535 ◆TBcre.iPI.

秋山 準子(あきやま じゅんこ)   28歳 入社6年目
橋 正人(はし まさと)         25歳 入社3年目
丸藤 奈緒美(まるふじ なおみ)   22歳 入社1年目
三沢 光雄(みさわ みつお)     35歳 フロア主任


「ほら、早く掛け布団を片付けて!!」
「でも、枕も片付けないと・・・」
「まずは大きい商品からでしょ?!何度言ったらわかるのよ!!」
商品倉庫ではよく見られる風景が今日も繰り広げられる。
秋の引越しシーズン前は家具や寝具等の売れ行きがいい。
それを前に在庫の大量納品があり、片付けに追われる秋山と橋。
某大型小売店に入社以来、橋は秋山の下で寝具担当として働いている。
お調子者の橋はいつも秋山に怒られてばかりいた。
「橋君はいつまでたっても要領が悪いよね」
「え、でも秋山さんが指摘してくれるから助かりますよ。感謝してまーす」
秋山の軽い嫌味に対しても調子のいい事を言って場をごまかす橋。
「無駄口叩いてるヒマがあるならさっさと残りを片付けなさい!」
「ラジャー!!」
橋はそういうと秋山に敬礼をして、掛け布団を棚にしまっていく。
「まったく・・・私がいないと片付けも出来ないんだから・・・」
両手を組み、秋山はつぶやく。
 (”感謝してまーす”だって、橋君も可愛いところあるのよね)
橋の言葉を思い出し、クスクスと微笑する秋山。
その秋山を見て橋が話しかける。
「秋山さーん、何ニヤニヤしてるんですかー!」
「う、うるさいわね!何でもないわよ!!人の事よりさっさと片付けをする!」
秋山は近くにおいてあった枕を橋に投げつけた。
「痛っ!商品で遊ばないで下さいって」
「何、口答えする気?!生意気だよ!」
2個、3個と枕を投げる秋山。こうやって橋とじゃれている時間が秋山は好きだった。
秋山と橋がフロアに戻ると閉店後の終礼が始まっていた。
「もうちょっと早く終われなかったのか?」
フロア主任の三沢が秋山と橋に軽く注意する。
「えー、だってあんなにいっぱい商品来たら時間かかりますよ」
橋はすかさず三沢の言葉に反論する。慌てて秋山は割って入り三沢に謝る。
「すみませんでした。次からは気をつけます」
「それに秋山さんが僕に枕を・・・グフゥ」
さらに言葉を続けようとする橋のみぞおちに、軽くヒジを打ち込む秋山。
「(そんな事言わなくていいの!)」
「(だって秋山さんが・・・)」
「(いいから!黙ってるの!終礼が長引くでしょ?)」
そのやりとりを見て三沢は小さいため息をつく。
「はぁ、、秋山さんと橋はいっつもそんな感じだよな。まるで仲のいい姉弟みたいだよ」
橋は三沢の言葉に合いの手をうつ。
「おっ!主任、うまい事いいますねー。じゃあこれから秋山さんの事、準姉って呼んでいいですか?」
その言葉に頬が熱くなってきた秋山は、さっきより強いヒジ打ちを橋に見舞う。
「ちょ、ちょっと止めなさいよ!!ふ、ふざけるのも程々にしなさい!!」
「グフェエ・・今の・・マジ、入りましたよ・・・」
「まったく・・・」
 (準姉だって・・・・・やめなさいよ、人前で・・・は、恥ずかしいじゃないの!)
秋山はそう心の中で思い、多分赤くなっている頬がばれない様に、サッとうつむいた。
その視線の先で、組んだ手のひらをモジモジと何度も何度も組みなおしていた。
終礼も終わりかけの頃、三沢がひとつの発表をした。
「明日から来る新人の丸藤さんのトレーナーなんだが橋にやってもらう事にした」
「え、僕がですか?」
思いもしない発表に橋は驚く。
「そうだ、良かったな。今度は妹が出来るぞ」
三沢がそう言うとフロアは笑いに包まれた。ただ、秋山だけは笑っていなかった。
 (えっ・・・橋君がトレーナー・・・・・・しかも女の子の・・・・・・・・・)
三沢は言葉を続ける。
「しかもな、丸藤さんって結構可愛いんだよ」
「マジっすか!面食いの主任が言うほどだから僕、期待しちゃいますよー!!」
橋がそういうと再びフロアに笑いがおこる。秋山の中で、いい様のない気持ちが膨れ上がってきた。
 (可愛い子・・・って何よ、、それに、なんで橋君の下なの?!橋君じゃまだ無理じゃない!)
感情が高ぶり秋山は口を開いた。
「しゅ、主任!」
「ん、どうした?」
「橋君にトレーナーはまだ無理です。早すぎます」
「早すぎる事はないだろ?秋山さんが橋のトレーナーになったのは何年目だったっけ?」
「そ、それは・・・3年目です」
「橋は何年目だっけ?」
三沢は橋に問いかける。
「僕ですか?3年目です」
「ほら、早すぎるって事はないだろ」
それでも秋山は食い下がる。
「で、でも・・・橋君はまだ一人じゃ危なっかしいところもあるし・・・」
「本当にお姉さんみたいな意見だな。秋山さん」
「そ、そんな事ありません!!私はフロアの事を考えて・・・」
「橋だっていつまでも秋山さんの下にいたら成長しないだろ。
 なんだかんだで俺は橋には期待しているんだ。頑張れよ、橋。期待してるからな!」
「はい!僕、すっげー頑張ります!!」
三沢におだてられ、無邪気にはしゃいでいる橋を秋山は釈然としない気持ちで見つめていた。
一人暮らしをしている秋山の夕食は、外食時をのぞいて自炊だ。
でも今日は何故だか自炊する気になれず、駅から家への途中にあるコンビニに立ち寄り、
厚紙で包まれた缶ビール6本入りとパック物のお惣菜をレジに持っていく。
「・・・こちら1,951円になります」
レジの男の子が業務的に会計金額を告げる。
 (このレジの子、私の事、寂しい独身女性とか思ってるのかしら・・・やっぱり自炊すればよかったな・・・)
ふとそんな事を頭がよぎる。
 (今日だけよ・・・そう、今日は、何か・・・ムカムカしてるから)
レジで会計をすませ秋山は家路へと着いた。


