しまむら ◆uBMOCQkEHY
「ば、ば〜か!!ブスの前だからってカッコつけてんじゃねぇよ!!・・・毒下覚えてろよ!!」
「・・・大丈夫?・・・ねぇ大丈夫?害(ガイ)君」
ぐったりと倒れている少年に手を差し伸べるけれど少年はまだ起き上がろうとしない。
「・・・ごめんね・・・害君。舞のせいで・・・ごめんね・・・」
ゆっくりと少年は起き上がるとようやく立ち上がって私の頭を軽く撫でる。
「俺なら平気だよ舞ちゃん。それよりあいつら追っ払ったからもう平気だぜ・・・いって〜!」
「だ、だめだよ害君!まだじっとしてたほうがいいよ!」
「へ、平気だってこのくらい!俺は男だからな!!」
少年はわざとらしく腕に力こぶを作って見せる。
「・・・で、でも害君の絵が・・・」
すまなそうにする視線の先を地面に移すとさっきの男の子達が喧嘩した腹いせにと
ビリビリに破いた少年の絵がちぎられて地面に舞っていた。
「別にこんなのまた描けばいいよ。へへ・・・でも俺あいつらに勝ったぜ!ざまーみろ!」
少年は泥だらけの顔を思いっきり笑って見せて私に向かってピースをしてみせる。
「・・・ありがとう。害君にはいつも助けてもらってばっかり・・・ごめんね舞が他の子と違うから・・・」
そういうと私は自分で描いた絵を強く抱きしめてうつむいてしまった。
「舞は悪くないだろ!悪いのは女をいじめるあいつらだろ?舞の絵を破こうとしたあいつらが悪いんだろ!!」
「でも・・・舞が公園でお絵かきしたいなんて言わなかったら・・・ヒック・・・」
私は自分のせいで少年が怪我をしてしまったことに耐えられずに泣き出してしまった。
「泣くなよ舞!言ったろ舞は悪くないって!」
「で、でも・・・舞が・・・舞が他の子と違うからいつも・・・舞が普通の子と同じだったらよかったのに」
「馬鹿!舞はなんでいつもそんなことばっかり言うんだよ!!」
「でも・・・舞の髪は変な色だって・・・男の子達はいつも言うし・・・だから舞はブスだって・・・」
いつの間にか私は描いた絵を地面に落としたまま両手で顔を覆ってしまった。
「・・・ま、舞はブスじゃねーよ」
「ウソだもん・・・舞はブスだもん・・・」
少年は無言で私の絵を拾い上げるとほこりを払って私に手渡そうとした。
「・・・一生懸命描いたんだろ?舞のお母さんの為に描いた大事な絵だろ・・・」
「・・・いらない・・・ブスな舞が描いた絵なんてママきっと喜ばないもん」
「・・・それに害君みたいに絵うまくないもん」
私は完全に拗ねていた。絵を渡そうとする少年の手を私はかたくなに拒んだ。
「いい加減にしろよ!舞はブスなんかじゃねぇ!ま、舞は・・・舞は・・・か、かわいいよ・・・」
「・・・ホントに? 舞のことホントにかわいい?」
自分の言葉にかそれとも少年の言葉にか心がドキドキした。私は真面目な顔つきで少年の顔を覗き込んだ。
「あ、当たり前だろ!俺はウソなんて言ったりしね−よ!!」
「うん!・・・えへへ・・・害君がそこまで想ってくれるなんて舞うれしいな・・・」
「も、もういいだろ!それよりこれちゃんと描いたんだから早く持てよ・・・」
私はうれしそうに絵を抱きしめるとその場でクルクルと回ってみせた。
「そ、それじゃ帰ろうぜ。途中でたいやきでも買っていこうぜ」
「・・・舞?なにやってんだよ?早くしねーとたいやき屋さん閉まっちまうぜ?」
私は立ち止まりふと思いついたことを言おうとモジモジと足元の砂をつま先でなぞった。
「うん・・・でもちょっとまって・・・害君・・・もう一つ聞いてくれる・・・?」
「なんだよ?」
「いつか大人になってもっとかわいくなったら害君の・・・お嫁さんにしてくれる?」
「ば、ばか急に何言ってんだよ!」
「ダメ? ・・・やっぱり舞のこと害君ブスだって思ってるんだ」
「んなこと思ってねーよ!いいよ大人になったらお嫁さんにしてやるよ!」
「本当?約束だよ!?大人になったら絶対だよ!?『約束』だからね!!」
「毒下!! オイッ毒下!! 起きろよ!! テメーなに寝てんだよ!!」
机が荒々しく蹴られる。あまりの反動の大きさに慌てて彼が机から起き上がる。
私の友達が数名彼の席の前に立っている。
寝ぼけながら机に転がっていたメガネをかける彼を早くしろと言わんばかりにまだ机を蹴っている。
ようやく彼がメガネをかけると女の子の一人がいかにも見下した態度で言葉を吐きかける。
「テメーメガネのくせになに日直さぼってんだよコラ?舞が困ってんだろ?早く書けよなメガネ!」
不意のことに彼は辺りを見回している。教室の中には人はほとんどいない。
壁がけの時計に目をむけてようやく放課後だということに気づいたらしい。
「メガネ!なに舞のことジロジロ見てんだよ!キモイんだよ!」
そんなつもりはないのだろうが彼は改めて私の姿を見た。
ハーフで天然のサラサラな金髪を今風のカットで肩まで伸ばしていて。
少し彫りが深いがすっきりとした整った顔立ちでスリムでしなやかな体つきで。
透けてしまいそうなほど白い肌の私のことを。
多分男の子は私のことを美少女というだろう。実際結構学年に関係なく男子からは人気がある。
「・・・毒下君。早く日誌書いてくれる?」
私は腕組みしたまま呆れた顔で彼の顔を見た。
「ココに今日のこと書けばいいんだよね・・・」
私は無言でうなずいた。彼と目が合うとどうもなにかはずかしい。
うなずくとすぐにさっきのはずかしい自分のイメージを打ち消すように隣の子と話し始めた。
「つーか当たり前だろ?他のところは舞がもうちゃんと書いてあんだろ?あ〜ほんとウザイ!」
さっきまで彼の机を蹴っていた女の子がイライラした口調でまた蹴り始めた。
「・・・」
私は彼の態度に少し失望した。なんでここまでやられて何も言い返さないんだろう。
「はい・・・」
書き終わった日誌を今日の日直の相方である私に手渡そうとするとまたさっきの女の子が彼の手から奪い去り中身を読んで爆笑し始めた。
「あははっ!なにコイツ?バカじゃねーの?なに『今日は昨日とほぼ同じです』って?」
「ハァ?何ほぼって?つーかもうちょっとましなこと書けよメガネ!」
日誌なんてほとんどの人がいい加減に書いている。そんなに爆笑するほど面白いとは思わない。
なんとなくまた彼と眼があう。彼は何も言うことも無く黙って下を向き帰り支度をはじめている。
なんか妙に彼の情けない姿を見ていると教室に残っていたクラスの男子の一人が
サッカーボールをリフティングしながらニヤニヤとワザと私に聞こえるように喋りだした。
「まったくどうしよーもねぇよな毒下は!三島さんも可哀相だよなこんなのと日直なんて」
「ほんと毒下ってウザイからな。おまけに友達少ねーし。彼女もいないからなぁ」
言い終わるとその男子の周りにいた男子達が一斉にゲラゲラとカラスの鳴き声ような汚い笑い声を出す。
彼は言い返すはずもなくいつものように黙って自分の荷物をまとめると教室を後にした。
「三島さん〜これからヒマなら俺らとカラオケでも行かない?」
私も彼のいなくなった後教室を出ようとするとさっきの男子達がいつの間にか近寄ってきていた。
「・・・悪いけどそういうウザいのパス」
そう冷たくあしらうと私は何事もなかったように教室を出た。
教室を出た私はその足で美術室にむかった。
美術室に向かう途中この学校の美術部には一番大事な秋季絵画コンクールのポスターが目に入った。
確か去年、彼もこのコンクールに出品したはずだ。でも結果は今ひとつだったらしい。
今年もそろそろ準備しなくちゃいけないって美術部の子がいってたけど彼は今年は上手くいってるのだろうか?
