毒男 ◆DtIt8CeAEE

僕は丸出毒男。現在近所の毒々高校に通っているが、クラスでも目立たない存在だ。
自分で言うのもなんだが、気が弱く、あまり前には出れないタイプだと思う。
たまに同じ趣味の友達と話をしてると嫌な目で見られることが多い。
そんなわけだから、クラスでも一人寝てたり、本を読んでることがマイライフである・・・。

ふと僕は楽しく騒いでるグループを見る。その中心にいる女子を僕は見続けた。

「突出 玲(つんで れい)」  
小学校時からの同級生である。
彼女は絶えず周りに友達がいて、いつも楽しそうに雑談している。
明るく、勝気で、キツめながらも人に好かれる性格からか男子にも人気が高い。
(玲はすごいな・・・皆に人気があって・・・あっ、男を平気で蹴ったりしてるよ・・・・・・)
しばし僕は玲らしい行動に目を向けていた。 すると、
女「あ、ねえねえ、毒男の奴こっち見てるよwww」
男「え?うそw」
グループの皆がこっちを向く。僕は慌てて顔を正面の法に向けた。
グループが爆笑する声が聞こえる。僕は顔を真っ赤にしていた、と思う。
そっと目を戻すと、玲と目が合った。
グループはまだこっちを見ていて、再び爆笑した。
玲は笑ってはおらず、ただ冷たい表情だった。
女「あいつ何?チョ→ウケルんだけどww」
男「わかんねwww」

嘲笑の嵐の中、中の良い友達が寄ってきて、
「どしたのアイツラ?気にすること無いよ。ああいうDQNとは違うんだからさ」
彼なりの優しい言葉に少しジーンと来たりしていた。

男「おw 徒党組みだしたw こえー!」
女「こないだずっとマニアックな話してたよw」
友人と話しながらも少しは聞こえてくる悪口。
しかし僕は気にせず友人と話し続けた。
「小学校の時からあんな感じだったよ」

他の奴らのとは違い、その言葉だけはやけに僕の頭に、そして心に、大きく響いた。
それを言ったのはもちろん・・・玲だ。

女「マジで?w おもしれーw」
一同は笑いっぱなしだ。 友人は気にせず
「・・・いやあの話はかなりグッとこなかった?僕もうずっとハァハァしてたんだけどw」
と、僕ら共通の話をし続けた。 僕はハッとし、
「あ、うん、そうかも・・・」 
と意識を切り替えようとした。  しかし、

玲「昔とかもずっと図書館に篭っててさ、ずーっと本読んでるの。」

再び玲の声が聞こえてくる。冷たく、厳しい口調だ。
「・・・・・・でね・・・キュアキュアで・・・MAXハート・・・」
友人の声が聞こえなくなってくる。情けない話を続けられてても、
僕は玲の声だけに意識を取られていた。
玲「あいつ眼鏡掛けてるでしょ。あれ本の読みすぎでなったんだから」
グループ「アイツらしーw」

僕は恥ずかしさを感じながらも、小学校の時を思い出していた。
漫画はもちろんのこと、虫図鑑や偉人伝などがある学校の図書室は
僕にとっては何よりも心魅かれるものだった。
そんな僕を外で遊ぶ方が好きなクラスメイトは
「もやしっ子」
などと呼んで、今と変わらず馬鹿にされていた。 でも・・・。
女「でも玲、チョ→詳しくない?」
男「好きだったの?うほwww」
女「うはwwwwww」

僕はなぜか胸がバクバクいっていた。玲の方を見る。
玲「違うからwww 一応同級生だからw」 

笑いながら否定する玲。 
女「ところでさー、次の数学の課題やったー?
男「うわ、やべ」
さっきまでの僕の話など無かったかの様に話題が変わった。
僕は数学の教科書とノートを出しながら、再び思い出に更けた。

図書館でひたすら本を読む僕を庇ってくれた女子がいた。
今からは想像出来ないかもしれないが、それは玲だった。

一緒になって本を読んでくれた頃の玲は、本の受け売りの話を熱心に聞いてくれたのだ。
(今じゃあんなにキツくなっちゃったけど・・・僕は・・・僕は・・・・・・)

?「丸出ぇ!!」
急に苗字を呼ばれ、僕は現在に引き戻された。
数学教師が眼鏡を擦りながらこっちを見ている」
(あ、いけね・・・)
「は、はい・・・」
出席を取っていたのか。全然気づかなかった。
教師「はい、次・・・」
先程の連中が声を小さくしながらも笑う。

僕は外を見る。窓からは青空が見える。外はいい天気だ。
(早く終わらないかな・・・学校生活・・・)
そう思いながらも、僕は玲と離れることを考えると、少し悲しくなった。
一日の授業が終わり、清掃を終えると僕は図書室に向かう。
別に委員とかな訳ではない。本を借りにいくのだ。

図書室に入り、図書委員に借りていた本を返却する。
「京極夏彦、好きだねーw」
俯いて入っていったせいか、返却口にいるのが顔なじみの図書委員だと気づかなかった。

図書委員「もうこの図書室にあるシリーズは全部読んだんじゃない?」
毒男「うん、そうかも・・・」

図書委員の「本尾 詠(ほんお えい」 クラスは違うが、よく本を借りに来る内に
互いの趣味を話す様になり、仲が良くなった。 あまり緊張しないで話せる、
数少ない女子の友達である。
毒男「でも、妖怪とか好きだから・・・また繰り返し読むかも」
本尾さんは笑わず、
本尾「いいと思う。好きなのは何回でも読むよねw」
本を片付けながら笑う本尾さんを見て、
(いい人だな・・・)
とか思っていた。 
僕の悪いくせなのか、考えごとをするとしばしボーッとしてしまうみたいで、
固まっている僕を見て、本尾さんは
「・・・どうしたの?」
と声を掛けてきた。 僕は自分の考えていたことを聞かれた様な気がして
焦ってしまい、顔が真っ赤になった。
毒男「なんでもない、なんでもない。 じゃ、じゃあ」

僕は大好きな文庫コーナーに逃げた。すごく不自然な去り方だな、と思った。
チラリと本尾さんを見ると、まだこちらを見ていた。
僕はなんとか笑って、軽く会釈をした。本尾さんもそれに応じ、軽く手を振った。
(変に意識してしまった・・・。気をつけよう・・・)

僕は棚に並んだ本に目を通し、次は何を借りようか考えていた。
気に入った本は買ってしまう方だが、自分の乱読を知っているために
なるべくは借りて読む様にしている。
僕は本を数冊取り、本尾さんの所へ向かった。
(変に意識しないように・・・変に意識しないように・・・)

機械で本のバーコードを読み取り、本が渡される。その時、
本尾「もうすぐ夏休みで、多く借りられるようになるからね」

(そうか、夏休みか・・・何しよう・・・)

毒男「うん、わかったよ。多分本当に多く借りるよw」
そう言ってそそくさと帰ろうとする僕。やはり面と向かって女の子と話すのは恥ずかしい。
本尾さんに背を向けようとすると、本尾さんは
「ちょっと待って」
と、声を上げた。 僕は振り返り、どうかした?と訊ねた。

本尾「もう少しで閉館時間だから・・・待ってくれたりしない・・・?」

僕は、なんというか、その、あまりモテない部類なため、これはかなり焦った。

毒男「あ、うん、僕で良かったら・・・いやその」
ゴニョゴニョ言って俯く僕。 そんな僕に触発されてか、本尾さんもかなり顔を赤くしていた。

少し気まずい沈黙の後、僕は裏返った声で
「じゃ、ちょっと待ってるよ」
と言った。恥ずかしくて本尾さんの方を見れなかった。
僕は適当な椅子に座り、借りたばかりの本を読んで待つことにした。


・・・全然内容が頭に入ってこない。
いつもの本を持った時の落ち着きが出てこない。
手足を妙にバタバタさせてしまう。

ちらりと本尾さんを見る。
偶然にも本尾さんと目が合う。 びっくりしたのか、本尾さんは視線を時計に逸らした。
そして時刻を確認すると、ひたすら下を見ている。
僕とは少し違い、ガッチガチに固まってる感じである。

確か閉館時間は午後6時。あと5分で時間となるんだが・・・・・・馬鹿に長く感じる。

(あと4分・・・)

(あと3分・・・)

(あと2分・・・)

(あと1分・・・・・・く、苦しい・・・!)
チャイムが鳴る。顔を上げる僕と本尾さん。ふと手を見ると汗を掻いている。 
(手に汗握る展開だ・・・)
と、くだらない考えが頭に浮かぶ。そうだ、これを帰りに本尾さんに言ってみよう。
笑ってくれるかな・・・。 
本尾さんはコートを着て帰る用意を完了させていた。目を合わせ、少し笑う。
じゃあ、帰ろうか。 

そう言おうとした瞬間、図書室の戸が開いた。

入ってきたのは苦手な女子2人・・・・・・と、玲だった。

玲と目が合う。固まる僕と本尾さんを一瞥し、何かを理解したかの様に
僕から視線を外した。僕
は一瞬にして汗が引いた気がした。・・・なぜかはわからないが。

女1「ほら言ったっしょ?まだやってるって!」
女2「いや自慢する程じゃないからwww」

(うるさいよお前ら!)
本尾「す、すいません、もう閉館時間なんですけど・・・」

聞こえてるのかシカトしているのか。女A、Bは気にせず、
「えーどれー?無くなーい?」
「あるって!絶対!ねー、玲?」
とか言っている。

呼ばれた玲が
「そっちじゃない?」と言って、僕と本尾さんの間を通り過ぎて行った。
まるで僕らの存在など紙よりも軽い物だと言ってるようだった・・・。

どうやら彼女らは参考書か何かを探しているようだ。
雑談しながら探す彼女らをジーッと見つめていると、横から深い溜め息が聞こえた。
本尾「帰る時間、遅くなっちゃうね・・・」
こう言った迷惑な連中は多い、ということは前に聞いていた。しかし、
その言葉には明らかに悲しさが見えていた。

(ここは・・・僕が強く言う場面なのか・・・な?)

