150ミリメートルの砲弾,尾部に羽根様の部分がある直径約90ミリメートルの迫撃砲弾等(「きい弾」)に充填され,また,単体により又は混合されて直径約455ミリメートル,高さ約700ないし735ミリメートル,重量約50又は100キログラム(内容物の重量を含まない。)のボルト付きのドラム缶状の容器(「きい剤運搬容器」)等に充填され,兵器として用いられた。 なお,その他の「あか剤」「みどり剤」「あを剤」「ちや剤」の性質及び兵器としての使用方法は,おおむね原告らの主張(前記第3の1の(1)ア(イ))のとおりである。ウ 日本陸軍は,昭和12年(1937年)ころから,「きい弾」を含む毒ガス兵器を中国に持ち込み,主に中国東北地区(現在の黒竜江省等)に駐屯していた関東軍等にこれを配備した。 なお,これらの毒ガス兵器は,昭和4年(1929年)に「みどり1号・2号」及び「きい1号乙」が,昭和8年(1933年)に「きい2号」及び「あか1号」が,昭和11年(1936年)に「きい1号甲」及び「きい1号乙」(再度)が,昭和12年(1937年)に「きい1号丙」が,昭和13年(1938年)に「ちや1号」がそれぞれ制式化により兵器として採用された。 その後,昭和14年(1939年)には,中国に派遣されていた関東軍において,毒ガスを扱う化学部(516部隊と呼称された。)が編成され,終戦時まで現在の黒竜江省チチハル市に駐屯し,さらに,昭和16年(1941年)には,その訓練部隊(526部隊と呼称された。)が編成され,終戦時までチチハル市フラルキ区に駐屯した。そして,同年と昭和17年(1942年)には,毒ガス兵器が大久野島製造所からこれらの部隊の駐屯していたチチハル市に運ばれたことがあった。 この間,中国に持ち込まれた毒ガス兵器の数量について正確に把握することはできないが,日本陸軍及び海軍の製造量を合計で約7376トン,そのうち海外への配備量が約248万8000発(本)及び化学剤が約129トン,そのうちの大部分が中国への配備に充てられたと推定する研究が報告されている。エ 日本陸軍においては,昭和12年(1937年)の日中戦争の開戦後,参謀総長から現地司令官宛ての指示により,同年7月28日付けをもって「みどり筒」(催涙性ガス)について,次いで,昭和13年(1938年)4月11日付け,5月2日付け及び8月6日付けをもって「あか筒」「あか弾」(くしゃみ性・嘔吐性ガス)について,さらに,昭和14年(1939年)5月13日付けをもって「きい剤」(びらん性ガス)について順次その使用を認めていった。また,前記関東軍の516部隊は,毒ガス兵器を用いて動物に対する演習や実験を行ったが,中国人がこれにより被害を受けたこともあった。 そのほか,中国側においても,日本陸軍により毒ガス兵器が使用されたことが報告されている。オ 昭和20年(1945年)8月の終戦に際し,同月14日に受諾したポツダム宣言において,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきものとされていたところ,これを受けて各地に駐屯ないし派遣されている日本軍に対し,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器及び装備を現状のまま引き渡すべきことが命じられた。そのころ,中国に配備された毒ガス兵器の処理に関し,チチハル市に駐屯していた前記関東軍の516部隊の隊員らが,これを処分せよとの上官の命令を受けて,付近を流れる嫩江という川に投棄したり,また,チチハル市フラルキ区に駐屯していた前記関東軍の526部隊の隊員が,前同様の上官の命令を受けて,付近の地下に毒ガス兵器を埋めたり,さらに,湖南省湘潭県に駐屯していた支那派遣軍第6方面軍第11軍の自動車第34連隊の第3中隊長が,部隊の保有している毒ガス兵器を隠密裡に処理せよとの湘潭の地区司令部からの命令を受けて,同中隊を指揮し,付近を流れる湘江という河川に毒ガス兵器を投棄したというようなことがあった。カ 中国国内においては,終戦により日本軍が引き揚げた後,毒ガス兵器により次の各事故が発生したと報告されている。(ア) 昭和20年(1950年)のチチハル市フラルキ区における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(負傷者5名) (イ) 同年の黒河地区上馬廠村における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(負傷者3名) (ウ) 昭和21年(1946年)の同地区法別拉村における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(死亡者1名,負傷者3名) (エ) 同年の敦化市林勝郷大甸子村における毒ガス砲弾からの毒ガス漏洩事件(負傷者3名) (オ) 昭和25年(1950年)の黒竜江省チチハル市所在の黒竜江省第一師範学校内における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(=本件第1事件,死亡者1名,負傷者8名) (カ) 昭和42年(1967年)の東寧県城における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(負傷者2名) (キ) 昭和45年(1970年)の依安県双陽鎮における毒ガス砲弾からの毒ガス漏洩事件(死亡者1名,負傷者4名) (ク) 同年の吉林省における毒ガス漏洩事件(負傷者7名) (ケ) 昭和46年(1971年)の雲南省における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(死亡者1名,負傷者4名) (コ) 昭和49年(1974年)の黒竜江省松花江における毒ガス砲弾からの毒ガス漏洩事件(負傷者少なくとも4名) (サ) 昭和51年(1976年)の拜泉県龍泉鎮衛生村における毒ガス砲弾からの毒ガス漏洩事件(=本件第2事件,負傷者少なくとも4名) (シ) 昭和53年(1978年)の黒竜江省ジャムス市における毒ガス砲弾からの毒ガス漏洩事件(負傷者少なくとも1名) (ス) 昭和57年(1982年)の黒竜江省牡丹江市における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(負傷者少なくとも1名) (セ) 昭和62年(1987年)の黒竜江省チチハル市フラルキ区における毒ガス缶からの毒ガス漏洩事件(=本件第4事件,負傷者少なくとも8名)キ 他方,中国政府は,昭和27年(1952年)以降,中国国内に残遺された毒ガス兵器の調査を行い,発見した毒ガス兵器を地中に埋設するなどして処理した。 ク また,中国政府は,平成4年(1992年)にジュネーヴで開催された軍縮会議において,前記キの調査結果に基づき,中国における日本遺棄化学兵器の発見状況及び現状として,おおむね次の内容の報告書を発表した。(ア) 化学兵器の数量 既発見・未処理の化学砲弾が約200万発あり,同じく化学剤が約100トンある。化学砲弾の大部分は,地下に埋設されており,その状況を確認するためには発掘が必要である。 (イ) 化学弾薬及び化学剤の種類 化学砲弾の種類としては,150ミリメートル砲弾(イペリット・ルイサイト混合剤砲弾,ジフェニール・シアンアルシン砲弾),105ミリメートル砲弾(イペリット・ルイサイト混合剤砲弾,ジフェニール・シアンアルシン砲弾),90ミリメートル砲弾(イペリット・ルイサイト混合剤迫撃砲弾,ジフェニール・シアンアルシン迫撃砲弾),75ミリメートル砲弾(ホスゲン砲弾,ジフェニール・シアンアルシン砲弾),その他毒ガス缶等があり,化学毒剤の種類としては,イペリット,イペリット・ルイサイト混合剤,ジフェニール・シアンアルシン,青酸,ホスゲン,塩化アセトフェノン等がある。 (ウ) 化学兵器の分布及び処理状況 a 既処理量の合計(a) 化学砲弾は,30万発余り。 (b) 化学剤は,20トン余り。b 既に廃棄処理ないし暫定処理を行った地区(a) 黒竜江省富錦県 化学砲弾10万発余り(150ミリメートル,105ミリメートル,90ミリメートル,75ミリメートル各化学砲弾)・・・昭和34年(1959年)5月以前に廃棄処理をした。 (b) 黒竜江省尚志市 化学砲弾20万発余り(150ミリメートル,105ミリメートル,90ミリメートル,75ミリメートル各化学砲弾),化学剤1100キログラム余り・・・昭和34年(1959年)から昭和35年(1960年)にかけて化学剤に技術処理を行って廃棄処理をした。 (c) 黒竜江省牡丹江市ルイサイト4缶(約400キログラム余り)・・・昭和57年(1982年)に化学的廃棄処理をした(依然として埋設されているものがあるが,工事への影響を考慮して発掘せず。)。(d) 黒竜江省阿城市 化学砲弾300発余り,化学剤10トン余り・・・昭和29年(1954年)に廃棄処理をした。 (e) 吉林省長春市・遼寧省瀋陽市・鳳城県等 多種類の化学剤計10.8トン・・・昭和48年(1973年)から昭和61年(1986年)にかけて廃棄処理をした。 (f) 山西省太原市・大同市・河北省石家荘市・安徽省蚌埠市 化学砲弾1万発余り(150ミリメートル,105ミリメートル,75ミリメートル各化学砲弾)・・・昭和34年(1959年)から昭和63年(1988年)前後にかけて廃棄処理をした。c 廃棄処理を行っていないが,状況が比較的明らかな地区(a) 黒竜江省孫呉県 化学砲弾513発(150ミリメートル,105ミリメートル各化学砲弾),毒ガス缶4箱,化学剤2缶。 (b) 黒竜江省巴彦県 化学砲弾100発余り。 (c) 吉林省梅河口渭津 ルイサイト74トン(石灰により固定化した。)。 (d) 吉林省吉林市郊外 75ミリメートル化学砲弾40発余り。 (e) 河北省藁城市 75ミリメートルホスゲン砲弾50発。 (f) 浙江省杭州市 75ミリメートル化学砲弾33発(埋設されているものがあるが,工事への影響を考慮して発掘していない。)。 (g) 江蘇省南京市 イペリット4缶(6缶あったが,2缶は化学剤が漏出したため平成2年(1990年)に化学方法により廃棄処理をした。)。 (h) 内モンゴル自治区フフホト市郊外 イペリット3缶。d 処理を行っておらず,数量も未確定な埋設地域(a) 吉林省敦化地区 合計180万発余り(150ミリメートル,105ミリメートル,75ミリメートル各化学砲弾,90ミリメートル化学迫撃砲弾,少量の航空弾及びその他の化学砲弾)が存在する。 (b) 吉林省梅河口地区 駅構内の鉄道の下に日本軍が中国侵略時に遺棄した化学弾薬(150ミリメートル,105ミリメートル,75ミリメートル各化学砲弾)が存在する。