そうしていると美術室についた。するとすぐに美術部の部長が私に声をかけてきた。
「やぁ三島さん待ってたよ!話は友達から聞いてると思うけどモデルの件考えてくれた?」
「ええ・・・まぁ・・・」
正直私はこの人のことを好きにはなれない。
友達はカッコイイし頭も学年トップクラスなんて言うけど私はなんていうか彼の性格がどうも好きになれない。
「ねぇいいだろ三島さん?僕の人物画のモデルなんてうちの学校じゃ君以外考えられないんだよ・・・」
「いいじゃん舞!モデルにやりなよ!舞ぐらい綺麗な子がモデルやらないのもったいなさ過ぎるよ」
「でも。私あんまり自身ないし。それに先輩ってモテるじゃないですか。他の子に恨まれちゃいますよ」
・・・ほら来た。この自己中心というかナルシストの性格が私にはどうも好きになれない。
おまけにその性格のおかげで一時期私とこのナルシストが付き合ってるなんて誤解を受けて大変だった。
上の空で部長の話を聞いていると彼が美術室に入ってきた。彼も美術部の一員だから当たり前か。
たしかこの高校には美術の特待生で入ったはずだ。
彼の描く絵は風景画ばかりだが私は昔から彼の絵が好きだったりする。
彼は私たちの姿に気づいたはずなのに何事もないように隅の席に腰を下ろすと黙々と作業の準備を始めている。
「三島さん?聞いてる?さっきから上の空みたいだけど・・・モデルの件引き受けてくれるよね?」
「頼むよ。君みたいな日本人離れした綺麗な髪と目を持ってる子は君しかいないのわかってるだろ?」
「そうだよ舞!舞外人のモデルみたいなんだからやるべきだって!」
やっぱりこの人は永遠に好きになれそうもない。人を外見で判断するなんて奇麗事は言わない。
けれどこの人は私のことを何もわかっていない。
私だって今だからこの外見にも少しは自身を持てるようになったけれど昔は本当に自分の外見が嫌いだった。
なのにこの人は私の外見の珍しさだけでモデルになってくれと平然と言う。
「・・・ごめんなさい・・・私そういうの興味ないから。別の人に頼んでください」
私はそう言うときびすをかえすと部室を後にしようとした。
「ちょ!ちょっと三島さん?えっ?急にどうしたの?ねぇ?ちょっと待ってよ!」
左手に不快感が走る。みると部長が私の腕を握っている。そのまま力任せに自分の前に引っ張る。
「痛っ・・・痛いです!!先輩なにするんですか!?」
「まだ・・・話は終わってないよ・・・勝手に帰ってもらっちゃ困るな・・・?」
こいつ。本当に頭に来る。誰がアンタみたいな奴のモデルになるかっての!
「先輩・・・舞痛がってますから離してあげて・・・」
友人が必死になってこの部長に頼むも
「君には聞いてないよ・・・というか君には用がない。これからは二人で話したいんだ。消えてくれる?」
友人の彼女は少なからずショックだったのだろう後ずさりするとそのままうつむいて黙ってしまった。
多少なりともこの先輩に憧れていたから今日だって一緒に来たって言うのに・・・
「アンタ先輩だからって・・・痛っ!!」
「先輩に向かってその口の聞き方はよくない・・・君はただ黙ってモデルを引き受けてくれればいいんだよ」
反論しようにも抵抗しようにも腕をしっかり握られてはどうすることもできない。悔しいけど。
「・・・なんだ毒下!なんのつもりだ!?」
一瞬にして腕が解放される。見ると彼が私と部長の手を引き離してくれていた。
「・・・何とか言え毒下!お前一体どういうつもりだ!!」
「部長・・・その・・・彼女は嫌がっています・・・だから・・・」
彼が言い終わる前に彼の頬が激しく弾かれる。周りで見ていた部員達も一斉にざわつく。
「ちょっとアンタいい加減にしなさいよ!!が・・・毒下くん大丈夫!?」
彼は何も言わずに頬を弾かれた衝撃で外れたメガネをかけ直すと無言で私と部長の間に立った。
「おい!!お前らさっきから何を騒いでいるんだ!!」
奥のほうから美術部の顧問が現れた。周りはその怒声に沈みかえりいっせいに私達に視線が集まる。
「・・・三島さん。今のうちに早く帰って。後はどうにかするから・・・」
彼は振り向くことも無く私達に言うと私は友人に手を引っ張られるまま美術室を後にした。
私は後味のわるい感じで学校を後にした。
友人と別れた後も彼のことが気になったけれどいい案が浮かばずいつの間にかこの公園に来ていた。
小さい頃よく来た公園。今もよくやすみになると彼がここでスケッチをしているのを見かける。
そういえば昔、幼稚園のころ彼とよく遊んだっけ。
いつの間にかお互いに口も利かなくなっちゃったけど・・・
そんな昔のことを思い出しながら暗くなった公園のブランコに腰を下ろすと人影が私の前に現れた。
「が、害君!?」
昔のことを思い出していたせいか、つい彼の名前が出てしまった。
「ガイ君って?まぁいいや・・・君さぁ三島舞ちゃんだろ?俺達スゲ−君の事タイプなんだよね」
「ね、ね、今ヒマしてたでしょ?どうこれから俺らと一緒に遊ばない?」
最悪だ。彼の名前を知らない人に聞かれた上にこんな他校の連中に絡まれるなんて
「ねえってば!黙ってないでせめて俺達と話だけでもしてみない」
「つーか舞ちゃんってスゲ−髪綺麗だよね。髪もブリーチじゃこんな綺麗にならないよね」
「舞ちゃん目もスゲ−綺麗。カラコンとかしてるやつよりいいよな!やっぱハーフは違うわ最高!!」
ほんと最悪だ。こんな気分のときにこんな女を自分の飾り程度にしか見てないカスに・・・
「ウザイ・・・今すぐどっか行ってよ!!アンタらみたいに口臭い奴と話す事なんて無いよ!!」
激しく絡んできた2人組みを睨みつける。
「・・・ハァ?お前何調子乗ってんの?モテるからっていい気になりすぎじゃねーのかコラッ!?」
二人組みの一人が私の腕をつかむと無理矢理立たされる。
「まぁまぁ・・・とりあえず俺の口が臭くないのに臭いなんて言うんだから直接味わってもらおうぜ」
そう言うともう一人が私のアゴを無理矢理掴むと自分の唇と合わせようとしてくる。
「は、離せっていってるだろ!!」
必死に足をばたつかせるとアゴを掴んでいた男の下腹部に足が当った。
男は下腹部を押さえながらその場にしゃがみこむ。
「お前マジで調子に乗りすぎ・・・マジで犯っちまうぞコラ!?」
瞬く間にそいつに両腕を塞がれる。コイツの息は本当に臭い。絶対嫌だこんな奴に・・・
瞬間そいつの頭が大きく傾いた。見るとまた彼がそこに助けに来てくれた。
「イッテェーな!!んだおまえ!?」