僕は今までありもしなかった「男らしさ」が、ムクムクと起き上がってきた!
毒男「も、もう、閉館時間ですよ!」
自分なりに、強く、大きい声を出したつもりだった。
しかし女子たちは全く驚いてる様子も無く、
「あ、いたんだ」
的な表情を向けてる。 すると女子Aが何かに気づいた表情をし、

A「毒男に聞けばよくない?こいつ数学出来るでしょ」
B「あー。こいつ今日も宿題やってたしねー」

よくわからないが、僕はかなり「しまった」と思った。まさかこっちに向かってくるとは。

A「ね−毒男?数学のテキスト集ってどこにあんの?参考書とか」
毒男「え?えっと・・・参考書なら確か奥の棚の方だったよ」
B「答えもついてる?」
毒男「わ、わかんない・・・」

そう僕が言うと女子A、Bは疾風のように奥に消えていった。
僕は、なんなんだ・・・と思っていると、玲がこっちを見ていることに気づく。
毒男「な、なに・・・?」
そう聞こうとする前に玲はA、Bのいる奥に消えていった。

(なんか言ってくれてもいいだろ・・・)
ショボンとしていると、横から本尾さんが声を掛けてくる。
「ごめんね、私の仕事なのに」
そう言いながら本尾さんはジッと僕の目を見る。感謝の意がひしひしと伝わる。
毒男「あ・・・」
かなり心が揺れた。玲の存在ですっかり忘れていたが、
僕は今、本尾さんと一緒にいるんだ。 そう思うと再び胸が熱くなってくる。
「いや、別に・・・」
そう言い掛けると奥から声が上がる。
A「これじゃーん!?」
B「あーそうかもー!!」

僕らの良い雰囲気は一瞬にして壊れた気がする。

奥から玲たちが出てくる。本尾さんが貸し出しコーナーに向かおうとする。
しかしなんと、女子たちは真っ先にこちらに向かってきた。
女子A「ねー毒男!」
僕の返事を待たず彼女らは話を畳み掛けてくる。
A「これ読んだら数学の課題余裕?」
僕は え? と思い、彼女らの持ってるテキストを見た。
B「どう!ねえ!」
僕は理解した。今日数学では多目の課題が出てたのだ。それを解く為のテキストを探して
いたのか・・・。 僕はテキストを受け取り、問題を見た。
今日出た課題と同じ物もあるし、答えもついてる。

毒男「うん、問題同じやつなら丸写しできると思うよ」
そう僕が言うと女A、Bは僕からテキストを奪い取り、
「じゃあコレ借りてくから」
と言って、外に出ようとした。

「あ、ちょっと!!!」

声が響いた。
僕と本尾さん・・・・・・そして、僕の耳には確かに、玲も言ったように聞こえた。
僕は「え?」と思った。玲の方を振り返りたかった。
しかし扉の前にいた女子A、Bがこっちに戻ってきて、
「うっさいから!」
「何なのよ!!」 
ぎゃあぎゃあ喚く女子2人に僕は否が応にもこっちを相手にしなきゃいけなくなった。

毒男「い、いや、あっちのカウンターでちゃんと受け付けてもらわなきゃ・・・」
僕がそう言うと、
女子A「ハァ?そんなのいいから。時間無いんだってウチら!」
女子B「明日すぐ返すし!いいじゃん毒男!」
毒男「だ、だめだよ・・・」
僕はかなり押され気味である。本尾さんも加勢しようと僕の横に来たが、
タイプの違う女子の為か、僕と同じく、弱気である。
「いいじゃん別に」

玲が女子2人に加勢する。
僕はさらに狼狽した。確かにさっきは女子2人を制止してくれたと思ったのに・・・。
玲「明日返すって言ってるんだからさ。」
A「そーそー」
玲「それに毒男の横にいる子、図書の係の子なんでしょ?憶えておいてよ」
B「そーそー!行こ行こ!」

そのまま僕らを振り切り、玲たちは本当に図書館を出ていってしまった。
僕と本尾さんは、開けっぱなしの戸の前で立ち尽くしていた。
帰り道、僕と本尾さんはひたすら黙って歩いていた・・・。

結局玲たちが帰った後僕らも図書室を後にしたのだが、外はすでに暗くなっていた。
暗がりを沈んだ気持ちで歩いていると、僕は情けない気持ちで一杯になってきた。
たまらず僕は立ち止まり、本尾さんに頭を下げた。

毒男「ごめんなさい!本尾さん!!」
突然の僕の謝罪に、本尾さんはビクッとしていた。

毒男「あ、ごめん、驚かせて・・・」
本尾さんは首を振り、急にどうしたの?と優しく言った。

毒男「いや、その、ウチのクラスの人があんな事して・・・」
本尾「そんなの、毒男君が謝ることじゃないでしょ?図書委員の私がしっかりしなきゃ
いけなかったのに・・・」
落ち込む本尾さんを見て僕は思わず、
「そんなことない!男の僕がしっかり言うべきだったんだ!」

人気の無い通り道に僕の声が響く。思わず声を荒げてしまい、僕は顔を赤くした。  
毒男「あ・・・ごめん、つい・・・」

そーっと顔を上げ、本尾さんを見る。すると、なんと本尾さんは泣いてしまっていた。
僕は頭がパニックになり、どうしたものか考えていた。
というより、硬直していました、と言う方が正しかった。
すると本尾さんは涙を拭き、
「ありがとう・・・・・・毒男君」
と僕に言った。

嬉しくて泣いたのだ、と彼女は言った。
それを聞き、僕もまた嬉しくてしょうがなかった。
その後は2人の会話も弾み、何事もなく家路に着き、今こうしてしみじみと思い出している。

「本尾さん・・・可愛かったな・・・」
思わず呟いた後、一人でニヤニヤとしてしまった。
日頃友人と「フラグを立てればOK」なんて馬鹿な会話をしていたが、
(もしかして・・・フラグ立ったのかな・・・)
なんてことを考え、またしてもニヤニヤした。
(あ・・・そうだ・・・)

僕は椅子から立ち上がり、本棚へと向かった。
おこづかい等殆どを遣ってきたせいか、本棚にはびっしり本が入っており、
僕の部屋の壁は本棚で隠されている。 もし崩れたら・・・考えるのも恐ろしい。

僕は本棚から数冊の本を取り出した。
これは明日、本尾さんに貸す本だ。今日の別れ際、本尾さんがまだ読んでいない本を
僕が持っている事を教えると、本尾さんは目を輝かせ、貸して欲しいと頼み込んだ。

僕は嬉しかった。
何が嬉しいかって本の話題を共有出来る友人が出来たんだもの。
しかも女の子・・・・・・うっひょう!
こんなの・・・




こんなのは・・・小学校以来・・・・・・になるのかな。
僕は逆側の壁の本棚に向かい、隅にあるあまり読まない本を多く詰めた棚に手を伸ばした。
そこから僕は、小学校の時の卒業アルバムを取り出した。
ページを捲り、多くの知った顔の中から僕はある顔を捜す。

「あった・・・」

僕の目線はただ一点、小学校の時の玲を見ていた。

小学生らしい満面の笑顔でこちらを見ている。小学校の頃から綺麗だったんだよな・・・。

あの頃、クラスの男子は玲に構ってもらいたくて様々なことをしていた。
それを女子は面白くなく感じていたんだろうが、玲は気にせず、誰とでもよく話していた。
大人しい僕が珍しかったのか、そんな玲は僕によく話しかけてきた。
男子たちはそんな僕を疎ましく思い、彼らの中にはあまり入らせてもらえなかった。
彼らはよく外で遊んでいたため、自然に僕は教室の中に籠もる様になり、
次第に図書室を利用するようになっていった。
そこには・・・玲も一緒だった。
昼休み、誰も居ない図書室。一つの本を、玲と一緒に見る。
それが僕らの秘密の空間だった。
まだ「異性」というものをあまり意識してなかったせいもあってか、僕は情けない話、
今よりずっと玲と堂々と話していた気がする。

毒男「この昆虫が・・・で・・・これが・・・・・・」
拙い説明ながらも、玲は力一杯頷き、僕の話を夢中に聞いていた。
それが嬉しく僕は本を何冊も読んだ。不純な動機だったが、おかげで勉強は苦では
なかった。 その内に眼鏡を掛けるようになり、僕はもやしっ子としてますます苛められた。
(・・・まぁ、眼鏡を掛けるようになったのにも、不純な動機が隠れていたのだが・・・)

でも、そんな時に玲は先だって庇ってくれた。

玲「毒男はあんた達よりもずっと頭良いんだからね!少しは毒男と話してみなよ!!」

僕は嬉しかった。 どんなに泣かされても平気だった。 玲が居てくれたから・・・。
もう玲は憶えていないだろうが、僕は玲に約束した。


毒男「大きくなったら、僕が護る方になるからね」
「何言ってんだお前?」

僕は首が180度回るくらいの勢い後ろを向いた。
後ろに父さんが立っていた。

僕は今日一番の顔の赤さだったと思われる。必死に取り繕い、
毒男「なん・・・声掛けてから入ってよ!!」
と、必死な声を出した。
僕の必死な声は誰にも伝わらないのか父は平然と、
父「何回戸を叩いて呼んだと思ってる。もう飯だぞ」
と言った。 
全然気づかなかった・・・。僕は自分に浸る癖にまた深く反省をした。しかもどうやら
先ほどの恥ずかしい台詞を声に出していたらしい。

