糖尿病 入院日記
これは、2002年11月より約40日間 糖尿病の教育入院にて過ごした日々の記録です。
糖尿病は今や珍しい病気ではありません。いえ、あまりにポピュラーになり、その恐ろしさを知らない人が
多すぎます。 糖尿病に関する詳しいお話しは順次整備しますのでその節はまたお立ち寄り下さい。
個人的な手記であるため、極めて読みづらく長い文章だとは思いますが、ところどころに
病院内の糖尿病教室での医師の説明内容をまとめた部分もありますので、適当にとばして
お読み下されば、きっとお役に立てると思います。
なお、ページの巻末には、私がお世話になった病院のホームページアドレスも記載しました。
ご参照下さい。
糖尿病に関心のある皆様のお役に立てば幸いです。
2002年(平成14年) 11月11日(月)
10時半病院に到着後、病室に案内される。
別館2Fの707号室。部屋に入るなり驚いた。まるで高級ホテルのよう。
日頃利用するビジネスホテルよりもはるかにスペースも広くただ驚くばかり。
なんだかもったいないような気がする。
持ち物を片付けた後、さっそくノートPCを設置し、ELTのDVDを見る。
2001年のコンサートビデオ、内容としては98年のコンサートの方が良かった。
だんだんELTの魅力が薄れてくる気がする。ただ、曲はどれもいい曲だと思う。
看護婦さんより今後の予定表をもらって説明を受ける。
思っていたよりも盛りだくさんのスケジュールだと思った。
栄養指導他にも各種の講義、ビデオ学習もありまるで学校の合宿みたい。
元院長の繩田先生の来室あり。
レマゲン鉄橋のDVDも見始める。
本は、日野原先生の「死をどう生きたか」を読み始める。
就寝は21時なるも、TVと読書のみ23時までO.Kとのことで助かる。
NHKのプロジェクトX等面白い番組は21時以降にあるので見れないかな?と
思っていたが楽しみがまた一つ増えた感じ。
こんな贅沢な時間が持てるとは、まさに神様の恵みなり。
夕食後、主治医の筋田先生の説明を受ける。
今日の心電図でわずかながら不整脈の兆候が見られるので明後日24時間の
心電図とりを行うとのこと。
スタッフの方々もみんな優しいし、この病院に来ることが出来て本当に良かったと
感謝している。
就職後、27年間頑張ってきて、今まさに人生の休息の時が与えられたと思う。
17時ごろ、息子の帰宅時間を狙って電話をする。
病院の部屋番号を連絡するため。
女房からヘルパーさんがPCのことを教えて欲しいけど、病院で教えて
もらえるか?との問い合わせ有りとのこと、問題ないだろうと答えた。
但し、デジカメの取り込みなどについては自分も分からない旨答えておいた。
アプリケーションソフトはそれぞれのメーカーで使い方が異なるから、どれでも
分かるというわけにはいかないことが、みんな分かってないのだなあと改めて思う。
今日の昼食:ご飯の他、白身魚、ほうれん草のおひたし、大根おろし、お吸い物
夕食: 鶏肉のステーキ風、大根の千切り(干ぴょう)、汁(白菜、
にんじん細切れ)、トマト、おくら、キーウイ
食事は予想通りどれも美味しい。
仕事がなければ、自分で料理をするのが良いのだろうけどそうも行かない現実。
今回の入院の期間中、これらの料理の内容をどれだけ自分のものに出来て
それを退院後の実生活に反映できるかが課題だと思う。
本日の体重:87kgなり。もう少し減量できてるかな?と思ったのだが残念。
この期間中どのくらい減量できるだろうか?思いっきり減量できて標準体重に
できるだけ近づいて周りの皆を驚かしてやりたいという願望有り。
血圧値は140/85?くらい・・・こんなに高くはなかったと思うのだが・・・・。
体脂肪率:31.5
・・・・・・・・・・・・・・
キーボードのkの入力がなかなかうまくいかない。キータッチがハード的におかしくなっている模様。
11月12日(火) 晴れ
午前6時 採血。
昨夜は明け方まで頭が冴えて眠れず。朝、採血の声に起こされる。
朝初回の尿を検査。
キーボードの調子回復、昨日の不調の原因不明。
朝、同室の方の話し声を耳にする。繩田先生の評判はすこぶる高し。
朝食 ご飯、みそ汁(玉ねぎ、小ねぎ)、あえ物(コンビーフ、とうもろこし、ニンジン、
もやし、さやえんどう)、リンゴ(1/2)、牛乳、減塩のり佃煮
部屋の窓からの眺望すこぶる良好。
こめかみ等頭部の痛みを看護婦さんに伝えると眼精疲労とのこと、そういえば
自分の仕事も日常生活も目を酷使していることを省みらされる思い。
遠方を眺めるのが目に良いと女房が言っていたのを思い出す。
努めて目を休ませなければと思いながらもこのパソコンに向かうことも目の酷使の
一部とは致し返しなり。
便意は絶えずあるものの排便無し、出るのはおならとお金ばかりなり。(苦笑)
初めて風呂に入る。風呂は大小2箇所有り、今日は小浴場なるも温泉と見間違える
ばかりなり。老人用の介護設備は我々にとっても大変便利。
展望もよく快適。
看護婦さんはみんな若くて可愛い人が多くなんだか照れくさい。
本日3回目の採血。針を刺すときの痛みは担当の看護婦さんの技量によることを
あらためて実感する。ちなみに今日の日勤のAさんは痛い。(笑)
・・・・今夜の夜勤の人も痛い、ということはこれが普通でBさんやCさんが
うまいということか?
本日の採血、計6回、やはりしんどい。
昼食 ご飯、あえ物(白菜、ごま、ほうれん草少々)、アジフライ(片面のみ衣有り、
アーモンドふりかけ)、みそ汁(赤みそ、なす、小ねぎ)、トマト、ミニコーン
夕食:ご飯、あえ物(こんにゃく、かつお節、?)、鶏肉ソテー?(鶏肉、片栗粉)、
おひたし(ほうれん草、しめじ)、メロン、牛乳
昼食後、下腹のくだり感2回有り、1回目便出る。2回目、そのまま痛みがとれる。
このメールはパソコンの設置位置の関係上立ち姿勢にて書いているが
座ってばかりより、いろんな姿勢でキーをたたいた方が身体にも良いかと思う。
今夜の就寝は昨夜に比べると良好。Project X を見た後、11頃眠りにつく。
よく寝たとばかりに朝かと思って物音に目を覚ますとまだ2時、その後朝まで眠れず。
11月13日(水) 午前6時起床、定刻。晴れ
7時半 朝食:ご飯、あえもの(アスパラ、玉ねぎ、ねぎ、にんじん、減塩ソース)、
みそ汁(大根、小ねぎ)、牛乳、バレンシア・オレンジ
9時55分より24時間ホルター心電図計装着。
10時より24時間尿貯蔵検査
尿糖、尿蛋白、尿中Cペプチド(体内インスリン分泌能力)測定
12時 昼食:親子丼(卵、しいたけ、かまぼこ、三つ葉、ニンジン、玉ねぎ)
吸い物(ふ、ねぎ各少々)
煮物(はんぺん、しいたけ、ニンジン、さやえんどう)
酢もの(白菜、ニンジン)
牛乳
良い機会なので英会話のテープでも聞こうかと思い立つもテキストテープなし。
されど、レマゲン鉄橋、プライベート・ライアンのDVDなら英語の字幕及び声が聞ける
ことに気付き、良いアイデアだとさっそく実行に移す、グッド・アイディア!
午後3時。今日は昨日に比べ10℃くらい寒くなると予報されていたが、どうしたことか
日差しは強く、ぽかぽか陽気のよう。昨日より暖かいくらい。
16時ビデオ学習:糖尿列島(糖尿病体験記)著者と自慈大・池田医師への
インタビュー
18時夕食:ご飯
柿
シチュー(ミートソース、豚バラ、インゲン、ニンジン、玉ねぎ、マッシュルーム)
油いため(ごぼう、豚バラ)
サラダ(ロースハム、トマト、キュウリ)
11月14日 (木) 晴れ
朝食前:自己血糖測定器(商品名:メディセーフ)初使用。(操作は、看護師)
血糖値:202
朝食:ご飯
あえ物(カリフラワー、小えび、かつお節)
牛乳
バナナ
みそ汁(カボチャ、小ねぎ)
のり佃煮(10g)
昨日に引き続き、10時より24時間尿貯蔵検査
β-マイクログロブリン( )測定
昼食:ご飯
あえ物(さやインゲン、ごまだれ)
牛乳
サワラ?+減塩しょうゆ、サツマイモスライス、レモン
吸い物(うずら、三つ葉)
午後、フット・ケヤー講義及び実演。講師:木原看護師。
足の健康管理の重要性を認識させられる。
足のケヤーを怠ると血管障害ならびに神経障害により進行すれば
糖尿性壊疽(えそ)となり足の切断(歌手:村田英雄氏の例)に至る事有り。
壊疽は敗血症を引き起こし死亡することもあるとのことで、その恐ろしさは
失明に匹敵するものなり。
木原看護師より、足の手入れの実演として小生の足を手入れしてもらう、
有り難し。
足の手入れのポイント
・足を洗う時は、綿のタオルを使用するのがベスト。
・洗浄ポイントは指の間、指の裏、土踏まず。
・シャワーにてすすぎを充分に行い石鹸を絶対残さないこと。
・乾燥した別のタオルにて水気を充分にふき取る、特に指の間。
・脱脂綿、ローション(ハンドクリーム)にて皮膚表面の水分補給を行う。
(水分補給は足の甲のみ、指の間はけっして拭かない)
足の手入れは入浴治のみならず、朝、就寝前にも行うことが望まれる。
・爪の手入れのポイント
・爪きりの使用はしない。(毎日爪やすりにて手入れ)
入浴後の爪切りは深爪になりやすいので行わないこと。
・爪やすりは爪に直角に立てて使用する。爪は指に直角に平坦に形を
整える。けっして指に沿って斜めにやすりがけはしないこと。(深爪防止)
靴、靴下の選び方
・店で靴を選ぶのは午後にする。(足は午後3時〜4時が一番大きくなるので
この時点で靴のサイズを選ぶ。)
・つま先が靴の内側に当らないこと。つま先の広がった靴を選ぶ。
(運動靴が適当。)
・靴下は綿製、厚手の白っぽいものが良い。(汚れが目立つもの)
家の中でも靴下をはいて足を保護する。
(足の怪我、たこ、魚の目、深爪などが壊疽の発生誘因となりやすい。)
夏場等は頻繁に靴下を取り替えて衛生面に気を配る。
講義はパワーポイント2000によるプレゼンテーション。
PC東芝製ダイナブック、OS:Win98、院内LAN。
とかく足に限らず、我々は健康面への投資を怠りがちである。
これからは自分の趣味や娯楽にばかりお金を使わずに少しでもこれらの健康管理に
お金を使いたいものである。
健康投資として買いたい品物。
靴、靴下、枕、デジタルヘルスメーター、血圧計
退院後治療すべき病気: 歯槽膿漏、水虫
夕食:ご飯
おひたし(ほうれん草、ニンジン、かつお節)
しょうが焼き(豚ロース、しょうが)、サニーレタス
吸い物(とうもろこし、しめじ、ベーコン)
左足かかとにあかぎれによる皮膚の亀裂生じ、痛む。
プレパール・ローションを処方してもらい、夜、夜中2度塗布。
主治医:筋田医師より運動負荷心電図の結果の説明受ける、問題なし。
この際、自己血糖測定器の購入の意思を聞かれ、即購入を決める。
測定器メーカーについて、本病院にてはテルモ製メディセーフを採用しているが
参考書に最近開発されたマイクロレットチョイスが採血部位を指先に限定せず
いろいろな長所もあり優れているとの情報があったので、この点について質問する。
先生曰く、メディセーフの方が実績有り(測定精度の信頼性、使用者からの反響に
問題無し)とのことでメディセーフを勧められる。
当方意義なし、ただことの真意を確かめたかっただけであるため、先生からのご回答を
いただき安心する。
自宅での自己測定と病院での測定器具は同一のものにした方が測定データの
比較検証に適することは明白であり、この点については意義なし。
入院以来3日間、不眠(脳が覚醒していろいろなことを寝床で考えていると眠れない、
睡眠時間2〜3時間にて翌日は頭が重い)であることを伝え、睡眠薬の使用の要否を
先生に質問する。
しばらく様子を見てからにした方が良いでしょう。とのご回答に安心し、今夜は
ゆっくり眠れそうな気がする。
11月15日 (金) 曇り
午前6時30分起床。昨夜は20時就寝、途中23時頃目覚めるも0時頃際就寝。
今日は初めて充分睡眠がとれる。
しかしながら緊張感がやや解けたのか体のだるさ、頭の鈍痛を覚える。
左足のかかとの傷は、夜中シーツに触れても痛みを感じたものの、今朝は
表面部だけでも亀裂は口を閉じているよう。歩くのには支障を感じない。
朝食前自己血糖測定 血糖値:193 操作:D看護師
朝食:ご飯、ふりかけ(三島食品・土佐)
おひたし(白菜、ニンジン、キュウリ)
パイナップル
牛乳
みそ汁(玉ねぎ、小ねぎ)
9時30分:最初の自己血糖値測定 食後2時間血糖値:327
(血糖値はおおむね食後約1時間にて最高値となるとのこと、参考書による)
今後は隔日、月水金 朝食前後の測定となる。
VTR学習:「しのびよる合併症」
3大合併症の体験者自身が語るそれぞれの体験談は身にしみるものがある。
3大合併症とは・・・糖尿病性網膜症(失明)
糖尿病性腎症(人工透析)
神経障害(知覚異常により痛みに気付かない
代表例:足の壊疽(足の切断)
入院中の糖尿患者の体験談
別の病院にかかっていたが、その医師は肝臓なら肝臓に関するものだけしか
見ていないと言った。案外無責任なものである。
廣畑医師による講義(糖尿病を治せばどれだけ得をするか) 10時半より
講義ポイント:合併症を防ぐ指針値 血圧:130/85以下
HbA1c(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)
:6%以下
遺伝的素質:有色人種そのものが糖尿病にかかりやすい素質有り
世界で一番糖尿病患者の多い国はインドであり
今後は中国がトップになるであろうと予想される。
日本人の最も多い病名:高血圧、ついで糖尿病
健康な人の血糖値: 朝食直前血糖値:70〜110かつ
朝食後2時間血糖値:200以下
参考:人工透析の年間費用:700万円/人(医療費総額)
みのもんたは医者ではない。
あくまで一般論を述べているにすぎず責任ある発言ではない。
講義終了:11時35分、その後風呂に入り、足を充分洗っていると今日も昼食に
遅れる。(>_<)
昼食:ご飯
シャケ・マリネ?(シャケ、玉ねぎ、?)、レモン1切れ
ブロッコリー
とろろそば(そば、山芋とろろ、干しのり)
牛乳(半カップ)
運動療法始まる。ストレッチ、ダンベル体操、ラジオ体操、エアロバイク(自転車)
途中、安藤牧師来室。
当方、あわただしくてややお疲れ気味。
16時30分 ギデオンU兄弟来室。
Uさんも20年来の糖尿病とのこと。
夕食:ご飯
おひたし(ほうれん草、なめこ)
豆腐の煮物(木綿豆腐、豚ロース、さやえんどう、しらたき、玉ねぎ)
なす、ニンジン
キーウイ
11月16日(土) 晴れ
昨夜も良く眠れた。
朝食:ご飯
おひたし(菜っ葉、ニンジン、豚ロース)
牛乳(1パック:200ml)
味付け海苔
リンゴ(1/4x2ケ)
みそ汁(ジャガイモ、小ねぎ)
9時半 運動療法
ストレッチ、ダンベル、ラジオ体操、エアロバイク
昼食:ご飯
酢の物(だいこん、ニンジン、昆布 各千切り)
煮魚(たら?、ごま)
キュウリもみ
吸い物(さといも、葉)
牛乳(カップ)
入院中の母のこと
母が昨年5月より脳梗塞で入院中である。脳梗塞そのものは薬で散らしたとのことで
後遺症のリハビリによる回復治療を続けている。
いまだにオムツをつけたままである。
早く退院したいとの言葉とは裏腹に勝手に間食をしたり、ほぼ一日中付き添っている
父がなんでも母の代わりにやってしまう現状は母の回復の阻害原因であろう。
たとえ小さなこと(例えば、自分の状態を看護師に伝える、熱を測るetc)であっても
すべてが自分自身の治療のためと思えば日常のすべてが即リハビリであるはずである。
そのことを母も父も自ら放棄している。これでは回復が進むわけが無い。
そのことをちゃんと自覚し自己管理を徹底せずに早く退院したいというほうがどだい
無理というものであろう。
身の回りの世話を他人である看護師に頼むことをかたくなに拒む姿勢が結局自分に
不幸な結果を招くことを全く自覚していない。
父も手持ち無沙汰なのか否かその真意ははっきりしないが、患者にとっては
有難迷惑な付き添いである。
患者が回復不能な状態の末期ガン状態であるとかなら話は別だか、回復し退院を
願うのであればなによりも患者本人の自覚と自律を優先すべきである。
この点について息子としてはどう対処すべきであろうか、母は父に依存し、父は
母の世話をすることにいわば生きがいを感じているかに見える。
本人たちがそれでいいのなら何も言うには及ばないが、退院できる日にはまだ
かなり道のりは遠いと言わねばならない。
難しい問題である。
入院して最初の土曜日である。ただ今午後3時を回ったところ。自分自身の勝手な
想像に反して来室される人はまだ無し。
入院前はあまり見舞いなど来て欲しくは無い、わずらわしいだけと本気で言っていたが
話し相手のないのも寂しいものである。かくも人間(私自身)とは勝手なものである。
北海道のメル友からもらった羊蹄山の写真集を見る。
いつかは家族で北海道をドライブしたいという夢、
北海道の陸上自衛隊・公開演習を見に行きたいという願い、
かなうかどうかはこれからの自己管理次第。
夕食:ご飯
あえ物(もやし、ピーマン、しいたけ)
鶏肉のトマトソース(鶏ステーキ、ケチャップ、ベーコン)
アスパラガス、タルタルソース
バレンシア・オレンジ
11月17日(日) 晴れ
6時半起床、昨夜の就寝は9時であるから9時間半も眠ったことになる。
途中一度目が覚めた記憶があるが、とにかく熟睡できるようになった。
ただ、こめかみや頭頂部の鈍痛(重い)がどうも残っている気がする。
胃腸の調子は不調をほとんど感じない。
井原隆一氏の「財務を制するものは企業を制す」の再読を始める。
朝食:パン(3枚切り)、マーガリン、ブルーベリージャム(マーピー)
プロッコリー、ベビーコーン(タルタルソース)
牛乳、みかん
9時半 35.4℃ 142/80 血圧依然高めのよう
11時 体重測定 85.8kg 少しづつ減少 (^ ^)
昼食:ご飯
魚の和風マリネ(シャケ、大根おろし)
酢の物(キュウリ、わかめ)
牛乳(半カップ)
吸い物(ふ、三つ葉)
夕食:ご飯
ロールキャベツ
わらび・あえ物
おひたし(菜っ葉、かつお節)
梨
日曜日の午後、面会もなく デイルーム(ロビー)にて一人本を読む。
井原隆一氏:財務を制するものは企業を制す
日野原重明先生:死をどう生きたか 読み終える。
遠藤周作氏:わたしが棄てた女を読み始める。
食事は思ったよりも多く食べられるので安心している。
一生懸命に食事の内容を覚えようとしているが、食品の名前、調理法が分からない。
11月18日(月) 曇り
食前血糖値:203 なかなか下がらないものである。
朝食:ロールパン(4ケ)、(マーガリン、ブルーベリージャム)
野菜サラダ(レタス、キュウリ、とうもろこし、和風ドレッシング)
パイナップル、牛乳(1パック)
昨夜も睡眠は充分とれたと思うが、どうも体がだるく頭が重く感じるのはなぜだろうか。
胃も空腹感に似たもたれのような感じがするが、気のせいだろうか。
時々お腹(下腹あたり)がごろごろと動く。
昨日は最初の日曜日であったが、来訪者なし。話し相手がいないのは寂しいものである。
8時30分 検温 36.2℃
就職して27年、退職して11年、客先会社常駐にて3年くらいか・・・
就職時の初心は遠い昔、自営独立後、あらためて昔のような仕事が出来ると
喜び勇んでいたのもつかの間、なんとも昔に比べて仕事のやり方が荒っぽくなった
ものか。いやいやながら生活のため、家族のため、自分のためとやってきたが
結局、自業自得というものか、病を得てはじめて方向転換が出来るとは。
結局自分の身体は自分で守るしかないと改めて思う。
一人きりというのは寂しいものである。
「一人であること、孤独であること、それが私の二十歳の原点である。」
二十歳にして鉄道自殺した高野悦子さんの日記、二十歳の原点より。
同室のEさん退院。病名不明。(糖尿病ではない)
そのベッドに早速Fさん入院。
9時半 食後2時間血糖値 自己測定:293
広畑医師による講義
糖尿病で起こる嫌なこと
3大合併症の他に 低血糖性昏睡(意識障害)
心筋梗塞(糖尿病の場合、痛みを感じないことが問題)
*健康サンダル、針灸、低温やけど等による水ぶくれを
勝手につぶさない(化膿が怖い)
昼食:ご飯、牛乳(カップ)
魚のお好み焼き(白魚、玉ねぎ、ニンジン、ピーマン、クリーム?、かつお節)
おひたし(ほうれん草、ゆで卵みじん切り)
お吸い物(ニンジン、とうもろこし、パセリ粉)
水虫痛痒し、退院後は間髪いれず治療にとりかかるべし。歯槽膿漏治療、歯垢除去も
同様なり。
朝から時折、胃の左側に内臓筋肉(皮下)のけいれんが生じている。
筋田先生より近々眼科の検査を受けることとのお話有り。
どこか行きつけがあるかと聞かれたが近所の眼科では不安なりと応え、さつか眼科を
紹介してもらうことにする。
体重は減っているが血糖はなかなか下がりませんねとのこと。まだ始めたばかり
ですからしばらく様子を見ましょうとのこと。
17時半 お腹が減った。
18時 夕食:ご飯、
焼肉(豚ロース、大根おろし、減塩しょうゆ)
あえ物(しらたき、さやえんどう、ニンジン)
あえ物(もやし、ニンジン、小ねぎ、しょうが?)