連中がそういい終わる前に彼は連中に飛びかかっていた。
最初は優勢に運んでいたケンカだったけど時間が経つと二対一の差が徐々に出てくる。
最後の方には彼が一方的に殴られ蹴られるだけのサンドバック状態が続いた。
連中の一人が振り上げた拳が彼の頬にめり込む。彼はその反動で遊具に頭から叩きつけられる。
「ゴン」と鈍い音が夜の静かな公園に不気味に響き渡る。彼は糸の切れた人形のようにその場に倒れこむ。
お、おいっ!コイツうごかねーぞ?こいつ・・・頭から血が出てんぞ!!やべーぞ・・・コイツマジで・・・」
「ま、待てって!何一人で逃げてんだよオイッ!待てよ!おいてくなよ!!」
連中は彼の打ち所が悪かったことに怯えてその場から全力で走り去っていった。
倒れこんだままの彼のもとに近づく。必死に呼びかけても返事は無い。
「・・・害くん?ねぇ害君!?ねぇ何とか言ってよ!!おねがいだから!!」
私は彼の上半身を抱きかかえると必死に呼びかけた。もしかしたら・・・そんなことが頭によぎる
「・・・三島さん?大丈夫?」
「大丈夫なのは害君のほうでしょ!? あっ!動かないでまだじっとしてて・・・」
彼は目をあけると自分よりも私のことを心配してくれた。
「害君・・・平気?額が随分地面にぶつかったみたいだけど・・・」
「うん・・・もう大して痛くないよ・・・最後の倒れたのアレ演技だから・・・」
そう言うと軽く笑うとむくりと起き上がる。
「ば、ばか!!ホントに死んじゃったと思ったんだからね!そういうことは前もって言ってよバカ!!」
「それじゃ意味無いよ・・・」
私の気持ちも知らないでよく言う。でも演技なら一安心だった。
「・・・それじゃ帰るから・・・三島さんももう遅いから早く帰ったほうが・・・」
言い終わらない間に彼はヒザから崩れ落ちてしまった。
「ちょ、ちょっと毒下君!?」
「・・・んと・・・ちょっとやられすぎた・・・ちょっと休んでいくから先に帰っていいよ」
「な、何バカなこといってんの!いいからちょっとこっち来なさいよ!」
私は自分でもどうして彼にここまでできるのか不思議だったが噴水で自分のハンカチをぬらすと
彼の腕を引っ張りそのままベンチに横にさせると膝枕を彼にしていた。
「み、三島さん!?いいって!別にたいしたこと無いから!一人で休んでれば治るから!」
さっきまでの落ち着きぶりはどこへやら膝枕したとたんこんなに慌てるなんてなんか可愛い。
「そ、そんなに嫌がんなくたっていいでしょ!ほらじっとしなさいよ!血が拭けないじゃない!」
それでもまだ彼はよっぽど恥ずかしいのだろうか、なかなか大人しくならない。
「いいよ!自分で拭くから!ホントに大丈夫だから! ・・・あ」
彼は額を拭こうとする私の手を振り払おうとしたのだがその手が誤って私の胸に・・・
「・・・だからじっとしてなさいって言ってるでしょ!!このドサクサ変態!!」
ワザとじゃないとわかっていたものの普段のくせからか彼の頭に鉄拳を下してしまった。
「・・・ごめん。でもアンタがじっとしてないのがわるいんだからね・・・」
「・・・こっちこそゴメン。・・・で、でもわざとじゃないから」
「あ、当たり前でしょ!?ワザとだったら本当に許さないわよ!」
しばらくの間二人とも無言だった。どれくらい経っただろうかしばらくしてから声をかけてみた
「今日は・・・アリガト。二回も助けてもらちゃった・・・」
「いいよ・・・別に・・・み、三島さんは悪くないんだし・・・」
「それより・・・ごめんね私のせいで部長とケンカさせちゃって・・・」
「だからいいって・・・三島さんは悪くないんだから・・・」
彼はそう言うと視線を外に外してしまった。そっけない言葉だったけどなんだかすごくうれしい言葉だった。
「そ、それはそうとなんでアンタこんなところに私がいるなんてわかったわね?」
「・・・? 僕はいつもこの公園に寄り道して帰ることが多いから。三島さんがいたときはびっくりした」
ちょっとだけ自意識過剰な自分に恥ずかしくなった。それでも彼がいてくれてよかったと思う。
ゆっくりと彼の額の切れ目から出る血をふき取る。よく見ると彼の目や口りもだいぶ切れていた。
「動かないの・・・ここからもたくさん出てるんだから・・・ちゃんと・・・ほら動かない」
「いいよ・・・くすぐったいし・・・そこはいいって・・・」
なんだかこのやり取りがたのしい。相手が彼だからかもしれない。メガネをとると昔のままの害君だ。
結局私たちは2時間近く冷静に見ればはずかしいやり取りを続けてしまった。
「はぁ〜どうしよう・・・なんで昨日あんなことしたんだろう・・・あ〜はずかしい!!」
朝起きて身支度を整えたはいいけれどなかなか学校に行く気分になれない。
昨日・・・色々あったとはいえ彼に膝枕なんかした後でどんな顔して会えばいいのかわからなかった。
結局その日は自主休校ということにした。
あの時のことを思い出すと所構わず鼓動が高まってしかたないのだ。
ためしに友人に休むことを伝えてそれとなく彼のことを聞こうと携帯電話をかけてみた。
「舞!?どうしたの風邪?そっか風邪じゃしょうがないよね。いいよ担任には私から言っとくから」
「・・・えっ毒下?・・・うん一応いるけど?どうかした?あいつなんか顔中ボコボコだよ?」
「あのあと先輩に締められたとか・・・?まぁさすがにそれはないだろうけど・・・」
「まぁともかく舞は心配しないで休みなよ。ノートとかは後で貸してあげるから」
それからなんだかんだ落ち着かずにしている間に日はだいぶ傾きかけていた。
「よしっ!ここでじっとしてても始まらないからまずは夕飯の買出しにでも行こう」
玄関にから外に出るともう本当に夕方になっていた。
買い物を終えると何故か昨日の公園に来てしまった。するとそこには一人寂しく座り込む彼の姿があった。
ゆっくりと気づかれないように後ろから近づくとなにやら一人でぶつぶつ言っていた。
「ハァ・・・何やってんだろ?これじゃホントに・・・でもモデルがな・・・」
「モデルがどうしたのよ?」
話し掛けると彼は短い悲鳴と共に体をビクつかせ後ろを振り返った。
「失礼ね・・・なによその悲鳴?」
そう言うと私は彼の隣に座った。
「み、三島さん・・・ど、どうしたの?こんなとこで?」
「別に・・・何となくよ・・・それよりアンタこんなとこでなにしてるのよ?」
「べつに・・・」
「別にってなによ?アンタ今コンクールの準備で忙しいんじゃないの?」
「三島さんには・・・関係ないよ・・・」