e 初歩的調査を行った埋設可能性のある地区黒竜江省哈爾浜市(以下「ハルピン市」と表記する。),阿城地区,チチハル地区,吉林省琿春地区,長春地区,敦化地区の秋梨溝,馬鹿溝等(エ) 日本による遺棄化学兵器が引き起こした被害 過去半世紀近くにわたり,日本による遺棄化学兵器は中国人民の生命及び生活環境に重大な危害を及ぼしてきた。その当該国は,中国に遺棄した化学兵器について,今日まで何の情報も提供していないため,何らの防護措置も執られず,多くの人々がこれら化学砲弾・化学剤の発見の過程において中毒障害を被った。初歩的な統計によれば,これら化学砲弾・化学剤により中毒障害を被った者は2000人余りに達した。ケ 日本政府は,平成2年(1990年)に中国政府から日本軍が遺棄した化学兵器についての処理を要請され,平成3年(1991年)から平成8年(1996年)の間,政府間協議を5回行ったほか,中国国内における現地調査を7回実施し,その後も,少なくとも平成11年(1999年)の第14回現地調査まで継続して行われている。その調査の概要は,以下のとおりである。(ア) 第1回現地調査 平成3年(1991年)6月16日から同月26日にかけて,吉林省敦化市ハルバ嶺地区周辺を視察した。さらに,河北省石家荘地区において,発見された52発の化学砲弾の一部(6発)を鑑定したところ,腐食が激しく刻印や識別帯等は確認されなかったものの,形状及び薬きょうの状況等から日本軍の化学砲弾である可能性が高いとの結論を得た。 (イ) 第2回現地調査 平成4年(1992年)6月に江蘇省南京市を視察し,現地で発見された発煙筒状のもの約3000発の一部(3発)を鑑定したところ,日本軍の「あか筒」に形状がほぼ一致しているとの結論を得た。 (ウ) 第3回現地調査 平成7年(1995年)2月26日から同年3月13日にかけて,浙江省杭州市,安徽省?州市,江蘇省南京市において,現地調査を行い,それぞれの地点において,一時保管されていた化学兵器の鑑定,測定及び発見当時の事情等の聴取を行った結果,これらが日本軍のものである可能性が高いとの結論を得た。 (エ) 第4回現地調査 同年5月23日から同年6月5日にかけて,吉林省敦化市ハルバ嶺地区において現地調査を行い,中国側が大量の化学兵器が埋設されていると説明している穴について地中調査を行ったところ,相当広い範囲にわたって強い磁気反応があり,発掘された約360発の砲弾は,外形,寸法,重量,標識等の諸元から日本軍の化学弾と考えられた。また,同省梅河口市郊外においても現地調査を行い,中国側が直径約6メートル,高さ約3メートルの大型容器2基にそれぞれ化学剤37トン及び消石灰17トンを入れ,暫定的に中和処理したとされる大型容器を埋設した2地点を地表から視察した。 (オ) 第5回現地調査 同年9月16日から同月30日にかけて,黒竜江省ハルピン市,吉林省吉林市,遼寧省瀋陽市の倉庫に保管されていた104発の砲弾及び6缶の化学剤入りドラム缶について鑑定を行ったところ,外見的な諸元や発見当時の状況にかんがみ,日本軍のものである可能性が高いと判断された。 (カ) 第6回現地調査 平成8年(1996年)5月15日から同年6月1日にかけて,遺棄化学兵器の最大埋設場所といわれている吉林省敦化市ハルバ嶺地区において,現地調査を実施し,埋蔵砲弾量については67万4000発前後であるとの推計結果を得た。また,2発のきい弾(75ミリメートル砲弾,90ミリメートル迫撃砲弾)について,穴を開けて化学剤を抽出・分析した結果,マスタードとルイサイトの混合剤が確認された。さらに,一部の砲弾のエックス線検査の結果,埋設されているすべてが化学砲弾ではなく,焼夷弾や通常弾なども確認された。 (キ) 第7回現地調査 同年9月18日から同月28日にかけて,黒竜江省の孫呉県,チチハル市,チチハル市フラルキ区,巴彦県,ハルピン市郊外双城市並びに内モンゴル自治区フフホト市において,一部の砲弾及び化学剤入りドラム缶の鑑定等を実施したところ,大部分が日本軍の化学兵器である可能性が高いと判断された。また,フラルキ区においては,化学剤入りドラム缶を200缶を埋めたという元日本軍構成員の証言に基づいて地中探査を実施したが,範囲が広すぎたため,埋設地点を特定することができなかった。 (ク) 第11回現地調査 平成10年(1998年)年7月20日から同月25日にかけて,安徽省六安市及び黒竜江省尚志市において既に発見されていた化学砲弾と思われる物について外観上の鑑定及び埋設状況の調査を行い,さらに,同年9月15日から同月25日にかけて,黒竜江省尚志市において埋設砲弾の発掘及び回収調査を行った。 (ケ) 第12回現地調査 同年10月17日から同月23日にかけて,黒竜江省牡丹江市近郊において中国側が回収・保管している砲弾について鑑定をしたところ,きい弾122発,あか弾88発,あをしろ弾1発が日本軍の化学弾と判断され,また,同月27日,遼寧省撫順市において同じく中国側が回収・保管している砲弾について鑑定をしたところ,きい弾7発,あか弾108発が日本軍の化学弾と判断された。 (コ) 第13回現地調査 平成11年(1999年)年4月19日から同月27日にかけて,江蘇省南京市において中国側が回収・保管している砲弾等について鑑定をしたところ,日本軍の90ミリメートル迫撃砲弾(きい弾1発,あか弾1発)及びあか筒又は催涙筒が確認された。 (サ) 第14回現地調査 同年9月7日から同月17日にかけて,その前年に中国側が発掘・回収し,同省ハルピン市等に保管中の砲弾等について鑑定をしたところ,多数のきい弾(75ミリメートル・105ミリメートル・150ミリメートル)及びあか弾(90ミリメートルその他)が確認された。(2) 次に,原告らの主張する各被害に係る事実関係について検討すると,証拠(甲第34号証の3,第38号証,第39号証の1,2,第40号証の1,2,第41号証の1,2,第42号証,第43号証の1,同2の1,2,同3,第44,第45号証,第46号証の1,2,第49号証の1ないし3,第54ないし第56号証,第62号証,第74号証,第77号証の1,2,第84,第85号証,第87ないし第89号証,第90号証の1ないし3,第91号証の1,2,第92ないし第95号証,第97,第98号証, 第106号証,第108,第109号証,第111ないし第114号証,第115号証の1,2,第116ないし第119号証,第169号証, 第170号証の1,2, 第171,第172号証, 乙第14号証, 第18号証,証人X,証人Y,原告B本人,原告D本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。ア 原告Aは,大正5年(1916年)生まれの男性で,昭和25年(1950年)当時,中国黒竜江省チチハル市所在の同省第一師範学校において化学の教師として勤務していた。同年8月下旬,同校敷地内において校舎の建築工事のために地面を掘っていた建設作業員が,地中から,高さ約1メートル,直径約50センチメートル,上部が凹状で3つのボルトがついたドラム缶2個を掘り出した。なお,その缶の形状は,中国の研究者が広島県大久野島を現地調査した際に撮影したという写真の毒ガス缶のそれと似ている。 前記建設作業員がその缶を開けたところ,中に液体が入っていたため,化学教師である同原告に鑑別を依頼することとなった。 同原告は,持ち込まれた茶碗に入っている液体を見て,薄黄色の油状の液体であることを確認し,グリセリンの一種であると考え,自己の左手の掌と甲,右手の掌と甲にこれを塗布したが,その際に芥子臭を感じたことから,イペリット(マスタード・ガス)ではないかと疑い,水で液体を洗い流した。 同原告は,その日のうちに左右の手に痛みを感じ,さらに液体を塗布した部分に腫れ,水疱が生じたことから,翌日には病院の皮膚科を訪れ,同所において元日本軍医であった日本人医師らによってイペリットによる被害であるとの診断を受け,2週間後には皮膚のびらん,化膿,発熱などの症状を呈したため入院することとなり,事件後約半年間就労できず,その後も十分に研究活動に従事することができなくなり,定年退職後も左手に瘢痕と機能障害が残っており,86歳になった平成14年(2002年)においても,医師により,後遺症として両手及び腕にケロイド状の瘢痕が残り,左腕の関節の動きに影響があるとの診断を受けている。イ 原告Bは,昭和24年(1949年)生まれの男性で,昭和51年(1976年)当時,中国黒竜江省拜泉県龍泉鎮衛生村において農業に従事していた。同原告は,同年5月ころ,手押し車の溶接をしようとして同村の鉄工場に赴いた。そこでは,数人の鍛冶職人が廃鉄場から持ってきた鋼材である砲弾を鉄鋸で切断して刃物等を作ろうとしていた。その砲弾は,目測で長さ約70ないし80センチメートル,直径約20ないし30センチメートルであり,昭和9年(1933年)3月22日陸密第137号制定に係る陸軍仮制式兵器図掲記の「92式尖鋭きい弾」(150ミリメートルきい弾)にその形状が似ている。 同原告は,鍛冶職人の疲れた様子を見て作業の交替を申し出て,その砲弾の尾部を切断していたところ,芥子のような刺激臭のある黒褐色の液体が流出したため,むせるなどしたほか,その液体が自己の左手及び右足に付着した。 同原告は,その日のうちに左手及び右足に痒みを感じ,同所に発赤が生じたほか,吐き気,めまい,のどの痛み,胸の苦しさ,咳などの症状を呈した。また,翌日には,水疱や灼熱痛が生じ,その後,ただれ,びらん,骨の露出などの症状が発生した。 同原告は,救援要請に応じて派遣されてきた北京307医院の医師らによる治療を受け,20日ほど経ったころ,同医院の黄韶清医師から前記症状はイペリットによるとの診断を受け,その治療を受けて皮膚症状は改善されたものの,その後も神経衰弱に悩まされ,左手と右足には瘢痕が残り,咳や喘息の症状がある。また,事件後は翌年の4月まで仕事をすることができず,その後,鎮政府機関に勤務したものの,平成11年(1999年)10月に早期退職を余儀なくされ,53歳になった平成14年(2002年)においても,医師により,慢性気管支炎との診断を受けている。ウ 原告Cは,昭和36年(1961年)12月5日生まれの男性であるが,昭和55年(1980年)4月19日,中国黒竜江省依蘭県依蘭鎮所在の自宅の裏において,石炭小屋を建築するため地面を掘っていたところ,鍬が地中にあった砲弾に当たって爆発した。この砲弾は,残された部分の外観等から,直径が6ないし7センチメートル,長さが25ないし30センチメートルの,羽の部分のある迫撃砲弾であり,日本軍が使用していたものに類似していた。この爆発によって,砲弾の破片が同原告の全身に刺さり,同原告は意識を失った。