「おぉ!見えてる、見えてる!」


初めてみるオーロラは、天から降り注ぐ夕立を横から見ているようでもあり、揺れ動くカーテンを眺めているようでもありました。しかもそれが飛行機の上からだなんてなかなか出来すぎてる!


2001年3月、もともと私はこのオーロラ観測に参加する予定ではありませんでした。「4人のメンバーのうち1人が行けなくなったので替わりにどう?」と言われ、急遽参加することになります。春休みに入ってすぐの25日、名古屋空港からカナダ西海岸のバンクーバーへ。乗り継いで五大湖の一つ=オンタリオ湖近くのトロント空港についたのは暗くなってから。そこからさらに送迎の車で約二百km走ってナイアガラの滝のすぐそばのホテルへ向かう。札幌や大阪で何年か過ごしたというカナダ人運転手は、「オオサカ暑イネ〜。トケチャウヨ」などと雪の降り続く高速道路をひたすらしゃべりながら、時には後ろを振り返り(おいおい、前見ててくれよ)ぶっ飛ばす。「こんなに飛ばして、捕まったら罰金いるでしょ?」と聞けば、「ソウネ」「いくらくらい取られるの?」「ソレハ態度ニヨルネ」(ホントかいな)…。「高速道路の料金は?」と聞けば「二百km走ッテ2〜3カナダドル(だったと思います。よく憶えてません。)。出口ノ機械ガなんばー読ミ取ッテ後デ請求サレマスヨ。日本ノ高速道路ハ大宮〜八王子デ8000円。高イヨネー。」という調子で実によく話しをしてくれました。

      

ホテルの窓から見た滝

近くへ寄って見た滝


さて一夜明けた朝、世界三大瀑布の一つナイアガラの滝は、ホテルの部屋の窓から丸見えです。冬場は水量が少なくて迫力に欠けるんだそうですが、それでも近くに寄れば時速五十〜六十kmでごうごうと流れる水。滝の裏側にトンネルが掘ってあって目の前の滝をトンネルの中から見れるんですが、入ってみれば寒さで滝は凍ったまま。ほんとはナイアガラを見てるヒマがあったらさっさとオーロラを見に行きたいけど、これがツアーの悲しいところ。でもまぁ、世界的に有名な観光地だから見てやってもいいか。


ナイアガラ観光が終わったら、いざイエローナイフへ。ふたたびトロント空港から飛び立つが、向かうのはエドモントン空港。

エドモントン空港のロビー


そこで乗り継ぎ、イエローナイフへと飛ぶはずが他の飛行機の到着遅れで夜十時半頃まで待たされる。エドモントンを上空から見てると「人口密度のやたら低い大地の中にぽつんとある小さなまち」と思ってたが、この半年後に世界陸上が開かれました。結構大きな町だったんですね。深夜飛び立った飛行機は、ずいぶん長いこと見てなかったボーイング737。まだ現役で飛んでたとは知らなかった。しかしその古いこと!。壁の一部はへこんでるし、座席の肘掛は外れてしまってついてません。で窓際に座ったのが、私と年齢はそう違わないが体重は倍近くありそうなおばさん。私は通路側の座席。これじゃオーロラは見れない。「Northen Lights(現地ではオーロラとは言わずこう呼ぶ)を見たいのでブラインド下ろさないで」と頼んだら(一応英語で話しかけました、通じたようです。)親切にも「席替わってあげよう」(もちろん相手も英語、理解できてよかった。)とのこと。幅も広いが心も広い。飛んで間もなく、オーロラのご歓迎!。大気中の現象とは言え、元をたどると太陽活動に行き着くため天文現象の一つにオーロラは数えられる。急いでビデオを取り出して撮影開始。通路をはさんで反対側に座った同行者は、やっぱりオーロラを見ている。「こっち来てみ」の声に、狭い機内を無理矢理反対側へ。おぉ!こっちのほうがすごい。同行者は写真撮影に余念がない。幸先のいいスタートに一同礼、じゃなくて一同高まる期待。しかし、その期待を打ち砕くのは「イエローナイフは雪だよ」と、さっき席を替わってくれたおばちゃんの声。エドモントンを発つ前にイエローナイフの親戚だか友人だかに電話したらそういってたそうな。おばちゃんの体重を、いや重圧をはね返したいものの、高度を下げる飛行機は徐々に雪雲の中へ。ちょっとがっかりしながらも空港に到着。まぁ、そううまくはいかんよね。