「な、なによ人がせっかく心配してあげてるのに!どうせアンタのことだからモデルの子がいないんでしょ!」
「・・・し、しかたないだろ・・・こっちだって必死に探してるけど」
不意に彼の顔が暗くなる。どうやらそのことでだいぶ困ってるみたいだった。
「・・・ゴメン・・・言いすぎた」
「いいよ・・・ホントのことだし・・・」
「・・・それでアンタどうにかなりそうなの?」
「・・・わかんないよ・・・でもこの分だと」
彼の顔が一層暗くなる。昨日のことが会ったからだろうかなぜか急に彼のために何かしたいと思った。
「・・・ねぇ・・・私がモデルになってあげるって言ったらどうする・・・?」
「・・・冗談でしょ・・・今はそんな気分じゃ」
せっかく人が手伝ってあげようというのに、煮え切らない態度の彼についカッとなってしまった。
「いいから答えて!!私がモデルやってあげてもいいって言ったらアンタはどうするの!?」
「そ、そりゃ・・・うれしいけど・・・」
「けどってなによ!?いい?アンタは私に貸しがあるの!だから貸しを返させてあげるって言ってるの!!」
「それって・・・どういう・・・もしかして三島さん僕のモデルやってくれるの!?」
「ち、ちが・・・そ、そうよ!でもこれは昨日の貸しを返せてあげるだけだからね!」
「ま、まぁアンタは絵だけは昔から上手いからね変に描かれる心配も無いだろうし・・・」
「あ・・・ありがとう・・・ありがとう・・・三島さん・・・」
「・・・いいわよ別に・・・アンタにならそ、その・・・私の絵を描いてもらいたいし・・・」
「ふぇ?なに?なんか言った?三島さん?」
「・・・ホントばかなんだから。そんなことで泣いてるんじゃないわよ・・・全く」
翌日から私は彼のモデルとして描かれることになった。
当然というかどうでもいいことだが友人からは
「舞ちょっとマジ!?メガネのモデルになるなんて本気?ぜってぇエロイポーズとか要求してくるよ!」
などといわれたり。美術室に入るとちょっとしたざわめきが起こったり。
「おい・・・あれって三島先輩だろ?なんで毒下なんかと一緒にいるんだ?」
「三島さんって部長の誘い断ったって聞いたんだけど?それなのになんで毒下君のモデルになってるわけ?」
「毒下のやつ・・・やるなぁ三島さんと組めるなんて・・・うらやましい・・・」
騒然とする室内で私たちはなかなか作業に取り掛かることができなかった。
「静かにしないか。コンクールまでそんなに時間はないんだぞ!!」
中央の位置で作業をしていた部長が立ち上がりざわつく皆を一喝した。
「久しぶりだな毒下今まで何をしていたんだ!?それはそうと三島さんお久しぶりだね・・・」
相変わらずこの部長は懲りていないのだろうか。油断するとすぐに体に触れてくる。
私はセクハラまがいの部長のつま先を踏みつけると奥の空いているところに彼を誘った。
「・・・ったくあの部長まだ懲りてないのかしら」
「・・・ははっ・・・そうかもね」
それにしても美術部がこんなに本格的にやるとは思ってもみなかった。
化粧をした子や、ドレス見たいのを着た子、はたまた布を素肌に直接巻きつけた子までいる。
男子のモデルなんてビキニパンツ一枚の人までいる。
自分がどんな格好にされるのか少しだけ不安になった。
「ねぇ・・・私もその・・・あーいう格好するわけ?」
「えっ!?うーん・・・うん。いいよ。そのままで。そのままの方が三島さんらしいし」
「遠慮しなくてもいいわよ・・・でも。ま、アンタがそれでいいっていうならいいけど」
やっぱり彼に描かれることは正解みたいだった。ありのままの私を書こうとするなんてなんだかうれしい。
時間があまり無いと思っていたが作業のほうは順調以上にはかどっていった。
気がつけばコンクール5日前に絵は完成した。
「へぇ〜アンタやっぱ絵だけは上手いわね・・・それともモデルが良いせいかしらね?」
「うん・・・三島さんがモデルになってくれたから上手く言ったんだと思う」
「な、なに恥ずかしいこと言ってるのよ!アンタ少しは冗談ってモノを理解しなさいよ!」
「そうかな・・・?三島さん魅力があったからここまで納得のいく絵が描けた気がするんだけど・・・」
「なっ!・・・もう・・・絵のこととなるとアンタは・・・ホント・・・変わらないわね・・・」
絵を描いてるときも思ったのだけれど彼は絵のこととなると真剣になりすぎる。
作業中も恥ずかしいくらいずっとこっちを見ていた。まぁ仕方ないんだろうけど。
絵は描かれた本人でも驚くほどよく描けていた。変に描かかれたら・・・なんて心配も杞憂におわった。
「・・・うん。よく描けてるな毒下」
彼と二人で絵を見ていると不意に部長が声をかけてきた。
「部長・・・」
「同然でしょ!私がモデルなんだから!」
「ふっ・・・それはそうだろ・・・モデルが三島さんだからね・・・誰でもこれくらいは描けて当然だろ?」
この男わざわざ嫌味を言いにくるなんて本当にいやな男だ。
「ちょっと待ちなさいよ!確かにモデルがよかったこともあるだろうけどこれは毒下だから描けたのよ!」
「三島さんは絵のことがよく分かってないらしい・・・まぁ・・・当然か・・・」
「なによ・・・なにがわかってないっていうのよ・・・」
「三島さん・・・所詮人物画はモデルが絵のよさを左右するんですよ・・・毒下はその手伝い程度・・・」
「もっと言ってしまえば三島さんがモデルなら毒下じゃなくてもそこそこ絵が描ける奴で充分なんですよ!」
「な、何言ってるのよ!毒下に私がとられたことが悔しいからってそんな・・・」
「もういい!!もういいんだ・・・三島さんもういいんだ・・・」
「毒下・・・アンタねぇ・・・」
「フン・・・どうやら自覚してるらしいな・・・まぁそういうことだ・・・」
私はなぜ彼が何も言い返さないかはわからなかった。
でも彼の叫び声にはなにかどうしてもそうして欲しくないという気だけは何となく感じた。
「ちょっとアンタ!!あんなこと言われて悔しくないわけ!?」
「・・・いいんだよ・・・部長の言うことも一理あるしね」
「だ、だからってアンタね・・・もうっなんで私がこんなに怒ってるのにアンタは・・・」
「でもね三島さん・・・俺ホントいうと三島さんが描けただけでうれしいんだ・・・」
「だって・・・僕は今までの中で本当に納得いく絵が描けたんだから・・・」
「全くアンタって・・・ホント絵に対しては素直すぎるんだから・・・」
「まぁいいわ。アンタがそこまでいうならモデルやった私も満足だし」
「ありがとう三島さん・・・」