毒男「わかったから、わかったから。今行くよ!」
アルバムを棚に戻し、僕は父が部屋から出るのを待った。恥ずかしすぎて
父の顔など見れなかった。

ドアが閉まる音がし、僕は溜め息をついた。
(こんな情けない僕が、あんなこと言えたんだよなぁ・・・)
僕は少し泣きそうになったが、鼻をすすって咳払いをし、憂鬱ながらも居間に向かった。
晩御飯を食べている間も僕は昔を思い出し続けていた。

中学校に入った始めも僕と玲はよく一緒に帰ったりしていた。
だけどその頃からか、僕は綺麗な玲と居ることが妙に恥ずかしくなり、
だんだんと話す機会が少なくなっていった。 

1ヶ月もしない内に玲は中学校でも馴染んでいき、小学校の時とは比べられない位の
男子が群がるようになっていき、下校時も彼らと一緒に帰るようになっていった。

一方僕はというと、いつまで経ってもそんなクラスに馴染めず、小学校の時よりも
暗くなっていった。 クラスの男子も常に本を話さない僕をからかい、それを愛想笑いで逃げる毎日・・・。
そんな僕に玲も付き合いきれなくなったのか、
会話することなどは中学校3年間、ほぼ皆無に近かった。

そして今、高校1年になった今でもそれは変わらないままだ・・・。
翌朝、僕は自分の机から玲たちのグループを見ていた。
あいかわらず騒がしく、特に変わった点もない。
昨日一晩中玲のことを考えていたせいか、玲が気になってしょうがない。
あまり見ているとまた昨日の様に話しかけられそうなのですぐに僕は見るのをやめ、
鞄の中に入れていた、本尾さんに貸す本を取り出し読むことにした。

(・・・本尾さん、喜ぶかな・・・感謝されたりして・・・今日も楽しく帰れちゃったりして・・・・・・)

だらしない笑いがこみ上げてくるのを必死に抑えた。
しかし抑えても抑えても口元がニヤけてしまう。端から見れば不気味であろう。
僕はハッと、昨日の父に恥ずかしいことを聞かれた失敗を思い出し、さりげなく周りを見渡した。
(誰にも見られてないよね・・・)

周りを見回す。寝ている友人、誰もいない隣の席、玲たちのグループ・・・・・・


それは一瞬のことだったが玲と目が合った。
玲はすぐに向こうを向き、横にいる女子に声を掛けた。
僕は、(玲に見られてたのか・・・)という恥ずかしさでたまらなく凹み、
なんで玲がこっちを見ていたのかなんて考えられなかった。
3時間目は数学だった。
教師は昨日出した課題の確認から始め、クラスの数人が解答を聞かれていた。
その中には昨日図書室にいた女子A、Bも居た。テキスト効果だろうか、彼女らはスラスラと答えを
言い、教師から珍しがられた。 
(この授業が終わったら返しに来てくれるかな・・・)
僕はそう思っていた。

チャイムが鳴り、ザワザワと教室が騒がしくなる。僕は玲たちがいつも集まる
クラスの中心の方を見た。 変わらず女子A、Bたちは玲を誘い、雑談を繰り広げようとしている。

(あ、あれ?)
僕は不安になった。いつになったら返しに来るんだろう・・・。
律儀に図書室まで持って行くのだろうか?昨日あんだけ無作法だったのに・・・。

色々考えていると、友人が僕の机にやってきた。
友人「ねえねえ、昨日のアレ観た?最高じゃなかった?ねえねえ」
毒男「う、うん・・・」
友人は僕の様子などお構いなしに話を続けていたが、僕の耳に彼の話はあまり届かなかった。
どんどん不安になってくる。 

(返して・・・返してもらわなきゃ・・・)
友人「・・・・・・だからさ。・・・ねえ?」
毒男「ああ・・・うん・・・」
友人「おい、聞いてる?」
毒男「ああ・・・うん・・・」
友人は、そっか、と言い、自分の席に戻っていった。
正直テキストの心配で話などロクに聞けない。

心配をよそに、時間はあっという間に過ぎ、下校時間となった。
僕は鞄に物を詰め、帰り支度をした。チラリと玲たちを見る。掃除中の男子を交え、
楽しそうに笑って話をしている。

(・・・多分、図書室に来てくれるよ・・・・・・そうだよ、玲だって居るんだし・・・)

僕は自分に言い聞かせ、ひとまず図書室に向かうことにした。
しかし教室から出てちょっと歩いたところで、誰かに背中を叩かれた。
振り返ると、肩で息する友人がムッとした顔で立っていた。

毒男「え・・・どうかした・・・?」
僕の言ったことに友人は大きく「ハァ?」と言った。
友人「今日一緒に帰ろうぜ!って言ったじゃん!」

僕はしばし考え、ハッとした。
(休み時間、適当に返事してた時のことかな・・・)
友人「言ったじゃん!!じゃんじゃん!」
しつこく攻め立てる友人に対し、僕はしどろもどろになりながらも、
「ご、ごめん・・・今日はちょっと・・・」
と答えた。 その返事に納得のいかない友人は、
「さっきはイイって言ったじゃん!ねえ!」
と、更にしつこくなった。 ああもう、どうしよう・・・!
毒男「とにかく、ちょっと今日は無理っぽいんだ。ほんと、ごめん」
投げやりにそう言い、友人を振り切るように僕は歩き出した。
友人「ちょ、ちょっと待ってよ!」
早足で逃げようとする僕の後を友人はついてくる。廊下を駆け、急いで階段を降りようとする。
すると階段の中腹くらいで、僕はまた誰かに話し掛けられた。

「あの、毒男君・・・?」
横を振り向くとそこには本尾さんが笑って立っていた。ちょうど図書室へ向かうところだったのだろう。

毒男「あ、ほ、本尾さん・・・」
少し息を切らせていた僕を見て本尾さんは、
「どうしたの?」
と訊ねてきた。 僕は息を整え、返事をしようとした時、後ろから友人がやって来た。

友人「なんで先に行っちゃうんだよ〜」
かなり息を切らせている友人は先程の元気もしつこさも無く、おとなしく話を聞いてくれそうだった。
毒男「ごめん。今日はその・・・ちょっと、用事があるんだ」
そう言うと友人は額の汗を拭き、
「えぇ!今日新刊出るんだよ!?一緒に買いに行こう、って言ったじゃん!」
と、切ないのか苦しいのか微妙な表情で僕に訴えた。
僕は大変申し訳ない気分になった。「ごめんね」と言おうとすると僕の言葉を遮るように再び喋り出し、
「何の用事あるのさ!行こうよ!」と言ってきた。困り果てた僕は、後ろに居る本尾さんの方を
チラリと見た。何が起こっているかわからない顔をしている。

友人「俺一人で寂しいんだよぉ〜!ねえ〜!だから何の用事が・・・」
彼は急に喋るのを止めた。僕の後ろに居る本尾さんの存在に気がついたのだ。

友人「あ・・・・・・もしかして・・・」
僕はその一言に焦ってしまった。変な勘違いをされてしまったら本尾さんに迷惑がかかってしまう!
毒男「いや、違うよ、その・・・変なことじゃ・・・」
僕のたどたどしいフォローを見て、彼は絶望と形容するに相応しい表情を浮かべた。
毒男「あの、その・・・」
友人は「いや、わかったよ・・・」と肩を落とし、じゃあね、と呟いて階段を降りていった。

(・・・本当に、ごめん!) 
僕は心の中で深々と頭を下げた。
本尾さんは成り行きをポカンと見ているだけだった。だが、友人の凹みっぷりに心配したのか、
「ね。その、良かったの?」
と聞いてきた。彼には悪いと思ったが僕は、
「ああ、うん、大丈夫だよ」
と言って階段を降り始めた。僕が動くのに合わせて、本尾さんも降り始める。
そうだよ。今日は正直言って本屋に行ってる暇などないのだから。
歩き始めた本尾さんに僕は、
「今日も図書の当番なんだよね?」と話しかけた。 本尾さんは笑って「うん」と言った。
「僕も今、図書室に向かうところだったんだ」
そう言うと、先程まで笑顔だった本尾さんの表情が固くなってしまった。
(まさか、まだ本が返ってきてないことがわかっちゃったのか・・・!?)
何て言おうとしているかオロオロしていると、本尾さんは俯きながら、口を開いた。
「もしかして、図書館に来てくれるから友達との約束、断ったの?」
本尾さんはそう言って言葉を続けた。
「いいの?仲悪くなっちゃったり・・・しない?」
僕はここでやっと、本尾さんが僕と友人の関係の事を気遣ってくれていることに気がついたのだ。

「あ・・・!全然、全然大丈夫!」
僕の言葉に本尾さんは顔を上げ、僕の方を見た。 僕は気づかれたんじゃないかという焦りと
本尾さんへのフォローで混乱してしまい、思わず
「僕にはこっちの用事の方が全然大事だったし!」
と口走ってしまった。
言った後、鼻からフン!と息を出し、落ち着こうとした後、僕は自分がとんでもない発言をして
しまったんじゃないか? ということに気がついた。
本尾さんの方を見てみる。

本尾さんはまた顔を俯かせていた、しかしさっきとは比にならないくらい顔を真っ赤にしていた。

・・・とりあえず僕も顔を赤くした・・・。

沈黙したまま数歩行ったところで、本尾さんは言った。
「・・・ありがとう・・・」

小さい声で聞き取り辛かったが、確かに聞こえたその発言に、僕の心臓は廊下中に響き渡るのでは
ないかと錯覚してしまう位激しく脈を打った。 急に喉が渇いてきた・・・。

毒男「いや・・・その・・・あの・・・・・・」
言葉を続けたかったが、声にならなかった。それでも、「なにか言わなきゃ、何か・・・」と、
酸欠気味の僕の脳が必死に回転する。 
しかし先に声を出したのは本尾さんの方だった。

「・・・意味・・・」

思わぬ不意打ちに、僕は返事出来なかった。 
が、本尾さんは下を向いたまま、かまわず言葉を続けた。

「・・・大事の・・・大事の・・・・・・」
熱でも出てるんじゃないかという位頬を染めた顔で、本尾さんは必死に続きを言おうとした。
僕の心臓が通常の3倍の速さで波打つ・・・!!