部屋へ入るとカバンを無造作に床へ放り投げ、ソファにドサッと腰掛ける。
ハァ、と軽いため息をつきながらリモコンでテレビを付け、缶ビールを開ける。
グビッ、グビッ・・・っと一気に半分近くを飲み干す。
「まったく・・・何が ”期待しちゃいますよー” よ!」
「それに ”すっげー頑張ります” ですって?」
割り箸でお惣菜を口に運びながら終礼での橋の言葉を思い出していた。
「私と一緒の時は頑張ってなかった訳?」
そう言うとまたビールを口にする。あっという間に1本目が空になった。
2本目を開け、2,3口飲んだあと、テレビの上にある写真を手にする。
「・・・・・・トレーナーかぁ・・・」
その写真は2年前の秋、フロア全体のレクレーションでバーベキューに行った時の写真だ。
楽しそうな笑顔の橋の横で、ちょっと照れくさそうな顔をした秋山が写ってる。
秋山は橋の顔の部分を人差し指で軽くなで、
「橋君ももう3年目なんだよね・・・・・・」
とつぶやいた。
お惣菜を食べようと割り箸を手にしようとした時、秋山の携帯が鳴った。
その音はメールの着信音だった。秋山は写真をテーブルに置き、携帯を手に持つ。
「誰からかしら?」
送信者は橋だった。秋山と橋は普段からくだらない事でメールをしている。
テレビの事、音楽の事、新しいお菓子の事・・・・・・
送ってくるのはいつも橋で、秋山はそれに対して「ふーん」とか「くだらないねぇ」といった
たぐいの返事を出すだけだった。
秋山も気のきいた返事を出そうと思っているのだが、橋に子供っぽく見られたくないと
いう気持ちが邪魔をし、いつもそっけない返事を出していた。
橋の事を考えていた時に橋からのメール、、、秋山の鼓動は早まっていった。
 (な、なんで私こんなにドキドキしてるの?橋君の事考えてるから・・・?
  ち、ちがうわよ!こ、これは・・・・・・そ、そう!ビールのせいよ!!)
 (で、でも・・・も、もしかしたら、”僕はトレーナーより秋山さんと仕事がしたいです!” なんて言ってきたりして・・・)
携帯を握り締めたまま、ソファにあお向けに寝そべる。
少しの期待を抱きながら、メールを開封する。

 【やばいっすよ!初めてのトレーナーが可愛い子なんて!!
  チョー興奮して眠れないかもしんないっすよーー!!助けてーー!!】

メールにはそれだけが書かれていた。

期待していた内容とかけ離れている分、秋山の心の中で怒りに近い感情が湧き出てくる。
「な、何よ!これ!!?私の事、何も書いてないじゃん!!」
思わずソファの隅にあるクッションを手にし、壁に投げつける。
「わ、私はあんたの悩み相談所じゃなんだから!!」
そう言うと2本目のビールを一気に飲み干す。
3本目を開け、返信メールを打つ。