同原告は,依蘭県中病院及びチャムス中心病院に数度にわたって入院し,砲弾の破片の摘出手術などを受けたが,現在においても体内に破片が残存しているため,度々てんかんを起こすほか,記憶力の低下,不眠,頭痛,視力の低下,握力低下,左足の機能障害,腰痛などの症状を呈し,40歳になった平成13年(2001年)においても,医師により,左眼については瞳孔閉鎖,右眼については外傷性白内障及び視神経萎縮との診断を受け,左手及び前腕に金属性異物あり,労働することが全くできない状態にある。エ 原告Dは,昭和24年(1949年)8月8日生まれの男性で,昭和62年(1987年)当時,中国黒竜江省チチハル市所在の中国第一重型機械集団公司医院において医師として勤務していた。また,原告Eは,昭和30年(1955年)1月30日生まれの女性で,その当時,同公司の供応処化工建材科で事務職として勤務していた。昭和62年10月16日,同市フラルキ区興隆街所在のガス会社の庭において,ガス貯蔵庫を設置するための基礎工事を行っていた際,地中から高さ約90センチメートル,直径約50センチメートル,重さ約100キログラム,側面の上下に黄色の線が1本ずつ計2本引かれ,ボルトが十数個付いた鉄製の缶が発見された。なお,この缶は,前記第7回現地調査の際に鑑定作業を行ったドラム缶にその形状が似ているところ,そのドラム缶にはマスタード・ルイサイト混合液が入っており,日本軍のものであることを窺わせる番号(「甲」の字が付されている算用数字)が刻印されていた。また,この缶の形状は,前記アの写真の毒ガス缶のそれとも似ている。 原告Dは,翌17日,フラルキ区公安局から前記鉄製缶に放射性物質や有毒物質が入っていないかについて調査してもらいたいとの依頼を受けて同所に赴き,同缶を開けたところ,緑色の煙が流出し,悪心及び発咳の症状が生じた。また,同原告は,検査に用いるために同缶の中に入っていた芥子又はにんにく臭のある褐色の油状の液体をガラス瓶に移し替えた際,その液体が自己の目頭付近の鼻及び両手に付着し,翌18日には,眼の腫れ,手の水疱,呼吸困難等の症状が生じた。 他方,同原告は,同月17日,同公司の供応処化工建材科に液体を持参し,その検査を依頼したところ,同科の副課長において,検査のために,これにライターで点火しようとしたものの,着火せず,さらに,同科の職員において,その液体を紙に浸み込ませ,これにライターで点火したところ,燃焼して煙が部屋に充満し,原告D及び原告Eに呼吸困難,発咳,眼やのどの痛み,流涙,脱力感等の症状が生じた。 原告Dは,翌19日から33日間入院したが,その後も視力の低下,瘢痕,呼吸困難,発咳,不眠等の症状があり,平成11年(1999年)に早期退職せざるを得なくなり,その後,53歳になった平成14年(2002年)においても,医師により,マスタード・ガス後遺症(肺の損傷がより重い)との診断を受けている。 また,原告Eは,同年12月4日から同月10日まで北京307医院に入院し,その後も同公司医院等において治療を受け,平成6年(1994年)10月28日から同年11月9日まで入院するなどし,その後も眼やのどの痛み,視力の低下,鼻や歯からの出血,発咳,脱力感,動悸,頭痛等の症状を呈しており,平成13年(2001年)に早期退職せざるを得なくなり,53歳になった平成14年(2002年)においても,医師により,マスタード・ガス後遺症(眼が赤く腫れ上がり,咳・痰があり,右手の潰瘍がある)との診断を受けている。(3) 以上の各事実に照らして検討するに,日本陸軍が多量の毒ガス兵器を生産し,これを中国に持ち込んで配備したこと,終戦前後に日本陸軍に所属していた数名の軍人が上官の命令に基づき毒ガス兵器を中国に遺棄したことがあったことに加え,毒ガス兵器の使用が既に国際法により禁止されていたことから,前判示のように具体的に判明している軍人以外にも,軍上層部からの命令を受け,あるいは独自の判断によりこれを中国に遺棄した日本陸軍関係者がいたことは想像するに難くない。終戦後の昭和27年から中国政府により実施された調査の結果はこれを裏付けるものということができる。 また,それのみならず,中国に駐屯していた日本陸軍は,終戦に際して武器及び装備の引渡しが命じられていたものの,引揚げ時の混乱から確実に履践することなく,武器及び装備を収納庫等の従前の保管場所にそのまま捨て置いたり,他の場所に放棄したり,あるいは隠匿のために地中や河川等に捨てたりしたことも十分に推測されるのであり,通常兵器である砲弾等のみならず,毒ガス兵器についても,このような方法により遺棄したと推認することができる。 そして,前判示の事実経過及び弁論の全趣旨に照らせば,被告が平成3年(1991年)から平成8年(1996年)の間に中国国内において日本軍の遺棄した化学兵器について現地調査を実施したほかは,終戦後,中国に遺棄した毒ガス兵器及び砲弾について,その所在及び具体的状況を調査したり,その存在による危険性を周知させる働き掛け,あるいは進んでこれを回収する措置を執らず,さらに,その存在を中国政府に伝えて回収作業を要請するような活動を行わなかったことが認められる(以下,このような活動を行わなかったという不作為を指して「放置行為」ということとする。)。 ところで,前判示の具体的な状況事実及び弁論の全趣旨に照らせば,本件各事件における毒ガス兵器及び砲弾の形状が日本軍が生産した「きい弾」及び「きい剤運搬容器」並びに「迫撃砲弾」にそれぞれ類似していること,本件第1,第2及び第4事件において原告A,原告B,原告D及び原告Eに傷害をもたらしたドラム缶,砲弾及び鉄製缶の内容物の色や臭いが日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液に類似していること,本件第1事件におけるドラム缶及び本件第4事件における鉄製缶が発見されたチチハル市には日本陸軍の中でも毒ガス兵器を取り扱っていた関東軍が駐屯しており,本件第2事件における砲弾が発見された拜泉県龍泉鎮衛生村も同じ黒竜江省にあること,本件第1,第2及び第4事件における各原告の症状が日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液による症状に類似しているとみることができ,かつ,毒ガス兵器については日本軍以外にこれを中国に持ち込んだ国等があることを窺わせる形跡は存しないから,本件各事件は,日本陸軍が生産して中国に持ち込み,終戦前後に遺棄した毒ガス兵器又は砲弾により生起したと認めることができ,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。 2 国際法による請求について(1) 国際法上の一般的法主体性国際法は,その基本的性格上,国家間の紛争を解決するためにその間の権利義務を規律する法規であるから,一般的に,その法主体となるのは国家であり,その構成員たる個人が直接にこれによる権利義務の主体となることはない。このことは,もとより条約のような成文の法規であろうが,国際慣習法のような不文の法規であろうが等しく妥当する原則である。 そして,国際法が個人の権利の保護を目的としている場合であっても,一般的には,個人は,国家に対して個人の権利の保護が義務づけられることにより間接的に便益を受けるにすぎず,この義務に違反した国家に対して被害を受けた個人の属する国家が外交保護権を行使して責任を追及することにより間接的にその救済を図ることが予定されているにすぎないと考えられる。 したがって,個人は原則として国際法上の法主体性を有しないものというべく,個人が他の国家に対して国際法に基づいて直接損害賠償請求ができるとするには,個人の請求権とその実現手続を特別に定める国際法規が必要であるというべきである。 もっとも,このように解することは個人が加害国に対して裁判手続により損害賠償請求をすることが全くできないことまで意味するものではない。国際法自体において私人の権利義務を定めた規定について国内裁判所において直接適用が可能であるとする意思が明確に表れており,それを国内法として受容する法体系が備わっている上,当該規定において私人の権利義務の発生・変更・消滅等に関する要件及び効果が定められている場合には,当該国際法規が直接適用される結果,私人が損害賠償を訴求することが許されるので,この観点からの検討を要するところである。(2) ハーグ条約に基づく請求についてア 条約の一般的解釈方法条約の解釈方法については,原告らの援用する条約法条約(前記第3の1の(3)ア(ウ))がこれを定めている。すなわち,同条約31条1項は条約の解釈に関する一般的な規則として「条約は,文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い,誠実に解釈するものとする。」と規定した上,同条3項は「文脈とともに,次のものを考慮する。 (a)条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意 (b)条約の適用につき後に生じた慣行であって,条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの (c)当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則」と規定している。さらに,同条約32条は解釈の補足的な手段として「前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため,解釈の補足的な手段,特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。 (a)前条の規定による解釈によっては意味があいまい又は不明確である場合 (b)前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合」と規定している。 ところで,同条約は昭和44年(1969年)に採択されたものであり(我が国は,昭和56年(1981年)に国会の承認を得て公布),同条約4条は「自国についてこの条約の効力が生じている国によりその効力発生の後に締結される条約についてのみ適用する。」として,遡及して適用しない旨の定めを置いているから,同条約を明治40年(1907年)署名(効力発生は明治43年(1910年)。我が国は明治44年(1911年)に批准して翌年公布)のハーグ条約の解釈に直接適用することはできない。しかしながら,条約法条約は,それまでの間に各国間で長年にわたって形成されてきた条約解釈の手法に関する国際慣習法を成文化したものであると解されていることからすれば,ハーグ条約の解釈に当たっても,そこに定められた解釈方法に準じて行うのが相当であるので,以下においても,この見地からハーグ条約3条の解釈について検討する。