沖縄の行事

祭りなど、旧暦思考は、沖縄では生活と深く結びついていて今も欠かせない。  

1月3日(旧12月8日) ムーチー 月桃の葉で包んだ餅を作り、子供の年の数だけムーチーを縄で結び
部屋に吊して子供の健康と成長を祈願する。
1月26日(旧1月1日) 旧正月 若水を火の神(ヒヌカン)に供え、お茶湯(ウチャトウ)して仏壇にも供え、
親戚間の年始まわりをする。
1月27日(旧1月2日〜13日) トゥシビー
(年祝い)
12年目ごとに巡ってくる生年祝いで、旧正月中に生まれ年と同じ
干支の日に行われ、数えで13歳、25歳、37歳、49歳、61歳、73歳、85歳の人のお祝いをする。
2月10日(旧1月16日) 十六日祭
(ジュールクニチ)
後生(グソー:あの世)の正月で、朝からてんぷらとか揚げて重箱に詰めお墓にお供え物をする
3月29日(旧3月3日) 浜下り(ハマウリ) 女性の節句。よもぎの葉を入れた餅、赤飯、揚げ菓子などを重箱に詰めて浜に出かけ、
悪いけがれを流し健康を祈願する。今日ではほとんど、潮干狩りをする日と思っている人が多いのでは?
4月5日ごろ(旧3月) 清明祭
(シーミー)
旧暦3月の吉日に行われる沖縄の三大行事の一つ。中国から伝わったとされ
「清明の節」の期間に先祖のお墓に親戚が集まって、お線香やお花、重箱につめた料理を
お供えし供養する。ちなみに「清明の節」というのは、植物が成長をはじめる時季、
という意味で活力にあふれた季節を意味している。基本的には清明の入りから15日以内に
行うのが基本だが、現在では休日に行うことが多い。
5月27日(旧5月4日) ユッカヌヒー 旧暦5月4日のユッカヌヒーは、各地でハーリーが行われますが、
出店のおもちゃ市があり、大人は子どもの無病息災、立身出世を願って
縁起物のおもちゃを買い与える風習があります。
6月23日 慰霊の日 唯一日本国内において一般住民が地上戦を体験した沖縄戦
沖縄防衛第三十二軍司令官牛島満中将と同参謀長の長勇中将が糸満の摩文仁で自決した日が1945年6月23日の未明とされ、この日を、日本軍の組織的戦闘が終結した節目としてとらえ、沖縄慰霊の日が制定されました。沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日として、1991年、県条例で正式に「休日」と定められました。
9月1日〜(旧暦7月13日) お盆
お盆の期間は内地と同じで3日間。その3日間を沖縄では独特の呼び方をする、
盆入りは「ウンケー」 中日は「ナカヌヒー」 最後の日は「ウークイ」。
沖縄では春の清明祭(シーミー)とこの旧盆が特に重要な行事で、
正月は帰らなくても盆には帰ってこいと言われるほど
13日の夕方に家の前で火をたいて祖先を迎えるウンケーをする。
15日夜更けに仏壇に焼香した後、紙銭を焼き、焼香の燃え残りやお供え物の一部を器に入れて外へ 出し、そこで線香をたいて先祖をお送り(ウークイ)する。
9月26日(旧8月8日) トーカチ 数え年八十八の長寿の祝い。米寿、「米(ユニ)の祝い」は八十八を米と結びつけたものとも伝わる。
祝いに来たお客に「斗(ト)かき」の形をした竹筒を、おみやげに持たせたところから「トーカチ」と呼ばれる。

毎月旧暦1日と15日はトートーメー(仏壇)にウチャトウ(お茶湯)を供えたり、
ヒーヌカン(火の神)にウブク(湯飲みにご飯を山盛りしたもの)を供えたりする。
ウブクを男が食べるとおしゃべりになると言われ、御願の後ウブクは女性が食べるのですが、
あなたの周りにユンタクーがいれば、恐らくウブクを食べさせれていたのでしょう(笑


お盆 正式名称は[盂蘭盆会・うらぼんえ]と言います。
[盂蘭盆会・うらぼんえ]とはインドのサンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したもので、
転じて「逆さまに釣り下げられるような苦しみにあっている人を救う法要」という意味です。
・お盆の行事はお釈迦さまの弟子の一人、目連尊者(もくれんそんじゃ)が母を救う話に由来しています。
目連尊者はある時神通力によって亡き母が餓鬼道に落ち逆さ吊りにされて苦しんでいると知りました。
そこで、どうしたら母親を救えるのかお釈迦様に相談したところ、 お釈迦様は言われました。

