飽き男 ◆PSR4/aLv0Y
週末ともなると、この街唯一の繁華街には多くの人が集まる。
目抜き通りは仕事帰りのサラリーマンやOL、学生、
店の呼び込みやサンドイッチマンで混雑していた。
繁華街の外れ、飲み屋と風俗のエリアのちょうど
境くらいに乱立している雑居ビルの一角に
小さなビリヤード場があった。
薄汚れたビルの2階にあるその店には
小さなバーカウンターがあり、
カウンター前には、常連客が使用すると思われる華台が2台、
その奥に3台ずつキレイに並んだビリーヤード台が
三列に配置されており、計11台のビリーヤードテーブルが置かれていた。
これらの台はカップル客やグループ客でほぼ全て埋まっていた。
そして一番奥のビリヤード台で
男が独り玉撞きをしていた。
多くの客が、恋人や友人と一緒にビリヤードを
楽しんでいるのにもかかわらず、
男まるで苦行僧のごとく、険しい表情をしながら
黙々と同じ的玉の配置を繰り返し練習している。
その男の姿は、否応なしに目立っていた。
練習に集中しているためだろう、
若い女の店員が自分の練習風景を
後ろから見つめていることに気がついていない。
「最悪ね、初心者じゃないんだから、
あほみたくキュー先をこじってるんじゃないわよ」
とても接客中とは思えない態度で、女店員は男に話しかける。
男は後ろを振りむき、女の姿を一目すると
何も言わずにビリヤードの練習に戻る。
無視された形の女は、男のそばまで寄っていくやいなや、
男が持っていたキューを取り上げ、さらに厳しい口調で話しかけてきた
「だから、キュー先をこじってるてば、この下手くそが」
男は「やれやれ」とでも言いたげな表情を女に向けた。
「別に、てめぇにコーチ頼んでないし……
気が散ってうまくいかないから、向こうに行ってくれんか」
男のそっけない物言いに、カチンときたのだろう。
女の眉毛がピクピクと動くのがわかる。
「あ〜ら、人がせっかく好意でアドバイスしてあげたのに
ムカツクいいようねぇ〜〜。
だいたい、自分の下手くそぶりを
アタシのせいにするとは、いい度胸じゃない?」
「悪かったよ、えーと、こじりがあるんだな。
じゃあ意識してキュー出しをしてみるよ。
でっ、そろそろキューを開放してくれないか、
君の手の油でキューの滑りが悪くなるからさ」
女の指摘に少しは反省したのだろう、男の険しかった表情から棘が消え、
いたずらっぽい笑みがこぼれる。
「あっ、アタシの手はサラサラのスベスベじゃわい
油ぎっとるわけないやろが」
女はパンツのポケットからハンカチを取り出した。
そして、キューのシャフトをハンカチで乾拭きし始める。
黙って、キューを拭く女の仕草を見ると、
とても先ほどまで、憎まれ口を叩いていた人物と
同じだとは思えない。
キューをライトの光にかざし、
大きな二つの目で状態を確認しながら丁寧に乾拭きをする。
黒のベストにチョーネクタイ、黒い細身のパンツの制服姿で
ビリヤード・キューを持つ女の姿には気品すら感じられた。
「はい、返すわよ」
ぶっきらぼうに、キューを男に手渡す。
表情とは裏腹に、その渡し方は優しく丁寧だった。
女が、ビリヤードプレーヤーにとって
キューがいかに大切か理解してるからだろう。
ビリヤードプレーヤーにとってキューはとても大切道具であり
自分のキューを他人に触られるのは気分がいいものではない。
男も女を信頼していたのだろう。
とくに自分のキューを触れられことに腹立てた様子はない。
「サンキュー、冗談だからそこまで
丁寧に乾拭きしてくれなくてもよかったんだけどね」
ケラケラ笑いながら、
男はキューをテーブル脇のキュースタンドに立てかけた。
「だったら、さっさとそう言えや〜〜
アタシに余計な仕事をさせるなや」
女は男に歩み寄り,、小声で声を荒らげる。
男は自然と女を見下す。女の顔はちょうど自分の
肩の当たりであろうか。
男の身長は170センチの前半で、そう高くない。
したがって、女の身長は160センチあるかないかぐらいであろう。
ただし、女は顔が小さく、背筋がキレイに伸びている、
また体型は華奢であり、股下も長い。
そのため、女の背は見た目より遙かに高く見える。
いわゆるモデル体型というやつであろうか。
「だいたい、さっきまで一緒にいたカノ女はどこいったのよ」
くるくると変わる女の表情はまるで子猫のようである。
「帰ったよ」
男は女から逃げるように壁際へ移動し
そこに置かれているイスに腰をおろす。
「ふーん、アンタあまりの下手くそっぷりに愛想を尽かしたわけね
でっ、ビリの独り練習してるというわけか、ふむふむ」
女も男の後を追うように、ゆっくり移動する。
男が座ったため、一転して女が男を見下ろす立場となった。
その位置関係に気を良くしたのだろうか、
女は腕を組み、不敵な笑みを浮かべる
「おい、勝手に納得してるンじゃねぇ
だいたい、あの娘はカノ女でもなんでもないし」
男は必死で言い返すものの、どちらが優勢かは
もはや誰も目にも明らかであった。
「あの娘も、いやあの娘たちって言ったほうがいいかしらねぇ
ホント気の毒よねぇ。榊原はとっかえひっかえで、
毎日違う女を連れてきては、イヤらしい手つきでコーチ。
そのくせ、ビリの腕は下手とくれば、そりゃ女も愛想尽かすわ」
「おい、だから妙な勘ぐりはやめんかい」
榊原と呼ばれた男の言葉には耳も貸そうとせず
女の口撃は激しくなる一方だ。
「お客様、ウチはマジメにビリヤードを楽しむためのお店ですので
ナンパ目的での使用はご遠慮願いたいのですが」
いままでの軽快な口調とはうって変わって接客口調で言い放つ。
その女の言葉はまるで勝利宣言のようであった。