メロン
病院食も早1週間、薄味、量が少ないことに不満が出てきた気がする。
夕食はいつも残さず食べているものの今夜はまだ空腹感が強い。
自分ながら、誠に勝手なものなり。
もし、神というものがあるならば、その神はこうしたつまらぬ、ありきたりの日常の
偶然によって彼が存在することを、人間にみせたのかもしれない。理想の女という
ものが現代にあるとは誰も信じないが、ぼくは今あの女を聖女だと思っている・・・。
「わたしが棄てた女」僕の手記(T)より
著者:遠藤周作氏の信仰をここに見る気がする。
信仰とは高貴な神学を論ずることでも、弱者救済を声高く訴えることでもない、ただ
いかに与えられた命を精一杯生きたかということに尽きると思う。
自分の人生は人に見せるためにあるものではない、自分なりに精一杯生きること
そこに人生の意味が見出せるものではないだろうか。
11月19日(火) 晴れ
午前6時10分起床。
昨夜は21時よりスーパーテレビ・情報最前線を見る。
「おじいちゃんが恋をした・高齢化社会における恋愛事情」
老いて伴侶を失った後の人生をどう生きるのか、新しいパートナーを探すこと
それが生きる希望を生む姿を垣間見た。
老いても心は変わらない。当然と言えば当然ではないのか。
世間体を気にせず自分の人生を自らエンジョイする姿は自然で微笑ましい。
結婚という形態にとらわれず第2の人生を歩む姿は美しいと思う。
人は一人では生きられない。よきパートナーを得てこそ、健康で長生きしたいと
思うものであろう。
また老人ホームにおけるAV上映会が高齢男性に生きる喜びを与え、不自由な体が
回復した実例にあるように、人間の本能に合致したものがあることはその人に生きる
望みを回復させる力があるようだ。
老いてこそ本音のままに生きられることは素晴らしいものではないのか。
高齢者のお見合い相談所が盛況とのこと、しかしながら自分にとっての良きパートナーを
探すことは容易ではないという。
退院後の仕事のあり方を模索していたが、結論を得る。
やはり自分は自宅に帰る。自宅を拠点として、FA(フリー・エージェント:自由契約)で
仕事をすることにする。そうすれば、治療を第一とした行動計画が立てられるし、実行も
出来る。
仕事量をどう確保するかという問題は残るものの、第一の方針が定まればおのずから
その方策も立つというものであろう。
このようにすれば、食事治療も規則正しい生活パターンも実現可能のはず。
収入源は支出削減等による対応を考えればいいはず。
むしろこう考えるほうがいろんな意味で希望を見出すことが出来る。
本日 血糖値 7回測定日
朝食前血糖値:203
朝食:クロワッサン(大2ケ)、マーガリン8g
キャベツ、カニかまぼこ
牛乳、バレンシア・オレンジ
水虫の足、指間が切れて痛し。薬をお願いした。
9時10分 36.3℃ 120/72
朝食2時間後 血糖値 219
10時45分 風呂が空く時間帯を狙って今日はゆっくり風呂に入る。
いつもバタバタしてるのが、今日はゆったり入ることが出来た。
昼食前血糖値: 209
昼食:ご飯
山椒焼魚(タイ、山椒)、ブロッコリー
牛乳
カリフラワー、?
吸い物(三つ葉?、なめこ)
(ちょっと前の分なのに思い出せない。なんだかとみに最近物忘れが激しい気が
する。目も老眼ぽくなってきたし、老化現象は少しづつ忍び寄ってきている気もする。)
昼食後2時間血糖値:199
血糖値が低いのは昼食後運動をしたからか?
夕食前血糖値:166
18時夕食:ご飯
豚の琉球焼(豚もも肉、みそ)、ニンジン、ピーマン
酢の物(ごぼう、ゴマ)
キーウイ
20時 夕食後2時間血糖値:250
今日、夕方、息子が来るはずであったが、体調を崩して学校を早退したとのこと、
女房の弁によれば寝不足ではないかとのこと。
必要なものは明日女房が電動(リフトタクシー)にて持って来るとのこと。
わたしが棄てた女を読み終える、読みながら涙が出たのはなぜか。
午後7時、夕食後の静かなひと時である。
ある人は夜が長いと言う、しかり。
病院とは現実社会を離れ、それぞれに生の意味を問う場所なのかもしれない。
23時 就寝前血糖値:246
11月20日(水) 晴れ
午前7時朝食前血糖値:170 ようやく下がり始めた感じ。(^_^)
朝食:食パン(マーガリン、マーマレード)
サラダ(レタス、カイワレ、あかかぶ、タルタル)
バナナ、牛乳
今日は特別な用事無し。気分的にはゆったり。
午前中2回自己採血、VTR学習、風呂。午後からはいつものように運動30分。
と思いきや、水曜日はリハビリルームは午前中のみとのことなので忘れないように。
朝からELTのコンサートVTRを見る。
いつも思うのだが、メンバーがみんな楽しみながら音楽を楽しんでるのがいい。
ファンのみんなも一団となってコンサートを楽しんでる姿もいい。
もうこんなライブコンサートを見に行くことは出来ないだろうか?血糖値があがりそう。
コンサートメンバーではサポートクルーでベースの浅田さんの寡黙な演奏ぶりが
カッコいいと思う。
自分の仕事に誇りを持って楽しんでやれるなら最高だと思う。
これはどんな仕事であれ同じだと思う。
8時50分 血圧 112/72 これも下がってる、(^_^) 体温 35.5℃
9時半 食後2時間血糖値:310 一喜一憂ではないが、血糖値もばらつき多し。
今朝、Gさん退院、Hさん入院。
昼食:牛丼(ご飯、牛ロース、玉ねぎ、ごぼう)
がんもどきの煮付(がんもどき、さやえんどう、しいたけ、コンニャク)
吸い物(ふ、小ねぎ)
あえ物(小松菜、えのき)
カップ牛乳
洗濯する。
ギデオン・UE兄よりお花が届く、感謝。
午後、女房がハンディキャップ(リフト付ワゴン)に電動とともに乗って来室。
届け物だけ届けると、車を待たせてあるからとすぐに帰る。
見舞いは誰か来たか?と聞くので、安藤牧師とギデオンの内田さんのみと答えると
「人気がないねえ・・・」と一言。言い当てている。
見舞い客がこないのは静かでいいが話し相手がないのはやはり寂しい。
今日は午後から予定がないので、ベッドに横になってELTコンサートツァーを見る。
一度見に行きたいが、こんなのに行ったら血糖値が急騰するかな?
貝原益軒(江戸時代の医学者)著:養生訓 院内VTR学習のアニメ・キャラクターとして
現代養生訓を解説。最近のビデオはいろいろ工夫している。
まだ17時、お腹が減った、夕食までまだ1時間ある。
がつがつして食べると食事もすぐ終わる。よく噛んで食べることと言われてるのに。
同室の人(3人)はなんらかの処置(点滴等)をしている。
そのうち二人は入院慣れしてるのかしょっちゅうナースコールをしている。
それでいいのだと思う。いつかは誰しも他人にお世話にならなければならないのだから
割り切ってお世話になればいいと思う。
特に母のこと、看護婦さんを嫌っていては直るものも直らない。
身内ばかりに頼ろうとしてもおのずと限界があるものだ、そのことをきちんと認識して
自分でやれないことは喜んで他人に任せることも自己訓練のひとつだと思うのだが。
夕方、主治医の筋田先生来室。まずまず血糖値も体重も徐々に下がる傾向有りのよう、
薬(血糖降下剤)の使用については2週間目を目途に判断したいとのこと。
出来れば薬は使用したくない。管理が面倒だから。
なんとかこのまま食事療法と運動療法で血糖値他が順調に落ちて欲しいと願う。
食事も運動も制限するか無理に長時間やればいいというものではないところが
難しい。いずれも医師の指示通り、少なすぎてもいけない、多すぎてもいけない。
食事は単にカロリー計算すればいいというものではない、すべての栄養素を指定分だけ
バランスよく配分しなければならないところにこの療法実践の難しさがあり多くの人が
挫折するのであろう。しかしながら、ここで挫折するわけにはいかない、まだまだ
やりたいことがたくさんあるのだから。
塩狩峠を読んでいる。読書の時間がたっぷりあるのは嬉しいが、本ばかり読んでると
どうも目が疲れるか?・・・本よりもこのPC書き込みのほうが目に悪いか?(^^ゞ
夕食:ご飯
黄金焼魚(白さかな、卵、みそ?)
肉じゃが(ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン)
あえ物(さやインゲン、白子)
魚の名前分からず、調理方法分からず・・・これからの研究課題なり。(大げさ)
コンサートツァーDVDには、DVDならではのオマケ付。
全国各地のツァーのオフショット(舞台裏)のビデオあり。
夜NHKのためしてがってんをディルームにて見る。
記憶のメカニズムについて、物忘れを防止し記憶力を高める方法。
(1)間隔をあけて覚える(休憩をとりながら)
情報を新鮮に受け止める。
1時間勉強したら10分休憩する方が休憩をとらずに勉強を続けるよりも良い。
一日3時間勉強するより1日1時間を3日行う方が効果的。
(2)直前の情報ほど覚えやすい。(暗記ものは寝る寸前に)
サンドイッチ訓練法(暗記もの→応用→暗記もの)
(3)思い出し訓練
朝起きたら答えを見る前に思い出し訓練。
暗記ものは答えを隠しながら問題を解いていく方法が効果的。
11月21日(木) 曇り
朝食:食パン(マーガリン、オレンジマーマレード)
ゆで野菜(わらび、ニンジン、なめこ、コンビーフ)
牛乳、みかん
9時50分 体温 35.9℃
10時半 体重測定 85.85kg 減らんなあ (>_<)
同室のHさん本日退院。
昼食:鮭のほうれん草ソース(シャケ、赤・黄ピーマン)
ブロッコリーゆで(ごま)、牛乳(カップ)
吸い物(ベーコン、小ねぎ、マカロニ)
14時 いつもの運動。
15時〜16時 日常生活における注意の講義
1.薬(血糖降下剤)を使ってる場合等、低血糖に注意
低血糖時の症状は「ヒドイ手と腹」と覚えよ
・ヒ:冷や汗
・ド:動悸
・イ:イライラ
・手:手のふるえ
・腹:激しい空腹感
*薬を使用しだしたら、砂糖(ペットシュガー20g:1単位)を常備せよ
但し、これは応急処置、症状が出たら病院へ
2.シック・デイ(病気の日)
発熱、嘔吐、下痢等で食事が取れないと低血糖となりやすい。
こんな時は迷わず病院へ。
3.歯の手入れは普段から。
高血糖時は免疫低下していることを自覚せよ。
4.アルコールとタバコ
アルコール:無茶飲みは血糖コントロールを破壊し、アルコール性低血糖を招く.
