明治から平成を駈けた女 第8章
12月の太陽は、落ちるのが早かった。
四街道の空は、雲ひとつ見当たらず抜けるようだった。その空にも紫の幕がかかって、どんどん空の色が変わる。そんな空の様子を美しいとイクは思って、新しい家の庭で眺めていた。 イクは、いつものように緑の中にある我が家で寛いでいた。何の悩みもなく仕事も何とかやっている。少々心細さはあったが、3人の女性だけの生活は満ち足りていた。1人で手足を伸ばしてのんびり読書をしている時、若い男性の声が玄関からした。物売りかなと考えながら玄関に出てみると、どうも見たことのある顔であった。
「どちらさんでしょうか。」イクは、ただの物売りではないと思って少し構えながら言った。
「貴女と同じ村の長田英二ですよ。」いかにもよく知っている間柄のような口調で言った。部屋に上げてもらいたそうに、奥の方をちらりと目をやりながら、一方では、玄関にある男物の下駄をじっと見ながら言った。
「ああ、長田さんとこのおっじゃながけ。」イクは同じ村という言葉でふっと富山弁が出た。顔ぐらいは知っている男の存在を思い出しながら、それでも冷ややかに言った。しかし、イクは彼を部屋には金輪際入れてやらないと決心していた。何だか、嫌な予感がしたのである。
「実は、お願いがあってきたのです。」少し口篭もりながら、それでも富山弁を押し殺して他人行儀で言った。ほら来たぞとイクは、心の中で気を引き締めながら身構えた。
「私にできることは何もありませんよ。」イクは富山弁が出たことを少し恥じながら、急に言葉を他人行儀に変えて言った。初めから何があってもきちんと断る事と、甘い顔なんかするものか、という気概で強く言い切った。そんなイクの様子にも気がつかないのか、英二はお願いを話した。
「私は東京の帝国大学で法律の勉強をしているのです。満州の叔父に学費の世話を受けていたのですが、意見が対立して叔父からの送金が無くなったのです。それで非常に困っているので、できうればあなたの協力を願いたいと思って訪問したのです。」と言う。
「……」イクは驚いた。同じ村でも一度も言葉を交わしたことのない男であった。村の片隅や道端でちらりと会った事は微かに記憶にあっても、金銭問題で頼られるほどの関係を求められるなんて…。イクは、自分が甘く見られているような印象を受けて非常に不愉快になった。
「叔父さんからの送金がなくなって、お困りの様子はわかります。しかし、叔父さんとゆっくり何度も話し合いをなされば良いのではありませんか。私は、貴方様に金銭上の援助をしなければならないほどの理由はありません。その上、私には金銭の余裕などありません。」きっぱりと言った。
「田舎の家族や貴女の近所の人たちも僕と貴女がお似合いだと言っております。2人の将来のことも考えながら、この話を考えてもらえないでしょうか。」言葉は丁寧であったが、かなり強引な説得であった。
「他人の噂などなんとも感じません。私には全然そのような気持ちがありませんから。」ときっぱりと答えた。
「……」英二は、憮然とした顔でじっとイクの顔を見つめて、それから玄関にある男物の下駄を見て、黙って帰っていった。そして、2度と姿を見せなかった。
イクは、本当にお金の余裕はなかった。父親の借金を少しでも減らすために僅かだけれども実家に送金していたので、とても貯金どころではなかった。しかし、何の感情もない男のために、いくら将来のためとはいえ、今、もしお金に余裕があっても他人のために学費の援助をする気持ちは全くなかったのであった。
後日譚である。
大学を卒業した英二は、川崎の会社に就職し、勤務中現金を持って銀行に行く途中、強盗に遭って死亡したという話を人づてに聞いた。人間の終局には、どんなことがあるかわからないものだ。そして、あの時きっぱりと断って良かったと思ったものである。イクは、まだ若いけれども何時どんなことで死ぬか分からない。少しでも人生を楽しまなくてはならない。今のままではきっと後悔するだろうと考え出した。
四街道に転居してからこの一軒家での生活は、快適であった。朝寝坊しても汽車時間の心配はない。午前8時半から午後5時まで勤務である。5時の退社であるが、4時半になれば皆看護室に入って帰宅の準備にかかっている。5時には病院の門を出るという毎日であった。
冬に入って間もない朝は、辛い起床の毎日でイクの悩みの種だった。この辛さから逃れられるのだったら、どんなことでもするのになあと毎朝呟きながらぐずぐずしていた。
今日は、特に何となく仕事をしたくない気分であった。こんな寒い朝は、気持ちの良いお布団から出るなんて、とてもじゃないが幾らお金を積まれても嫌やだと考えていた。最近特にこのような気分なることが多いのには、寒さのためばかりではないことをイクは十分承知していた。
