明治から平成を駈けた女 第29章
後は、死ぬ事が残っているだけだと、気がついたイクは愕然とした。
イクは、前世とか後世とか、信じていない。現在だけを信じていた。しかし、何故、今、私はここに居るのだろうと、考え込む。考え始めたら、多くの疑問が次々と湧き出てきて、いつもイクを悩ました。この多くの疑問の答えを出そうといつまでも思考の淵から抜け出せなかった。人間の出生、その存在、そして、最後には死を考えると、病気と死はイクにとって近い存在になった。長生きの意味について、イクは考えた。
趣味でも、仕事でも、若い頃は、夢中になる事が出来た。そして、老後はゆとりのある時間の中で人生を楽しみたいと考えていた。しかし、そのゆとりのある老後の今、人生を楽しむと言うよりも、いつ死ぬ事になるか、いつ病気になるか、そんな事ばかり考えてしまうと、人間長生きをするもんではないと、イクは臍を噛んでいた。医者にかかって、療養し、命が延びたとしても、どんな意味があるのだろうか。若い頃、仕事が出来、それをやり抜く事が出来る喜びがあった。今、仕事を探そうにも、仕事は見つからないだろうし、仕事をやるなんて、考えるのも嫌だ。今日は、朝から風が吹いている。
小さな柔らかい手が、窓や扉を絶え間なく揺さぶり、叩いているような音がしていた。最近のイクは、風の音が嫌いになっていた。どんなに小さな風の音でも、この頃では、心が滅入る。今日の風は、澄み切った秋の空気を運んできていた。イクは、愚図愚図しながら布団から抜け出せずに居た。