明治から平成を駈けた女 第9章
イクは、朝鮮に憧れて北韓の清津港に到着した。
大正最後の年の1926年の正月、イクは千葉に来て2年になろうとしていた。2年前の大正13年4月に発布された治安維持法は、第一次世界大戦後に高揚した社会運動、とりわけ日本共産党を中心とする革命運動の鎮圧を目的とされた法律であった。この法律は、ファシズムへ向けて国民の思想を統制する武器となり、権力に利用された。イクのような一般の人間は現実問題としてこのような法律には全く関係がなかった。しかし、世の中の空気は何となく暗く重く感じられるようになっていた。
休暇を利用して富山の家に帰った。帰宅の挨拶が終わるや母親は第19師団軍部から手紙がきていることをイクに言った。目的の手紙を手にしたイクは、手紙が開封されていることに不愉快になった。
「なんで手紙があけられとんがいね。」とげのあるイクの言葉に、母親はイクの顔を見ながら言った。
「あたりまえだがいね。なんで遠い朝鮮等というところから来た手紙に親として中も見ないで平気で居られるかいね。そいがで、とうちゃんが手紙の中を見たがやぜ。」平然としてイクの言葉に答えた。
「いくらとうちゃんだからといって、私の手紙を勝手に開けられたら嫌ややがいね。こんなこと絶対止めてったはれ。」イクは父親の方を見ながら自分の手紙の開封について強く抗議した。
「イクよ。お前の言うことも分かるがやけど、わしは朝鮮という字を見て無意識に封を切ってしまったがや。お前のことが心配なのと何をやるか気にしているからなんや。可愛いと思わなかったら、気にもとめないもんだと思わんかね。」優しい目であった。イクは言葉が出なかった。改めて父親の顔を眺め、父親の深い愛情を感じた。それ以上父親を詰問できなかった。
手紙を読むと、支給されるものが書かれてあった。官舎、海外手当て、薪炭料、旅費などが細かく書かれてある。その中でイクの心を引いたのは、当地で2年間勤務すれば1000円の貯金ができると記されてあった。イクの目はこの1000円の貯蓄に釘付けになった。イクのようなお金に対して細かく考えない人間であっても、この金額は心を動かした。細かな所で充分満足のいく場所ではないが、何処もこんなものかもしれないと思った。ただ遠く離れた広大な土地で色んな人々との接触により人間的なもの、心の深さや巾が得られるのではないかと心を躍らせた。しかし、親のことや千葉の生活のことなど色々繰り返し繰り返し考えた。しかし、やはり朝鮮への思いが断ち難かった。結局、イクは1人で決断することにした。
渡鮮すると決めた。
千葉の病院に帰って詳しく話して辞表を出すのが常識であるということは、分かっていた。しかし、イクは渡鮮すると心に決めた以上は千葉の病院には行きたくなかった。事情を書いて辞表を送った。
朝鮮羅南陸軍病院に行くための準備をはじめていた。千葉の陸軍病院から退職金を支給するので上京するようにとの通知がきた。突然、病院を止めたことに対して、悪感情を持っているだろうし、もし病院へのこのこ行ったら、きっと大目玉を食らうことになるだろう。
お金のことよりも、行きたくなかった。もう過去のことになったものとして、このことは考えないことにして捨てておいた。
やはり退職金は送られてこなかった。送られてこないことは覚悟していたが、病院のこの処置に対してもイクは何の意見もなかった。かえってさばさばとした。
3313トンの台南丸の乗客は、朝鮮の人たちが多く日本の人は少なかった。尼崎の港を出航してからまもなく多くの人々は、船酔いで嘔吐し苦しんでいた。そんな人が多い中、イクは変化もなく元気で何の症状も出なかった。元気なイクは自分が看護婦であるため、できるだけの協力をその人たちにできればと考えた。しかし、とても恥ずかしくて介抱するという勇気も出ずウジウジしているうちに御用船は、広島の厳島神社前で停船した。船中から厳島神社の大鳥居が見えていた。イクは、下船し神社の前で物珍しそうにきょろきょろしていると、散歩していた地元の人らしいお年寄りが近寄ってきた。イクが初めて来た事やこれから朝鮮に行く事など問わず語りに話すと優しい目でイクを眺め、話をしてくれた。厳島神社は、この宮島にあり、宮島は松島、天の橋立とともに日本三景のひとつである事。島全体が信仰の対象になっており、宮島のシンボルが厳島神社である事。神社の創建は推古元年、西暦593年で、もともと海の神を祭った地方の一神社だった事。平安末期に安芸守となった平清盛が、ほぼ現在の形に築いた事やその神社を台風、高潮、塩害等による損傷の修に大層な金がかかり、今もこのように荒れ果てているのだと言う事であった。
イクはその話を聞きながら、神社をゆっくり散歩していた。
この時、外人夫婦から英語で話し掛けられた。地元の人は、そそくさとイクから離れていったが、イクは英会話ができなかった。単語を並べて、何とか英会話ができないことを理解してもらい、その場を去った。学校で英語の時間をサボった事がたいそう悔やまれ、話せない自分が悲しかった。外国語が話せたらどんなにか良いだろう。朝鮮に行ったら何とかして朝鮮語を話せるようになりたいものだと思った。