イ ハーグ条約3条の解釈(ア) 条約の趣旨及び目的と用語の通常の意味 a ハーグ条約の趣旨及び目的は,同条約及びその附属規則であるハーグ陸戦規則に定められた内容に照らすと,各締結国の軍隊が陸戦において守るべき規則を定め,締結国にその遵守を義務づけることにより,戦争の惨害を軽減しようとすることにあると解される。そこでは,究極的には戦争の惨害を受ける個人の保護も目的とはされているものの,直接的には各締結国の軍隊の規制が目的とされているものとみることができる。 b そして,ハーグ条約3条は,「前記規則(=ハーグ陸戦規則)ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ,損害アルトキハ,之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。交戦当事者ハ,其ノ軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ。」と規定し,ハーグ陸戦規則に違反した締結国に損害賠償責任を課しているが,その賠償の相手方(すなわち損害賠償請求権者)については明示しておらず,ハーグ陸戦規則23条も,戦闘に関する規定の中で「特別ノ条約ヲ以テ定メタル禁止ノ外,特ニ禁止スルモノ左ノ如シ。」とした上で,列挙した禁止事項の一つとして「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」を挙げるにとどまっているのであり,同条約及びハーグ陸戦規則のいずれにおいても,個人が損害賠償請求権を有することを窺わせる規定はなく,同請求権の発生・変更・消滅に関する要件及び効果についての規定は存せず,その実現手続に関するものも存しない。もとよりハーグ条約及びその附属規則であるハーグ陸戦規則は,44の当事国により締結されており,そのころには禁止事項とされている毒ガスの使用が許されないこともまた少なくとも国際慣習法の内容をなすに至っていたと解されるところではあるが,個人の権利義務に関しては,明確な要件・効果に関する実体規定及びこれを実現するための手続規定を欠いているといわざるを得ない。 c 以上のように,ハーグ条約の趣旨及び目的に照らしつつ用語の通常の意味に従って解釈すると,同条約3条は,個人に加害国家に対する直接の損害賠償請求権を認めたものではないと解され,かつ,このような国際法規に前記アのような意味で国内法として直接適用をするための条件が具備されていないことは明らかである。 d なお,原告らは,ハーグ条約3条が「compensation」という言葉を用いていることを根拠として主張するが,これ自体ハーグ条約の正文ではなく,その英語訳に出てくるにすぎないので,この用語が用いられていることから直ちにハーグ条約3条が個人に損害賠償請求権を付与したものだとみることには論理の飛躍がある。 また,ハーグ条約が交戦法規の法理を体現したものであることを根拠とする原告らの主張についても,交戦法規であることから直ちに個人の損害賠償請求権が裏付けられることにはならないというべきであって,先に摘示した諸点を排斥してこれらのみによってハーグ条約3条の解釈をすることはできないものというべきであるから,前示の判断を左右するものではない。(イ) 事後の実行例 a 原告らの援用する昭和27年(1952年)4月9日の旧西ドイツ・ミュンスター行政控訴裁判所判決は,ドイツ国民である原告が被占領状態にあったドイツにおいて英国占領軍の自動車に衝突されて重傷を負ったとして自国に対して損害賠償を求めた事案について,「原告の損害賠償の請求は,国内公法からだけでなく,国際法からも導き出されるものである。1907年ハーグ規則第3条により,国家はその軍隊に属するすべての人員が犯したすべての行為〔すなわち,規則の違反行為〕について責任を負う。」と判示して,原告の請求を認容したものである(甲第12号証参照)。しかし,この判決は,ドイツ国民の自国に対する請求を認容したものであって,ハーグ条約に基づいて加害者の属する国家である英国に対する直接の損害賠償請求を認めたものではないから,原告らが主張するような意味でのハーグ条約3条の実行例とみることはできない。 b 次に,平成9年(1997年)11月5日のドイツ・ボン地方裁判所判決は,第2次世界大戦中に強制労働に従事させられたユダヤ人がドイツに対して損害賠償を求めた事案について,「ドイツ帝国は,ハーグ第4条約を1919年10月7日に批准したため,その規則を遵守しなければならなかった。この条約の附属規則52条によると,占領地の市民による課役は占領軍の需要のためにするのでなければ要求することができないし,市民が母国に対する戦争行為に参加する義務も含めてはならない。(中略)したがって,交戦中のドイツ帝国にとっては,ユダヤ系の市民を軍事工場で,殲滅を目的として,非人間的条件下で強制労働させることも禁じられていた。」と判示しているけれども(甲第13号証参照),直接ハーグ条約を根拠として加害国家に対する損害賠償を認めた事案であるかは不明であるから,直ちにこれを原告らが主張するような意味でのハーグ条約3条の実行例とみることには疑問があるというべきである。 c ところで,昭和52年(1977年)12月12日署名(翌年12月7日効力発生)に係る国際的武力闘争の犠牲者の保護に関する追加議定書(いわゆるジュネーヴ諸条約追加第1議定書)91条は,「諸条約又はこの議定書に違反した紛争当事国は,必要な場合には,賠償を支払う義務を負う。紛争当事国は,自国の軍隊の一部を構成する者が行ったすべての行為について責任を負う。」と規定しているところ,同議定書に関して赤十字国際委員会が昭和62年(1987年)に発行した解説書には,原告ら指摘のとおり,「第91条は,陸戦の法規慣例に関する1907年ハーグ条約第3条を文字通り再規定したもので,これをまったく廃棄していない。」「賠償を受ける権利を有する者は,通常は,紛争当事国又はその国民である。」との記述がある。しかし,同解説書には,先の記述に引き続いて,「例外的な場合を除いて,紛争当事国の違法行為によって損害を受けた外国籍の人は,自ら,自国政府に訴えを行うべきであり,それによって当該政府が,違反を行った当事国に対してそれらの者の申し立てを提出することとなろう。しかし,1945年以来,個人の権利行使を認める傾向が現われてきている。」との記述があることからすれば(甲第11号証参照),同解説書がハーグ条約3条ないしその再規定であるという同議定書91条について個人の加害国家に対する損害賠償請求権を規定したものであるとの見解を採用したとみることは困難であるから,同解説書の記述をもって原告らが主張するような意味でのハーグ条約3条の実行例とみることはできない。 d 他方,平成4年(1992年)6月16日のアメリカ合衆国第4巡回区控訴裁判所判決は,アメリカ合衆国のパナマ侵攻後の略奪及び暴動の結果資産に損害を被ったとするパナマ企業が,アメリカ合衆国に対し,損害賠償を求めた事案について,「国際条約は個人的に行使する権利を創設するものとは推定されない。」「ハーグ条約は,個人が行使する訴権を明確に規定していない。更に我々は,同条約を全体として合理的に解釈しても,締結国がそのような権利を付与する意図があったという結論には達しない。」と判示した(乙第10号証参照)。 e また,平成6年(1994年)7月1日のアメリカ合衆国コロンビア特別区地方裁判所判決についての控訴審判決は,ナチスのホロコーストから逃れたアメリカ合衆国民が,ドイツに対し,ナチスの強制収容所監禁時の負傷及び強制労働に対する金銭賠償を請求した事案について,「ハーグ条約のいかなる条項も同条約の違反に対して個人に損害賠償請求権を付与することを示唆すらしていないとの見解では,訴訟の結論は一致している。」と判示した(乙第11号証参照)。 f さらに,昭和24年(1949年)8月12日署名(翌年10月21日効力発生)に係る戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関するジュネーヴ条約51条は,「締結国は,前条に掲げる違反行為に関し,自国が負うべき責任を免かれ,又は他の締結国をしてその国が負うべき責任から免かれさせてはならない。」と規定しているところ,同条約に関して赤十字国際委員会が昭和27年(1952年)に発行した「ジュネーヴ条約解説T」には,同規定の意義を明確にするためとしてハーグ条約3条が引用された上で,「条約の違反行為に対するこの物質上の賠償に関し,被害者が,違反行為を行った者が所属していた国に対して個人として訴訟を提起することは,少なくとも現存の法律制度のもとにおいては,想像しがたいことである。そうした請求は,国のみが他国に対して提出することができるのである。」との記述があり(乙第6号証参照),その後に発行された「ジュネーヴ条約解説U」ないし「ジュネーヴ条約解説W」においても,同内容の規定に関する解説部分において,同趣旨の記述がそれぞれ存する(乙第7ないし第9号証)。 g 以上の諸点にかんがみれば,原告らが主張するような意味でのハーグ条約3条の実行例として適切なものは見出せないばかりでなく,同条約が個人の損害賠償請求権を認めたものでないことを示唆する例もあり,これを軽視することはできないのであって,ハーグ条約3条が個人に損害賠償請求権を認めたものとの事後の慣行が存在すると認めることはできないから,事後の実行例の観点から解釈しても,同条項が個人に加害国家に対する直接の損害賠償請求権を認めたものとすることは困難である。 h なお,原告らは,ハーグ条約3条が個人を損害賠償請求権の主体として規定したものと解する種々の見解及び国際法違反の行為により被害を被った個人に対して国家が責任を負うべきとする種々の見解がある旨主張し,証拠(甲第1,第2号証,第7号証,第9,第10号証,第18,第19号証,第25号証ないし第29号証,第31ないし第33号証)を提出し,その論旨を援用するけれども,これらは,論者の法律上ないし政治上の見解を示したものであり,傾聴すべき意見を含むものではあるけれども,先に検討した諸点に照らして採用することはできず,前示の判断を覆すものではない。 (ウ) 条約の準備作業及びその締結の際の事情 a 証拠(乙第54号証)及び弁論の全趣旨によれば,ハーグ条約3条の起草過程に関する事情として次のとおり認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。(a) 明治40年(1907年)に開催された第2回国際平和会議の全体会合及び第2委員会会合において,これより先の明治32年(1899年)の第1回平和会議において採択された陸戦の法規慣例に関する規則の条文の修正案について,ドイツ代表は,同規則の違反に対する賠償について「第1条 この規則の条項に違反して中立の者を侵害した交戦当事者は,その者に対して生じた損害をその者に対して賠償する責任を負う。