 【何言ってんの?そんな事でいちいちメールしないでよ!!こっちは忙しいの!!】

右手の親指で送信ボタンを押そうとした。その瞬間、テーブルに置いた写真が秋山の目に入ってきた。
ボタンを押すのをやめ、左手でその写真を手にし、笑顔の橋を見つめる。
「ちょっとキツイ言い方かな・・・・・・」
秋山は文章を削除し、メールに打ち直した。

 【トレーナーは大変だよ。橋君のトレーナーだった私が言うんだから間違いないでしょ?
  大変だろうけど頑張ってね。何か困ったことがあったら相談にのるからね】

アルコールの力も手伝ってちょっとだけ素直な気持ちが入った文書になった。
送信ボタンを押す直前にふと秋山は思いとどまる。
「ちょ、こ、これじゃ、本当に相談所みたいな内容じゃないの!!」
「し、しかも励ましてるじゃないの!!」
「な、何で私、こんな文章打ってたの?もう!!」
「で、でも・・・橋君には頑張ってもらいたいし・・・」
1、2分携帯を眺めた後、秋山は2行目を削除し、送信した。

 【トレーナーは大変だよ。橋君のトレーナーだった私が言うんだから間違いないでしょ?】

「2行目も送ってたら、橋君、喜んだかな・・・」
「何か・・・今日はずっと橋君の事考えてるな・・・・・・」
気がつくと3本目のビールが空になっていた。4本目を開けようとした時、初めてこれが4本目という事に気づいた。
「えっ、も、もう3本も飲んじゃったんだ?!」
「何で・・・こんな早いペースで・・・・・・」
ふっと写真に目をやる。
「・・・・・・お前のせいだぞ・・・」
そう言いながら秋山は、写真の橋に軽くデコピンをした。
部屋の目覚ましが鳴る。結局買ってきたビール6本を全部飲んでしまい、
深い眠りについている秋山にはその音が聞こえなかった。
目覚ましが鳴り止んでから20分後、ようやく秋山は目覚めた。
「はぁ〜、、ちょっと頭重いな・・・・・・飲みすぎたかも・・・」
「でも、目覚ましより早く起きるなんて久しぶり、今何時?」
目覚ましを見る秋山は慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと、ヤバイって!遅刻!」
朝はのんびりしてから出社するが今日は時間がない。急いで歯を磨き、化粧をする。
「あぁ、髪の毛整える時間がないって、もう!」
普段は綺麗なロングストレートの髪をポニーテールにし、慌てて家を飛び出した。