「こんな船に良く乗っているとずいぶんたくさんの人と話しますよ。話し掛けて返事をしてくれる人は、そう多くはないですけどね〜。返事をしてくれる人は、大体が心優しい人が多いですね。毎日がやっとの生活で、他人のことを心配したり、他人の不幸に泣いたり、僅かなお金や物を分けてくれる人が多いようです。」イクに話し掛けた中年の女性は、静かに微笑みながら言った。「長い船旅は、寂しくて黙っていると、哀しくなるものですから、誰かに話し掛けたくなるのですよ。」船酔いもほとんどの人が治まった頃、日本海の上に台南丸はあった。
「私は、初めての船旅なので、まだ寂しい気持ちはわかりません。」希望に燃えたイクには、この中年の女性の言葉は、理解しかねた。こんな船に乗れるのは、貧乏人には無理なのではないのだろうか、とさえ思ったくらいであった。
「でもね〜、娘さん。女の一人旅は、気をつけなさいね。色んな危険な事がありますからね。」親切な心から言っているのか、何か思惑を持っていっているのか、イクには判断しかねていた。しかし、無下に冷たい態度を取るのもはばかれた。
「私は大丈夫です。清津港には迎えの兵隊さんがおりますから。」横目でちらりと見ながら言った。
「・・・・・・」ビックリしたように、しかし、訝しそうにイクの言葉を吟味しながら、しばらく無言であった。「清津港には、どんな用事でいくのですか。」用心深く、しかし、興味津々と言ったふうに中年の女性は訪ねた。日本海は、晴天の中にあった。イクの心は、風は冷たかったが、日本海の空のように晴れ晴れとしていた。自分のこれからの生活を祝福してくれているようで、とても嬉しかった。この気持ちをこの人にも伝えたい衝動に駆られていた。しかし、この船旅は、軍医部からの乗船場所と日時の通知を受けての乗船であったので詳しい日程などはなかった。詳しいことを話しても良いのか、どうかの判断もできなかった。この時代は、あまり人に自分のことを話すのは、憚れる時代であったのだ。急に言葉を発しなくなったイクの様子に中年の女性も黙らざるを得なかった。しかし、この後、イクは言葉の通じる人がこの女性位しかいないことを、いやというほど思い知らさせることになった。
日程表などないイクの船旅は、船に乗ればすぐに目的地に着くのだろうという程度の安易な心だった。どんなにかかっても2〜3日位で到着すると自分勝手な想像をしていた。しかし、2〜3日経っても到着の様子は感じ取れなかった。朝鮮の人と外人ばかりの、言葉の通じる人はほとんどいなかった。その上、昼の日本海での航海は、初めだけで、後は夜のみの航海であった。長い日のかかるのも当然であると思いながら心細さは日と共に増していった。身体は元気であるが、不安の気持ちが強くなってきた。言葉を発する事もなく何日も過ごすのは、孤独の思いを一層強くさせ、気持ちはどんどんと寂寥の深みに入っていった。洋々と大きな思いを胸に抱いて希望の渡鮮であったが、今、何処に船が走っているのだろうか、船底に打ち付ける波の音を聞きながら、放浪の旅をしている人のような心地にもなり、ますます異様な思いにとらわれていった。22歳の娘の心は、大きく揺れ、また悩んだ。
出航してから1週間も過ぎた日の夜、台南丸は清津港に到着した。キャビンの窓から見える港の埠頭の灯は、イクにとって大層寂しく写った。また、その窓から眺めた山なみのシルエットは冬の寒さを一層深まらせた。北方にあるためか、清津港の海は真冬には凍りつくという話を聞いていた。しかし、今夜は、港は凍りついていないようだ。上陸は明日の朝だという船員の話を聞きながら、清津港に到着したということでホッとしたのか、イクは深い眠りについた。
翌朝、寝過ごしたイクは甲板に急いで出てみた。清津港の海は、清く澄んでいた。船の甲板から海を見下ろすと、海の底まで見えるのではないかと思えるほど透明なガラスのようであった。港近い岸壁には大きな岩柱がいくつも聳えている。それから、ゆっくりとイクは瞳をまっすぐ沖にむけると、水平線が果てしなくどこまでも続いて見えた。イクは我を忘れ、ぼんやりと見惚れるばかりだった。ああ、ここが私の憧れた朝鮮で確かに自分は来たのだと、心の奥でかみしめるようにイクは呟いた。遥かに広がる海は、空と接して、海も空もはっきりと分かれておらず、その堺の水平線は神秘なほど曖昧で、ずーっと空の上まで海なのではないかとイクは錯覚してしまうほどであった。ぼんやりと大自然の美しさに酔っていた。イクはいつまでも言葉がなかった。大自然の荘厳さの中に佇んでいた。
イクは、確かに朝鮮の北の清津港にやってきたのだという感慨と共に、この朝鮮という国が自分にとって大きな未来の可能性を引き出してくれることを祈った。この清澄な痛いほどの冷たい空気に若い身を浸しながら大きく深呼吸した。