タバコ:ニコチンは動脈硬化を促進する。
(ニコチンは自分自身で吸わずとも煙雰囲気で体内吸収するので要注意)
講義後、繩田先生来室。仕事のことを相談する。これを機に仕事のやり方を変える
(治療中心型に)ことは良いことでしょうとのこと。
また、アルブミンが微量検出されているようだとのことで腎症への進行が懸念されるが
血糖コントロールをきちんとやれば良いでしょうとのことである。
自己採血結果の値を見てもらう、まあ少しづつ下がってますねという感想であった。
入院期間も1ヶ月あればいろんな意味で体が慣れてくるでしょうとのことであった。
体重のことについては、糖尿病の場合、血糖コントロールが一番なので体重をそんなに
気にしなくても良いでしょうという感じであった。
でもこの機会になんとか体重、血糖値ともなんとか一度正常値までもって行きたい。
夕食前、「塩狩峠」を読み終える。
18年前、黒崎の駅前書店(今はその場所はパチンコ屋になってる)で買い求めた
一冊の文庫本がその後の自分の人生を変えたといっても過言ではない。
この小説の主人公のモデル、実在の人、長野政雄氏の信仰と遺言の中に述べられている
「世の永眠によりて、多くの人が天父に近づかんことを祈る」という祈りは時代を超えて
まさに生き続けていることを改めて思う。
長野兄の信仰が三浦綾子さんの小説を通して成就した例は枚挙にいとまがない。
なによりもこの自分が信仰を与えられたことがその証である。
今また、病を得て心新たにこの小説を読み返すことが出来た。何度読んでもラスト
シーンは涙無しには読めない。
この世に生を受けた以上、死を避けることは出来ない。しかしながら本気で死は怖くない
と言える信仰を与えられていることもまた事実だと言わざるを得ない。
いついかなる時もイエス・キリストの父なる神を証するものとして生き、
また死にたいものである。
夕食:鶏のつくね煮(鶏つくね、だいこん、さやえんどう、にんじん)
酢の物(春雨、キュウリ)
・・・・(忘れた、今食べたばかりなのに・・・(>_<) )
梨
腹が減ってただ食べるのに夢中になると、よく噛んで食べることを忘れ、献立もすぐ
忘れる。食後の薬を飲むのも忘れる。 (>_<)
今日また胃薬の追加分(次週分)を薬剤師の女性が持って来てくれたが今週分は
やはり1回分のみ忘れていた。病院にいてもこの調子なら先が思いやられるか?(苦笑)
11月22日(金) 晴れ
夜中2時半頃 同室のGさん 盛んに何か訴え、夜勤のBさんをたびたび呼んでいる。
「おーい、おーい、かあさん!」というふうに聞こえる。
目が覚めて眠れないので太田裕美のCDを聞く、それでも眠れずにいたがいつの間にか
寝ていて6時前に起床。
6時過ぎ、朝の巡回の時、Gさんの反応なし、バタバタと宿直の先生や看護婦
さんが集まって心臓マッサージなどをやっている。
少ししてベッド毎別の部屋に移動した模様。
7時 食膳血糖値:187
血糖値下がらず。
昨日夜、主治医の筋田先生も血糖値の降下状況が悪いので来週月曜日に再度
1日7回の血糖測定をしてから今後のこと(投薬開始)を考えようとのことであった。
運動量の余力があると感じるのでエアロバイクの時間を15分に延長することを
承諾いただいた。
朝のニュース:高円宮殿下ご逝去。47歳の若さとのことで驚く。
人の命とはかくもはかなきものなりか。心筋梗塞とのこと。
窓から見る眺めは今日も快晴なり。
朝食:ロールパン(イチゴマーマレード、マーガリン)
牛乳、おひたし(菜っ葉、ニンジン)、りんご
机上にUE兄より贈られた花。病室に彩りを添え心なごむ。
9時半 食後2時間血糖値: 271
10時半より広畑医師講義
糖尿病の治療法: 自分らしい豊かな人生を
治療法も日進月歩している・・・常に新しい情報を
食事療法のポイント: 必要以上に食べない。
栄養バランスを考える。
毎日続けられるもの。(無理なく、楽しく、生涯続けられること。)
塩分を減らす。(7〜10g/日) 一般的日本人は20g/日くらいとっている。
コレステロール、飽和脂肪(動物性)を避ける。
ゆっくり食べる・一度にたくさん食べない。(20分くらいかけて)
規則正しい時間帯に食べる。
運動療法のポイント : まず歩くこと。
食後40分〜1時間後に行うのが効果的。(朝昼夜は無関係)
運動必要量=150分/1週間が目安
体調不良時は行わない。(無理をしない)
薬物療法のポイント :薬、治療法も年々進化している。薬も各自の症状に応じて
オーダーメードの時代になっている。
インスリン注射は一生涯続けないといけないというのは迷信。
一時的(2週間程度)インスリン注射による血糖降下を行い
それから薬物療法、食事療法のみと移行することが可能。
昼食:うどん(ほうれん草、しいたけ、ニンジン)
魚の味噌漬(アジ)、白菜(減塩しょうゆ)、さやえんどう
酢の物(白菜、キュウリ、ピーマン)、牛乳
Zさん、廊下側から窓側へ移動。Yさん入院。
夕方リハビリ中、教会のIさんご夫妻来院。
この後、頚(けい)動脈のエコー検査あり。動脈硬化の検査なり。結果は後日。
夕食:鶏のパプリカ焼(かしわ、しめじ、玉ねぎ)減塩ソース
たけのこ、かつお節
かぶの酢もの、メロン
夕方より高杉良著:再生(続・金融腐蝕列島)を売店で買ってきて読み始めた。
旧住専処理問題を銀行内部の一幹部の目から見たサラリーマンの苦闘の物語。
上巻を読み終える。
11月23日(土) 晴れ
昨夜寝る前に気付いたのだがあまり気にせずにいた右足のしびれが今朝も続いている。
よく観察すると右足の足の裏のみつま先からかかとまで足の裏の表面のみが
しびれている。
今日は「再生・下巻」を購入の上読みつづけたい。
昨日隣に入室してきたおっちゃんが朝からテレビをイヤホンなしで見ている。
うるさくて仕方ないが、耳が遠いと看護婦さんが言っていたことを思い出す。
がまんするっきゃないかねえ。(>_<)
・・・・しばらくして耳元スピーカーに変えた様子、気づいたんだね。
朝食:クロワッサン、牛乳、バレンシア・オレンジ
サラダ(カリフラワー、ミニトマト)
今日は勤労感謝の日であった、売店は開いているだろうか?
9時 看護婦さん交代 足のしびれのことを知らせる。
ここ2、3日 なんとなく疲れを感じる。今日は運動は休もうかと思う。
右足の動脈の触診を受ける、以上なしとのこと。
体温:35.8℃ 脈拍:70
今日はどうも疲れを覚える。
(本日は祝日につきリハビリルームはお休みであった。ちょうどいい。)
本日売店閉店。来週あたり外出許可をもらって井筒屋ブックセンターでも行きたい。
病を得て病む人の心に思いをはせる。
Jさん(教会の先輩。糖尿病を得て後、網膜症による失明、人工透析、心臓
手術を受け、現在娘さん宅にて寝たきりの介護を受けている)は元気だと聞くが
また一度お見舞いに行きたいものである。
以前病院にいたときは何度か病床を見舞い喜んでもらった(新宮の国立福岡東
療養所、和白病院)が、自宅療養となってからは1度だけ牧師とともにいったきりである。
これは娘さんからお見舞いはありがたいが、見舞い客が来た後は必ず父は興奮して
発熱を起こす。その後の看病が大変なので・・・とその真意を聞かせてもらった。
全くその通りであろう、見舞いは見舞い客の勝手な思いや義理で行ってもなんにも
ならないことを改めて思う。本人やその家族にまで思いをはせて見舞うか否かを
考えなくてはならない。
昨年昇天されたKさん(元市立八幡病院院長・教会客員)の場合は、前立腺ガン
ということで長らく入院されていた。
見舞いに行こうかとも思ったが、病状がいかがなものかという気持ちと社会的地位に
引け目を感じてとうとう一度も病床を見舞うことが出来なかった。
御昇天後、J夫人より「主人はDOMさんと一度ゆっくり話がしたかったと申して
おりました」という言葉を聞き大変後悔した。
同じ信仰に生きるものとして社会的地位や年齢を越えて一人の人間として振舞う
べきであったと今でも悔やまれている。
また隣からテレビの音が聞こえてくる。気にかかり嫌なものである。気にしなけりゃ
いいのだろうけど。
11時45分 昼食前血糖値:154 (入浴後)
疲れや足のしびれが気になるので自主的に計ってみた。
今までで一番低い値だ。
昼食:行事食
魚とほたてのマリネ(白魚、ホタテ貝柱、ニンジン、ピーマン、プロッコリー
クリームソース)
野菜スープ(玉ねぎ、コーン、)
果物(イチゴ、キーウイ、・・・)
リンゴ その他 豪華でした。
昼食が終わると、Lさん(お客さん:元勤めていた会社の後輩)来訪。
仕事のことは今後は会社には常駐できないので荷物をまとめる旨伝え、
あなたも自分の体は自分でしっかり守んなきゃダメだよと話す。
約一時間雑談。 本音で話せて良かったと思う。
彼は今日もこの後仕事とのこと。
現在中国で機械の据付中にてその基地業務有とのこと。
中国向けは新たに別のプロジェクトを受注したとのこと。
技術力が問われるのはこれからであろう。
自分はこの病気のおかげで足を洗うことが出来たと思う。
そういう意味では感謝である。
14時半 弟夫婦子供連れで来室。くれぐれも体に注意しろ、検診を怠るなと
物申すものの、どこまで真意が伝わっただろうか。
誰しもわが身に降りかからなければその真意は悟れぬものかもしれない。
それではとき既に遅しとも言えると思うのだが。
夕食:おでん(厚揚げ、卵、コンニャク、さといも、ニンジン)
ひじき、さやえんどう きゅうりの酢もの
牛乳
おでんのボリュームは嬉しかったが、味がことのほか薄い。
なんだか今日は終日少し頭が重く疲労感があった。
11月24日(日) 晴れ 雲ひとつない快晴
朝食:食パン、野菜サラダ(サニーレタス、あかかぶ、ミニトマト)
牛乳、パイナップル
朝起きた後、右足のしびれの状態は依然変わらないと感じていたが、朝食時に
歩いて3階の食堂へ行くと、しびれが軽減していることに気付いた。
しびれの具合を定量的に示すと昨日を1とすれば0.2〜0.3程度と思う。
介護と自助努力
例えば薬を飲む際、薬袋を開封するとする。この時、自分でやるのか看護婦さんに
やってもらうのか、体が自由であれば考えるまでもない問題だが、体が思うように
動かない場合どうすべきか。
これは患者の状況により異なる。もしも患者が不治で回復不能ならば看護婦なり
周りの介護者が助けてやることは当然であろう。しかしながら少しでも回復を願うなら
あえて周囲のものは心を鬼にしてでも患者自身で行うように促すのがとるべき態度だと
思う。
なぜならば薬の開封という作業にしても指先の運動機能を劣化させないための
重要なリハビリの手段となるからである。
今朝のお隣の患者と看護婦の会話を耳にしてしみじみそう思った。
あえて患者にその自助努力を促す看護婦は良き看護者である。
何も言わす黙々と介護をすることの方がはるかにたやすい。自助努力を促そうと
患者にその旨を伝えたとしても反感を買うことなりかねない。それをあえていうと
するならばそれは看護の職務に忠実であろうとする立派な行為である。
それにしても看護師の仕事は多岐にわたる、大変な仕事だと思うが、自分の職務に
誇りを持ってそれを遂行しようとする姿は美しいものである。
11時 体重測定 85.45kg わずかではあるが減っている、思わず笑顔出る。(^^)
今ごろは教会では礼拝真っ最中。自分はベッドの中。なんだか今日も疲れを感じる。
右足のしびれはわずかに残る程度となった。
昼食:鶏ネギマリネ焼、レンコンとニンジンのスライス揚げ
きんぴらゴボウ(ごぼう、ニンジン、豚肉)
みそ汁(厚揚げ、小ネギ)、牛乳
昼食後歯磨きしながら鏡を見るといっそう白髪が増えた気がする。
右足のしびれはベッドの上では無くなったかな?と思ったが歩いてみるとまだ残っている。
15時 M姉夫婦、N姉夫婦 来室。先のことをあまり気にせずにゆっくり静養
せよとの言葉。
2回目の日曜日であるが他に誰もこない。期待はずれという気もしないではないが
結局こんなものかなあと思う。
いずれにしても今後の仕事のやり方はわが身は自分で守るを身上として進める覚悟を
固めたのであるからその信念を貫き通す。
お客の言われるままに仕事が無くなることを恐れて不本意ながらも仕事をするような
ことはもうしない。これは肝に銘じたい。
夕食:ハンバーグ(ソース)、大根おろし
こんにゃく煮物(かつお節)、もずく、キュウリ、トマト
右足のしびれ解消している。
11月25日(月) 曇り
朝食前血糖値:170 体温:35.4℃
昨夜は9時就寝。一度も目が覚めずに6時過ぎに起床。
朝食:ロールパン、サラダ(ベーコン、さやインゲン)、リンゴ、牛乳
9時 心エコー検査(心臓超音波検査)
9時半 食後2時間血糖値:263
健康な人の場合、食後2時間程度にて血糖値は食膳血糖値に戻るとのこと。
自分の場合まだまだかなり高いといえる。
血糖値が下がらないということは食後摂取されたブドウ糖が筋肉などに
充分吸収されていないということであろう。
10時半 広畑医師講義
糖尿病とは全身の血管が痛む病気
昭和20年代までは血糖測定技術が開発されておらずもっぱら
尿中糖分を検査していたためこの病名が残っている。
血糖測定方法も含めて今後は病名も変わっていくであろう。
Hba1c測定器は萩原中央病院でも厚生年金病院が導入したのに
対抗して購入している。(産業医科大にもない)500万円程度。
昼食:チキンカツ風(鶏肉、キャベツ、ニンジン)
ほうれん草(みょうがあえ?)、吸い物(卵、三つ葉)
牛乳
15時 ギデオン・Mさん来訪。
鶴屋のお菓子をお見舞いに頂いたが食べるわけにはいかないので
教会の人が来たら教会のお昼のおやつに持って帰ってもらおうと思う。
夕食:なすのはさみ煮(なす、ひき肉)、ニンジン、さやえんどう
わらびの煮物、木綿豆腐、メロン
高杉 良・「再生」下巻を読み終える。上下巻合わせて1000ページという大作だが
こんな機会が無ければ読むことは出来なかったであろう。
企業における中間管理職の悲哀と組織の中で働く人の苦労を余すところ無く
描いている。世の女房族にも是非一読して欲しい小説であるが、うちの女房は
あたまから耳を貸さないであろう。
難しいと思うかも知れないけど、きっと興奮する場面にも出くわすと思うし、
社会勉強にもなると思うのでお勧めします。(^^)
18時45分 主治医・筋田先生来室。心臓エコー、頚動脈エコーとも動脈硬化の
心配無しのとのことである。明日は眼科検診に行こうと思う、
寒くなければいいが。
11月26日(火) 晴れのち曇り 夕方雨
体温:36.2℃
浜松医療センター顧問(専門:脳外科、老人性痴呆) 金子満男氏著
「行き方のツケがボケに出る」を売店にて購入。面白い。
浮気をする人はボケるが恋愛をする人はボケないとの自説である。
なるほどなるほどとうなづけることしきり。
朝食:クロワッサン、ゆで野菜(ベーコン、キャベツ、ニンジン、コーン)
牛乳、バレンシア・オレンジ
昼食:豚の和風ステーキ(鶏肉、大根おろし、)、グリーンピース、コーン、ニンジン
刻み昆布、アスパラガス(マヨネーズ)、牛乳
1時半 Oさん来訪。お花とお菓子を頂く。
職安の方は忙しいとのこと。お互い健康のために痩せましょうねと言ったら
笑っていた。
2時 眼科検診のための初めての外出。近所のさつか眼科に行く。個人病院とはいえ
入院施設を持つ大きな眼科医院であった。以前、繩田先生も入院治療したことの
ある病院と聞いているのでためらわずこの病院にいくことにした。)
眼底出血等の異常は認められずとのことで半年に1度程度検診に来てください
とのことであった。帰り道に本屋に立ち寄り文庫本を5冊ほど買い込む。
(病院の売店では買える本も限られているため。さすがにH系の本は買わずに
我慢しておいた。)
散瞳とかで検査のため瞳を開く目薬を入れたので言われたとおりしばらくは
目の見えが悪い。
17時半頃 筋田先生来室。血糖値は、食後2時間値が300を超える事はなくなったが
以前空腹時血糖値が180程度あるとのことで投薬治療を始めようかと言っていた。
夕食前、自宅に電話する。
息子は塾に入り浸りだそうである。自分で好きなようにすれば気が済むだろうと
女房は言っていたが、勉強だけが大切なものでもなかろうという気もするし難しい。
先日見舞いに来た義姉夫婦がその帰り道に自宅に立ち寄って「よほど話し相手が