朝礼が始まる2分前に秋山はなんとかフロアに滑り込んだ。
「お、おはようございます・・・はぁ、はぁ・・・」
「珍しいな、秋山さんがギリギリに来るなんて。おっ、髪型も違うね」
三沢がそう声をかける。
「ま、間に合いましたよね、しゅ、主任」
「まだ始まってないからセーフだね」
「よかったぁ」
胸に手をあて、ホッとした表情をする秋山。
「でも、今日は新人が来る日なんだからギリギリってのはよくないかな?」
そう言う三沢の横に見知らぬ女性が立っていた。
 (あっ、そうだったわ・・・しまった、いきなり新人の前で・・・)
「すみません。今後は気をつけます・・・」
秋山が三沢に謝っているといつも通り、ギリギリで橋がフロアにやってきた。
「おっはようございまーす!!あれ、秋山さん、今日はあずみ気取りですかー」
能天気な橋の言葉にカチンときて秋山は
 (誰のせいだと思ってるのよ!!)
と心の中で叫び、橋の足を思いっきり踏みつけた。
フロアには橋の悲鳴とみんなの笑い声が鳴り響いた。
朝礼が始まり三沢が丸藤の紹介を始める。秋山は丸藤の事を観察するかのように凝視していた。
丸藤は最近の子しては珍しく、指輪やピアス類の装飾品は一切しておらず髪も黒髪だった。
 (小柄で可愛い子ね、ちょっと地味かな。私も派手なほうじゃないけどあそこまで地味じゃないわ)
 (ほとんどノーメークみたい・・・やっぱ若いって羨ましい、、って、わ、私だってまだ20代よ!!)
 (胸は・・・私の方がちょっと大きい?って何で自分と丸藤さんを比較してるの?)
「今日からこのフロアに配属になりました丸藤と申します。
 一日も早く戦力になれるよう頑張りますのでよろしくお願いします」
教科書通りの挨拶をし、軽くお辞儀をする丸藤。フロアからは歓迎の拍手がおこる。
橋は一人だけ強く拍手をしていた。
 (何よ、あんなに強く手をたたく必要ないじゃない!)
そう思った秋山は、誰よりも早く拍手する手をおろした。
「丸藤さんのトレーナーはここにいる橋君だから」
「橋さんですね、よろしくお願いします」
ペコッと橋に対してお辞儀する丸藤。
「こっちらこそ!よろしく!」
嬉しそうに返事をする橋を軽くにらむ秋山。
 (何よ、嬉しそうにして・・・)
「で、こっちが丸藤さんのお姉さんになる秋山さん」
「えっ、お姉さんですか?」
キョトンとする丸藤。フロアから笑いがおきる。
「ちょ、ちょっと!主任!!そんな紹介っておかしくないですか?」
「あのね、秋山さんは橋のお姉さんなんだ。だから丸藤さんは秋山さんの妹になるんだよ」
「いいかげんにして下さい、怒りますよ?」
そういいながら秋山は三沢の腕にチョップした。橋は耳打ちをするように丸藤に話しかける。
「見た、今の?俺もあーんな感じでいっつも虐められてるんだよ。怖ーい姉ちゃんなんだ」
 (な、何どさくさに紛れて、近づいてるの?ちょっとくっつきすぎじゃない!!)
「主任も橋君もふざけすぎ!早く開店準備しないと間に合わなくなるでしょ!!」
笑いながら開店準備に向かう三沢と橋。丸藤はクスクス笑いながら秋山に話しかけてきた。
「みんな仲良しなんですね。何か安心しました。これからよろしくお願いします」
「え、ええ、そうね。丸藤さんも一緒にがんばりましょうね」
丸藤の言葉に、どこかそっけなく答える秋山だった。
丸藤が配属されて2週間が経過した。素朴で素直な丸藤はあっという間に店舗中で噂になっていた。
休憩室のあちこちでは丸藤の事をする従業員が見かけられる。
「家具売り場に新しく来た丸藤さんって知ってる?」
「知ってるに決まってんじゃん!見てると何か幸な気分になるんだよなー」
「何それ?気持ち悪ーい!でも同性の私から見ても嫌味がなさそうで可愛らしい子だよね」
男女問わず印象がいい丸藤。その噂を近くの席で休憩していた秋山は複雑な思いで聞いていた。
 (そんなに人気あるんだ、丸藤さん。確かに性格も素直だし、女の子らしい可愛さがあるのよね・・・)
「・・・さん?」
 (・・・・・・やっぱ橋君も同じ事考えてるのかな?)
「・・・山さーん」
 (あーあ、何で橋君が丸藤さんのトレーナーなんだろ?)
「あっきやまさーーんってば!!」
前に座っている橋は何度も呼びかけたが、返事がこなかったので軽く脳天にチョップをする。
「痛っ、何するのよ、いきなり!」
「だって、何回も呼んでも返事してくれないから」
「えっ、あ、そ、そうだったの?聞いてなかった」
「考え事ですか?何考えてたんですかー」
そう聞かれてドキっとする秋山。 橋君が丸藤さんの事、どう思ってるのかな とは口が裂けてもいえるはずがない。
「な、なんだっていいでしょ、それより何か話しがあるんじゃないの?」
「そうそう、聞こえてました?周りの人たちの話」
