DON.BOO.LA.COO


Citroen
SALON DE
L'AUTOMOBILE
1955
"l'Air et l'Eau"
HydraulicSuspension
Accumulator
Sphere
HeightCorrector
Valve
Reservoir
SteeringColumn
Distributor


私は出張などで外に出ると、大抵ファミレスで食事をすることにしている。
別にファミレスが大好きな訳ではないのだが、どんな店に入っても禁煙席がちゃんとあって、コーヒーが飲み放題というのが好きなだけだ。そうした店に入るときは必ず本を持参する。これがないと、ファミレスというのは時間がもたないように出来ている。コーヒーをすすりながら目で文字を追うのだ。
でも、一番の楽しみは、本を読んでいるふりをして隣の席の会話を盗み聞きすることにある。
そこには人生の機微が見え隠れしている。
そんな「となりのココロ」に聞き耳を・・・

雪は降る
今日はひどい大雪だった。
雪かきもままならないファミレスの駐車場を眺めながら、ふたりの老婆が隣の席で会話している。
「本当にひどい雪だこと。」
「そうね。雪かきも大変よ。」
「でもね、雪かきができるところはまだ良いのよ。高速道路なんか雪をかいても持っていく所がなくて困っているんだから。」
「そうそう。特にトンネルの中なんか両側が壁だからどこにも雪を寄せられないで大変なのよ。」
「そうよねぇ。」
ふたりは表の雪を見やった。
トンネルの中は雪が降らないと思うのだけれど・・。
ボルボな会話
ファミレスの窓際の席に通されると、駐車場に停まっているクルマから客を推理してみるのも楽しみのひとつである。黒い車体にウィンドウフィルムの貼られたミニバンは、奥の茶髪のカップルか。青いプジョーはカウンターのジャケット男か、などと。
また新たに駐車場にボルボのワゴンが入ってきた。若い夫婦が乗っている。後部座席には空のチャイルドシートが取り付けられ、その後ろにはドッグネットが見える。子供をどこかに預け、夫婦水入らずでウィークデーのランチを楽しむのか。派手でないジャケットと、薄いブルゾンを羽織ったボルボの夫婦が私の背面のボックスに案内されてきた。こんな絵に描いたような幸せそのものの若い夫婦は一体どんな会話を交わすのか?
注文を終えると、女性のほうが口を開いた。
「子供は、私が引き取るから・・・」
禁煙席
私はタバコを吸わない、と言うより、タバコが嫌いなので禁煙席は空くのを待ってでも譲れない条件になる。
ようやく禁煙席が空いて小さなテーブルに案内される。注文を終えてふと見ると、隣の席の男性がぷかぷかとタバコを吹かしている。おいおい、ここは禁煙席だぞ、と思ったが、さすがに直接注意する勇気もない。コーヒーを持って来たウェイトレスに小声で言ってみた。
「隣のお客さんがタバコを吸っているんですが・・」
「あのテーブルまでが喫煙席なんです。」
そ、そんな馬鹿な・・・まるでちょっと前の国内線じゃないか。仕切もなくていきなりここからが禁煙席か!
他人の出す排ガスに耐えながら食事を終える頃、そのテーブルに次の客が案内されて来た。ウェイトレスはテーブルの上にメニューと小さなプレートを置いた。
そのプレートにはこう書かれていた。
「禁煙席」
パソコンヲタク
若い世代には決定的に経験と知識が不足している場合が多い。
でも、人一倍見栄を張りたいのもこの世代の特長である。
隣の席では、近くの家電ショップの帰りと思われる若い数人の男女が仕入れてきたばかりのパンフレットを見ながらしゃべっている。どうやらその中のひとりの女の子がパソコンを買おうとしているらしい。一番良くしゃべる太った男の子は、かなりコンピュータに詳しいらしく、普段は友達じゃないのに、商品の見極めに役立つだろうからと呼び出されたようで、ここぞとばかり知識をひけらかして少々浮いた存在になっている。
「ねぇ、これなんかどう?」
「あ、おしゃれぇ・・」
「それはPentium4じゃないからダメだよ。USB2もサポートしていないし。」
「じゃ、これなんかどう?」
「カワイイ!」
「どうなの?須藤クン。」
「あぁ、Macだね。」
いきなり須藤クンのトーンが下がった。Macと聞いて私の耳はダンボのように大きくなった。
「あ、マウスが透明になってる。」
「これ、クリックするところがないぞ。」
「須藤、どうなっているんだよ。」
初めて説明を求められた須藤クンではあったが、Macに対しては詳しくないらしい。それでも、彼は説明を続けた。
「透明なカバーの内側にセンサーが付いていて、指の動きをキャッチして左右別のクリックが感知されるようになっているんだ。」