「・・・・・・大事の・・・意味を聞いても・・・いい?」



こ、これはもしかして・・・
僕は今・・・
告白のタイミングに立っているの・・・?
「ぼぉ・・・・・・ぼぉくはぁ・・・・・・」
頭から湯気が出てるんじゃないかと思うくらいフラフラしながらなんとか話そうとする。
(いけ・・・!本尾さん待ってるぞ!・・・・・・いや、いっていいの・・・!?)

ゆっくりと本尾さんの方を向く。本尾さんも僕の方を見つめ、足を止めた。
「ぼぉ・・・ぼくはぁ・・・・・・僕は・・・・・・!!!」



『ピリリリリリリリリリリリリリリリ』

僕と本尾さんは飛び上がるように驚いた。全く同じリアクションだった。
マナーモードにするのを忘れていた僕の携帯にメールが届いた音だった。
(なんてタイミングで来てくれるんだよ、もう・・・!)
本尾さんを見ると、ひたすら深呼吸をしている。
僕も溜め息まじりで息を吐く。
メールの内容はこうだった。

『この、裏切り者めぇぇぇぇぇぇぇ ('A`)』

・・・先に帰った友人からだ。・・・・・・ひどいよ。
大きく溜め息をついた所で、本尾さんは「あ・・・」と声を上げた。
僕は咄嗟にどうしたの?!と過剰なリアクションを取ってしまった。

「着いちゃった・・・」
そう言った本尾さんの目線に合わせると、そこには「図書室」の文字が燦然と輝いていた。
図書室には鍵を預かる国語の先生が居た。というか常に居る存在の筈なのだ。
この先生、職員室にはあまり居なく、ここの奥で貸し出し本のデータなどを見ていたりするのだが、どうもご年配な為か、
よく生徒に任せてどこかへ行ったり、鍵を掛け忘れて帰ったりすることもしょっちゅう・・・らしい。
先日居なかったのもそのせいだろう。居てくれてさえいればあんなことも起きなかっただろうに・・・。

本尾さんはコートを脱ぎ、カウンターの椅子に腰を掛け、図書の仕事に手をかけた。
僕は落ち着き無いままうろつき・・・カウンターに近い机の席に座った。
正直、さっきの会話の続きがしたかった。しかし、先生は奥に居ると言っても、人が居ることは確かなことだ。
断念せざるをえない。僕と本尾さんは気まずい雰囲気のままだった。


(なんか言わなきゃ・・・・・・あ、そうだ)
僕は鞄から本を取り出し、ノートに何か書いている本尾さんを小声で呼んだ。本尾さんは顔を上げ、何?という顔をした。
「これ・・・」
そう言って僕は本尾さんが読みたがっていた本を渡そうとした。すると本尾さんは思わず、
「あぁ!ありがとう!!」
と、声を上げた。だが言った後に自分の声の大きさに顔を赤らめていた。僕はそんな本尾さんを見て、少し笑ってしまった。
本尾さんは恥ずかしそうに、今度は声を抑え、
「ほんとありがとう。これ・・・図書室にも、街の図書館にも無かったから」
と言い、大事そうに本を抱えた。僕は嬉しくなった。
やはり自分の持っている本を貸して喜ばれるというのは、同じ読書家としては嬉しいものだ。
「しばらく借りてもいい?」
「うん、もちろん。返すのはいつでもいいから」
(良かった・・・気まずい雰囲気から一転普通に会話出来るまでに戻ったぞ・・・)
そう思っていると、
「毒男くん・・・?」
と話しかけられた。いけない、もしかしてまた顔がニヤけてたかな・・・?と思い、口元を隠しながら
「な、なに?」と返事した。すると本尾さんは少し下を向き、
「携帯、持ってるよね」
と僕に言った。 はい、さっき鳴ったのは確かに僕の携帯です、と思いながら、「うん」と返事をした。
すると本尾さんはノートを僕の前に出した。そこには英数字が並んでおり、「?」と思っていると、

「これ・・・あたしのメールアドレス」

(・・・え!)

「良かったら毒男君のアドレス、教えてくれない・・・?」
僕は嬉しさのあまり、魂が飛んでいきそうだった。てっきり仕事しているかと思ったら、メアドを書いていてくれてたのか・・・!
携帯を親に持たされて以来、今日程この携帯の存在を感謝した日はない。
(ついに女の子のメアドが入るんだ・・・)
僕は泣きそうになるのを必死に我慢した。
僕と本尾さんの間にバラのアーチが掛かっているように思えてきた。2人の居る空間が桃色に・・・!
メアドを交換し、有頂天になっていた僕には、変な景色が見えていた。
しかし、僕はすぐに現実の世界へと戻された。

「・・・あの人たち、来ないね・・・」
僕の顔は青ざめた。そうだ、そもそも僕は、ちゃんと本が返ってくるか確かめに来たんだった。
「あの人たち、毒男君のクラスの人たちだよね?」
「うん、そう・・・なんだよね」
僕は弱々しく返事をした。
「今日、何か言ってなかった?」
本尾さんの悲痛な視線な僕に刺さる。
なんだかんだで、昨日のやり取りで最終的に玲たちを通してしまったのはこの僕だ。
親切に本の場所まで教えて。・・・僕が蒔いた種じゃないか、
僕に責任が掛かるのは当然なんだ。

「いや、その・・・ごめん、何も言ってなかったよ」
本尾さんは慌てて、「毒男君のせいじゃないよ!」と言った。
「とにかく、待っててみようよ。さっきまで教室に居たみたいだし・・・」
僕はそう言って椅子に座った。
(何やってんだよ・・・玲・・・・・・!)


一時間・・・二時間・・・三時間・・・・・・。 時計は無情にも、図書室利用の終了時間を指した。
・・・結局その日、玲たちは図書室に来ることはなかった。
本尾さんは不安な表情を浮かべ「先生に相談しようか」と僕に言ってきたが、
さすがの僕にも男としてのプライドがある。
「大丈夫、今日はたまたまだよ」と本尾さんに言い聞かせた。
「でも・・・」と、本尾さんの表情は変わらなかった。
いけない。頼りにならない男子だと思われてるかも・・・。
僕はかなり無理した強がりと作り笑いで、
「明日教室で聞いてみるよ。大丈夫、僕だって男だから」と言ってみた。
男らしさがアピールできたかはわからないが、本尾さんは少しは安心してくれたのか、クスッと笑い、
「うん」
と言ってくれた。


そして僕らは一緒に帰り、今僕は何をしているかというと、
ベッドの上で頭に枕を押し付け、呻いているところだ。

(・・・真正面からあいつらに話しかけに行くのか・・・)
(しかも本を返せ、って僕が言うんだよな・・・)
(本を持ってきてなかったらどうしよう・・・)
(いや、クラスメイトなんだよ。何も怖がることは無いんだよ・・・)


(・・・正直、怖い・・・)
でも、本尾さんと約束したんだ。必ず返してもらうから、って。
・・・大丈夫、あっさり返ってくる。
きっと僕が明日休み時間にでも「こないだのテキスト返して」って言ったら
女子「あぁ忘れてた、ごめーん」とか言って、鞄の中、もしくは机の中に入れっぱなしになってる
テキストを渡してくれる。それを何事も無かったかのように返せばいいんだ。それだけなんだ。

僕は枕を放り投げ、強く息を吐いて気合を入れた。
(よし、気合だ!)

行動するのが一番。そう前向きに考え、僕は多少の自信を持った。
第一、考えてばかりだと沈む一方だ。僕は今日怒らせてしまったであろう友人にメールを送ることに
した。題名の欄に「今日はほんとごめん」と打ち、本文に移ろうとしたとき、メールが届いた。

(・・・本尾さんからだ!)
僕は眼鏡を持ち上げ、いつもの倍の大きさくらいに両目を開け、メールを開いた。

『今日は本ありがと。今読んでます。あの事だけど、無理しないでね。別にいつでもいいから。』


優しい言葉だ・・・ジーンと来た。
だけど、やっぱり心配させてるんだ。全然安心させられてないんだと思うと情けない気持ちになる。
しかしここまで言われて引け下がる訳にはいかない。本尾さんのことだ。この様子だと
自分に責任を感じて、同じ本を買って来て弁償してしまうかもしれない。
(が、頑張らなきゃ・・・!)
僕は返信内容に、
『大丈夫!心配しないでください。必ず返してもらうから。
だから安心して読書に勤しんでください(笑)』
と打ち、メールを送った。メールでは調子の良い事を言える自分が情けない。
しかし・・・本尾さんが今、本を読んでくれてるという事を想像すると、
嬉しさと一緒になぜか僕は妙に興奮してきた。僕ってやつは・・・。

携帯を持ってブラブラすること1分、本尾さんからメールが返ってきた。

『うん。(笑) 本、すごく面白いよー。ほんとありがとう。』
と返ってきた。ああ、こんな楽しいメールは初めてだ・・・。
僕と本尾さんはその後、本の内容について2、3通メールを交わした。
おかげでその日僕は、眠るまでずっとご機嫌で、友人にメールを送ることなどすっかり忘れて
しまっていた。
翌日、僕は携帯を握り締めて教室に入った。、
教室を見回す。まだ早い時間のせいか、玲たちは来ていなかった。
僕は自分の席に座り、彼女らが来るのを待った。

ドキドキする。どんどん不安になってくる。
落ち着くために僕は鞄から本を取り出した。これも本尾さんに貸そうと思って持った来た物だ。
僕の一押しの本で、きっと本尾さんも喜んでくれるに違いない。
そう思うと僕はニヤニヤし、少し元気になった。

戸が開く音。
僕は顔を上げ、目を見開いた。

・・・友人だった。彼はノシノシとこちらに歩いてきて、僕の方をジロリと見た。威圧感全開だ。
「き、昨日はごめん。メールも返せなくて・・・」
僕がそう言うと、彼はフン!と、鼻息で一蹴し、自分の席にノシノシ向かった。
謝りに行こうか考えてる最中、玲が一人で教室に入ってきた。
一瞬で体が硬直した。額から嫌な汗が滲んでくる。
玲の方を見る。席に座っている。綺麗な顔立ちのため、澄ました顔をしてる玲は
あまり話しかけてはいけないような雰囲気を出している。

(だ、だけど、玲一人なら・・・大丈夫だよ!)