交戦当事者は,その軍隊を組成する人員の一切の行為に付き責任を負う。(以下略) 第2条 (同規則の)違反行為により交戦相手側を侵害したときは,賠償の問題は,和平の締結時に解決するものとする。」との規定を新設したい旨提案した。 (b) これを取り扱った第2委員会第1小委員会の議長は,この制裁条項に関する提案に対し,中立の者に生ぜしめられた損害については,その者に対して賠償して然るべきとしているのに,交戦相手側の者に対して生ぜしめられた損害については,いかなる権利も規定されていない旨述べた。 (c) そこで,ドイツ代表は,提案理由として,陸戦の法規慣例に関する条約によれば,各国政府は,同条約附属の規則の規定に従った指令をその軍隊に対して出す以外の義務を負わず,その違反行為に対して刑事罰則を科すだけでは,予防措置として実効性がないから,同規則の規定に違反した行為による結果について検討しておくべきであること,その際,故意又は過失に基づく違反行為によって他者の権利を侵害した者はこれにより生じた損害を賠償する義務をその者に対し負うとの私法の原則は,同会議で議論している分野においても妥当するが,国家について管理・監督に関する過失責任の法理によることとするのでは不十分であるから,軍隊を組成する者が行った同規則の違反行為による一切の不法行為責任はその者の属する(軍隊を保有する)国の政府が負うべきであること,その責任,損害の程度,賠償の支払方法の決定に当たっては,中立の者と敵国の者とで区別をし,前者については迅速な救済を確保するために必要な措置を講じるべきであり,一方,敵国の者については賠償の問題の解決を和平の回復の時まで延期することが必要不可欠であることなどを説明した。 (d) この提案について,ロシア代表は,市民に課せられる苦痛を和らげることを目指すものとして国際的合意の対象となって然るべきであるとの見解からこれを支持する旨明らかにしたが,フランス代表は,中立国の国民と侵略地又は占領地に居住する交戦国の国民とを区別し,前者に有利な地位を与えていわゆる中立の配当を認めんとするものであるから,これを受け入れることはできず,個人のために執られる保護措置はすべての者に対し同様に適用されるべきであるとして反対の意見を表明したところ,スイス代表は,ドイツの提案に賛成した上で,これが提示している原則は,損害を受けたすべての個人に対し,敵国であるか中立国であるかを問わず,適用可能であり,両者の間に設けられた唯一の区別は,賠償の支払に関するものであり,中立国との間では平和な関係を維持しているため容易にかつ遅滞なく解決し得るのに,交戦国同士の間では和平を達成してからでなければこれにつき決定し実施することはできない点にあるだけであると述べたのに対し,ドイツ代表は,スイス代表の発言に対して感謝の念を表した。 (e) また,イギリス代表は,ドイツの提案に対するフランス代表の懸念に同調し,交戦相手側の者にとっては,賠償は交戦国間の交渉の結果としての平和条約に盛り込まれる条件次第ということになるが,違反の有無及び生じた損害の範囲を確定することは非常に困難であることを指摘したい旨述べたところ,ドイツ代表は,フランス代表及びイギリス代表の発言に応え,ドイツ提案の第2条の解釈につき誤解があるとし,これが中立の者と交戦相手側の者との間に設けている唯一の差異は賠償の支払方法についてであると述べた。 (f) 以上のような議論を経て,検討委員会は,ドイツ提案を「本規則の条項に違反する交戦当事者は,損害が生じたときは,損害賠償の責任を負う。交戦当事者は,その軍隊を組成する人員の一切の行為に付き責任を負う。」との規定にまとめ,この規定が全体会合において全会一致で採択された。b 以上の認定事実に照らして検討するに,ドイツ提案の案文や各国代表の発言の中には,被害を受けた者に対してその損害を賠償する責任を負うかのような表現やこの規定が個人の保護を企図するかのような部分も存する。しかしながら,議論全体を通じてみれば,各国代表の関心は,専ら中立国と交戦国とを区別することの是非に向けられていたものとみることができ,被害者個人が加害者の属する国家に対して直接損害賠償請求権を行使することができる旨の発言は存しないし,そのための具体的な手続規定について議論された形跡もない。 さらに,スイス代表は,賠償の支払が国家間でなされることを前提とする発言をしているところ,ドイツ代表は,これに対して謝辞を述べている。 そして,前記のドイツ提案にあった,交戦当事者が被害を受けた者に対してその損害を賠償するかのように受け取られかねない部分は,最終的な条約の文言としては削除されているのである。 そうすると,前記の事情を総合的にみて,ハーグ条約3条の起草過程において,これに携わった各国代表らが被害者個人の加害国家に対する直接の損害賠償請求権の行使を念頭に置いていたとみることはできず,条約解釈の補足的な手段である条約の準備作業及びその締結の際の事情の観点からみても,同条項は個人に加害国家に対する直接の損害賠償請求権を認めたものではないと解するのが相当である。ウ ハーグ条約に基づく請求についてのまとめ以上のとおり,ハーグ条約3条は,その趣旨及び目的,用語の通常の意味,事後の実行例,条約の準備作業及びその締結の際の事情に照らして,個人の損害賠償請求権を認めたものと解釈することはできないから,その余の点について判断するまでもなく,ハーグ条約に基づく原告らの請求は理由がない。エ ハーグ条約を内容とする国際慣習法に基づく請求についてなお,原告らは,ハーグ条約を内容とする国際慣習法が成立していたとして,これに基づく請求もしているが,前判示のとおり,ハーグ条約自体が個人の損害賠償請求権を認めたものでないばかりでなく,事後の実行例においても個人の直接請求を肯認する事例が累積してこれが諸国家の間で一般慣行として取り扱われてきたという事績がない以上,これを前提とする原告らの主張は,その余の点について判断するまでもなく失当である。(3) 国際人権規約(自由権規約)及び世界人権宣言に基づく請求について国際人権規約(自由権規約)及び世界人権宣言は,権利を侵害された個人が条約上の手続によって救済を求めることは別として,被害に遭った個人の加害国家に対する損害賠償請求権の要件効果を定めているものではなく,これを実現するための手続規定も設けていない。 ところで,個人が加害国に対して国際法に基づき裁判手続により損害賠償請求をすることができるためには,当該国際法自体において私人の権利義務を定めた規定について国内裁判所において直接適用が可能であるとする意思が明確に表れており,そのための私人の権利義務の発生・変更・消滅等に関する要件及び効果が定められていることが必要であるが,前記各国際法規にはこれが認められないから,これらの規定に基づく原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。(4) 国際法による請求についての結論以上により,国際法による原告らの請求は,いずれも理由がない。3 中国法による請求について(1) 準拠法の決定と法例11条1項適用の有無 原告らは,中国における被告の毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為,遺棄と放置が一体となった行為及び放置行為には,法例11条1項により中国民法が適用される旨主張するので,まず,この点について検討する。 国際私法は,社会には特定の国家法を超えた普遍的な価値に基づく私法があり,国家が異なっても相互に適用可能であるとの前提の下に,渉外的私法関係について適用されるものであって,国家の利益と密接に関係する公法関係についてはその適用外とされている。 そして,法例は,渉外的私法関係について,単位法律関係の性質に従って適用すべき準拠法を定める法律であり,その11条1項は,対等当事者間において一方の違法な行為により他方に損害を与えた場合に当事者間の利害の調整を図り損害の公平な分担をさせるという法律関係である不法行為に関し,その成立要件及び効力につき,原因である事実の発生した地の法律を準拠法と定めている。 ところで,国が公権力の行使により他人に損害を与えた場合における損害賠償の問題は,被害者側からみれば,被った被害の回復という点で不法行為と共通する面を有すること自体は否定できないが,他方,国家の統治権に基づく私人に対する優越的な意思の発動が違法との評価を受けるか否かが問題になるという面では,国家主権の在り方及び国家の利益と密接に関係しており,純然たる私法関係と同視することはできず,むしろ基本的には公法の分野に属するとみるべきである。すなわち,対等当事者間における法律関係を律する私法と権力作用の発動場面における法律関係を律する公法との区別は基本的には堅持されるべきであり,その性質の差異に伴って適用すべき法律が異なるのは当然の事理である。そして,公権力の行使が法律に従って行われるべきことはいうまでもないが,その際に公務員ないし国の機関が準拠すべき法律は,その所属する自国のそれであり,他国の法律ではあり得ない。そうでないと,自国の法律に従った行為が,ある国においては違法と評価されたり,あるいは元来適法であったものが法律の改正により違法になったりするという事態も起こり得るところであって,かくしては公権力行使に係る行為規範が不明確ということにもなりかねないからである。また,我が国の法体系においては,司法機関及び行政機関ともに憲法及び法律に拘束されるから,その機関に属して公権力を行使する公務員が我が国以外の法律に拘束され,それに従わないと違法と評価されるということは想定し難いことというべきである。 なお,我が国の国家賠償法は,その4条において「国又は公共団体の損害賠償の責任については,前3条の規定によるの外,民法の規定による。」としているものの,他方では,公務員に対する求償権を故意又は重大な過失があったときに制限し(同法1条2項),外国人が被害者である場合には相互の保証があるときに同法を適用するとの相互保証主義を採用する(同法6条)など,民法上の不法行為とは異なる制度を置いていることからも,公権力によりもたらされた損害に対する賠償の問題を国家の利益と密接に関係を有する分野として扱っていることが看取される。その意味では,国家賠償法は,原告らが主張するように単なる民法の特別法ではない。 そうすると,国が公権力の行使により他人に損害を与えた場合に係る損害賠償の問題は,法例が対象とする渉外的私法関係には当たらず,11条1項にいう不法行為に該当しないから,同条項の適用を受けないというべきである。(2) 本件不法行為における公権力行使性 原告らの主張する日本軍による毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為及び放置行為は,いずれも日本軍が戦争行為に付随して行った行為及びその後の処理に関する問題であり,国家の公権力の行使に係る行為に属すると考えられる。