ホテルにチェックインしてから、こんな時間からでもオーロラは見に行きます。深夜ニ時頃にホテル前を専用バスで出発し、約三十分走って屋外キャンプ場のようなところでオーロラの出現を待つツァーです。小さな町とは言え夜中の町明かりは、オーロラのようなかすかな光を楽しむには邪魔になる、それで車で走るわけです。このキャンプ場は二十〜三十人入れるバンガローがいくつもあって、そこでトナカイ肉のシチューだのパンだので体をゆっくり温めておき、現われたら外へ出て楽しもうという作戦です。しかし、われわれはそんな悠長なことをする気持ちの余裕はなく、バンガローへ案内してもらったらすぐ外へ。三晩の観測のうちでも特に二晩めはオーロラの大ブレイクが見れました。二時間ほど現地にいて帰ってくる予定でツァーは組まれてますが、その夜はほぼ二時間ショボイのしか見えてませんでした。いろんな旅行案内に「一年のうち三百日オーロラが見れます。」なんてありますが、どんなにショボイのでもそれは数に入ります。オーロラにもランクがあって、「あれはなんじゃらほい?」と思えるようなどうでもいいようなのから、「おぉ!なんて感動的な!」と高い旅費を心底忘れさせてくれるスンバラシイものまで色々です。で、この夜はもうだめかと思い、「そろそろ帰りますよ」とうらめしいスタッフの声を背に、いやいや帰り支度をしてバンガロー前に集合したその時です。頭上でオーロラの大ブレイク!。

ツァー客全員呆然と見とれる。しかし、我々は撮影にきたのだ!そのことを思い出す人約1名。すでにかばんにしまっているカメラを取り出して撮影にかかりながら「敏彦さん、ビデオ撮って」。おお、そうであった。慌てて取り出すビデオカメラ。しかし!リュックから出てこないではないか。こんなとこでお前だけぬくい目してどうするつもりや!(カメラに向かってしゃべってます)…。格闘すること数分間。―――なぜこんなことになったのか、説明しよう。気温の低い場所で使ったものは急に気温の高いところへ連れて行くと、露つきが起こって機材が故障してしまう。寒い戸外から暖房の効いた室内に入るとめがねが曇るのと同じ原理だ(なんか、理科の先生って感じ)。よって、使用後のカメラはビニール袋に入れて縛っておくのが鉄則なのであって、それをほどくのに時間がかかった。おまけに真っ暗な中でリュックの紐が絡んでカメラを取り出すのに数分間も要したのであった。説明終。―――ようやく取り出したビデオカメラで撮影に成功したものの、慌ててる間に大事なところを見落としてちょっとショック。しかし、そのブレイクは他の日本人客(因みにこれを見にくるのは後述のように日本人だけ)から「絵葉書みたーい」との意味ある声がひとつあった以外は、「おー」だの「あー」だの「うおー」だののほとんど動物的なウナリしか聞こえてこなかったことから想像していただく以外にない。これを「言葉にならない感動」と人は言う。十分間ほどであったろうか、上から覆いかぶさる様に広がったり、筋状になってうごめいたり、ひらひらとカーテンのようにゆれて見たり、…。そのブレイクはまだまだ続くがスタッフに促されてバスに乗り込む私たちであった。しかしその帰り道も殆どずーっと車窓からオーロラは見えつづけたのである。最後の夜は天候が悪く、薄雲が広がったままであったが、その薄雲をすかしてオーロラが観察された。全ての夜にオーロラを見れたのは日頃の善行の賜物か。


イエローナイフについて

     

郊外から見たイエローナイフの町並み

車が小さく見えてるのが観測地へ向かう道路


さてここで、イエローナイフとオーロラ観光について語らせていただきましょう。そもそもオーロラなんぞを観光として見に行く物好きは、世界広しといえどもこの日本人だけらしい(ドイツ人がいくという噂も聞いたが定かでない、現地にもいなかった)。何年も前に日本人が「オーロラで観光ツァーを組む」と言ったら、現地の人たちは「♪信じら〜れない!」と、とにかく半信半疑だったようだ。現地では当たり前の自然現象に、1〜2万kmも離れた国からわざわざ観光に来るなんて。それも、他に何もない2万人に満たない田舎町、イエローナイフへ。例えてみれば、尾鷲は世界でも有数の多雨地帯。そこへ、雨の少ない例えばモンゴルから梅雨時の豪雨を見に来て「すごい雨だ!」なんて言って感動して写真まで撮ってたら現地の人間は「あほかいな」って思うやろ。そんな感じだと思います。それに気付いてからはイエローナイフのことを「カナダの尾鷲」と呼ぶようになりましたとさ。(私しか言ってないようでもあります)

動員されたスクールバス(グレートスレーブ湖上にて)


そんなイエローナイフだから、観光バスがありません。オーロラツァーも市内観光も黄色いスクールバスが動員されてます。市内観光といっても小さな町のこと、何とかそれらしい場所を探して名所旧跡にして誤魔化してる感じは否めない。

食べられる前の雷鳥


有名な誰それが何年か前に泊まったホテルだの、町中をうろついてる雷鳥だのと。この雷鳥は、北米先住民のイニュイは捕まえて食べるんだそうです。

犬ぞりを引く犬たち


ただ、翌日に行った「犬ぞりツァー」は面白い。凍結した湖面を二十頭くらいの犬ぞりで五人くらいの客を乗せて二十〜三十分かけて回るんですが、犬は走りながらオシッコはおろか、ウンコもします。そのために止まってやるとサボリ癖がつくので走りながらさせるんだそうです。私たちも乗せてもらってソレを観察しました。シッコだと何とかついていってますが、ウンコになると半ば引きずられながらしている姿は哀愁さえ感じるものです。(誰や!笑っとんのは!)