僕は本を握りしめ、玲に近づいた。
おずおずと僕は玲の横に立った。
突然僕に話しかけられたせいか、玲は驚いた顔を見せる。

「あ・・・あの・・・」

僕はおずおずと声を玲に掛けた。
「その・・・あの・・・」
(・・・うぅ・・・緊張してうまく声が出ない)

その様子を見てすぐに玲は、いつもの僕を見る、冷めた顔に戻ってしまっていた。
蔑む様な視線が僕の声帯を凍らせるように感じる。
しゃ、喋らないと・・・。 そう思っていると、
「・・・なに?用が無いなら席に戻りなよ」

玲に先手を取られてしまった。
澄んだ声ながら、どこまでも僕を突き放すその言葉・・・。僕は蛇に睨まれた蛙の様になっていた。
(だけど・・・だけど・・・!)

僕はギュッと、持っていた本を強く握った。
本から勇気を受け取るかのように。
「あの、あの数学の参考書・・・」
小声だがついに「あの」以外の言葉が出てきた。だがあまりに小声だったのか、
「なに?聞こえないよ」
と、あっさりリトライを言い渡されてしまった。


「あの、数学の参考書、まだ、返してないよね・・・?」
僕がそう言うと玲は、
「私は使ってないから・・・」
と、あっさり言い捨て、首を前に向けた。あまりに冷たい・・・。
「で、でも、トモダチでしょ?だったら・・・」
その言葉の途中で玲はこちらに振り返り、目尻を鋭くして僕を睨んだ。
「友達だったら何なの?」
「え?」
僕は急な問いに慌ててしまった。しかし玲はお構いなしに言葉を畳み掛ける。
「トモダチだからって私には関係無いでしょ?」
「え・・・あ、そ、その・・・」
「私じゃなく、あのコ達に直接言えばいいじゃない!って言ってるの!!」

冷たい表情は崩さず、しかしその姿勢からはとても伺えない程の激昂をあらわにする玲。
・・・僕は完全に萎縮してしまった。

目が泳ぐ。頭の中からガンガンと音が聞こえる気がする。
玲の声はかなり大きく、教室に居た何人かは、何事かとこっちを見ている。
泳いだ目を友人の方にやると、かなり不安そうにこっちを見ている。
「ちょっと?」

玲の言葉に、教室中を飛んでいた意識が体に無理やり戻される。
「・・・・・・」 こ、声が出ない・・・。
玲は固まっている僕の様子に溜め息をつき、
「・・・用がないなら、席に戻ってよ」
と、言い放ち、憂鬱そうに頬杖をついた。

正直僕の足はかなり自分の席に戻ろうとしていた。
理性は残れと言ってるのだが、玲の言葉に体が逆えない気がするのだ。
それは悲しいけど、小学校から続いていた、玲との関係が生きている気がした。

「あ・・・でも・・・」
青ざめながら僕は、なんとかそこに踏みとどまった。
「でも・・・でも・・・!」
でも、の先が出てこない。 玲は再び僕を一瞥し、
「・・・言いたいことがあるならハッキリ言って」
冷たいながらも、芯のある目が、僕を睨みつける。
「あ、あ、うん・・・あの・・・」
そう言われても言葉が出ない。もはや体が完全に石化している気がした。
玲は頬杖をついたまま、ゆっくりと僕の方に体を向けた。
足を組み替え、固まっている僕をジッと見る玲。
・・・その綺麗な顔で見られると、僕は更に何も出来なくなる。
(僕は、僕はなんて・・・)

「情けないよ」


僕はドキッとした。心が読まれた気がした。
「私を怖がってるの?ねえ」
見透かされてる。
「なんでそんなに怖がるの?・・・ねえってば」

・・・僕はひたすら黙っていた。情けない話、なんで怖がるか、それが自分でもわからないからだ。
玲は先ほどよりも深い溜め息をつき、
「・・・戻ってよ」
と言い、机に突っ伏してしまった。もう話したくない、ということだろう。
無意識に拳を強く握る。歯がゆいのだ。こんな自分がとことん情けなく感じる。
それでも自分の席に戻る気は無く、ただ、玲にもう一度話しかける勇気も無いまま、
僕は玲の横に立ち尽くしていた。
 
そのとき、教室のドアが開き、開いたと同時に、

「チョ→ヤバクねー!?」
「ギャハハハハwwww」 
という声が聞こえてきた。・・・彼女らだ。
僕の額から一気に脂汗が出てくる。だが、足は動かず、根を張ったままだ。
「マジでだってwwww」
「うっそ信じらねーってwwww」

教室に入って来ても彼女らは騒がしい。
また、登校途中で一緒になったのであろう男子達も一緒になって騒いでいた。
彼女らが来たのに気づいた玲が体を起こす。彼女らは玲に手を振り、こっちに近づいてくる。
すると玲が急にこちらを向き、
「・・・ハッキリ言ってみてよ」
と、立ち尽くしている僕にそう言った。

僕は何のことかわからないままそこに立っていると、女子A、Bと男子2人が玲の下に集まる。
彼女らが2,3、言葉を交わすと、すぐに彼女らは僕の存在に気がついた。
目が合う。僕は思わず目を逸らす。彼女らはそんな僕を不快感丸出しで、
「ナニ毒男〜?」
「なんか用〜?」 
と話しかけてきた。
僕は伏せ目がちのまま、「いや、特に・・・」と呟いた。すると、
「なら帰れよwwwww」
「うはwwwwww」
男子たちが僕にひどいことを言ってきた。それに大ウケする女子A、Bたち。
赤面しながら、玲の方も見る。
・・・玲はクスリともせず、ジッとしていた。
馬鹿笑いに疲れた女子Aが、再び僕に言葉を掛ける。
「でぇ〜?なんで居るの?」
男子もそれを追うように、
「早く戻れよ」 と言ってくる。 
しかし、僕は戻らなかった。・・・戻るわけにはいかない。

だんだんイライラしてくる女子たち。
僕に浴びせる言葉もどんどんエスカレートしていく。
言い返したい、本を返せと言いたいが、僕の顔は下を向いたままだった。
(言わなきゃ・・・言わなきゃ・・・!)

すると玲がいきなり席を立ち、罵る彼女らの言葉を遮るように声を出した。

「毒男が、A子らにハナシあるって」

僕は驚きのあまり、目が点になっていたと思う。
(「・・・ハッキリ言ってみてよ」)
さっきの言葉の意味はこれだったのか。玲にそう言われると、さっきまでの罵声が止み、
「なによ毒男」
「早く言えよ」
と、言ってきた。もしかすると、これは玲の助け舟なのかもしれない。
僕はツバを飲み、本を握る力を一層強め、初めて彼女らの目を見た。

「ほ・・・本」
は? といった顔をする女子たち。

「本・・・本を、返して欲しいんだ!」
一瞬の静寂がクラスに起こった。

しかしその静寂はすぐに女子A・Bたちの甲高い声で掻き消される事となった。
「は?」
「なにそれ?」
「意味わかんないし」
「キモwww」
「もう消えろってのwwww」
「うはwwwwwwwwうぇwwwwwww」

一瞬にして先程までの空気になってしまった。
彼女らは人を馬鹿にしなければ喋れないのだろうか?
本を返せと久しぶりに声を荒げた影響か、僕は自分でも珍しい程に怒りを憶えていた。

玲が再び、顔を紅潮させ震えている僕の方を見る。
あくまで冷たい目のまま僕を見据える玲の顔は、美しいのだが、何を考えているかわからない、
能面の様な表情でもあった。

(どうして僕を・・・そんな表情で見るの・・・?)