翌日彼はどん底に落とされた。
放課後提出のために最後のチェックをしようと思って部室に行くと人だかりができていた。
人を掻き分けその中心に行くと・・・彼の絵が大きくナイフのような物で無数に切り裂かれていた・・・
「ちょ、ちょっと何よこれ!!毒下!!アンタこれどういうこと!?」
「・・・わからないよ・・・僕にも何がなんだか・・・誰がこんな」
そんな中に部長が現れた。絵を見下ろすと驚くようも無くただ私と彼にだけ言うように
「あ〜あ・・・これはもうだめだな。修復すらできそうにないなぁ・・・せっかくいい絵だったのに」
「ちょっとアンタ・・・」
当然こんなばればれの手口に黙ってるほど私は甘くない。食いかかろうとすると彼が必死に止めに入ってきた。
廊下へと私を追いやった彼に向かって怒りの矛先を向けた。
「ちょっとアンタ!あれやったの絶対あの部長だよ!?何で黙ってたのよ!」
「・・・証拠がないよ・・・それに・・・もうあの絵は戻ってこない」
「・・・」「・・・」
二人とももうお互いに何も言うことがなかった。お互いにわかっていた。
もう何を誰に言ってもあの絵が戻ってこないことを。
「ごめんね三島さん・・・せっかくモデルまでしてもらったのに・・・ホントごめんね・・・」
「・・・」
「三島さん?」
私は彼のほうが落ち込んでいるのに何一つできない自分が悔しくてたまらなかった。
「ごめん・・・僕ちょっとこれから職員室に美術の顧問の先生のところに行くから・・・じゃあね・・・」
しばらく私はその場にいたが何となく納得いかずに美術室に向かった。
絵は彼が片付けて処分してしまったためもうどこにもなかった。
皆の完成した絵がある中昨日まで確かにそこにあったはずの絵がない。
あんなに真剣に彼が描いた絵はもうどこにもない。それでも彼は満足だと言った。それなのに・・・
「あっ・・・三島先輩・・・」
振り向くと美術部の下級生と思われる女の子が礼儀よく頭を下げていた。
「それにしても酷いです・・・毒下先輩の絵をあんな風にするなんて・・・」
その子はいかにも気が弱そうな子に見えるのになんだかすごく真剣に怒っているように見えた。
「・・・それに・・・これじゃ毒下先輩もうこの部にいられなくなっちゃいます」
「えっ?それってどういう・・・」
私はその子がやけに彼に思い入れしているのがなんとなくムッとしたけれど、それよりその理由を聞いた。
「うちの部はこのコンクールには全員出場が義務付けられているんです・・・それを不参加だと・・・」
「特に毒下先輩みたいな特待生のすごい人はそれをやらないと・・・無条件で退部なんです・・・」
「退部になったら毒下先輩は特待生じゃなくなるから・・・そしたら先輩の今までの苦労は・・・」
知らなかった・・・彼が退部寸前の立場にいるなんて・・・
もしこのコンクールがダメだったらもう二度と学校で絵が描けなくなるなんて・・・
だから彼は何を言われても何をされても怒らなかったんだ。
美術部で問題を起こしたら即退部になってしまうことがわかっていたから・・・
私はその子にお礼を言うと職員室から出てくる彼を待って出てくるとその手を引っ張り無理に絵を描く
用意をさせた。途中何度も色々聞かれたけれど彼にそれだけ準備させるとそのまま学校から連れ出した。
・・・それにしてもあの下級生『香山さん』だっけ・・・なんかやけに彼のこと心配してたわね
・・・もしかしてあの子・・・まさかね・・・ううん。今はやるべきことに集中しないと・・・
彼の腕を引っ張って歩くこと二十分。ようやく自宅についた。
「ここって・・・三島さんの家じゃないか・・・」
「そうよ。ほら!なにボーっとしてんの!さっさと家に入りなさいよ」
不思議がる彼の背中を押すと私は彼を無理矢理居間に座らせた。
「ね、ねぇ三島さん?こんなとこ連れてきてどうするの?」
「ちょっと黙ってて!いいからアンタはそこで待てって!いい?呼ぶまでそこにいるのよ!」
彼は未だに事情を飲み込めていないようで座ったまま私で疑問のまなざしを送っている。
私は説明もそこそこにママの部屋に入った。
悪いとは思ったけれど勝手にクローゼットを開けると例の物を探した。
クローゼットをかき回すこと三十分。ようやく探していた物が見つかった。
自分の部屋にそれを抱えて入ると制服を乱暴に脱ぎ捨てそれに袖を通す。
「・・・ママのほうがスタイルよかったんだ」
などと少し胸に余裕があって腰が少しだけ!キツイのが気になったりしたが今はそれどころではない。
普段はそれほど化粧はしないのだがどうもこの格好には化粧が無いのは不自然すぎた。
化粧をすると共に髪を結い上げる。かれこれ一時間かけて何とか様になった。
それにしても・・・勢いでここまでやってしまったけれどいざ彼の前に出るのはさすがにはずかしい。
それでも・・・もうここまできたら・・・私はゆっくりと部屋を出ると階段を降りた。
「み、三島さん・・・」
彼はそれだけ言うと私をじっと見たまま動かなくなってしまった。
・・・そうあからさまに驚かれるとなんだか余計にはずかしい。
「い、いいから早く作業の準備しなさいよ・・・それともこの格好じゃ不服?」
「そ、そんなこと・・・き、綺麗だよ・・・」
ここに来てまた人が恥ずかしくなるようなことを言う。
それから私は両手を前で組んだままのポーズで彼はそれを一生懸命描き続けた。
三時間ほどするともう夜の九時になっていた。私たちは休憩と夕食をかねて二人で宅配ピザを食べた。
「あ、あの三島さん・・・?それってウェディングドレスだよね・・・」
相変わらずモジモジしながら人を盗み見るように尋ねてくる。
絵を描いているときのように堂々と見ることできないそんな彼の態度が少し胸を締め付ける。
「それって・・・もしかして三島さんのお母さんのドレス?」
不意にもう一枚食べようと思っていたピザへ伸ばした手が止まる。
急にカロリーのことが気になってくると食欲もなくなった。
「・・・やっぱり・・・変・・・かな」
「そ、そんなこと無いよ!な、なんていうか り、理想のお嫁さんって感じだよ!!」
「だ、だれがお嫁さんなのよ!まだお嫁さんになったわけじゃないわよ!!」
「え? い、いやそうじゃなくて・・・でも本当に綺麗だと思うよ・・・」
いきなり真剣な目になるのはずるいと思った。でもそんな彼だからこそこの姿になれたんだとも思った。
「そろそろ帰るよ・・・もう夜遅いし・・・片付けしたら帰るよ。今日はありがとう」
私は彼の今の現状の全てを知ってしまっている・・・だから私は思い切って彼に告げることにした。