欲しかったのだろう、機関銃みたいにしゃべっていた」と言っていたそうである。
苦笑いしてしまった。また、義妹は叔母から入院のことで電話がかかってきたが
なぜ叔母が入院の事を知っているのか分からないという電話を女房にしたとか。
どうでもいいが、親戚づきあいというのは難しいものである。
ところで誰が見舞いに来たんだと聞く女房もうっとうしい・・・。
男部屋はどこも静かなものというか、患者同士の会話はほとんどない。
その代わりとは言えないが、部屋で面会、長話するもの、イヤホンをつけずに
音楽その他を聞く人、いろいろありである。迷惑な気もするが我慢だね。
そんな気配りのない人に限って看護婦さんにいろいろ小言を言っている、勝手なものだ。
夕食:鶏の南部焼
コンニャクの煮物、ゆでブロッコリー
キーウイ
22時 教育テレビ ETV2002 山本文緒 「恋愛中毒」の心理 と題する
女流直木賞作家 山本文緒さんへのインタビューを見る。
面白かった。 山本女史の作品は「紙婚式」を読んだことがある。
他にもたくさんの恋愛小説を本屋で見かけるが本人は恋愛よりも人間関係を
描いているのだと言っていた。41歳、離婚暦あり、離婚後31歳にて
「恋愛中毒」が吉川英二文学新人賞受賞にて作家活動に入るとのこと。
もう結婚はしないつもりだったが最近再婚したとのこと。
23時 就寝。
11月27日(水) 晴れ 食膳血糖値:155
朝食:ロールパン、リンゴ、豚ロースゆで、レタス
入院生活も半ばを過ぎたようだ。
正直なところ帰りたくないという気持ちがある。
昔読んだ本の中に長い療養生活が終わろうとするある日自殺した一人の男の
話があった。彼はなぜ自らの命を絶ったのか、思うに帰っても自分の居所がない
ことを察して寂しくなったのだと思う。
療養所には少なくとも自分の存在を肯定、受容してくれるものがあった。
しかしながらこれから帰らんとするシャバには彼を受容してくれる場を見出せなかった
のではないだろうか。小説だったのか、事実だったのか、たぶん事実をもとにした
ものを読んだのだろう。
昨夜の山本文緒女史へのインタビュー番組でも、彼女は恋愛中毒の中に出てくる
主人公の心理を結婚相手に依存することによってしか自分自身の存在の肯定を
見出せない人間の姿として描いている。
人間とは結局誰か自分以外の第3者に自分自身の存在を肯定してもらうことで
その生存の意味を多かれ少なかれ見出しているのでないかと思う。
結婚生活も結局のところ自分自身が相手に愛され必要とされていることを実感でき
ないとするならば不毛の生活ということになろうか。
しかしながら自分も含めてなんと自分の本心とはかけ離れたところでの現実に生きて
いるものであろうか。
その生活に耐えてなおも相手を愛するところに結婚生活の意義があると教える識者は
多いがそれが仮に真理だとしてもなお疑問を抱かずにはいられない。
自らを省みて聖書の示す夫婦関係に従えない自分自身を認めずにはいられない。
しかしながらかといって今の生き方を変えるつもりもないし結局罪人の自分を見つめる
しかないのだと思う。
昨日買った小説のひとつ 藤堂志津子著「昔の恋人」の中の短編を2編ほど
読み終える。
藤堂さんの本は一度も読んだことがなかった。いい機会だと思った。
この手の本を読んで期待を裏切られたことはない。
大人の恋物語は面白い。たぶん若い独身の頃に読んだとすればそれはそれで
読み方も違ったのであろうが、結婚もし子供も出来てそれなりに社会経験をつんで
読むそれはまた格別のものがあると思う。
いろんな生き方を見せてくれるものそれが小説だと思う。主人公に自分自身を投影して
いわば追体験できるところに小説の醍醐味があるように思う。
こんな贅沢な時間が持てることに感謝したい。
食後2時間後血糖値:243 下がってはいるものの依然高いレベルと言えよう。
10時前 部屋を変更して欲しいとの連絡を受けて1階上の部屋に変わる。
今度は廊下側のベッドである。気分が変わっていいものである。
その後今日は水曜日なので早めに運動に行って風呂に入る。
洗濯をし始めたらもう昼ご飯である。なにかと忙しい入院生活であるが、そのおかげで
あまり退屈はしていない。
昼食:三色丼
豆腐のあんかけ
食事の食材の記録を付け続けて来たがここらへんでもう記録はなくてもいいと思う。
面倒くさくなったのもあるがだいたいのところは飲み込めたと思うし、食材を見ながら
これは食品交換表ではどの分類に入るかなと自然と考えるようになったから。
ようは退院後の食生活をいかに確立するかということであろう。
「昔の恋人」を読み終えた後、自分のベッドの上で「あざやかな退任」(高杉良著)を
一気に読み終える。これも企業トップの後任人事をめぐる会社内部の闘争を描く
企業小説であるが、現実問題はともかくもこういう血の通った結末を描く小説が
多くの読者を得る裏側には単なる企業論理や合理性のみではなくまだまだ
純粋な人間関係、言うなれば義理と人情といったものを多くの人が望んでいることに
他ならないのではないだろうか。
今回入院してみて感じることはいろいろ都合もあるのだろうがそれらの都合をつけても
ここに来訪してくれた人には少なからず恩義を感じている次第であり、結局それが
人の心を動かす素となるような気がする。
夕食:豚ヒレのごまだれ焼
次に読もうと思うのは小関智弘著「町工場・世界を超える技術報告」。
東京の町工場で旋盤工をしながら執筆をしているという著者のことは知らなかった。
ただ今なおこういう町工場が頑張っている事実は中小の会社で働く者たちへの
応援歌だと思う。そういう意味で目に止まって機能買っておいた本だ。
20時 ロビーのTVで特報歌の大辞典を見る。
なんと太田裕美が出演している。昭和51年の年間ベストテンに木綿の
ハンカチーフが入っていたためだけど、その頃の厚化粧より今の方がよほど
可愛いと思うのは自分が歳をとった証拠かなあ。
ビデオに取ってもらおうと自宅に電話したが機器の故障(ISDN?)とかで
つながらない。ISDNは停電しても電話がつながらなくなる欠点があるが
ターミナルアダプタが故障しても電話がつながらなくなることもある。
よりによってこんな時期に故障だとすれば自宅からの発信も不能ということ
で困ってるだろうか、心配だ。
11月28日(木) 晴れ
朝食:食パン他
昼食:鶏の味噌マヨネーズ焼
午後2時から4時半まで自宅に戻る。
電話不通の原因はやはりISDNのターミナルアダプタであった。
夕食:すき焼き
18時20分 主治医・筋田先生より現況と今後のことをお聞きする。
症状としては、インスリン抵抗性の典型的な症状とのこと。
膵臓(すいぞう)からのインスリン分泌は正常域にあるが肥満のため
そのインスリンがうまく効果を発揮できずブドウ糖成分が筋肉細胞に
充分取り込まれていない。
その対策としてアマリールという薬を明朝より服用する。
(アマリールはインスリン抵抗性を改善するとともにインスリン分泌も
促進する効果のある薬である。)
とりあえず朝食後1錠ということであれば低血糖の心配もないとのこと。
ただ薬の服用を始めることは常時低血糖対策を念頭に入れておく必要が
あろう。今日外出する際に看護婦さんから砂糖は持ってますか?と
聞かれて?と思ったが糖尿病患者ならいつもそのことは念頭において
置かないといけない。
体重の軽減が最重要課題ですと言われたことを忘れるべからず。
人によっては2週間くらいの食事療法と運動療法で血糖値が改善する
こともあるということなので自分の場合は肥満が問題ということになる
のだろう。
入院時のHbA1c = 7.9% とお聞きする。
夜、探検九州の温泉紹介をロビーで見る。部屋で見るより開放感があるからロビーで
見てる。
今日は疲れた。
11月29日(金)
午前中に腹部エコー検査があるため朝食は検査後まで絶食です。
ただでさえお腹がすいてるのにこれはこたえる。朝食時間が手持ち無沙汰。
こんなことがあるとやっぱり自分は病人だなあと思う。
とにかく半年目標で標準体重までもっていきたいものだ。あと22kgも痩せないと
いけない。とにかく、とにかく今に見ていろという気持ち。
仕事のことも気になる(はたして新しい仕事の量が確保できるのかという)が、
とにかく自分の基本方針をかたくなに守っていきたい。
仕事を選べる立場にないことは重々承知の上だが、それでも仕事は選ぶ、それが
基本方針。仕事を選ぶというよりお客を個人的に選んでやる。仕事でも何でも結局
人間同士の信頼関係だと思う。これまでの経験や恨みつらみをバネにしなければと
思う。
腹部エコー検査後、遅い朝食。朝食前の血糖値;135 過去最低の値。
朝食後、初めての経口薬:アマリールを飲む。
この薬はほとんど低血糖になることはないということだが個人差もあり、また初めての
薬物治療なので低血糖の心配も無きにしも非ずととのことでもあり万一に備え
ブドウ糖を準備してもらう。
朝食:ロールパン、牛乳、みかん
昼食:豚肉の炒め物
昼食後疲れを感じ一眠りする。1時半過ぎいつもの通り運動療法をする。
カレンダーを見ればもうすぐ12月、早いものだ。
16時 安藤牧師来訪。
12月の役員会に関する下打ち合わせ。
教会の皆さんがよろしくとのこと。
病気療養中のPさんが3年ぶりに息子さんの付き添いで礼拝に出席とのこと感謝。
Qさんが教会エレベータ設置のために個人献金を申し出られたとのことで
合わせて感謝。かねてからエレベータが欲しいと考えていたので願ったりかなったり。
入院中の母と父の対応について相談する。
先生は、この際心を鬼にしてでも父が必要以上の介護をしている現状を是正して
母の自立のためのリハビリに専念させるべきとのことであった。同感である。
退院後はその旨きちんと父母に伝えたい。
夕食:トリの道明寺粉む
今夜の聖書日課から ペトロの手紙 二 1章20節
何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に
解釈すべきではないということです。
今夜はロビーでビューティコロシアムなるTV番組を見た。
いくつになっても美しくありたいと願う気持ちこそが女性を美しくする。
もちろん女性だけではないかも知れぬが。
ELTのコンサートビデオで一番のお気に入りは2000年のライブの後半、
黒とチェックのロングドレス?に前髪垂らしたこの髪型が一番良い。
11月30日(土) 曇り
朝食:クロワッサン
昨日の腹部エコーの結果:軽い脂肪肝がある。他は異常なし。
10時くらいまでぶらぶらと寝てた。なんだかけだるい。肉体的というより精神的な
落ち込みを感じる。
退院後の仕事のこと、家計の問題、女房のこと、両親への対応など。
まああまり考え込むほどのことではないのだが。
「町工場の技術報告」を読み終える。
数々の不況を乗り越えて生き抜く町工場の姿に教えられることは多い。
結局一人一人が何を武器にして生き抜いていくかだと思う。
アダルト・チルドレンの本を読みかけていたのでこの機会に続きを読むことにした。
昼食:筑前煮
体が重く頭も重いので寝転がっていたがまだ3時前。
昨夜も3時ごろ目が覚めた。
首筋から肩が痛い。
腹が減った、やたら何かジュースのようなものが飲みたい。
雨が降ったようだ。
窓から眺めると道が濡れていた。
土曜日の午後、今日も誰も来る気配なし。
林真理子「ブドウ物語」を読み始めるも、なんだか読み進める気がしない。
小説の内容に興味がないわけではない、首筋が重いのだ。目頭も痛い。
ベッドに横になる気もしない。ロビーではおばちゃん連中が温泉番組を見ている。
仕事もせず、口やかましい家にもいず、病院にいたほうが命の洗濯だと思う気もあるが
しょせん病人であることには変わりはないよね。
健康であることの大切さはやはり病気にならないと実感できないものだと痛感する。
広畑医師の講義のメモを見てみると、アマリールはスルフォニル尿素薬とあり
参考書によればスルフォニル尿素薬の欠点は必要以上に空腹感を覚えると
書いてある。そういえば妙に空腹感を覚えるのはこのためであろうか?
この種の薬は肥満していると効果が薄いとも書いてある。
ロビーでしばらく週刊誌を読んだりしていたが疲れはぬけず今日はいっこうに
時間がたたない気がする。
夕食:八幡巻煮付(えのきだけを肉で包んでいる)
「アダルト・チルドレン」より
危険はそこにあるのだ。責任感の強すぎる人の多くは、病気にならなければ止められない。
病気になることがそこから抜け出す唯一の道である以上、そうなる確率は非常に高い。
彼らは次々に仕事を引き受け、自分にはもう何もなくなってしまうまで与え続け、
そうして倒れてしまう。事実、燃え尽きてしまうのである。そうなる前に止めるための
方法を思いつかないのだ。
12月1日(日) 晴れ アドベント始まる。師走の初日。
昨夜、アダルト・チルドレンを読み終える。
岩波新書・松田道夫先生著「わたしは女性にしか期待しない」を読む。
12年前、会社を退職する寸前、尼崎に出張中に初めて本屋で買った本だ。
何度も読み直したり買い直したりして自分も読むけど他の人にも勧めている。
勧める相手は女性が多いが感想を聞かせてくれた人はいない。
改めて読み進めるとやはり教えられるところが多い。
松田先生は京都在住の小児科医であった。子供達の診療を通して家庭のあり方、
夫婦のあり方、親子のあり方ひいては民主主義とは何かという問題まで研究し、
その意見を社会に問いかけてきた人であり私の尊敬する人の一人である。
百聞は一見に如かず、読んでみて欲しい一冊です。
今日も誰も来なかった、寂しいものです。
相変わらず両肩が痛いので湿布をもらって貼っています。
頭の重いのも相変わらずです。
12月2日(月) 晴れ
朝食前血糖値:132 この程度の値では薬の効果は?ですね。
松田先生の本を読みながら感じたこと。それは自分たちの老後をどう考えるか。
遅かれ早かれ誰にも老後は訪れる。元気に過ごしてポックリ死ねたら本望とは
誰しも望むことであるが、そううまくは行かないのが現実である。
そんな先のことを考えてどうするという意見もあろうが、何事も考えたくない問題を
先送りにしてそれで済むというものではないだろう。
もはや子どもに面倒を見てもらうという時代ではないのは言うまでもない。
政治的解決すなわち公共福祉がしっかりしていればいうことはないのだが今の日本は
利己中的に我田引水とばかりに自分たちの利益を追求するばかりで国家レベルでの
問題解決を図ろうとする人材がいない。結局自分のことは自分で守るしかないという
結論が出てしまう。
老人ホームにしても個人のプライバシーを守れず、自由が束縛された病院となんら
変わらないものばかりが目立つ。これでは終の住処とはいえない。
一番理想的なものは気の合ったもの同士で助け合うグループホームのような形か
と思だけれどどんなものだろう。
それを実現しようとしたら、男ではダメだと松田先生は言う。なぜか、今の男は家事が
できないからと。食事の用意も自分でできないような非自立型の男はダメだとか。
言い当てていると思う。
この問題こそは、今から考えていてもけっして遅くは無いと思うのだが。
松田先生の本の中から 「女のたたかいより」
専業主婦の仕事は、ただ働きのようですが、支払われるのが未来だから見えない
だけです。人が人に価格のない行為をおくりものにするのが無償の行為です。
なんでも値段がついている商品社会に住みなれた私たちは、無償の行為を忘れて
しまいました。だが、自分の人生をふりかえって、人からうけた美しい行為は、ことごとく
無償であったことを思い出しませんか。
未来のために無償の行為を日々くりかえす主婦は、誰よりも無償の行為の美しさに
気がつきます。値段表のついていない空気、水、森林のほんとうの美しさがわかるのは
主婦です。
値段のついたものをつくるために、きれいな空気や水や森林を汚して恥じない企業に
もっとも腹をたてるのは主婦です。
日本の各地におこっている環境破壊に抗議する市民運動を担っているのは主婦です。
市民運動を野党の選挙地盤にしてはなりません。野党は今日の取引しか考えて
いませんが、主婦は未来の地球を問題にするのです。
入院して早3週間、本を読んでばかりいても疲れてきた。検査も一通り終わり
そろそろ退屈になってきた。今日は何しようか?