僕がこんな状況にも関わらず、妄想の中に逃げ込もうとしたのを、玲は見逃さなかった。
「どうしたの?早く続きを言いなよ」

玲の命令が下る。僕はムチを打たれた囚人のように、
「はい」
と、思わず返事をしてしまった。
玲の言葉に思わず女子A・Bらも静まる。
玲は助け舟を出してくれているんじゃないか、そう思っていた僕は浅はかだった。
彼女はあくまで、僕をここから逃がさないようにするために発言をしたのだ。
僕はそう思い込もうとした。

(だけど・・・)
そう考えようとすつ反面、これが玲の優しさでもあり、厳しさでもあるのではないか、と
感じる部分もあった。なぜなら・・・

「ねえ!」

自分の世界から引きずり出される。 玲の声だ。
「言いたいことがあるんでしょ?言ってみなよ!」

玲の強い言葉に、さっきまで笑っていた周りの女子らも引いている。
僕はそこまで言われてしまう自分に怒りと情けなさが交じり、泣きそうになっていた。
やはり玲は、もう昔みたく僕に甘くはないのだ。

「ね、ねー玲ー。毒男でそんなにムキになることないじゃーん」
「そ、そーだよー。ねー?ねー?」

無表情な玲を必死になだめる女子たち。
「ねー?玲ー、そんな怖がってると毒男泣いちゃうよー?w」
「ホントホントw てゆうか玲、マジ女王様みたいww」
「わかるw俺も横でゾクゾクしてたwww」
「うはwwwww」

今だけは彼女らの空気に安らぎを感じる。

しかし、玲の視線が僕を射抜く。そう、逃げてはいけないのだ。
僕は玲から目を離し、女子Aの方を向いた。そして、
「あ・・・あの!」
と、僕なりの精一杯の声の大きさで叫ぶ。
騒ぎが静まり、僕に視線が集中する。
「あ・・・あの・・・と、図書室で借りた本・・・・・・」
声を搾り出す。心の中で、必死に頑張れ!と応援する、もう1人の僕。
「こないだ、A子さんたちが持っていった・・・あの・・・数学の本・・・」
女子A、Bらが目を合わせる。僕は尚も言葉を続けた。
「あの、あの数学の本・・・、か、か、返してほしいんだ、けど・・・」

終わりの方は果たして聞こえたのか微妙なほど、声は萎んでいった。
しかし、言いたかったことがやっと言えたのだ!僕は自分が大きくなったように錯覚した。

しかし、彼女らが次に吐いた言葉によって、僕の張り子の精神は、ボロボロに壊される。

「え?返さなかったっけ?」
「アタシ知らな→い」

(・・・・・・え?)
「あれ?B子が持ってったっしょ?」
「えー?違うしー。あれ?そうだっけー?」
「そうだってー!アンタ持って帰ったでしょ」
「マジでー?憶えてない。無くしたカモー!ww」
「アンタ超最悪ー!www」

彼女たちの声が遠ざかってゆく。僕の膝が笑い出した。頭がふらつく。
体内から一切の血の気が引かれたようだ。
(そんな・・・そんな・・・!!)
勝手に学校の本を持っていって、あまつさえ、それを無くしたかもしれないだなんて!

「え?なになに、何の話?」
「なんか無くしたの?」
傍らの男子たちが話しに入ってくる。
「えー?なんかー、数学の本借りたんだけどー。B子、無くしたみたいなんだよねー」
「マジでー?w 最悪だよB子〜www」
「まだわかんないから!ちゃんと探すからー!w」

僕は泣きそうになるのを必死で抑えていた。
(僕の馬鹿・・・!なんで・・・なんであの時、軽はずみにOKしちゃったんだよ・・・!)
教科書とはいえ、本を、ましてや人から借りた本を適当に扱う。その考えは僕には理解できない。
自責の念とともに、本尾さんへの申し訳無さがこみ上げてくる。
僕はもう、限界だった。
目から涙がこぼれる。溜めに溜めた、大粒の涙だ。
泣きながら僕は擦れた声で、
「・・・こ・・・困るよ・・・」と彼女らに言った。
さすがにそれには悪いと感じたのか、彼女らの態度も少し軟化した。
「いや、ちゃんと探すから。ねー?」
「これくらいで泣かないでよー!w その内見つけるからさー」 
いい加減な受け答えにはもうウンザリだ。僕は鼻をすすり、
「・・・ダメだよ、困るよ・・・図書委員の人だって迷惑してるんだ。ちゃんと返してよ・・・」
と、こぼれそうになる涙を必死で押さえ、胸につっかえていた言葉を吐き出していった。
こんな時でも強気に言えない自分が恨めしい。
ふと玲を見る。玲は相変わらず表情を変えないままだ。ただ、何かを考えているようにも見える。

「そんなこと言われてもー、どこ言ったか思い出だせてないしー」
「ねー。ちゃんと返すからー。信用してよ、ねー?」

(信用・・・?そんな、そんなの、出来るわけないじゃないか・・・)
僕は返答せず、顔を伏せ、再び泣き出した。

そんな僕のいじけた態度が癇に障ったのだろう。男子2人組が面白くなさそうに僕に話しかけてきた。
「ちゃんと探すって言ってんだからさー、待ってやれよ。な?」
「大体なんで泣いてんだよ、ダセーから」
男子という援軍の到着に、さっきまで控えめだった女子A、Bらも攻撃に回る。
「そーだってー。だからもう泣くなっての」
「大体毒男の本じゃないでしょー?別にいいじゃーんw」

ここまで言われても、僕は何も言えなかった。悔しい。歯がゆい。
僕はもう涙を抑えることは出来なかった。
教室にはいつの間にかだいぶクラスメイトが集まっていた。そのほとんどが、クラス中央の
不穏な雰囲気に気がついていた。

その雰囲気に更に苛立ったのか、男子の1人が僕の襟を掴み、
「泣くなって!俺ら何もしてねーだろ!」 と、声を荒立てた。
僕は嗚咽を漏らし、さらに泣く。・・・言い返したい。しかし、声が出ない。
ざわつく教室に焦ったのか、襟を掴んでる男子は顔を引きつらせながら、
「・・・泣くなっての!なぁ!?」 と、襟を掴むその手を強めた。しかしその瞬間、

「ちょっと!!」

玲が突然、声を上げた。 シン・・・と静まる教室。
「・・・いい加減にしなよ」
襟を掴む男子に蔑むような表情を浮かべる玲。いつも笑顔を浮かべる玲とは大違いだった。
それに気圧されたのか、男子はうすら笑いを浮かべながら僕の襟から手を離し、
「じょ、冗談だよ・・・マジで怒んないでよ〜・・・」
と、必死に玲の機嫌を取ろうとした。
女子A・Bは完全に沈黙し、もう1人の男子は僕のご機嫌取りに回りはじめた。
「な、なあ毒男。ほんの冗談だから。な? 泣くなよ〜w」
やがてもう1人の男子も僕に擦り寄り、
「ごめんな毒男〜。ちょっと乱暴だったよなーw ゴメン」 と、馴れ馴れしく肩を抱いてきた。

悔しさと、玲に庇って貰っている、という男としての惨めさに、僕は言葉を失っていた。

玲・・・ごめんよ。
僕は・・・本当に情けない男だ・・・・・・。

必死に僕に話しかける男子。その男子が僕の持っている本の存在に気がついた。

「あれ?毒男君、何の本なのそれ?」
適当な話題で僕をなだめようとしたのだろう、男子Aが僕の本を指差した。
お守り代わりに持っていた、本尾さんに貸す本である。
僕が鼻を啜り、本の説明をしようとすると、横に居た男子Bが、僕の手から本を奪い取った。
彼にしてみればそこまで悪気は無かったのだろう。
しかし、僕の中ではもう彼らに本を渡すという行為は絶対に嫌だった。
僕は今までにない、強い怒りが込み上げてきていた。
「なになに・・・えーと・・・なんか難しそうだなオイ」
「さすが毒男w 本好きだよね〜!」
本を軽々しく手渡ししていく男子たち。それは女子の手に渡り、
「いや超厚いんだけどー!」
「こんなの読んだことないよねー!」と言っている。
僕の怒りが脳から喉を通り、無意識に言葉となって口から出た。

「・・・返せよ」

女子たちの動きが止まる。
「返せよ!僕の大事な本・・・返せよ!!」

教室中に響き渡る、何年振りかの大声だった。
僕の声で、教室が震える。いや、そう感じただけかもしれない。

皆が目を点にしてこちらを見ている。
様子を伺っていたクラスメイトも、
いつも僕を馬鹿にした目で見ていた男子も女子たちも、
そして・・・玲すらも。
教室は、時が止まったようになっていた。

ようやく男子が我に変える。顔をしかめ、ズボンに手を入れ、こちらを睨んでいる。
もう1人の男子も同じような面持ちだ。
僕に突っ掛かられた。それは彼らにとっては喧嘩を売られた、ということだろう。

だけど僕は怖くない。不思議とさっきよりも震えが小さくなってる気がする。
僕は言葉を続けた。
「本を返せよ・・・・・・早く!」

さすがにこの僕の言葉に我慢がならなかったのか、2人がこちらに寄って来る。
咄嗟に玲が割って入る。
「何本気になってんのよ!」男子2人を睨みつけ、静止させる。
しかし2人は明らかに聞いてない様子で、不満な顔をしていた。そして玲は僕の方に振り返り、
「毒男も毒男!落ち着いてよ!」と言い、僕をなだめようとした。
玲の顔は厳しかったが、この不測の事態に対し、珍しく動揺していたのが見て取れた。
僕は考えていた。
こうなったのも全ては玲のせいじゃないか。
玲がこの状況を作ったんじゃないか。
なのに今は、この状況に困惑している・・・。

僕はもう、玲が解らなかった。
僕はすぐさま視線を玲から外し、男子の持っている本に再び視線を合わせた。

その視線に気づいた玲がすぐに男子に言う。
「早く、それ毒男に返しなよ」
男子は面白くなさそうに、こちらに本を持った手を伸ばした。
僕は彼の手から本を奪い取った。それに再び男子はキレそうになっていたが、
今の僕にはどうでも良かった。 

僕は本を両手でしっかりと抱えた。自然と顔が笑顔になる。もう涙は無い。
本を取り戻した嬉しさ。そして、心の底から声を出したことから、僕は充実感で一杯だった。

「そんなに・・・それが大事なの?」

僕は顔を上げた。そう言ったのは、玲だった。 
いきなりの玲の問いに、僕はうろたえ、素に戻ってしまった。
が、玲は言葉を更に投げかけた。

「それ・・・どうするの?」

玲は、真っ直ぐに僕を見ていた。僕の心を透視するかのような透き通った目だ。
僕も玲を見返す。いつも通りの・・・綺麗な玲だ。だけど、その顔は・・・・・・。

確かにいつもの玲の筈なのに、僕はどこか悲しそうな印象を受けた。
動揺を僕に悟られないようにしているようにも見える。
こんな玲は、初めてだ・・・。

さっきまでの威勢は完全に無くなってしまった僕は、そんな玲の問いに、
「あの・・。いや、これは・・・・・・」
と、口ごもってしまった。

なぜハッキリ言えないんだろう? 
これは人に貸すものなんだ。大事なものなんだ。そうハッキリ言えばいいじゃないか僕。
なのに、なんで・・・なんで・・・玲の顔が見れないんだろう・・・・・・?