「周りって?」
「丸藤さんの噂してる人たちいるじゃないですか。何か僕、すっげーラッキーじゃありません?」
「ラッキー?」
「僕は噂の人のトレーナーですよ。トレーナーっていえばしょっちゅう一緒だし。きっとアイツら羨ましがってますって」
 (何それ?私といるより丸藤さんといる方が嬉しいって言ってるの?!)
橋のその言葉を聞き、カッとなって席を立つ秋山。
「あれ、まだ休憩10分残ってますよ?」
「うるさい!私が何しようと私の勝手でしょ?!」
そう言うと橋を一人残し、休憩室を出て行く秋山。
「私、何やってるんだろ・・・」
休憩室を出て、少し歩いたところで立ち止まった秋山はそうつぶやいた。
秋の引越しシーズンのピークがすぎた10月中旬、家具売り場のメンバでちょっと遅めの丸藤の歓迎会が開かれていた。
橋は相変わらず丸藤の隣で仲良く話していた。
「・・・でその時、そいつがさ・・・」
「えー、本当ですかー?」
遠めの席に座っていた秋山に2人の会話がよく聞こえなかった。
 (何話してるのかな?2人で・・・)
そう思いながらちょっと濃いめのウーロン杯をゴクっとのみほす。
 (今までは・・いつも橋君の隣に私がいたんだよね・・・)
アルコールの力と、目の前で仲良くしている2人を見て、抑えていた思いが無意識に頭をよぎる。 
 (丸藤さんさえいなければ・・・また・・・橋君と一緒なのに・・・)
フッと我にかえり、グラスをタンッとテーブルに置き下唇を強く噛む。
 (ダ、ダメ!!そんな事考えちゃ・・・丸藤さんは何も悪くないんだよ、悪いのは・・・)
うつむいて涙目になっている秋山の隣に陽気な声の橋がやってくる。
「あっきやまさん、飲んでます〜?」
慌てて橋の事を見て、目があうとスッと視線を外す。
 (飲まなきゃこんな場所にいれる訳ないでしょ・・・)
「の、飲んでるわよ。それより何しにきたの?丸藤さんの事、ほったらかしていいの?」
「いやー、最近、秋山さんとあんま話してないなーって思って」
橋のその一言で秋山の心臓の鼓動が一気に速まる。
「えっ・・・しょ、しょうがないわね。相手してあげよっかな」
「あれ、よくみると顔真っ赤ですね。飲みすぎました?」
そう言って覗き込む橋の顔が秋山の顔の真横までくる。
 (や、ヤダ・・・そんなに赤いのかしら・・・そ、それに近づけすぎだよ・・)
「ちょ、近づきすぎ!この酔っ払い!!」
そう言って秋山は自分が食べた枝豆の殻を橋の顔めがけて投げつける。
「うわっ、痛いですよ」
「自業自得でしょ?」
「でも、この殻って秋山さんが食べたんですよね?僕の頬に当たったから間接キスってやつっすか?」
「は、橋君!!!な、な、何言ってるのよ!!!か、からかうのもいい加減にしなさい!!」
叩かれるのを防御する為、亀のように丸くなっている橋を見て秋山は思った。
 (橋君と話てると・・・ううん、一緒にいると・・・やっぱり楽しい・・・・・・)
2次会は当然のように、カラオケだった。参加者はだいぶアルコールが入っていて思い思いの歌を歌っていた。
秋山は1次会で帰ろうとしたが、橋が2次会に行くと言っていたので参加した。
 (また、話せるかも知れないし・・・)
秋山は普段、カラオケには来ない。来ても歌わない。歌をほとんど聴かないからだ。
そんな秋山も3年前に歌った事がある。それは橋の歓迎会の時、今日みたいに2次会で橋とデュエットをした。
秋山はその時の事を思い出していた。
    「秋山さん、一緒に歌ってもらえませんか?」
    「えっ、む、無理よ。私、歌知らないし」
    「僕、あんまうまくないんで恥ずかしいんですよ。お願いします!!」
    「もぅー、しょうがないわね。トレーナーだし、面倒みてあげるわよ」
    「ホントっすか!助かります」 
 (結局、てんとう虫のサンバ歌ったのよね。結婚式の2次会でもないのに)
数曲歌い終わると三沢が丸藤に歌うよう勧める。
「さぁ、ここで一番ヤングな丸藤さんの歌声を聞かせてもらいましょーう!!」
室内は拍手が沸き起こる。
「私、あまりカラオケに来ないので1人だと恥ずかしいですね・・・そうだ、橋さん、一緒に歌いません?」
突然の丸藤の言葉に秋山は呆然とした。
 (なんで橋君名の・・・ど、どうせアイツ ”喜んで!” とか言うんでしょ!!)
イライラをごまかすよう、手にしていたビールをグッと飲み干す秋山。しかし橋の答えは意外なものだった。
「い、いやぁ、デュエットは・・・ちょっと・・・」
「どうしてもダメですか?」
丸藤が哀願に近い目で橋に問いかける。
「わりぃ。他の事だったらいいんだけどね」
「・・・わかりました。無理言ってすみませんでした」
口調は柔らかだが頑として丸藤とのデュエットを拒む橋。その様子を秋山は不思議に思った。