すなわち,遺棄及び放置ともに,それ自体としては事実行為であるが,公権力の作用は,行政行為の形式でのみ行われるとは限らず,事実行為をもって行われることもあるから,事実行為であるという理由のみによって公権力性が否定されるわけではない。そして,日本軍が毒ガス兵器及び砲弾を中国に持ち込んだのは,戦争という最も典型的な国家主権の行使のためであるところ,終戦に際して受諾したポツダム宣言により日本軍は武装を解除すべきとされていたことから,中国に駐屯していた軍隊にも武器及び装備を現状のまま引き渡すべきことが命じられたものの,これをそのままには履践せずに,毒ガス兵器及び砲弾を遺棄したことは前判示のとおりであり,これが公権力の行使の一環として行われたことはいうまでもなく,さらに,その後,被告においてこれを回収又は情報伝達するなどして危険性を除去するためには,国家としての権力活動に基づき中国政府に働き掛けをしなければならないのであるから,これをせずに放置したという不作為もまた公権力の行使に該当するものと解される。 そうすると,これらの行為については法例11条1項は適用されないというべきである。(3) 中国民法に基づく損害賠償請求についての結論以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,本件に法例11条1項が適用されることを前提とする原告らの中国民法に基づく損害賠償請求は,理由がない。4 日本法による請求について(1) 国家賠償法による請求について ア 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の当否 (ア) 遺棄と放置が一体となった行為に係る主張について原告らは,毒ガス兵器及び砲弾を遺棄した行為とこれを放置した行為とを一体のものとしてみるべきである旨主張するが,遺棄と放置とでは,前者が作為,後者が不作為というように,行為の構造が全く異なっており,したがって,行為の時期が前後し,一致しないばかりでなく,実際にこれを行う主体が異なる場合も存するところである。その結果,公権力を行使する公務員ないし国家機関に課せられる職務上の義務の内容を決定する際に準拠すべき法令も違ってくるのであり,違法性の存否は,それぞれの基準に照らして別個に判断すべきものである。 そうすると,違法性の判断の前提として,毒ガス兵器及び砲弾の遺棄と放置とが一体となった行為を措定することは合理的ではないから,両者を別個に取り上げざるを得ないこととなる。 ところで,本件における遺棄行為が行われたのは,前判示のとおり昭和20年(1945年)の終戦前後ころであるところ,国家賠償法が施行されたのはそれより後の昭和22年(1947年)であり,同法附則6項により同法施行前の行為については従前の例によるとされていることからか,原告らもこれだけを個別に取り上げて国家賠償法上の違法行為としてはいないので,以下においては専ら放置行為について検討する。(イ) 放置行為について a 放置行為の捉え方被告は,遺棄行為について,その概念からしてそれ自体において放置を含んでいる旨主張するけれども,行為の構造に差異があること,その時期が一致しないこと,実際にこれを行う主体が異なることがあることは,前判示のとおりである。それのみならず,違法性の評価の見地からみても,結果発生に向けて積極的にその原因を作出したという意味で危険性を有する遺棄行為と,これにより発生した因果の流れを一定の関係にありながら遮断しなかったために結果を発生させたという意味で危険性を有する放置行為とは,おのずからその性質が異なっているばかりでなく,遺棄行為をさて措いても,その後に結果発生に向けられた因果関係を放置せず,作為を施すことによりこれを遮断させれば,危険性は消滅するのであるから,放置行為独自の違法性を論ずる意味は十分あるといわなければならない。先行行為に基づく作為義務が論じられるのは,このことを前提としているとみることができる。 そうすると,遺棄行為のみを取り上げ,放置行為を法的評価の対象としないことは不合理であるから,被告の主張を採用することはできない。b 不作為の違法性と作為義務の発生要件本件で問題とされる毒ガス兵器及び砲弾の放置行為は,被告の公務員による不作為の性質を有し,かつ,国家賠償法施行後の国家の権力的作用に係る行為であることは,前判示のとおりであるから,違法性の有無は,国家賠償法上の違法性評価の見地から判断されなければならない。 そして,公権力の行使に当たる公務員の不作為が国家賠償法上違法となるには,その前提として公務員に職務上の作為義務が認められなければならない。 この点に関し,被告は,公務員の作為権限が法令によって具体的に規定されていない場合には,法的な作為義務は生じないところ,原告らの主張する作為についての具体的な職務権限を付与する法令上の規定はないから,作為義務は生じない旨主張する。 確かに,法律による行政の原理からすれば,公権力の行使には法令上の根拠が必要ではあるけれども,それは,個々具体的な場合について権限行使の根拠がいちいち法定されていなければならないことまで意味するものではなく,各国家機関に分掌された権限を行使する上でこれに関連するものとして当然に想定される事項については各機関ないしその所属公務員において個別具体的な権限規定がなくともこれを行い得ることは当然である。もっとも,作為権限が肯定されるとしても,そのすべての場合にこれを行うべきことが義務づけられるものでないことはいうまでもない。国家機関の権限行使を安易に義務づける場合には,その性質上かえって国民に対する権利侵害を招きやすいとも考えられる上,各般からの行政需要が多い現代社会においては,行政庁が膨大な義務を負うことになるし,義務づけの内容で法令を制定しなかった立法者の意思や行政庁の裁量権を侵害することにもなりかねないから,原則としては,公務員の作為義務が法令によって規定されていない場合には,不作為をもって職務上の義務違反とすることは相当でないといわざるを得ない。 しかしながら,他方,国家が公務員の作為義務を定める法令を制定していないことのみをもって,すべて公務員の作為義務が否定され,不作為が違法とならないとするのは相当でない。例えば,公務員による違法な先行行為によって危険な状態が作出されているにもかかわらず,国家がその状態を解消する義務を公務員に負わせる法令を制定しないような場合に作為義務が発生する余地がないとすることは,法令を制定さえしなければすべて許されるというに等しいからである。 そうすると,公務員の作為義務が法令によって規定されていない場合にあっても,一定の場合に作為義務が生ずる余地があることは肯認しなければならないところ,その基準を一般的に論定することは困難であるが,少なくとも公務員ないし国家機関による権限の行使と密接な関連のある行為に基づいて人の生命・身体・財産等に係る重大な法益を侵害する危険性が生じただけでなく,その危険性が現実化することが切迫している状況にあり,この危険性を予見した上で結果に向けられた因果の流れを遮断して結果の発生を阻止し得る立場にある公務員ないし国家機関は,法令上に具体的な根拠がなくとも,条理に基づき,これを行うことが義務づけられるものと考えられる。そこで,このような場合における作為義務の発生要件について前記の諸点に基づいて検討すれば,公務員ないし国家機関により一定の重大な法益侵害に向けられた危険性ある行為が行われ(違法な先行行為の存在),その法益侵害の危険性が現存し,かつ,差し迫っている状況にあり(危険性及び切迫性の存在),当該公務員がその法益侵害の危険と切迫とを認識することができ(予見可能性の存在),かつ,一定の作為を施すことにより結果の発生を回避することができる(結果回避可能性の存在)という場合には,当該公務員に作為義務が発生し,その不作為が違法になると解される。 なお,違法な先行行為の存する場合に,他人に対する法益侵害の危険性を除去すべき義務は,私人であれ,国家であれ,条理に基づき,同じように負担すべきものであり,国家がこれを担当すべき機関を定めていないことを理由に義務を免れることはできないというべきであるから,担当機関が明らかでないことを理由に作為義務の存在を否定する被告の主張を採用することはできない。ただし,前記の作為義務が生ずるための要件は,予見可能性にせよ,結果回避可能性にせよ,具体的な事情に基づいてその存否を判断しなければならないから,この点で,問題となる事象を本来担当すべき機関が何であるかは重要な意味を持つことになると解される。c 本件における作為義務の発生要件(a) 違法な先行行為の存否相当数の日本軍関係者が昭和20年(1945年)の終戦前後ころに中国において毒ガス兵器及び砲弾を遺棄したこと,その態様は,これらを収納庫等の従前の保管場所にそのまま捨て置いたり,他の場所に放棄したり,あるいは隠匿のために地中や河川等に捨てられたりしたというようなものであったことは,前判示のとおりであるところ,同国内の一般私人がこれらに接触するような状況となったときには,爆発やその内容物の作用により人の生命・身体に被害をもたらすことが十分推測されるのであり,遺棄行為はこのような危険性を有するものであったといって差し支えない。特に,毒ガス兵器の使用は,当時既に国際法により禁止されていたものであるから,このような危険物を使用及び保管するだけでなく,これを遺棄することは,顕著な違法性を有する行為というべきである。 そうすると,本件においては被告の機関であった日本軍に属する公務員により違法な先行行為が行われたことを認めることができる。(b) 危険性及び切迫性の存否本件各事件における毒ガス兵器及び砲弾は,いずれも人の生活圏内に存在し,これを開缶したり接触することにより直ちに人の生命・身体に危険をもたらしたのであるから,実際にも人の生命・身体という重要な法益に対する危険性を有し,かつ,その危険が切迫した状態にあったということができる。(c) 予見可能性の存否@ まず,中国において日本軍の遺棄した毒ガス兵器の存在が外交上取り上げられたのは,平成4年(1992年)にジュネーヴで開催された軍縮会議が初めてであり,その際,中国政府から,同国における日本遺棄化学兵器の発見状況及び現状についての報告があったこと,日本政府が中国側から日本軍が遺棄した化学兵器についての処理を要請されて平成3年(1991年)以降中国における現地調査を少なくとも14回実施したこと,しかし,それ以前においては,被告が中国国内において毒ガス兵器の調査を行ったことはなかったことは,前判示のとおりであり,それまでの間,中国政府から日本政府に対して毒ガス兵器の残存についての報告や対処についての依頼がなされたり,中国国内における毒ガス兵器による各事故の発生や中国政府による調査及び処理の結果について伝えられた形跡は存しない。