玲はそんな僕の様子を見て、何かを悟ったようだった。
いつも胸を張っていた玲。厳しい顔を僕に向けていた玲。
それが初めて僕と同じように、下を向いた。
僕の玲の間だけに、互いを感じ合う空気が流れていた・・・気がする。


しかしそこで女子Aがいきなり声を出し、2人だけの静寂は打ち砕かれた。

「それってさー毒男、あの女の子に貸すんじゃないのー?w」

静かだった僕の心臓が途端に波打つ。こ、この人は、なんて空気が読めないんだ・・・!

「え〜なに?あの子ってー?」 女子BがAに聞く。
「ほら、図書室で毒男と一緒にいた子」
「なにウッソ毒男の彼女?! マジで?!」
僕は焦って否定しようとした。
「ち、違うよ・・・!」
だが焦る僕の態度に更に盛り上がる女子2人。
「なに図星かよ毒男!w」
「えーアタシ顔憶えてな〜い!」
盛り上げるため、良かれと思ってやっているのだろうが、僕には苦痛でしかない。
目立ちたくもないのに注目を浴びる。しかも本尾さんにまで迷惑が掛かる。
それに・・・、それに・・・・・・。

「ね〜、玲は憶えてる?その子の顔〜」
僕はハッとした。玲の方を見る。しかし玲は下を向いたままだった。
「玲も見たよねー確か」
彼女らが話し掛けても反応を示さない玲。
何を考えているんだろう。
本尾さんとのことを冷やかされていることなど何とも感じなかった。
目の前の玲の胸中が、気になって仕方が無い。

楽しそうに騒ぐ女子2人に、不機嫌なままだった男子2人も絡んでくる。
「なに毒男に女居たの?」
「マジで?可愛い?」
女子たちは笑いながら、本尾さんの説明をする。
「真面目そうな子ー。毒男に似合ってたよ」
マジで?とか言いながら男子たちは話題に乗っていたが、顔はまだキレたままだった。
うすら笑いで彼らの話題に相槌を打っていると、後ろから肩を叩かれた。
友人であった。おそらくずっと様子を伺ってくれていたのだろう。
「もうそろそろ先生来るぞ。自分の席戻ってなよ」
僕は友人の忠告ももっともだと思った。
途中はぐらかされたが、一応本の事を伝えることは出来た。

しかし、
俯いたままの玲が僕は気になって、この場所から動くことが、どうしても出来なかった。
何も言わない玲。
何も言ってくれない玲。
どうして、いつもあんなに元気だったのに、どうして・・・?
僕の足が無意識に前へと進む。一歩、二歩と、玲に近寄る。
友人の手が肩から離れる。
「お、おい?何?どこ行くんだよ!」
友人の声が遠くに聞こえる。
何かに没頭すると他のものが考えられなくなる、僕の悪い癖だ。

・・・どこへ行くかって・・・?

僕は・・・俯いている訳を聞きに行くんだ。


玲の肩に手を伸ばす。
「れ、玲・・・あ、あの・・・・・・」

肩に手が触れる、まさにそのとき、


「はい、着席ー!」


ガラガラと勢いよく開くドアの音と共に、担任の野太い声が聞こえて来た。
僕は焦って手を引っ込め、自分の席に戻る。
騒いでいた女子たちもダルそうに自分達の席に座っていった。
玲は席に座ってからも、俯いたままだった。
ふと手に握っていた本を見る。頭の中に本尾さんの顔が浮かぶ。
本尾さんを考えると必ず幸せな気分になった。
・・・少なくとも、今日の朝までは。
今の僕は、見えない玲の顔に胸を痛めている・・・。

あの時僕は、玲になんて声を掛けるつもりだったんだろう・・・・・・。


HRが終わると、玲は何事も無かったかのように仲間達と会話を始めた。
いつも通りの明るい玲だった。遠めで僕はそんな玲に戸惑いながらも、少し安心していた。
そこに友人が近づいてくる。
「お前、朝何やってたんだよ。先生呼ぼうか迷ってたんだぞー?」
真剣な顔をしてる友人に対し、僕はとても申し訳のない気分になった。
「ご、ごめん。ちょっと・・・」
そう言うと友人は、
「まぁ別に喧嘩とかにならなかったからいいけどさー」 と、鼻息を荒くして言った。
「僕がそんなこと出来る訳無いよ」と言うと、友人は豪快に笑って「それもそうだな」と言った。
僕はその日、全ての授業が終わるまでぼんやりとしたままであった。
玲の事が気になっていたのと、本尾さんになんて言ったらいいか悩んでいたからだ。
それらの問題に対しての解決案が出ないまま帰りのHRも終わってしまい、
憂鬱な下校時間となってしまった。

帰る支度をしながらふと玲の席を見る。
机に掛けてある鞄が無い。玲は既に帰ってしまったようだ。 
僕は1つ、溜め息をついた。
しかし憂鬱は続く。

そして図書室の前で僕はもう1つ、大きな溜め息をついた。
本尾さんに、なんて言って謝ろうか。
探すと彼女たちは言っていたが、正直当てにはならない。ここは正直に言うしかないだろう。
だけど本尾さんのことだ。相当落ち込むに違いない。
僕は図書室に入る踏ん切りがつかず、しばらくウロウロした後、トイレに篭ることにした。
今すぐ図書室に入り事情を説明する、すると重い空気が僕らの間に流れるだろう。
・・・・・・それに僕は耐える自信が無い。 
だからここは、時間ギリギリに行き、帰り道で話そう。
さすがに逃げ場の無い空間での話し合いよりはマシになる・・・と思う。
そうウジウジと考えながら、僕は図書室閉館時間の少し前までトイレに篭ることにした・・・。

時計を見るともう6時、30分前だった。
トイレに篭ってからしばらくの間、僕は本尾さんに貸す予定の本を読んでいた。
しかし数学の本が返ってこなかった件のショックのせいで、全然集中が出来なかった。
(辛い・・・)
これから本尾さんに会いに行く訳だが、本尾さんはどういった顔をするだろうか?
責任感のある本尾さんのことだ。きっと自分を責めるだろう。
本尾さんの悲しむ顔は見たくない・・・。
そう思って僕は躍起になって取り戻そうとしたのだが、僕は何も出来なかった。
その上、玲にまで、なんだか悪いことをしたような気持ちになってしまった・・・。
今日の玲の、沈んだ表情を思い出す。玲があんな悲しそうな態度を示したのは初めてだ。

(僕は、玲のことをいまだに好きなんだろうか?)

顔がカーッと熱くなる。
誰かが見てるわけでもないのに、1人で赤くなる僕。
(何を考えてるんだ、僕は。これから本尾さんに会いに行くんだぞ?
馬鹿なことを考えてないで、しっかりしろ!)
そう考えると顔の火照りは収まったが、すぐにまた陰鬱な気持ちになった。
「くそ!」
僕は自分を無理やり奮い立たせ、便座から立ち上がった。
深呼吸をし、図書館の戸の前に立つ。
緊張のしすぎだろうか、変な汗をかいてきた。
手も冷たい。戸に手を掛けても、なかなか開けることが出来ない。逃げ出したい気持ちで一杯だ。
(・・・僕の意気地なし・・・!)
ここを開ければ、すぐそこに本尾さんが居る筈だ。ああ・・・ちくしょう・・・ちくしょう!!

頭を抱えて悶えている僕の後ろから、
「なにやってるんだ?」
と、誰かが声を掛けて来た。
不意打ちに心臓が飛び出る程驚いた僕は後ろを振り向くと、
そこには図書室を預かる国語の先生が立っていた。(>>68)

「え、いや、その・・・」
先生はうろたえる僕をポカンと見ている。
「その・・・別になんでも・・・」
すると先生はいきなり僕の方に手を伸ばしてきた。
「どうでもいいが、邪魔なんだがなぁ」
先生は戸の窪みに手を掛ける。あ、そういえばここは図書室の前だったんだ・・・・・・。
そう思っている間に戸は完全に開ききった。
僕は自然と図書室の中に顔を向けた。
当然のことだが、そこには本尾さんが居て、こちらを見ていた。

(・・・あ。)
本尾さんと目が合う。
心の準備も無しに、いきなり本尾さんの前に出された僕は、石のように固まっていた。
その横を先生が通り、本尾さんに「ご苦労様」と声を掛ける。
本尾さんも先生に挨拶をし、目線が僕から外れた。僕の体の硬直が解けた気がした。
先生と本尾さんが図書の仕事の話をしている隙に、僕は入り口近くの席に座った。
(今のうちに、なんて言おうか考えなくちゃ・・・)
馬鹿正直に言ってしまうか、それとも誤魔化してしまうか・・・・・・あれ?