 (あれ・・・何で歌わないの?)
ふと秋山が橋の方を見ると橋も秋山の事を見ていた。
秋山の視線に気づくと橋はスッと目をそらし、丸藤の歌を盛り上げはじめた。
「秋山さん、ちょっといい?」
2次会も終わり、店を出たところで三沢が秋山を呼び止める。
「コレって秋山さんのじゃないかな?」
そう言って黒色のカードケースを取り出す三沢。
「見覚えがないです。私のじゃないですよ」
「あれ、いや、でも、中にさ・・・」
いつもは歯切れのいい三沢がここまでとまどうのは珍しい。秋山はいぶかしそうに中をみると
「っ!!この写真!!!」
それは秋山の部屋にもある2年前のバーベキューの写真の秋山と橋の部分だけ切り取った写真だった。
 (なんで・・・私と橋君が写ってる写真が・・・)
「秋山さんのじゃないとすると橋の物か、、、あっ、もしかして橋は秋山さんの事・・・」
「ちょ、ちょっとストップ!!主任、ストップ!そ、そんな事ありません!」
三沢が何を言おうとしたかは秋山にも分かっていた。でも、それを言葉で聞く勇気がなかった。
「ああ、俺はさ、仕事に影響出なければプライベートに口をつっこまないよ」
「しゅ、主任、、何が言いたいんですか?」
「俺も社内恋愛で結婚だったし」
「べ、別に私と橋君はそんなんじゃ・・・それに橋君は今、丸藤さんが・・・」
「気になってるのかな?それだったら橋が丸藤さんにしてることって、昔秋山さんが橋にやった事でしょ」
「私がした事・・・」
秋山が橋のトレーナーだった頃、何かにかけていつも橋の隣にいた。仕事中、飲み会、レクレーション・・・
初めてのトレーナーだったので必要以上に橋の事を気にかけていた。今の橋は同じ事を丸藤にしているのだった。
「ほら、弟の持ち物なんだ。届けてあげなって」
「しゅ、主任が届けてくださいよ・・・」
モジモジしている秋山に見かねた三沢は携帯を取り出し、誰かに電話する。
「お前カードケース落としただろ?秋山さんが持ってるから急いで戻ってこい!いいか、これは主任命令だ!!」
電話を切り秋山の肩をポンっと叩く。
「じゃあ俺はこれで。愛する妻と娘がまってるからさ」
「ちょ、ちょっとー、主任!!」
 (そ、そんな・・・どんな顔して橋君に合えばいいっていうのよ・・・)
1人残された秋山は不安、期待、喜び、緊張・・・もう訳がわからなくなっていた
店の前で待つ秋山。心の中は様々な思いが入り組んでいた。
 (橋君は私の事・・・す、す、好きなの?)
 (私は?私の気持ちは?、、橋君の事・・・好き・・・・・なのか・・・な?)
人目もはばからず、首を大きく左右に振り、右手て頭を軽く叩く。
 (ち、違うわよね・・・私にとって、橋君は・・・仲のいい後輩でしょ?)
 (でも、、もし、、、橋君が私の事、好きだって思ってたら・・・)
 (じゃ、じゃあ、私は?その気持ちに応えてもいいの?)
同じ思いがクルクルと浮かんでは打ち消す秋山の視線に、小走りに走ってくる橋の姿が入った。
 (えっ、も、もう来たの?は、走ってこなくてもいいじゃない!ま、まだ心の整理が・・・)
橋も秋山の姿を確認すると走る速度を速め、秋山のもとにかけよった。
「はぁ、はぁ、、、、す、すみません・・・待たせちゃって・・・」
息も途切れ途切れに待たせた事を謝る橋。
 (ま、まずは写真の事、、聞かないと、、、で、でも、、、私から聞くの恥ずかしい・・・・・・)
「ちょ、ちょっと!遅かったわよ、、もう、、何分待たせたと思ってるの?」
恥ずかしさ隠しから気持ちと関係のない言葉を発する秋山。
「・・はぁ、、はぁ、、ホント、すんませんって」
「まったく、店に忘れ物するなんて橋君っぽいよね」
「僕、落し物とかした事ないのにな?飲みすぎですかね。あの、ケースは・・・」
「は、はい、これでしょ?主任が見つけてくれたんだからね。ちゃんとお礼いうんだよ」
秋山は橋にケースを手渡す。
「そうですね。明日朝イチでお礼言っておきます。じゃあ、帰りましょうか。駅まで一緒に行きましょう」
橋はそう言って駅の方へ歩き出す。
 (えっ、写真の事は?何も聞かないの?)
「う、うん・・・」
駅までの数分の帰り道、橋はいつも通り、くだらない話を秋山にした。
秋山は写真の事が気になり、上の空で返事をするだけだった。
「じゃあ僕は地下鉄なんでこっちから行きます。今日はお疲れ様でした!!」
 (えっ、それで帰っちゃうの・・・?)
「あっ、お、お疲れ、気をつけて帰るんだよ・・・」
地下鉄の駅への階段を降りる橋の背中を、狐につままれた気分で見ている秋山だった。
丸藤の歓迎会から1週間がすぎた。橋は相変わらずお調子者のままだった。
しかし秋山はあの日以来、ずっと橋の事が頭から離れないでいた。
仕事中も、家にいる時も、食事中も、何をしていても。

