明治から平成を駈けた女 第11章
朝鮮に永住したいとの手紙を出したイクに、「チチビョウキスグカエレ」という電報が届いた。
イクの通勤途中に、院長の官舎があった。朝の出勤の時、院長は庭で諸肌を脱いで弓の練習をしているのが見えた。体を鍛えるためだとの院長の弁である。時折、庭に姿を見せる院長夫人は料理の先生だそうだ。イクは、亀川先生にどんどん傾倒していった。
亀川先生の厳しさは言葉だけではなかった。身嗜みにも厳しい人であった。北鮮の酷寒時、零下何十度の気温時でも、毎日、日課のように身体の清潔に心を配っていた。諸肌を脱いで首や襟元の清拭に心していた。琵琶歌の演奏会には聴衆の人々に不快な感じを与えてはならない、特に女性は襟元の清潔が大切だと言う考えが強かった。服装は礼服で演奏するので、襟が白襟のため襟元が人の目を引くものである。だから、襟の清潔は普段の心構えの賜物であるとして、毎日の心がけが大切である、と言うのである。言葉通り、先生の襟元は、お化粧をしなくても何時も清潔で薄化粧しているように艶かしい美しさを保っていた。若いイクの襟元よりも、ずっと綺麗であったたため、イクは見惚れるほどである。