さて、カナダ北部の広大な面積を占めるノースウエスト準州の州都としてのイエローナイフは、70年程前に金鉱山が発見されてからの、またダイヤモンド鉱山を北にかかえる鉱業都市です。人口が少なくても交通の要衝であるらしく、深夜、大型トレーラーが13台通過するために道路が封鎖になり、観測地からホテルへ帰るのを待たされたことがありました。

     

プラグ付きの車

白熊型ナンバープレート

北緯62度、1年のうち7ヶ月は平均気温が氷点下、12月から4月は平均気温が零下20℃、厳寒期は零下40℃という寒いところです。この町の車のボンネットの前にはプラグがぶら下がっていて、駐車中の車はそれをコンセントに差し込んでエンジンルームを温めておきます。そうでないと車が凍って動かなくなるからです。車といえばノースウエスト準州のナンバープレートは白熊の形をしています。このプレートはカナダ国内でも人気が高く、他州の人たちによって盗まれることがあるそうです。
私たちが到着する直前は零下20℃位だったそうですが、ついた頃から最低零下10℃弱、昼間は零下2〜3℃と抜群に「暖かくて」半そでTシャツで外を歩いてる人もいるくらいでした(私ではありません、何故ならその人は靴下を履いていました)。しかし、町のすぐ隣にあり世界で十番目に大きなグレートスレーブ湖(琵琶湖の四十倍以上の面積)も未だ未だ完全に凍結したまま。人が乗れるのは当然のこと、凍結した湖上に道路が出来て交通標識も立ってます。

凍結したグレートスレーブ湖上


日程を順調に終えた一行は、帰途につく。イエローナイフ空港で搭乗手続きをしていると、四人のうち私ともう一人の飛行機の座席が記入されません。イエローナイフからエドモントン、エドモントンからバンクーバーまでの座席は確保されてるものの、バンクーバーから名古屋というもっとも長い時間のフライトは、もしかして貨物室?良くて立ち席か「つり革で十二時間は結構つらいなぁ、スチュワーデスさんの邪魔になるし…」、などと様々な憶測が飛び交う中、到着するバンクーバー空港。ここで謎が解明サル。飛行機の予約客は通常ある割合でキャンセルが発生スル。それでも満席で飛行機を飛ばせたい航空会社は、少し多めに予約を入レル。しかし、キャンセルが思った通りに発生しない時には困ったことに、座席指定は当然出来ないことにナル。んでもって、搭乗直前まで席が決まらない我々のような客が出てしまう。で、バンクーバーまでたどり着いた我々二人を待ち受けていたのは、「エグゼクティブへどうぞ」。ま、エコノミーしか座ったことのない諸君には想像も出来んだろうから、親切にも教えてあげよう。列車に特急と普通とあるように、飛行機のエグゼクティブは速いんだ、これが。エコノミーが十二時間かかるところを半分の六時間、…で着くならすごいなぁ。ホントはね、座席が広い!。左右はゆったり、前後にいたっては、この私の長い足を投げ出しても前の席に届かない。エコノミーで奥の座席に座ると、出入りで他の客に気を使ってトイレにも行きにくく、水分を我慢して「エコノミークラス症候群」になることもあると聞くが、エグゼクティブではそんなことは関係なし。トイレなんか行き放題。食事もエコノミーのあのペットフードみたいではなく、刺身だって出てくるんだ。よっ!フルコース!。アルコール類も選び放題・飲み放題、もってけドロボーだコノヤロー。退屈した時にゃネエチャン呼んで、ポータブルのビデオ見ることだって出来る。ほっほー、こりゃすごい。これだけで旅行費用が何倍にもなるってのもうなずける。隣に座ったカナダの中小企業の社長さんは(なぜ分かるかって?勘ですね、カン)、こっちを見て「何でこんなやつがエグゼクティブに?」って顔してみてたけど。
ゆったりと空の旅を楽しんだ私たち二人は、ぐったりと疲れたあとの二人と共に名古屋空港に降り立つ。この旅でまた一回り大きくなった子供たち、じゃない私たち。素晴らしい映像・画像を手に各自の家へ向かうのでありました。
…もう二度とエグゼクティブに乗ることは無いやろなー…。


     

機上から見たカナダの大地 飛行機に電話が付いてました。エグゼクティブじゃないよ
              
この文章は、2001年度四日市南高校生徒会誌「萌」に投稿した原稿に、写真を加えた物です。