「・・・山さん?どうしたの?」
休憩室で秋山と一緒に休憩していた三沢が声をかける。
「・・・えっ、あ、な、何ですか?主任?」
「最近ずっと心ここにあらずって感じだよね」
「そ、そんな事ないですよ・・・」
明らかに様子がおかしい秋山に対し、三沢が一つの提案をする。
「秋山さんも6年目でしょ、そろそろ次の事を考えないといけないと思ってさ」
「え・・・次ですか?」
「うん、秋山さんのフロア異動をマネージャーに相談してみようかなと思ってるんだ」
「フロア異動・・・」
この店では家具以外にも様々な商品を扱っている。バス用品、照明機器、キッチン用品、その他生活雑貨の
ほぼすべてを扱っていた。フロア異動を経験する事により、より多くの商品知識が得られ、自分の評価もあがる。
「会社としても女性管理職を増やす方針みたいでさ、俺としては自分の部下から出したいんだよね」
「私が・・・管理職・・・」
「悪い話しじゃないと思うし、それに最近の秋山さんにとって、環境の変化も必要なんじゃないかな?」
それはあの日以来、様子がおかしい秋山への三沢なりの配慮だった。
「環境の変化・・・」
他のフロアに異動という事は橋と別のフロアになるという事になる。三沢の心遣いより、真っ先にその事が頭をよぎった。
「・・・少し、考えさせて下さい」
「まぁ、色々あるだろうからよく考えて。来週には返事聞かせて。じゃ、俺ちょっと商品管理課によってくから」
先に席をたつ三沢。秋山は窓から見える雲を見ながら ハァ っと小さくため息をついた。
家に帰り、部屋の電気もつけずに秋山はヒザを抱えて座りながら考えていた。
「・・・6年も家具やってるから、確かに仕事には飽きがきてたのよね・・・・・・」
「私が主任ってのは想像出来ないけど、他の商品は担当してみたいかな」
「じゃあ、迷う事ないんじゃな?フロアを異動しても・・・」
そばにあるクッションを抱きしめる秋山。
「・・・橋君は・・・・・・何て思うかな・・・私がいなくなっても・・・・」
 (引き止めてくれるかな・・・)
抱きしめたクッションに顔をうずめ、そのままうつぶせに寝転ぶ。そして秋山は自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「3つも年上なんだよ・・・私は・・・だから・・・好きになっちゃダメだよ・・・・・・」
そう口にしたら涙が頬を伝ってきた
 (そうだよ、迷惑だよ・・・・きっと・・・・・・)
橋の事をあきらようと思った時、携帯が鳴り出した。メールではなく着信の音だ。
「・・・はい、秋山ですけど」
「遅くにすみません。橋です」
「は、橋君?!」
クッションをほおりなげ、ソファの上で女の子座りになる秋山。
メールはよく来るが橋から電話がきたのは今まで1度しかない。それも掛け間違えだった。
「な、何?どうしたのよ・・・・ま、また、掛け間違えたの?」
「い、いや、そんなんじゃないです。ちょっと秋山さんと話したい事があって」
「は、話したい事?」
慌てて部屋の電気をつけ、しきりに髪をなでながら部屋の中を右往左往する秋山。誰がみても落ち着きがない
「秋山さん家って○○駅ですよね。実は今、○○駅の改札にいるんです」
「な、なんで、駅まで来てるのよ」
「直接会って、話したいんですけど・・・家にお邪魔するのはアレだから途中まで来て貰えませんか」
「しょ、しょうがないわね・・・じゃ、じゃあ駅のちょっと先に○○公園ってのがあるからそこに来て」
「はい、じゃあそこで待ってます」
秋山は電話をきると、急いで公園へと向かった。
公園に先についたのは秋山だった。誰もいない公園のベンチに腰をかける。
 (話しってなんだろう・・・)
 (この前の写真の事・・・じゃないよね・・・・・・)
10分待っても橋はこない。秋山は不安にかられ始めた。
 (いくらなんでも遅いな・・・遅くても5分もあればこれるはずなのに・・・)
 (ま、まさか事故とかに?!)
ベンチから立ち、あたりを見渡し、またベンチに腰掛ける。何度かそれを繰り返していると橋が走ってきた。
秋山のもとに駆け寄ってきた橋に思わず抱きつく秋山。
「あ、秋山さん?」
「何でこんなに時間かかるのよ!心配したじゃない・・・橋君のバカ・・・・・」
「す、すみません。逆の改札を出ちゃってて・・・そ、それより苦しいっすよ」
その言葉に慌てて橋から離れ、真っ赤になる秋山。
「そ、それより話って何?」
「そ、そのですね・・・あっ、座りませんか?」
「え、あ、うん」
ちょっと距離を空けてベンチに座る秋山と橋。どちらも話し始めない。
秋山がチラッと橋をみると橋も秋山を見ていた。慌てて2人とも視線をそむける。
1,2分の沈黙が続いたあと、橋が口を開いた。