「あいつの顔を見るのも嫌だ。」思わず言葉が出てしまった。あいつとは、患者の1人であった。イク達がまだ若く学校を出たばかりであることを知っていて、患者の中には嫌がらせをして楽しんでいる悪い奴がいた。楽しんでいるうちはまだ許される。中には、全く無視して、素直に指導には応じてくれない患者もいた。軍医や衛生兵から、きちんと指導できないと言ってイクを名指しで患者達の前で叱られるのである。その悔しさは、言葉にはならないほどであった。言訳はできないのでじっと堪えるしかない。だから、イク達看護婦は、皆5歳ほど多くサバをよんで誤魔化し、兵隊さん達にお姉さんぶって見せて何とか言いつけを聞いてもらおうと考えた。患者の中には、納得のいかないような感じはあったのか、年齢を聞いて変な顔をするのもいた。しかし、イク達はすましたもので、「さあ、お姉さんの言うことを聞くのですよ。」と年上の兵隊さん達に命令口調で話しながら何となく得意げにお芝居をしていた。
ここまでは良かった。あまり看護婦達がお芝居に乗りすぎたのか、患者の中には意地悪な奴が居てイク達を困らせようと考えて、帰宅時間になると玄関前にウロウロする患者が出てきた。患者のそんな姿を庶務主任の田山軍医少佐の知るところとなり、イク達の帰宅時間もばれてしまった。
「勤務時間の意味を諸君達は分かっているのかね。」訓示の始まりであった。
「……」イク達は黙って頭を垂れた。
「朝8時半出勤とは、どういうことかね。高山看護婦、言ってみよ。」語気鋭くカツに聞いた。
「は、はい。8時半勤務することです。」名指しされて、カツはビクンとしながら小さな声で答えた。
「声が小さい。もっと大きな声で答えよ。今度は、坂田看護婦に聞こう。8時半勤務するためには、何時に看護室に入っていなければならないのかね。」ジロリと大きな目を明けてイクの顔を見つめながら言った。
「8時半です。」イクは小さな声で答えた。
「何?8時半に看護室に入るだと…」見る見るうちに顔が真っ赤になった。
「……」3人は、次の雷をじっと耐えるために肩を寄せ合った。
「馬鹿もん。君達はここを何と心得ている。大日本帝国軍人のための病院であることを忘れているのか。そんな心得で、日本を守ろうとしている軍人の看護が勤まると考えている馬鹿もんか。そんなに甘い考えなら即刻病院を辞めて貰いたい。」治安維持法という非常に問題のある法律がこの年にでき、少しでも問題があるような人間を罰するという風潮が出るようになった時代であった。第一次世界大戦後に高揚した社会運動、日本共産党を中心とする革命運動の鎮圧を標榜して制定された法律でもあった。だから、当時の労務管理者にはイク達のような人間は困るのである。
「済みませんでした。今後気をつけます。」3人の中でも一番先輩のカツは小さい声だが、それでも相手に聞こえるような声で言った。
「朝8時半出勤とは、その時間に診察ができるように準備ができていなくてはならない。すなわち、看護室の掃除が済んでいること。必要な機械や機材の準備が完了していること。また、5時退庁ということは、5時に門を出ることではなく、5時まで病室で働いていて、5時が過ぎたら部屋に戻って帰宅の準備をすることである。分かったか。」と厳しく忠告されたのである。
「はい、よく分かりました。」3人は異口同音に答えた。
3人のいい加減な?勤務時間は終わりを告げ、それからの勤務状態はしばらく緊張状態が保たれていた。
こんな毎日で、イクは物憂く疲れていた。冬の夕闇の風が頬を撫でていった。妙に寂しい心の底を、暗く重たげな暗闇が広がっていった。短絡的な思考の持ち主であるイクながら、こうなるとどうしようもなく、やりきれない気持ちになった。
病院の玄関の階段を降りて、我が家の門に到着して振りかえると、通りには歩く人影がなかった。子供たちの声も聞こえず、夕餉の香りすら漂っていなかった。家の灯火が微かに遠くに見えるだけで、なにか焦りのようなものがイクの心に広がり渡っていった。訳の分からないことで心が痛くなるなんて、イクには許せなかった。よし何かしなければ、何をしようか、あれもこれもと色々考え始めた。
職場での楽しみは全くなかったが、それからのイクの生活は多彩を極めた。
イクは、しばらくは大人しく静かに過ごしていた。初めての社会生活で色々と体当たりな事が多く、今までの学生時代の関東大震災の援助活動や金沢でのこと等は、ささやかな問題だと感じるまでになっていた。厳しく叱責を受けてから本当の看護の仕事というものに対して真剣に考えるようになった。
イクは、緊張の余り譜本がぼんやりとなって見えなくなった。
東京の両国の会館で羽衣演奏会が開かれた時である。演奏の曲目はいくつかあったが、その中でも歌劇“セビリアの理髪師”で小西先生の総指揮でタクトを持ち、ピアノ、バイオリン、マンドリン、ギター、セロなどの合奏の途中であった。イクはすっかり緊張してしまった。曲がほとんどできない状態であったが、先生の計らいで何とか少しだけは弾かせてもらえるように特訓し、ほんの少しだけ皆と合奏することができた。一緒に弾いてるようにしながら音を出さないのも辛いものである。だから知り合いの人には演奏会の話はできなかった。他の人たちは皆きちんと弾いていたが、イクはただほとんど座って弾いている様子をするだけであった。緊張をした。音を出さないようにピックだけを動かし、さりとて手を休めることもできない。イクはこの舞台の上で座っているだけでも幸せだった。心は大音楽家であった。だから、実情を誰にも語れない一駒であった。 イクの青春真っ只中の日々であった。