10時 食後2時間血糖値:205 体温:36.7℃
ロビーで高杉良の小説「辞令」を読みふけながら、ふと、窓の外を眺めて思う。
これから先自分はどんなふうに仕事を見つけてやっていけばいいのだろうかと、
自分の武器はなんだろうか、どれほどの武器があるのだろうかと。
もうすぐ11時になる、そろろろ風呂に入っておこうか・・・。
午後「辞令」を読み終える。
一緒に糖尿病教室に出席してたおばあちゃんが明日退院しますと言っていた。
お互い頑張りましょうと挨拶を交わす。
買い置きの本も間もなく読み尽くすので、また売店に立ち寄って本を買う。
曽野綾子「中年以後」。
人生は中年を境に、老年と死に向かうという大体のシナリオはもう決まっている。
だが、「中年以後」にしか人生は熟さない−−−。失うことを受け入れる心を持つのと
引き替えに、この時期しか見えてこないもの、味わえないものがある。難しくも、
手応えのある「中年以後」をどう過ごし、乗り越えていけばいいか。
そのヒントがこの本の中にある。
・・・・中年とは何歳を指すのか?著者は言う、30代半ばから50代だと。
それならばやっぱり僕らは立派な中年だなあと改めて思う。(^^ゞ
以下文中より
醜いこと、惨めなこと、にも手応えのある人生を見出せるのが中年だ。女も男も、
その人を評価するとすれば、外見ではなく、どこかが輝いている魂、或いは存在感
そのものだということを、無理なく認められるのが中年だ。魂というものは、例外を
除いて、中年になって初めて成熟する面がある。
どんな人でも中年になれば、人生と人の理解がずっと深まるということなのだ。
それは純粋に快楽が増えるということだ。私たちは映画館や劇場だけで人生を
楽しむのではない。一番素晴らしい劇場は、私たちが生きているこの場だけである。
そこを通過するあらゆる人にドラマと魅力を見出せば、こんな楽しいことはない。
別に中年以後には芝居見物はいりません、というわけではない。しかし劇場の
中でも外でもドラマを見られるのが中年だ。
夜8時、今夜ももう就寝時間が近づいた。
入院していて思うのだが、もちろん見舞いにきて欲しくない相手もいるが、来て欲しい
相手もいる。
中年以後とは誰しもいろんなものに別れを告げることを覚悟する年代だとつくづく
再認識させられる。病気だってそう、健康な体とだんだんお別れすることだと
曽野綾子さんの著書はそう教えている。
まだ若いのに・・・糖尿病なんかなって・・・太りすぎと運動不足、自業自得じゃないの
という声が聞こえてくる。悔しいけれど真実だと思う。そう思う半面、決して人事じゃ
ないんだぞ、今におまえたちもこの現実に直面するんだぞといささか冷ややかな
気持ちを抱いているのも事実である。
12月3日 (火) 晴れのち雨
朝7時のNHKニュース。
相変わらず民主党はごたごたしている。だいたい鳩山代表は党の顔としての人気が
なさすぎる、早期辞任が適当だと思う。
今夜はプロジェクトXがあるので楽しみだ。中島みゆきの歌う主題歌も良い。
中島みゆきは今年の紅白歌合戦に初出場するとか聞いた、今年の大晦日は
ゆっくりと紅白でも見るかなあと思う。
曽野綾子さんはそのエッセイの中で「自由こそが大切であり大事なもの」という
意味のことを皇室等の人々を例に挙げて述べている。
いわゆる社会的に地位の高い人はいつも衆人の目に監視されて、守られてはいるけど
自由に行動することはほとんど不可能に近いと。確かにさもあらんと思う。
それにくらべれば凡人たる私たちはなんと自由なことかと、曽野さんの
言っている意味がよく分かる。
入院前、病院まで仕事のことで追っかけられるのではないかと危惧していたが
取り越し苦労であった。仕事に追っかけられるどころか、一人を除いて誰も仕事の
関係者は病室に来ない。(お客さんが一人、最初の土曜日に来てくれた。人生粋に感ず
という言葉がある、彼だけは今後も仕事の上では協力しようと思うのは人情であろう)
自分がいなくても仕事というのはやっぱり進むべくして進むのだと改めて追認する
思いがする。
「中年以後」を読み終える。入院というこの機会にたくさんの本に出会えたことは
恵みだと思う。40を越えて思うこと、それは若い頃に比べて楽しみの幅が増えた
という思い。どう言ったらいいのだろう、ひとつの例と揚げれば、若い頃は同年代か
それより下の女性にしか魅力を感じなかったが、歳をとるとその年齢的な幅が
広がった。もちろん自分より若い人の絶対数が増えたこともその一つだが、若さだけが
魅力ではないとはっきり分かってきた気がする。肉体的な年齢が増し、衰えても
なお魅力を失わないのか逆に魅力を増してきたのかは定かでないが、歳とともに
魅力を増しているように思える人もいる。そう思えることが人生の醍醐味であろうか。
病院食はおいしくないという人が多いように感じる。独身寮にいることもそんな話を
耳にした覚えがある。そんな時いつも思うのは貧しく育ってよかったということ。
どこへいっても食事が美味しくないと思ったことはほとんど無い。
ただ寮にいる頃のみそ汁が辛かった覚えはある。一度に朝早くから作るから味が
濃くなってしまうのだろうと言う人があったがそうかもしれない。ただ、概してまずいと
思った経験は無い。だからどこへ行っても食事は美味しく食べられる。
むしろ食べたことの無い物の方が多い、だから味はどうですか?と聞かれても
答えようの無いことが多いし、献立の名前、食材が分からないことはしょっちゅうだ。
でもそのおかげでどこでも何でも美味しく食べられることには感謝している。
でもどうしても受け付けないのがセロリ、あれは少し吸い物に入っていてもダメ。
鯛が美味しいとは思えない、むしろ鯖や秋刀魚が好き。
結局子供の頃から親しんだものが一番体になじんでいるのだろう。
毎日決められた時間だけ運動をする。無理なく、楽しむようにといわれるがもともと
子供の頃から体育嫌いの自分はやっぱり義務としてしか出来ないなあと思う。
もちろんやりだせばそれなりに気持ち良いとは思うけど。
子供の頃からスポーツは苦手だった。かけっこはいつもビリ争いだったし、鉄棒は
前回りも逆上がりもほとんど出来なかった。高校になる頃何とかできたに過ぎない。
水泳も中2までは全くの金槌だった。だから夏のプールの季節は嫌だった。
いつも雨が降ることを願っていたし、体育館なんか出来なきゃ良いのにと思ったものだ。
就職したらそんなスポーツから解放されるかと思っていたら、会社でもやれソフトボール
大会だの、バレーボール大会だのと季節ごとにあって、新人の頃は休めずに苦労した。
一度は創立何周年とかで運動会まであった。全く何考えてやがるんだって思った。
年末にはボーリング大会まであった。会社に入るまでボーリングなんて一度もやった
ことがなかったからこれも参った。
でも嫌々ながらでもやってきて面白いなと思えるようになるスポーツもあるのだから
不思議だ。
今でもやりたいと思うのはバレーボール、硬式テニス、ボーリングなど。
バレーボールは中学校のクラスマッチの時にさんざんしごかれたおかげで少し楽しみが
分かった。硬式テニスは教会のお付き合いで一から始めたが何とか楽しめるように
なった頃にはチームが解散してしまった。
ボーリングはなんとなく好きで最近も一人で行ったりしたが腰が痛くなった。(^^ゞ
今日も相変わらず左の首筋から肩にかけてが痛い。湿布を貼っても根本的な解決には
程遠い気がする。ベッドが狭い、枕が合わない(自宅でも同じだけど)気がする。
枕はデパートの専門コーナーがあるという話を聞く、お金が貯まったら考えてみたい。
売店で家田荘子の「性なる人々」というドキュメンタリー・レポートを買って読んだ。
この手のエッセイ風の読み物はすぐ読み終わる。
性風俗に勤める女性たちやいろんな男女の物語であるが、いろんな人がいるものだと
教えられもし、考えさせられもするが、若い人たちは自分の将来のことをどう考えて
いるのだろうと人事ながら思ってしまう。もちろんその日暮らしで何も考えないからこそ
そんな生き方が出来るのかもしれないが・・・。もちろんしっかりとした目的意識を
もって生きている人もいるようだがそんな人はごく一部だろう。
そんな世界にお世話になったものがこんなことを言うのはおかしいが・・・。
ただ人間が生きるということは奇麗ごとだけでは済まされないものがあるという事実は
確かだと思う。それゆえに君子危うきに近寄らずとは言い当てた言葉かもしれない。
ロビーで週刊文春を読んでいたらこんな記事にぶつかった。
「最近はコードレス電話等を盗聴し、「お宅に盗聴器が仕掛けられているようなので
それを探して取り外します」というたぐいの電話がある」とか。
盗聴器が仕掛けられているのではなく、盗聴したのはその電話の主であるのにである。
なんとも恐ろしい世の中になったものだ。携帯電話、非通知電話も万全ではないと
言う。
いわんやメールも簡単に盗聴出来るそうな・・・
ということは盗聴されても良いような会話やメールしか出来ないか、盗聴されても
それがどうしたの?と開き直るくらいの気持ちが必要ということだね。
夕食時、食堂の窓が雨に濡れていたので天気予報通り雨になったことを知る。
部屋の窓からは中庭しか見えないので窓は濡れていない。
病棟の前庭である駐車場の一隅の木にクリスマスのイルミネーションが点滅してる。
病棟にもツリーやリースの飾り付けが目に付くようになった。
食堂に小さなツリーを飾ろうとして「飾る場所が無いよねえ・・」と看護婦さんが相談してる。
12月、年末が近いなあと思う。病院にいると季節感が無いからいろいろ工夫して
くれているんだろうと思う。ここには小児病棟はないが病院で正月を過ごす子供たちも
世の中にはたくさんいるのだろうなと思いをはせる。
火曜夜8時 RKBでやってる「学校へ行こう」は面白い。
息子が面白いから是非見ろといって勧めた番組。とにかく理屈抜きで面白い。
B-RAPハイスクールの軟式Globeというコンビの歌は毎回楽しみ。
(先日結婚したGlobeをパロってるコンビ)
崖っぷちダイエットは、付き合いだして太った彼女がダイエット寮に入って課題体重
をクリアしなければ彼氏との面会も出来ないという企画。
人事ではないだけに見ていて涙が出た。
これからNHKのProjectXを見る。「コンビニを作った男たち」。
12月4日 (水) 曇り一時晴れ
朝食前血糖値:158にてまた上がっている。体重も日曜日に測定した結果では
変化が無かった。なんだか意気消沈してしまいそうだが、これくらいで一喜一憂
しても仕方が無い。あまり気にせずに養生を続けることが大切だと自分に言い聞かす。
今日も首筋から肩、腕と痛い、特に左が。
かといって左ばかり湿布を張っててもアンバランスのようで右にも一緒に張ってみる。
本ばかり読んでるのも、寝てばかりいるのも良くないとは思いながらも他にすることが
無いのだから仕方が無い。パソコンに向かっているのもDVDを見るのもTVを見るのも
全部目を使うのだから。
外の景色は近所のマンションだらけ、すぐに見飽きるものばかり、売店に行っても
買うものも無し。話相手もいるわけでもなく退屈だ。
暇なのでパソコンを眺めていたら、最初から入っているオマケプログラムの中に
キーボードの打ち込み練習用体験版が入っていたので暇つぶしにやってみた。
ワープロ検定3級程度の早さがせいぜいのよう。但し、これは英文の打ち込み速さ
だけの話。漢字変換まで含むとどのくらいだろうか、全く自信なし。まあ、仕事で
そんなに早いことを要求されるわけでもなしねえ、まあ暇つぶしだね。(^^ゞ
入院したおかげで良い本とたくさん巡り会った。
今日は乃南(のなみ)アサという女性作家の短編集・「不発弾」を買った。
普段の本屋ならきっと買いはしなかっただろうと思う。
売店の本は限られているから(それでもそれなりに文庫本があるのは助かる)
その中から選んでいるのでこんな本にも巡り会えた。
ちょっと推理小説っぽい短編集だが、その中の3作目の「福の神」という小説の
ラストシーンにはまた涙を誘われた。良い話であるから。
小説の中身とその感動を伝えるのは難しいので機会があったら是非読んで欲しいと
思います。そんな小説がいくつかあります。
前にも紹介したことがあると思うけど、宮部みゆきの「地下街の雨」という短編恋愛
小説は心温まる佳作だと思う。
今日も朝から6回の採血があってます。
今夜は8時過ぎにもう一回あってようやく終わりです。
やっぱり痛いです。それにいつも言われるのは血管が見えにくいということ。
細いのだろうか、皮膚の奥を通っているのだろうか、よく分からないけどそう言われる。
献血をする時によくそう言われた。若い看護婦の人ほど気軽にそう言われる。
最初の頃は恐縮して聞いていたが、最近は苦笑いしながら「よくそう言われます」って
答えている。こればっかりは本人にもどうしようもないものね。体は大きいのに
血管は細いのねって言われてるようでいつも何かおもはがゆい気がする。(^^ゞ
夕方自宅に電話した、息子に声を掛けたくて。うまい具合に息子が出た。
期末試験が終わったそうだ。英語は点数が上がっていたが、社会は下がったと
言っていた。偏差値(たぶん塾の模擬試験かな?)は志望校を充分クリアしそうだと
いうことだが、学校の順位は下がるのではないかと声を落としていた。
学校の成績順位は相対性だからいくら本人がいい成績でも周りがそれよりも良いと
順位は上がらない。内申点は相対評価だから結局順位と同じということになるらしい。
そんな学校の成績なんか気にしなくていいから、健康のためスイミングスクールを
欠かすなと言いたいがそうもいかないのもよく分かるのであえて何も言わずに
体に気をつけて頑張れとだけ言った。
テレビのニュース特番で老人のための移動美容室(トラックを3000万円かけて改造)
を作って営業している68歳の女性美容師のことを知った。
この道に入って51年になるという。この仕事は転職だと思うし、いくつになっても
たとえ明日までの命でも美しくありたいと願うのが女ですという言葉には重みがある。
これからのビジネスを考える時、一番ニーズがあるのが高齢者向けのものだと思う。
歳をとって体が不自由になった時、人間には何が必要になるのか、自分自身に
問えばおのずと答えが返ってくると思う。
人は一人では生きられない、一緒に老いながらも心身ともに支え合える異性こそが
不可欠だと思うのであるが・・・。
ことさら世間体や常識に囚われることはないと思うし、人間は本来の姿に帰るのだと思うのだけれど。
12月5日 (木) 曇り
短編「不発弾」を読む。
デパートに勤める中年管理職の家庭が舞台。
外で働く者の苦労をよそに家庭では家庭で妻や子供が好き勝手に自分を疎外している
と感じる男の悲哀。ついにはすべてを投げ出す結末に、思わず、この作家はよくもまあ
男の内面を見抜いているなあと思う。思わず感情移入して本を投げ捨てたくなった。
どこの亭主も同じ様な気持ちを描きながら働いているのかと思うとなんとも切ない。
短編「幽霊」を読む。
テレビ局が舞台。飛ぶ鳥も落とす勢いのプロデューサーが足をすくわれ落ちぶれ果てる。
そんな彼の巻き返しとかつて自分を見下したものに三行半を突きつけるラストは痛快である。
こんな物語を読むと自分も何とかしたいものだとつい思ってしまう。
義理と人情。言い古されて言葉かもしれないけど・・・僕はこの言葉に込められた思いに
なんとも言えない重みと味を感じてしまう。
仕事もいろいろな人間関係もこの言葉に言い表される、相手に対する信頼の上に
成り立つものではないのかなあと思うのだけれど。
これまでもいろんな意味でお世話になった人が多い。その中でずっとお付き合いを
続けていきたいと思う人は多い。
M工業のT社長、N社を退職なさったNさん、S機械工業のS社長、F技研のFさん。
そんな人間関係を大切にしながらまた新たな仕事に取り組めないものだろうか。
自分ひとりだけの力、技術力なんてたかが知れてる。相互ネットワークによる魅力ある
事業が出来ないものであろうか。
また本を買ってきた。もう、退院後の仕事の保証は無いのだから無駄遣いはすまいと
決めたにもかかわらずである。
無駄遣いはすまいとはいえ、全品収集まであと4機種と迫ったプラモだけはと思いながらも
それも当面はあきらめることに決めたにもかかわらず・・・。
入院中の本だけは必要品だと割り切っている。この時間を逃してはゆっくり本を
読む時間はまた作れないとおもうから。
そのおかげでいい本にたくさん巡り会った。
本を読むというのは、いながらにして古今東西の著名人の話を聞くのに等しいと
思っている。こんないいことはないと思う。
子供の頃は雑読だった。新聞の切れ端であろうと広告であろうと何でも読んだ。
貧しい家計ながらも何故か我が家には親が買ってくれた「私たちの地理」「私たちの
歴史」という月間図書が毎月届けられていたと思う。たぶんセールスを断りきれずに
子供のためになるということで無理して買ったのではなかったろうか。
それでもそのおかげかどうか、本を読むのが好きになったのはこの頃からだろうか。
本を読むことは知らず知らずのうちに文章作成能力や読解力の培養につながる。
仕事の面でも文章を作成するということは不可欠だからこの点は今でも役に立ってると
思う。
男の人が長い文章を書くのは珍しいとたくさんのメル友から言われた。
そうみたいだねって思うが、別段好きで書いてるのだから苦にもならないどころか
楽しんで書いている。
子供の頃からプラモデルが好きだった。
プラモだけではなく、その取説(取扱説明書)を読むのも好きだった。
プラモの取説は実によく出来ている。小学生でも作り方が分かるように工夫された
立体図の説明図を真似しているうちに頭の中で立体図を描くのは簡単なことになった。
そのおかげで設計会社に入ってからもいわゆるマンガ(立体図)を書かせたら
技術者集団の中にあっても上手いと言われた。口で表現するよりマンガを書いた方が
素人受けしていい。
最近は立体図もコンピュータを使って簡単に誰でもかけるようになったが、それは
寸法データがすべて揃ってはじめて完成するものだ。データが無ければ結局は
完成しない。そんな時にはいわゆるひらめきだけですらすら書ける能力が重宝する。
そんな能力が生かせる場をあみ出したいものだと常々考えてはいるが。
そうそう、今買ってきた本は、小池真理子・藤田宣永夫妻著「夫婦公論」なり。
「田宮模型のお仕事」という本がある。
田宮模型は今や世界のTAMIYAのブランドでスケールモデル(プラモのうち、
実物の何分の一というサイズで精巧に作られたプラモのこと)の世界では
世界一の会社となった。イギリスの戦車博物館にもTAMIYAホールという展示館
まで作っている。
静岡に本社がある。
もともとは木工模型の小さな会社だった。
その田宮のプラモを小学校の頃から買っていた。
他の会社のものと違う点は取説にも現れていた。
その模型のモデルの説明文がたくさんついていた。子供相手ではない大人向けの
解説である。今改めて思うのは伸びる会社というのは地道な努力を怠らないものだと
いうことである。
外に出たくてたまらない気がするが出られない。
肩がいつまでも痛いのはそんなイライラがつのってるのかもしれない。
もちろんこの病院の中は過ごしやすいのは確かだが、時々はぶらりと街をうろついて
みたい。病院の先月分の請求書が来たら銀行に行くために外出許可を取ろうと
思っているのだが、請求書はまだ来ない。(>_<)
嫌な予感が的中するとは・・・。
昼食前の体重測定:85.40kgとは・・・計器の誤差があるとはいえ、0.3kgも
太ってる。なんということだ・・・。(>_<)
夫婦公論より 小池真理子・”いまさら同衾(どうきん)主義もないだろう”
「夫婦がいつも一緒に眠るというのは、いいことだ。20代のころ、私は或る知り合いの
年配の男性に、こんなことを教えられた。
「好きで一緒になった相手なら、いかなる時も同衾すべし。寝室を別にするなど、
もってのほか。ベッドはダブル。気取ってシングルを二つ並べるくらいなら、一緒に
住むな。結婚するな。」
その人は、当時、50歳くらい。けっこうハンサムだったから,外で他の女性に大モテに
モテたんだろうけど、結婚生活は傍目にも円満そのものだった。
どれほどひどい喧嘩をしても、離婚話がもちあがった時も、眠る時は妻の横で眠る
ことにしてきた。と、彼は言う。もちろんベッドはダブルベッド。ちょっと寝返りを打てば、
足が触れる。腕が触れる。相手の寝息やイビキが聞こえる。いつもの妻の匂いや
ぬくもりが、すぐそばにある。
そんな一夜を過ごせば、翌朝はかろうじて機嫌も直り、ま、いいか、やっぱりこいつと
やっていこう・・・・そう、しみじみと思ってしまうんだそうである。」
この文章を読んで、その通りだよなあと思った。
ELTのコンサートビデオばかり見ても飽きるので、プライベートライアンを見る。
戦争映画はやっぱり重い。
母方の祖父は3度の招集の後、フィリピンで戦死したと聞いている。
父は長崎で被爆した。戦争はいかなる時にも悲しみしか生まない。
どんな理由があれども、アメリカがイラクに対し初めに武力行使ありきの姿勢を
示していることは賛成できない。もっと他の方法があるのではないだろうか。
いつも犠牲になるのは名も無き庶民なのだから。
今日ももうすぐ一日が終わる。同室のRさんは明日退院だそうだ。
奥さんとお嬢さんが毎晩面会に来ていた。「明日退院します。お世話になりました。」
と挨拶をされたのも奥さんだった。うらやましい。
TVのCMでJRの特急「由布院の森」が鉄橋を渡るシーンがある。
たぶん天ヶ瀬のあたりだろうか、こんなのを見てると旅行に行きたくなる。
車もいいけどのんびり汽車でも乗っていきたい。女房は生意気だけど時にはまた旅行に連れて行ってやりたいなあと思うのは
なぜだろうか?家族愛というやつかなあ。
12月6日 (金) 晴れ
朝食前血糖値:126
食後2時間血糖値:201 まだ高い。こりゃ、薬が増えるし、入院も長引くかも。
入浴後はいつも汗をかいている、だから団扇が欠かせない。
最初もってきてなかったが腕時計と同様に後から女房に届けてもらった。
正解だったと思う。
退院予定のRさんは夜中に咳の発作が出て苦しそうだった。そのため退院が
数日延びたようだ。家族も本人もがっかりだろう。
いくら居心地が良くても病院は病院、やっぱり外の空気も吸いたい。
そういうわけで昼から外出しようと思い、外出許可を願い出た。
外出できたら宝くじを買おう。
昨夜、FNS歌謡祭を見てからなにげなくチャンネルを廻したら大竹しのぶと三国連太郎の
「姥捨て山」と思いきや、番組表を見ると「生きたい」という番組があっていた。
思わず最後まで見たが、昔の貧村で老婆を棄てなければ生きていけなかった家族と
年老いた父親を老人ホームへとやる娘の心象風景を描いたものは心に訴えるものがある。
やっぱり人事ではない、我々の親のこともさることながら今後は自分自身の老後も
真剣に考えなくてはならない問題だと痛感する。
午後3時前から思惑通り外出許可が出たので電車で黒崎の町に出た。
約2時間、井筒屋などを歩いて回って本と年末ジャンボの宝くじを買った。
本はいろいろありすぎてあれこれ見ているうちに時間が経ってしまった。
AVディスクの付録付の本も目に付いたが買って帰って病室で見るのも忍びないので
買わずに帰った。デパートの食料品売り場は目の毒である。
ついこの間まではどの店でも食べられたはずの店並が今は食べられないのだなあと
思うとなんだか寂しい気もした。
本はあれこれ迷った末に、山川健一・ニュースキャスター、山本文緒・かなえられない
恋のために、連城三紀彦・さざなみの家、広田厚司・ドイツの火砲を買った。
気分転換に大いに期待していたが、あまり効果は見られず、少々疲れた。(^^ゞ
12月7日 (土) 雨
朝のニュース番組で川崎の病院での安楽死問題が取り上げられていた。
このような事件は以前東海大学病院でもあったように思う。
真相についての私の意見は医師に対して同情的なものだ。
だいたいこのような場面に直面した場合、仮に安楽死を選んで医師の側に得に
なるものは無いはずである。
むしろそのような問題を避けて延命処置を続ける方が楽なはずで、事実そんな
医療が主流だと思う。
だとすれば安楽死を積極的に望むのは本人か家族が一番だと思うのだが。
言った言わない、どこにでもある問題だ。仕事の上で、夫婦の会話で、いろいろな
場面で問題になる。
だから仕事の上では常々メモをとる習慣をつけてきた。その場しのぎの無責任な
発言をしてお構いなしのやからが多いからだ。
今回の事件にしても、文書での合意を取り付けていればよかったのではないか?