「俺、、、秋山さんの事が好きです」
突然の橋の告白。秋山は頭が真っ白になった。でもその言葉は秋山が待ちつづけていた言葉でもあった。
「な、何?、、ど、ど、どうしたのよ?突然・・・」
「さっき、帰る間際に主任から聞いたんです。もしかしたら秋山さんがフロア異動するかもって」
「主任が・・・」
「本当は人事異動の事って本人以外聞いちゃいけないじゃないですか。でも主任は僕にだけ教えてくれたんです」
「ど、どうして?」
「きっと秋山さん、すっごく悩むだろうから力になってあげろって」
「な、何で橋君が・・・私の力に?」
「主任に話したんです。僕・・・俺が秋山さんの事、好きだって事」
「カードケース忘れて、主任が拾ってくれたじゃないですか?多分、主任に写真見られたんなら話してみようって」
「そ、そう・・・」
「秋山さんも見たんですよね?僕のカードケース」
そういってケースを差し出す橋。秋山はうなずきながら黙ってケースを受け取る。
「あのバーベキューの頃から好きになってました。秋山さんの事」
「だ、だってそんなそぶり、見せなかったじゃん・・・」
「見せないようにしてましたけど一回だけ見せちゃいました」
「いつ?」
「この前のカラオケの時です。丸藤さんのデュエット断ったじゃないですか」
「あ、あれが?」
「はい、僕、歌ヘタなんで・・・僕の歓迎会の時、秋山さんデュエットしてくれましたよね?
 僕にとってデュエットする人は秋山さんだけだって思ってるんで」
「そ、そうだったの・・・そんなんじゃわかりづらいわよ!まったく・・・」
「すんません。でもすっと決めてたんです。ちゃんと仕事が出来るようになったら告白しようって」
「えっ・・・」
「僕もトレーナーになって、丸藤さんが一人で仕事できるようになったら告白するつもりでした」
「で、でも、、丸藤さんはまだ一人じゃ仕事、無理でしょ・・・」
秋山が否定しようとすると、橋はその言葉を大声でさえぎる。
「いなくなったら意味がないんです!!」
「ちょ、ちょっと、、そんな大きい声ださなくても」
「丸藤さんを育てても、秋山さんがいなくなったら・・・・」
橋の気持ちが痛いほど秋山には伝わってきた。
 (橋君は橋君なりに、ちゃんと考えてたんだ・・・なのに、私は、、、その場でしか考えてなかった・・)
 (でも嬉しい・・・橋君の気持ち・・・)
「もう一回言います。僕は、秋山さんが好きです!」
橋の気持ちが痛い程伝わってくる。でも秋山は素直に答えられなかった。
「い、いなくなるって誰が決めたのよ?」
「えっ?」
すこし涙声で話す秋山。
「だ、だってまだまだ未熟な橋君をおいてフロア異動なんて出来る?」
「秋山さん?」
「橋君は私がいないと危なっかしくて・・・」
「僕なら大丈夫ですよ」
「私がいないと何も出来なくて・・・」
秋山の頬を、こらえていた涙がポツポツと落ち始める。
 (ううん、逆よ・・・橋君がいないと・・・私は・・・)
「私がいないと・・・」
泣きながら言葉を続けようとする秋山をギュッと抱きしめる橋。
「橋君・・・?」
「強がる秋山さんが好きです。素直じゃない秋山さんが好きです。僕はどうしよもなく秋山さんが好きなんです!!」
「べ、別に・・・強がってなんか・・・・ないから・・・・」
「フロア異動して仕事、がんばって下さい。フロアが別々でも俺、ずっと秋山さんの事好きですから」
橋のその言葉に秋山は何かを決心した。橋の腕を振り解き、慌てて涙をふき、橋をじっと見つめる。
「ど、どうしたんですか?秋山さん?」
「は、橋君に言われなくても、さ、最初から異動するつもりだったわよ」
「えっ、だって、今、異動しないって・・・」
「う、うるさいわね!私のいう事信じないの?」
「そ、そんな訳じゃないですけど」
「いい?私が異動たからっていって、他の人好きになったらただじゃすまないからね!!
秋山の言葉に一瞬ポカンとする橋。ちょっとたってその言葉の意味を理解した。
「秋山さん、それってひょっとして僕の事・・・」
最後まで聞こうとする橋に、秋山は両手で橋の頬を引っ張りながら
「う、うるさいわね!!橋君が一人前になったって私が認めたら、ちゃんと言ってあげるわよ」
といって、その手を離す。
「えー、ずるいっすよ。今聞かせてくださいよー」
橋がそう言うと秋山は黙ってカードケースを橋に返す。
「ほら、こんな切り抜いた写真じゃなくてプリクラでもとりに行くわよ」
そう言うと秋山は駅の方へ走り出した。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよー」
秋山に追いついた橋はさっと秋山の手を握る。秋山は橋の事を見つめ、ギュッとその手を握り返した。


-fin-