そして,中国に駐屯していた部隊への毒ガス兵器の配備は,当時その使用が既に国際法により禁止されていたことに加え,作戦遂行上も,秘密裡に行われたであろうと推測するに難くないことをも併せ考慮すれば,終戦後,日本軍が解体された後において,被告の各機関所属の公務員が本件第1,第2及び第4事件の発生した場所に毒ガス兵器が具体的に存在することを認識することは容易でなかったものと思われる。 しかしながら,被告において,終戦処理,特に「旧陸海軍に属していた者の復員その他旧陸海軍の残務の整理」を所管することとされていたのは厚生省であるから(旧厚生省設置法4条2項),少なくとも厚生省の当該事務担当者においては,復員する旧陸海軍関係者からの事情聴取により終戦時の武器及び装備の引渡状況の調査を通じて毒ガス兵器がどこでどのように処理されたかを認知することは可能であり,外交関係を含む行政を統括するものとして関係各国との戦後処理を担当していた内閣及びその下における外務省所属の公務員についても,厚生省の旧陸海軍残務整理担当者の調査を踏まえ,さらに旧軍関係者からの事情聴取を行うなどして,調査を尽くせば,中国における毒ガス兵器の遺棄状況をある程度把握することは可能であったと考えられる。なお,実際に毒ガス兵器を遺棄した旨を明らかにしている数人の軍人がいることは前判示のとおりであるほか,中国から引き揚げてきた日本軍関係者に対して引揚時ないしこれに近い時期に速やかに事情聴取を行えば,より多くの者から具体的な遺棄に関する供述が得られたとも考えられ,厚生省を始めとする関係各機関の前記事務担当者にとって,そのような聴取を行うことは可能であったとみることができる。 そして,本件において証拠として提出されている各種資料及び当時の状況から,日本軍が毒ガス兵器を生産し,中国に持ち込み,相当数の日本軍関係者が終戦前後に同国内に毒ガス兵器を遺棄したと認めることができることは,前判示のとおりであり,そのような資料は,被告の前記各行政機関であれば,戦後の比較的早い時期から入手可能なものであったし,終戦後に毒ガス兵器を日本国内に持ち帰った形跡が存しない以上,中国に遺棄したものが多数あったこと自体は,一般的に推測可能なものであったと思われる。 また,証拠(甲第54号証,第99,第100号証)によれば,毒ガス兵器の中国における配備場所及びその数量を示す資料が存在することが窺われ,このような資料についても,前記行政機関であれば,綿密な調査により戦後の比較的早い時期から目にすることが可能であったものと思われる。 さらに,証拠(甲第79,第80号証)によれば,昭和31年(1956年)ころないしそれ以前から,厚生省引揚援護局資料室が日本軍の化学兵器研究経過について調査していたことも窺われる。 以上の諸点を総合考慮すれば,被告の前記各行政機関所属の公務員が,本件第1,第2及び第4事件の発生までの時点において,少なくとも,中国の日本軍が駐屯していた場所の付近に毒ガス兵器が遺棄され,そこに存在しているという限度で,これを予見することは可能であったということができる。 A 次に,毒ガス兵器の危険性の認識について検討する。 この種の兵器の性質及び人体に対する影響は,前判示のとおりであるが,詳細な知識はともかくとして,毒ガスが人体に対して極めて有害な作用を施し,急性症状としても後遺症としても重篤な病態をもたらすこと自体は,被告の行政機関に所属して前記事務に従事していた公務員であれば,ある程度知っていたとみることができる。 それのみならず,証拠(甲第36号証の3ないし5,8,11ないし13,21,第37号証の1ないし3,第103号証)及び弁論の全趣旨によれば,昭和45年(1970年)1月に千葉県銚子沖で漁船により日本軍のイペリット弾が引き上げられ,漁師計15名が顔や手足がかぶれるなどの傷害を負ったこと,公明党が同年2月4日に総理府や海上保安庁などに対して千葉県銚子沖の日本軍の毒ガスによる事故についての回収と補償を申し入れたこと,同年3月にこの問題が衆議院予算委員会で取り上げられたこと,地元漁船によるイペリット弾を引き上げる掃海作業が行われたが,その際,巡視船,海上自衛隊の掃海艇,水産庁の漁業取締船なども出て,掃海作業の指導に当たったこと,同年12月22日に広島県大久野島沖で漁船により毒ガス筒が引き上げられ,ガスが漏洩して漁師5名が急性喉頭炎などの傷害を負ったこと,昭和47年(1972年)5月24日に参議院決算委員会において毒ガスによる被害の問題が取り上げられたこと,同年6月11日から防衛庁が掃海艇による実地調査と資料による全国的な毒ガス投棄の総点検をすることとしたこと,同年7月には陸奥湾付近で毒ガス弾の被害者計16名が出ているとの調査結果が出たこと,昭和48年(1973年)4月6日に参議院予算委員会で毒ガスによる被害の問題が取り上げられたこと,昭和51年(1976年)7月30日に静岡県浜松市でガス管の工事中に地下からドラム缶が掘り出され,イペリットと見られるガスが流出して計8名がその被害を受けたこと,同年9月に千葉県銚子沖でイペリットの漏洩により漁師5名がその被害にあったことが認められる。 以上によれば,最も早く生起した昭和25年(1950年)の本件第1事件の発生時までには,被告の前記各行政機関所属の公務員において日本軍の遺棄した毒ガス兵器が人の生命・身体に危険を及ぼすものであることを知ったとみることができる上,その後は,行政内部の情報伝達あるいは報道により前掲の各出来事に関する情報に接するにつれ,さらに具体的にその危険性を認識することができたと認めることができる。B 以上によれば,被告の前記行政機関に所属する公務員において,本件第1,第2及び第4事件が発生するまでの時点において,各事件が発生した場所を含む中国の日本軍の駐屯地付近に毒ガス兵器が遺棄され,その付近に存在していることを予見し,かつ,その毒ガス兵器が付近の住民等との接触により危険性が現実化して,人の生命・身体に危険を及ぼすことを予見することは可能であったと認めることができる。 そして,本件第1,第2及び第4事件の発生した場所の付近には,日本軍が駐屯していたことは,前判示のとおりであり,その駐屯地付近に毒ガス兵器が存在することについては,これを予見し得たと推認される。 なお,この点に関し,被告は,その所属する公務員において本件各事故の発生を具体的に予見できたことが必要である旨主張する。もとより作為義務発生の要件としての予見可能性は,およそ何らかの事故が発生するといった漠然としたものでは足りず,具体的な事故態様との関係で結果の発生を予見し得たことが必要ではあるけれども,現実に発生した事故につき,その時期,場所,被害発生に至る機序及び具体的な損害のすべてについて逐一認識することができたことを必要とするものではない。問題は,先行行為により生じた危険性についてそれが現実化するのを阻止すべき義務を負わせることができるか否かを論定するための前提としてどの程度の具体性を要求するかということであるから,先行行為の危険性とそれが現実化する因果の基本的な経過につき予見可能性が必要であり,かつ,それで足りるというべきであるから,本件においては,先に認定したとおり,中国に遺棄した毒ガス兵器の有する危険性が現実化するに至る基本的な経過に係る予見可能性は肯認できるものというべきである。C ところが,通常兵器である砲弾については,それが爆発すること等により人の生命・身体に危険を及ぼすものであること自体は,自明のことであるが,毒ガス兵器と異なり,中国に駐屯していた日本軍が常に多量に保管し,実際にこれを使用しており,終戦時に遺棄されたものだけでなく,引き渡されたものや,不発弾等が多数中国国内に残存したであろうことは推測するに難くないのであって,これらについて,被告の前記行政機関に所属する公務員に調査を求めることは困難であり,所在場所を把握することが可能であったと認めることはできない。 また,本件第3事件の発生した場所の付近に日本軍が駐屯していたことを認めるに足りる証拠も存しない。 そうすると,被告の前記行政機関に所属する公務員にとって,それがどこに所在し,中国国民にどのようにして被害を与えるかを予見することは,その調査を通じても不可能とみざるを得ないから,本件第3事件については,予見可能性の存在を認めることはできない。 したがって,本件第3事件については,その余の点について判断するまでもなく,砲弾を放置した行為が違法であるとすることはできない。(d) 結果回避可能性の存否@ 回収措置について原告らは,被告が中国に遺棄された毒ガス兵器を回収することによって本件各事件の発生を回避することが可能であった旨主張するところ,日中平和友好条約が締結されたのは昭和53年(1978年)であるから,それより前の第1,第2事件の発生までに,我が国の主権が及ばない中国国内において,被告が毒ガス兵器の回収活動を行うことは著しく困難であったというべきであるから,被告にそのような活動を行うことを義務づけることはできない。 また,前判示のとおり,中国政府は,昭和27年(1952年)以降,自国内に残遺された毒ガス兵器の調査をして,発見したものについては地中に埋設するなどの処置を執っていたところ,被告にその廃棄を要求するに至ったのは平成2年(1990年)であり,その間は,毒ガス兵器の危険性を認知しながら,自らの行政措置により対処してきたものと考えられ,このような中国政府の対応に照らせば,昭和62年(1987年)の本件第4事件の発生までの間に,被告が担当者を中国に派遣し,同国内において自ら回収活動をすることは著しく困難であったと認められ,このような方法により結果の発生を回避することができたと認めることはできない。 さらに,原告らは,仮に被告が直接回収することができないとしても,中国政府に対して回収・保管業務を依頼することが可能であった旨主張するが,中国政府が自らの判断で毒ガス兵器の調査と処理を行ったことは前判示のとおりであり,被告が回収・保管を依頼したとしてもこれを行うか否かは中国政府の判断に委ねられるから,被告がそのようなことを行うことが本件各事件の発生を回避するにとって有効な手段であったとみることができず,このような方法によって,毒ガス兵器による前記3事件の発生を回避することができたと認めることはできない。 なお,被告が自ら行うにせよ,中国政府に依頼して行うにせよ,毒ガス兵器を実際に回収することによって結果の発生を回避するためには,本件各事件に係るそれを除去しなければならず,その前提としては具体的な所在場所についてまで把握していなければならないことになるが,被告が事前にそこまで具体的に特定して把握していたとは認められず,この点でも,回収措置による結果回避可能性の存在には疑問が残るところである。