誰でもそう思うのだが、専門家(尊厳死協会等)の意見では現実問題としてその場で
そんなことを言えるものではないと言う。
もし仮にそんなものが存在しても、家族の側は気が動転して内容をよく掴めないまま
サインしたという反論も予想されるだろう。
単に本人や家族を苦しめるだけの延命処置などはして欲しくないし医療費の無駄だと
思うのは私ばかりではないと思うのだが。
高速道路民営化問題の諮問委員会の答申が一本化できずに首相への答申となった。
これに対し、いわゆる族議員は「諮問委員会の意見などは無視していい、決めるのは
国会だ」とうそぶいている。
内容の是非はとりあえず棚に上げるとして、このようなことを平気で言い放つ政治家が
偉そうな顔をしているのは情けないと思う。
日本の政治はそれぞれの議員とその取り巻きの自己中心的な意見ばかりが目立ち
本当の意味での国家的始点が欠如した政治になっている。
いつまでも目先の利益のみに立たず、もっと未来を見据えた議論が必要なのに・・。
国民一人一人が考える問題ではないだろうか。
病院のいろんな場所に花が飾られている。
造花も最近のものは上手く出来ているが、食卓の生け花(一輪挿し)もいいものである。
いいものだとは思いながらも不精な私の部屋には生け花は無い。
帰ったらそんな余裕も欲しいと思うのだが・・・。
雨が降っていた。天気予報は寒くなるといっていた。
今日は土曜日、来客は今日も無いのだろう。
随時外出許可というのがあってその許可が下りたとほくそえんでいたら
主治医の筋田先生が昼食時に顔を出されて、先日の採血の結果が順調なので
そろそろ退院してもいいかなあという話があった。
退院後はななかな食事療法の確保が難しいと言っておいたのであと1週間くらい
延長しましょうかとも言われたのでそうしましょうと言った。
退院予定日は17日頃になりそうである。これで目途が立った、嬉しいものである。
やっぱりそろそろというか、入院生活も飽きてきたしねえ。(^^ゞ
12月8日 (日) 曇り
同室のRさん、Sさんとも所用で外泊のため、2人部屋同様の一夜であった。
今日は日曜日なので午前中からのんびりしたものである。
「夫婦公論」、読み終える。面白い作家夫婦の本音トークであった。
山本文緒「かなえられない恋のために」を読み始める。
午後からはずっと部屋で寝ていた。昨夜はよく眠れなかったのでその分寝た。
誰も来なかった。寂しいものである。後15分もすれば夕食である。
なんとなく頭が重い。
12月9日 (月) 晴れ 寒そう
外泊から帰って来たSさんは早々に退院された。お母上が倒れて小康状態との
ことでお嫁さん(Sさんの奥さん)はこれからが大変と言うようなことを口走って
いたがその通りだろう。
昨夜から連城三紀彦の「さざなみの家」なる連続短編小説を読んでいる。
どこにでもありそうな家庭の嫁姑の確執をテーマにした作品は実感がこもる。
今朝の回診(看護婦さんの交代)の時、肩こりのことを言ったら、ベテラン看護婦?の
Tさんがリハビリの時にマッサージを頼んであげましょうかと言っていた。
まだ若いのにと思う気持ちもあったがそう言ってくれると喜んでお願いしたいという
のが本音。それにしても目方腰と言うが、頭痛と肩こり、首筋の痛み、腕や足の
神経痛となんとも年寄りくさいとは思うが・・・歳相応なのかなあ?という気がしない
でもないのだが。
「さざなみの家」を一気に読み終わって風呂に入ってきました。
こんな連続短編小説が一番好きなジャンルです。
長編、短編を問わずなんでも好きなのだけれど、長編は読むのに時間が掛かるから
なかなか読む機会がないとまず思い込んでしまうきらいがあって買う時にちょっと
躊躇します。その点、短編はすぐどこでも読めるから都合がいい。但し、すぐ読んで
しまうから、なんだか損したような気分がしないでもないのですが。
入院してからほんとにたくさんの本を読めてよかったなと思ってます。まだ1週間余り
あるから、また外出して文庫を買うことになるでしょう。
できるだけまだ読んだことのない作家の本を読んでみたい。
女性作家の本が面白いと思うのだけれど、連城三紀彦の作品を読むと男性作家も
なかなかのものだと思ってしまう。
自宅近くの本屋で買おうか買うまいかと思って未だ買ってない本に「不倫の恋も
恋は恋」という題の本がある。文庫ならとっくに買っていたのだろうけどそうじゃないことも
あってなんとなく買いそびれている。内容は妻子ある男性と独身女性の恋を題材に
した読者の投稿に対する作者の感想・・・そんな内容だけれど。
女性が投稿していて女性作家が編集しているのだけど、逆のケースも世の中に
たくさんあるのなあ?と思ったりする。
インターネットの発展はそんな潜在的な不倫の恋を助長しているのは確かだろうけど
人の気持ちは時代とともに変化しているのか、それとも変化してないのか・・・
時代なんて大げさなことをいわなくとも年とともに変化するものなのかもしれない。
若かりし頃、人間40代なんて年になると色恋沙汰なんて本の一部の人たちのドラマ
だと思っていた。
ほんとにこの歳になって感じることは女性に対する目が肥えたというのかなんというのか
単に外見的なことだけじゃあなく(もちろん外見も気になるが)もっと広い目で多くの
女性の魅力に気がついたということだろうか、早く言うと気が多いのかもしれない。
それは何も歳のせいではないと思うのだけれど、近年富にそう思う。
そういう目で見渡せば世の中魅力的な女性が多いことに気がつく。
とここまで書いて昼食の時間です。(^^ゞ
朝日TVのニュースステーションをモデルにしたと思われる「ニュースキャスター」と
いう本を読み始めた。何かに夢中にならなければ四六時中自己嫌悪に襲われそうな
自分をごまかすかのように。
なんと人間とは自分の心を制することの出来ない不自由な存在なんだろう。
そんな人間模様を映し出しているからこそ小説の世界の人間像に心を囚われるのかも
知れない。
・・・・運動の時間なのでリハビリルームに行ってきます。
運動しながら考えました。
やっぱり今自分は病人だったんだなって。
入院生活というのは非日常的生活空間なんだなって。
だからというわけではないのだけど、話をつなげる言葉が見つからなくて
零れ落ちた言葉ということなのかなあと思う。
電話はやっぱり苦手だと思う。仕事でも私生活でも。
だから少々時間が掛かっても直接話をしにいきたいと思う。
新しい文庫を買いに行こうかと思ったけど、もったいない気もするので
また同じ本を読み返してみようかとも思う。
もし新しい本が読みたくて仕方なくなったらその時に買いに行こう。
晴れ間は覗いているが外は寒いそうだし。
12月10日 (火) 曇り時々晴れ
昨夜は寝付けなくて、12時ごろやおら起きて「ニュースキャスター」を読んでいたら
夜勤巡回のUさんになるべく早く寝てくださいねと言われた。
どの小説もいざ読み始めると面白くてなかなか止められない。
今回の小説の中にはネット・ハッカーの登場する場面があるが、興味津々である、
自分もそのくらいコンピュータ知識があったら少しは使い物になるかなあと思ったりもする。
病院にいると朝早くから仕事をしてる人を目の当たりにする。
自分らは遅くからしか仕事に取り掛からないから、そんな人を見るとすごいなあと
感心してしまう。でも何事も習慣なのかもしれない。
来週は退院できるだろう。しかしながら・・・帰ったら帰ったで
女房は仕事のことを理解しようともしないし、息子は受験で頭がいっぱい、
自分は仕事のこと、教会のこと、病気のこと、家の雑事・・・・
朝食時、朝食は7時半だけど、その時初雪が降っていたようです。
今日は寒いです。
時代はどんどん様変わりしていくようです。
インターネットの発達はそのスピードとともに人間の行動様式、思考形態も変えつつ
あるようですね。
ニュースキャスターの中に登場するネットワーカーの若者たちの姿を見るにつけ
自分たちが考えているよりももっと大きな変化というか、うれりのようなものを
感じます。それが人間にとって良いものとは思えないのだけど、それに乗らなければ
時代の流れに取り残されていくような不安があります。
でも心の底にはその流れに逆らっても踏み止まりたいというような欲求もある。
時代の流れ、文明の発達には人間にとってかなりのリスクを伴っている気がします。
なんだか何を言ってるのか分からない文章ですか?理屈っぽいよね。
別に入院してるからではなくて、もともとこんなことをいつも考えてるけど、そんなことは
忙しさにまぎれて表に出ていないだけかもね。
伊集院静「水のうつわ」を読むことにする。
静という名前から、女性作家かと思っていたら男性だった。1950年の生まれだと
いうから7歳年上の52歳ということになる。
本が黄ばんでいると思って発行日を見たら、平成9年の初版本だった。
同室のメンバーの退院が相次いでいる。
退院を来週に控えそろそろ本格的に退院後の仕事のことを考えなければいけない。
従来どおりの仕事が続かないとしたらどういう分野が考えられるのか、
東京の町工場のレポートの中で「現代の職人」という概念が語られていたことに
強い関心を抱いている。多くの分野で技術革新がなされいまやコンピュータを抜きに
しては何事も語れない状況である。そんな中で従来の熟練工と呼ばれる職人たちが
これまでの手作業の熟練技に加えて、新しいコンピュータ機器を使いこなす技を
自分たちのものにして新たな職人芸を生み出しつつあるということは非常に興味深い。
この点に着目して自分も何かを掴めるのではないだろうかという気がするのだが。
自分のセールスポイント、すなわち売り込める点は何かと問われれば、これまでの
製鉄設計分野における経験を土台にするしかないのだが、ではその具体的な技術と
なるとなんとも説明に苦慮するだけでなく実態もどのくらいのものか、自分でもうまく
表現できない不安とジレンマがある。本当に自分に技術力といったものがあるのかさえ
疑わしい。しかしながらそれを何らかの形で活かさなければ生き残りというか、生活の
糧を得る手立ては無いと思う。
従って、さきほどの町工場の改革に倣うような現代のコンピュータ技術を味方につけた
他者とは一味違う技術的な売り物を自分なりに構築していくしかないのであろう。
安売りはしたくはない、何度もそう思いながらも志ならずの繰り返しであった。
結局独自技術がないから、目の前にある仕事に飛びついてきた。
これからは歯を食いしばってもなんとか売り手である自分のペースで仕事を
リードできるようなものを生み出していきたいと切に願うものである。
大人であること、人間であることとは一人で孤独に耐えていくことかもしれない。
「誰もが広大なファインダ画面の1ピクセルみたいに、潔く孤独なんだ」
ハイテクという言葉がある。コンピュータに代表される高度情報技術といってよいと
思う。これに対しローテクという言葉もある。昔ながらの泥臭い人間の手による技能と
いって良いかもしれない。これから先はこの両者を上手く使いこなすことが大切だと
思う。ハイテクは決して万能ではない。しかしながらローテクのみではこれから先の
世の中は渡っていけない。ただ、どちらがより大切かと問われれば、ローテクの方だろう。
結局は人間自身がハイテクについて行けないのではないかと思うからだ。
ハイテクはかなりシビアな条件の上に成り立っている、早い話が電気がなければ
動かない、たった一つの小さなミスが命取りになる。
そんな厳しい環境条件に生身の人間がいつも耐えられるとは考えがたい。
むしろ人間対人間の最も基本的な関係はローテク以外の何者でもない。
ハイテクを使いこなすのは人間だ。この基本的命題の上にすべてが成り立つ以上、
人間の意志こそがすべてを操るのだと思う。もしそれが機械に支配されるようであれば
それはハイテクでもなんでもない、人間は自分以外の何物か、すなわち人間が
作り上げたハイテクという虚像に支配され奴隷と成り下がる。
だから結局一番大切なものは人間の最もローテクな部分、好きか嫌いかといったような
一番単純な事柄を大切にしなければならないし、それが本当に分かるのは人間
以外の何者でもないと思う。
だから大切なものは人間が人間を大切にすること、お互いを尊重し合い信頼し合える
こと。それを一つの言葉で表わすならば愛という言葉になるのだろう。
井原隆一氏「財務を制するものは企業を制す」より最も好きな部分を抜粋します。
・・・関係した会社の第一の子会社の主力金融機関は、信用金庫である。
規模が拡大し、取引高も大きくなってきた。するとその幹部から、再三にわたって、
主力銀行を変えて都市銀行、有力地方銀行にしたいという要望があった。最近では
株式上場をめざしているほどになっているため、振出手形の支払場所が信用金庫では、
体面、信用にもかかわるという理由である。
それに対し、私は言った。
「会社設立以来信用金庫から融資を受けているはず。生みの親より育ての親というが、
金庫は、生み、育ててくれた恩人といえる。自分が出世したから生みの親を取り替え
たいという人間はいないだろう。出世すればするほど感謝の念を厚くし、孝をもって
報いるのが人間の道である。
会社が大きくなったから,主力銀行を取り替えようとする考えは、出世したから親の
名を口にするのも恥ずかしい、というに等しかろう。親の名を口にすることこそ自慢に
なる、と考えるべきではないだろうか。
そのために、永久に信用金庫をメーンバンクにすべきで、たとえ上場企業になっても、
当社の主力銀行は信用金庫である、と堂々発表しなさい。」
・・・・この本の著者の井原さんは地方有力銀行出身でその後いくつかの会社再建に
尽力した人である。こんな人物の説かれる話が多くの人の共感を得ているということは
まだまだ日本も棄てたものではないと思うし、こんな気持ちを大事にしたいと思う。
12月11日 (水) 曇り一時晴れ時々雪
昨夜のプロジェクトXはスバル360の開発の物語でありました。
覚えてるでしょう、僕らが生まれた頃に誕生した日本初の軽乗用車です。
「家族たちの自動車革命」との副題のついた昨日の番組は思いのほか感動的でした。
開発リーダーの設計課長は当時34歳の百瀬さんという方でした。
いつも驚かされるのはその若さです。若さというのはその秘めたるエネルギーを
指すのかもしれませんね。
プロジェクトXの主人公は男たちです。でもその影で支える家族、特に妻の存在を
抜きにしては語れないと思います。今回もそうでした。
特に感動的だったのは、シャーシ(足回り)を担当した人の奥さんが脊椎カリエスで
その病気を承知で結婚し、家の周りしか歩いたことのない彼女を、車があれば
遠くに連れて行ってやれるのにと思いつつ車の開発にあたっていたというお話。
僕は結婚前、いえ女房と知り合う前は免許を持っていませんでした。車を運転する
気はなかったから。でも女房との結婚を決心してから免許を取ることにしました。
足の不自由な彼女を遠くへ連れて行ってあげたい、あの頃は純粋だったのかなあ。
初心忘るべからずといいます。
結婚して息子が生まれて、まだミルクを飲ませていた時から年に数度は旅行を
するようになりました。
けれど昨年は、春は自分のうつ病、夏は仕事と息子の受験勉強、とうとう行かず
じまいでした。
夫婦仲は良いとは言えないと思います。けれど家族としてこれからはまた旅行に
連れて行ってあげたいと思います。それにはこうして病気になって、また自宅に戻って
仕事をするのは都合の良いことです。
中島みゆきがこの番組の主題歌を歌っています。「地上の星」という歌です。
「風の中のスバル、砂の中の銀河・・・」。この地上にもたくさんの希望の星がある
という意味だと聞いた気がします。
朝食前血糖値:130
空からは大粒の雪が時々舞ってます。
同室のVさんは今日退院です。肝臓病で50日ちかくおられたそうです。
僕もおしゃべりな方ですが、彼はそれ以上ににぎやかな人でした。人見知りを
しないのですね、いい性格だと思いました。退院できるのはやはり良いことです。
黒崎駅の公衆電話にパソコンのモジュラージャックがあったようです。
今日の午後でも接続に行こうかな?とも思いますが、外は寒そうですね。
筑後は最低気温:0℃といっていましたが寒いでしょうね。
お昼前は青空も覗いていたけど、昼食時から空模様はおかしくなってみぞれ交じりの
雨模様になりました。
ロビーで本を読みながら洗濯が終わるのを待っていました。