「へぇ。カッコイイ!」
「私、これにしよう!」
そうだ、それにするんだ。そして、須藤クンにいろいろ教えてやってくれ。
この数年後、須藤君の予見したマウスが実際にAppleから発売されました。
どうもすいません
最近はファミレスのマニュアルもきちんとしてきて、客を出迎えると最初に禁煙席か喫煙席かを訊いてくれるようになった。
しかし、その言葉が問題なのだ。
「禁煙席と喫煙席どちらがよろしいですか?」
と質問されれば迷わず
「禁煙席」
と答えるものを、
「おたばこは?」
などと中途半端に質問するからいけない。
「おたばこをお吸いになられますか?」
なら意志を持って
「いいえ。」
と答えるであろうに、「おたばこは?」だけでは
「すいません。」と答えるしかない。
吸わない客に謝らせてどうする。
今日もそんな応対があった。
テーブルが空くのを待っていると、ウェイトレスが私の前に並んでいた老紳士に訪ねた。
「おたばこは?」
すると、その老紳士は矍鑠としてこう答えた。
「たしなみません。」
私はその言葉にひどく感動した。ここには意志も知性もある。
しかし、その若いウェイトレスにはその言葉が通じなかったらしく、こう聞き返した。
「やらないってこと?」
雇用条件
先ほどから向こうの席で、作業服を着た中年男性と、トレーナーにジーパンといった服装の青年が向かい合ってランチを食べている。
小さな町工場の工場長とその工場の新規採用者のように見える。不況とは言え、町工場に働きに来てくれる青年は少なく、やっと見つけた働き手といった関係のようだ。これからの期待感と、不安感で青年の口数は少ない。工場長がしきりに表を見ながら世間話をしている。
工場長もランチの後のコーヒーをすすり終えた。
意を決したように青年は口を開いた。
「正直に言ってください。僕を辞めさせた本当の理由は何だったんですか?」
不況はまだまだ長く続く。
三つ星グルメ
ファミレスは所詮ファミレスだと私は思っている。
ところが後ろのボックス席では何やらグルメ談義に花を咲かせている中年男性達がいる。太った男性はどこぞの社長さんか、隣の秘書にさかんに話しかける。
「このソースは味が淡泊すぎる。」
「肉の焼き具合が不十分だ。」
周りを取り囲む接待社員と思われる男性達も同じように出された食事にあれこれ文句を言っている。
「フロアマネージャーを呼べ」
おいおい、ここは一流ホテルじゃないんだ。そんな食事がしたけりゃもっと違う所へ逝くべきだろうに・・・。そこへ呼ばれたフロアマネージャーが現れた。
「一応、新メニューの審査は終わったので、レポートは本社に回しておくから。」
「ありがとうございました。」
無口な会話
隣の席の会話を聞きたいのに一言もしゃべらないカップルもいる。
隣の席に座っている中年の男女も、先ほどから一言も言葉を交わさない。お互いに雑誌を読みふけっている訳でも、もくもくと料理を食べている訳でもない。グラスのアイスティも氷だけになって、何度目かのストローの音が繰り返されるばかり。おそらく、男性のコーヒーカップの中も空なのだろう。ウェイトレスがお代わりを聞くたびに手で断っている。お互い駐車場のクルマを眺めたり、テーブルの上を見たり、相変わらず会話はない。ふたりの身なりは相当なお金持ちなんだろうと想像させながら、それでいて上品なファッションだ。たぶん駐車場の端に停められたベンツが彼の愛車か。そのクルマをよく見ると、県外ナンバー。さらに、そのベンツの隣には同じ県外ナンバーのBMWのクーペが停められている。すると、こちらが彼女の愛車か。ふたり揃ってこんな所までランチを食べに来たのか。