「夏の修行が終った7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことが出来るであろう」と。

目連尊者がお釈迦様の教えのままにしたところ、その功徳によって母親は極楽往生がとげられたとのことです。

・それ以来(旧暦)7月15日は、父母や先祖に報恩感謝をささげ、供養をつむ重要な日となりました。

 江戸時代までは7月15日を中心にお盆をしていましたが、明治になって新暦(太陽暦)が採用されると、
一部の地域では新暦の7月15日を中心にお盆を行うところが出て来ました。新盆といいます。しかし、
新暦の7月では当時の農家にとっては1年中で最も忙しい農繁期でゆっくりと先祖供養ができなかったので
まる一ヶ月遅らせてお盆の行事をするようになりました。これを月おくれ盆といいます。
現在この月おくれ盆が圧倒的に多いようです。これに対して沖縄では旧暦の(太陰暦)によるお盆が行われています。

盆踊り  なぜ、お盆に盆踊りなのでしょう? もともとは、仏教に由来しています。 平安時代、空也上人によって
始められた念仏踊りが、盂蘭盆の行事と結びつき、精霊を迎える、死者を供養するためのものという意識に
なっていきました。 室町時代の初めには、太鼓などをたたいて踊るようになったといわれています。

エイサーの由来 代表的なものとして「袋中(たいちゅう)上人」という京都のお坊さんが沖縄で始めた念仏踊りが定着したもの、
というのが一番有力なようです。もともとは、このように仏教の念仏踊りをその起源としてきたエイサー。
本来難しい念仏を、踊りをつけることで覚えさせてしまおうという仏教を広める手段だったらしい。
それが、沖縄のそれ以前からの文化と重なり、定着してきます。そしてその意味も「祖先の霊を送り出すもの」と
いう風になってきました。これは旧盆に村々をエイサーでねり歩く 「道じゅねー」 に色濃く残されているらしいです。

七夕の日は、“7日盆”といって、お盆と深い関係のある日です。ササ竹をつかって飾る、
七夕の飾りつけは、盆棚からきているそうです。そして、沖縄では、旧暦7月7日に、
お墓を掃除し、お花を飾り、お盆の準備を始めます。


トゥシビー(年祝い)  生まれ年(ウマリドゥシ)になると年祝い(トゥシビー)のお祝いをします。
毎年の誕生日ではなく、干支が一巡りしてくる年で数え年13歳、25歳、37歳、49歳、
61歳、73歳、85歳、97歳カジマヤー(風車)の年齢にあたります。
沖縄のトゥシビー祝いは今日では長寿や健康祝い等のめでたい宴のようになっていますが、
本来は厄払いの行事で、沖縄では生まれ年を厄年と信じられていました。
厄年には災いにかかりやすいので御願(ウガン)をして親戚や身内を呼び、ご馳走を振る
舞い厄払いをした。厄年には家の新築や遠出の旅行を避け、生活を慎んだと伝わる。
厄年は3年間もの期間があり、厄年の前年を前厄、後の年をあと厄、または晴れ厄(ハリヤク)と呼ぶ。
人生の節目節目に厄年があり、子供から社会参加の年代へ、働き盛り結婚適齢期、責任を持つ年代と移る。
若い年代へは心と体の成長を願い、還暦の頃には気持ちは若くても年相応の体のため、健康への注意を促し
たのではないだろうか。

タンカー  子供が生まれて1年目の行事をタンカー祝いと呼び、子供の健やかな成長と将来や子供の性格を占う楽しい行事。
トートメー(仏壇)の前で座卓に筆、算盤、秤、小銭、盛り飯等を置き、子供が一番最初に取る物で、その子の
将来や性格を占う。 筆を取ると文学関係か画家、盛り飯を取ると豊かな食生活を得る、等といい伝わる。
親は子に将来の希望を託して一番取りやすい場所へ希望の物を置くが、、、、はたしてはたしてなかなか
親の思い通りにはいかないものでございます。(笑


カジマヤー(風車)  数え年97歳の長寿の祝いで今日も毎年盛大に行われ、地域では区民でお祝いする。
親戚が集まりオープンカーを準備して風車を飾り、区内をパレードする。
沿道の人は長寿にあやかるために握手を求めて集まります。

◆沖縄本土復帰記念日 1971年6月17日に宇宙中継によって東京とワシントンで結ばれた「沖縄返還協定」、
1972年5月15日午前0時をもって発効し、沖縄の施政権がアメリカから日本に返還され、
沖縄県が誕生しました。


今年は旧暦5月が2回?ぬーなとーが?・・・
旧暦は月の運行でもって一ケ月を決めます。月は、1か月に約29.5日で地球を1周します。
そのため、1年は29日の月が6回、30日の月も6回設定します。
そうすると1年が354日になるので、太陽暦との差が1年で、11日ほどの誤差が出てしまいます。
そのために、ほぼ三年に一回の割合で、閏月を入れて季節のずれが生じないように調整するのです。
太陽暦では4年に1回1日を足して1年を366日と調整しますが、旧暦では大胆にも一変に
30日も調整するのです。それうえにうるう年の今年はなんとなんと1年が385日にもなるのです。
沖縄ではうるう月をユンジチと良い、仏壇や位牌を交換するのに最適とされています。
前回が2006年で7月が2回、今年2009年は5月が2回、
次回2012年は3月が2回となるのだそうです。




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