「あのさ毒下・・・」
「なに?三島さん?」
黙々と後片付けをしながら彼は後ろを向いたまま聞き返してきた。
「何も・・・その・・・片付けることないんじゃないの?明日もやるんだし・・・」
「でもそんなことしたら三島さんの両親に迷惑がかかるよ」
「そ、それなら平気!両親いま二人とも出張中だから」
「そうなんだ。でも家でも少し進めたいし」
ダメ・・・なかなか切り出せない。でも・・・ここで言わないと・・・これは彼のためなんだから!
「ど、毒下君!!今日家に泊まりなさい!!」
「えっ!? み、三島さんなにを・・・」
「だ、だからアンタさコンクールまで時間無いでしょ?だから泊まっていきなさいよ!」
「で、でもさすがにそれは・・・まずいよ・・・」
自分で言っていても恥ずかしくてしかたがない。変な意味に取られそうで怖かった。
「や、やっぱりまずいよ・・・泊まるって・・・大丈夫家でもやるから」
恥ずかしさが頂点に達した。すると頭が真っ白になって口が暴走し始めた。
「い、いいから泊まっていけばいいのよ!何変なこと想像してんよ変態!」
「それにアンタ今回のコンクールで失敗したら美術部退部になるかも知れないんでしょ!?」
「それでいいわけ!?そしたら二度と学校で絵が描けないんだよ!?」
「あのセクハラ部長にも一生頭が上がらなくてもいいの!?」
「それに人に一番大切な人への格好させておいて間に合わなかったじゃ私絶対許さないんだから!!」
言い終わってから激しい嫌悪感に見舞われた。彼だって美術部の退部のこと知られたくないのに・・・
「知ってたんだ・・・」
「ご、ごめん・・・つい・・・香山さんって子から聞いちゃって・・・」
「香山さんが・・・いいよ・・・このペースだといずれ言わなくちゃいけないと思ってたから」
私は浅はかだった・・・彼は絵をもう何年も描いているんだ・・・
こんな放課後と深夜に少しやったぐらいじゃ終わらないことぐらい初めから知ってて・・
でも私がこんな格好までしたから・・・
「でも・・・ありがとう三島さん・・・昔みたいに一緒に絵がかけてうれしかった」
彼は目の前に絶望が待ているのに精一杯の笑顔を向けてくれた。
私は胸がこみ上げてきてそんな彼が本当に・・・本当に・・・好きでたまらなかった・・・
「・・・まだコンクールまで四日もあるじゃない!勝手に諦めないでよ!」
「時間が放課後だけじゃ足りないなら二人で学校サボって一日中絵を描けばいいじゃない!!」
「私は・・・私は・・・害君の絵が好きなの!!だから・・だから・・・あきらめないでよ・・・」
言葉の最後は声にならなかった。ただ彼に諦めて欲しくなかった。
「わかったよ・・・そこまで三島さんが言うなら頑張るよ!だから・・・頑張ろう二人で・・・」
それから私たちは朝から晩まで絵に全ての時間を費やした。
「お風呂は十分以内に出ること!いいわね!」
「ちょっと!!私は十分以上お風呂に入ってもいいの!!今度入浴中にきたらただじゃおかないわよ!!」
「もういい加減ニンジンぐらいちゃんと食べなさいよ・・・昔とちっとも変わらないんだから」
「いい!?私の手料理なんて全校の男子の憧れなんだからちゃんと味わいなさいよ」
「それと寝てる間に変なことしたらフライパンで頭叩き割るからね!!」
あっという間にコンクール前夜はやって来た。彼と生活する最後の夜。
絵は幸いにも何とか形になった。彼は前より良いできだと喜んでいた。
私もその絵は前の絵よりもなにかわからないけど良いと思った。
時間は少なかったけれどその分二人の想いがしっかり詰まっているそんな気がした。
コンクール提出日の前夜私はここのところずっとモデルとして動かず立ちっぱなしだったのに
なかなか寝付くことができずにいた。
ふと喉に渇きを覚えたので私は彼の眠るリビングを抜けてキッチンに行こうとした。
するとソファーから布団を蹴飛ばして寝ている彼の姿を見つけた。
「もう・・・しかたないな・・・」
そういいながら彼に布団をかけてあげる。彼は布団をかけてあげるとうれしそうにこっちに寝返りをうった。
少しだけ彼の寝顔にドキドキした。平凡な顔なのに見ていても飽きることはなかった。
自然に指が彼の髪の毛を撫でていた。まるで母親が子供を寝かしつけるように・・・
「(な、なにしてんの私・・・これじゃ寝てる害君にイタズラしてるみたいじゃない!)」
それでもその行為がどこか心地よくて私は眠って聞こえるはずのない彼に小声でポツリポツリと語りかけた。
「ねぇ・・・害君・・・昔もよくこうやって家でお昼ねしたよね・・・」
「害君ってすごいよ・・・昔からずっと絵描いて今も描き続けるなんて・・・」
「そういえば害君覚えてる?害君昔私ととっても大事な約束したんだよ?」
「いじめっ子から助けてくれた時私のこと害君・・・お嫁さんにしてくれるって言ったんだよ・・・」
「それで大人になったら絶対お嫁さんにしてくれるって約束したんだよ・・・」
「ねぇ害君・・・私まだ子供かな・・・害君? ねぇ・・・私まだ子供なの・・・?」
「害君はもうそんな昔のこと忘れちゃったのかな・・・舞は今でも覚えてるよ・・・」
「害君が舞をお嫁さんにしたいって言うなら・・・舞はいつでも害君のお嫁さんに・・・」
「害君・・・約束・・・」
朝目がさめると私は害君の眠っていたソファーの上に眠っていた。
どうやら彼の寝顔をみながら私も眠ってしまったらしい。
そう考えると顔が熱くなった。私の寝顔も彼に見られたことになるのだから・・・
彼の絵はコンクールを無事乗り切った。それどころか審査員特別賞を受賞した。
そこまではよかったのだが・・・彼の絵は明らかに私でしかも・・・ウェディングドレス姿・・・
さらに彼の絵が破かれたことはかなりの生徒が知っていてうちのクラスの子も当然知っていた。
加えてその後二人そろっての欠席。よっぽど鈍くない限り私たちの仲を疑わない人はいなかった。
案の定クラス内では私のいないところで彼と私のあること無いことが囁かれていた。
せっかく彼と絵を通じて仲がよくなったのにこれではお互いに口も利くことができずにいた。
冷やかされることよりも彼との間が日に日に広がっていくことの方が私には怖かった。
「舞ウソだよね?毒下と付き合ってるなんてウソだよね!?」
今日も教室で相変わらず友人はその話題を振ってくる。
「・・・だから言ってるでしょ毒下君とは幼馴染でそれでたまたま絵に協力しただけだって」