夫婦だったら子供の話や、ペットの話、近所の話などするであろうに、このカップルは交わす言葉も見つからない。この店を出れば、お互い自分のクルマに乗ってそれぞれの家庭に戻るだけなのだろう。交わす言葉の見つからないことは寂しいものだと思った。
Y2Kな会話
その頃、世間では数ヶ月後に迫ったコンピュータの2000年問題が話題となっていた。私も便乗してウケ狙いで年賀状の年号を1900年にして出したら、あちこちから「間違っていますよ」と指摘を受けた思い出がある。
今も隣の席では一組の若い男女が2000年問題に頭を悩ましている。いや、正確には男性が2000年問題の危険性を切々と女性に説明しているだけなのだが。
相手の女性のほうはそんなことに興味がないのか、返事は空返事ばかり。それにも気づかない男性はネットワークや核ミサイル、金融機関崩壊まで危険性を力説している。話が一段落したところで、男性が女性に訊いた。
「一体どうすればいいと思う?」
若い女性は退屈そうに答えた。
「簡単よ。日付計算の年桁数探し出して、自動的に4桁に直しちゃうウイルスを開発して世界のネットワーク上にばらまくの。」
男性は口をあんぐりさせている。
「そ、そんなこと・・・無理・・じゃ・・・ないか・・。」
女の大胆さに太刀打ちできなかった20世紀はそこまでだった。
クルマ好き
ハンドルを握る後輩の話を助手席で聞いていた。
「シトロエンに乗っているんですって?」
「あぁ・・。」
「調子いいですか?」
「まぁまぁかな。」
「いいですねぇ。そんなクルマに乗れて。自慢できるでしょ。」
「全然。オンボロだし、自慢するようなクルマじゃないよ。」
「でも、みんなが羨むでしょ?」
「羨むなんてクルマじゃないよ。」
「エンジンは?」
「一応、3リッターのV6なんだけど。」
「へぇ、そいつは凄いや。」
「そうでもないけど・・。」
彼は目を細めて言った。
「オレも、先輩みたいにBMW買おうかなぁ。」
自慢するために買うBMWと、オレのシトロをいっしょにするな!
さらに上
私の座る正面のボックスに、テーブルを集めてたいそう煌びやかな女性達が陣取っている。
彼女たちは服装や装飾品からして水商売のママさんの集まりの様子である。彼女たちは同じパンフレットを手に持って中央に座るひとりの女性の手元を一様に見つめている。その女性は周りのママさん達とは明らかに違った雰囲気のファッションで、言うなれば保健の外交員のようにも見える。その彼女の手には小さな小瓶がふたつ握られている。小瓶の中には色の異なる錠剤がそれぞれ入っている。説明するその声は小声で、ここまで聞こえては来ないが、明らかに怪しい薬を売りつけようとしている様子だ。目元や頬をしきりに押さえているところをみると、美容回復剤といったところか。
いくら金を持っているウォータービジネス系のママさんでも、そりゃちょっと危ない話じゃないのか?
そう思って見ていると、ひとりのママさんが腕時計を見つめて言った。
「いけない。もうこんな時間。私、これで失礼するワ。」
その言葉がきっかけとなり、次々と他のママさん達も席を立つ。
後に残されたのは説明していた女性と、お勘定書き。




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