前回は選択してるのを忘れてしまったことが2度ほどあったから、今回はコインランドリーの
ある階のロビーで本を読みながら時間の経つのを待っていました。
伊集院静という作家は放蕩ともいえる旅をしながら作品を書いている感じです。
作品が出るまではそれなりに経済的にも苦労したのではないかと思いますが、
そんなことを気にしないのかどうなのか、いずれにしても小説で飯が食えるまで
たどり着いたということはたいしたことなのでしょう。
でもそんな生き方はなかなか出来るものではないでしょうね。
毎日が退屈で、頭の重い日々に思えます。
かといって退院すればいろんな現実が待っています。
どっちつかずの時間の中でいろいろなことを書き残しておこうと思いながらも
窓から外の景色を眺めながら思うようには書けないものですね。
伊集院静・「水のうつわ」より「厄介な人たち」から
男も女も子供から大人へ成長すると、家族を離れて、また家族を作る。全く別の
環境で育った二人があらたに家を作り、共に暮らすということは実の恐ろしいことだ。
好いた惚れたの恋沙汰の時はいいけれど、そんなものはすぐに醒めてしまう。
それでも子供が生れて家族らしい姿になる頃、男も女もどこか失望に近いものが
芽生える。そうでない人は幸福である。失望は諦めになればまだ救いもある。
諦めは長い期間胸の中に飼っていると、突然いい実を結ぶ時がある。困るのは
失望から脱出しようとすることだ。家族に対する失望から脱出することは不可能である。
家族とうまく暮らしていく術は、家族とは厄介なものだといつも考えておくことだろう。
いつ噛みつくかわからない犬を飼っていると思って、おやすみなさい、と電灯を消す
方がいいだろう。
安藤先生が来訪。説教テープと役員会資料を持ってきてくださった。
やっと教会の30周年記念誌の校正が終わったそうだ。
持ってきていただいた礼拝のテープを聞く。説教題「福音理解のちがい」。
今日のキリスト教会において、説教題にあるようにキリスト教の根本ともいうべき
福音理解に大きな食い違いが生じていることは明らかであり、それが今日の伝道の
大きな妨げになっていることは間違いないと思う。
それが単にキリスト教会の教勢拡大のブレーキになるだけならまだしも、本来福音が
述べ伝えられて救われるべき人にその福音が伝わらないことになっているのであれば
そこにこそ大きな問題があるのだと思う。
その時私たちの教会がどうあるべきであるかということを考えると、結局、現任牧師
亡き後もその福音理解=信仰をどう受け継いでいくべきかということになると思う。
そのためには現在の教団信仰告白を堅持し、その信仰告白に基づいて、この八幡
西教会はどのような教会であるのかを明確にし、その信仰内容を明文化する必要が
急務であると思う。
何よりも大切なことは、救い主・イエスキリストは贖罪者としての救い主であり、神が
人となり私たち一人一人に代わってその罪から贖う(あがなう)ために十字架に
掛かって下さったというその真実を堅く信ずることであり、救いはただ神の恵みに
よるものであるということを心に刻み込むことであると思う。
この世に生を受けた人間は誰一人として必要でない人はいないという。
それは人間を作られた神にとって誰一人必要でない人はいないという意味だ。
それゆえ、それぞれ人間一人一人には生きる上での使命があるということになる。
自分に与えられている使命とはなんであろうか・・・
教会を知る以前、生き方に迷って「もしこの世の中にこれこそが真実な生き方である、
これこそが正しいものであるといえるものがあるならば、自分はそれに賭けて生きる
ことが出来るのではないか」と考えていた時期が確かにあったと思う。
そして出会ったのが教会でありキリスト教であった。
あれから18年余の月日が流れ、私は教会に繋がり続けた。
時として重いと感じ、背負いきれない重荷だと感じたことがある。
しかしながらそれが自分に与えられた使命だとするならば、神の約束を信じて
この生涯をささげても悔いは無いと言い切れる者でありたい。
人生とは出会いである。信仰との出会いであり、人との出会いである。
家族との出会いであり、友人との出会いであり、愛する人との出会いであり、
師との出会いである。
心から尊敬し、信頼できる師と出会えたことを感謝している。
信頼とは自分を信じてくれる人への心からの応答である。
この自分を信じてくれる人と共に生きることの出来る幸いを心から感謝する。
この病院の病室にはすべて(旧本館は定かでないが)のベッドに窓があるように
設計されている、奥まった私のベッドからも窓を通して外の景色が見える。
中庭には竹が植えられていてライトアップされている。いい眺めだと思う。
この病院の経営者の心が形になっていると思う。
世の中にはいろいろな考えがある。病院といえども医療法人としての企業である、
利益第一主義に走れば、何もここまで設備を整えることもなかろう。
しかしながら世の中は良くしたものである。
聖書に「持っている者はさらに与えられ、持っていない者は持っているものまでも
取り上げられる」という言葉がある。
一見無駄な投資と思えるものでもそれが本質的に必要なものであれば必ず報われる。
すべての面で理想を掲げてそれを実現しようとするものには、回り回ってその良き
報いが必ず伴う。
たとえこの病院設備のように贅沢とも思える設備投資もそれが患者にとって大切な
ものであれば、患者(客)は必ず増えるのであるから結果的には病院も繁栄するで
あろう。
理想を掲げることの大切さがここにもあると実感するものである。
12月12日 (木) 曇り
午前中はほとんど寝てました。首筋から肩へのこりが激しく辛いです。
それが頭痛を引き起こしてるようです。
リハビリの時に理学療法士の方にマッサージをしてもらってます。
気持ちいいからもっと長い時間やって欲しいのですがそうもいかないようです。
退院したらゆっくりマッサージでも行こうかと思うのですが費用のことを考えると
そうもいかないようです。(>_<)
物書きをしながら旅する人生というのに憧れる。
湯治場に投宿して小説やエッセイを書く。ひなびた一軒宿の常連として。
物書きが簡単な職業でないことは理解できる。仕事は違うが一人で黙々と仕事を
している身には締め切りがなんとも重いものだから。
旅は本来は一人旅がいいのかもしれない。
本当に信頼できる人となら二人で行くのがいいかもしれない。
昔、独身の頃、小学生時代からの友人と3人で2度ほど旅をした。
一度目は鹿児島、宮崎。2日目だったか結局3人で別々のルートを回って宿に
合流した。宿はユースホステルだった。今ならきっと酒を酌み交わせる味のある旅が
出来るのかもしれない。
2度目は能登(石川県)に行った。恋路海岸にも行った。輪島の近くで夜の神楽を
見た覚えがある。
今どこに行きたいかといえば、北海道と静岡県。
北海道では陸上自衛隊の最新戦車の公開訓練を見てみたい。
静岡にはプラモデルの田宮模型の本社があり、年に一度会社公開がある。
いずれも趣味がらみであまり味があるとはいえない。
純粋に旅を楽しむならどこがいいだろうか。
静岡には大井川鉄道といって、今だに蒸気機関車を走らせている有名な私鉄がある。
東北には一度も行ったことがないので青森や秋田といった地方もいいかもしれない。
いつか歳とって自由になれたら一緒に行きたいと思う。
伊集院静氏があるテレビ番組の取材でフランスの画家「モネ」を取材した時のこと。
その時の一節。
番組収録の最後に
「ここまでモネを見てきました。画家モネは素晴らしい仕事をしていますが、人間モネは
あまり好きではありません。」と言った。
しかしそれはモネ讃歌の番組だから採用されなかった。
私はその時、”文は人なり”という言葉を出して、文学作品として優れていても、その
作家が人間として二流なら、やはり作品も二流なのではないかと話をした。”絵は
人なり”があってもいい気がした。しかしその考えで画家たちを見ると、あまり人物は
いないようにも見えた。・・・・
文は人なりという言葉、案外言い当てているのかもしれない。仕事にしてもしかりかも、
現代は結果がすべてという風潮が強い。それはある意味で仕方ないのかもしれないが
その裏にある人間性を抜きにしては価値のないものにも思えるのだけど。
文・・・小説、エッセイ、手紙・・・などなど、人の心に響くもの、心が伝わるのだと
すれば、この作家が言うように書き手の人間性なのだろうか。
人間性とはなんだろう。結局その人が誠実に生きているかどうかということに
尽きる気がするのだが。・・・はたして自分は誠実に生きているのだろうか・・・。
12月13日 (金)
朝食前血糖値:124 昨日は採血が6回あった、結果がよければ退院。
本日は特記なし。退屈な一日。
ADSLの本を買おうと本屋に立ち寄るが適当な本もなし。
無駄遣いをせずに退院まで待てということであろう。
夕食後何気なくロビーで雑誌を読んでいた。
誰か入院患者の人が残していったものだろう。日頃は読まないのだが、”オール読み物”
という月刊誌に目を通してみた。
直木賞受賞作の発表とその選評者の書評に目が行ったからだ。
今年の受賞作は時代物である。どういうわけか時代物(時代劇)はどうも好みでは
ない。どうしても現代物に目が行く。
小説が書けるというのはやっぱり才能なのだろうか、いろいろ綿密な取材が必要な
ものとなるとそれだけで大変な作業だろうなあと思ってしまう。
読み手が一人だけという手紙とは違うのだからやっぱり難しいのだろう。
ただ小説なりエッセイなり、自分の思いが文章になるのは魅力がある。
なかなか自分の思いでさえ言葉にして外に表すのは難しいことであるから。
どうもここのところ、体調がすっきりしない。血糖値は徐々にであるが下降しており
来週の退院は間違いないと思う。
そうしないとどうも精神が持ちそうにない。もうなんだか体が疲れてきた。
退院してもいろいろ煩わしいことが目白押しと思ってもやっぱりもう退院したい。
DVDももう見飽きてしまったし、本を読むのも疲れを感じて多くは読めない。
ベッドに横になっても頭痛を感じたり肩こりや体のあちこちが痛む。
明日は土曜日だが、もう誰も見舞いには来ないだろう。
煩わしいから来ないでもいい人もいるとは思ったが、これほど誰も来てくれないものかと
正直なところガッカリしている。
また「誰が来た?」と女房に聞かれるのも煩わしい。
仕事関係ではたった一人しか来なかった。結局、一匹狼で仕事をしてるし、自分が
考えるほどには人心もなかったということなのだろう。
これから先、自分が生きるための武器をどうすればいいのだろうかと思案する。
さきほどの直木賞作家の話に戻るが、受賞作家の声を一挙再録していた。
その中で、宮部みゆきさんの言葉の中に「会社勤めを辞めて作家に専念する時、
同僚が聖書をくれた。その時彼女は、「別に信仰うんぬんを言うわけではないけど、
聖書の中にはいい言葉がたくさんあるから役に立つと思うよ。」と言っていた。
確かにそのとおりだった。”すべてのことに時がある”、そのとおりだと思った。」
・・・いい友達だと思う。
クリスチャンである以上、キリスト教を勧めること、すなわち伝道(布教)活動は
信仰者の務めなのかもしれない。ギデオン協会などはその最たる団体である。
にもかかわらず、私は心の端っこで何か引っかかるものを感じる。
だから今回の入院にあたっては伝道用の聖書は1冊も持ってきてはいない。
熱心な人なら入院中いろんな人に聖書を配るかもしれない。
つい最近まで私もそうしようと努めてきた。でも、最近、そう堺の全国大会から
帰って後、いろんなことがあってから、自分のしていることはかなり無理がある、と、
思い始めたからだ。決して悪いことではないだろう。しかしながら以前から引っ掛かる
のは、聖書を受け取る側の人のことである。
なにかしら押し付けられて受け取る、何もわからずにただ受け取る。いずれにしても
どうもしっくり来ない。
形はどうあれ、何かの役に立つならとこれまではギデオンの活動に努めてきたが
・・・
ギデオンは辞めようと思っている。
すぐには無理かもしれないけれど。
聖書は心から贈りたいと思う人にだけ差し上げてもいいのではないだろうか・・・
そんな気がしている。
不信仰なクリスチャンかもしれない。でも「・・・しなければいけない」という律法主義では
ダメだと思う。それが逃げ口上だとしても。
そういう意味ではすべてのことにおいて自分の心に素直に生きてみようと思う。
結局はすべてのことは自分の好き嫌いで動いてしまうのかもしれない。
それが自分に素直に生きるということだろうか。
柴門ふみ・美味(おいしい)読書/愛も学べる読書術 を読んでいる。
いろんな本の感想が書いてある。読んでいると一冊一冊自分も読んでみたいという
気にさせるのは著者の文章のうまさだろうか。
柴門ふみは漫画家・弘兼憲治氏の奥さんだ。夫婦で同業者という人も結構いるみたい。
弘兼憲治氏のマンガ「課長・島耕作」はサラリーマンを辞めて独立した当初読んだことがある。
世界を飛び回るビジネスマンの世界に憧れたが、現実にはそんなのんきなものではない
ことを今回の仕事で思い知った。
もともと海外旅行さえも興味のない自分である。旅行に行くなら国内旅行、それも温泉
旅行のようなものがいいと思っている自分は小市民的な生き方しか出来ないのだろう。
テレビでは有線放送大賞をやっている。
ELTもでるのではないかと期待しているが、最近のELTの曲はあまり好きではない、
それでもやっぱり見たい。
大晦日、ミカンでも食べながらコタツに入ってゆっくり紅白歌合戦を見る。
そんな光景が好きなのだが、今年はどうなることか・・・
ミカンも食事制限かなあ・・・
正月はどこかの旅館で過ごすのもいいよなあ。
12月14日 (土) 晴れ
昨夜のビューティーコロシアムは少し見て思わずスイッチを切った。
途中から見たその番組には、おしゃれをしたことがなくて、子供が出来たのに
公園デビューが出来ないという30歳くらいの女性が出ていた。
公園デビューなどという言葉も嫌いだし、おしゃれなんてのはそれぞれの個性だと
思ってる身からすると、彼女はそこそこの顔をしているのにと思わないでもなかったが
今時の都会の人間関係がそうならばいたしかたないんだろうなと思いながらテレビを
眺めていた。
気に入らなかったのは専門家が彼女を変身させた後の容姿だ。
毎回見て思うのは髪型といい化粧の仕方といい、どれも今風の個性のなさが目立つ。
今回は特にそれが顕著に思えた。むしろ化粧をしないほうがましだと思えた。
もちろんこれは本人がよければそれでいいのだろうが、正直言って変身前よりも
老けたと思った。そんな顔を喜んでいるのがむしろこっけいに見えた。だから思わず
スイッチを切ってしまった。
もちろん綺麗になりたいと願う気持ちは大切だと思うし、男でもよりかっこよくなりたいと
願う気持ちは同じだろう。けれどもあまりにも個性がないというか、なんでも流行に
乗せられるのはいかがなものかと思う。
もちろんこの番組で綺麗になったなと感じる女性は多い。けれどもどれも画一的で
面白みが欠けると思う。人それぞれの持ち味を生かしたおしゃれというものがある、
そんな風に思うのだけれどね。皆それぞれの好みもあるだろうし。
病院では様々な人間模様を垣間見ることが出来る。
今朝もそう。夜中にごそごそと音を立てている人がいるかと思うと、それを注意する
人がいる。
夜中の音を聞いてるぶんには、うるさいなあと思いながら黙っているが、そのことを
翌朝注意する(なじる)ぶんについても、そこまで言わなくてもと思ってしまう。
人間関係とは難しいものである。小言を言ったその人も検査入院で一晩だけの
入院で今日は退院だから捨て台詞代わりに言ったのかもしれないし、正義の声を
発するつもりで言ったのかもしれないけれど・・・。
音や夜中のライト(個別の)が気になったらどうしたらいいのか、きっとそれとなく
看護婦さんに相談するのがいいだろうね。彼女たちは経験豊富だから適切な対応を
してくれると思っている。
それに人を注意するというのは難しいものですね、自分は正しいと思っているから
それを言葉に出せるのかもしれないけれど、全面的に正しい人なんていないと思う
から、その時は自分の側が有利でも別の場面では立場が逆転するかもしれないし。
ただ、そんなことを言っていたら何にも言えなくなっちゃって、お互い腹ふくれると