「ホントにホント?じゃあやっぱり毒下のことなんか何にも想ってないんだよね!?」
「あ、当たり前でしょ!だ、だれがあんな絵ヲタクのことなんか!」
「そうだよねー!舞ああいうキモイの嫌いだもんねー!」
「そ、そうよ誰があんなキモイやつと好き好んで絵なんかの協力なんてするわけないでしょう」
「よかった〜 そうだ・・・・・・・・」
その言葉を言った瞬間血の気が全身から引いていった・・・
彼がいないことを確認して話していたはずなのに彼は廊下で担任の先生に呼び止められてまだそこにいた。
彼の方に目をむけるが彼は目を合わせるとすぐに下を向いて何処かに行ってしまった。
その後彼とは口はおろか目すらも合わなくなった。
何度か廊下で声をかけようとしても彼は私など見えないようにただ通り過ぎるだけだった。
そんな状態が一ヶ月ぐらい経ったある日私は彼と日直の仕事をすることになった。
相変わらず彼は私と目もあわせることも無く事務的な会話以外は話そうとしてこない。
・・・当然のことかもしれない。あんなに信頼してくれた彼の前であんなこと言ったのだから。
彼と日直を通してなんとか以前のような関係に戻れたらなんて思っていた自分が馬鹿みたいに思えた。
何も変わらないまま放課後を迎えた。
私は彼の描き終わった日誌を眺めながら机に座りほおずえをしてぼんやりとしていた。
「あっ舞!いたいた!ねえちょっと聞いてよ舞!すっごいもの見ちゃった!」
友人が教室になだれ込んでくると早くちに何かをまくし立てる。今はそんな気分じゃないのに・・・
「舞聞いてる!?さっき美術部の前通ったんだけどさ・・・そしたら・・・そしたらさ!」
私はまた美術部のことだからあの部長がなにかやらかしたのだろうと適当にあいづちをうった。
「なんと!あのメガネ毒下が下級生の子に告白されてんの!マジでびびったよ・・・」
「つーかアレは相当見つめあってたからマジだね。毒下も大人しいくせに影では随分やるもんだわ」
私は自分の耳を疑った。それと同時になんでという疑問が何度も頭の中を駆け巡った。
「その相手ってのが確か『香山』とかいったけ?なんかいかにも大人しいって感じの子なんだけどさぁ」
涙が今にもあふれそうになった。こんなにも彼のことが大事だった事に今更気づかされた。
「舞・・・?どうしたの?・・・ちょっと舞!?どこ行くのよ!?」
私は何がなんだかわからないまま走り出していた。
いっそこのまま学校から出て行ったほうが楽になるかもしれないのに自分の意思とは関係なく
足は勝手にどんどん美術室に向かっていた。
今あそこに行ってどうなるというのだろう?ただ惨めな思いをするだけなのに
それでも彼に会いたかった。謝りたかった。言って欲しかった・・・本当の気持ちを。
そんな混乱したままの状態で美術室にたどり着いた。もう彼はいないかもしれない。
今ごろは香山さんと仲良く・・・楽しそうに・・・恋人として・・・
どれも私がしたくてもできなかったことだ。私はただもうどうでもいい気持ちで美術部のドアを開けた。
部室には彼が残っていた。彼は一人で何かを黙々とスケッチブックに描き込んでいる。
他には誰もいなかった。・・・香山さんの姿もそこにはいなかった。ゆっくりと部室のドアを閉める。
彼は一度だけ振り向き私のことを見るとまたスケッチブックに目を戻し黙々と作業を続けた。
「(どうして・・・どうして何も言ってくれないのよ・・・私のことそんなに嫌いなの・・・)」
じっと彼の座る背中を睨む。挨拶も何も言ってくれない彼の態度が私にとっては酷く残酷だった。
「(ならいいわよ・・・そんなに・・・そんなに嫌いなら・・・もう・・・)」
私は多分自分でも嫌だと思うぐらいに卑屈な笑みを一瞬浮かべると何も言わない彼の後ろに近づいた。
「アンタ・・・香山さん告白されたんだってね・・・よかったわね・・・」
その瞬間彼は振り返り驚いたように私の顔を見た。
「あの子随分とアンタのこと心配してたもんねぇ?なにずっとお互い気になってたわけ?」
「・・・アンタって最低だよね。本当は彼女のことモデルにしたかったんでしょ?」
「モデル引き受けた時ワザと泣いたりしてさ・・・なに?そんなことで私が喜ぶとでも思ったわけ!?」
「私はあの子の代わりってわけ?アンタ何様のつもりなのよ!ふざけるんじゃないわよ!!」
心にも無い言葉が自分の言葉がじわりじわりと私の胸に刺となって突き刺さる。
「ち、ちがう・・・なに言って・・・」
彼はまだ驚いた表情を崩さずに必死に弁明しようとする。
「なに!?まだ偽善ぶるつもり?それとも同情?私がアンタに同情されるなんて私も落ちたもんよね!」
「いいじゃない好きなんでしょあの子ことが!?別にいいわよ誰がアンタと付き合おうと関係ないし!」
「よかったじゃない・・・これでアンタはあの子とずっと仲良くお絵かきできるんだから!!」
「私もホントバカだよね・・・こんな奴にいいように利用されて・・・最低・・・もう最悪!!」
もう何も喋りたくなかった。これで彼は完全に私のことを嫌う。いいんだこれで・・・
「い、いい加減にしろよ!!」
彼は荒々しく立ち上がると私に詰め寄ってきた。こんなに怒る彼をみたのは初めてだった。
「さっきから何言ってんだよ!?三島さん・・・なんで急にそんなこと・・・俺は別に・・・」
「別に・・・なによ・・・言いたい事があるならハッキリ言えば!?私が嫌いなら嫌いだって言えば!?」
私は詰め寄ってきた彼の制服のブレザーの襟を握ると彼を押し返すようにまた喰いかかった。
「・・・言えるわけないだろ。いえるわけ・・・舞のこと嫌いだなんて言えるかよっ!!」
「嘘つき!!もういい加減本当のこと言ってよ!そうじゃないと私・・・もう耐えられないよ」
私は自分の立場もわきまえず彼の胸にしがみついた。
彼が私のことを昔のように呼んでくれたことで胸がいっぱいになった。
しばらく私は彼の胸でとまらない涙を流し続けた。もう離れたくない気持ち一心で。
「舞・・・もう遅いのかもしれないけど・・・俺は舞が好きだ・・・」
「え・・・? で、でも・・・害君はもう香山さんと・・・付き合う事にしたんじゃ・・・」
「断ったよ・・・だって・・・俺は・・・舞のことお嫁さんにするって約束したからね」
「な、なんで?なんでそのこと・・・ま、まさかあの時・・・き、聞いてたの?」
「・・・途中からね・・・それで思い出した・・・大人になったら舞のこと・・・その・・・お嫁さんに」
「でも・・・私あの後害君の前で酷い事・・・それでもいいの・・・?