ふと前に人の気配を感じる。顔を上げるとそこには本尾さんが心配そうな顔をして立っていた。
(あ、あれ!?)
ふと先程まで本尾さん達が居た所を見ても誰も居ない。先生は既に奥に移っていた。
(・・・会話終わるの早いよ!)
再び本尾さんに顔を向ける。な、なんて言おう・・・。
しかし僕が口を開く前に本尾さんが、
「どこ行ってたの?ずっと探してたのに」
と言ってきた。僕は焦ってしまい、
「え、な、なんで?」などと間抜けな返答をしてしまった。
「いつまで経っても来ないから・・・」と本尾さんは答えた。
そりゃそうだろう、テキストの件が心配だったに違いないのだ。
しかしまさか「怖くてギリギリまでトイレに逃げてました」なんて言えるわけがない。
僕は「ちょ、ちょっとね」と言い、目を逸らした。こ、このまま溶けて無くなりたい・・・。
本尾さんは僕の前の席に座りこんだ。
「HR終わった後毒男君のクラス行ったら、もう居ないって言われたし、
しかもなんか朝、喧嘩みたいなことになったって聞いて・・・」
それを聞いて僕は慌てて否定した。
「喧嘩なんかしてないよ!そんな大げさなことじゃないから!」
必死の弁明も意味を成さず、本尾さんの表情が更に曇る。
「でも・・・なんか前来たあの人たちと、物凄く揉めてたって」
額から汗が出てきた。
「そ、それ、誰から聞いたの?少しオーバーだよ」
「毒男君といつも居る人だけど・・・凄い心配してたよ?見かけたら宜しく、って」
(そうか・・・アイツが気遣って言ってくれたのか・・・)

僕はもう逃げるのは無理だと思い、素直に本を返してもらえなかった事を謝ろうと思った。
「ごめんなさい!!」と言い、勢い良く頭を下げようとしたその瞬間、

「ちょっと職員室に行ってるから、少し留守番お願いねぇ」

と、飄々とした先生の言葉に、僕の謝罪はおもいっきり遮られ、
謝ろうとして勢いのついた上半身は止まらずに頭を机に打ち付けた。 い、痛い・・・。
「は、はい」と本尾さんが答える。そして先生はご機嫌な様子で外へ出て行った。
すぐに本尾さんが僕の方を向き「大丈夫?!なんでぶつけてるの!?」と心配してきた。
こんな格好悪い僕の額を擦ってくれる本尾さん。
間近で見ると、物凄くドキドキしてしまう。少しでも格好つけようと思った僕は、
喉から出掛かってたごめんなさいをひっそりと胸にしまいこみ、
「い、いや、大丈夫だよ・・・」と薄ら笑いを浮かべ、無駄に強がった。
しかし突然、本尾さんの目から涙がみるみると溢れてきた。
「え?」とか思っている間に、泣き出す本尾さん。
僕はあたふたとハンカチを探したが、どこにも無い。
どうしよう。ていうかどうして泣いてるのか。僕はなんと声を掛けたら良いのか。
やはり格好悪い俺に、本尾さんは目を赤くしながらも再び笑顔を作り、
「・・・ごめんなさい」と謝った。
混乱してた僕は思わず、
「いや、それは僕の言う言葉だよ!ほんとにごめんなさい!!」と、
再び勢い良く頭を下げ、再び頭を机に打ち付けた。

5分程し、お互いに落ち着いたところで、僕は本尾さんに謝った。
「ごめん。本、返してもらえなかった。・・・ごめんなさい」
僕は大体の事情を話した。すると本尾さんは悲しそうな表情を浮かべたものの、
「そんなのいいよ。図書委員の問題で、毒男君に迷惑掛けたのがいけないんだし」
「そんな。僕がそもそも・・・」
しかし本尾さんは僕の言葉に首を振り、
「それに、そんなことで喧嘩とかして怪我したら・・・」
僕は「そんなひどい喧嘩じゃないよ」と本尾さんに言った。
本尾さんは、本のことより、僕の事を気遣ってくれていたのか。
人として当たり前のことなのかもしれないが、僕は嬉しくなった。
「本の事はもう気にしないで。先生に言ってみるから」
と言って明るい表情で席を立つ本尾さん。
「あ・・・でも先生、まだ戻って来てないんだ。もう6時になっちゃうのに・・・」
その言葉に僕は気持ちが暗くなった。
(そうか、やっぱり先生に言った方がいいんだよな・・・)
僕はこんな状況になりながらも、玲のことを考えると憂鬱な気持ちになった。
ふと本尾さんを見る。・・・こんな良い人の前で、僕は何を考えているのか。
・・・僕は、玲だけではなく本尾さんも好きなんだろうか・・・?
自分の気持ちすらハッキリ出来ない自分が恥ずかしくなった。

ハッキリしない自分の気持ちを誤魔化すように、僕はそういえばと言い、鞄から一冊の本を出した。
「これ、本尾さんに貸そうと思っていたんだけど・・・」
本尾さんは目を輝かせ、「ありがとう!」と声を上げた。
僕がこの本についての説明をすると、本尾さんは一言一句真剣に聞いてくれている。
本尾さんのこういう所が僕は可愛いと思った。
本の内容についての会話も終わり、ふと時計を見ると、もう6時を回っていた。
「先生、遅いね」
僕の言葉に本尾さんも「もう来ると思うんだけど・・・」と首を傾げた。
そこに戸が開く音がした。噂をすればなんとやら。
僕と本尾さんは先生が来たと思い、振り向いた。

しかしそこに立っているのは先生ではなく、玲だった。
さっきまで会話があった図書室は、押し殺されているような静けさに包まれた。
水槽のラジエータの音、切れかけの蛍光灯がチカチと鳴っている音まで聞こえてくる。
玲は入り口で僕らを確認すると、気まずそうに顔を伏せ、中へ入ってきた。

なぜここに玲が・・・?僕は目の前の玲を見つめる。
玲が視線に気付き、顔を上げる。しかし目が合うと、また玲は顔を伏せた。
どこか寂しそうな表情を浮かべている玲。
そんな玲を見ていると、とても切なくなってくる。
僕はフラフラと吸い寄せられるように玲の方に一歩進み、声を掛けようとした。

しかし沈黙を破った第一声は、本尾さんであった。
「もう、閉館時間なんだけど・・・」
その言葉に僕は我に返る。
僕は今、玲になんと声を掛けるつもりだったのか・・・?
本尾さんの発言に玲は小声で「うん・・・」と答え、そして鞄から一冊の本を僕らに差し出した。

それは数学のテキストだった。
思わず「あっ」と声を上げてしまった僕は、顔を赤くした。
僕の方へ玲が寄って来る。そして僕の方にテキストを持った手を伸ばし、
「これ・・・」
と、僕にテキストを手渡した。
「ど、どうしたの?これ・・・」
間の抜けた声で訊ねる。すると玲は沈んだ表情のまま、口を開いた。
「・・・A子に家まで取りに行かせた」
僕は驚いた。
「そ、そこまでしてくれたの・・・?」
すると玲は少し顔を赤らめ、
「・・・別に。悪いのは私達だったし」と言った。
僕は今にも目から涙が落ちそうになっていた。嬉しくてだ。
本が返ってきた事に対してか?いや、違う。玲がここまでしてくれた事にだ。
「あ、ありがとう・・・!」
そう言った時には、涙はおろか、鼻水も止まらなくなっていた。
鼻声になっている僕の声に気付いた玲が顔を上げる。僕はよほど酷い顔をしていたのか、
玲は慌ててティッシュを出す。
鼻をかみ、涙を拭く。玲の前で格好悪い・・・と思った。だけど、止まらなかった。
すると頭の上から笑い声が聞こえてきた。僕はティッシュを丸め、眼鏡を掛けなおした。

そこには、楽しそうに笑う玲が居た。

その瞬間、僕の頭の奥から、昔の思い出が湧き上がってきた。
・・・小学生の頃、僕が苛められて泣いていた時、玲はいつもこうやって僕のところに来て
僕の涙を拭いてくれた。そして泣きっ放しの僕を見て笑い、
「大丈夫だよ」
と、手を引いていってくれた。

・・・玲は、あの頃と、少しも変わってなかったんだ。
僕は玲を見たまま、固まっていた、らしかった。
僕を呼ぶ玲の声に我に返る。僕はハッとして、再び玲を見る。
玲は不思議そうにこちらを見ている。心配そうな表情だ。

僕は再びドバドバと涙を流した。玲はまた僕にティッシュを渡そうとしたが、僕はそれを受け取らず、
学生服の袖で涙を拭くと、玲を見つめ、こう言った。
「・・・ありがとう、玲。本当に・・・ありがとう」
いつもオドオドしている僕からこんな事を面と向かって言われた玲は、いつもの冷静な表情を崩し、
「な、なにが・・・?」と聞き返した。
「あ、ティッシュのこと?別にそれくらい・・・」
僕は玲の言葉を遮り、
「・・・いや、それだけじゃないよ。いつも玲に助けてもらってばかりだから・・・ありがとう」
僕は、心の底から玲に感謝していた。
玲は戸惑い、僕から視線を外した。
身の内側から勇気が溢れてくるようだった。何故かはわからなかったが。
玲は顔を伏せながら、
「別に・・・そんな風に言ってもらう程のことじゃ・・・」
と、どこか嬉しそうにそう言った。

僕と玲の間に、小学校の頃のような雰囲気が流れた気がした。
だけど今はもう、小学校の僕らじゃない。
僕はもう、高校生なんだ。
少しだけ人の気持ちがわかるようになっていた気がした僕は、さっきまでの情けない自分から
生まれ変わった気分になっていた。
(僕はもう・・・玲に迷惑は掛けないよ・・・)


・・・しかし僕はこの後、自分がいつもと全く変わっていない、
どうしようもない自分だと思い知らされる・・・。