A 調査・情報伝達措置について 原告らは,被告が毒ガス兵器の遺棄場所を調査し,自ら又は中国政府を通じて,中国国民に対し,毒ガス兵器の遺棄場所,形状,大きさ,危険性,発見したときの具体的対処方法等を周知し,その対処方法を実現し,被害に遭ったときの治療方法を伝達することにより,本件各事件の発生を回避することが可能であった旨主張する。 しかしながら,被告が中国国内で調査活動を行うことは国家主権との関係で制限があることは前同様であるほか,被告が実施した平成3年(1991年)以降の現地調査においても,中国政府が調査の上処理した地点を中心に調査を行ったにすぎず,元日本軍構成員の証言に基づいて地中探査を実施しても埋設地点を特定することができなかったなど,毒ガス兵器が存在する場所をすべて把握できたわけではないことは明らかであるから,調査を実施することにより前記3事件の発生を回避することができたか否かは不明というほかないのであって,被告が調査を行うことがこれらの事件の発生を回避するために有効な手段であったとはみることができず,結局,このような方法による結果回避可能性を認めることはできない。 また,遺棄場所の周知については,被告が自らこれを行うことには前同様の制限があり,中国政府を通じて行うとしても,中国政府の判断が介在することからすれば,その有効性の面で不確定な要素が多く,このような方法による結果回避可能性を認めることはできない。 さらに,毒ガス兵器の形状,大きさ,危険性,対処方法,治療方法等の周知についても,自らの実施には前同様の限界があるほか,中国政府を通じるにしても,中国政府の対応及びこれを受ける中国国民の対応如何によって,その効果が左右され得るから,結果回避に至るまでの経緯に不確定な要素が多いといわざるを得ず,前記3事件の発生を回避するにとって有効であったとまでいうことはできない。 B 結果回避可能性の存否 そうすると,原告らの主張する結果回避措置は,いずれも毒ガス兵器による前記3事件の発生という結果を回避するにとって有効な方法であったとすることはできず,被告にこれらの事件との関係での結果回避可能性があったと認めることはできない。d 小 括よって,被告に作為義務は発生しないから,本件各事件につき,毒ガス兵器及び砲弾を放置した行為が違法であるとすることはできず,結局,国家賠償法1条1項に基づく請求は理由がない。イ 国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求の当否(ア) 毒ガス兵器及び砲弾の遺棄及び放置は,被告の公権力の行使として行われたという性質を具有するのであるが,国家賠償法2条1項所定の「公の営造物」といえるためには,該当物が実際に公共目的に供されることが必要であるところ,外国に持ち込み,遺棄したまま放置されているという状態は,いかなる意味においても被告の用に供されているとみることはできないから,毒ガス兵器及び砲弾は,そもそも「公の営造物」に該当しないといわざるを得ない。 (イ) また,毒ガス兵器及び砲弾を中国に遺棄した時点では,国家賠償法が施行されていなかったことは,前判示のとおりであるから,「設置」につき国家賠償法2条1項が適用されることはない。 (ウ) さらに,中国国内に存する毒ガス兵器及び砲弾の放置については,被告が事実上であっても管理している状態にあったことを認めるに足りる証拠はなく,むしろ本件各事件に係る毒ガス兵器及び砲弾については,被告においてこれを管理していなかったからこそ被害が発生したことは明らかであり,したがって,国家賠償法2条1項所定の「管理」の要件を欠くというべきである。 (エ) よって,その余の点について判断するまでもなく,国家賠償法2条1項に基づく原告らの請求は理由がない。 (2) 日本国民法による請求についてア 民法709条に基づく請求の当否(ア) 遺棄と放置が一体となった行為について 毒ガス兵器及び砲弾の遺棄と放置とを一体となった行為とみることが相当でないことは前判示のとおりであり,これを前提とする原告らの主張を採用することはできないので,以下においては遺棄と放置とをそれぞれ別個の行為であるとした上で判断する。 (イ) 遺棄行為について a 放置行為を遺棄行為とは別個独立の法的評価の対象とみるべきではなく,遺棄行為のみを法的評価の対象とすべきとの被告の主張を採用できないことは前判示のとおりである。 b 次に,遺棄行為について民法709条が適用されるかについて検討する。(a) 日本軍関係者が終戦前後ころに中国に毒ガス兵器及び砲弾を遺棄したことは,被告の公権力の行使に当たる戦争行為に付随して行われたことであり,前判示のとおり日本軍上層部からの命令に基づいて行われたと推認できることと併せ考えれば,これが国家の権力的作用に基づく行為であることは明らかである。 (b) そして,遺棄行為当時においては,国家賠償法が制定・施行されていなかったところ,同法施行前の法制度についてみれば,大日本帝国憲法は,61条において「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス」と定め,行政裁判法は,16条により「行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セス」と定めていたのであり,訴訟手続において損害賠償を訴求する方途は存しなかった上,私人が公権力の行使により損害を被った場合における請求権に関する実体法規は存しなかったのであり,戦前の大審院判例は,民法の不法行為に関する規定は国家の権力的作用には適用がないとしてこれに関する国の賠償責任を否定してきたのであって,いわゆる国家無答責の法理が基本的法政策として確立していたとみることができる。 (c) この点に関し,原告らは,国家無答責の法理は,戦前においても確定したものでなかった旨主張するけれども,明治28年のボアソナードの民法草案には,公権力の行使による損害につき国の賠償責任を認めるかのごとき393条が入っていたのに,その後の明治23年の旧民法財産編(ただし,公布されたものの,施行されなかった。),明治29年の現行民法においては,これと同様の規定は置かれなかったのであり,このような立法の経過にかんがみれば,大日本帝国憲法下の法制度は,公権力の行使による損害につき国に損害賠償責任を認めることには否定的であったとみざるを得ない。 また,原告らは,国家無答責の法理は外国人には適用されない旨主張するけれども,その論拠となるような立法事実の存在を窺うことはできず,むしろ外国人についてこの種の損害賠償請求権があることの立法的な措置がなかったことに徴すれば,当時の法制度としては,同制度の適用に関し,日本人と外国人に差異を設けていなかったというべきである。 さらに,ハーグ条約が同法理の適用を排除しているとの原告らの主張については,これを支持し得る論拠は,何ら存しない。(d) そうすると,毒ガス兵器及び砲弾の遺棄行為について民法709条が適用されると解することはできないから,その余の点について判断するまでもなく,同条項の適用を前提とする原告らの主張は失当である。(ウ) 放置行為について 国家賠償法施行前の毒ガス兵器及び砲弾の放置行為につき国家無答責の法理が適用されることは,先に判示したところから明らかである。 また,同法施行後の放置行為が公権力の行使に係る行為として国家賠償法の適用を受ける問題であることは先に判示したところから明らかであり,そのような問題について民法を適用する余地はないから,同法の適用を前提とする原告らの主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 (エ) 民法709条に基づく請求についてのまとめ したがって,その余の点について判断するまでもなく,同条に基づく原告らの主張は理由がない。イ 民法715条1項に基づく請求の当否(ア) 遺棄と放置が一体となった行為について 毒ガス兵器及び砲弾の遺棄と放置とを一体となった行為とみることが相当でないことは前判示のとおりであり,これを前提とする原告らの主張を採用することはできないので,前同様に遺棄と放置とをそれぞれ別個の行為であるとした上で判断する。 (イ) 遺棄行為について これについては国家無答責の法理が適用され,被告が責任を負わないことは,先にア(イ)bにおいて判示したとおりである。 (ウ) 放置行為について 国家賠償法施行前の放置行為が国家無答責の法理により被告が責任を負わず,同法施行後の放置行為については公権力の行使に係る行為として国家賠償法の責任の存否の問題となり,民法の適用を受けないことは,先にア(ウ)において判示したとおりである。 (エ) 民法715条1項に基づく請求についてのまとめ したがって,その余の点について判断するまでもなく,同条項に基づく原告らの主張は理由がない。ウ 民法717条1項に基づく請求の当否(ア) 土地工作物の設置について 毒ガス兵器及び砲弾の遺棄が公権力の行使に当たることは前判示のとおりであるから,仮に中国にこれらを遺棄したことをもって民法717条1項所定の「設置」とみることができるとしても,これについて民法は適用されないというべきである。原告らは同条項の妥当する領域には国家無答責の法理は適用されない旨主張するけれども,本件は,そもそも民法が適用されないのであるから,前提が異なるというべきである。 (イ) 土地工作物の保存について 前判示のとおり,毒ガス兵器及び砲弾を中国国内に放置しておくことは公権力の行使という性質を有するところ,原告らの主張する「保存」とは,この放置した状態を指すものと解される。 そうすると,国家賠償法施行前については前判示(ア)と同様であり,同法施行後については同法が適用され,いずれにせよ同条項が適用される問題ではない。 なお,中国国内に存する毒ガス兵器及び砲弾について被告がこれを管理するような状態にないことは前判示のところから明らかであるから,これらを放置していたことは土地工作物の「保存」に当たらないと解される。 (ウ) 民法717条1項に基づく請求についてのまとめ したがって,その余の点について判断するまでもなく,同条項に基づく原告らの主張は理由がない。 エ 小 括よって,民法に基づく原告らの損害賠償請求は,いずれも理由がない。(3) 日本法に基づく請求についての結論 よって,日本法に基づく原告らの損害賠償請求は,いずれも理由がない。 5 結 論 以上の次第で,原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第49部裁判長裁判官 齋藤 隆 裁判官 古財英明 裁判官 溝口理佳 |
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