言い終わると彼の腕が優しく私を包み込んだ。
「舞は・・・舞の性格は知ってるから・・・そういう所も含めてもやっぱり好きだから・・・」
「・・・だったら何で・・・あの後私のこと避けてたのよ・・・」
彼の手が私の髪を優しく撫でる。
「・・・ごまかさないでよ・・・こんな事じゃごまかされないんだから」
「あのあと・・・そのずっと舞のことがずっと気になって・・・その・・・告白したくて・・・」
私の中に温かい何かが満たされていくようだった。心地よい温もりが二人を包んだ。
「そ、それで・・・舞は・・・その・・・」
私は彼から体を離すと急に後ろを向いた。
「ま、舞・・・?」
「そうね・・・そこまで言うなら・・・仕方ないから付き合ってあげる・・・その前に目をつぶって」
彼は一瞬きょとんとした顔をしたがすぐに真っ赤になり大人しく目を閉じた・・・
私は彼の告白から正式に彼と付き合うことにした。
最初はクラスでも皆信じられないと言う顔で見られたものだった。
「ま、舞!?め、メガネ毒下なんかと付き合ってるってなんてウソだよね!?」
「・・・ううん・・・害君・・・じゃなくて毒下君とは・・・その・・・そう!付き合ってあげてるのよ!」
「マ、マジで!?だってあのメガネで絵ヲタクの毒下だよ!?舞が付き合ってあげる必要ないって〜」
「しょ、しょうがないでしょ!もう付き合ってあげるって言っちゃったんだから。フフッ・・・」
「・・・ダメだ舞アンタちょっとお昼付き合いなさい!説教してあげるから!」
「ご、ごめんお昼はちょっと先約があるから・・・それじゃちょっと用あるから行くね♪」
「ま、また毒下とお昼食べるわけ!?ま〜い・・・目を覚ましてよ〜」
鞄から二つ分のお弁当を取り出すと今日も相変わらず机で突っ伏している彼の前に行く。
「・・・っと毒下君。お昼作ってきてあげたから食べたかったら起きなさいよ」
「・・・全部聞こえたよ・・・相変わらず酷い扱いだね」
そう言うと少し悲しそうな顔をして彼はゆっくりと起き上がる。
「い、いいでしょ別に!付き合うも、付き合ってあげるも一緒でしょ!いいから早く立ちなさいよ!」
「・・・多分違うと思うよ・・・いや絶対違う」
「なんか言った!?そ、それはそうと今日は天気がいいから屋上にでも行くわよ!」
「最近ずっと同じこと言ってる気がするけど・・・痛・・・」
まだぶつくさい言う彼のおでこを軽く指で弾くとシートとお弁当を持たせて人が滅多にこない屋上へむかった。
屋上の扉を開けると期待通り他に人は誰もいなかった。
「んん〜いい天気!!やっぱ晴れた日は気持ちがいいよね害君!!」
シートを広げた上で思いっきり横になると足を軽く伸ばして座っている彼のひざの上に頭を乗っける。
「み、みしまさん・・・!?」
あたふたとする彼の足を軽くつねる。
「痛!!」
「もう・・・二人きりの時ぐらい舞って呼びなさいって何度言ったらわかるのよ・・・ホントにもう・・・」
「ごめん舞・・・でもこれだとご飯食べられないよ・・・」
「いーの♪いーの♪これなら付き合ってるように見えるでしょ?」
とたんに顔を真っ赤にしてどうしたらいいかわからない彼の姿に苦笑しながらゆっくりと彼の隣に座る。
「・・・あのさ舞?ま、またお箸一つしかないんだけど・・・今日もなの?」
「あれ?ごめんね〜また忘れちゃった・・・仕方ない。また一緒のお箸で食べるしかないみたね?」
わざとらしく肩をくっつけて彼の照れる顔を眺める。ホントうれしいくらい期待通りの顔をしてくれる。
「そ、そうだろうと思って自分のお箸持ってきたんだ・・・これでちゃんと・・・」
「えい!」
彼がポケットから出してきた割り箸を掴むと全力投球で屋上の柵の外目がけて投げた。
「あ、あ〜〜!!」
彼は柵の方に歩みよると呆然と落ちていく割り箸をみつめている。
「こ、こら舞!なんてことするんだ・・・よぅ・・・」
そんな彼の態度なんて無視して背中に抱きついてみせる。
「一つのお箸で食べたほうが美味しく食べれるでしょ・・・わかったら早く座りなさい・・・は・や・く」
「・・・はい」
そうしてまた一つの箸で代わる代わるにお互いに食事を食べさせていく。
他の人になんて絶対見せられないことだけど今は二人きりだから思いっきり素直になれる。
人前では相変わらず上手く気持ちと行動が素直になれないけどこうして二人でいられればいつかきっと・・・
「あ、あのさ・・・舞ってなんていうかこういうお箸一つで食べるフェチの人なの・・・?」
「・・・アンタねぇ・・・せっかくアンタのために・・・なのにアンタは私のをそういう目で見てたわけ!?」
無言で彼の顔の頬を思いっきりつねる。彼は悲鳴を上げて何度も謝る。
・・・まだまだ私たちは付き合わないと約束は当分果たせそうにないみたい。
-fin-