いう事になってしまうかもしれない。人間関係は難しい。だから一番望ましいのは
そういうことを注意しあっても素直に受け入れ合える関係が事前に成立していること
だろうと思うけど・・・。そのためにはそれまではお互い我慢することも必要だろうし
何事も慌てないことだと思うね。
聖書の中にも「信じるものは慌てない」という言葉があってね、その昔、仕事で
怒られた時に、その言葉を思い出して、すぐには弁解せずにいたら、相手もそのうち
勘違いだったことに気づいてくれてホッとした経験があるし・・・そう、何事も慌てない
ことだと思う。慌てる乞食はもらいが少ないなんて言葉を子供の頃よく耳にしたよ。
ただこの頃は乞食なんていう言葉は差別用語だと言って使ってはいけないというのだけどね。
言葉というのは難しいと思う。とくに文書にしたり、口にしたりで公になるとより難しい。
結局、何事も生きていくということ自身が難しいのかもしれない。
「美味読書」を読んでしまった。
作者の柴門ふみさんの文章を読んでいて共通する部分を一つだけ見つけた。
無類の本好きであること、活字なら何でもいいということ。
子供の頃、いわゆる名作と言われる本を読んでいない。お金がなくても図書館に
行けばいくらでも読めたのにと思う。けれどもそういう文学書というか、まとまったものを
読むようになったのは会社に入ってからだ。ある時、サラリーマンの読書術という本を
読んで、通勤電車の中で文庫本を読むことに気づいた。それからはいつも上着の
ポケットには文庫本が入っていた。
子供の頃は雑読だった。何でも活字は手当たり次第読んだ。読んだというより見た
と言った方が正確だと思う。
当時便所は(トイレなどというものではない)外にあった。父の会社の事務所と兼用
であった。自宅は会社の倉庫と一体の飯場を改造したボロ家だった。
夜、電灯もなく懐中電灯を片手に大便に行く。薄明かりの中でちり紙代わりの新聞紙を
読んだ。よく覚えているのは、株式欄。××株式会社:1234円なりという数字が
羅列してあるあの紙面。何のことやらさっぱりわからなかったがとにかくにらめっこしてた。
痔が悪くなったのはあの新聞紙と便所に行くのが嫌で便を我慢した子供の頃が原因
だったのだと今でも思っている。
子供の頃よく読んだのは、「子供の科学」と「模型とラジオ」。子供の科学は今でも
時々新聞広告を見かける。あの頃、通販で一度だけゲルマニウムラジオというのを
買って組み立てたことがある。受信できたのは朝鮮放送だけだった。当時、250円
だったと記憶している。
退院が決まりました。
来週の火曜日です。
その後は2週間間隔程度の定期通院になりそうです。
今度の通院は来年の1月8日(水)午前中です。
何はともあれ良かったです。
入院中に読む小説は最後になるのかな?小池真理子「冬の伽藍(がらん)」を
読み始める。先日読んだ著者夫妻のエッセイにひかれてこの著者の本を一冊くらい
読んでみようと先日近くの本屋で買った分です。600ページ足らずの小説はいつもなら
絶対に買わないのだろうけど、入院中ということで買った。
物語は共に夫や妻を無くした男女が軽井沢の診療所で医師と薬剤師という形で
出会う。その医師には好色な義父がいて、彼の妻はその義父の手にかかり自殺していた。
なんだか重いこの小説はなかなか読み進めることが出来ずにかといって放り出せも
せず少しづつ読んでいる。
事実は小説よりも機なりという言葉があるが、人間の心とはなんとも不思議なものかも
知れないと思う。
あと3日少々で自宅に戻る。月曜日には個人栄養指導がある。いよいよ退院後の
具体的な行動を考えなくてはならない時が来たと思うと気持ちが重い。
もちろん、もう病院のベッドは疲れたから自分の部屋に戻りたいという気持ちは強い
のだけれども、なんだかこう手放しに喜べない自分がいる。
何が一番したいか、畳の上に手足を伸ばして寝っ転がりたい。
何も話し掛けないで欲しい、とは女房に言いたい言葉だけれど・・・いろいろ聞かれる
のかなあ、いまから少し憂鬱だ。すぐに見舞いの返礼も手配しないといけないし、
何も返礼するなと言っていた女房の姉夫婦には退院の知らせくらいはしておかないと
いけないだろうなあ。(そのことをめぐってまた口論しなければいいのだけれど)
仕事は適当にあるだろうか、嫌な仕事を断って都合のいい仕事だけ確保するなんて
都合のいいことが果たして出来るだろうか。
少し焦らず時間を待つ余裕が必要なのではないだろうかと思案している。
知らぬが仏、という言葉がある。
入院案内には携帯電話持ち込み禁止と書いてあったから持って来なかった。
でも結構持ってきている人が多くて正直なところ、自分も持ってくればよかったと
思わないでもない。ただ、持ってくると収拾がつかないというか抑制がきかない
気がしてそれはそれで良かったと思っている。
携帯型心電図計(ホルター)を装着している人が多い。これは携帯電話と同様に
絶えず電波を出して心臓の波形をナースセンターで監視しているものだ。
だから携帯電話の電波と喧嘩をしないという保証はどこにもない。
携帯電話というのは電源を入れている間は常に自分の位置を電話会社に伝えるために
電波を定期的に発信しているという事実をどのくらいの人が知っているのだろうか。
だから病院とか飛行機の中では計器を狂わせることが起こりうるから、携帯電話は
使用しないで下さいと警告しているのだけれど。
今やどんな機械にも小さなコンピュータが入っている。そのコンピュータを使う必要の
ない機械でもユニットの一部に入り込んでいるものもあるという。
だから、それが携帯電話の電波によって狂わないという保証はどこにもない。
こんなことを書くと現代社会においてはどれもこれも安心して使用できないという気に
なるかもしれないけれど、事実は事実である。
ただある時原因不明の事故が起こったとしても真相は謎のままということもありうる
だろうと思う。それはそれで運命だから仕方ないと割り切ってしまえればそれはそれで
かまわないのだけれども。
今日退院した人に代わってさっそく次の人が入院してきた。
今朝方の小言を言う人とは打って変わって今度の人は何かと気を使っているようだ。
まるで今朝の出来事を知っているかのように。
人それぞれだなあと思う。入院中いろんな人を見てきた。病院という空間においては
外での社会的立場とかいうものはほとんど関係がない。
人間生れた時と死ぬ時は誰しも同じ。病気も老若男女の別なくやってくる。
平等といえば全く平等だと思う。
そんななかで自分はどうしているか、・・・極力だんまりを決め込んでいる。
話し掛けられれば応じるが、進んでは話し掛けない、必要最小限のことしか言わない。
もともとおしゃべりだから自重しているわけだけど。
口は災いの元と言うが如しである。
それが良いのか悪いのか分からない。ただ一つの処世術かもしれない。
TVでは「帰ってきた酔っ払い」の懐かしいビデオが流れている。
1967年の曲というから僕が10歳の頃の曲ということになる。
この歌を歌っていたフォークルセダーズのはしだのりひこ(のちのクライマックスなどを
編成した人)は京都の世光教会の会員だったそうだ。後でこの事を知って、だから
こんな曲を作ったのかなあと思う。
この世光教会という教会は榎本保郎という牧師がまだ神学生の頃に自力で作り上げた
教会としてその世界では有名な教会です。三浦綾子さんの「ちいろば先生物語」と
いう小説のモデルとなった先生です。
おお、トアエ・モアが出てる。どうもフォークソングの番組らしい。
何気なくテレビのスイッチを入れたが今夜はしばらく見てみようか。
12月15日 (日) 晴れ
隣のおっさんは就寝時間が過ぎても、また朝も早くから何かと物音のうるさいこと、
お互い様ですからと言ってはみたものの、昨夜の物音もとにかく気になった。
勝手なもので昨日は小言じじいの悪口めいたことを書いたが、それもうなずけるなと
今朝は感じるものである。まあ、近々退院なので我慢するしかないのだけれど。
今日で最後の日曜日。どうせ今日も誰もこないだろうと思いつつも一抹の希望を
抱いているようにも思える。
孤独とは誰にも省みられることのない、取り残されたような、置いてけぼりをくらった
ようなものだといっていた人がいたような気もする。
病人とは誰でもこんな気持ちを抱いているものなのであろうか、大人も子供も。
だとしたら病の中にある人を見舞う行為はかけがえのないものなのかもしれない。
日曜日の午前中、入院しなければテレビを見ることもしなかっただろう。
しかも退院した同室の人からテレビカードをもらったので使わないと損だと思い
なにげなくスイッチを入れた。
登山家・野口健氏(ネスカフェの宣伝しか知らなかったが)が語る自分史、エベレストに
約1200トンもの登山ゴミが放置されているという事実とその中でも日本のものが
極めて多いということ。それを隠そうとする日本のマスコミ。世界の登山者の中で
語られる言葉。エベレストを富士山にするな、とはどういう意味か、それほど富士山には
ゴミが散乱しているということを聞いて、さもありなんと思った。
美しい部分だけを強調して汚い部分を隠そうとするところに今の日本の縮図を見た
とは彼の言葉だ。
別のチャンネルでは介護保険問題、日本の金融問題に関するディベート(論争)が
あっていた。どの問題一つとっても難しいなあと思いながらも、現代社会において
感情論や力関係を抜きにして問題を議論することの難しさも痛感する。
大学で学んだ社会学(仕事に関係しないからか、僕はこういう学問が好きです)で
中根チエさん(比較文化?論の学者)の「タテ社会の人間関係」という本を読んで
感銘を覚えたことを思い出した。
まだまだというか、日本社会においてはいろんな意味でのしきたりや世間一般の
力関係が現存し、それが大きな力を持っていることはよく感じるところだ。
そんな状況の中で、インターネットの発達によりいろんな立場の人がそんなしがらみを
越えて平等に議論できることはいいことだと思う。しかしながら議論には議論のルールと
いうか前提条件があることも充分承知の上でその議論をしなければならないだろう。
これからの社会では、単に以心伝心といった旧来の日本的コミニュケーションだけ
では通用しないだろうということは自明な気がする。
体重測定:84.55kg わずかながら減っているので良しとするかあ。
入院後の減量はわずかに3.5kg程度にとどまった。
義兄夫婦来訪。
頭は重く、体のあちこちが痛む。ベッドに横になっていても眠れない。
退院を素直に喜べない。退院後どうやって暮らしていこうかとそればかりが頭をよる。
せめて女房が力になってくれればと思ったりもするが、それは望むべくもないこと。
そんな家庭の事情を表に出すことも出来ず、苦笑いでごまかすしかないのだろう。
少しづつ荷物を軽くするようにしなければならないと思う。
金に任せてストレス解消をするには金も時間もなかりけりなのだから。
ため息ばかりが出てしまう。退院シンドロームとでも名づけるか。
他にすることもないので、ロビーで冬の伽藍の続きを読んでいた。
なんだか途中の忌まわしい部分は飛ばして最終章に進みたくて時々ぱらぱらと
ページをめっくてみる。でもやはり飛ばし読みは小説の味を損ないそうで少しづつ
読み勧めている。250ページあたり、全体の1/3くらいだろう。退院までに読み終わる
だろうか、こだわっているわけではないが、家に帰ったらたぶん読みはしないだろうから。
今夜も懐かしの歌という番組があるようなので見ようと思う。
テレビでまた太田裕美の木綿のハンカチーフの映像を見た。当時21歳というが
やはり今の太田裕美の方が魅力があると思う。
入院中もたくさん可愛い看護婦さんを見ているが、それでも若い人より同年代?
というか年齢の近い人に魅力を覚えるのは自分自身がそういう年齢になったから
なのか、それとも異性を見る目が肥えてきた(?笑)からなのか分からないが
ただ年齢を重ねるにつれてそんな目が身に付いてきた事に密かな喜びさえ感じる。
ジュディ・オングがゲストとして出演して「魅せられて」を歌っている。
この歌をテレビで見た時、衣装と歌に魅せられた思いがしたのを覚えている。
歳をとっても魅力的な人はたくさんいると思う。ジュディ・オングの今を見てもそう思った。
高橋真梨子もそんな一人だと思う。ただ女性は(自分の好みかもしれないけど)
髪型でずいぶん魅力(外見上の)が違うと思う。ちなみに僕がこだわるのは前髪で
額を隠していること、昔「ミヨちゃん」という歌があったけど、その中に「前髪垂らした
可愛い子」という歌詞があるけど、その通りで。
テレビではいろいろ懐かしい曲が並べられている、
冬が来る前に(紙風船)
花びらの白い色は恋人の色♪・・・ベティ&クリスティー
別れ歌(中島みゆき)
歌にはそれぞれ懐かしい情景が浮かぶ気がします。
高校を卒業して社会人になった頃、付き合っていた(独身の頃、女房を除いて
ただ一人の人だったけど)女性が好きだったのが、チューリップの財津和夫さん、
だから最近耳にした「サボテンの花」のメロディーは懐かしい響きがあった。
♪ほんの小さな出来事に愛は傷ついて 君は・・・ 真冬の空の下に・・・♪
彼女は吉井の人でした。筑後弁が耳に心地良かったのを微かに覚えています。(^^ゞ
懐かしの名曲のトップは、美空ひばりさんの「川の流れのように」でした。
悔しいけれど(美空ひばりは好きではない。父が昔よく言っていた、美空ひばりは
嫌いだけど、歌はうまいと。)良い曲だと思うし、美空ひばりが歌うにふさわしいと
そう思う。
12月16日 (月) 雨
昨夜は就寝後、冬の伽藍を22時くらいまで読んでいた。
どうしてもラストシーンまで辿り着きたかったので途中は飛ばし読みした。
主人公の女性は白血病にかかりラストではヨーロッパで暮らすかつての恋人との
再開を果たす場面で幕を閉じた。第1章では読み進むのが重かったが、2章、3章は
読み進めずに入られなかった気がする。こんなことが現実にあるのかどうかは別に
して、人間の心理描写は鋭いと思った。だれしも登場人物のような心の奥底を持って
いても不思議ではないと思った。
昨夜は、同室の人のいびきに悩まされた一夜であったが何とか眠れた。
こればかりは本人をせめてもどうしようもないのであろうが、同室のものが耐えられないと
したら個室にでも移ってもらうしかないのだろうかとふと思った。
朝食前血糖値:130
2時間血糖値:181 これで病院で自己測定するのは最後だが、まだ高いなあ。
小池真理子・冬の伽藍を最後まで読み終える。
読みながら涙が出た。なぜ涙が出るのか、うまく言い表せないが。
唯川恵氏の解説文にはこう書いてある。「結局、心を揺さぶるものは、心でしかないのだ。」
・・・入院中に読んだ本は退院後古本屋に売ろうと思っています。
最後の夕食を終えました。
メディセーフ(血糖測定器)も自分専用のものを揃えてもらいました。
いよいよ明日朝退院します。
パソコンもこの後片付けようと思いますから、病室で書くのはこれが最後の日記です。
1ヶ月余りの入院生活で学んだこと、それを一言で言えば、自分の体は自分で
守るということ。
この言葉にはいろんな思いが含まれています。
正直に言えば、もっとたくさんの人が病室に来てくれるかなと思っていましたが
完全な空振りでした。でもそれで自分に対する周りの人の見方というものも知った
気がしています。病になると周りのことがよく見えるというのは本当だと思います。
でもそれはそれで良かったと思っています、本当に。
病状を冷静に見るならば、糖尿病ならびにそれに伴う早期腎症、脂肪肝など、けっして
楽観できるものではありません。そのこととそれに伴う食事療法の大切さをうまく
女房や家族に知らしめることは容易ではないような気がしています。
それも「自分のことは自分で守る」という範疇に入る気がしています。。
仕事のことも誰も助けてはくれないかもしれません。最小限の人脈をたどって仕事を
確保していかないといけないでしょう。
しかしながらそんなことを今更言っても仕方がないので、現状のままでなんとかやる
しかないようです。
明日からまた新しい人生を始めるつもりで生きていきます。
お世話になりました。
医療法人 誠心会 萩原中央病院 はこちらです
トップページへ戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
![]()